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マスター:マメ柴ヤマト
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/04/28


みんなの思い出



オープニング


「はじめは、30年も放置してしまったことに対する反動だろうと思っていたんです……」
 フィーナ(jz0250)は、ため息まじりでそう話をきりだした。
 ここは久遠ヶ原学園の応接室。そこでフィーナは、とある悩みの相談をしていた。
 彼女の相談をうけているのは、久遠ヶ原学園の筋肉教師こと遠野冴草(jz0030)だ。
 粉末プロテインを入れたマグカップにお湯を注ぎつつ、話に耳を傾けている。
「でも、もしかして、これは異常なんじゃないかと思うようになったんです」
「ほぅ、何があったのか、話を聞きましょう」
 応接席へ戻った遠野は、淹れたてのプロテインを差しだし、笑顔でいった。
「はい、実は……」
 プロテインをさりげなく断ったフィーナは、ことのあらましをぽつりぽつりと語りはじめた。
「いま思うと、きっかけは――」
 それは、フィーナが堕天して間もなくのことだった。


「フィーナ様、あなたは堕天して大きく力を失ってしまったのですぞ。もっと、気をつけてもらわなければ困ります!!」
 声を荒げているのは、フィーナに仕えるシュトラッサーのクピードだ。
 堕天したことによって、フィーナの回復支援能力がどの程度まで低下してしまったのかを確かめるため、後方支援隊の回復要員として参加した作戦のときのはなし。
 戦闘中、前衛隊の隙をついて1匹のディアボロが後方待機していたフィーナのもとへ強襲をかけてきた。
 もともと、フィーナは回復支援突貫型で、攻撃に関しては堕天するまえからサーバント以下しかなかった。
 だから、今のフィーナには倒すことはおろか、効果的なダメージすら与えられるわけがない。
 そのとき、フィーナの使徒であるクピードが彼女の窮地を救ったというわけだ。
「あなたは、昔からすこし抜けているところがあります」
「はい、ごめんなさい……」
 使徒に叱られ、しゅんとなっているフィーナ。
 作戦が終わり、自室へ戻ってからクピードの説教タイムがはじまった。
「ここだって、必ずしも安全とは言い切れんのです。危機管理をしっかりもっていただかなければ……」
 フィーナは、くどくどと言いつづけるクピードの言葉を正座したまま聞きつづけた。
「撃退士というのも、案外頼りにならんものですな。これじゃ、安心してフィーナ様のことを任せられません」
 傍からみたら、父親に叱られている娘に見えるかもしれない。似ても似つかないが。
「当面は、私が付きっきりで護衛をしていきます。よろしいですね!?」
 フィーナは反省顔のまま、コクリと頷いた。

「それから、護衛と称した彼の行動がエスカレートしていったんです……」
 ため息まじりのまま、フィーナは説明をつづけた。

 ある夜のこと、その日を無事に終えたフィーナは、欠伸まじりでベッドへ向かった。
 その夜は、珍しくクピードの姿が見えなかった。
 彼がどこにいるのか少しだけ気になったけど、監視されていないという開放感のほうが勝ったので、気にしないで眠ろうと掛け布団をめくると――、
「フィーナ様、ここは異常ありません。ささ、どうぞお眠り下さい」
 中で蹲っていたクピードは、すっくと立ち上がりキリリ顔でいった。
 そして、思考停止に陥っているフィーナを尻目に部屋の片隅で体育座りで見張りをはじめた。翌朝まで……。

「最近は、毎晩こんな感じなんです……」
 良く見ると、フィーナの目の下にくまができている。
 しばらく、熟睡できていないのだろう。
 エピソードは、まだあるようだ。

