●
「つまらんのじゃ……」
頬をいっぱいに膨らませたカルーネは、俯きながら歩いていた。
少しばかり派手に遊びすぎたせいか、結婚式が一切開かれなくなった。
「そろそろ、場を変えるかのぅ」
ショーウィンドウに映る自分を見つめながら、詰まらなそうにつぶやく。
その時、ショーウィンドウ越しに制服姿の男が近寄ってくるのが見えた。
「君、何年生? 学校は?」
たしか、ケーサツカンとか呼ばれる人種だったか。
カルーネは黒いゴスロリドレス姿で、見た目は12歳前後に見える。
うんざりとした表情を浮かべたカルーネは、冷たい視線を男に向けた。
すると、男は体をピンと硬直させる。
(去ね)
カルーネが心の中でそう念じると、男はぎこちない動きのまま回れ右をして、そのまま去っていった。
ため息をつくカルーネ。そんな時、遠くで教会の鐘の音が鳴り響いた。
邪悪な笑みを浮かべたカルーネは、自分の周囲にある生命反応を探る。
「道具は十分じゃな」
そうつぶやいて、鐘の音が鳴るほうへゆっくりと歩きだした。
「汝、ミハイル・エッカート(
jb0544)は、この者を妻とし――」
粛々とした空気が流れる聖堂の中、神父姿の砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)は、祭壇で聖書を片手に結婚式の進行をつとめていた。
もちろん、本物の結婚式ではない。
「では、ベールをあげてください」
ミハイルは、グロリア・グレイス(
jb0588)の顔を覆う半透明のベールをそっとあげた。
グロリアの瞳が潤んでいるように見える。もちろん、演技だ。
数年ぶりのキスがまさかこんな形でやってくるとは思ってもいなかった。
でも、ミハイルが相手なら悪くないかもと思う。
新郎役のミハイルも、グロリアを心から綺麗だと思っていた。
いつものボーイッシュな彼女と違い、純白のショートドレスに身を包んだグロリアは、ため息が出るほど美しい。
事情を知らない人が見たら、本当の結婚式に見えるだろう。
ミハイルとグロリアの唇が重なると、参列者役が拍手を贈る。
柏木 優雨(
ja2101)など涙まで流している。よほど感動したのだろう号泣だ。
黒神 未来(
jb9907は周囲の変化に気を配る。今のところ動きはない。
エルネスタ・ミルドレッド(
jb6035)は、カルーネが高みの見物を決め込めそうな場所を中心に洗っていた。
事前にクピードから聞いた情報だと、カルーネはかなり狡猾らしい。
木の上など、いくつかのポイントは見つかったけどカルーネの姿は見当たらない。
まだ、会場に来ていないのかもしれない。
Darkness(
jb0661)も野外で潜伏しているはずなのだが、その姿はどこにも見当たらない。スキルで上手く隠れているのだろう。
会場から少し離れたところで、藤井 雪彦(
jb4731)は教会の周辺を眺めながらぶらぶらしていた。
木陰に隠れて鳴く雀。電線で羽を休めるハト。散歩中の犬に縄張りを見回る野良猫。
教会の周囲には、実に動物の多きことか。
敵は動物を爆弾に変える能力があるという話だ。
すべてが自然で全てが疑わしい。
藤井がカルーネらしき少女を見つけたのは、式の参列者が教会の外へ出てきたときだった。
●
久しぶりの得物に胸を躍らせるカルーネは、足早に結婚式が行われている教会へやってきた。
結婚式は、これからフラワーシャワーが行われるところだ。
久しぶりのターゲットだったが、カルーネはあまりの参列者の少なさに引っ掛かるものを感じた。
しかし、結婚式自体は本物にしか見えない。
感涙している少女の涙は本物だ。
警戒に越したことはないので、とりあえず教会を見渡してみることにした。
(ふん……なるほどなのじゃ)
