●それぞれの想い
猪狩 みなと(
ja0595)の苛立ちはピークに達していた。
「天魔を退治するのは撃退士の仕事だからいいとして、心中を止めるところまで依頼内容に入ってるっていうのはどうなんだろうねー?」
彼女の歯に衣着せぬ物言いに、両家の父親たちが言葉につまる。
「自分の子供が死のうって時にそのお守りを他人に丸投げした挙句、自分は安全な場所でオロオロしてればいいやみたいな態度でいるなんて、親としてどうなんだろうねー」
彼女自身、婚約者と死別しているので、ふたりの心中は何としても止めたいと思っている。だが、この親たちの確執が原因で、ふたりをそこまで追い詰めたということがどうしても赦せなく、空気も読まずに思わず本音が出てしまった。
そして、それは藤咲千尋(
ja8564)も同じだ。
「お子さんが大切なら、お子さんが誰かを想う気持ちも大切にして!! あなた方も想い合って結婚したんでしょ!?」
自分の子供より若い少女に叱責され、しゅんとなる父親たち。
「……やれやれ。現代版ロミジュリ、ってヤツか。早とちりで心中とかって結末は勘弁して貰いたい処だぜ」
小田切ルビィ(
ja0841)は結びの丘がある方角を眺めて、ため息混じりでつぶやき、
「死んで花実が咲くものかよ……」
と吐きすてた。
「とにかく、なんとしてもおふたりを救い出しましょう」
レイラ(
ja0365)は、「万が一の保険です」と言って母親たちにトランシーバーをわたす。
そして一向は、急ぎ山林へと向かった。
「過去にとらわれ過ぎるというのも考えものですね……」
山林を歩きながら、紅葉 公(
ja2931)はぽつりとつぶやいた。
それが自分の過去と重ね合わせて出た言葉なのかは分からない。
だが、少なくとも数百年も前の確執にとらわれ続けるのが馬鹿馬鹿しいという事だけは理解できる。
「来世なんていう不確なモノの為に死を選べるなら、生きてどうとでも出来ると僕は思うけれど……。人の心というものは本当に不思議だよ」
そういうアルティ・ノールハイム(
jb1628)には、15歳より前の記憶がない。
ただ、それを無理に取り戻そうという気持ちもない。
彼にとって大切なのは、過去でも来世でもなく、現在なのだから。
「……ほんの少し、誰かが誰かの想いを省みれば、そう、誰も苦しんだりしなかったのに……」
明日香 佳輪(
jb1494)は儚げにつぶやく。
今回のことは、両家の父親たちにとって良い教訓になっただろうと思いたい。
「……うまく……行くと……いいの……ですが……」
華成 希沙良(
ja7204)は今回の作戦を頭のなかで反芻した。
●連携vs連携
天魔たちは、すぐに姿を現した。
「さてと。敵さんのお出ましだね……S−01起動!」
アルティが握る筒状の機械が変形し、淡く発光する剣身があらわれる。
「予想はしてたけど……っ」
猪狩が舌打をした。
しっかりとした隊列を組んでいるあたりが小憎たらしい。
真っ先に行動を起こしたのは小田切だった。
「――人の恋路を邪魔する奴ぁ、馬に蹴られて何とやら……ってなッ!」
槍の天魔とその後ろに控えている棍の天魔を巻きこむかたちで黒光の衝撃波を放つ。
「こちらは大丈夫ですから早く先に進んでください!」
紅葉がレイラと明日香に戦場の離脱を促した。
「ここは任せました」
レイラが動く。
「……いざという時は、お願いね、サキノハカ?」
明日香は、虚空に向かってぶつぶつと呟き、自身の背後に飛竜を召喚した。
天魔たちも即座に戦闘態勢をとる。
後方に控える天魔が杖の先に魔力を収束させた。
収束された魔力は次第に熱をおび、天魔が杖を振り下ろすと同時に小田切に向けて放たれた。
