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キーヨは、会議室に入るなり自分に向かって一斉に集まった視線に少しだけ気圧された。
「タクです。よ、よろしくお願いします」
おなじみの偽名を名乗るキーヨ。見渡した限りでは、顔見知りの撃退士は居ないようで少しだけホッとした。
「はじめましてタクさん。御堂・玲獅(
ja0388)と申します。よろしくお願いします」
御堂は微笑みを浮かべながら握手をもとめた。
「なんか可愛い子がいるーー!!」
離席していた藤咲千尋(
ja8564)は、会議室へ戻りなりキーヨを見つけて思わず声をあげた。
目をキラキラさせて、頭から足先までマジマジと眺める。
「え、え、悪魔なの?」
キーヨに生えた耳や尻尾は、彼が人間ではないことを物語っていた。
半ズボンから覗くぴかぴかの膝は、ショタっ子の膝小僧が大好きな藤咲の血を騒がせる。
「あの、あんまり見ないでください……恥ずかしいから」
「い、今はそれどころじゃなかったね」
伏せ目がちなキーヨの照れた表情に悩殺されかけた藤咲は、意識を無理やり会議作戦へと引き戻した。
(フリーのはぐれ悪魔?)
恒河沙 那由汰(
jb6459)は、暇なやつもいるものだとやる気のない目でキーヨを眺めていた。
何らかの理由で学園に保護されていないはぐれ悪魔という存在は、珍しいが全く居ないというわけではない。
だから、それ自体に不自然さを覚えることはないのだが、恒河沙はキーヨから言葉では表現できない微かな違和感を感じていた。
しかし、その違和感が何なのかはっきりとは分からなかったので、今は気にしないことにした。
討伐作戦は既に決定していて、行動に移ろうというときにキーヨがあらわれた。
「お前、何が得意だ?」
窓際でタバコを吸っていた幽樂 駿鬼(
ja8060)は、質問と共に肺に吸い込んだ煙を吐きだす。
「えっと……」
やや口ごもったキーヨは、なるべく当たり障りのない返答をすることにした。
「相手を弱体させたりするのが得意……かな」
「なら、ガルダ班に入って弱体支援が良いねぇ」
淡々とした口調で来崎 麻夜(
jb0905)。彼女の提案に皆が賛成した。
「僕は清純 ひかる(
jb8844)、今回は宜しくな」
ガルダ班としてキーヨと行動を共にする清純は、笑顔を浮かべて右手を差しだす。
「うん、こちらこそ」
その屈託の無い笑顔につられ、キーヨは笑顔でその手を握りかえした。
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元 海峰(
ja9628)は、街中を走り回って住民たちに注意を促していた。
「襲撃した連中は撃退士が倒す。だから安心しろ」
天魔の襲撃に怯える住民にはそう言い残し、家屋に阻霊符を貼り付ける。
撃退士の身体から離れた阻霊符に天魔の透過能力を無効化する効果は無いのだが、そんな知識を持たない住民たちを安心させ混乱を防ぐという意味では、十分な効果が期待できるだろう。
麻生 遊夜(
ja1838)は、街の最東部にあるビルの屋上にきていた。
街には町内放送が流れ、東部地区からの退避と、それ以外の地域でも屋外には出ないようにとの呼びかけがされている。
声の主は、恒河沙だ。口調にやる気がなく、緊迫感に欠ける。
「東側からの避難は、間に合っているか?」
東の空を凝視しつつ、傍らの来崎に尋ねた。
前回の襲撃から5日が経過しており、いつ次の襲撃があってもおかしくない。
「ん、大丈夫。順調みたいだよ」
