●いざ突入
「よし、揃ったな」
積極的に声をかけ、即席で突入チームを作り上げたリョウ(
ja0563)は、メンバーの顔を見回しながら静かに言った。
周りでも次々とチームが組みあがっている。
「おい、そこのチーム」
不意に遠野冴草(jz0030)が声を掛けてきた。
「こいつも加えてやってくれ」
遠野がそう言って背中を押したのは、不安そうな表情を浮かべ、おろおろしているだけの少女。彼がこのチームに声を掛けたのは、たまたま近くに居ただけという理由だろう。
「こ、高等部1年の高峰真奈(jz0051)です……っ!」
元気よく挨拶するが、それが空元気であることは誰の目からみても明らかだった。
「よろしくね、真奈ちゃん」
チームに自分以外の女性が加わった事を素直に喜ぶ天谷悠里(
ja0115)。
「先輩しか居ないとか……足引っ張らないようにしないと……」
周りの面子が全て年上なのを見て、高野 晃司(
ja2733)が小さくつぶやく。
「報酬が高ければもう少しやる気が出るんだけどな……訓練だし仕方ないか、割り切ろう」
明後日の方を見上げながら、そう口にしたのは金鞍馬頭鬼(
ja2735)だ。
久遠ヶ原学園では、生徒が収入を得る方法がいくつかある。撃退士としての訓練もその一つなのだが、所詮は訓練。大した額は出ない。
「鬼道忍軍のリョウだ。食べるか? そう緊張するな、作戦は練ってある。落ち着いていけば問題無い筈だ」
黒いジャケットのポケットから飴を取り出し、リョウはそれを差し出しながら高峰に声をかけた。
「ありがとう……ございます」
「誰にだって初めてはあるんだから、気負わない事ですよ」
「俺も正直おっかないけれど、皆でがんばろうぜ!」
飴を受け取った高峰に、物見 岳士(
ja0823)と雪ノ下・正太郎(
ja0343)が声をかける。
そのあと、それぞれが簡単な自己紹介し、軽いミーティングを済ませてから、いよいよ彼らが突入する順番がまわってきた。
「じゃあ遠野先生、いってきます」
ヘッドランプを装着しながら土方 勇(
ja3751)が朗らかな表情で言い残し、皆とともに洞窟へ入っていく。体型が低身長でまるっこく、糸目が笑顔に見える彼がヘッドランプをつける姿が似合いすぎていて、それが周りの緊張を和らげることに一役を買うこととなる。
洞窟内は、弱い電球が所々に設置してあり、薄暗いが行動に支障が出るほどではなかった。それでも完全な視界が保たれているわけではなく、何名かが用意したライトは、中部屋の死角に潜んだ蟲型ディアボロを早期発見することに役立った。
ディアボロといっても所詮は虫、普通の虫がするように、時折光にむかって飛びかかってくる個体もいて、高峰はいちいち悲鳴を上げる。
最前列の酒々井 時人(
ja0501)が飛び込んできた蟲型をブロンズシールドで叩き落とすと、金鞍は地面に転がり落ちた、体長四十センチはありそうなそれの頭と胴体を素手で千切って止めを刺す。
「うわぁ……手がベタベタする……」
「か、金鞍先輩、よく素手でそんなこと出来ますね……」
「好きでやってるわけじゃないんですけどね」
尊敬と怯えが入り混じる表情で高峰に言われ、金鞍はただ苦笑を返すしかなかった。
先頭の酒々井が立ち止まり、ハンドサインで三叉路に到着したことを後方へ伝える。
「では、ここから二手に分かれよう」
殿を務めていたリョウが先頭へやってきて言った。そして、
「俺はこのメンバーを『仲間』だと思っている。当然頼りにするし、してくれて構わない」
突入してからずっと怖がってばかりで、何一つ役に立っていない高峰に向かってそう言った。