「あぶないっ!」
紅葉がとっさに展開した魔法障壁が、火球の威力を軽減する。
「すまん」
紅葉のおかげで大したダメージにはならず、小田切は小さく礼を言った。
「……気持ち……程度……ですが……加護……を……」
華成がアウルの衣を解き放つ。
アウルの力によって生み出された透明なヴェールは、華成を中心に猪狩、小田切、アルティを包んみこんだ。
「助かるよ」
加護を受けたアルティが剣の天魔の前へと立ちはだかり、即座にスレイプニルの召喚をおこなう。
「来れ、天駆ける蒼炎――スレイプニル!」
彼の頭上に召喚された神馬の幼体は、いななきを上げると滑空しながら剣の天魔の背後へと降りたった。
「ほんとにやっかいで面倒な敵っ!」
猪狩は自身も槍の天魔に攻撃をしかけながら、棍の天魔がそれに向かってヒーリングをしているのを見て毒づく。
ヒーラーを何とかしなければ、無駄に戦闘が長引くだけだろう。
「相手も連携してきてますから……注意しないといけませんね……」
普段はおっとりしている紅葉の顔にも緊張の色があらわれる。
杖の天魔が離脱した2人に気付き、再び魔力を収束させはじめる。
「させないよ!」
藤咲が放った矢が、杖の天魔の肩に突きささった。
「2人のことは任せたよ!!」
次第に姿が小さくなっていくふたりの背中に自らの想いも託す。
攻撃のタイミングを逸した杖の天魔は、ターゲットを目の前に降り立った神馬に変えた。
収束した魔力の塊から稲妻がほとばしる。
稲妻が神馬の身体を抜けた。
「がぁ!?」
神馬が受けたダメージがそのままアルティに伝わる。
「……大丈夫……ですか……?」
銃で応戦しながら華成が問いかけた。
「なんとかね。まだ心配ないよ」
こちらが与えたダメージは、棍の天魔がことごとく治癒していく。
普段、連携をとりながら天魔と対峙する彼らだが、敵に連携をとられるとこれほど苦戦を要するものだとは知らなかった。
いや、知らなかったのではない、想像したくなかったというのが正しいだろう。
「私が横から回りこんでヒーラーを黙らせるから、敵の前衛を押さえてて」
猪狩が提案する。
「わかりました。それまでなんとか持ちこたえてみせます」
アルティが答える。
「……私も……出来る限り……サポート……します……」
華成の言葉は弱々しいが、目には決意の色が浮き出ている。
小田切は白と黒の光りを見にまとわせ、槍の天魔へ積極的な攻勢をかけた。
「……行け! 猪狩……!!」
それを合図に猪狩が動く。
その動きに槍の天魔が気付くが、小田切の攻勢が激しく対応ができない。
剣の天魔も神馬の攻撃を盾で防ぐのがやっとで棍の天魔のサポートにまわれない。
唯一フリーの杖持ち天魔だが、
「……邪魔……は……させません……」
「もう!! 豚さん達の相手してる場合じゃないんだよー!!」
華成と藤咲からの集中砲火のせいで、棍の天魔のカバーに回れるほどの余裕はなかった。
「少しでも敵の体力を削りませんとね」
紅葉は魔道書を広げ、己のアウルを雷へと変貌させる。
放たれた雷は、槍の天魔を越えて棍の天魔へと降りそそいだ。
棍の天魔の前に魔力の障壁が展開されるのが見える。
「なるべく急いで丘に向かいたいですが……やっぱりすんなりは通してくれそうにありませんね」
仲間の協力で完全に敵の視界から姿を消せた猪狩は、風下から棍の天魔へと回りこむ。
豚顔の天魔である以上、嗅覚も豚並みであろうと警戒してのことである。
「頼むぞ、猪狩……っ!」
小田切は、可能なかぎり槍の天魔と棍の天魔を巻き込むかたちで封砲をはなった。