何度も襲撃を受けているだけあって住民たちには危機意識は高く、藤咲の避難誘導の効果もあって東部地区の住民の避難は順調に進んでいた。
時刻が正午を回るころには、全員が東部地区で迎撃の配置につくことができた。
春の柔らかな日差しが少し熱を帯び始めた頃、時刻にすれば13時半を過ぎたあたりで東の空に異変がみられた。
「来たぜ」
真っ先にそれを見つけたのは、テレスコープアイで監視をしていた麻生。飛来する方角が分かっていたので、発見することは容易かった。
彼の言葉を受けて、来崎が携帯電話を操作する。
「敵が来たよ、通達お願いね」
そういって携帯電話を切ると、街中に警報が鳴り響いた。
襲撃時に警報を鳴らすよう事前に町役場と話しをつけていたのだ。
それから来崎は、麻生を抱きかかえてビルの屋上から降りた。
来崎はShadow Stalkerを使って気配をくらませる。
ほどなくしてガルダたちの姿が肉眼でも確認できるようになった。
天魔たちは、ガルダを中心にハーピーたちがトライアングルの陣形を組んでいた。
御堂は走った。
敵が固まっているうちに、コメットを撃ちこむために。
元と恒河沙がそれにつづく。
御堂の接近に気付いたガルダは、彼女に向けて光線を発射した。
御堂は白蛇の盾を展開させて攻撃を受け止める。
いかに強靭な防御力を誇る御堂でも、ガルダの強力な攻撃の前に無傷でいることは出来なかった。
御堂もまた、ガルダをその射程に捉えていた。
敵が微妙な距離で散開しているため、効果範囲に巻き込めるのは、先頭のハーピーとガルダのみ。
「みなさん、巻き込まれないでください!」
それが流星雨の合図だった。
アウルで作り出した無数の彗星がガルダたちを襲う。
ハーピーの動きが鈍る。だが、ガルダは全く動じない。
思ったほどの効果が得られず、思わず舌打ちをする御堂。
建物の陰から藤咲がバレットストームで追い討ちをかける。
恋人の姓を思わせる愛弓のイチイバルから放たれた無数の矢は、暴風雨のごとく天魔たちへと襲いかかった。
矢を放った藤咲は、矢の雨を隠れ蓑に気配を姿をくらませる。
ガルダにとっては小雨程度の攻撃だったのか、矢の雨をうけてもなお、悠然とかまえていた。
「さすがに硬ぇな。それなら全弾くれてやる、腐れて墜ちろ!」
麻生が放った腐敗の銃弾は、ガルダの胸に着弾する。
命中箇所に蕾のような模様があらわれ、それは周囲を侵食しながら少しずつ開花していった。
悲鳴のような甲高い鳴き声を上げるガルダ。
麻生を脅威と感じたガルダは、脅威を排除するために取り巻きのハーピーたちを前進させた。
御堂は、聖なる刻印を使って元と恒河沙の特殊抵抗力を高める。
1体のハーピーが麻生に近づき、翼を羽ばたかせて強烈なつむじ風を巻き起こした。
衝撃波は、気配を消したまま麻生の傍らにいた来崎も巻きこみ、体力をそぎ落とす。
小さなうめき声を上げる麻生。
ハーピーの注意は麻生に向けられ、来崎の存在には気付いていないようだ。
「よくも先輩を……」
来崎の背から毒々しい黒いアウルが溢れ、それが掌にあつまり、固まった血のように赤黒い拳銃を形成する。
「貴女が邪魔なの、消えてくれる?」
クスクスと妖艶な笑みを浮かべ、その瞳からは黒い涙のようなアウルの粒が頬をつたった。その瞬間、憎悪のこもった弾丸が発射され、ハーピーの翼を穿った。
ハーピーの悲鳴が響きわたる。
「おまえ、邪魔なんだよ」
ゆらりと立った麻生がハーピーを睨みすえた。
「とっとと墜ちろ!」
殺意の鎖が地面からあらわれ、ハーピーを絡めとって地面へと叩きつける。
地面に叩きつけられたハーピーは、2、3度もがいたあと、生命活動を停止させた。
