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「らっぶらぶになれるポーション★ほしいっ、ふゆみもそれほしいっ!」
新崎 ふゆみ(
ja8965)の浮かれ声を聞いて、猫の着ぐるみは「この女は一体何を聞いていたんだ」と思わずうろたえてしまった。
ちなみに着ぐるみの中身はコンチェ (
ja9628)だ。
囮になるため、なるべく高峰の気をひけるように可愛らしい格好を意識した結果、出力されたファッションがこれだった。
「よーし、真奈ちゃん止めて、ゴホービにそのポーションもらうんだよっ!!」
新崎の志は高いようだが、そもそもそんなものがあったら、こんな事態には陥っていなかっただろうと、全員が心の中でツッコミを入れていた。
しかし……と、コンチェは着ぐるみの中で難しい表情をうかべる。
「あの娘、ビームを出したり、火炎を吐いたりできるようになるとは……」
本当に人間かと疑いたくもなったが、とりあえず高峰を止めなければ旧校舎地区が壊滅しかねない。
「ビームとか炎とかどんな不思議能力だよ」
イリス・レイバルド(
jb0442)は、それらに焼かれる自分の将来予想図を頭に浮かべて、すでにかなりビビッていた。
こんなものを食らったら痛いに違いない。痛いで済まないかもしれない。イリスは我慢とか大嫌いなのだ。
しかし、それでも彼女は格好つけずにはいられない。
「魅せてやるぜ、我慢嫌いなボクのとびっきりのやせ我慢ッッ!!」
拳を強く握りしめ、イリスは気合を入れなおすために叫んでみた。
ここに義理と人情に生きる男がいる。
拙者、愛の為になら死ねるでござると、鋼の精神を持って挑んだ漢。
バレンタインのチョコレート争奪レースで、高峰から商品のチョコレートを手渡されたという、ただそれだけの義理と人情のために命を捧げようという覚悟のサムライ。草薙 雅(
jb1080)その人である。
「不憫な事になっておるのう」
下あごを撫でながら狐珀(
jb3243)。
それは高峰にあてたものなのか、それとも仲間か。
――しかし、男の娘が属性となると人ですらない姿の私はどう考えても対象外……、そして仲間には……。
草薙を見つめながら心の中でつぶやく狐珀は、無意識に含み笑いをもらしていた。
「つまり難なく行動と言う事じゃな! 勝った! 第三部完なのじゃ!!」
そして、こらえられなくなって、ついには高笑いを上げてしまった。
「殺さないのでありますか? むう、困ったであります」
悦に浸る狐珀の横で、物騒なことをつぶやいたのは白 乃美(
jb3735)。
白の表情は、全く困っていない。
彼女には考えがあった。
攻撃は全て頭部を起点にしている。
砲台にたとえるなら、顔面が砲身だ。
ならば、こちらを向かせなければ良いだけのこと。
彼女の頭の中では、既に3段構えの作戦が立てられていた。
「解決したら、高峰さんに慰謝料を求めなければなりませんね」
そんなことをボソリと口にしたのは、ゲルダ グリューニング(
jb7318)だった。
ゲルダの傍らでは、ヒリュウが彼女のつぶやきに応じるように小さく泣き声をあげる。
ゲルダには、ヒリュウを使った秘策があるようだ。
はたしてゲルダは、この一片の曇りもないつぶらな瞳のヒリュウに何をさせるつもりなのだろうか。
「なんとしても鎮圧しないとね……っ!」
心の中で「なるべく安全に」と付け加えるポニーテールの少年は、男装した篠浦 千佳奈(
jb8149)だった。
幼児体型が功を奏して中学男子くらいに見えるが、これでも立派な大学部2年。
いざ往かん、灼熱の戦場へ。
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旧校舎地区のほうからは、黒煙が上がっているのが見てとれる。
