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「今回は、本当によろしくお願いします」
集まった生徒たちにぺこりと深々と頭をさげる高峰。
胸元の風通りがいつもより良い。
「お久しぶりですよー」
朗らかな口調で声をかけてきたのは、和服を凛と着こなした澄野・絣(
ja1044)だ。
彼女は2年ほど前に高峰と同じ依頼を解決したことがある。
澄野は「私たちが必ず何とかしますからね〜」と高峰を励ました。
「まっ、真奈ちゃん大丈夫? 怪我してない?」
慌てた様子で駆け寄ってきたのは、高峰の恋人の犬乃 さんぽ(
ja1272)だった。
彼女の身体のいたるところを手で確かめる。
「平気……だよ」
そこにいつもの溌剌とした高峰の姿はなかった。
「真奈ちゃん、元気出して。ボクがその天魔見つけて、絶対取り戻してくるから!」
犬乃は、高峰の頭を優しくなでた。
「その……スレンダーな真奈ちゃんも可愛いよ」
「ス、スレンダー……」
頬を染める犬乃。しかし、今の高峰に貧乳を連想させる単語は禁句だったようだ。
落ち込む高峰にロールケーキを差しだす和服美少女の姿。
「真奈殿に落ち込んだ姿は似合わないでござる」
草薙 雅(
jb1080)だ。
小柄で華奢で、耳に心地良い美声の持ち主だが、性別も中身も立派な男の子。いや、熱い魂を持った漢だった。
せっかく作ってくれたケーキなので、高峰は口に運んでみた。
「美味しい」
一瞬、苺に見えたそれはフルーツトマト。かなり甘くてケーキに合う。
パティシエを目指す高峰が思わずほっこりしてしまうほど美味しいケーキだった。
ケーキにトッピングされた涙のような形をしたトマトには、高峰を泣かせる輩はぶっ飛ばすという彼の熱い想いが込められていた。
蓮城 真緋呂(
jb6120)は、『寝ている間におっぱいが無くなっちゃった』事件の概要を知って戦慄を覚えていた。
初めて耳にする七不思議だったけれど、久遠ヶ原学園にはそんなものが無数に存在している。
もし、自分の身にふりかかったらと思うとゾッとする。
それが天魔の仕業であるというのなら余計に許せない。
蓮城と共に闘志を燃やす男がいた。
(……この悲劇は終わらせなきゃいけない)
米田 一機(
jb7387)はブチ切れ寸前だった。
世の中の至宝たるおっぱいが奪いとられる。
そんなこと許されて良いものか。いや、ダメだ。
(……ってのはいいけど)
ふと冷静になって蓮城に視線をうつす。
(まずは、こっちのフォローが先だぁね)
怪我を押して参加した彼女の姿をみて、そんなことを考える米田だった。
「それよりも被害に遭われたときの状態を教えてもらえますかぁ?」
そう訊ねたのは緋流 美咲(
jb8394)。
状況が分からないことには、作戦を立てようもない。
「状況といっても……」
高峰は事件当夜のことを思い浮かべた。
「あの日は、この季節には珍しく熱くて寝苦しいかったの」
おぼろげな記憶を手繰り寄せながら、ぽつりぽつりと語りだす。
「夜中にヤマト――私の愛犬だけど――が、突然騒ぎ出して、煩いし隣近所に迷惑かかるから抱き寄せて大人しくさせたかな。そのあとは、すぐに寝入っちゃったから……」
「他に変わったところはぁ?」
「朝は布団がベッドから落ちていたので、たぶん布団は肌蹴てました。それから……」
少しだけ言いよどんで頬を染める高峰。
「パジャマは着乱れていたかな……」
そういいながら、高峰は恥ずかしそうな上目遣いで犬乃の顔をみた。
「胸が無くなる以外に身体への異変は?」と、高峰の胸元の写真を撮りながらカナリア=ココア(
jb7592)。
「そういえば……胸に虫刺されみたいな痕が――」
