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マスター:マメ柴ヤマト
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/11/15


みんなの思い出



オープニング


「ここがあのアバドンの……」
 リーダー格の鎧姿の男がつぶやいた。
「さすがにキツいな……」
 大柄な男性は辛そうにつぶやく。
 群馬県の県境に今、3名の人影があった。
 2名は男性、1名は女性。
 この3人には一つの共通点があった。
 それは、背中に生えた真っ白な翼。
 彼らは天使だった。
 彼らが危険を冒してまで群馬へ来た理由は、人間が悪魔相手に大規模な作戦を展開しているという情報を得て、戦況を偵察するためだった。
 戦況次第では、その隙をついて何かしらの作戦を立てられるかもしれないからだ。
「ここから先は冥魔の領域だ。ここで敵と遭遇するのは危険だ。みな、気をつけろ」
 鎧の男性天使は、少しぼんやりした印象の女性天使に言った。
「ふぇっ!?」
 花を愛でていた女性天使は、急に振られて素っ頓狂な声をあげる。
「ここは敵地だ。気を引き締めろ、フィーナ」
「きっと、大丈夫ですよ〜」
 緊張しているふたりとは対照的に、まったく緊張感が感じられないフィーナ。
「この適度な脱力感がフィーナの良い所なのかもな」
「適度? これが適度だというつもりか!?」
 鎧の男性天使は、軽口をたたいた大柄な男性天使を信じられないという顔を向けた。
「フィーナには緊張感がなさすぎだ。敵地だぞ!?」
 花摘みを始めたフィーナを指差し、鎧の男性天使は唾を散らせながら怒鳴った。
「ねぇ、アマエルさん」
「なんだ!」
 フィーナに名を呼ばれ、鎧の男性天使は苛立ちを隠すことなく振りかえる。
「あそこに悪魔さんがいらっしゃいますよ?」
「なっ!?」
 フィーナが指差す先には、いつからそこにいたのか、悪魔とその配下と思われるヴァニタスの少年が立っていた。
「おい、あいつは……」
 大柄な男性天使は声を震わせる。
「ああ……あいつは白狼の悪魔ヴァナルガンドだ……」
 アマエルは声を絞りだす。
「このところ姿を見ないと思っていたら、人間界にきていたのか。マスエル、気をつけろ! こいつは手強いぞ」
「有名な方なのです?」
 戦々恐々としているふたりの天使に訊ねるフィーナの声には、まるで危機感が感じられない。
「こいつには、同胞が数多く殺されている、それなりに有名な天使殺しだ」
「おい、誰がそれなりだ」
 ヴァナルガンドが会話に割ってはいる。
「ここはお前らが来るところじゃねぇ。今が一番面白ぇ時なんだ。黙って帰るなら見逃してやる。邪魔するようなら容赦はしねぇ」
「くっ、我らとて何も得られず帰るわけにはいかんのだ!」
 剣を抜くアマエル。
 ヴァナルガンドはその様子を冷ややかな目で見据えていた。
「悪魔の支配地域だが勝算はあるのか!?」
 マスエルは斧を構えながら問う。
「こちらは3人! 3対1ならこちらに分があるはず!」
 額に汗をにじませ、アマエルは答えた。
「キーヨ。天使は初めてだな? お前は下がってみていろ」
「マスターの仰せのままに……」 
「ぅえぁ!? た、戦うんですかぁ!?」
 フィーナの素っ頓狂な声を合図に戦いの火蓋は切られたのだった。