いくらギャグのような状況とはいえ、その威力は脅威そのものでしかない。
とにかく、いかにして高峰を無力化させるかがキーポイントになりそうだ。
ここで新崎は、ふと閃いた案を口にした。
「視線も、びーむも……アンゼンな場所を造ればいいんだよっ!」
「どういうことだ?」
コンチェが訊ねる。
「落とし穴に落としちゃうんだよっ! これならドーシウチもふせげるんだよっ!」
「なるほどな」
彼女の案に一同が納得する。
「ということで、ふゆみはグラウンドを掘ってるんだよっ! 用意できたら連絡するからっ!」
しゅたっと手をあげ、一目散にグラウンドを目指す。
「我々は、時間をかせいぎつつ合図を待ち、それからグラウンドへ誘導すれば良いのでありますね?」
いつの間に何処から拝借してきたのか、白の手には消火器が1本。
「あの……それは何に使うの……?」
笑顔をひきつらせた篠浦。
「気にしなくて良いのであります」
しれっと答える白に対し、誰も何も言わない。
「…………」
篠浦が長いものには巻かれる覚悟を決めた瞬間だった。
爆音と悲鳴を頼りに旧校舎地区をすすむと、パニックになりながらビームを発射している高峰がすぐに見つかった。
「やだー、止まらないーっ!!」
「高峰さん、何て可哀想な……。彼女も被害者なんですね」
叫ぶ高峰をみて瞳を潤ませ、涙をぬぐうゲルダ。
次の瞬間にはコロッと表情が変わり、
「よし、同情完了。これで躊躇なく倒しても許されます」
どす黒い笑みを浮かべていた。
真っ先に行動をおこしたのは、つい今しがたまで涙目になっていたイリスだった。
「どんな形であろうともそれが愛なら真正面から受け止めてやるのがボクの信念! ときには愛が痛いこともあるだろうさ」
勇気を奮って愛と絆の戦士は歩みでる。
「だがそれは変なことじゃないんだ!当たり前のことなんだ!
当たり前の愛を嫌って目を背けてたらせっかくの可愛い顔が台無しだぜ?
来な! それが愛ならビームだろうが炎だろうがボクは逃げずに受け止めるッ!」
そう言って、イリスは両手を広げて立ちふさがった。
「天に星有り!青空―そら―に虹有り! そして地上にボ――」
「なにその服、なまらかわいいべさっ!!」
じゅっ。
高峰の見境ないビームは、名乗り口上の途中でビームがイリスを焼いた。
「待たれよ真奈殿! とりあえず落ち着くのじゃ!」
「狐のお姉さん、も、萌えるっ!」
華麗な決めポーズで前に出る狐珀の頬を、高峰ビームが掠めた。
鼻腔をくすぐる毛のこげた臭い。額を伝う冷や汗。
「や、やめるのじゃ!毛皮が焦げるのじゃー!!」
半泣きで物陰に退散した。
「くっ、いろんな意味でなんて破壊力だ。みんな、一斉にかかれ! 個別撃破されかねん!」
コンチェが動く。
「やん、でっかい猫キタコレ!」
高峰のビームがコンチェを襲う。
「熱いが、これしきのことでやられてたまるか……!」
着ぐるみの頭部を焼きとばされながらも、高峰に肉薄しようとするコンチェ。
「コ、コンチェさん!?」
かつて、プールで目の当たりにした彼の裸体の記憶を思い起こし、高峰は鼻血とともにビーム照射。高速機動で縦横無尽に駆ける彼を脱がすべく、しっかり目で追っていた。
二人のあいだに躍り出たのは、草薙だった。
両手を広げ、高峰の前に立ちふさがり、
「僕は死にません! 貴女がす――」
「草薙先輩!?」
じゅっ。
焼かれた。
「こ、このくらいの距離を開ければ大丈夫なはず」
男装で高峰の気を引こうとしている篠浦は、ビームが怖いのか30mくらいの離れて行動している。
「ああ、幼児体型のちぃぱい活かしてサラシなしの男装して私の気を引こうとしている、そんな健気な姿が愛おしいべさっっ!!」