 フィーナが人間界で暮らしはじめてから、良く行くようになったお気に入りの場所に『銭湯』がある。
 銭湯は皆が裸だ。嘘偽りのない素の姿でお互いに親睦をふかめられるからだ。
 フィーナは風呂道具を片手に、鼻歌を歌いながら夕暮れどきの道を歩いていた。
 クピードの姿が見えないことが気になったが、銭湯までついてきてトラブルを起こされるよりはマシだ。
 目的地は、行きつけの銭湯。
 趣のあるといえば聞こえは良いが、やや寂れた感のある古めかしい銭湯だった。
 ここは賃貸料の安い学生寮が近いようで、まだ駆け出しの撃退士やフィーナと同じような堕天やはぐれたばかりの天魔がよく集まる。
 彼らが和気藹々と『裸の付き合い』をしている姿をみるたび、フィーナは堕天して良かったと心から思えた。
 だが、その日の銭湯は、いつもと違った騒がしさがあった。
「あら……? 今日はお風呂でお祭りでもやってるのでしょうか……?」
 能天気なことをいいながら女湯の暖簾をくぐると、騒ぎの正体が女性たちの悲鳴と怒号であることが分かった。
「ま……さか……ね……」
 言い知れない不安を抑えつつ服を脱ぎ、脱衣所から浴室へ繋がるくもりガラスの扉をあけたら――、
「フィーナ、遅かったな。ここは異常ないぜ。安心して良い。中のやつらの強さも、中々のものだった」
 女生徒たちにたこ殴りにされ、顔面が変形しまくったクピードが湯船からぬっと姿を現し、納得顔で満足気に言いながら出てきた。
「外で待っている。ゆっくり温まってきな」
 イケメンボイスで立ち去るクピードを、ぷるぷると震えながら見送るフィーナ。
 どうやら、女性客たちと軽く一戦交えたようだ。
 その後、居合わせた女性客から苦情の嵐を浴びせらた。

「私が悪いことは分かってるんです。あの子にずっとさびしい思いをさせてしまったのだからっ!」
 フィーナは、両手で顔を覆った。
 今、この部屋にクピードの姿はない。
 こんな話、彼に聞かせられるわけがない。
 だから、校舎の外で待ってもらっていた。
 説得には時間がかかったけど、遠野先生と面談するだけと説明したら、しぶしぶ了解してくれた。
 窓の外を覗くと、クピードが腕組したまま、応接室を監視しているのが見える。
「彼の過保護が私だけに向けられているなら、私が我慢するだけで済みます。でも、このままでは周囲の人にも迷惑がかかってしまいますし、さらにエスカレートしてしまうと、クピードが天魔として処理されかねません……っ!」
 クピードのことがよほど大切なのか、すがるような目で遠野を見つめた。
「あなたから諌めることは出来ないのか?」
「今のあの子の状態だと、私に拒絶されたと思い込みかねません。そうなれば、クピードがどんな反応を見せるか想像もつきません」
 もはや、フィーナにはどうすることも出来ないのだろう。
「クピードを傷つけないように、あの子を助けてあげてほしいんです」
「う、うぅむ……。物理的に排除することは得意なのだが……」
 流石の遠野にも手があまる案件のようで、腕組みをしたまま考え込んでしまった。
 無言の時間がふたりをつつむ。
「私は……やはり、ここへ来るべきではなかったのでしょうか……?」
「まあ、待ちなさい」
 フィーナをなだめる遠野。しかし、妙案があるわけではない。
「うむ。こういうことは、学生たちに依頼しよう」
 遠野は、ぽんと手をうった。
「彼らなら、俺やあなたには思いつかないような案を考えついてくれるかもしれない。それに……」
「それに……?」
「これをきっかけに、他の生徒たちと交流が増え、絆が深まるかもしれないだろ!」
 妙案だといわんばかりにペンを走らせる遠野。手早く依頼書を書き上げ、フィーナにわたす。
「斡旋所へは、あなたが自分でいきなさい」
「はい……っ! ありがとうございます」
 依頼書を受け取ったフィーナは、白い歯を見せて笑う遠野に何度も礼をいった。