「み、見せなくても良いからっ!」
制服を捲りあげようとする高峰を犬乃は慌てて止めた。
「ようするに無防備な姿で完全に寝入っていたわけですね」
楯清十郎(
ja2990)は、顎に手をあてていった。
犯人は、寝入る女性の部屋に入り込み、おっぱいを奪い去ったことになる。
「ある意味で男性の敵でもある天魔ですね」
楯は声を震わせた。
それには、米田も激しく同意する。
「囮を使って誘いだすのはどうでしょう?」
カナリアは、小首をかしげていった。
「良い案だと思います!」
嬉々として賛同する緋流。彼女には別の思惑もありそうだ。
「囮は複数いていいと思うわ。2人1組になって片方が監視役になれば、襲撃されても対応できるんじゃないかしら」
そう提案する蓮城。それならと澄野も囮役で名乗りを上げた。
緋流も名乗りを上げ、3人の囮役が決まった。
「囮は同じ建物の1階に別々の部屋を用意したほうが良いでしょう。僕は斡旋所で空き部屋がある女子寮の手配をしてもらってきます」
「それなら私も一緒に行きますぅ」
楯と緋流は、連れだって斡旋所へ向かった。
「では、拙者はヤマトと行動を共にするでござるよ」
良いでござるなと草薙。高峰は首肯をかえす。
「ボクは過去の事件ファイルを漁ってくるよ。天魔が狙う女性の好みや条件が分かれば、見つけやすくなるはずだもん!」
犬乃は目に炎を浮かべていった。
●
部屋は解体予定がある物件をまるごと借りられた。
多少破壊しても問題ないので都合が良い。
高峰の部屋から少し離れているだけなので、立地条件も良い。
部屋の隅では、カナリアが夜に備えて仮眠をとっている。
「過去の資料を調べたけど、被害者は胸が大きい女の子ばかりだったよ」
犬乃は、調査結果を披露した。
敵は大きなおっぱいがお好みなようだ。
幸か不幸か、今回参加した女生徒は、みなスタイルが良い。
「私はカナリアさんとこの部屋で待ち伏せしますぅ」
緋流の頬が少し赤いのは何故だろう。
「では、私と楯さんは南角の部屋で」
頷きあう澄野と楯。
「私たちは反対角かしらね」
頼んだわよと蓮城。
「真緋呂のおっぱいは、僕が必ず守る」
ぐっと拳を握った米田は、真剣な眼差しで言いきった。
3組は、それぞれ1階の離れた場所で待ち伏せることにした。
「一緒に屋根裏で警戒にあたろうよ」
高峰を誘った犬乃にセリフを聞いて、この場の何人が「屋根裏デートとはマニアックな」と感じただろうか。
「拙者たちも別の部屋で警戒するでござるよ」
草薙はヤマトをつれて部屋をでた。
次第に夜は更け、各部屋ではそれぞれが作戦準備に入る。
「女の子同士だから……いいよね♪」
部屋の片隅に置かれた巨大なうさぎのヌイグルミに気恥ずかしそうな視線を投げかけた緋流は、そういうと服を脱いでパンツ姿になった。
「全力で迎撃します……」
ヌイグルミからカナリアの声。
このヌイグルミは実は着ぐるみで、中にはカナリアが入っていた。
ウサギの中でカメラを構えたカナリアは、不気味な微笑みを浮かべたウサギの口から緋流の様子をじっと見つめた。
南角の部屋では、澄野が既に熟睡していた。
部屋の一角には、不自然に積まれたクッションの山。
「見た目が完全に犯罪者ですよね、コレ……」
その山の中で楯は、自分の姿を客観的かつ冷静にみつめた。
とてもじゃないが今の姿を恋人には見せられないだろう。
それでも彼は真剣なのだ。
もし、ここで元凶を逃がしてしまったら、次に被害に遭うのは自分の恋人かもしれない。
「それだけは……」
そう考えるだけで声が震えた。
「それだけはさせる訳にはいきません!」
声に反応したのか、澄野は寝返りをうち、色っぽい呻きをあげる。