口の端を吊り上げるカルーネ。
光の屈折を利用して姿を隠す女がひとり。本人は隠れているつもりなのかもしれないが、実力で遥かに勝るカルーネには通用しない。
(あれがゲキタイシとかいうやつらか)
連続爆破事件に警戒して、新郎らに雇われでもしたのだろう。
しかし、自分の事は、まだ人間に知られていないはず。なぜ撃退士がいる? そんな疑問も浮かびはしたが、しばらくおあずけを喰らっていたカルーネは、警戒心より狩猟欲のほうが勝った。
最初は、号泣している小娘を吹き飛ばしてやろう。
念の為、野良猫を1匹だけ向かわせて様子を見ることにした。
花びらのシャワーが舞い落ちるなか、ふらりと野良猫がやってきた。
その場の全員に緊張が走る。
猫は柏木の足元までやってくると、彼女を見上げてニャーと鳴いた。その瞬間、轟音と爆風が同時に襲ってくる。
柏木は爆風をまともにくらい、隣にいた高峰は教会の壁まで吹き飛ばされた。
藤井は見た。ふらりとやってきた少女が爆発を見とき、口の端までひきつらせるほどの邪悪な笑みを浮かべた様子を。間違いない、カルーネだ。
「みつけたよ!」
携帯で仲間に知らせると同時に、自身は明鏡止水で気配を消した。
エルネスタが動く。
芝生を引き抜き、カルーネの上手く側面へと回り込む。
カルーネに動きはない。
アイビーウィップを仕掛けるエルネスタ。芝生が鞭に変わり、カルーネへと襲い掛かる。
完全に不意をつけたかに見えた。
「ふん、甘いわ!」
エルネスタの攻撃をあっさりと回避したカルーネ。右手に展開した大鎌で反撃を試みた。
「!?」
不意をついたつもりが、逆に不意をつかれるエルネスタ。予測回避で対抗する。
カルーネが振るった鎌はエルネスタをかすめ、彼女の長い赤毛が数束舞い散る。
しかし、油断していたのはカルーネも同じだった。
エルネスタの姿をはっきり捕捉していたからこそ、他の撃退士の存在に気付かなかった。
余裕の笑みを浮かべているカルーネに砂塵が襲い掛かる。藤井の地妖精の悪戯だ。
「くっ、他にも居おったか!」
「本来なら女の子の味方なんだけど〜」
普段はフェミニストの藤井。いくらカルーネが女でも、人の幸せを奪い絶望を与えることで喜びを感じるような相手を許すわけにはいかない。
砂塵はカルーネを包み込み、彼女を石化させようとするが、カルーネがそれらを腕で払いのけるとあっさり散り消えてしまう。
爆煙を突っ切って攻撃を仕掛けてきたのはミハイルだった。カルーネに追撃をかける。
「喰らえよ、性悪女。無事でいられたら大したもんだぜ」
ミハイルが放った黒い霧を纏った弾丸は、カルーネの身体を穿つ。
確実にダメージを与えているが、カルーネに怯む様子はない。
「うちの子守唄聞いて行き!」
爆発に乗じてハイアンドシークで潜伏して黒神は、ギター演奏つきの氷の夜想曲をつかった。
周囲の空気が急激に低下し、カルーネを襲う。
「おぬし、吹き飛ばされておらなんだか!?」
カルーネの髪の毛の先に霜がはりついた。
だが、睡眠の効果までは発揮されなかったようだ。
「やっぱ、あかんか……」
苦笑いを浮かべ、再びハイアンドシークによって潜行する黒神。
「結婚式に爆弾のプレゼントなんて趣味が悪いわ」
影縛の術を放つグロリア。
しかし、カルーネに難なく回避されてしまった。
「貴様ら……まさか!?」
動揺するカルーネ。神父の男も臨戦態勢をとっており、爆弾で吹き飛ばしたはずの少女たちも生きている。
「まさか、妾が人間ごときの策にはめられたというのか!?」
彼らがどこで自分の情報を手にしたのか、カルーネには心当たりがない。
そんなことより、今はこの状況を打開することが優先だ。
「真奈……建物の中へ、退避しているの……」
爆風で飛ばされた高峰に駆け寄る柏木。しかし、怪我の度合いは彼女のほうが重い。