リプレイ本文


 依頼をうけた8人は、茶会と称した話し合いの場をもうけた。
 約束の部屋には、まだフィーナとクピードは姿をあらわしていない。
「あのおっさん、まだ布巻いただけの姿じゃないだろうな」
 初めて会ったころのクピードの姿を思い出し、ミハイル・エッカート(jb0544)は不安を口にした。
「腰に布とか、フード付きコートとか、色々だったみたいだけれど……」
 すぐにわかるんじゃない? と蓮城 真緋呂(jb6120)はいう。
 人間界に暮らすようになったのだから、そこそこの常識は身につけたと信じたいところだ。
 他愛の無い会話をしながらふたりを待っていると、ドアをノックする音がきこえた。
 ゆっくりドアノブがまわり、静かにドアがひらく。
「失礼します。部屋はこちらで合っていますか?」
 姿を現したのは、久遠ヶ原学園の礼服に身を包んだフィーナだった。
 傍らには、きょろきょろと周囲を警戒するクピードの姿。
 腰に巻いた布と黒いロングコートという、いろんな意味で数段レベルアップした姿をみたミハイルは、思わず床に両手をついてガックリとうな垂れた。
「何人か見知った顔があるようだが……」
 クピードは、俺たちに何の用だと周囲を威圧した。
「良いんです。私がお願いして集まってもらったのですから」
 クピードを手で制するフィーナ。部屋へ入って皆に頭をさげた。
「お二人共にお会いするのは初めてですね」
 そういって、御笠 結架(jc0825)は礼儀正しく自己紹介をはじめた。
「とりあえず、これ食べて落ち着こう、ね?」
 席をすすめた米田 一機(jb7387)は、ふたりの前に揚げパンを差しだした。

 室内は、鴉乃宮 歌音(ja0427)が淹れた紅茶の香りにつつまれていた。
「良い香り……」
 フィーナはティーカップに顔をよせ、香りを楽しんだあと紅茶を一口すする。
「おいしい」
 ぱっと顔をほころばせるフィーナ。
「何をたくらんでいるんだ?」
「そう警戒しなくていい」
 鴉乃宮は、警戒を解こうとしないクピードにいった。
「お前らの目的が分からない以上、そうはいかん」
「ボクらは、ただおふたりとお話がしたいだけだよ」と、犬乃 さんぽ(ja1272)。
 堕天して間もないふたりに人界の常識を教えてあげたいだけなんだといった。
「俺たちが非常識だとでも言いたいのか?」
「そういうことは、せめて現代人らしい格好をしてからいえ!」
 ミハイルは、おもわずツッコミをいれた。
 ふたりの間に流れる険悪な空気。
「ま、まあ、クピードの服装はともかく、人界の常識というのは、是非おそわりたいです」
 フィーナは、咄嗟にふたりのフォローにはいった。

「クピードさんが女性のお風呂に侵入されたとお聞きしましたが、事実でしょうか?」
 場の空気が落ちつき、最初に口を開いたのは御笠だった。
「危険がないか、事前の偵察をしただけだ」
 悪びれた様子もなくしれっと答えるクピードの態度に、御笠の額に青筋が浮かんだ。
「一度そちらに正座した上で少々お話を聞かせていただきましょうか」
 御笠の笑顔が怖い。
「昔は『男女七歳にして席を同じうせず』っていって、そばに居るのも駄目だったんだから……お、お風呂に入っちゃうなんて、もってのほかだよ」
 耳まで赤くなる犬乃。
「……ミーも昔は酷かったけど、強制的にナオサレタネ」
 そんな御笠の笑顔をみた長田・E・勇太(jb9116)は、まるでデザートイーグルの銃口を突きつけられたような気分になり、過去に自分の身請け人から受けた軍隊式の強制プログラムの記憶がフラッシュバックしてしまって思わず身を震わせた。
「お互いのことを大切におもっているのは分かるけれど、ズレちゃってる感は否めないわよね……」
 大きなため息をつく蓮城。
 今のところ、クピードにはこちらの言葉に耳を傾けようという意思は感じられなかった。
「明日、あなたがフィーナさんにやったことを完全トレースしてあげるわ」
 クピードの態度が気に入らなかった蓮城は、そう啖呵をきった。
「君がいつまでもそうだと、彼女も休まれない」
 鴉乃宮は、淡々とした口調でクピードをさとした。
「俺は俺の責務を果たしているだけだ」
「見よ、このフィーナの顔を」
 フィーナの目元を指差し鴉乃宮はつづける。
「クマが出来ているではないか。十分な休息が取れていない証拠だ」
 フィーナは、顔をふせた。
「ちょっとメイクさせてくるよ」
 フィーナの肩に手をおいた鴉乃宮は、彼女に席を立つよう促した。
「おい、勝手に――」
「女性は美しくあらねば」
 クピードの抗議を聞きながし、鴉乃宮はフィーナを隣の部屋へ連れだす。
 米田と黒羽 風香(jc1325)も、それにつづいた。