「くっ……つ、強い……」
 アマエルは鎧を破壊され、翼もボロボロだった。
 既に剣を構えるのがやっとの状態だ。
「天使殺しがこれほどまでとは……」
 マスエルは斧を杖代わりに、がっくり膝を着いて肩で息をしている。
 いくら悪魔の支配地域とはいえ、こちらは3人。防御能力に特化したフィーナと連携できれば勝算はあると考えていたが、それは大誤算だったようだ。
 ヴァナルガンドの力は、彼らが予想していたものより遥かに大きい。
「3人がかりなら何とかなると思ったか? シュトラッサーすら従えられない三下共が」
 ヴァナルガンドには、まだ余力があるようだ。
「この中であれだけの防御能力を維持できるのは大したもんだ。お前らもそれを期待していたんだろうが、引き離しちまえばなんて事はねぇ」
 極端な防御特化能力を持つフィーナは、攻撃を傷を負いながらもヴァナルガンドからの攻撃を何発か耐えた。
 その反面、攻撃能力は悪魔の支配地域内とはいえ、ディアボロすら倒せないほど低いものだった。
 防御能力を厄介と感じたヴァナルガンドは、使役するディアボロを使って彼女を仲間から引き離したのだった。
 フィーナは今、現在ヴァナルガンドが使役するディアボロから集中的に攻撃をうけている。
 ディアボロを倒すだけの力を持たない彼女は、自分の身を守ることだけで精一杯の状況だ。
 フィーナの防御支援を受けられなくなったふたりとヴァナルガンドの力の差は歴然だった。
「くっ、かくなるうえはフィーナだけでも!!」
 アマエルは、最後の力を剣に宿し、フィーナをかこうディアボロの群れ目掛けて衝撃波を放った。
 ディアボロをなぎ倒し、退路をつくる。
「逃げろ、フィーナ!! お前だけでも逃げ延びて、少しでも情報を持ち帰れ!!」
「アマエルさん!!」
「走れぇえええ!!」
 鬼気迫るアマエルの声に、フィーナは意を決して走りだした。退路とは逆方向へ。
「って、そっちじゃねぇええええ!!」
 渾身の一撃を無にされたアマエルのショックは計り知れない。
 ヴァナルガンドも思わず笑う。
「お前らの仲間、最高だな!」
「言うな!」
 アマエルは失念していた。フィーナが極度のど天然であることを。
「マスター……」
「かまわねぇよ。ディアボロどもに追わせるから放っとけ。いくら鉄壁の防御を持とうと、いずれは力尽きる」
 キーヨが何を言わんとしたのか察したヴァナルガンドは、そういってディアボロたちを追撃に向かわせた。
「さて、じゅうぶんに笑わせてもらったしな。お前ら、そろそろ死ねよ」
 ヴァナルガンドは両手に漆黒の気弾を練り上げ、それを天使たちに放った。


 彼らは群馬で展開中の作戦を支援するため、陽動班として行動していた。
 大規模な突入作戦の成功率を少しでも上げるために周辺で遊撃任務をこなし、その任務を終えて帰還する途中だった。
 幾度も戦闘を繰り返し、肉体は傷つき、スキルもほとんどを使い果たしている。
 幸いにして退路は確保されている。
 あとはこのまま学園まで戻るだけ。
 群馬県を抜けるまでは、あと数キロの地点。
 そんな彼らの前に彼女はあらわれた。
「あのぅ……」
 身にまとうゆったりとしたローブは、所々やぶけ、血が滲んでいる。。
「わたし、道に迷ってしまいまして……」
 長い金髪は頭の後ろで結ってあり、顔には疲労の色が浮かぶ。
「その……出来れば道案内をしてはいただけないでしょうかぁ?」
 何より特徴的なのは、背中に浮かび上がった白く美しい翼。
「今、ディアボロさんたちに追われてまして……助けてください」
 その表情に悪意は感じられず、瞳の奥には懇願の色が宿っていた。