「優雨りん……」
「大丈夫なの……」
額から流れ落ちる血を拭い、柏木はコクリと頷いてみせる。
「高峰ちゃん、急いで!」
砂原に促され、高峰は足早に教会内へ逃げ込んだ。
カルーネは、急いで逃げの算段を整える。
このまま逃げても逃げ切れないだろう。
ならば――。
「まずはお前からじゃ!」
最初のターゲットを藤井に定めたカルーネは、彼との距離を一気につめる。
手ごわそうな相手から個別に潰していく作戦に出た。
カルーネが放った鎌の一閃は、藤井が反応するより早く彼の身体をとらえた。
「ぐあ!」
藤井はわき腹から肩に掛けて体をえぐられ、鮮血を吹き散らした。
カルーネの背後に近づくダークネス。彼女の髪を掴む。
「別れを言うといい、貴様を取り巻く全てのものに」
カルーネの細い首を掻き切ろうとした瞬間、ダークネスは彼女に蹴り飛ばされていた。
そこへ追撃をかける黒神。
「うちの視線からは、何人たりとも逃れられへんで!」
黒神の左目が赤く輝く。
カルーネは反射的に身を捩じらせた。その瞬間、カルーネの顔の横をインパクトが通り過ぎる。
「今回ばかりは撃退士としてキッチリとね……始末するよ」
藤井は気力を振り絞っていった。
藤井が作り出した式神は、カルーネの足元から這い上がるように絡みつく。
「こしゃくな!」
もがくカルーネ。
「おっとそれ以上妙な真似するなよ!」
ミハイルが振り下ろした銃床は、カルーネの鎌によって阻まれた。
「妾をなめるな!」
気迫の篭った叫び声とともにカルーネが鎌を一閃すると、彼女を束縛する式神が散り消えた。
そのまま藤井を、返す刀でミハイルを目にもとまらぬ速さで斬りつけた。
その場に崩れ落ちる藤井。ミハイルは何とか意識を保っている。
離脱の素振りを見せるカルーネ。
「逃がさないの……」
柏木が放った電気ムカデがカルーネを追う。
ムカデはカルーネをとらえ、電撃によるダメージを与えた。しかし、それ以上の効果はなかった。
砂原のスタンエッジも同様だ。
「往け、お前たち!」
カルーネの号令で木陰の雀たちが一斉に飛び立った。
雀たちは、次々と撃退士たちに向かって突撃し炸裂する。
この攻撃による衝撃と爆風でミハイルとダークネスが戦闘不能に陥ってしまった。
「まだ帰るのは早いよ?」
逃げるカルーネにコメットを撃ち込む砂原。
爆煙がカルーネを包みこんだ。
舞い上がる爆煙の中にエルネスタと柏木が飛び込む。
エルネスタはアイビーウィップでカルーネの束縛を狙った。
逃げつつエルネスタの攻撃を避けるカルーネ。魔弾で反撃する際、少しだけバランスを崩した。
「逃がさないの……」
瞬間移動でカルーネの正面に回りこんだ柏木は、布槍を巻きつけた拳をカルーネの腹部に打ちこむ。
小さく呻くカルーネ。確かな手ごたえが感じられた。しかし――
「ええい、妾の邪魔をするな!」
カルーネを仕留めるにはいたらず、柏木は鎌の反撃をまともに食らってしまった。
飛行で追おうと試みるエルネスタ。しかし、消えゆく土煙の中で立っているのは砂原、グロリア、黒神だけだった。
これ以上の戦闘継続が困難と判断したエルネスタは、カルーネの追撃を断念した。
●
「オッサン、逃げ道は考えているのか?」
そう切り出したのは、ミハイルだった。
カルーネのことは逃してしまったが、クピードがもたらした情報はすべて正しかった。
仮にこれが罠で、クピードとカルーネが手を組んでいたら、間違いなく全滅させられていただろう。
「俺たちに手を貸したことが知られたら、天界のお尋ね者になるぞ」
「分かっている。だから、直接の支援をしてやれなかったんだ」
クピードは、戦闘不能になっていく彼らの様子をもどかしく感じながら眺めるしかなかった。