しかし、高峰の腐眼に男装をあっさり見抜かれたうえ、いやに説明じみた口調で体型のことにまでサラリと触れられる。
「ほ、ほほ、ほっとけ!」
思わず叫んだ篠浦の頬をビームがかすめた。
「って、届いてるし!? ひぃいいい」
慌てて退避を試みるが時すでに遅し。追尾してきたビームの餌食になってしまった。
「なんたるカオス。しかし、魔界の少尉ブラスター乃美に不可能はないのであります!」
消火栓を構えた白は、中身をぶちまけながら突進。
「うわっぷ」
粉にまかれた高峰の攻撃が一瞬止まる。
「今です。さあヒリュウ! 一片の曇りもない純粋な眼で思い切り脱がすのです! 逝きなさい!」
ゲルダの命令をうけ、キュイとひと声鳴いて白煙の中へ飛び込むヒリュウ。
「妄想にはより強い刺激で対抗するのよ、と母が言っていました。つまり、高峰さんのぱんつを脱がす事で彼女を恥ずかしがらせ、妄想できなくするのです」
ゲルダは、自信満々で胸をはってみせた。
「やん、ちょっ!? な、何これ、そこダメ……私のパン――あぁん!!」
白煙の中から高峰の悶え声とヒリュウの嬉々とした鳴き声が聞こえる。
次の瞬間、白煙を一瞬でかき消すほどの爆炎がヒリュウを襲った。
同時にとどろくヒリュウの悲鳴。ダメージはもちろんゲルダにダイレクトに伝わる。
パンツを咥えたヒリュウは、一目散で逃げ出した。
煙幕が意外に早く消えてしまったため、白はまだ消火栓にホースを繋いでいる最中。
「ここはボクが時間稼ぎを!」
いつの間にか復活したイリス。タウントを使って高峰目掛けて突貫。
「ふっ、ボク真奈ちゃん抱きしめて優しく頭を撫でてあげるんだ。乙女の包容力をなめ――」
じゅっ。
2度目のビームに焼かれたイリスは、やり遂げたという誇らしげな表情のまま仰向けで大の字になって倒れふした。
決してうつ伏せで倒れないのは彼女の矜持。
いつでもボクの胸に飛び込んでおいでと、最後まで信念を貫いた愛と絆のイリスであった。
「ふゆみはまだか!?」
なかなか次の行動に移れず、コンチェはひとりごちた。
「あぁ、私の意志に反して、みんなが焼かれていくぅ」
どうしていいか分からず、高峰も涙目だ。
「あの時、変な天使から貰ったドリンクさえ飲まなければぁ」
「変な天使とな!?」
聞きかえす草薙。
「そう、変な天使。その人から渡されたドリンク飲んだらこうなったの。解毒剤がどうとか言って消えたけど……」
「ならば、拙者が探してくるでござる。詳しく教えてくだされ」
「う、うん」
高峰から場所を聞いた草薙は、戦線を離脱し解毒剤確保に走った。
「準備完了」
おもむろに口を開いたのは、第二段階の準備をしていた白。
言うや否や放水開始。
「あばばばば」
強烈な水圧を顔面にうけて吹っ飛ばされる高峰。
ごろごろ転がる高峰に構わず、放水を続ける白。ちょっぴり楽しそう。
そこへ皆の携帯にメールが一斉に届く。
準備完了だよ☆ふゆみ
「今であります。第三段階、おしくら饅頭作戦であります!」
高峰が怯んだ隙に、全員で彼女を押し囲み、グラウンドへと強制連行することになった。
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「むっ、人の気配!?」
フラスコに最後の一滴を加えた直後、クピードは人間が近づいてくる気配を感じ取った。
「仕方ない。薬は完成した。俺はまだ捕まるわけにはいかん!」
その場にメモ紙と薬品を残し、クピードは脱兎のごとくその場をあとにした。
数分遅れてやってきたのは草薙だった。
机の上に怪しげな液体とメモ紙を見つける。
解毒剤♪ ミラクル☆キューピット
「見つけたでござる……」
あたりを見回すが、天使の姿は見当たらない。
「待っているでござる。拙者がいま助けるでござるからな!」
フラスコをむんずと掴みとると、グラウンドへと急いだ。
