●秘密基地にて
子供じみた文字で『秘密基地』と書かれた紙が入り口の扉に貼り付けられた部室に、6人の学園生徒が集まっていた。
部室には、過去に放映されたスーパーヒーローシリーズのビデオやDVD、図鑑などの資料が所狭しと並べられている。
部屋の片隅に鎮座している、天使をモチーフにしたつぎはぎだらけの巨大な人形『巨大天使君人形』は、ひときわ異彩を放っていた。
「アウレンジャー、面白そうじゃん!」
花菱 彪臥(
ja4610)の顔は、期待に満ち溢れている。
「いやー、戦隊を取材できるとか素敵だねー」
そう言いながら部室の様子をあちこちカメラに収めている市川 聡美(
ja0304)からも、期待してますよオーラが浮かびあがっていた。
不意に部室の扉が開き、3人の男女が入ってくる。
「よく集まってくれ――ぅお! 出たな、怪人パンダ男!!」
下妻笹緒(
ja0544)の姿を見て、即座に魔装を纏い、武器を構えて臨戦態勢をとった。
「自分は怪人ではないので攻撃するのはやめるんだ、アウレンジャー!」
「なん……だと!?」
レッドが声を絞り出して呟く。
「噂で聞いたことがあるわ。ミスター久遠ヶ原に選ばれたパンダ男がいると」
「どうやら、噂は本当だったようだな」
イエローが思い出したように呟くと、ブルーもそれに続けた。
「気を取り直して……、諸君、よく集まってくれた。俺たちが久遠ヶ原スーパー戦隊こと、撃退戦隊アウレンジャーだ。よろしく頼む!」
怪人パンダ男が久遠ヶ原の学園生だと理解すると、3人は魔装を解き、改めて挨拶と集まってくれたことへの礼を言う。
「後輩として役立てれば嬉しいです」
そう言ったのは、兜みさお(
ja2835)。内心では、彼らの強さも見定めたいし、合体ロボも見てみたいと思っていた。無論、ロボなど存在しないが。
「ユキも先輩たちのようにカッコよく戦いたいのです!」
瞳をキラキラ輝かせながら言った羊山ユキ(
ja0322)の言葉を聞いたレッドは、ブルーのほうへと向きなおり、
「おい、今の聞いたか、アウルブルー。俺たちのことをカッコいいと言ってくれてるぞ! ポーズとかもこのままで良いんじゃないか!?」
やや興奮気味に言うレッドだったが、ブルーとイエローに「却下」と即答されてしまう。
「ダサ残念なあんたらをカッコよく改良してやるから、あたいたちに任せてなよ!」
悪気は無いであろう、雪室 チルル(
ja0220)の元気な言葉は、レッドに今日最初のダメージを与えた。
●ヒーロー改造
「じゃあ、みんな。よろしくね」
テーブルの上に菓子類を並べたイエローは、、優しげな笑顔で言った。
改造案作りの前に、レッドが集まってくれた面子に対して、アウレンジャーたちがそれぞれが使う武器や大まかな設定の説明を行う。
「君たちには、まだ子供たちを想う心が足りない」
下妻がゆらりと近づき、ずびしっと指差し一喝した。
「なん……だと!?」
レッドは、震える声を絞り出す。
「体を使って『AUR』を表現するアイデアは良い」
「え!? フクロウみたくカッコよさと可愛さ備えているから『OWR』じゃないの!?」
下妻の指摘に、市川が驚いて見せた。ずっとスペルを勘違いしていたらしい。
「いや、ポーズを考える際、先生に聞いて確認したから間違いない」
誇らしげに胸を張って答えるレッド。わざわざ聞くなよ、そんな事のために。
下妻は、尚も続ける。
「ならばここは『AUR』ではなく、カタカナの『アウル』にするのが正解だろう」
「既に嫌な予感が……」
下妻の演説を聞いたイエローは、笑顔を引きつらせて呟いた。
そして、彼の演技指導のもと、3人は言われるままポーズを作る。