リプレイ本文


 突然の珍客に一同は唖然とした。
 目の前の天使は、堕天使だろうか、それとも――。
 少なくとも、群馬勢では無いということだけは確かだ。
 そんな状況のなか、最初に動いたのは若菜 白兎(ja2109)だった。
「じゃあ一緒に……」
「待って」
 手を差し伸べる若菜を止めたのは、鴉守 凛(ja5462)だ。
「まず、あなたの所属と名前を教えてもらえます?」
 仲間とはぐれた別働隊のメンバーだとは思うが、念には念をという言葉も存在する。
 龍崎海(ja0565)も不振に思ったようで、訝しげな視線を投げかけていた。
「わ、私はフィーナ。所属は――」
 フィーナが話し出そうとした瞬間、前方の茂みからハイエナ型のディアボロが飛び出してきた。
 牙をむいて襲ってくるハイエナ。
 若菜は咄嗟の判断で、小さく悲鳴を上げるフィーナをかばうように前へ出て、盾を展開して攻撃を受けとめる。
「群馬勢ではないようだから、詳しい話は後!」
 蓮城 真緋呂(jb6120)も大剣を展開して応戦した。
 結局、ハイエナは全員からの集中砲火を浴びて、瞬く間に撃破された。
「フィーナさんといったね? 改めて問うよ。君は何者なの?」
 息を整えて龍崎。
 ブリーフィング時の説明では、この周囲で活動している味方は居ない筈なのだ。
「私は天使です」
「堕天使ではなく?」
「はい……」
 最後の返事は消え入りそうな弱々しい声だった。
 思わず助けを求めてしまったようだが、目の前の天使は、やっと自分が置かれた現状をやっと理解したらしい。
「帰り際にこんな土産を拾うとは思わなかったねぇ」
 ため息まじりのアサニエル(jb5431)。
 堕天使である彼女は、まさかこういう形で同胞と相まみえることになるとは予想もしていなかった。
「旅は道連れ世は情け……困ったときは助け合わなくちゃ、なの」
 若菜は初めてフィーナを見たときから好印象を抱いていた。
「可愛らしい方ですし、私はOKですよ」
 袋井 雅人(jb1469)は、そう言いながらカロリーブロックと紅茶を取り出し、フィーナに差出す。
「とても疲れているみたいですし、それで元気を取り戻してください」
 フィーナは、戸惑いながらも袋井から受けとった。
「脱出までの足手纏いは困る」と龍崎からも言われ、フィーナは小さく頷いてカロリーブロックを口に含み、それを紅茶で流し込み、美味しいですといった。
 米田 一機(jb7387)だけは、フィーナから予感とも悪寒ともつかぬ何かを感じていた。
「道案内するにしても、まずは道に迷った経緯、話してくれるかな? ……それと名前も。あっ、ギアは、蒸姫ギア」
 蒸姫 ギア(jb4049)は、フィーナから視線をそらせながら言った。
 顔が赤いのは、フィーナのローブが破れていて、所どころ肌を露出させているからだ。
 蒸姫の反応にきょとんとした表情を浮かべるフィーナに、
「なっ、なんでもないんだからなっ」
 更に顔を赤くしてそっぽをむいた。
 フィーナは、群馬入りした直後に悪魔と戦闘になったこと、仲間が自分を逃がしてくれたことなどをたどたどしく説明した。
「余計な追っ手を引き連れて、これだから天界の奴はっ!」
 ごめんなさいと申し訳無さそうに目を伏せるフィーナを見て、
「ギアは道案内、別にかまわないよ……別に、心配とかそんな事は思ってないんだからなっ」
 相変わらず視線を合わせようとしない蒸姫。
「彼女を追いかけてディアボロが迫っているなら、さっさとこの場を離れなきゃ」
 ぐずぐずしていられないと判断した蓮城は、速やかな移動を提案した。
「フィーナさん、戦えます?」
「えと、防御や回復系なら少々……」
 鴉守の質問に苦笑をかえすフィーナ。
「あ、でもごめんなさい。回復はネタ切れです……」
 フィーナは、申し訳無さそうに答える。
「あんまり考えてる時間もなさそうだし、とっとと撤収するよ」
 フィーナが来た方向に視線を向けながらアサニエル。
「……とは言え、簡単には逃がしてもらえないでしょうね」
 蓮城は、小さくため息をついた。
 フィーナの説明から、敵が複数であることが伺い知れたからだ。
 彼らはフィーナを中心にした輪陣形を組むことにした。
「いいか、逸れるなよ? 絶対だぞ?」
 釘を刺したのは米田だ。
 だが、フィーナは移動を開始したとたん、逆方向へ歩こうしたので、
「や、ちがう、そっちじゃない!」
 慌てて彼女を引き止め、
「この子、本当に大丈夫だろうか」と不安になる。
「良いか、これは逸れないようにするためだぞ。別に拘束しようとか、そんなんじゃないからな」
 米田はポケットから手錠を取り出し、自分の腕とフィーナの腕をつなぐ。
「何か捨ててもいい所持品ってある? 匂いで追尾しているかもしれないし、多少は欺瞞に使えるかも」
 龍崎はフィーナにそう提案した。
「ごめんなさい。服くらいしか……」
「脱ぐな! 脱がなくていいからっ!」
 着ている服を脱ごうとしたフィーナを、蒸姫は赤面しながら慌てて止めた。