 隣の部屋にフィーナをつれてきた鴉乃宮は、彼女を座らせてメイクをはじめた。
「さて、フィーナさん――」
 話を切り出したのは、黒羽だった。
「クピードさんのどの辺りにストレスを感じますか?」
「ストレスというか……私は……かまわないのですが、周りの方々に――」
「フィーナ」
 会話に割ってはいる米田。
「優しいのは解る。けれど、それだけじゃ何も変わらないし伝わらない」
「それは……」
「傷付けるのが怖いのは分かりますけど、本音を伝える事も時には必要です」
 黒羽は、追いうちをかけた。
「遠慮してばかりいたら、お互い窮屈でしょう?」
 フィーナにもそれは解っていた。しかし、クピードへの負い目から、なかなか本音を言えないでいたのだ。
 メイクを終えた鴉乃宮は、腕組して壁にもたれかかり、部屋の隅から成り行きを見守っていた。
「傷つくから痛みが解る、だから相手の痛みにも気付ける」
 米田はフィーナの正面に立ち、彼女の肩をつかむ。
「分かり合おうとするなら、向き合わなきゃ」
 フィーナの瞳をじっとみつめたあと、結構難しいんだけどねと苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
 そんな時、隣の部屋が急に騒がしくなった。

 フィーナたちが退室したあと、クピードは皆から説教をくらっていた。
「フィーナさんの為だと仰るのなら、検討違いも甚だしいですよ?」
 御笠は、クピードのこれまでの行動を指していった。
「どういう意味だ」
「クピードさんがどなたかにご迷惑をかけられる度に注意を受けるのは、クピードさん自身もですが――」
 少しためて、クピードの目をみる御笠。
「何よりもフィーナさんが一番叱られるのです」
「お前らがもっと頼りになるなら、俺だって――」
「おい、黙って聞いてりゃ――」
 声をあげたのは、ミハイルだった。
「撃退士が頼りにならない?」
「ああ、ならないね」
「甘く見るな。お前と戦った頃よりも俺は数倍強くなっている」
 ミハイルは、クピードと交戦経験がある。
「あの時は引き分けだったが撃退士の力を試したいならいつでも来い」
「望むところだ。拳の語り合いといこうじゃないか!」
「はわわ……ふたりとも、喧嘩はダメだよ!」
 犬乃の制止も虚しく、拳の語らいがはじまった。

