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吹雪による視界不良の中、選手たちは装備の最終チェックに余念がなかった。
そんな中、雪を溶かさんばかりの闘志をメラメラと燃やしているものがいた。
昨年の優勝者、草薙 雅(
jb1080)だ。
彼の目的は、高峰の愛(チョコ)を勝ち取ること。
そのためなら、自らの命すら燃やす覚悟をしていた。
ライバル選手のなかには、一昨年の優勝者である犬乃 さんぽ(
ja1272)の姿もある。
「ボク、絶対優勝するから、後で一緒にチョコ食べようね!」と、高峰に手をふる姿を見て、草薙の戦意は頂点に達していた。
「愛の為にトップは譲れないでござる!」
己の愛を込めたペイント弾をライフルにつめ、草薙は心の中で優勝を固く誓うのであった。
リューグ(
ja0849)は、途方にくれていた。
彼が手にしているのは、決してミニスキーなんかではない。
「地元にいた時のが入ると信じていたのだが……」
その願いに反しブーツが全く入らなかった。それどころから、彼が体重をかけただけでスキー板が折れてしまった。
「……仕方ない」
そこで、あらかじめ用意していたものを取りだす。、
「これを無理やり足に装着するしかないな」
それは、スノボを加工した特製スキー板だった。
そんな彼を見つめる視線がある。
視線の主は、或瀬院 由真(
ja1687)。
決して恋慕の視線などではない。
「ちょうど良さそうですね」
まるで山のような男を見て、或瀬院はニッと目じりを細めた。
「実際の遠野先生ってどんな人なのかなぁ」
犬川幸丸(
jb7097)は、レースの開催を心待ちにしていた。
彼が撃退士になったきっかけは、学園パンフレットでたまたま目にした遠野に興味をもったからだ。
実物の遠野の人柄を見るために参加したという理由が大きい。
資料や映像で事前知識とイメージトレーニングは、ばっちり済ませてきている。
前日の就寝前には、お守りにしている遠野のブロマイドを入念に眺めてモチベーションも上げてきていた。
多くの生徒たちが遠野ブロマイドを久遠へ換えるなか、彼はそれを大切に保管している。
赤いブーメランパンツ1丁姿でマッスルポーズをとっている暑苦しい遠野のブロマイドを。
「勝てるように頑張ります。先生、見ていてくださいね」
ブロマイドを入れた胸ポケットに手を当て、決意を新たにする犬川だった。
海城 阿野(
jb1043)は、参加者たちを冷静に観察していた。
彼が最も警戒するのは、バハムートテイマー。
ルールに『スキル禁止』や『他者の妨害禁止』という項目はなく、仮に召喚獣を駆使して妨害されたら厄介だと考えていた。
そして、己自身も多少汚い手を使ってでも勝ちにいくつもりだ。
「ああ、一体どんな味がするんでしょう……」
海城は、チョコの味を想像するだけで幸せになれるほどの甘い物好きなのだった。
そして、いよいよレーススタートの時間がやってきた。
「位置について」
スタート台に立ち、スターターピストルを構える高峰。
「よーい」
スタートラインに横並びする選手たち。
火薬が弾ける乾いた音が響くと同時に、選手たちが一斉にスタートをきった。
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スタートダッシュをかけたのは、犬乃だった。
「雪道だって、ニンジャの脚にかかればへっちゃらだもん♪」
もともと身軽で運動神経も抜群の犬乃は、他の選手をおいてどんどん先行していく。
だが、それは彼のスキー技術が突出しているからというだけではなく、他の選手が前半のペースを抑えていたからという側面もあった。
楯清十郎(