 ディアボロたちは、移動を再開してすぐに襲ってきた。
 真正面から2体のハイエナが迫る。
 若菜は盾を展開して進撃を防ぎ、彼女の横を通過したハイエナは袋井が対応した。
 蒸姫とアサニエルは、後方から霊符を使って袋井が対応したハイエナを攻撃する。
 雷のような歯車とアウルを凝縮させたような光の玉が左右からハイエナに襲い掛かって打ちたおす。
 鴉守と蓮城が若菜の支援をしよう動いた瞬間、両サイドからハイエナが2体ずつ襲い掛かってきた。
「くっ」
 左翼側面を守る鴉守は、斧槍をふるって牽制するが、完全に出鼻をくじかれるかたちとなった。
 鴉守のサポートに回る龍崎。
 戦闘中、彼はフィーナの様子に気を配っていた。
 ディアボロから逃げ出すほどだから、さほど強くはないのだろうと予想はしているが、この状況下で手のひらを返されたらたまらない。
 だが、フィーナの様子からはそんな素振りは感じられない。
 むしろ、先ほどからスキルによる支援を必死でおこなってくれている。
 一方、右翼側面を守る蓮城。
 咄嗟にハイエナの1体を斬り飛ばすが、もう1体が脇をすり抜け、フィーナへ突進をかけた。
「あっ!?」
「ここは僕が!」
 米田がフィーナを庇うように前へ出るが、手錠が邪魔で思うような動きが出来ず身体の側面を無防備にさらしてしまう。
「あぶないっ!」
「ふごっ!?」
 その瞬間、フィーナが両手を突き出し、光の鎧を米田に纏わせると同時に彼を突き飛ばしてしまった。
 米田はそのまま倒れ、手錠で繋がれたフィーナも彼を押し倒すような体勢でもつれ合うように倒れる。
 華奢で柔らかい肉体と心地よい香りにつつまれる米田。
 そこへ飛び掛ってきたハイエナは、蒸姫が放った雷のような歯車に弾き飛ばされた。
「これ以上は、あの子を襲わせはしないよ……」
「そらそら、犬っころはさっさとゴーホームするんだね」
 蒸姫が吹っ飛ばしたハイエナは、アサニエルの光弾によって止めを刺された。
「ご、ごめんなさい」
 慌てて起き上がるフィーナ。
「い、いや……」
 頬を染めつつも冷静を装っている米田だったが、内心ではかなり焦っていた。
 当初抱いていた予感が確信になりつつあるからだ。
 もしかして、この天使は無意識に自分を社会的に抹殺しようとしているのではないかとさえ思え、額から嫌な汗が流れてくる。
「ふたりとも遊んでないで、次が来るよ」
 数までは分からないが、龍崎は新手が襲ってくる気配を感じていた。
「統率された波状攻撃……やっかいですね」
 冷や汗を滲ませるのは袋井だ。
 ハイエナたちは直線的な動きで闇雲に襲ってくるのではなく、統率された平面的な動きで襲ってきていた。
「こういうときは必ず指揮官がいるもんさね」
 アサニエルが指摘するとおり、何者かに統率されていると考えるのが自然だろう。
「次、くるよ!」
 蓮城は武器を構えなおした。
 正面から5体の敵が迫る。
「違う個体がいる?」
 5体のうち1体は白狼だった。
 4体のハイエナはそのまま突進してくるのに対し、白狼は距離を保ったまま様子を見ているだけで、自ら攻撃してくる素振りはない。
「きっと、あれが群れのリーダー、なの」
 若菜は得物を大剣に持ち直し、頼もしげに一振りした。
 ボスが姿を現したということは、手札が尽きたという証拠だろう。
「あんたとあたしで仕留めるよ!」
 白狼までの距離は15メートルほど。
 霊符なら後衛ポジションからでも直接狙えると判断したアサニエルは、同じく後衛の蒸姫に声をかけた。
「任せろ! 蒸気の力でギアが滅ぼしてやる!」
 二指で挟んだ霊符を構え、蒸姫は威勢よくこたえた。
 若菜、龍崎、袋井、蓮城の4人が正面からのハイエナに対応し、米田が中衛ポジションから援護射撃をする。
 鴉守は不測の事態に備えて、現状位置をキープしていた。
 まばらではあるが、所々に遮蔽物が存在しているため、不意打ちされる可能性が残っているからだ。
 後方から霊符で白狼を攻撃し続ける蒸姫とアサニエルだったが、白狼は予想以上に回避力が高く、なかなか致命傷をあたえられない。
 正面から襲ってきた4体のハイエナの殲滅にも手間取っていた。
 皆が攻め手を欠いているとき、背後から新たに2体のハイエナが現れ、蒸姫とアサニエルへ襲いかかった。
「ちぃ!」
 仕方なく対応しようとするアサニエルの横を鴉守が通り抜ける。
「後方は私に任せて、おふたりは白狼の処理をおねがいします」
 鴉守は、斧槍を大きく振りまわし、ハイエナたちの足を止めることに成功した。
 アサニエルは後方は鴉守に任せ、白狼撃破に専念する。
 彼女が放った光弾は白狼に迫るが、それは難なく避けられてしまった。
 だが、蒸姫はそこを狙って雷の歯車を放つ。
 白狼の動きに合わせるように放たれたそれは、白狼の身体を横から打ち据え、息の根を止めることに成功した。
 指令系統を失ったハイエナたちの足並みが乱れる。
 それを見逃すほど、撃退士たちは甘くなかった。
 統率を失ったハイエナたちが次々と撃破されていく。
 鴉守が最後の1匹の頭を叩き割る鈍い音が、戦闘の終結を告げた。