皆にもみくちゃにされる高峰。
「やっ、ダメっ、私、いまパンツ穿いてないんだからっ! あはぁ」
吐息が爆炎ブレスとなって吐き出され、皆を紅蓮の炎に包む。
「毛が、毛が焼けるのじゃあ」
狐珀は半泣き。自慢の尻尾が焦げている。
「みんな、もう少しだよーっ! がんばれー!」
ふゆみの声が届いた。
「も、もう少しです。がんば……穴、多っ!」
篠浦は、思わずツッコミ。
グラウンドには落とし穴……が無数に作られていた。
「だから……時間がかかっていたのか……」
コンチェは、震える声を絞りだす。
テヘッと舌を出している新崎。
「え、私、落とし穴に落とされるの!? やだ、胸熱っ!」
高峰のビームが落とし穴のいくつかを無力化した。
「とっとと手近な穴へ放り込んでしまいましょう」
楽しそうに言い放つゲルダ。
それに異を唱えるものなどいない。
高峰は強制的に穴へ落とされ、今はひと時の平和な時間。
穴から空へ向け、時折ビームが放たれている。
「ふふん、上向いて炎出してもびーむ出しても、そーそー簡単に当たらないんだよっ☆」
鼻歌まじりの新崎は、穴へ近づくときは、しっかりデコ盾で防御していた。
そこへ駆けてきた熱い漢。
「今、助けるでござる!」
「草薙先輩!?」
大ジャンプから穴への飛び込みをしてきた草薙の姿をみて、高峰は思わずビームを放った。
「これ位では拙者は倒れぬ!」
何度もビームの照射を浴び、全身ボロボロになりながら落とし穴へIN。
「キミの為になら死ねる! キミを救うのは、拙者でござる!!」
草薙は、そう叫んで解毒剤を一気にあおった。
「こ、こんな狭いところでやだ萌える! 顔近い! そんな、私……私……っ!! ぅぼああ!」
「ぅぎゃあぁああ!」
口移しを試みようとした草薙は、唇を重ねる寸前のところで高峰の灼熱桃色吐息に焼き尽くされた。
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「あ……っ」
1時間ほどしてから、穴の中から高峰の声がきこえた。
「ビーム出なくなったかも。はー、はー、炎も出ない」
プスプスと焦げている草薙の横で色々試している高峰。
どうやら薬の効果が切れたようだ。
「ねぇねぇ」
穴から這い上がってきた高峰に笑顔を浮かべながら近づく新崎。
「そのポーションの完成品って、もうないの?」
満面の笑みで訊ねた。
「あったら……こんなことになってないよね……」
「そっかー、そうだよね。なーんだ、ざんねんっ☆ミ」
疲れた表情の高峰に言われ、新崎は自分の頭を軽く小突いて舌をだして誤魔化した。
「よくも毛皮を……許すまじ……っ!!」
狐珀は、毛皮の恨みを胸に刻みつつ、イリスの治療にあたったが、彼女のスキルだけでは全く追いつかない。
さいわい、深刻な怪我には至っていない。
白は、まだ穴の中で焦げている草薙をつんつん突いて遊んでいた。
男装をあっさり見抜かれた篠浦は、そのうえコンプレックスをえぐられたりでちょっぴり泣きたい気分になっていた。
そしてゲルダは、
「私は高峰さんに慰謝料を求めます」
「……え?」
「お金をせしめようなんて考えてません。丁度ここに偶然可愛らしい魔法少女衣装があります」
「あ、はい……って、やめ……っ、スカートは、スカートはここで脱げないからっ!!」
スカートのホックに手をかけるゲルダを必死に止める高峰。
「じゃあ、好きな穴の中で着替えて、記念写真取らせてくださいね」
「ちょっ、これスカート短いしっ!」
みんなの服は焼け焦げてボロボロになっていて、かなりきわどい状態になっている。
輪郭しか見えていないコンチェは、皆の姿をなるべく意識しないようにしていたのだが、ゲルダと高峰の会話を聞いて色々と妄想をめぐらせてしまい、盛大に鼻血を吹き上げる結果となってしまった。