仮にカルーネを倒せたとしても、彼女の主に知られてしまう危険性があったからだ。
「お前は、そこにいるのか?」
ダークネスが問う。
短い言葉だが、そこには深い意味が込められていた。
「ボクは君と仲良くしたいし、できるんじゃないかな」
傷口を押さえながら藤井。クピードが行動を起こしてくれなければ、被害は拡大していたに違いない。
藤井は立っているのも辛いようで、高峰の肩を借りている。
「僕の友人たちが、もしかしたらクピードちゃんの主と知り合いかも知れない」
砂原は、そんなことを口にした。
「何……?」
クピードの眉がうごく。
「手放したことになってる使徒にこっそり感情供給を続けている天使がいるって」
「ま、まさか……それは本当か!?」
砂原の胸倉に掴みかかるクピード。
「だ、だからさ、学園に来ない?」
笑顔を浮かべながら提案する砂原。
「皆が皆……天魔を、許容しているわけじゃ……ないの」と柏木。
「でも……人の幸せが大好きだって……伝えたら、みんな……分かってくれるの」
クピードは柏木の言葉に耳を傾ける。
「学園では、天使も……悪魔も、人間も……少しずつ理解し合って……仲良くやってるの」
クピードは、だからと続けようとする柏木の言葉を止めた。
「やはり、それは出来ない」
「なんで……」
「どこに奴らが紛れ潜んでいるか分からないからだ。俺がこいつにコンタクトを取ったときのように、な」
クピードは、高峰を親指で指す。
「俺は砂原の話を信用する。このままでは、俺の主と人間がいつ敵対関係になってしまうか分からん。俺の主の意思に反して、な。だから、俺はこのまま単独で行動して、主の行方を探ることにする」
どうやら、クピードの意思は固いようだ。
「俺の主がいるべき場所は天界じゃない。だから、その時が来たら、またお前ら撃退士の手を借りるかもしれない」
そして、高峰へと歩み寄り、
「何かあれば、こいつに連絡を入れる」
そういって、どうやって手に入れたのか、コートのポケットから携帯電話を取り出した。
「え、ちょ!? 何で私が連絡係!?」
高峰が行使しようとした拒否権は、全員からの視線によって黙殺されることになった。
「ところで、お前……何て名前だ……?」
「ぅおい!」
番号とアドレスを手際よく交換したクピードが最後に言ったセリフは、その場の空気を和ませるのに十分なインパクトを持っていた。
「追っては来なんだか」
懸命な判断じゃ、とつぶやくカルーネ。
もし、彼らが追撃を仕掛けてきたら、逃げながら引き付けつつ、個別撃破してやるつもりだった。
同時に相手にするのは危険だが、隊列を延ばして個別に対処すれば十分勝機はあった。
これ以上の追撃は無いと判断したカルーネは、全力移動から歩行に切り替えた。
痛む身体を引きずりながら今回のことを頭の中で少し整理する。
「そもそも、あやつらはなぜ妾のことを知っていたのじゃ……」
少なくとも天魔が関与したという情報は一切流れていなかったはず。
それがどうしても解せなかった。
(妾を売ったやつがいるというのか!?)
とはいえ、カルーネは決して名の知れたシュトラッサーというわけではない。
少なくとも、彼女の周りに心当たりはない。
それなのに、撃退士たちはカルーネの容姿から手口までを事前に知っていたように思える。
個人的に彼女を良く知り、裏切りそうな者といえば――
「まさか!? いや、でもあやつは既に放棄され、とうの昔に死んだはずじゃ……」
その者の主は、度重なる失敗で現在軟禁状態にある。
「調査する必要がありそうじゃな……」
カルーネは色々と調査をするために、急いで天界へ戻ることにした。
ちなみに、クピードは学園側からも一定以上信用され、遠野の独断で高峰がクピードの間接的なお目付け役に任命されたのだった。