●上陸
高峰は漁船の仲間を詰め込んだ建物の前で、愛刀をふるって孤軍奮闘していた。
地面には半魚人たちの死体が数体転がっている。
半魚人たちの実力は高峰をしのぐほどではないが、余裕で倒せるというほど弱くもない。
今のところは何とか対処できているが、倒しても倒しても新たな敵が現れる。敵の処理もだんだんと追いつかなくなってきた。
高峰も無傷というわけにはいかず、確実に体力を奪われ始めていた。
幸い、敵は高峰の排除を最優先に行動しているようで、建物のなかにいる仲間に危害を加える素振りはない。
魂か感情か知らないが、支配領域内の吸収対象を無闇に殺すつもりはないのだろう。
だが、もしここで高峰が倒され、彼らをゲート内へと連れ込まれなどしたら、彼らは一瞬のうちに命を失ってしまう。
「このままではジリ貧だ……早く来てくれ……っ!」
高峰は4体目の半魚人を斬り伏せ、そうつぶやいた。
真奈の父たちが待つ島へと向かう船上で、真奈はそわそわと落ち着かない素振りを見せていた。
「先生! もっとスピード出ないの!?」
「無茶言うな。これでも全速力だ!」
遠野に軽くあしらわれる真奈。
仮にも漁師の娘だ。いま自分が乗っている船の最高速度がどれくらいなのかは、何となくだが分かるし、これ以上スピードが出ないだろうことも理解している。
だが、じっとしていられない。何か話していないと落ち着かないのだ。
そんな真奈の様子が気になって、何か話しかけようと思う若菜 白兎(
ja2109)だったが、どんな言葉をかけたら良いのか思いつかず、すがるような視線を犬乃 さんぽ(
ja1272)に向けた。
若菜の視線を受けた犬乃は、真奈の精神的な支えになるんだという強い決意をぎゅっと握り締めて彼女に歩み寄る。
「落ち着いて真奈ちゃん……」
「落ち着いていられるわけないべさ!」
真奈に気圧され、一瞬怯みかける犬乃だったが、すぐに気を取り直して言葉を続ける。
「お父さん達助ける為にも、今焦りは禁物だよ」
犬乃は、いつになく真剣な瞳で真奈をじっと見つめた。
「犬乃の言うとおりだぞ、高峰。気持ちは分からんでもないが、お前がここでいくら焦ったところで、状況は何も変わらん」
遠野も犬乃を援護する。
「それは……分かってるけど……」
頭では理解できていても、どうしようもないことはある。
そんな真奈の様子を、レグルス・グラウシード(
ja8064)は少し冷淡な表情で眺めていた。
――お父さんってきっと、大切なんだろうね。 あんなに、誰の言うことも聞かなくなるくらいに……。
レグルスの父は、彼が生まれて間もない頃に事故で亡くなっている。
父の記憶が無いレグルスにとって、父親に対する感情というものは自分の中に無いものなので理解できないのだ。
「父親か……俺は父親を知らないから君の気持ちがわからないけど、仲間の為にも死力を尽くすよ」と夜神 蓮(
jb2602)。
彼は、幼いころに両親に連れられて人間界へ逃亡してきた悪魔だ。
夜神の両親は、追っ手を払うために彼を山奥で暮らす人間の老夫婦にあずけたあとどこかへ飛び去ってしまい、それきり会っていない。
まだ幼かったこともあって、夜神には両親の記憶は残っていなかった。
「冷静さを欠くことは危険です」
マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は淡々と、まるで機械のような口調で諭す。
一見、冷徹に聞こえるが、それは徹底した自己客観視の所以である。
不安から暴走を起こしかけ、完全に冷静さを欠いている真奈の頭を冷やすには必要な言葉だろう。
「そういう事だ。ねこかふぇでの高峰殿は、もっと落ち着きのある娘だっただろう」
真菜と同じ【ねこかふぇ】に所属している神凪 宗(
ja0435)は、クラブ内での彼女の印象を口にした。
そんなやりとりをよそに、姫路 ほむら(
ja5415)は別のことを考えていた。
――1名は吸収が始まってない……撃退士混ざってたのかな? その人が連絡を?