ja2990)は、他選手からの妨害を恐れ、あえて集団の少し後ろをキープしていた。
楯には、とっておきの秘策があった。
要は最後の瞬間に勝っていればいいのだ。
「新作チョコ、今から楽しみですね。今年こそ新作チョコをこの手にっ!」
ストックを握る手にも自然と力がこもる。
一方、重体参加となっている雫(
ja1894)は、スキーを滑るだけでも苦労していた。
本当なら4〜5位くらいをキープしていたいところなのだが、後方集団についていくのがやっとだった。
前半のスキーコースが中ほどまで差し掛かったとき、草薙はコースから少し外れた雑木林の中にヒリュウを召喚し、こっそりと射撃ゾーンへ先行させた。
「頼むでござるよ」
ヒリュウが飛び立ったのを見届けた草薙は、ペースを上げて集団から抜きんでた。
「やはり滑りづらいな……」
集団の中ほどを往くリューグは、ひとりごちた。
スノボ板2枚というのは予想以上に滑走しずらく、動きものったりしたものになってしまう。
その上、この体格にあうウェアがあるわけも無く、蓑を羽織っての参加。
どうみてもマタギ――いや、羆だ。
そんなリューグをぴったりマークしているのは、真っ白な着物姿の或瀬院。
姿だけを見れば、まるで雪原に舞い降りた天女だが、その眼光は鋭く輝いている。
抜き去るのは容易いが、彼女がそうしないのには理由があった。
「ふふ、今回は、逆の立場にならせて頂きますね?」
普段、盾となって仲間の前に立つ彼女は、山のようなリューグを見つめながら小さくほくそ笑んだ。
もっとも堅実に滑走しているのは、犬川だった。
基本に忠実な滑りを見せる犬川は、上り坂でもペースを落とすことはない。
決して誰かを押しのけるようなこともせず、常に一定のペースを保って確実にタイムを伸ばしていった。
そんな犬川のペースにあわせて滑走するのは、海城だった。
彼は、このまま射撃ゾーンへ突入するつもりだ。
理由は簡単。
ひとりで突出するより、誰かと並走したほうがターゲットにされる確率を減らせるからだ。
ペアを犬川に選んだ理由も、彼が警戒対称のジョブではなく、犬川が周囲に対して無警戒だったからに過ぎなかった。
「来たぞ」
吹雪の音しか聞こえない静寂を打ち破るように、インカムからジェームスの声が聞こえた。
「トップは、予想通り犬乃か」
吹雪の中、射撃姿勢のまま身動き一つせず雑木林の中に潜伏していた遠野の体には、大量の雪が張り付いていて、まるで小さな雪山のようになっていた。
「最後尾の少女は、何やら辛そうだが、怪我でもしているのか?」
「どうやら、前の任務で負った傷が癒えていないようだな」
「そうか。なかなかのガッツだ。手加減してやるか?」
「それは任せる」
ふたりは、コースを挟撃するような配置で雑木林の中に潜伏していた。
「さて、サエの生徒たちがどんな知恵を絞ってここを抜けるのか、楽しみにしているとしよう」
ジェームスはトリガーに指をかけ、テレスコピックサイトを覗き込んでレティクルの中心に犬乃の姿をあわせた。
射撃ゾーンへ突入した犬乃に狙いを定めている瞬間、盛大な雪煙があがって彼の姿をかき消した。
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雪煙は、犬乃が自ら巻き上げたものだった。
視界が一時的に遮られる。
雪煙のせいで雑木林の中をうかがうことは出来ないが、それは雑木林に潜んでいるであろう遠野たちも同様のはずだ。
「陰陽忍法ダミーバルーン!」
犬乃は、懐から人型に切り取った紙をばら撒いた。
彼のスキーウェアと同様、真っ赤に目立つ忍者マークのワンポイントが描かれている。
彼の声に反応したのか、はたまた雪煙の中に浮かび上がった人型に反応したのか、雑木林から炸裂音が響き、銃弾が舞い上がる雪煙をつんざいた。
