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「逃げてきた彼女を疑うわけじゃないけど、妙な点が多いわね……」
山林を移動中、東雲 桃華(
ja0319)は思案するそぶりを見せた。
今回の依頼、腑に落ちない点が多すぎる。
時間が許すのであればもう少し詳しい情報も聞き出したかったのだが、彼女を救った少年撃退士がひとりで天魔の相手をしているという話だ。
それが本当なのであれば、早く助けに向かわなければならない。
「偶然その場にいて助けに入った、というのは些かタイミングが良すぎる気もしますが……」
そう言ったのは、立花 雪宗(
ja2469)だった。
通報を入れた少女も怪しければ、それを助けた撃退士の少年というのも怪しい。
考えれば考えるほど、何が正しいのか分からなくなる。
「状況は悪くないはずなのに、妙に胸騒ぎがしますね」
立花の言葉に呼応するように雫(
ja1894)。
「今は考えても仕方ないですね……。抑えるにも限界があるでしょうし、急いで向かいましょう」
立花は小さく首をふり、今は少年を助けることだけ考えることにした。
「しかし……」
イアン・J・アルビス(
ja0084)はうなる。
「意図してか否か、どちらにせよ面倒なところへ行ってくれたものですね」
少年が天魔を抑えているのは洞窟だという話だ。
狭いところでは数の利が活かせない。
「撃退士の少年ですか……。応援を要請しているのに、大人数だと動き難い洞窟に誘い込んでいるのは気になりますね」
人差し指を頬にあて、小首をかしげる鑑夜 翠月(
jb0681)。
「何にせよ、ひとりで戦っているというのなら早く助けに行かないと」
龍崎海(
ja0565)の言うとおりだ。
「ひとりで天魔の足止めたぁ見上げた根性じゃねぇか。が、美味しいところを独り占めってなぁ気にくわねぇ。おすそ分けしてもらいにいくとすっか!」
千堂 騏(
ja8900)は、拳を左手の掌に打ちつけて気合を入れる。
「白狼って神々しさとイアツ感があってカッコいいよな」
狗月 暁良(
ja8545)の口の端が微かにあがる。
「炎と氷の白狼なんて、いかにも箔がつきそうな相手だしな」
「ま、敵である以上……俺がその喉元を喰い破らせて貰うけれどな」
これからまみえる強敵に胸躍らせるホットな千堂とは対照的に、いたってクールな狗月だった。
白狼が誘い込まれているという洞窟の入り口は無人だった。
「撃退士なら阻霊符はデフォ、そうでなくとも洞窟内外に戦闘痕ぐらいあるはず」
龍崎は、洞窟に戦闘の痕跡がないか入念にしらべる。
真新しい引っかき傷や獣の白い毛が残されており、この中に白狼がいるのは間違いなさそうなのだが、どうにも腑に落ちないのは何故だろう。
「入り口は私と雫が固めるわ。中は狭そうだし、敵が複数いることも考えられるから、じゅうぶん気をつけて」
東雲と雫は、洞窟の入り口で白狼が逃げ出したり、新手の敵が現れることへの警戒にあたることにした。
「では、分岐点で二手に分かれることにしましょう」
「だな。挟撃されて片方から炎、片方から氷。空洞内で阿鼻叫喚なんてシャレになんねーからな」
立花の言葉に千堂も同意する。
「不足の事態にそなて、あらかじめ合図等を決めておきませんか?」
そう言うのは鑑夜。洞窟内は携帯も圏外だ。そういう場所で互いの意思疎通方法を決めておくのは重要だ。
「しかし……お嬢チャンを助けた撃退士のヤツ、何でこんな戦り難いトコに敵を誘い込むかね?」
狗月は首をひねる。
「ここまで来たら、もう行くしかないでしょう。先頭は僕がいきますよ」
イアンは盾を展開して洞窟にのぞむ。