ゲートの結界内でも魂を吸収されずに連絡を入れてきた人物がいるということは、アウルに目覚めている人間がいるということだ。
「でも――」
武田 美月(
ja4394)がおもむろに口をひらく。
「でも、なーんで無人島にゲートがあんだろ?」
素朴な疑問だった。
「あれかな、アホウドリの感情目当てに、とか!」
ぴっと人差し指を立てている武田に全員からの「それは無いだろ」という視線が注がれる。
「だ、だよね〜」
あははと笑って誤魔化す武田。
「あの島はグアム方面へ向かう航路上にあり、その他にもアホウドリを観察するために大型の客船が周遊することもよくある場所だ。そういう人間を狙ったのかも知れんな」
遠野の真顔での解説が彼女をさらに恥ずかしい気持ちへと追い込んだ。
「見えてきました」
神棟星嵐(
jb1397)が指差す先、水平線の向こう側からドーム状の島が浮き上がってきた。
島は次第に視界に広がって、遠景からでは分からなかった島の全容が明らかになっていく。
背の高い樹木は存在せず、島の一部に黒松が植樹されている以外は草本類が生育している程度だ。それも救助を待っている漁師たちがいるであろう朽ちた観測所あと周辺だけで、島のほとんどは土砂や溶岩、火山灰が固まっただけの荒れた地面が広がっているだけだった。
遠野は島の500m手前くらいで船を止めてアンカーをおろす。
島の周囲には暗礁が多く、あまり接近しすぎると座礁してしまう危険性があるからだ。
「ここからはゴムボートに乗り換えてもらうことになる」
後部デッキに積み込まれたそれを指して遠野がいった。
「自分と犬乃殿は水上歩行で先行するが――」
「私も……同行させてほしいの」
神凪の言葉を聞いて若菜が即座に申しです。
「俺もいく。俺は自前の翼があるから平気だ。1人でも頭数は多いほうがいいだろう?」
そう言うと夜神の背中には、漆黒の翼があらわれた。
「わ、私も……っ!」
「うん。一緒に行こうよ、真奈ちゃん」
犬乃は遅れて名乗り出た真奈の手を引き寄せ、そのままお姫様抱っこで抱きかかえた。
「犬乃さん、真奈姉さんを頼みますよ」
姫路は真奈を抱きかかえた犬乃に歩みよる。
「まかせて。真奈ちゃんには指一本触れさせないよ!」
力強く答える犬乃。
ふたりの男――一見するとどちらも美少女だが――は、互いの瞳をじっとみつめ、頷きあった。
先行隊の出撃後、姫路は事前に準備しておいたプリントをくばる。
「少しでも早く上陸できるように、効率的なボートの漕ぎ方を調べて印刷しておきました」
少しでも速度を上げて、1秒でも早く上陸しようという彼なりの努力だ。
「ありがとう、ほむら君! 要点がまとまっていて、とっても分かりやすいよっ♪」
渡されたプリントに目を通した武田は、そう言って姫路をねぎらった。
●人命救助作戦
犬乃に抱かれた真奈の視線は、ずっと島のほうを向いたままだった。
犬乃の肩口を握る彼女の手にぎゅっと力がこもっているのが伝わってくる。
「大丈夫、絶対助けて見せる……ボクを信じて」
真奈を抱く犬乃の腕にも力がこもる。
一瞬、はっとして犬乃の顔を見つめる真奈だったが、「うん」と小さく頷き、再び視線を島へと戻した。
島に近づくと、座礁した漁船が岩の陰から姿をあらわす。
夜神は低空飛行で漁船に近づき、船内に取り残された人がいないかを確認した。
ハンドサインで無人を知らせる夜神。
それを見た神凪と犬乃は、漁船を素通りして島への上陸を試みた。
「犬乃殿」
神凪の視線の先には、ブリーフィングで説明があったものと思われる建物が見えた。
横長の建物は、屋根のほとんどが消失しており、白いコンクリートの壁は所々が崩れ落ちている。
建物としての体裁を保っているのは棟の中央だけで、漁師たちもそこにいるのだろうという予測がたてられた。
そして、風にのって運ばれてくる剣戟音で、誰かが戦っているのだということが分かる。
