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マスター:マメ柴ヤマト
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/11/20


みんなの思い出



オープニング


「くそっ! 話が違うじゃないか……」
 とぼとぼと歩く男の後ろ姿からは、哀愁が漂っていた。
 背中に生えた白い翼は、彼が天使であることを物語っている。
 久遠ヶ原学園の制服を着ているところをみると、学園に身を置く堕天使なのだろう。
「堕天したら女の子にモテるとか言ったのは、どこのどいつだよっ!」
 地面に転がる石ころに怒りをぶつける。
 どういう経緯で堕天したのか詳しく知らないが、口ぶりからしてモテたいから堕天したのだろう。
 彼の容姿は決して悪くないのだが、美男美女が多い久遠ヶ原学園にあっては目立つほどでもない。
「こうなれば、俺に見向きもしない全ての女子たちを恐怖のどん底に落としいれてやるまでだ!」
 そういって、含み笑いを漏らしながら黒い笑みを浮かべた。
「ふふふ……見える。見えるぞ、桃色オーラが」
 たまたま通りかかった女子――高峰真奈(jz0052)――をみつめる瞳がキラリと光る。
「まずは、手始めにあの女子から恐怖に落としいれてやる……。人間界の女子たちよ、このジェラシェルの恐ろしさ、とくと味わうが良い!」
 そして、モ天使ジェラシェルは、高峰に気付かれないように尾行し、彼女の居住先を突き止めることにした。

 それから数日後――。
「ただいまー。もう喉がカラカラだよぉ」
 玄関に入るなり、高峰は靴を脱ぎ捨てリビングに急いだ。
 棒術の稽古でヘトヘトの高峰は、冷蔵庫へ直行した。
「…………?」
 ふと、冷蔵庫の前に白い羽根が落ちていることに気付く。
 羽根を拾いあげ、玄関からずっと足元にじゃれ付いてきていた愛犬のヤマトを見た。
「これ、あんたの?」
 小首をかしげるヤマト。
「んなわけないか。枕の羽毛かな? まあ良いか」
 あまり深く考えるより、カラカラに乾いた喉を潤すことを優先させる高峰。
 コップの中身を一気にあおった。
 次の瞬間、口の中に含んだ液体を一気に逆噴射させる。
「め、麺汁!?」
 目を白黒させながら麦茶ボトルを掴み、まじまじと確認した。
 やはり、手に取りまちがえたわけではない。
 そもそも、麦茶ボトルとそれとでは、形状が異なりすぎるだろう。
 確かに多少は残念なおつむではあるが、麦茶ボトルに麺汁を注ぎいれるほど阿呆ではない。
 ヤマトがそんな悪戯をするわけもないし、無意識のうちにやらかしてしまったのだろうか?
 いくら考えても答えは出そうもないし、疲れていたのでその日は就寝することにした。

 翌朝、朝食をとるため寝ぼけ眼をこすりながら冷蔵庫からヨーグルトを取り出した。
 冷蔵庫にいれてあったヨーグルトは、1食食べきりではなく、500グラム入りの何度かに分けて使うタイプで、既に2回ほど消費している。
 今日も1食分を器にいれようと蓋をあけて異変に気付く。
「…………?」
 見た目はヨーグルト。でも、匂いが違う。
 この匂いは――。
「……木工用ボ○ド」
 見た目はそっくりだが、中身が全く違う。というか、食べ物ですらない。
 昨日の麦茶といい、明らかにおかしい。
 足元でお座りしている愛犬のヤマトを見るが、彼は小首をかしげて見つめ返してくるだけだ。
「いやいやいや、さすがに無理だよね」
 一瞬だけ心の中によぎった疑いを自己完結させる高峰。
 とりあえず、数日だけ様子を見ることにした。

 次に異変があったのは、数日後だった。
 ケーキの試作品を作ろうと冷蔵庫を開けると、冷やしていた卵の全てに顔が描かれていた。
「う……何これ、気持ち悪い!」
 まるで覇王的な何かだ。
 恐る恐る手にとり、殻を割ってボールに落としてみる。
 結果、普通の卵だ。
 割った瞬間に異次元空間が現れたりとかはしなかった。