「さすがに疲れたね」
 県外へ脱出し、開口一番に龍崎がいった。
 フィーナと出会ったときは、既に任務を終えた帰還の途中。
 その時点でアストラルヴァンガードが4人いても、回復がおいつかないほどの数の敵と戦っていたのだ。
 若菜など、地面にへたれこんでいる。
 彼女は最前列で壁の役割を果たしきったのだから、疲労困憊になるのも無理はない。
 戦闘が終わったあとの鴉守は、淡々としたものだった。
 県外へ出る間際に天使の死体が転がっているのを見て、フィーナが口の端を噛み締めたのは印象的ではあったが、彼女に対してはそれ以上の興味はない。
「ほら、それやるから。……今日は色々と頑張ったんだから少しくらい良い事あってもいいじゃん」
 米田は、ぶっきらぼうな口調でフィーナに水とアンパンを渡す。
「ありがとう……ございます」
 水とアンパンを『良い事』と称する米田の不器用な優しさと気遣いに、フィーナは胸の底から暖かい感情がこみ上げ、自然と笑顔でそれを受けとっていた。
「お仲間さん、助けられなくて残念だったの」
 目を伏せて若菜。
 だが、フィーナはその言葉にかぶりを振った。
「彼らが無事だったなら、きっと皆様と戦闘になってました。そうなっていたら、私は……」
 フィーナは全てを言葉に出来なかった。
 彼女の本音が、口にしようとした言葉とは違っているからだ。
「それで、お前さんはこの後どうする気だい?」
 そう訊いたのはアサニエルだった。
 当然、その言葉にはフィーナを堕天へといざなう意図もある。
 そして、フィーナもそれは感じていた。
「私は……」
「もし帰りたいなら帰ればいい。 こっちきたけりゃ、その手錠の片割れを頼りに来ればいい。誰が何と言おうと、そん時はちゃんと俺が迎えるから、さ」
 米田の言葉を聞いて、右の手首に嵌められた手錠を握るフィーナ。
 フィーナの心は激しく揺らめいた。
「それより、フィーナさんは何か群馬に関する情報は持ってないの?」
 蓮城は、サバイバルキットから傷薬と包帯を取り出しながら上目遣いで訊く。
「いえ、私もここへ着いてすぐに悪魔さんに襲われたので、これといって提供できるような情報は無いんです」
「そう……。まあいいわ、傷、見せ――わっ」
 フィーナの傷の手当をするために立ち上がった蓮城は、連戦の疲れが足に来ていたらしく、足がもつれてよろけてしまった。
「危ない」
 咄嗟に支えようとする米田。
 だが、ここでも手錠が枷になってバランスを崩し、フィーナも巻き込んでドミノ倒しになってしまった。
「苦……しい」
 米田は蓮城とフィーナに挟まれるかたちになる。
 顔が大きくて柔らかい4つの膨らみに挟まれ、上手く呼吸が出来ない。
「この人たちは、いー(E)人、だと思うの」
 その様子を眺め、若菜がぼそりとつぶやく。
「早く……退け――」
 米田は、自分の顔を覆っているものを退けようともがく。その掌には、収まりきれないほどのさわり心地の良い感触が伝わってきた。
『…………』
 3人の間に気まずい空気が流れた。