「離して、さんぽ君!」
もがき、腕を振りほどく真奈。
「真奈ちゃん!!」
犬乃の静止も聞かず、建物のほうへと走り去っていった。
「自分らも行くぞ」
神凪が即座に追い、皆がそれに続く。
岸から建物までは数百メートルのやや勾配がきつい斜面が続く。撃退士の足なら全力で走れば数十秒で着く距離だ。
真奈との距離が徐々に詰まる。
建物の全容も次第にはっきりしていき、敵をひきつけるように建物から少し離れたところで交戦中の男の人影も見えてきた。敵の数は3体。
他にも数体、敵の死体が転がっているのが見てとれた。
真奈はまっすぐ建物のほうへと向かっている。
「お父さーん!」
真奈が叫びながら走った。
その声に反応した半魚人を男が叩き斬る。
だが、その直後、別の半魚人が、手にした得物で鋭い突きをはなった。
トライデントの穂先が男のわき腹をとらえ、そこから鮮血が散る。
致命傷には至らなかったようだが、それまで蓄積しているダメージのせいで、男は既に立っているのがやっとの状態だ。
「犬乃殿!」
「うん、わかってるっ!」
神凪と犬乃はお互いにアイコンタクトを送ると、それぞれ別の半魚人に対峙した。
「お前達の相手は、ボクだっ!」
後光の如く犬乃を背後から照らす光は、アウルが見せる幻か。
半魚人の1匹が犬乃に釘付けになった。
神凪も犬乃と同様のスキルで半魚人1匹の注意を引きつけ、若菜はその隙に男のもとへと駆け寄った。
「とりあえず、こちらへ退避してほしいの」
「ああ……すまんな。助かった」
若菜は足を引きずって歩く男の手を引き、歩調を合わせて真奈が駆け込んだ建物の中へと急いだ。
「お父さんが!」
建物の入口まで辿り着くと、慌てた表情で真奈が勢い良く飛び出してくる
「お父さんが居な……い……?」
「おお、真奈」
「…………」
しばし流れる気まずい沈黙。
「えっと……あの……このおじさんが高峰先輩のお父さん……なの?」
間に挟まれ、困惑する若菜。
真奈の父が撃退士だという話は聞いていない。というか、真奈の様子を見る限り、彼女も知らなかったようだ。
「ごめん、ちょっと整理させて……」
真奈は眉間に手を当てて思考をめぐらせる。
「高峰先輩、とりあえず後にしてほしいの。今は手を動かすべき時なの!」
「は、はいっ!」
若菜に叱咤され、真奈はおもわず肩をびくつかせた。。
他の船員たちを、事前に使用しておいた現世への定着の効果範囲内に早く置きたいからだ。
いっぽう、神凪、犬乃、夜神は半魚人の対応に追われていた。
半魚人の強さは、神凪と犬乃にとってはさほど脅威ではない。
冷静に対処すれば、よほどのラッキーヒットでもない限りは攻撃も当たらないだろう。
だが、それは単純な戦闘においてのみに言えることであって、何かを守りながらという条件が付加されると決定的に破壊力不足だった。
1体を倒しきる前に新たな敵が現れる。
増援には夜神が対応するが、彼には他のふたりほど余裕はない。
「くそっ、負けてられるか!」
ふたりに負けじと夜神が振るった大剣は、半魚人の胴をしっかりととらえる。
豪快に振り下ろされた切っ先は、敵の身体を袈裟に両断した。
経験で神凪と犬乃におくれをとる夜神だが、単純な破壊力はふたりを凌駕している。
夜神は息をつく間もなく次の半魚人の対応に追われた。
横から突きたてられた槍を避けきれず、右の二の腕を抉られる。
「くっ!」
反撃の一閃は空を斬った。
「僕の力よ……人々の傷を癒す、光になれッ!」
力ある言葉と共に夜神の傷が癒えていく。
見るとそこには後発隊の面々。
言葉の主はレグルスだ。
「お待たせーっ!」
槍を構えた武田が明るく叫ぶ。
「皆さんが退避するまでに片付けるのがベストですね。とりあえず、こいつらを殲滅致しましょう!」
護符を手に臨戦態勢をとる神棟。
「敵を殲滅します」