 ある時は、醤油注しの中身がウスターソースになっていた。

 ある夜、疲れた身体を暖かいお風呂で癒そうと浴槽に顆粒タイプの入浴剤を入れた瞬間、高峰はある異変に気付いた。
「なに、この妙に甘い匂い……」
 高峰が愛用している入浴剤はラベンダーの香り。しかし、今日の入浴剤は妙にヨーグルトちっくな匂いがした。
 入浴剤の入れ物は、いつも愛用している入浴剤のそれだ。
 高峰は、指に入浴剤をつけ、恐る恐る舐めてみた。
「……ラムネ」
 まさか、食品にかぎらずこんなものまで擦りかえられるとは思いもよらなかったので、全くのノーマークだった。
 そのとき、脱衣所で何かの気配がした。
「だれ? ヤマト!?」
 しかし、返事はない。
「…………」
 音を立てないように浴室のドアに隙間をつくり、脱衣所を覗きみてみる。
 しかし、誰もいない。
「いるわけ……ないよね」
 胸を撫でおろす高峰。半ば、だれも居ないに決まっていると心の中で暗示をかける。
 歯磨き粉がヤマ○ノリになっていたりしたこともある。
 ブルーベリージャムが海苔の佃煮に変えられているときは、思いのほか美味しくて新しい発見をしたような気分になって、ちょっとだけ得した気分にもなった。
 でも、基本的に迷惑であることに変わりはない。
 たまに何も起こらないときなんか、ちょっとだけ寂しい気分になる自分が許せなかった。

 そして、とうとう決定的な事件が発生した。
 それは、高峰が19歳の誕生日を迎えた10月31日のことだった。
 その日、高峰は自分の誕生日を祝うため自分用のバースデーケーキを作ろうと、前日に購入した薄力粉を何度も繰り返しふるいにかけ、スポンジケーキの作成に取り掛かっていた。
「最高のケーキを作っちゃうんだから♪」
 薄力粉の袋の封をきる。
 これでもパティシエの卵。ケーキ作りはお手の物。
 ボウルで薄力粉を他の材料と混ぜ合わせる段階で異変に気付く。
 いくら混ぜても粉がまとまらない。
 それどころか、なんだかシュワシュワいっている。
 前言を撤回しよう。パティシエの卵なら、粉を見て気付くべきだった。薄力粉が重曹に変えられていることを。
「…………」
 わなわなと震える高峰。
 得意分野のケーキ作りを、しかも誕生日の日の阻害され、彼女の怒りは頂点に達した。
「もう、我慢の限界! 絶対に許さないんだからっ!」
 思わず叫ぶ高峰。
 勢いよく部屋を出た高峰は怒り任せに玄関を閉め、依頼斡旋所へ直行した。

 怒りで顔を真っ赤にした高峰の姿を目で追うジェラシェル。
 彼女は恐怖に慄くどころか、ブチキレ寸前だ。
「な……なんという強い女性だ……」
 ジェラシェルの鼓動は高鳴った。
「素晴らしい。彼女こそ、この俺に相応しい最高の女性だ……」
 高峰を見つめ続けた、約1ヶ月の日々が頭をよぎる。
 彼女は、動物(愛犬)を愛でる優しい女性だ。
 彼女は、料理が上手な家庭的な女性だ。
 彼女は、強い精神力を持つ女性だ。
 彼女の寝顔は愛らしい。
 彼女は、なかなか強硬な胸部装甲(乳)を持っている。
 彼女が欲しい。彼女を振り向かせたい。
 しかし、ジェラシェルには、どうやったらそれが出来るのか分からなかった。
「うむ……よし、基本路線はこのままで、俺の気遣いを彼女に見せてやればいい!」
 そう思い立ったジェラシェルは、とりあえずコンビニエンスストアに走った。

 鼻息を荒くした高峰が部屋へ戻ると、リビングのテーブルの上には温められたコンビニ弁当と『おかえり、MY HONEY』と書かれたメモが置かれていた。
「怖くて食えるか! こんなもーん!!」
 勢いよく窓を開け放った高峰は、全力フルスイングで弁当を放り投げた。
 高峰とモ天使ジェラシェルの戦い(?)が始まった。