「おお、マジでアに見えるぞ!」
全身鏡で自分の姿を確認したレッドは、感動して叫んだ。
剣を頭上で水平に構え、それを持つ手と反らせた身体で表現している。
「これは……『U』なみにキツいぞ……っ!!」
プルプル震えながら声を絞り出しているのはブルー。
両手を伸ばし、手首だけを下に曲げ、身体を反らせている。ウの1画目は、ブルーの頭で表現しているらしい。
地球には引力というものがあり、その上で生活するもの全てがそれに囚われる。
2本足で生活している人間にとって、それは避けられようもなく、つまり何が言いたいかというと、かなり全力で引力に逆らっているのだ。
「パ、パンダ先生……、このポーズ、とっても恥ずかしいんですけど……」
弓を立てた横の地面に尻をつけ、足だけ斜め45度に上げてポーズを取っているイエローは、恥ずかしそうに呟いた。
「っていうか、肉体派ポーズはブルーの――」
「おいっ!」
そんなイエローとブルーのやり取りなど、全く聞いていない下妻は、
「これしかない……!!」
出来上がった人文字を眺め、身体をプルプル震わせながら感動する。
「あとは、毎回『あ』『う』『る』から始まるセリフを吐けば完璧だ」
そして、そう言いながらサムズアップをして見せた。
「あの、特に『ル』の難易度が高いので却下でお願いします……」
イエローは、下妻のアイデアを丁寧にボツにした。
「出来たー!」
次に名乗り出たのは市川だった。
「さすがに人文字って無理ありすぎじゃない? ということで、体の一部分に対応する文字を入れてポーズを決めるというのはどう?」
そう言って、何かが書かれた紙を渡す。
「ふむ、なになに……パンチ、回し蹴りのあとにガッツポーズ」
呟きながら、レッドはその通りに動いてみせた。
そこに市川が近づき、拳に『ア』と書かれた紙を貼る。
「ぅおい! いくら何でも雑すぎるだろ、コレぇ!」
その雑っぷりに、レッドは思わずツッコミを入れた。
「で、決め台詞は?」
ブルーは、腕組をしながら尋ねる。
「ポーズ考えた上でカッコよく立ち回ろうと練習してたら、他のこと考える時間なかった。反省はしてます」
そう言う市川の姿からは、反省の色は見えなかった。
一仕事終えた市川は、すぐにカメラマンへと変身し、ヒーロー改造計画の一部始終をカメラに収めるべく動き出す。
「私の案も出来ましたよ」
兜は、おっとりとした口調でそう名乗り出た。
「ほう、聞かせてもらおう」
「まず、それぞれが剣舞、槍舞、イエローさんは弓をバトンのように華麗に回して登場します」
「ふむふむ」
「ここで名乗り口上です」
そう言いながら、それぞれの口上文句が書かれた紙を渡す。
「あら、いい感じじゃない♪」
渡された紙を見て、イエローが嬉しそうに呟いた。
「ポーズですが、レッドさんは腕組をして足を広げたポーズを取ります」
「リーダーらしくて良いじゃないか」
「そして、額には『A』の文字――」
『お前もかぁああ!!』
まさかのオチに、レッドとブルーのツッコミがハモった。
「必殺技を考えてくれた者はおらんのか?」
「はい、はーい!」
レッドが眉間を押さえながら尋ねると、羊山が元気よく手を上げる。
「まず、ある程度まで敵の体力を削ります。そして、『よし、今だ!』と、おもむろに敵を囲んでデルタ陣形を作ってください」
説明しながら、部屋の片隅に鎮座していた『巨大天使君人形』を中心にレンジャーたちを配置する。
「受けてみよ! 正義の鉄槌!! アウレンジャーデルタアターック!! って叫んで、3人して武器を敵に向かって投げてください!」
羊山に言われるまま、3人は天使君人形に向かって得物を投げつけた。