ダメージは広範囲に拡散しておいたほうが、相手の回復も拡散できるからだ。
「華成さん、回復を!」
「……癒し……ます……ね……」
アルティの要請をうけ、ライトヒールで治療を行う華成。
アルティは、剣の天魔が神馬と対峙すれば自分が攻撃をし、自分のほうを向けば神馬に攻撃をさせた。
だが、神馬が受けたダメージは、そのままアルティへダイレクトにつたわる。
神馬が切られるとアルティの皮膚も裂け、焼かれるとアルティも火傷を負う。
神馬が剣の天魔と杖の天魔に挟まれるかたちになっている以上、他の仲間よりも攻撃にさらされる頻度が上がっているのと同じだ。
致命打にかける戦いがしばらく続いた。
華成のライトヒールも残り僅かとなったとき、
「いけぇええっっ!!」
山林の陰から猪狩が勢いよく飛び出した。
手にしたウォーハンマーの鎚頭が紫焔で燃え上がっている。
アウルの力を燃焼させて得た加速は、目にもとまらぬ速さで棍の天魔の胴をえぐり裂いた。
悲鳴すら上げる間もなく絶命する棍の天魔。
「今だ、たたみ込め!」
槍を払って敵の懐へと潜りこんだ小田切は、返す刀で槍の天魔の腹を斬った。
「次はあなたの番ですよ」
一瞬怯んだ槍の天魔にアウルの雷を解き放つ紅葉。
回復の支援を受けられなくなった槍の天魔は、瞬く間に屠られてしまった。
「ごめん、前衛は任せたよ」
槍の天魔が沈黙したのを確認したアルティは、即座に神馬の召喚を解いて後ろへと下がり、得物も機械剣から魔道書に持ち替える。
「この一撃にかけるよっ!」
しっかりと狙いを定めた藤咲の一撃は、杖の天魔の眉間をとらえた。
それでも、杖の天魔はまだ息があるようだ。
「……逝き……なさい……」
だが、それも華成が放った銃弾が命中するまでのことだった。
銃弾を受けた杖の天魔は、そのまま仰向けに倒れ伏して動かなくなる。
剣の天魔は、最も手近にいた小田切に剣を振るった。
小田切は、それを緊急展開させた盾でふせぐ。
その横から猪狩がハンマーを振るうが、これは敵の盾に阻まれてしまった。
「盾持ちは伊達じゃなかったってわけね。さすがにしぶといわ」
舌打する猪狩。
だが、ここまでくると多勢に無勢。
相手がどれほど防御に優れていようと、下級の天魔ごときが四方から繰り出される攻撃を防ぎきれるわけがない。
こうして最後の1体も倒し、天魔撃退が完了した。
●現代のロミジュリ
山頂に到着すると、そこには抱き合うふたりの姿があった。
死を前にした最後の語らいの最中なのだろうと予想ができる。
レイラと明日香は、互いに目配せをしてから二手に分かれた。
朗が樹里の手をとり、崖へと促そうとしたとき、明日香が叫ぶ。
「お待ちください!」
突然声をかけられ、動きが止まるふたり。
「なぜ、死のうとなさるのです」
「父の差し金か? 君には関係のないことだ」
明日香の問いかけに朗が答える。
「愛し合っているのなら、生まれくる子を迎え、共に未来を与えるのが夫婦の姿ですわ」
「どちらの家からも祝福されない子供なんて、その子が不幸になるだけです!」
樹里が叫ぶ。
ふたりが置かれた環境のせいか、その考えは妄信的になっているようだ。
「死ぬ程の覚悟をお持ちでありながら…未来の為に抗い生きる、その勇気を宿さない。私に目にはお二人が、現実から逃げているように、映ります」
「うるさい! 他人の君に何が分かるっていうんだ!」
まるで明日香が投げかけた言葉を振り払うように右手を払い、語気を荒げて叫ぶ朗。
「私たちは、自分たちが置かれた環境に絶望したの。今のままじゃ一生幸せになれないって悟ったの。だから、せめて来世で結ばれるために――」
涙ながらに訴える樹里が途切れる。