リプレイ本文


「マナか、良い名だ。私は護衛のリリィだ。会えて嬉しいよ」
 休日の昼下がり。
 依頼解決のための打ち合わせは、リリィ・マーティン(ja5014)のハグから始まった。
 高峰の部屋で立て続けに発生する怪奇現象を解決するべく彼らが集まったのは、彼女がバイトをしているパティストリー【スウィートショコラ】。
 高峰は、集まってくれた全員にケーキと紅茶を差し入れた。
 事件の概要については、高峰が既に大体の説明をしている。
「不思議なことが、おこるのですねぇ」
 深刻な表情をうかべるルチア・ミラーリア(jc0579)。
 どうやら、彼女は本気で怪奇現象が発生していると思っているようだ。
「えっと……」
 ティーカップを受け取った若杉 英斗(ja4230)は、紅茶を一口すすりながら頭の中で状況の整理をする。
「女子寮に怒る怪奇現象の原因を探って、それを止めないといけないって事は……」
「女子寮っていうか、私の部屋なんですけどね」
 さり気なく訂正する高峰。
「つまり――」
 若杉の表情がきりりと引きしまった。
「合法的に女子寮に入って、いろいろなところをじっくり、しっかり調べなきゃって事ですよね?」
「え、あ、うん……大体合ってます」
「合ってますよね?」
「合ってますけど……」
「何か?」
 若杉の眼鏡が光る。
 表現がなんだかアブナイ――とは言い出せない高峰だった。
「鍵の閉まっている部屋に出入りできるなら、天魔の仕業でしょうか」
 礼野 智美(ja3600)は、ふむと鼻を鳴らす。
 相手が天魔なら、透過能力を使えば進入は容易に可能だろう。
「真奈ちゃん大丈夫!」
 それまで黙っていた犬乃 さんぽ(ja1272)が勢いよく立ち上がった。
「ボクがどんな怪奇現象からも絶対真奈ちゃんを護っちゃうもん!」
 瞳の奥には、燃えたぎる炎が宿っている。
「平穏な生活を取り戻せるようにするよ!」
 高峰の手を握り、強い口調で宣言した。
「つーか、さんぽが彼氏なんだろ? 何やってんだ」
 ラファル A ユーティライネン(jb4620)は、ジト目を犬乃になげかける。
「お前らがさっさと同棲でもしていれば、こんなことにはならなかったってーのによ!」
 このリア充めと、やっかみ半分でからかって、犬乃と高峰を慌てさせた。
「高峰さんに惚れるストーカー……」
 つぶやく村上 友里恵(ja7260)。
「私、気になってしまって……」
 両頬に手をあて顔を赤らめた。
「犯人の手がかりとしては、このメモか」
 若杉は、犯人が弁当と一緒に残していったという手書きのメッセージを手にした。
「弁当は何だった?」
「幕の内弁当ですけど……」
 それを聞いて、若杉はふっと小さく笑った。
「俺のプロファイリングによると、犯人は女心をまるでわかっていない」
「ほう。同士若杉、詳しくお聞かせください」
 真顔で問うルチア。
「若い女性にお弁当を贈るなら、やはりパスタとかちょっとオシャレ系にすべきだ。いまどきコンビニのパスタもなかなかバカにでき……」
 セリフの途中で若杉は、ルチア以外の全員から「論点はそこか!?」という無言のジト目が注がれていることに気付いた。
 ルチアだけは、食い入るように若杉の言葉を聞いていたが。
「小さな悪戯の域とも思えるが――」
 場を仕切りなおすようにリーガン エマーソン(jb5029)は口をひらく。
「積み重なれば、それは立派な罪といえよう。ましてや、うら若き女性に不安を与えるような輩は断罪されねばならないな」
 年長者(少なくとも外見的には)らしく落ち着いた口調でいった。
「犯人には少々思い知ってもらう必要がありそうだな」
 そして、リーガンはティーカップの中身を飲みほす。
 彼の言葉に全員が頷いた。


