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繁華街は大勢の人でごったがえしていた。
休日の昼間なのだから当然なのだが、行きかう人々の流れは穏やかな休日とは明らかに違っていた。
逃げ惑う人々。転んで泣いている子供。わが子の名前を叫びながら探している親。悲鳴。怒号。
これでは戦いにならない。いや、そもそも戦闘は発生するのだろうか。
「めんどくさいのぅ……まぁ、がんばるとするかのぅ……」
やれやれといった面持ちで、神喰 血影(
jb4889)は用意していた拡声器のスイッチをONにする。
「速やかにこの場を離れるのじゃ」
目の前で女性のワンピースが霧散する。
「大惨事でもよいではないか、と言う勇者はこの道をとおるがえぇ」
逃げてくるものたちの中には、衣服が崩壊して半裸状態のものも多い。
「嫌なら迂回することじゃな。妾は、行くぞ、面白そうじゃからな」
神喰は口の端を吊り上げた。
「はいはい、見てのとおりいろいろ危険だから逃げてようねー」
ジェンティアン・砂原(
jb7192)は星の輝きで手にした花束を輝かせ、神喰に合わせて一般人の誘導を行った。
「基本的には非常に友好的な方のようですよね」
礼野 明日夢(
jb5590)はいう。
過去の報告書を読んだ礼野は、この騒ぎの主にそんな印象を抱いていた。
「落ち着いてもらって話を聞くのが良さそうですけど……」
果たしてすんなり話しを聞いてくれるだろうか。
「何があったのかのぅ」
八塚 小萩(
ja0676)の言葉にため息がまじる。
「ところで、それは何のつもりだ?」
鴉乃宮 歌音(
ja0427)は袋井 雅人(
jb1469)が手にしたキューピッドボウを指してきいた。
「ふふっ、これはですね……」
良くぞきいてくれたといわんばかりに袋井のメガネが輝く。
「聖夜のキューピッド袋井雅人が、少しでも相手に親しみを抱いてもらえるようにですね――」
力説する袋井の話を誰も聞いていなかった。
いや、一人だけ聞いていた。
袋井の服の裾をぎゅっと握る小さな手。
袋井の恋人、月乃宮 恋音(
jb1221)だ。
彼女の手には、がんばろうねという袋井を後押しするような力強い心がこめられていた。
『友好的なシュトラッサー』を出来るかぎり助けたい。
そんな強い想いが、彼女をこの恥ずかしい戦場へといざなった。
はぐれシュトラッサーのクピードは、人間という種族が大好きだ。
彼らの愛を成就させることが大好きで、彼の生きがいでもあった。
実際に彼は今まで数多くの愛を成就させ、そのたびに愛の感情を集めては主へと献上してきた。
彼にとって主は、心優しく愛にあふれた美しい女神のような存在だった。
その主に見捨てられたと思い込んでいたが、ある撃退士によってそれが思い違いであることに気付かされた。
そして、彼は再び主に振り向いてもらうため、あの頃のように力を振るうことにした。
だが、それは彼の思惑とはまったく違う形で発揮されてしまった。
そのことに困惑してしまい、そして錯乱してしまった。
そんな中、彼らは現れた。
「そこの傍迷惑な天使もどき!愛し合う者達を傷つけて何が楽しい!」
愛する人にすべてを捧げる男、カルセドニー(
jb7009)の声がクピードの頭に直接流れ込んでくる。
「お、俺じゃねぇええ!!」
叫びながら矢を乱れ撃つクピード。
狙いを定めず無差別に放たれた矢は、そのすべてが回避されてしまう。
「くっ、このクピード様の破衣の矢をすべて避けるとは……っ!」
おそらく自分で何を言っているのか理解していないのだろう。
「ネーミングが悪い!」