元と恒河沙は、翼を使って飛翔し、ハーピーたちを空中で迎え撃った。
恒河沙は、ハーピーに閃滅を叩き込んだ。
しかし、思うような効果は得られない。
「ちっ、硬ぇ」
思わず毒づく恒河沙。
元は、今回のサーバントに特別な想いを抱いて討伐に参加していた。
密教の世界では、ガルダは聖鳥として崇められている。
そんな由緒正しき聖鳥をサーバントにしてしまうことは、元僧侶としてどうしても許せなかった。
あらゆる生命を守護するために出現したという聖鳥が人間を襲って殺しているのだから、その怒りは当然だろう。
ハーピーは、彼らを誘惑しようと試みたが、御堂の聖なる刻印によって特殊抵抗力が上昇した彼らには通用しなかった。
元と恒河沙が空中戦を挑んだおかげで、御堂は完全なフリー状態にあった。
そのため、アストラルヴァンガード本来の回復などの支援を効率的に行うことができた。
というのも、ガルダの攻撃力が予想以上に高かったため、ガルダ班の回復援護に回る機会が多かったのだ。
聖なる刻印の効果が切れる頃になっても、ハーピーはまだ健在で、誘惑によって元が魅了状態に陥ってしまったが、御堂がすかさずリフレッシュで状態異常を回復させたため、さほどの混乱はなかった。
先にハーピーを倒した来崎が加勢に入ったことで、形勢が一気に優勢へとかたむいた。
麻生はガルダ班の加勢に回ったようだ。
「僕が来たからには、もう好き勝手させてあげないよ?」
瞳から黒い涙を流した来崎は、冷徹な笑みを浮かべながら憎悪の弾丸を撃ちはなつ。
元との戦闘で生命力を低下させていたハーピーは、その一撃で瀕死まで追い込まれた。
元は瀕死のハーピーに双刀を突きたて、ハーピーの命を終焉へと導いた。
残るハーピーは1体。既に恒河沙との戦闘でボロボロだ。
しかし、恒河沙も予想以上の苦戦を強いられ、生命力の大半を失っていた。
仲間が倒されたことを知ったハーピーは、翼を大きく羽ばたかせた。
風圧がふたりに襲い掛かる。
遠のきそうになる意識を何とか保たせた恒河沙は、攻撃後の隙を狙って紺碧の鎖鞭を振るった。
魔鉱の鎖はハーピーを絡めとり、ハーピーの中に微かに残っていた命のともし火を完全に吹き消した。
全てのハーピーを撃退した彼らは、ガルダ班の加勢へと向かう。
彼らがハーピー戦に専念できたのは、ガルダ班がガルダを完全に足止めしていたからなのだ。
時間はほんの少しだけさかのぼる。
ガルダがハーピーを撃退士の迎撃に向かわせた直後、彼の前に新たな敵があらわれた。
幽樂は、クロスボウでガルダをねらう。
しかし、矢はガルダの硬い羽ではじかれてしまった。
それでも、ガルダの注意を引き付けるのには十分の効果があった。
ガルダが光線を放つ。
「ぐあっ」
光線は幽樂に命中し、彼の生命力を大幅に削った。
その背後から清純が飛び出し、マントをなびかせながら飛翔し、ガルダに接近戦を挑んだ。
「ここはもう僕の領域だ!」
斧槍を構えて突撃体勢をとる。
「これ以上お前たちの好きにはさせない!」
斧槍の切っ先は、ガルダの体に咲き広がった黒い花びらのような模様をとらえた。
ガルダは苦痛の鳴き声をあげる。
花びらの模様は、ゆっくりと、しかし確実に全身へと広がりはじめていた。
花びらが毒々しいほどに綺麗な花へと姿を変える。そして、それは崩れるように溶け消えた。
ガルダが再び光線を放とうとしたとき、
「させない!」
キーヨが放った魔弾がガルダに命中する。
キーヨの攻撃を受け、ガルダの動きがピタリと止まった。
藤咲はすばやく矢をつがえた。
彼女の手によく馴染んだ弓から放たれた矢は、ガルダの体に広がった花の模様に命中し、ガルダは苦悶の悲鳴をあげた。