淡々と言い放ったマキナの瞳は黄金に輝き、ナックルを嵌めた右腕からは黒焔のごとき闘気が揺らめいている。
マキナは、この半魚人たちに見覚えがあった。
昨年、東京湾で貨物船を襲っていたのも、ここにいる半魚人たちと同じような姿をしていた記憶がある。
そして、一斉に交戦状態に入った。
「真奈姉さんたちは!?」と姫路。
形勢有利と判断し、救助班の応援に回ろうと判断したのだ。
「その建物の中だ」
神凪は答えると同時に半魚人の首を斬り飛ばす。
「ありがとうございます」
短く礼を告げ、姫路は建物内へと直行した。
建物の中では、真奈が救助者1人の治療を行ってるほかは、みな若菜の周囲に集められていた。
怪我らしい怪我をしているのは真奈に治療されている男のみのようだ。
男の手には刀が握られており、姫路の予想が当たっていたことを物語っている。
「やっぱり、乗組員の中に撃退士の方が居たんですね」
「元……だけどな」
『元?』
姫路と真奈の声が重なった。
「真奈が赤ん坊の頃に引退したからな」
「なんで今まで隠してたの!?」
「べつに隠しちゃいない。わざわざ言う必要もないようなことだろ?」
「そ、そうだけど……そうかもしれないけど、やっぱり納得いかない!」
ふたりのやりとりを見て、姫路はしばし思考をめぐらせた。
「つまり……その人は真奈姉さんのお父様……?」
「そうみたいなの」
口論(?)を続けるふたりの代わりに答えたのは若菜だ。
「しかし、まさかこういう形で娘に助けられる日がくるとは思わなかったな」
真奈の台詞を全て受け流した高峰は、先ほどまで瀕死の重傷を負っていたとは思えないほどいけしゃあしゃあと言い放つ。
そんなやり取りをしていると、神棟が声をかけてきた。。
「急いで移動してください。周囲はあらかた片付きましたが、まだ複数の敵がこちらに接近中のようです」
周囲は見通しが良く、遠くの方から人影のようなものがゆっくり近づいてきているのが見える。
「おい、真奈。お前、アストラルヴァンガードなんだろ? 急いで彼の治療をしてやらないか!」
父に言われ、神棟の腕の深い傷に気付いて慌てて駆け寄る。
「ご、ごめんなさい、気付かなくって」
謝りながら神棟の傷を癒す真奈。ふと、犬乃が居ないことに気付く。
「あれ、さんぽ君は?」
ちなみに姿が見えないのは犬乃だけではない。ほかにマキナ、神凪、夜神が不在だ。
真っ先に犬乃が居ないことに気付いたのは、無意識に彼の姿を探したからだろう。
「さんぽくん『たち』なら、ゲートを探すために斥候に出たよ」
武田は、意味深なニヤニヤ顔であえて『たち』の部分を強調する。
赤面しながら慌てて取り繕う真奈。
高峰は、その様子をまるで遠くの方を眺めているような表情で見ていた。
「それよりも急ぎましょう。今なら敵と交戦せずに退避することが可能です」
レグルスは、移動を急かした。
「僕の力よ……人々の心を護る、防壁になれッ!」
現世への定着を使用し、救助者ふたりを担ぎ上げる。
レグルスと若菜を中心に移動をすれば、救助者が命を吸い取られるのをふせぐことができる。
救助者は10名、動ける人数は高峰親子を入れて7名。レグルス、神胸、高峰がそれぞれ2名かつぎ、あとのメンバーは1名ずつを受け持ってゴムボートへと急いだ。
●ゲート破壊作戦
マキナ、神凪、犬乃、夜神は、3方向に分かれてゲートの捜索にあたっていた。
マキナは島の北東方面を担当、神凪と夜神が島の中央にある火山方面に向かい、犬乃は南東方面の捜索にあたる。
植物が生えているのは救助者がたてこもっていた廃墟周辺のみで、そこにはアホウドリを呼び寄せるためのデコイが多数設置されていたが、肝心のアホウドリは1羽も姿が見えない。
死体がないところをみると、野生の勘でも働いて、早々に島を退避したのだろう。
いずれにしても、絶滅危惧種に被害が出てないの喜ばしいことだ。