撃退士たちは合図の方法と意味を話し合ったあと、警戒しながら洞窟へと入っていった。
洞窟内は暗かった。
それぞれが持ち込んだ照明具で灯りを確保しながら先へとすすむ。
分岐点までは何事もなく到達することができた。
「ここから二手に分かれるわけですけど――」
魔法書を胸に抱きしめながら鑑夜。
ここまでの通路に戦闘の痕跡などないか注意しながら歩いてきた。
獣毛や足跡、壁面についた新しい傷跡はあった。だが、この胸にひっかかる違和感は何だろう。
「どうにも違和感が拭えません。情報も少ないですし気をつけましょうね」
だが、その違和感が何なのか上手く説明できず、 そう結ぶことにした。
洞窟の最深部。
2頭の巨狼が寝そべっていた。
巨狼は首をもたげ、鼻先を虚空に突き出し、通路から流れ込んでくる人間の匂いをかぎとる。
そして、ゆっくりと起き上がり、悠然とした足どりでそれぞれの通路へと歩き出した。
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「あんまシュミじゃねぇけど……」
狗月は盾を構えながら戦闘を歩いていた。
あのあと、龍崎、狗月、千堂の3人は右の通路を進んでいた。
狗月は白狼の目撃情報から、敵が口から炎や冷気を吐いてくるんじゃないかと警戒していた。
こんな閉所でそんな攻撃をされたらたまったものではない。
「しっかし、足止めしてるはずの奴の痕跡がねぇな」
白狼のものと思われる毛や爪あとは確認できるが、人間が戦ったような形跡が見当たらない。千堂はそれが解せなかった。
足止めしている少年は、無傷で戦っているのだろうか。だが、それにしては洞窟の奥は静かだ。それとも、もう倒されてしまっているのか。
「それに天魔も……なんでわざわざ炎と氷なんだ? どっちかだけだったら、俺らが数を誤認する可能性もあった訳で……」
千堂が考察をくりかえしていると、不意に周囲の気温が下がり始めた。
「来た」
龍崎が戦闘の狗月にアウルの鎧を纏わせるのと同時に、激しい冷気の濁流が押し迫ってきた。
3人は瞬く間に冷気に飲み込まれる。
「やっぱり、そうきやがったか」
狗月のブロンズシールドは、きんきんに冷やされ素肌に張り付いてきた。
龍崎は事前に決めてあったとおり、防犯ブザーのピンを抜いて会敵したことを他の仲間に知らせた。
防犯ブザーの音が聞こえてくる。
「あっちに白狼が現れたようですね」
そう言ったイアンは、通路の奥を見据えたままだ。
額から一筋の汗が流れおちる。
「やはり、敵は複数でしたね」
立花は銃を構えて敵の攻撃にそなえた。
「これが白狼ですか……」
自らの口の端から漏れ出る炎の光りで浮かび上がった、白狼の巨体を見据えて鑑夜。
ホイッスルを咥え、思いきり息を流しこむ。
それと同時に白狼は炎を吐きだした。
炎は濁流のごとく3人を飲みこむ。
だが、イアンが最前列に立って盾を展開したおかげで、炎が割れて後ろの2人へのダメージは少し軽減できた。
イアンはすぐにリジェネーションを使い、己の肉体を活性化させる。
「盾が倒れるとは笑い話にもなりませんから」
とはいえ、想定する最も厄介なパターンできたものだと、イアンは小さく舌打をした。
いや、敵からの挟撃を未然に防ぐことができたと考えるべきか。
とはいえ、右班は右班で対応してもらわなければならなくなったわけだ。
即座にクレイモアを展開したイアンは、立花と鑑夜の援護を受けながら白狼への距離をつめた。
時間をほんの少しだけ遡って、洞窟入り口で警戒にあたっている東雲と雫。
外部から敵が近づいてくるような気配はない。
「白狼型が相手だと嫌な予感しかしないのですが」
雫は以前戦った白狼型の天魔を思いだしていた。