「本日は、大変お世話になりました」
 深々と頭を下げるフィーナ。
「本当に行ってしまわれるのですか?」
 袋井は問う。堕天を誘ったときの彼女は、明らかに迷っていたからだ。
「はい」
「フィーナ……ここから一人で帰れる?」
 蒸姫は方向音痴的な意味で彼女が心配になる。
「大丈夫です」
 フィーナは小さな微笑をかえした。
「せっかく分かり合えたのに、次に会うときは敵同士になるかも知れないんだよ?」と龍崎。
「私には、私を慕ってくれた使徒がいます」
 フィーナはぽつりぽつりと語りはじめた。
「天界の方針が変わり、無用の烙印を押された彼を形式上は放棄したことになっておりますが、実は今でも少しずつ感情の供給を続けているのです。
 人間の事が大好きで、恋愛を成就させたりするのが好きな可愛い子です。
 どんな理由があったとしても、私を慕って仕えてくれた彼を、どうして見捨てることができるでしょう。
 堕天はとても魅力的な話です。でも、私が堕天してしまえば、彼に感情を供給する者がいなくなってしまいます。
 だから、私はみなさまと共に参るわけにはいかないのです……」
 そして、目を伏せたまま、静かに語り終えた。
「やっぱり、良い人だったの……」
 若菜の第一印象は当たっていた。
 それだけに、やるせない気持ちがこみ上げてくる。
「良い仲間になれると思ったけど、そういう理由があるなら仕方ないな」
 頬を腫らした米田。
「本当にごめんなさい」
 フィーナは胸元で両手を握り締め、謝罪をする。
 こうして、フィーナは皆と別れて去っていった。
 彼らは、この先この心優しき天使と再会することがあったとして、それは戦場以外であってほしいと祈るしかなかった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
祈りの煌めき・
若菜 白兎(ja2109)

中等部1年8組 女 アストラルヴァンガード
ベルセルク・
鴉守 凛(ja5462)

大学部7年181組 女 ディバインナイト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
ツンデレ刑事・
蒸姫 ギア(jb4049)

大学部2年152組 男 陰陽師
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
あなたへの絆・
米田 一機(jb7387)

大学部3年5組 男 アストラルヴァンガード