 バイトを早めに切り上げた高峰は、犬乃と手を繋いで帰り道の公園をぎこちなく歩いていた。
 心なしか動きがぎこちないのは、着慣れないフリル満載のワンピースを着ているせいだろう。
 普段の高峰は、ここまであざといくらいの乙女ちっくなワンピースは着ない。
 これは村上がわざわざ高峰のために用意していた衣装だった。
 犯人が高峰に好意を寄せているのなら、別の男といちゃいちゃする姿を見せ付けることで嫉妬にかられて尻尾を出してくるかもしれない。
 そのために村上は、犬乃にも演技指導としていた。
 犬乃の動きがぎこちないのは、その指導内容が原因だ。
 ――敵を挑発するには大胆さです。押して駄目なら押倒す、の勢いでぐいぐいくっつくのです。
 村上の言葉が頭の中をめぐる。
「き、今日はすごく冷えるね……」
「うん……」
 気まずい空気がふたりの間を駆けぬけた。
「あ、そうだ、こんな時だけど誕生日プレゼント。遅くなっちゃってゴメンね」
 そういって取り出したのは、最近評判になっているケーキ屋の袋。
「ケーキが台無しになったって聞いたし、真奈ちゃんの夢の力にもなるかもだから」
 頬を赤らめる犬乃。
「うん、ありがとう。私もここのケーキは気になってたんだ」
 高峰は、にっこりと笑みを浮かべてケーキを受けとった。
 そのとき、犬乃が耳につけていた小型の通信機から村上の声が飛び込んできた。
「そこです! ガンガン行きなさい!」
「はわわわ」
 慌てる犬乃。
「……?」
 言葉は犬乃にだけ届けられているようで、高峰はきょとんとした表情を浮かべている。
「押倒す時は正々堂々が基本。私もよく夫を油断させて捕まえた物よ、と母も言ってました」
「ま、まま、真奈ちゃん!」
 促されるまま、犬乃は高峰の肩をがっしり掴んだ。
「もっと、もっとがっつり!」
「ボ、ボボ、ボク……」
 犬乃の目は、緊張でぐるぐる回っていた。
「どうしたの?」
「じ、事件が解決するまでボクが真奈ちゃんを付きっきりで護っちゃうから……も、もう、大丈夫だよ」
 犬乃は勢い任せに高峰を抱きよせた。
「うん、頼りにしてるね」
 高峰の耳元でのささやきと、優しいハグのかえしは、暴走しかけていた犬乃の感情をクールダウンさせた。
 イヤホンから舌打ちが聞こえてきたのは、きっと気のせいだろう。

 リーガンは、ルチアと共に聞き込みを行っていた。
 寮母や寮生からは、有力な情報は得られなかった。
 どうやら、犯人は上手い具合に他者の目から逃れられているようだ。
「収穫なしですね」
 ルチアは、ため息まじりにいった。
「所詮はただのストーカー事件だ」
「ストーカー?」
 きょとんとした表情を浮かべるルチア。
「……何だと思っていたんだ?」
「怪奇現象だとおもっていたのですが、もしかして……!」
 やれやれと肩をすくめるリーガン。
「しかし……」
 ルチアは、神妙な表情でつぶやいた。
「『誰にも気付かれずに何かを行う』という…に関しては、かなりの才能のようなものを感じます」
「確かにな」
 そこに関しては、リーガンも同意見のようだ。
「今までの『怪奇現象』が強力な罠の敷設等ならば……」
 はたして、今ごろ高峰はどうなっていただろう。そう考えて、思わず生唾を飲んだ。