「撃退士になった事に、不安や迷いがあるみたいだけど、今はまだ経験や技量が足りないだけだから、自分のペースで少しずつ、アストラルヴァンガードとしての特徴を伸ばしていけば良いと思うよ」
酒々井は、優しい口調で高峰に言う。
「どうせ回復してもらうなら女の子の方が良いから、二人とも後でよろしく」
そんな軽口を叩いた土方だったが、内心では(……ここからが本番かな。負傷しても落ち着いて回復なんて難しいだろうからね)と、気を引き締めていた。
そして、ディアボロを引き付ける囮班は、薬草回収班より先に出発し、正面の通路を進んで行った。
●作戦開始
酒々井は、やはり最前列を進み、なるべく音を立てないように気をつける。中部屋へ入る前は、リョウや土方がライトを使って死角を照らし、蟲型の有無を確認した。
酒々井は、物見がリボルバーの照準を蟲型に合わせたのを手で制し、静かにというジェスチャーを送り、
「物音で気付かれて不意打ちを食らいたくないからね」
彼に小声でそう言う。
蟲型自体、脅威に感じるような強さもなく、最深部までは順調に進んでいった。
一方、囮班が出発してから数分後、薬草回収班も行動を開始する。
「やっぱり、携帯はダメか」
洞窟に入ってから、こまめに携帯を確認していた天谷が言った。
もしかしたら携帯を使って囮班と連絡を取り合えるかもと思っていたが、奥に進むほど電波は弱まっていき、ここは既に圏外となっている。
彼らが進むのは、向かって左側の通路。
「ディアボロにも、初めて関わるな」
雪ノ下がポツリと漏らす。もちろん、蟲型など数に入れていない。
彼が先頭を歩き、女性二人を守るように高野が殿をつとめた。
「ヒーラーとして、一緒に頑張ろうね、真奈ちゃん!」
今にも泣きだしそうな表情になっている高峰に向かって、天谷が声をかける。
「せ、先輩、怖いから手ぇ繋いでて良いですか?」
「うん、良いよ。真奈ちゃんが私の分まで怖がってくれるおかげで、私はあんまり怖くないよ」
「そ、そうですか……? えへへ」
あまりフォローになっていない気もするが、言われた本人が気付いていないようなので問題ない。
「高峰さん、趣味とか特技とかないの?」
少しでも気を紛らせてやろうと、高野は世間話を振った。
「特技……って程じゃないけど、中学時代に短距離の代表として大会に出たことならあるよ」
「へぇ、足速いんだ……っと!」
彼女の話に感心しながら、不意に飛び込んできた蟲型をサバイバルナイフで一閃する。
「ふえぇん、なまら怖いよぉ」
分断され足元へ転がってきた死骸に腰を抜かした高峰は、その場にしゃがみこんだ。
二人の話を聞いていた雪ノ下は、改めてヘタレこんでいる高峰の姿を見る。なるほど、言われてみると、体つきは華奢というよりは、引き締まっている感じだ。バストサイズはDといったところか。彼は高峰のスペックを素早く分析した。
「ほら、立てよ。女子のことは俺らが守るから。そうだよな?」
そう真奈に声をかけた雪ノ下は、高野にも同意を求める。
「そうだな。高峰さんは回復にだけ専念しててよ」
「二人ともカッコいい。男の子がこう言ってるんだから、頑張ろう。真奈ちゃん」
三人に励まされた真奈は、ロッドを杖代わりにしてよろよろと立ち上がった。
微かだが足音が近づいてくる。
低い唸り声を上げながら、獲物の選別を開始する。
獲物の数は、全部で九匹。
五匹が正面から、四匹が右側から。正面のほうが獲物の量が多い。しかし、風が運んでくる匂いは、右側に潜んでいる獲物のほうが上質な肉だと言っている。
洞窟の最深部に鎮座していたディアボロは、重い腰を上げ、美味そうな獲物が潜んでいる通路へゆっくりと歩き始めた。