 フィーナたちが駆けつけたとき、ミハイルとクピードは、ボロボロになっていた。
「何やってんの!」
 米田がふたりの間に割ってはいる。
「ごめん、止めたんだけど……」
 犬乃は申し訳なさそうに目を潤ませた。
「やるじゃねぇか……」
 クピードは、口に溜まった血を吐きだす。
 たしかに初めて会ったころに比べ、ミハイルは頼もしいと思えるほどに腕をあげていた。
「お前、元は人間だっただろ。何年前から使徒をしてるんだ!?」
 肩で息をしながらミハイル。
「ごめんなさい。やっぱり私のせいなんだとおもいます……」
 フィーナはふたりの治療をしながら、彼との出会いから今までの経緯を語りはじめた。
「もう300年前ほど昔でしょうか。クピードは、年端も行かぬ身寄りのない子供でした――」
 クピードが盗賊に襲われた村で生き残った唯一の子供だったこと。そんな彼と偶然出会い、理不尽な不幸に襲われた彼を救ってあげたいという思いから使徒として迎えいれたこと。幼くして両親を失ったせいで、クピードが人界の常識を学んでいなかったこと。そして、フィーナもその頃は人間社会の常識には無頓着だったので、人界で過ごすための一般常識などを教えることができなかったことを、ぽつりぽつりと語りはじめた。
「その後、天界の方針が変わって、クピードを生かすため、私はこの子を放棄したと見せかけ、生きるのに必要な最低限の感情だけを供給し続けました。あとは皆様が知ってのとおりです」
 つまり、クピードは見た目が大人なだけで、中身は子供のままということになる。それなら、彼の思考や行動が幼稚なことも頷ける。
「やはり、ふたりには人界の一般常識・マナーを学んで貰わねばならない」
 それまで無言で話に耳を傾けていた鴉乃宮がいった。

 フィーナとクピードを並んで座らせ、撃退士による人界の一般常識講座がはじまった。
「クピードは男であり、フィーナは女である」
 この事からまず理解しようと鴉乃宮。
「異性の聖域にみだりに入ってはならない」
「聖域……」
 おそらくクピードは、神殿か何かを想像しているに違いない。
「クピードさんが女湯とか問題外です」
 よく討伐されませんでしたねと、黒羽は笑っていった。
「女湯は聖域……」
「フィーナが銭湯好きなら、お前も銭湯を楽しめ」
 そういって、ミハイルは湯に浸かる前から上がったあとのフルーツミルクの飲み方、手ぬぐいで股をスパーンとやる儀式まで、銭湯の作法を教えた。
「細かい知識は、この本を読んで勉強してね」
 蓮城がカバンから取り出したのは、『せいかつのまなー』という幼児書だった。
「上官に迷惑をかけると、色々大変ネ……」
「お前も何か経験あるのか?」
 クピードの問われ、長田は過去の経験を振り返った。
「オマエなんかマダましね。ミーなんか、7歳のころ間違えてレディース用のテントに入ったときなんか、逆さづりにされて、周りのレディースたちからサンドバック代わりにサレタネ……」
 ケッと吐き捨てる長田。かなり根に持っているエピソードのようだ。
「マァ、結局はお前の為ね。クピード。そのネーちゃんと一緒に居たいナラ、考えて行動スルデス」
 恐るおそるフィーナに振りかえるクピード。そんなことしませんから! とフィーナは慌てていった。
「まずはノックから。クピードにもフィーナに知られたくない事はあるだろう?」
 鴉乃宮が続けた。
「いや、特には……」
「今はないとしても、きっと出来るはずだ」
 だから、お互いにプライバシーは守らなければならないと教えた。
「折角自由になったんです。まずはフィーナさんを信じてやりたいようにさせてあげては?」
 クピードを柔らかく諭す黒羽。
「撃退士を信じたから今があるんですし、一人で気負い過ぎないで下さい」
 そういって、黒羽は優しく微笑みかけた。
「フィーナちゃんの事心配だ、心配な人を護りたいって気持ちボクも良く分かるんだ」
 犬乃は、少し照れたようにいった。
「四六時中ずっと居られたらやっぱり護衛対象も疲れちゃうし……ここは、ニンジャ式護衛術をクピードさんにはしっかり学んで貰って――」
 犬乃は、犬乃流忍者式護衛術の説明をした。
「その為にも人界の常識をちゃんと覚えて、それがクピードさんとフィーナちゃんの為だから」
 にっこり笑ってそう締めくくった犬乃。クピードは、必死にメモをとっていた。
「フィーナさんも――」
 御笠は真剣な表情でフィーナをみつめた。
「大切な家族だと仰るのなら、気持ちを、想いを、理解し合う事を諦めてはいけません」
 御笠には、このふたりが負い目や気遣いだけで繋がった家族に見えて心苦しかった。
「フィーナさんを思ってした行動でクピードさんが異常な方だと思われてしまう事も、辛くはありませんか?」
「それは……辛いし、悲しいです……」
 フィーナがしゅんと俯くと、彼女の白い翼も感情を代弁するかのように小さくしぼんだ。
「違う事は違うって教えてあげたり、叱ったり、本音言い合える方が私は嬉しい」と蓮城。
「二人が護りたい笑顔は、壁を越えた先にあっても良いと思うの」
 それこそが本当の家族のあり方だと思った。
「堕天したばかりの天魔も皆こうして勉強して頑張って守っているんだぞ」
 ミハイルは、最後にそう締めくくった。

