●Meeting
ブリーフィングを終えた撃退士たち。
「……飛び出して行っちゃったの、大変なの……」
神埼 律(
ja8118)は、高峰が消えた廊下を眺め続けていた。
「あの子は、どうしてあんなにも憤ってたのかしら」
東雲 桃華(
ja0319)は呆れ顔を浮かべながら、廊下を眺める。
いくらなんでも、一人で突貫するのは無謀にもほどがある。
彼女をそこまで追い立てたのには、何か理由があるのだろう。
「今日、何日でしたっけ……」
鍋島 鼎(
jb0949)は、何か忘れているような気がしてならない。
「ああもう、明日はハロウィンだってのに……ハロウィンだから?」
紅葉 虎葵(
ja0059)が言うとおり、今日はハロウィンの前日。10月30日だ。
「おっ、お菓子好きのディアボロ……」
そう呟くのは久遠寺 渚(
jb0685)。
おどおどしたその表情からは、内心が「か、可愛い……」なのか「ゆ、ゆるせません!」なのか読み取れない。
ディアボロは商店街のお菓子に執着し、おかげで人的被害は出ていないという話だ。
高峰は、ハロウィンを滅茶苦茶にしようとしているディアボロが許せなかったのだろうか?
何か違う気がする。
「たしかハロウィンって先輩のお誕生日なんですよね」
姫路 ほむら(
ja5415)がいう先輩というのは、もちろん高峰のことだ。
彼は高峰と同じ陸上体操部に所属しており、彼女とも面識がある。
姫路は、ハロウィンが近づくにつれなんだか憂鬱な表情を浮かべることが多くなった高峰の様子を皆に話した。
「真奈お姉ちゃんにとって、ハロウィンそのものが敵だったんじゃあ……」
三善 千種(
jb0872)の呟きに、『それだ!』と全員の声がそろう。
「だめ。電話に出る気配がないわ」
東雲は高峰を止めるため、遠野から彼女の携帯番号を聞いて電話をかけてみたが、まったく電話に応じる気配がなかった。
今ごろ全力疾走しているであろう高峰には、電話の音にもバイブの振動にも気付けていないのだろう。
「接敵する前に抑えられるといいんだけど……」
猫野・宮子(
ja0024)は、いそいそと猫耳尻尾をとりつける。
「ともかく、『魔法少女マジカル♪みゃーこ』、急いで出撃にゃー!」
そして、急いで教室を駆け出ていった。
他のメンバーが猫野につづくなか、三善はゆっくりと遠野に歩みよる。
「遠野先生」
「なんだ」
「戻ったら真奈を喜ばせたいんですっ」
「うむ、喜ばせてやると良い」
「明日が誕生日なんだそうです。敵は倒してきますので先生はケーキ買っておいてください」
「分かった。俺が立て替え――」
「おごってくれますよね、可愛い生徒のために☆」
「……は?」
「あと、パーティ開く準備、せめて場所用意しておいてください、サプライズで真奈を喜ばせたいんです」
「ちょっと待っ……」
「大丈夫、三善さん。遠野先生ならきっとやってくれるの」
遠野の言葉をさえぎってそう言うのは、教室の入り口で三善を待っていた神埼。
神埼と三善は、お互いに頷きあったあと、そのまま遠野の返事も待たずに仲間のあとを追った。
ただ、呆然と立ち尽くす遠野。
「金……無ぇよ」
遠野の呟きは、静まり返った教室の中で虚しくかき消された。
●Trick or Treat?
高峰は、無駄に足が速かった。
さすが中学時代から陸上部だというべきか、それとも無駄で残念な高性能というべきか。
ともかく、彼女は仲間が到着するより早く会敵していた。
普段の高峰なら、ディアボロを見ただけでビビって足が竦むところだが、相手がハロウィンにちなんだ姿をしているせいで恐怖より怒りの方が大きい。
「私の怒り、思い知れぇえ!!」
高峰が放ったロッドの大振りが宙を切った。
スケルトンは、隙だらけになった高峰の上半身を狙って鎌を振り下ろす。
慌ててロッドで防いだ高峰だったが、そこへお化けカボチャが放った魔弾が飛来した。
魔弾をまともに食らって高峰は、弾き飛ばされ小さく悲鳴をあげた。
ごろごろとアスファルトを転がる高峰を見て、ディアボロたちがケタケタと笑う。
「む、ムカつく〜〜っ!! 悔しいぃいいっっ!!」
高峰は、倒れながら地団駄をふむ。そこへ、仲間が続々と到着してきた。
「遅かったわ」
東雲がやや呆れた半眼なのは、やられている高峰から緊張感が全く感じられないからだ。
「まずは、ディアボロの気を高峰さんから逸らさにゃいとっ!」
猫野は、持参していたお菓子類を撒きはじめる。
まるで遊んでいた玩具に飽きた子供のように、ディアボロの意識があっさりとお菓子へ移った。
「きぃぃぃい! 無視しやがってぇえ!!」
そんなディアボロの様子が、高峰の怒りの炎に油をそそぐ。
「お菓子に本当に熱心だしっ。こっちとしては誘導しやすくて助かるけどにゃ」
だが、高峰の様子には、ただ苦笑するしかない猫野だった。
「えーん! もっ、もう、とにかく高峰さんの援護第一で行きますよぅー!」
なおも突貫しようとする高峰の姿は、久遠寺を余計にテンパらせる。
「先輩落ち着いて下さい!」
ディアボロの中に突撃しようとする高峰にすがりつく姫路。