それ以外はごつごつとした岩がむき出しの荒地が広がっていた。
「こちら姫路。救助者をボートに乗せました。これより移送を開始します」
事前に人数分用意してもらった光信機に、救出班からの報告が飛び込んでくる。
「こちら神凪、了解。ゲートは未だ発見できず、だ」
通信を終え、神凪は山頂を見上げた。
廃墟から内陸に向かうにつれ、傾斜はどんどんと急になっている。
なるべく交戦は避けたかったのだが、ろくな遮蔽物もないせいで既に何度か敵に見つかって刃を交えるはめになっていた。
「絶対に火口が怪しいと思ったんだけどな」
頭を掻く夜神。
「ほかはどうだ?」
光信機に向かって呼びかけてみた。
「こちらも発見には至らずです」
そう答えたのはマキナだ。
彼女も何度か敵と交戦しており、決して浅くは無い傷を負っていた。
ここの敵は、厄介なことに常に2〜3体で行動している。
相手が1体なら、マキナにとって取るに足らない相手だ。だが、複数同時となると、その力は侮れない。
さいわい、マキナの攻撃を2発以上耐えられる半魚人は居ないこともあって、今のところは事なきを得ている。
「こちら犬乃。ボクの前方にドーム状に隆起した……溶岩ドームかな? が見えるから、ちょっと確認してみるね」
ゲートの捜索は続く。
「お父様にお願いがあるんですが」
遠野が待つ船に着くなり、姫路が口を開いた。
「ここで待機していてもらえないでしょうか?」
「そうだな。一線退いた身だしな。お言葉に甘えようか」
戦闘による傷は真奈のライトヒールでほぼ癒えたが、疲労までは回復しない。
高峰は姫路の言葉に従うことにした。
「それから、真奈姉さん。現世への定着は習得済み?」
「い、一応……」
「なら、お父様と船で皆を守って欲しいな」
姫路はすがるような上目遣いで、真奈の顔を覗き込むように嘆願する。
「大切な男の妹の頼みなら、私、全力でがんばるよ!」
真奈の鼻から萌えるような熱い想いがほとばしる。
「ライトヒール、いりますか?」
「いや、怪我じゃないから大丈夫」
レグルスに訊かれ、真奈はポケットティッシュを鼻に詰め込みながら答えた。
「遠野先生……船を支配領域外に退避させてててほしいの」
「分かった。お前たちが再出撃したあと、速やかに退避しよう。帰還時は光信機で連絡してくれ」
念には念をという言葉もある。遠野は若菜の要請を受け入れることにした。
そんなやり取りをしていると、光信機に犬乃からの通信が入る。
「こちら犬乃。島の南東、溶岩ドームの亀裂の中にゲート見つけたよ!」
「こちら遠野だ。皆と合流するまで突入はするな!」
「了解です。なるだけ敵との交戦を避けて待機します」
「遠野より各位、聞いての通りだ。各自、速やかに犬乃と合流しろ」
光信機で斥候班に指示を出すと、救出班に向き直った。
「お前らも速やかに移動を開始しろ」
そして、救出班は再び島への上陸を開始した。
「ここだよ!」
犬乃が手招きをしている。
最後に合流したのは、一番遠くにいた救出班だった。
ほとんどの者が、これまでの戦闘で生命力を著しく消耗している。
若菜、姫路は、上位スキルへと切り替える前にライトヒールで負傷者の治療にあたった。
「ここが正念場です。気を引き締めていきましょう」
岩の割れ目に覗く異界の入口を見つめ、レグルスは真剣な表情で言った。
「行きましょう」
マキナは淡々と、一言だけ言ってゲートの中へと入っていく。
マキナに続いて次々の突入していく撃退士たち。
外観のごつごつとした岩場と違って、ゲート内部はまるで何か生き物の体内のようだった。
不意に襲ってくる脱力感。
「うわっ、だるーい!」
武田が思わず声をあげる。
手足が重く、まるで全身から精気が零れ落ちているような感覚だ。
だが、夜神だけが仲間たちと違って言い知れない懐かしさのようなものを感じていた。