酒々井は、最深部に到着したのを確認すると、後続にハンドサインを送ってそれを伝えた。
リョウがマグライトで中を照らすと、そこにはゆっくりと歩いている大型ディアボロの姿があった。
トゲのついた甲羅からは六本の足が生えており、長い尻尾とライオンのような頭を持っている。その顔は、醜い老人のようで、今まで相手をしていた蟲型とは、明らかに格が違っていた。
そんな事より問題なのは、ディアボロが向かっている先だ。あっちは薬草回収班が向かってきている通路だ。
「マズいですね」
そう言って飛び出したのは、物見だった。
「流れ弾に気をつけてください!」
ディアボロに向かってリボルバーを撃ちながら近づき、自分たちへと注意を向ける。
土方も弓を放ちながら「こっちだよ!」と叫んだ。
そこへ薬草回収班も最深部へと到着し、自分たちへ向かって歩いてくるディアボロの存在を確認する。
それを見た高野は、咄嗟に持っていた携帯音楽プレイヤーの音量をMAXにしてディアボロへと投げつけた。
それはディアボロの体をすり抜けて足元に落ちるが、注意を逸らせることに十分な効果を発揮する。
「無理無理無理、無理だってぇ! あんなの絶対に無理だってばぁ!!」
そんな悲鳴を上げてる高峰。
「オラオラー、こっちこっちー!」
ディアボロが足元で鳴り喚いている音楽プレイヤーに気を取られ、前足で踏みしだいた隙に近接した金鞍は、サイドからトンファーで殴りつける。彼は戦闘訓練を目的としており、今がその目的を果たす好機と判断したのだ。だが、甲羅に弾かれ怯ませることすら出来ない。かわりに長い尻尾で払い飛ばされ、洞窟の壁へと強く叩きつけられて、全身の骨が軋むような感覚を味わう事になる。
「こ、こりゃ、耐えられてあと一発ってとこだな」
口の端から血を流しながら、改めてディアボロの強力さを実感した。
だが、ディアボロの注意を引き付けることには成功したようだ。
金鞍が手負いとみるや、標的を切り替えてきたのだ。
「……来たか、では手筈通り囮といこう。追いつかれるなよ」
リョウはそう言うと、苦無の射程までディアボロに近づくと、その顔めがけて投げつけた。
ディアボロの移動速度は、予想していたより早く、付かず離れずの距離を保つのが大変だった。
囮班がディアボロを牽引しながら、進入してきた経路をへ戻ると、酒々井はブロンズシールドを構えながら殿となってゆっくり後退する。
何度か爪や牙の攻撃を盾で防いだが、そのどれもが重く、盾を持つ腕ごと引きちぎられるのでは無いかという気すらした。
ただ逃げているだけという分けにもいかず、中部屋ごとにディアボロの注意を引き付け続けるために少しだけ攻勢に転じ、その度に生傷が増えていった。
大部屋からディアボロが居なくなったのを確認した雪ノ下は、持ってきたペンライトで室内を照らし、薬草が群生している場所を探る。
「あれだ! ぉおっ!」
薬草の群生場所を発見したのとほぼ同時に、蟲型がペンライトを持った雪ノ下へ体当たりをしてきた。
この部屋に蟲型が居なかったのではなく、大型ディアボロがいたから大人しくしていただけのようだ。ここの蟲は、他の部屋より大きく数も多く。
「いやぁああっ!!」
悲鳴を上げる高峰。
「私たちが蟲の相手をしている隙に、真奈ちゃんが薬草を採ってきて!」
「む、無理ですって!」
「高峰さん、早く!」
「お前しか居ないんだ、元短距離選手で脚に自信あるんだろ!?」
一斉に襲い掛かってくる蟲型たちから高峰を守りながら、必死に彼女の勇気を奮い立たせる。
(怖い、なまら怖いけど、ここで頑張らなきゃみんなが……、頑張れ、真奈っ!!)