銃弾は犬乃を正確に捉えていて、犬乃は慌てて空蝉を使い被弾を免れる。
そして、そのまま遁甲の術を使って姿をくらませた。
犬乃に遅れること数秒、草薙が射撃ゾーンへ差し掛かった。
「ヒリュウのおかげで先生方の位置は把握済みでござるよ」
草薙は、ヒリュウを解除すると、すぐにスレイプニルを召喚しなおす。
「煉獄の業火に焼かれ、一時は生死の狭間を彷徨いもしたが、愛のため、地獄の淵から舞い戻った身なれば、この勝負には負けられないのでござるよ」
草薙は、出来る限り遠野へと近づき、頭を狙ってトリガーを引いた。
勢いよく発射された弾丸は、まっすぐ遠野の頭へと向かう。
だが、遠野は首を微かに動かしてそれをかわした。
「なっ!?」
それと同時に遠野のライフルが火を噴く。
銃声は同時にふたつ。
「スレイプニル!」
草薙はスレイプニルを自らの前に立ちはだからせ、遠野からの銃弾を防いだ。
だが、同時に背後から飛来した弾に被弾する。
「くっ」
振り向き、ジェームスに狙いを定めて引き金を引いた。
だが、それも難なく避けられた。
その後、後続集団が続々と射撃ゾーンへやってくる。
集団の先頭を直滑降で滑走していたリューグは、減速と姿勢制御のためにダンスのステップを利用した。
ただでさえ目立つ体格をダンスがより主張させる。そのため、彼が射撃ゾーンに入った瞬間、2発のペイント弾が彼を襲う。
「やっぱり、俺の図体で遠近法狂うとか望めないか」
リューグは苦笑いをするしかなかった。
海城は、それに乗じてスッと闇の中へ姿を消した。
「完全勝利とは言わないけれど、どんな汚い手を使ってでも勝たせてもらいます」
そして、冥府の風を纏わせた。
或瀬院は、リューグの陰からジェームスを狙っていた。
「あのチョコは私のものです――っ!」
無理にヘッドショットは狙わず、射撃をした直後のジェームスの腰部分を狙う。
弾はジェームスのわき腹へ命中した。
すぐに反撃を試みたジェームス。だが、或瀬院はリューグを盾にして被弾を免れる。
「甘味を巡る戦いに、慈悲など無いのですよ」
そして、小さくほくそ笑んだ。
いっぽう、とことんマイペースな犬川は、遠野一点狙いで行動していた。
忍法「雫衣」で冬季迷彩服を着ているように見せかけ、間近で遠野を見れた高揚感を明鏡止水で抑える。
「ペイント弾とはいえ、当たったら痛いよな」
犬川は照準をボディに合わせ、トリガーを引いた。
だが、ペイント弾は遠野には当たらず、彼のの横の雪原を染めたに過ぎない。そして、応射してきた遠野のペイント弾が犬川の肩を染めた。
楯は、積極的に攻勢に出ようとはせず、雑木林からの発砲音にあわせて撃ち返す程度の攻撃にとどめていた。
むしろ、自分が被弾することを防ぐため、常に身を低く保ち、潜伏を試みるライバルには、こっそりタウントを付与。
それが功を奏してか偶然か、今のところ被弾は1発もない。
楯の本命は、射撃ゾーンではなく最後のカントリースキーゾーン。
彼は、ここに全てをかけるつもりでいた。
激しい銃撃戦のさなか、潜伏したままゾーンを通過したと見られていた犬乃が姿を現し、遠野の至近距離からヘッドショットを狙った。
「先生、覚悟!」
「ふん、甘いな!」
だが、弾は遠野にあっさりと避けられ、逆に反撃を受けてしまう。
その攻撃は空蝉によって緊急回避できたが、それに合わせて狙撃してきたジェームスの弾までは避けられなかった。
「どうして――」
「こんな小さな的を狙っていると分かっていれば、避けるのは容易いということだ」
指で自分の額をつんつん突きながら豪快に笑う遠野の頭を海城のペイント弾が染める。
「ぬぉ!?」
「油断しましたね」
ヘルゴートを使用した海城の命中は、遠野の回避をわずかに上回った。