ガルダは、狙いをキーヨに変え、再び光線を放とうとした。
その瞬間、清純は斧槍を掲げる。
場が清らかな空気に支配され、まるでガルダの攻撃が斧槍へ吸い込まれるかのように狙いが清純へと変わった。
光線が清純を穿ち、小さなうめき声を上げさせた。
「だ、大丈夫ですか!?」
思わず声をあげるキーヨ。
「言ったはずだ、僕の領域では誰も傷つけさせはしない……」
清純はキーヨへ向きなおり、
「タクくん、大丈夫だったかい?」
微笑を浮かべて訊いた。
ガルダは強力で、これだけダメージを与えても倒れる様子がない。
また、巨体に似合わず俊敏で、攻撃の精度も高い。
「このままじゃジリ貧だ……それなら!」
キーヨは掌をガルダに向けて意識を集中させた。
すると、まるでガルダの周囲にノイズが走るかのような空間のゆがみが生まれた。
ガルダの動きが明らかに鈍くなる。
そこへ、ハーピーを片付けた麻生が攻撃に加わった。
「お前も墜ちて来い、俺と同じように」
弾丸がガルダの翼をとらえる。
翼を撃ち抜かれたガルダは、その巨体をぐらりと揺らし、そのまま地面へと墜落した。
地に堕ちたガルダは、ゆっくりと巨体を起こし、麻生に向けて光線を放つ。
光線が麻生に届く直前、藤咲が放った矢が光線の軌道を微かにずらした。
光線は麻生に直撃することなく、肩を掠めるにとどまった。
「ちっ」
肩を焼かれ、舌打ちする麻生。
掠めるだけでも、その威力は十分強力なものだった。
やがて、ハーピーを倒したほかのメンバーも加勢してきた。
来崎は、負傷した麻生に駆けより、声をかけた。
「平気?」
「問題ない。背中は任せろ、キッチリ援護してやるからよ」
来崎は、クスクスと笑いながらガルダに向きなおる。
「さぁ、貴方も染まろう……ボクより黒く、真っ黒に」
来崎の全身に禍々しい模様が浮かび上がる。
ガルダの周囲に黒羽根の刃が咲き乱れる。
黒羽根の刃は、まるで乱舞するようにガルダを斬りつけた。
「お前は確かに強い」
清純は、ガルダの前へと降り立つ。
「でも僕たちには共に戦う仲間がいる」
満身創痍のガルダに向けて斧槍を構えた。
「これで止めだっ!」
そう叫んで突進した清純は、ガルダに斧槍を突きたてる。
断末魔の悲鳴を上げたガルダは、そのまま生命活動の終焉を迎えた。
●
キーヨは、共に戦った撃退士たちの中にいた。
御堂と藤咲は、怪我をした仲間の治療を行っている。だが、完治させるには至りそうもない。
恒河沙は、ずっとキーヨを観察していた。
違和感は拭えないが、それが何なのか結局は分からなかった。
彼が何者なのかは分からないが、少なくともこちらに害をなそうとする存在ではないのだろう。
それならば、これ以上疑っても仕方ないし、正直ダルいだけである。
元がキーヨに歩み寄った。
「協力、謝謝」
合掌しながら元。
彼もまた、キーヨを疑うひとりであった。
「また会えると良いな」
そう言って、右手を差し出した。
「うん。僕も役に立てて嬉しいです」
ニッコリと微笑みを浮かべてその手を握り返すキーヨ。
「できれば、これからも皆さんの力になれたらと思います」
本心からの言葉。つまり、久遠ヶ原に所属したいという意味だ。
元は探るようにキーヨを伺う。
「あの……何か?」
「……いや」
少なくとも、キーヨの言葉には嘘や偽りは感じられなかった。
そこへ藤咲が割り込む。
「じゃあさ、私たちと一緒においでよ!」
言葉の意図を汲み取った藤咲は、素直に彼の厚意を受け取るつもりだ。
「良いの?」
「良いよ!」
心の中で「多分」と付け加えた藤咲。
ショタっ子ひとりお持ち帰りが決定した瞬間だった。