 米田とフィーナは、彼女の寮へ続く土手の道を一緒に下校していた。もちろん、クピードも一緒だ。
「今日は、いろいろとお世話になりました」
「大丈夫、何かあったら、また一緒に何とかするさ」
 西日に照らされ、3人の影が土手ひょろ長くのびている。
 色々あって疲れたのだろう、フィーナの足取りがおぼつかない。
「疲れたの? おぶってあげようか?」
「いえ、大丈夫で……す!?」
 言ってる最中に足がもつれるフィーナ。
『あぶない!』
 米田とクピードの声がハモった。
 転びそうなフィーナを支えようとバランスを崩し、3人まとめて土手を転げ落ちる。
「いたた……だ、大丈夫ですか……?」
「もが……」
 フィーナの胸の中で米田がもがく。
「おい、そこを退け」
 クピードの股間で米田がうごめく。
 米田は顔をフィーナの胸、後頭部をクピードの股間に挟まれていた。
 前後から迫る天国と地獄に、米田の脳内は混乱のあまりショート寸前になっていた。
 

 翌日――。
 蓮城は前日に宣言したとおり、クピードがフィーナにしていた行動のトレースをおこなった。
 クピードが目覚めると、目の下にクマを作った蓮城が、体育座りのまま部屋の隅でじっとクピードを見つめていた。
 クピードは、犬乃のアドバイスどおり、離れた場所からこっそりとフィーナを見守っていた。蓮城は、それにぴったりと付きまとっているかたちになる。
「あの……護衛の邪魔なんだが……」
「良いの、気にしないで」
 クピードが尿意をもよおしたときも、蓮城は男子トイレの中までついていった。
 男子トイレで先に用を足していた生徒は、蓮城の姿をみて思わず悲鳴をあげる。
「おい、無理――」
「気にしないでってば!」
 耳まで真っ赤な蓮城。
 何の罰ゲームなのかと、本来の目的を忘れかけそうになった。
 夕刻になってフィーナが銭湯に行ったので、クピードはミハイルから言われたとおり、自分も銭湯を堪能してみることにした。
「待って!」
 暖簾をくぐろうとしたクピードを止める蓮城。
「わ、わわ、私が先に安全確認してくるからっ!!」
 蓮城は、クピードが制止する間もなく、涙目のまま男湯に突撃していった。
 中から聞こえる阿鼻叫喚の悲鳴。
 数分後、目がぐるぐる回った蓮城がフラフラと戻ってきた。
「フィーナさんの気持ち、分かったかな?」
「そんなことより、お前は大丈夫なのかよ」
「そう、今の貴方と同じように……心配してくれたと思うの……」
 弱々しい微笑みを浮かべた蓮城は、そのままパタリと倒れ、気を失ってしまった。

 クピードがどの程度まで理解してくれたのかは分からない。けれど、フィーナの心労がひとつ減ったことだけは確かなようだった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: Eternal Wing・ミハイル・エッカート(jb0544)
重体: −
面白かった!:7人

ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
あなたへの絆・
米田 一機(jb7387)

大学部3年5組 男 アストラルヴァンガード
BBA恐怖症・
長田・E・勇太(jb9116)

大学部2年247組 男 阿修羅
撃退士・
御笠 結架(jc0825)

大学部1年62組 女 アストラルヴァンガード
少女を助けし白き意思・
黒羽 風香(jc1325)

大学部2年166組 女 インフィルトレイター