――何だ、この感じは。
その感情に戸惑いを覚える夜神。それと同時に頭をよぎる二文字の言葉。
――魔界。
魔界の記憶など微塵も残っては居ない。だが、悪魔として生まれた彼の潜在意識が無意識に懐かしさを覚えたのかもしれない。
「恐らくここは、天界側のゲートではないな」
夜神は心の中の動揺を押さえつけ、できる限り冷静な口調で告げた。
「何にしても、先に進まないことには話にならん。行くぞ」
歩き出す神凪。
ゲートによっては、大迷宮のような構造のものもあるらしいが、果たしてここのゲートはどうだろうか。
ゲート内の通路は、まるで大腸のようにくねくねと曲がりくねっていた。
もし、本当に大腸の中を歩いたら、こんな感じなのかも知れない。
やがて、曲がり道も終わり、ゲートの最深部であるだだっ広い広間へと出た。
そして、そこで待ち構えていたものは、漆黒の鱗が全身を覆う、体長5mはあろうかというドラゴンだった。
その後方には、光の球がゆらゆらと浮かんでいる。
「まだ、これほどの敵が居ましたか。なんとかコアへ辿り着かないといけませんね」
魔竜が放つ威圧感がピリピリと肌を刺激する。
この環境でまともに戦って勝てるだろうか。
魔竜がグルルと唸り声をあげると、その口の端からは火の粉が舞い散った。
「あれを何とかしないとだねっ!」
武田の指の先にあるのはゲートのコアだ。
「そっちは任せましたよ!」
姫路が動く。
マキナ、神凪、犬乃、若菜、夜神がそれに続く。
魔竜もゆっくりと行動を開始した。
首をもたげ、ドラゴンの口元に熱気が集中しはじめる。
それを見てとった姫路は、盾を前面に掲げてドラゴンに接近した。
「前は、これで軌道を変えることが出来たんだ!」
その直後、魔竜の口から吐き出される激しい炎。
炎のブレスは姫路の盾によってふたつに裂ける。
だが、防ぎきれなかった炎がだんだんと姫路に迫り、やがて姫路は紅蓮の炎に包まれた。
「ぐわあああぁぁぁ!!」
魔の力を帯びた炎が聖の属性を持つ姫路の肉体を焼く。
「姫路殿、下がれ!」
神凪は魔竜の側面に回りこみ、渾身の力でエネルギーブレードを叩き込む。
眩く発光する刀身は硬い魔竜の鱗を斬り裂くが、さほど効いてるようには見えない。
闇の翼で舞い上がった夜神は、魔竜の意識が神凪に向いていると見て取るや、大剣を構えて魔竜の頭上で翼を解除した。
落下速度が上乗せされた大剣の切っ先は魔竜の右肩をとらえ、硬い鱗をえぐる。
だが、軽やかに着地した夜神を魔竜の尻尾が襲った。
「がはぁっ!」
まるで巨大な鞭のように薙ぎ払われ、夜神は派手に吹っ飛ばされる。
再び魔竜の口に熱気が集まりだす。
「いけないの!」
盾を緊急展開させ、魔竜のブレスに備える若菜。
次の瞬間吐き出されたブレスは、若菜を含む数人を巻き込んだ。
炎に焼かれながらも、マキナは表情を変えず淡々と戦う。
義腕にアウルを集中させ、それを魔竜に叩きつける。
すると、魔竜を中心に幾多の方向から黒焔の鎖が現れ動きを封じ込める。
「今のうちにコアを」
マキナは抑揚のない淡々とした口調で指示を飛ばす。
「わかりました。迂回してコア破壊に向います」
神棟が即座に動き、武田、レグルスもそれに続く。
その時、広間に新たな敵があらわれた。
外にいた半魚人が3体、ゲート内へ増援として戻ってきたのだ。
「こっちはボクが何とかするよ!」
犬乃はそう叫ぶと、現れた増援と対峙した。
神凪は動きを封じられたドラゴンの側面から身体に飛び乗り、そのまま頭部へと駆けのぼる。
そして闇を纏った斬撃を連続で素早く叩き込んだ。
硬い外皮を叩き割られ、どす黒い血を噴き散らす魔竜。
若菜と戦線復帰した姫路は必死に仲間の治療を行うが、なかなか回復がおいつかない。
一方、増援の対応をしていた犬乃は、思わぬ苦戦を強いられていた。
ゲート内では体が思うように動かない。そのうえ、防御力も低下している。