海城は、遠野が体勢を立て直す前に2発目の弾を撃ち込む。
彼のペイントが真っ赤だったのなら、遠野は頭部から流血しているかのように見えたことだろう。
その間にジェームスから2回狙撃され、1発は間一髪で避けられたものの、もう1発は背中に被弾してしまう。
更に遠野からの反撃も避けられずに被弾した。
他の生徒が弾を撃ちつくしたころ、重体の体を引きずった雫が射撃ゾーンへ到着した。
雫は遠野を見つけるなり、忍法「霞声」を使って彼に語りかける。
「告げ口の様で心苦しいのですが、ジェームス店長が先生の事をおっさん呼ばわりして大会中に背中から撃つと言っていたので、注意して下さいね」
偽情報でふたりが仲間割れを起こすことを狙ったのだが、全く動じる様子はない。
そこで雫は、作戦を変えることにした。
「皆さんが言っていたカレイシュウって何のことでしょう……」
一瞬だけ遠野に反応が見られた気がする。
「遠野先生からすると言っ――はうっ!」
セリフの途中で遠野のペイント弾が雫の額を襲った。
今回、重体の体をおしてまで参加した雫に敬意を表して、あえて狙うつもりは無かったのだが、すっかり気が変わった遠野だった。
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その頃、最終ゾーンでは激しいデットヒートが繰り広げられていた。
全員がほぼ直滑降でゴールを目指す。
犬乃、海城、或瀬院が頭一つ抜きん出ており、その後ろから草薙を先頭にしてリューグ、犬川が続き、更に楯が続く。
「目指すは最後尾からのごぼう抜き!」
楯はディエリングシールドを緊急活性化させ、生命力が魔具、魔装のコストオーバーによって大きく低下した。
そして、すぐにシールドの活性化を解く。
「行きます!」
生命力が大幅に低下したことによって、スキル「大脱走」の条件が揃った。
小天使の翼との併用を考えたが、どうやら併用使用は不可能らしく大脱走単品での使用になる。
急加速を始める楯。
スキル効果が切れたら再びスキルを使い、一気にトップ集団に加わる。
「より確実に、時には大胆に――何時もの戦いと同じ、ですね」
横に並んだ楯にちらりと視線を送り、そうつぶやく或瀬院。
「拙者、この戦いは負けられないのでござる!」
「ボクだって!」
ふたりの男の娘は、更に加速をつけた。
だが、楯の顔には、まだ余裕が見られる。
「3、2、1……」
謎のカウントを始める楯。
「再ブースト!」
楯は、オニキスセンスで使用回数を全快させた大脱走を使って再加速を始めた。
そして、一気にトップへと躍りでた。
その頃、雫は最後尾からよろよろと滑走していた。
もはや1位ゴールは絶望的だ。
「ここは、一か八か……」
すっと大きく息を吸い込み、咆哮をあげた。
雫の声が山間に響き渡る。
しばしの間のあと、地鳴りが響き渡った。
「雪崩が発生したようですが……何処に?」
雫の狙いでは、雪崩が先頭集団を飲み込むはずだった。しかし、そんな気配は全く無い。
「仕方ありませんね……」
全てが狙い通りにいかず、雫は小さなため息をついてゆっくりとゴールへ向かった。
結局、1位ゴールをしたのは楯だった。次いで犬乃、或瀬院、海城、草薙、犬川、リューグ、雫と続く。
ここに射撃のスコアを加算した結果、優勝したのは海城だった。
レース後はチョコ贈呈式のはずだったのだが、式場が高峰もろとも謎の雪崩に襲われてしまったため、後日改めて贈呈されることになった。
優勝を逃した草薙は、1発だけ残していた弾で自害を図るが、ペイント弾でそんなことが出来るわけもなく、ただ側頭部をペンキで汚しただけだった。
こうして、チョコリンピックは幕を下ろした。
ちなみに、皆の協力で雪の中から掘り出された高峰は、何とか無事だったらしい。