朗と樹里の意識が明日香に集中している隙に、死角から背後へと回りこんだレイラが崖から引き離すような形で取り押さえたのだ。
「どうか、絶望しないでください。お二人の覚悟は、想いは、痛みは……親御様方にも伝わっています」
明日香は優しく微笑んで歩みよる。
「父さんたちが……そんなの嘘だ」
「嘘かどうか、本人たちから直接聞いてみると良いでしょう」
レイラは、懐から取り出したトランシーバーに向かって2〜3言会話を交わしたあと、朗にそれを渡した。
「朗? 朗なの!?」
「母……さん?」
「ああ、よかった……。樹里ちゃんも無事ね? 今、樹里ちゃんのお母さんと代わるわ」
「お母さん……私……」
涙声でトランシーバーに語りかける樹里。
トランシーバーからは、樹里の母が優しく諭しかける声がきこえてきた。
「お二人の結婚は許されて……もう、命を絶つ理由は、無いんですから。だから、帰りましょう?」
手を差し伸べる明日香に向かって、ふたりは素直に「はい」と応じた。
やがて、天魔を撃退した仲間たちも山頂へやってくる。
「死を選ぶくらいなら、家を捨ててふたりで生きればいいじゃない!!」
開口一番、そう叫んだのは藤咲だ。
「来世で、じゃなくて今ちゃんと幸せになりなさいよ!」
安易に死を選んだふたりに、彼女がどうしても言いたかった台詞だった。
「……良かった……」
その光景を見てふたりの無事を悟った華成は、安堵のため息をつく。
我関せずという態度をとっている猪狩も、内心ではほっとしている。
出来るなら、恋人と結ばれるという自分が果たせなかった夢をふたりには果たしてほしいとすら思っていた。
「現代版ロミジュリ。大恋愛の末にハッピーエンド……ってな感じで記事書かせて貰っても良いか?」
小田切はメモ帳とペンを手に取り、ふたりに取材を申しこむ。
そんな表現をされて、思わず照れ笑いを浮かべる朗と樹里。
「何はともあれ、ふたりに幸あれ」
彼の記事がエクストリーム新聞部のトップ記事になるのか、三面記事になるのかは、また別のお話。
親元にふたりを送り届けた撃退士たちは、彼らの親にしこたま礼を言われた。
「丘の名前の通り、無事に二人が結ばれますように……」
紅葉が優しく祈る。
身投げをしなくても、ふたりの強い意志があればその愛は必ず結ばれる。丘の言い伝えがそんなふうに変わればと願った。
「結びの丘、かー……」
藤咲は、丘を見上げてぼんやりとつぶやく。
あのふたりのように、自分も恋人と末永く結ばれるたいなと考えているのだろうかもしれない。
天魔事件も無事に解決し、輝かしき未来がある若者ふたりの命も救え、気分よく学園へと戻ることができた。
●その後
朗と樹里の結婚は、とんとん拍子に進むかと思われた。
だが、ここにきて両家の父親たちが『どちらの姓を名乗らせるか』で揉めた。
これには、若いふたりのみならず、両家の母親たちも辟易させることになった。
だが、ふたりはもう命を絶とうとは思わなかった。
それは撃退士たちに言われた言葉があったからというものある。
あとの時の言葉は、トランシーバーを通じて母親たちも聞いていた。
――死を選ぶくらいなら、家を捨ててふたりで生きればいいじゃない!!――
少なくとも母親たちは朗と樹里の味方だ。
ふたりは家を捨てることを決意する。
名も捨て、樹里の母の旧姓である『直江』を名乗り、故郷を離れて暮らすことにした。
だが、その後もふたりの母親たちは、協力して自立するにはまだ少しばかり若すぎる朗と樹里の支援をつづける。
悲嘆する夫たちの姿を尻目にしながらこっそりと。
両家が本当の意味で和解するのも、そう遠くない未来だろうと信じたい。