 リリィは、先回りして高峰の寮を警備していた。
 米海兵隊仕様のコンバットスーツに身をつつみ、肩からライフルを掲げている。
 そんな姿のまま、休めの姿勢のまま寮の入り口で立番をしている姿は、学園島の中にあっても目立つことこの上ない。
 夕暮れ時になって、バイトを終えた高峰が帰ってきた。
 敬礼で出迎えるリリィ。
 犬乃と別れの挨拶を交わした高峰が、寮の中へ入るまで不動のまま出迎えた。
 その後、高峰を警護するためリリィは高峰の部屋の前へ、犬乃は天井裏へそれぞれ移動した。
 部屋へ戻ると、礼野が待機していた。
 礼野は、部屋に異常がなかったことと、寮にいる間は阻霊符を使うよう高峰に依頼した。
「阻霊符?」
「おそらく、天魔の仕業で間違いないでしょうから」
 鍵が閉まっている2階の部屋へ寮母が気付かないように出入りしているということは、飛行能力と透過能力をもっている相手と考えるのが妥当だろう。
 実際、高峰は過去にも部屋でディアボロに襲われ、胸を失いかけている。
「高峰さんが寝ている間は、俺たちがしっかりと護衛するから心配しないでください」
 夜間の警備をしっかりしておけば、犯人が部屋へ侵入してくるのは昼になるはず。そして、それも礼野の狙いのひとつだった。
 その夜は、何事もなく過ぎた。
 ただ、天井裏からナイトビジョンを使って高峰を見張っている犬乃だけは、悶々と朝まで寝られなかった。
「はわわわわ……えっとなんにも、見てないもん」
 翌朝、このことを知ったラファルから「いっそのこと一緒に寝ちまえば良かったじゃねーか!」と言われた犬乃が盛大に慌てふためたことを付け加えておく。
 

「――はい。はい、そうですか。ありがとうございました」
 携帯電話を切った礼野は、小さくため息をもらした。
 天魔生徒によるストーカー事件に対する罰則がどうなっているのか、学園に直接確認したのだ。
 その結果、特に決まった罰則は無いらしい。
 そして、犯人への罰則はこちらが決めて良いということと、報酬は学園側から支払われるとのことだった。
 高峰からの謝礼は辞退するつもりだった礼野だが、これなら心置きなく受けとれる。
 今日、高峰には朝から普段どおりの行動をとってもらう。
「今日は大船にのったつもりでいてくれ」
 そう意気込むのは若杉。
「高峰さんをこっそり尾行、監視して、高峰さんの周囲に不審な人物がいないかどうかチェックだぜっ!」
(つまり、女子寮をじっくりしっかり調べる役目!)と、若杉は心の中でガッツポーズを決める。
「それストーカーって言わないか?」
 礼野の鋭いツッコミは、若杉の耳には届いていなかった。

 高峰は、普段どおりに授業を受けていた。
 礼野は校舎の外から双眼鏡を使って周囲の観察をする。
 若杉は、もっとアクティブな監視をしていた。
 教室のドアからこっそり中をうかがう若杉。
 その姿は、怪しさ大爆発。
 その時、不意に声をかけられた。
「おい、講義はどうした?」
 声の主は、筋肉教師にして高峰の棒術師匠の遠野冴草(jz0030)だった。
「いや、任務遂行中ですか……ら?」
 胸を張っていった若杉の腕を掴んでずるずると引きずる遠野。
「って、あの、何を!?」
「最近、高峰の周囲を不審者がうろつくという噂をきいてな、そうしたらお前がいたわけだ」
「いやいやいや、だから、任務――」
「生徒指導質でゆっくり聞いてやる」
「いや、待って、待ってくださーい!」
 それから若杉は、遠野の誤解を解くのにかなり苦労したという。

 リリィは、寮の玄関前で不動の立番をしていた。
 そこへ、ふらりとひとりの男が通りかかる。
「待て」
 声をかけるリリィ。
「何か?」
「ここへは何をしに?」
「散歩だ。学園に来て、まだ間もないのでな」
 背中の翼からして、男は堕天使のようだ。
「なんだ学園の生徒か。私はリリィだ。学園の生徒でインフィルトレイターをやっている。会えて嬉しいよ。疑ってすまなかったな」
「気にするな。やけに物々しいが、何かあったのか?」
「気にするほどのことではない」
「そうか……」
 会話を終えると、男はふらりと去っていった。
 リリィは知らない。この男こそがジェラシェルだということを。 