3人の得物で串刺しにされる天使君人形。それを見た羊山は、よしっとガッツポーズを見せた。
「ふむ、なるほど。なかなか素晴らしいではないか」
顎を撫でながら、ブルーが呟く。
「これの弱点は、黄以外は、武器を後で回収しないといけないこと……、そして、避けられたら赤と青が無防備になってしまうということ……」
「博打すぎるわ、アホゥ!!」
遠い目をして呟く羊山に、レッドは力いっぱい突っ込みを入れた。
「本来であれば、これぞという案一本に纏めることが出来れば良かったのだが――」
そう前置きをして、下妻が語る。
「それでも尚、これだけ多彩な意見が出るとのは、無限の選択肢があるからに他ならない」
着ぐるみごしで表情は見えないが、熱い魂のようなものは、確かにレッドの胸へ届いた。
ヒーロー改造計画は、学園生がそれぞれの寮へと戻らなければならない門限の時間近くまで続き、何とかある程度の素案が出来上がる。
「折角ですし、体育館を貸し切ってヒーローショーを開きませんか? 学園の小さい子たちも呼んで」
そう提案したのは、兜だった。
「お、良いね! あたい、下級生に声かけるよ!」
「俺も小等部で口コミ宣伝しておくぜ! 体育館の使用許可も先生から貰っとかなきゃな!」
雪室と花菱がその案に賛同を示す。
「ふむ、実に興味深い」
下妻も、腕組をしながらそう呟き、うんうんと頷いて見せた。
花菱は、用意しておいたスケッチブックに手早く絵コンテを作り、台本を用意する。
さすが現役の小学生。仕事が早い。
翌日、放課後の体育館使用許可を貰い、秘密基地でショーの最終打ち合わせを行う。
全員で会場の設営を行い、そして、ショーの開演時間がやってきた。
●実演
貸し切られた巨大な体育館には、羊山や花菱の宣伝効果もあり、小学部低学年の生徒たちが大勢集まっていた。
体育館内が暗転し、ステージにスポットライトが当てられる。
「ここには、子供たちの新鮮なエネルギーが集まっているな」
白衣悪魔に扮した兜は、会場に向かって言った。
「む、感じるぞ。お前ら、そこに隠れた子供を捕らえよ!」
兜が命じると、雪だるま怪人に扮した雪室と、目抜きした紙袋を頭に被って手下A、Bに扮した羊山と市川が、セットの陰に隠れた花菱を引っ張り出す。
「だれか助けてー!!」
ずるずると引きずられながら、花菱は少しオーバーリアクションで叫んだ。
「待てぃ!」
叫び声とともに、ステージ上の別の場所へスポットライトが当てられる。
右の拳を突き上げると、そこから光と共に長剣が現れ、
「天を切り裂き魔を滅する混沌の救世主、アウルレッド!」
その剣を振り下ろし、中段で構えて叫ぶ。
出現させた槍を垂直に持ち、地面を打つ。
「滅殺の槍は全てを貫く冥界の戦闘鬼、アウルブルー!」
そう叫びながら槍を頭上で回転させ、前方に突き出し構える。
出現させた弓を胸に抱き、その弓を片手に持ち替え、両腕を広げてから体を回転させ、
「闇に紛れ光に咲くセント・オルバン、アウルイエロー!」
矢を番えた状態でそう叫び、正面に向き直る。
『撃退戦隊アウレンジャー!!』
3人の息がぴたりと合った。
観客席かが沸き起こる、子供たちの黄色い歓声。
「ええい、忌々しい。まずは、お前らから始末してやる。やれ!」
兜の命令に従い、羊山と市川がアウレンジャーに襲い掛かった。
レッドとブルーが二人を相手に何度か切り結ぶ。
羊山の攻撃を受け流したブルーは、がら空きの首筋へ当身を入れて沈黙させた。
レッドは、市川の斬り上げを紙一重で回避し、無防備の腹部へ蹴りを食らわせ、舞台袖へと吹っ飛ばす。
舞台袖では、下妻が準備していて、飛んできた市川を受け止めた。
ナイスクッション!