今回も同じ白狼型の天魔だという。
あの時は伏兵がいた。今回も伏兵がいるのだろうか。
東雲もまた、この時間を使って撃退士の少年について考察していた。
そもそも、その撃退士は何者なのだろう。
白狼を引きつけるために、わざわざ逃げ場の無い洞窟を選んだのは不自然な気がしてならない。
入り口には戦闘の形跡らしきものはあるが……。
そんな事を考えていると、洞窟の奥から防犯ブザーの音が響いてくる。
防犯ブザーは右班が会敵した合図。
次いで、間を空けずにホイッスル。
どうやら左班も会敵したようだ。
「東雲さん」
「ええ、わかってるわ」
外からの増援は無さそうだと判断した東雲と雫は、洞窟内で戦っているメンバーに加勢すべく駆けだした。
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右班は少し押され気味だった。
白狼が氷のブレスを連続で吐きだせないようなのは、せめてもの救いだった。
それでも氷のブレスは定期的に吐きだされ、3人の生命力を着実に奪っている。
「吹っ飛べ!」
3度目のブレス攻撃のあと、白狼にできた一瞬の隙をついて懐へと素早くもぐり込んだ狗月は、掌にありったけのアウルを集中させて白狼へ叩き込んだ。
白狼の巨体が浮き上がり、数メートル後ろへ吹き飛ばされる。
そこへ千堂が飛び込み、白狼の身体めがけてパイルバンカーを突きたてた。
白い獣毛が赤く染まっていく。
だが、致命打にはいたらず、白狼に肩から噛み付かれ、そのまま咥えられて飛投げ飛ばされた。
血をまき散らしながら転がる千堂。
牙の痕から血が流れだす。
「ぐっ」
激痛に顔を歪ませる千堂。
すぐに龍崎が近づき、治療をほどこした。
「大丈夫?」
「ああ、助かったぜ」
龍崎が差しだした手は借りず、千堂は自力ですっくと立ち上がる。
「ちくしょう、ラチがあかねぇ!」
狗月は白狼の攻撃をかいくぐっては掌底をくらわすが、そのたびに押し戻されてしまう。
そんな狗月の身体も傷だらけだ。
戦線が崩壊せずに済んでいるのは、龍崎の適切な治療のおかげだ。
だが、それが出来るのもあとわずか。
既にヒール、ライトヒールともに使い切っていた。
「なんてタフな天魔なんだ」
また、龍崎自身も何度かブレスを浴びているため、無傷というわけではない。
かなの体力を削ったはずなのだが、白狼はまだまだ倒れそうには見えなかった。
「流石にやばいな。入り口待機組みに連絡を」
千堂がそう口にしかけたとき、
「その必要はありません!」
身の丈を超えるほどの大剣を手にした雫がかけつけた。
雫は千堂と狗月の横をすり抜け、白狼めがけて一気に距離をつめた。
白狼は氷のブレスで対抗する。
回避不能と判断した雫は、氷のブレスをまともにあびた。
だが、大剣で受けるように構えながらダメージに構わず接近を続け、白狼の懐へと潜り込んだところで大剣を振りぬいた。
切っ先は白狼の前足をとらえ、たやすく切断する。
白狼は前のめりに倒れこんだ。
瞳からは、まだ戦意が消えていない。
雫は大剣を振りかぶり、白狼の脳天目掛けて一気に振り下ろした。
頭蓋を叩き割られた白狼は、血と脳をぶちまけ絶命する。
「奥に撃退士の少年がいるかもしれません。先を急ぎましょう」
少年には聞きたいことが山ほどある。
雫は最深部へと向かうことにした。
一方、左班の戦線は停滞していた。
白狼の攻撃は、イアンの鉄壁ともいえる防御によって防がれ、被害が最小限に食い止められている。
だが、いまいち決定打に欠けるのだ。
「イアンさん、下がってください」
立花は、得物を銃から剣に持ち替えて声をかけた。
後退するイアンに追撃をかけようとした白狼は、目に見えない弾丸にはじかれ動きがとまる。