クピードの得物の名称から羽衣伝説を思い出し、鴉乃宮は思わずツッコミを入れた。
物陰からこっそり接近しようとした作戦が台無しである。
「しかもその字、服を破壊する字で間違いないだろう!」
びしっと指差す鴉乃宮。
そこへ飛来してきた矢が腰に刺さる。
ウェストを破壊されたスカートがパサリと落ちた。
いや、正確に言うとそういう視覚効果があっただけで、その身は魔装で守られている感覚がある。
「くっ、気をつけろ。魔装は破壊できないようだけど、視覚的には破壊されるぞ!」
つまり見た目は破壊されたように見えるだけで、それによるロストや性能低下はないということだ。
「えぇい、ややこしい!」
鴉乃宮の呼びかけに思わず叫んだカルセドニー。
「そこかっ!」
声からカルセドニーの位置を推測したクピードは、そこに向けて五月雨撃ちを放った。
「ふっ」
こんなこともあろうかと、屋根の上に潜んでいたカルセドニー。
五月雨のごとく降り注ぐ矢を難なく避け――
「……って、ちょっと待て!?」
られるようなものではなかった。
全身のいたるところに突き刺さる矢。
見事に半裸美男子が出来あがる。
「えぇい、落ち着かぬか!」
八塚が叫ぶ。
「クピードよ、汝は『愛』がもたらす幸福や満足などの感情を集めることに長けた優しいシュトラッサーではなかったのか!? 今の汝はまるで無差別通り魔の様じゃぞ」
「うるせぇ、小娘に何がわかる!!」
同時に矢が飛来する。
矢が刺さった部分の魔装は光となって散った。
ズタボロになって消え去るレインコート。
「ふふ、これならば影響を受けまい!」
八塚は胸を張って大威張り。
胸にはスクールアミュレットが糊付けされ、股間には学園長のドレーディングカード。
丸出しのお尻は真っ赤に腫れあがっている。
――なぜそれを選んだ!?
その場に居合わせた全員が一点を注目して心の中で叫んでいた。
「いや、待て、これはだな……!」
視線に気付いた八塚は、腫れあがったお尻を慌てて隠す。
「こ、これは進級試験をサボったことがバレてお知りを百叩きされただけであって、決して粗相のお仕置きではないのじゃからなっ!」
――そこじゃない。っていうか、大して変わらねぇよ。
口に出して言わないのが彼らの優しさなのであった。
神喰は無音歩行と壁走りを駆使してクピードへ急接近を試みる。
「むっ!?」
クピードは、すかさず矢で応戦。
飛来する矢はシルバートレイで受け――きれるものではなかった。
ズタボロに剥かれた神喰は次第に失速。
「ちーちゃん、お嫁にいけない……」
へたれこんでさめざめと泣いていた。
「……あ、あの、落ち着いてくださいよぉ……?」
月乃宮はおどおどしく歩みでた。
矢が肩にあたり、カーディガンがその形を保てず崩壊する。
「……わ、私たちは戦いに来たのではないのですよぉ……」
胸元に刺さった矢がカーディガンを無残に崩壊させた。
その下からは窮屈そうにさらしが巻かれたお胸様。
「えぇい、来るな! 来るなぁああ!!」
クピードは半ば錯乱状態で矢を連射した。
降り注がれた矢は月乃宮の魔装をことごとく破壊した。
さらしは割れた風船のように弾け、最終兵器級の巨大がお胸様が飛びだす。
月乃宮のリーサルウェポンに釘付けになるメンズたち。
「よし、クピード君が恋音のリーサルウェポンに釘付けになっているあいだに……っ!」
袋井はその隙にクピードから弓を奪い取る予定だったのだが――
「甘いわ!」
クピードは月乃宮の胸などアウトオブ眼中だったようで、袋井の突進を華麗に避けたあと、その背後に向けて矢の連射を浴びせた。
背面の魔装が消えてしまった袋井。前面部は奇跡的に剥がれ落ちずに済んでいる。
「恋音のリーサルウェポンが効かないなんて!?」