「なかなか手ごわい相手じゃないか。だが、このあたしには勝てるかな!?」
ぼてぼてとした動きでステージの中央へ歩み出る雪室。そこで再び暗転し、スポットライトはアウレンジャーへ。
「どうする、強そうよ!」
「そうか? じゃない、ここは新たに生み出した必殺技をっ!」
イエローが言い、ブルーが答えた。
ちなみに、暗転している間に、雪室は着ぐるみから抜け出している。
「よし、今こそ我らの真の強さを見せるときだ。希望のアウルよ、今ここに! 必殺、アウル・インパルス!!」
レッドの掛け声と合わせるように眩いフラッシュがたかかれ、アウレンジャーの必殺技が発動した。
イエローの瞳孔が黄色く輝き、雪だるま怪人の雪玉のような足を正確に射抜く。
怪人が足を射抜かれ動けなくなった(既に無人なので元々動けないのだが)ところへ、弾丸の如く飛び出したブルーが一気に接近し、槍を振り上げ、怪人を上空へと打ち上げた。
レッドは、打ち上げられた怪人にジャンプで追いつき、黒く輝く極大の光を刃に纏わせ、両手で振り下ろして斬りつけ、地面へと叩きつける。
レッドがブルーとイエローの間へと軽やかに舞い降りると、再び登場時のポーズをとり、
「俺たちがいる限り、希望のアウルは潰えない!」
爆発して派手に散る怪人を背景にして、凛とした声でそう言った。
「くっ、こうなればデビルロボ『ブラックボックス131』の出番――」
「いや、ロボは無いから、マジで……」
最後までロボにこだわる兜に、ブルーが冷静なツッコミを入れる。
舞台袖では、兜が作ったダンボール製の黒い巨大ロボが虚しく佇んでいた。
「人間どもめ、覚えておれよ!!」
兜はそう言い残し、舞台袖へと消えていく。
そして、ヒーローショーは、大盛況のまま幕をおろした。
楽屋では、アウレンジャーたちが今まで味わったことのない達成感に満たされていた。
「やっぱ、子供たちの歓声があってこそのヒーローだよな」
レッドが満足気に言った。
「正直、アウレンジャーがここまでカッコよくなるとは思ってもいなかったぜ」
ブルーがじみじみと言った。
「私たち以外の感性を入れて正解だったでしょ♪」
イエローは得意げだ。
「これで全て良しとはせず、常に進化することを忘れないで欲しい」
感無量のアウレンジャーたちにそう言ったのは下妻だった。
「ああ、今回は世話になった」
レッドが凛々しい表情を向けて答える。
「一つだけ約束を……、このロボのように姿だけで中身のないヒーローにならないで、子供の笑顔を守る心を忘れないで欲しいです」
胸元で手を組み、兜は祈るようなポーズで言った。
ステージ上で見た彼らの動きは、数々の修羅場を踏んだ猛者のそれだった。恐らく、本気でやりあったとしたら、到底敵わないだろう。
兜は、率直にそう感じた。
ヒーローとしての実力は十分、あとは『子供たちの笑顔を守る』『子供たちのヒーローであり続ける』という強い意志があれば良い。
「ユキ、大ファンになりました♪ あ、サイン貰っていいですか?」
羊山はサイン色紙を両手で差し出し、目をキラキラさせて言う。
3人は、互いに顔を見合わせ、照れながらもそれに応じた。
「ユキ、先輩たちを信じてまっす♪」
そう言って無邪気な笑顔を浮かべる羊山を見て、アウレンジャーたちは、これからも全力で子供たちの笑顔を守り続けようと心に誓うのだった。