高峰は、心の中で自分自身に向かい、必死に激を飛ばした。
「うぁああああっっ!!」
薬草へ向かって全速力で掛け抜け、根ごと引き抜くと、それを胸に抱え、悲鳴を上げながらロッドを振り回しながら戻ってくる。
「採った、採ったよ!」
涙目を浮かべながら、必死にアピールする。
「良くやった。よし、全速力で逃げるぞっ!」
雪ノ下がそう言うと、四人は全力で逃げ出した。
「はぁ、はぁ、ナイスだったよ、真奈ちゃん」
息を切らせ、サムズアップしながら天谷が言った。
薬草回収班は、三叉の分岐点まで戻ってきた。蟲型たちは、ここまで追っては来ない。
「俺が伝令に走る」
高野は、そう言い残すと囮班がいる中央の通路を駆けていく。
リョウたち囮班は、意外と近くまで後退してきていた。
「薬草は回収しました。早く脱出しよう」
「よし、撤退だ」
高野の報告を聞いたリョウは、そう言うと撤退を開始する。
殿をつとめていた酒々井も、全員が十分に離れたのを確認してから全力で撤退をはじめた。
●戦う意味
囮班を担っていた五人は、みな傷だらけだった。だが、重症を負ったものは一人もおらず、酒々井、天谷、高峰が回復スクロールの力を解放して傷を癒していく。
「皆が力を合わせて連携すれば、技量が覚束無くても成功するんだよ」
酒々井は物見の治療を行いながら、横で金鞍の治療を行っている高峰に声をかけた。
「なんか、全然役に立てて無くてゴメンなさい」
申し分けなさそうに高峰が言うと、
「そんな事ないですよ。怪我の治療とかは、高峰さんのようなアストラルヴァンガードにしか出来ないんですから」
彼女から治療を受けていた金鞍が励ましの言葉をかけた。
「高峰さん、人生諦めが肝心だ。戦いたくないのは誰も同じ。そこをどう諦めるかだと思う」
そう声を掛けてきたのは、チーム最年少の高野。
「誰かの為、好きな人や友達。家族や他人の為、自分の為、目標や復讐、自分を確かめる為……戦う理由は人による。何の為になら戦えるかを考えて貰いたいな。まあ、それでも戦いたくないなら諦めるしかない。無理やり戦わせたって、士気に関わるからね。それに人は人。人の決めた事に文句は言わないけど、責任は持って貰う」
一言一言をゆっくり、だが強くはっきりとした口調で続けた。
「何の為になら戦えるか……か」
高峰は、年下の男の子から言われたその言葉を口の中で唱え、意味を噛みしめる。
「いつの日か、撃退士になって良かったと思える日がくると良いね」
にこりと微笑み、酒々井は高峰に言った。
「はい、どこまでやれる分からないけど、私、頑張ってみます!」
「高峰さん、おつかれ〜。天谷先輩から聞いたよ。殺到する蟲型の中を全力で駆け抜けて薬草を採ったんだってね」
天谷から治療を受けている土方が、にこやかに手を振りながら高峰を激励する。
「いや、私はただ夢中で……」
「高峰さんが素早く薬草を採集してくれたから、自分たちは大した怪我もなく済んだのです。そこでもたついて、撤退がもっと遅れていたら、自分たちはどうなっていたか分かりませんからね」
頬をぽりぽり掻きながら照れる高峰に、物見も声をかけた。
「高峰のやつ、良い面構えになったじゃないか」
遠野は、そのやり取りを眺めてそう呟いた。
「お疲れ様」
訓練が終わって解散する間際、リョウがこっそり高峰に声をかける。
「……もし高峰にその気があるなら、旅団【カラード】を訪ねてこい。君にとりあえずの戦う理由と、共に歩む仲間を紹介しよう」
高峰がきょとんとした表情を浮かべていると、リョウは更に続けた。
「俺は旅団【カラード】の旅団長をやっている。学園にまだ『染まっていない』高峰だからこそ歓迎しよう」
そう言い残すと、彼女の返答を待たずに去っていった。