「バカめ、俺が求める理想は我が主のみ! ほかの女の裸など目にも入らぬわ!」
月乃宮はというと、両腕で胸を隠し(きれてない)、ぷるぷると震えている。
自分に狙いを絞らせるところまでは成功したが、隙を作る部分で失敗してしまった袋井、月乃宮ペアの作戦。
「………………っ!」
月乃宮は作戦が失敗してしまったショックと羞恥心でライトニングを放った。
「ぬがぁあああ!!」
放たれた雷はクピードを絡めとる。
「お、お、おのれぇえ!!」
再び五月雨撃ちを放つクピード。
袋井は月乃宮をかばうように横から飛びつき、そのままアスファルトを転げたあとテラーエリアで周囲を闇で閉ざした。
「あまり恋人の裸体はさらしたくありませんのでね」
闇の中から袋井の声がひびく。
「錯乱している割に隙がないな」
鴉乃宮は、ときおり早撃ちによる威嚇射撃を行うが、1発撃てば数十本の矢が帰ってくるしまつ。
そのたびに魔装はどんどん剥ぎ取られてしまう。
なるだけ平和的に解決したいという思いはみな同じようで、そのせいで決め手を欠いて状況を打開できずにいた。
「これ以上愛を汚す行為を続けるならば交戦もやむなしだが、大人しく退くのであれば言い訳――」
「やかましい!」
飛来した矢がカルセドニーの体を覆う最後の1枚を打ち消した。
「お、お、おのれぇ……」
怒りでワナワナ震えるカルセドニー。
「ボク小学1年ですし男の子ですし。多少見られても依頼遂行の為ですから。女の人が近づくよりは良いかと思います」
礼野が名乗りでた。
ちなみに、この時点で女性陣は精神的な理由により全員が戦闘不能だ。
「何か前回の依頼文読むとお酒は飲めるみたいですし、友好に徹するにはよいかなと」
クーラーボックスから缶ビールとジュースを取りだし、屈託のない笑みを浮かべながら鼻息荒く目は血走っているクピードに向かって歩きだす。
「クピードさん、落ち着いてください」
「う、うるさい、来るんじゃねぇ!」
クピードは矢を乱れ撃って礼野をけん制。魔装を剥ぎ取っていく。
「大丈夫、ボクたちは危害を加えたりしませんから」
「すでに雷撃食らったわ!」
「ボクたちが話を聞きますから」
「愛と恋の区別もつかんようなガキんちょに話すことなどないわ!」
礼野は一度だけ仲間のほうを振り返り、泣いて良いですかの合図。
砂原はそれにサムズアップで答える。
アスファルトにのの字を書きまじめた礼野の代わりに砂原が歩みを進めた。
クピードは当然のように無数の矢を放つ。
矢自体に実害はない(?)ので、砂原は魔装が剥かれるのも構わず歩き続けた。
上着が消え、ズボンが消え、パンツも消えるとその中から大事な部分を守るように現れる花束。
そんな変態ちっくな格好になっても10年来の友人に向けるような笑顔のままクピードを見つめる砂原に誰もが驚愕した。
「まあ、これ飲んで落ち着きなよ♪」
ウォッカの小瓶をクピードの口に突っ込む砂原。
そのまま彼の肩に手を回し、その場で座らせた。
落ち着きを取り戻したクピードのまわりを撃退士たちがかこむ。
「恋を成就させるキューピットさんが、何で公園で暴れているの?」
ジュース片手に素朴な疑問をぶつける礼野。
「キミが混乱してるとこを見るに、この状況は本意じゃないんだよね、きっと」
砂原がそれに言葉をつぎたした。
ちなみにほかのメンバーが予備で用意してあった服に着替えたのに対し、彼だけはいまだ裸に花束のままだ。
「実はな……」
クピードは大きなため息をウォッカで流しこむと、事の成り行きをぽつりぽつりと語りはじめた。
「……その、それ自体は良いと思うのですけれどぉ……」
ややため息交じりに月乃宮。