「現場100篇、あいつは必ずやってくる」
 ラファルは、高峰の部屋のクローゼットに隠れていた。
 部屋のテーブルには、歯型のついたアンパン。食べたのはラファルだ。
「同士ラファル。怪しい人影がそちらへ向かいました」
 連絡を入れてきたのは、ルチアだった。
「了解!」
 短く答えたラファルは、携帯電話のスイッチを切ってクローゼットの扉の隙間から部屋の様子を伺った。
 すると、見知らぬ男が図々しいくらいに堂々と部屋の中へ入ってきた。
 男は、部屋の中をぐるりと見渡したあと、食べかけのアンパンに気付いた。
 それをむんずと手に取り、頬張った。
「うむ、甘い。恋の味だ」
 ラファルの背筋に鳥肌が立つ。でも、証拠動画はしっかり撮った。
 ここからはラファルのターンだ。
 阻霊符をはり、勢いよくクローゼットの扉を開く。
「そこまでだ!」
「お、俺ではない!」
 あまりの出来事に、思わず分けのわからないことを口走るジェラシェル。
「問答無用だ!」
 そう叫びながら、ラファルはエアロバーストを発動させ、ジェラシェルを壁にたたきつけた。
 完全に不意をつかれたジェラシェル。彼が状況を理解したときには、騒ぎを聞きつけ駆けつけたリリィ、リーガン、ルチアに完全包囲されていた。


「お前だな真奈ちゃんに悪戯して、ボク許さない!」
 犬乃の鼻息は荒い。
 犯人確保の報を受け、全員が高峰の部屋へ集合した。
「何だお前は」
「何って、真奈ちゃんの彼氏だよ!」
「女が彼氏だと!?」
「ぼ、ボクは男だ!」
 顔を真っ赤にする犬乃。
「犬乃さんは……その、外見の問題が……」
 ぼそりとつぶやく礼野。
「これ、ストーカー行為で犯罪にあたるから、やめときましょう」
 ストーカーに誤認され、一時的に拘束されていた若杉がいう。
 そして、人間社会の法を説明した。
 周囲の視線が心なしか冷たい気がするが、そんなことは気にしない。
「磨くべきは、ナンパ術ですよ。さぁ、一緒に高みを目指しましょう!」
 ジェラシェルの肩に手をまわし、明後日の方角を指差して高らかにいった。
「その前にするべきことがあるのではないか?」
 冷静な口調でリーガンが口をひらく。
「まずは、彼女に謝罪するのが筋であろう」
 目で高峰を指すリーガン。
「す、すいま……せんでした……」
 ジェラシェルは、素直に謝った。
 自分が何をしたのか、一応は理解できたようだ。
「人間社会に疎いようですから、私が一般常識を教えましょう」
 そういって、村上は恋のイロハを基礎から教えた。
「なるほど……相手のことを知り、喜ばせる……か」
「その為にもお友達から始めるのが一番なのです」
 そういったあと、(これで恋の三角関係にならうでしょうか……恋のさや当てが見られるかどうか、私、気になります)とつぶやいた。
 本心は、どうやらこれのようだ。
「分かった。まず、友達からだな!」
 ジェラシェルは大きく頷き、高峰と向き合った。
「俺と友達にな――」
「やだ!」
「……っな!?」
 一同は苦笑をうかべる。
「……でも」
 高峰は、ふとジェラシェルの処遇を任されていることを思い出した。
「学園島全部のトイレ掃除をしたら、考えても良いよ」
「本当か! よし、その言葉、忘れるなよ!?」
 しかし、ジェラシェルは気付いていない。この久遠ヶ原学園がとてつもなく広いということを。

 後日――。
 学園島中のトイレを必死に掃除するジェラシェルの姿があった。
 その横には、リリィの姿もある。
「お前の根性はこの程度か!?」
「否!」
「今のお前は、便所のクソ以下だ!」
「くっ!」
「ほらもうちょっとだ! 罰を乗り切るぞ!」
「ぬぉおお!」
 その様子は、まるで新米兵士と鬼教官のようだったという。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
鬼教官・
リリィ・マーティン(ja5014)

大学部1年13組 女 インフィルトレイター
春を届ける者・
村上 友里恵(ja7260)

大学部3年37組 女 アストラルヴァンガード
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
徒花の記憶・
リーガン エマーソン(jb5029)

大学部8年150組 男 インフィルトレイター
悠遠の翼と矛・
ルチア・ミラーリア(jc0579)

大学部4年7組 女 ルインズブレイド