楯は、再び悶々とする心を必死に抑えながら警戒にあたった。
「一機君、お布団に隠れて」
パジャマに着替え終えた蓮城のセリフは、米田の思考を硬直させた。
布団はもちろん1組しかない。
「あの、俺、監視――」
「くっついて隠れてた方が気配とか誤魔化せるでしょ?」
布団の中で丸くなる米田は、これは任務なんだと自分に言い聞かせる。
前の仕事で負った怪我が癒えていない蓮城は、すぐに深い眠りに落ちた。
彼の目の前には、薄切れ1枚で隔たれただけにすぎない蓮城の豊満なおっぱいがある。
就寝のとき、蓮城はブラジャーという無粋なものは着用しない。
蓮城が呼吸するたびパジャマは前後に揺れ、彼女のおっぱいの先端が米田の鼻先を掠める。
米田の両手は、蓮城のおっぱいをガードする体勢にはいった。
「……ん」
寝返りをうった蓮城は、抱き枕よろしく米田をぎゅっと抱きしめる。
米田は崩壊しかけた理性という強敵と戦いながら、敵の襲撃を待った。
屋根裏には、犬乃と高峰の姿があった。
狭い屋根裏でふたりは身体を密着させている。
「大丈夫? 狭くない?」
「うん」
いつもなら胸がつっかえているだろうけれど、今日は柱の隙間でもすんなり身体がとおる。
「真奈ちゃん、ボクの手に掴ま……あっ」
暗い中で伸ばした犬乃に手にほんのり柔らかい感触が伝わる。
犬乃の手は、真奈の胸元を触れていた。
その弾力とボリュームは、犬乃が知るそれとは明らかに違っていた。
「ご、ごめん……」
慌てて手を引っ込める犬乃。
「こっちこそ……ごめん……」
高峰も申し訳無さそうに謝る。
その姿を見た犬乃の怒りは、再び頂点に達した。
「真奈ちゃんを悲しませる天魔、ボク、絶対に許さない!」
気を取り直して下の部屋をのぞく。
ちょうど緋流、カナリアペアの部屋だった。
「…………」
犬乃は、思わず怒りが吹っ飛ぶほどの光景を目の当たりにした。
「どうしたの?」
「い、いや、な、なな、なんでもないよ!」
慌てて言いつくろう犬乃。
彼が見た光景は、布団を肌蹴させて爆睡する緋流の姿だった。
●
草薙は、寮から少し離れた場所でヤマトと語らっていた。
「無念であったろう」
ヤマトの頭を優しく撫でる。
ヤマトは高峰が驚くほど草薙に懐いていた。
もともと獣医を目指していた草薙は、動物の扱いに慣れている。
「今度は拙者が助太刀致す。ご主人の笑顔を共に取り戻そう!」
ヤマトの悔しさを感じとり、草薙は思わず男泣きした。
まるでその言葉に返答するように、ヤマトは草薙の頬をつたう涙を舐めた。
そして、深夜――。
時間にすれば午前2時半をまわったころ。
ヤマトの様子に異変が見られた。
寮に向かってけたたましく吠える。
「来たでござるか!」
草薙はヤマトを抱きあげ、高速機動を使って寮へ向かった。
天魔は澄野を狙って現れた。
重体で弱った楯を見逃さなかったのだ。
天魔を目の当たりにした楯は、戦慄した。
「何だ……これは……」
その形状は、おっぱいそのもの。巨大なおっぱいがナメクジのように這ってきているのだ。
おっぱいの先から伸ばされた触手が澄野に迫る。
「させません!」
咄嗟に庇護の翼を発動させ、何とか初弾を防いだ楯。
幸い、楯の胸に変化はない。
「起きてください、澄野さん」
悟りを開いたような無表情で澄野を起こす。
「来たようですねー」
目を覚ました澄野は、すぐに阻霊符を発動させた。
「っな!?」
驚きの声をあげたのは、最初に駆けつけた高峰だった。
天魔の色や形に見覚えがあり、思わず顔を赤らめる。
「あれって……真奈ちゃ……もが」
「わー、言うなーっ!!」
慌てて犬乃の口を押さえる高峰。
米田は、蓮城の身体を支えながらやってきた。そして、天魔の姿を視界にとらえ、