そのせいで攻撃を回避しきれないことがあり、徐々にダメージを蓄積させていた。
そうしているうちに魔竜が焔鎖の束縛から解放される。
束縛から開放された瞬間、魔竜は尻尾を振り回し、まとわりついていた撃退士たちを薙ぎ払い、更に追い討ちをかけるように炎のブレスで追撃をかける。
「…………っ!」
傷ついていく仲間を見て、マキナは最悪コア破壊を見送り、速やかに撤退することも視野に入れ始めていた。
そんな中、コア破壊に回っていた武田、レグルス、神棟の3名は、上手く魔竜の迂回に成功し、コア攻撃のベストポジションに陣取っていた。
神棟は見えない闇の矢を作り出し、コアに向かって高速で放った。
「いっけぇえっ!!」
武田の銃から放たれた銀の焔がコアに亀裂を生じさせる。
「ボクの力よ……人々に仇なす魔を討つ刃となれッ!」
レグルスが放った聖なる槍は、コアを穿ち破砕した。
その瞬間、ゲートは機能を停止する。
撃退士たちに掛けられていた負荷も消え、外と変わらない行動が可能になった。
「これならいける!」
犬乃は力が漲ってくるような感覚を覚える。
「降り注げヨーヨー達!」
アウルで作られたヨーヨーを天高く放り投げる犬乃。
放られたヨーヨーは空中で無数に分裂し、彼を囲っていた半魚人たちに降りそそいだ。
ヨーヨーに全身を貫かれた半魚人たちは、一瞬にして物言わぬ肉塊と化す。
魔竜もまた、力を取り戻した撃退士たちから一斉に集中攻撃を浴びた。
かなりのダメージが蓄積されたはずだが、それでも怯まず尻尾をふるい、ブレスを吐き出して反撃をしてくる魔竜。
炎を突き破り、金色の焔を纏ったマキナが魔竜に迫る。
そして、漆黒の焔を纏った拳を魔竜の眉間に叩き込んだ。
魔竜の頭蓋を砕き、脳髄をすり潰す。
断末魔の咆哮のあと、その巨体がぐらりとゆれ、そのまま崩れるように倒れ付した。
魔竜に終焉を与えたマキナもまた、その場に膝をつき荒い息をする。
絶命し、ピクリとも動かなくなった魔竜に、一同は歓喜の声を上げた。
●エピローグ
船に戻ると、全身傷だらけの犬乃を見て、真奈が慌てて駆け寄るというシーンがあり、そのせいでしばらく皆から冷やかされた。
その後、撃退士たちは思い思いの休息を取っていた。
癒しのスキルが残っていないため、全身に受けた傷はそのままだ。
「君が犬乃君か?」
高峰が犬乃に近づき、笑顔で話しかける。
「はい! は、はじめまして、お父さん、ボク、犬乃さんぽって言います。学校では真奈ちゃんにお世話になってます」
ペコリと頭をさげる犬乃。
緊張のあまり『真奈ちゃんの』を付け忘れていることに気付いていない。
「君の父親になった覚えはない」
「はわわ……」
「という冗談はさておき……」
高峰の顔から笑みが消える。
「うちの娘の事が好きなのか?」
突然のど直球。犬乃はうろたえた。
高峰はそれを肯定と受け取る。
「ふむ、まあ、良いだろう。どうやら真奈も君の事が好きらしい。俺は君を認めよう。ただし……」
犬乃は生唾を飲み込んだ。
「しっかりと男のケジメをつけたら、だ。いつまでも宙ぶらりんな状態を続けるのであれば、俺は君を認めない」
慌てる犬乃を見て、高峰はふっと笑みを湛えた。
「ま、うちの娘を頼んだよ」
漁船の乗組員たちは都内の病院に入院して回復を待つことになった。
魂が吸引された期間が短かかったので、すぐに回復することだろう。
高峰は先に北海道へと帰った。
学園に戻った撃退士たちは【ねこかふぇ】に集まり、神凪が焼いたケーキで高峰生還の祝賀会を開いた。
真奈は武田から犬乃との関係について質問攻めにあい、しどろもどろになっている。
同じクラブのメンバーということもあり、質問に容赦がない。
苦しい戦いではあったが、ゲート破壊という大役をつとめあげた彼らは、その日の門限ギリギリまで【ねこかふぇ】で騒ぎ続けていた。