「援護に感謝します」
イアンにそう言われた鑑夜は、にっこりと微笑みをかえした。
イアンと入れ替わりで前衛に立った立花は、眩い光りを宿した剣で白狼を斬りつける。
「浅い……っ」
切っ先は白狼を捕らえたが、薄皮一枚といったところか。
白狼は怯むことなく飛びかかり、のしかかるように前足で立花を押さえつけた。
「しまっ……ぐあぁあ!」
はっとするのもつかの間、白狼の牙が肩にえぐりこんでくる。
「立花さんを離しなさい!」
叫ぶ鑑夜。
鑑夜が放った魔弾は白狼の顔にあたる。
「お前の相手は僕です」
鑑夜の魔弾を食らって立花を離した隙をつき、イアンは大剣をフルスイングで白狼に叩きつける。
白狼はたまらず飛び退いた。
牙から逃れた立花は後退し、呼吸を整えて体内の気の流れを制御した。
肩の傷が癒えていく。
「これではジリ貧ですね」
もはや剣魂は使えない。
それは、イアンのリジェネーションも同じだった。
牙の攻撃だけだったなら、こんなにも苦戦はしなかっただろう。
ブレスによる攻撃が、彼らをここまで苦しめた。
閉所での範囲攻撃は、回避が不能だったのだ。
そして、そろそろ次のブレスが来るタイミングだ。
白狼の口の端から炎の息が漏れだす。
そのとき、桃色の影が飛び込んでくる。
「加勢にきたわ!」
影の正体は、片刃の戦斧を手にした東雲だ。全身から闘気を放っている。
それと同時に吐き出される炎のブレス。
東雲は炎に飲まれるのも構わずそのまま突進した。
紅蓮の炎を穿つようにあらわれたそれは、漆黒の塊となって白狼の喉を切り裂いた。
切り裂かれた喉から血と炎が噴きだす。
断末魔の叫びをあげ、白狼はその巨体を大地にしずませた。
舞い落ちる黒い花弁が、戦闘の終結を告げる。
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撃退士たちは、最深部の空洞で合流することができた。
あの2体の白狼以外に天魔の姿はない。
「予想はしていたけど……」
と東雲。
「で、肝心の撃退士が居なくて白狼のみが大人しく……ってコトは、何かの意図が働いたヨカン?」
どうにも嵌められた感が否めず、狗月は気に入らない。
雫は少年に色々と聞きたいことがあったらしく、それが果たせず少々機嫌がわるい。
「彼は何者だったのでしょう」
「報酬を得られたかも知れないのに不明ってことは、学園外の堕天使やはぐれ悪魔とかだったのかも」
立花のつぶやきにたいし、龍崎は己の考察を口にしてみた。
「なあ、洞窟出るときは、胸張って出て行こうぜ」
提案する狗月。
嵌められっぱなしというのが気に食わず、せめて楽勝だったという空気だけでも作ってやろうというのだ。
結局、少年に関する手がかりは何も見つからなかった。
撃退士たちは、それ以上の捜索を諦めて学園へ戻ることにした。
洞窟を見下ろせる崖の上。
ヴァナルガンドは洞窟から出てくる撃退士たちを眺めていた。
「あの布陣を切り抜けたか」
ヴァナルガンドは嬉しそうな声をあげる。
「なぜ、狼の属性を揃えなかったのですか?」
キーヨの素朴な疑問だった。
属性を揃えておけば、撃退士が数を誤認していた可能性がある。
「その方が面白いからに決まってんだろ」
さも当然といわんばかりの口調だった。
「これはな、ゲームなんだよ。俺たちとあいつら撃退士どもとの、な」
つまり、彼にとって撃退士を追い詰めるのは、あくまで遊びの延長でしかないのだ。
「それにしてもあいつら、個は弱ぇくせに、集の力でよく戦いやがる」
うなるヴァナルガンド。
「俺の遊び相手としては合格だな」
嬉しそうなヴァナルガンドの表情を見つめながら、キーヨは複雑な想いにかられていた。