「……会話中にいきなりどこからか矢が飛んできては、その時点で雰囲気が壊れてしまうのではないですかねぇ」
「その辺は心配ない。普通の人間には見えないからな」
そういう問題かと一同が心の中で一斉につっこむが口には出さない。
「失敗した程度で乱心になるとは、お主はひ弱かえ? ひ弱なのかえ?」
大事なことなので2度言う神喰。
「一度や二度、ミスを犯しても次につなげねばならぬのではないのか? お主の野望はこの程度でくだけるのもかぇ!!」
「うぅ……俺は、俺は……我が主に再び振り向いてほしいっ!!」
まるで掻き毟るように頭を抱えるクピード。
「心の衣か。しかし甘い! その心の衣とは自らで乗り越えてこそ輝きを放つ価値があるというもの。我々が手出ししたところでどうだ? どうしてあの時安易な決断をしたのだろうと迷った時に責任がとれるか!? 否、存在を知られていない我々には不可能! 己の力で勝ち取ってこそ真の愛! それがわからんのか!?」
クピードは、握りこぶしを振り上げて熱く語るカルセドニーを見つめた。
「あんた……ずいぶん長いこと片思いしてるな」
「なっ!?」
愛に長けた彼だからこそわかる。その愛の深さ、大きさが。
「(ピー)年ってところか?」
プライバシー保護のため音声に修正が入る。
だが、現場では修正が入っていないため、仲間たちは「おい3桁だったぞ。3桁だったよな」とひそひそ耳打ちしあった。
「それだけ一方的な想いを熟成させたのは、心の衣が分厚い故じゃないのかい?」
何なら俺が破いてやろうかと矢に手をのばすが、手にした矢の効果を思い出し、落胆しながらその手を戻した。
「その弓、作成は完全な状態で行われたのか? 使用前点検とかしたのか? たとえば、機械なんかは小さなヒビでも故障原因になるんだぞ」
ひとつだけ心当たりはあったが、あれはすぐに消えた。問題ないはずだと思考をめぐせるクピード。そして「無かったなぁ」と言いきった。
なかなかイイ根性をしている。
「んー…心の衣かぁ。ありきたりな言葉だけど、そこは自力で乗り越えるのが大切じゃないかな?」
股間に花束のままで良い事を言った砂原。
「耐えてこその愛もある。相手が応えてくれるのをじっと待つだけの愛は苦しく、辛い。だが堪え忍んだ分だけの喜びが待っている! 安易な行動は慎むことだ」
なぜか涙目のカルセドニー。きっと自分の言葉が身に沁みているのだろう。
「クピード君、本人達が本当に成就させたい恋はその情熱をエネルギーにして必死に行動しますから、最初はスポーツでも観戦するように手を出さずに見守って心の中で応援してあげて下さいね。」
「スポーツ観戦か……」
袋井が投げかけた言葉に合点がいったのか、納得顔のクピード。
「サポーターになれば良いってことだな!」
「そうです!」
ちなみに袋井とクピードのイメージに差異があることは言うまでも無い。
「とりあえず気まずくなった恋人未満の方の感情治したりとか、もう一度チャレンジしたらどうでしょうか? 良かったら学園に『実験協力者求む』って依頼出して確認してからにして」
礼野は屈託の無い笑顔でそう提案する。
「失敗は誰にでもある! そうじゃ、その時は妾も実験台になろう! めげずに頑張れ!」
平らな胸をドンと叩く八塚。
「ガキんちょ2人に励まされるとはな……」
クピードは肩をすくめて苦笑い。
「俺、もうちょっと頑張ってみるよ。そして、もっと凄ぇ力を身につけてみせる!」
「うむ、期待しておるぞ?」
神喰は持参していた和菓子を握らせ、互いに見つめて頷きあった。
落ち着きを取り戻したクピードは、撃退士たちに礼と別れを告げると夕日の中を去っていった。
こうして、迷惑なシュトラッサーの事件は一件落着のもとに幕を下ろした……のか?