「おっぱいだ」
率直な感想を口にした。
天魔は重体の蓮城を見逃さなかった。
彼女に向かって触手を伸ばす。
「あぶない! よねだーしーるど!」
蓮城のおっぱいを両手で庇う。
だが、彼の掌に収まりきるほど彼女のおっぱいは小さくない。
手からあふれた横乳に触手が刺さる。
蓮城のおっぱいは、みるみる萎んだ。
天魔の形状もみるみるうちに変化していく。
おっぱいを吸われた蓮城は、その場でへたり込んだ。
「遅れましたぁ」
着替えに手間取った緋流とカナリアが遅れて駆けつける。
「わぁ、おっきいおっぱい」
あまりに緊迫感のない形状で、緋流は油断してしまった。
天魔は返す刀――返す触手で緋流に襲いかかる。
それを好機と見た緋流は、天魔の動きを鈍らせるためわざと触手に絡め取られた。
天魔は緋流のおっぱいにも触手を突きたて吸収していく。
カナリアは、つるぺたになった緋流のおっぱいを激写した。
米田は怒りで震えていた。
「おっぱいは、力なんだ」
ゆらりと天魔に近づいてく。
「この世界を支えているものなんだ……それを……」
そして、キッと睨みすえ、
「こうも簡単に失うのは……酷い事なんだよ!」
鬼気迫る口調で叫んだ。
もともと、おっぱいを吸収するしか脳が無い天魔。反撃手段なの無いに等しい。
一方的に殴られ、ぷるんぷるんと身体を震わせる。
「今すぐ返せ、真奈ちゃんのおっぱいはボクんだっ!」
犬乃は魂の叫びを口にした。
天魔が逃げの一手を打つべくリビングの大きな窓へ向かうと、そこには草薙の姿があった。
「貴様は絶対に逃がさんでござる」
腕に抱いたヤマトを降ろし、リンドヴルムを抜きはなつ。
草薙の周りには、怒りのオーラが湧き上がっている。
大地を蹴った草薙は、リビングの窓ガラスを割って部屋へ突入した。
草薙のリンドヴルムが天魔の身体を削りとる。
澄野の葛桜で触手を斬りさく。
触手から開放された緋流は、怒りの視線を天魔に無言で投げかけた。
すらりと抜刀・祓魔をぬく。
「あ、刀振りやすい」
おっぱいを失った緋流は予想以上の身軽さを感じ、素振りをしながらいった。
「乙女の怒り、思い知れ!」
おっぱいを失ったショックから立ち直った蓮城は、そう叫んで米田に炎の烙印を付与する。
「行け! 一機君!!」
「うぉおお、此れは真緋呂の分! 此れは真奈ちゃんの分!」
米田に殴られるたび、天魔の体は振るえて脈を打つ。
「そして……俺の分……だぁああ!」
米田の理不尽な想いのこもった一撃は、天魔の半身を完全に崩壊させた。
巨乳を吸いまくった天魔は、それでもまだ倒れない。
尚も逃げようとする天魔。
それを女性陣が完全に包囲した。
「深夜に女性の部屋に侵入する不埒者には天誅が下るんですよー」
澄野の笑顔が怖い。
男たちは、思わず後ずさりをした。
天魔を倒すと、女性たちの胸は元のサイズにもどった。
「真奈さぁん」
緋流は高峰に抱きつき、胸の厚みを確かめた。
「大丈夫? 本物?」
そういいながらシャッターを切るカナリア。
「大丈夫ですけど……あの、なんでさっきから写真を?」
「もちろん……見比べるため」
ちなみに彼女が持っているカメラには、緋流の写真もかなり入っている。
後日、焼き増しして緋流に渡すつもりらしい。
「お前さんの恨みは晴らしてやったでごさる!」
草薙は、ヤマトの頭を撫でる。
ヤマトは彼の顔を舐めまわして応じた。草薙のことをかなり気に入ったようである。
「さっきは魂が震えたよ」
米田は犬乃に話しかけた。
「えっ?」
犬乃は、米田が何のことを言っているのか分からない。
なにやら耳打ちする米田。
「あっ、あれは、その……」
彼の言葉の意味を理解した犬乃は、思わず耳まで真っ赤に染めて照れた。