「後で何でも言う事ききますから!」
彼の言葉に高峰の動きがピタリと止まる。
「マジ……で?」
まるでぎぎいと音をたてているように、ぎこちない動きで顔だけ向ける高峰。
「俺が先輩に嘘ついたことありますか?」
姫路の目は真剣そのものだ。
高峰の鼻から一筋の血がたれた。
「みんな、今のうちにディアボロを広い場所へ誘導するよ!」
これをチャンスと見た紅葉は、持参していたお菓子を撒いて交差点のほうへとディアボロの誘導を開始した。
お菓子を持っているほかのメンバーもそれにならう。
「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ……は良いのですが、出来ればお菓子で満足して帰って貰いたいものです」
鍋嶋は呆れるような眼差しで、お菓子につられるディアボロたちを眺めた。
ディアボロは、撃退士たちの機転によって広めの交差点まで連れ出すことに成功した。
幸い、建物への被害はほとんど出ていない。
「さあ、ここからが本番。まずは、やっかいなカボチャからよ」
斧槍を構えた東雲から、黒桜の花弁が舞いちる。
「残月の光にて殊類と成るも、その爪牙を以て災禍に立ち向かわん」
紅葉はまるで舞うように身を翻し、網先端の玉髪飾りからヒヒイロカネを取り出し、祝詞を唱えながら大剣を展開した。
「私の黒曜護符を貸してあげますから、真奈お姉ちゃんは後方――」
「やだ、ぶん殴りたいっ!」
「…………」
三善は高峰に駆けより、彼女が無闇に突貫しないように自分の武器を提供しようとするが、台詞を言いきる前に高峰から拒否されてしまう。
これには流石に一同も苦笑するしかなかった。
「ディアボロ、私達が止めるから、後ろから思いっきり殺ってほしいの!」
神前は高峰を無理に抑えるより、彼女のカオスレートを利用して攻撃を組み立てたほうが建設的だと判断した。
「わっ、わたしが後方から全力で支援しますっ!」
久遠寺は、白い和服に不釣合いなほどの黒く大きな突撃銃を構える。
撃退士らが撒いたお菓子を食べ尽くしたディアボロたちは、けたけたと不気味な笑い声をあげながら、その矛先を彼らへと向けてきた。
スケルトンたちは、不器用なスキップでもしているような動きで散開する。
猫野は、その隙間を縫うように移動し、中央のスケルトンの脇を抜けて背後に回りこんだ。
「0距離とったにゃ! マジカル♪ 0距離射撃なのにゃ♪ この距離なら外さないにゃよ!」
双銃をスケルトンの後頭部に押し付けて、同時にトリガーをひく。
双銃が火を噴き、スケルトンの頭を破砕した。
お化けカボチャが魔弾を放つ。
狙いは東雲だ。
東雲はちらりと後方を確認した。
避けるのはたやすい。だが、自分が避けると魔弾が交差点角の商店に被害が及んでしまうと判断し、あえて体で受け止める選択をした。
「くっ」
魔弾が爆煙にかわり、東雲は小さくうめき声をもらす。
お化けカボチャは、その様子をみてケタケタ笑っている。
爆煙から飛び出した東雲は、煙の尾を引きながらお化けカボチャへと一気に接近し、斧槍を一閃した。
切っ先の軌道を追って、黒桜の花弁がひらひらと舞う。
お化けカボチャは、不気味な笑い顔を浮かべたまま真っ二つに切り裂かれた。
紅葉は、左手に散開したスケルトンに立ちはだかる。
スケルトンは鎌を大きく振りかぶり、紅葉目掛けて振りおろした。
紅葉は大剣を水平に構え、片手を剣身に添えて受けとめる。
そのままスケルトンの注意をひきつけ続けた。
高峰が走る。
神埼と姫路もそれに続く。
目指すはお化けカボチャ。だが、行く手を阻むようにスケルトンが立ちはだかる。
鍋島は、そのスケルトンに向かって魔力の矢を放つ。
推測通りなら、高峰は明日の主賓になるはずだ。これ以上、余計な怪我をされるわけにはいかない。
魔力の矢がスケルトンに突き刺さって弾ける。
そこへ三善が放った矢が飛来する。
「真奈お姉ちゃんには、指一本触れさせないんだからっ!」
三善の矢を受けたスケルトンは弾みでよろけ、その瞬間を別の角度から飛来した銃弾に撃ち抜かれた。
撃ったのは久遠寺だ。
「やっ、やりましたよっ!」
思わず歓喜の声をあげる久遠寺。
スケルトンは果て、お化けカボチャまでの針路がクリアになる。
「みんなで恨みを晴らすの……っ」
神埼は、アウルの力を凝縮させて作った漆黒の棒手裏剣をはなった。
棒手裏剣がお化けカボチャのローブに突き刺さる。
お化けカボチャは、ケタケタ笑いながら魔弾を放ってくる。
高峰目掛けてまっすぐ飛来する魔弾。
そこへ姫路が割って入り、高峰の変わりに魔弾を受ける。
「ぐあっ!」
「ほ、ほむほむっ!」
「先輩、俺に構わずあいつをっ!」
苦悶の表情を浮かべて叫ぶ姫路。
実は、そこまでのダメージではないのだが、彼はあえて大げさに演じている。
その演技に説得力があるのは、彼が幼少より『女優』として育てられた所以だろう。
「よくも私の妹をっ!!」
「えっ!?」
高峰が叫んだ怒りの声に、思わず戸惑いの声をあげる姫路。
高峰は彼が男だと知っているはずだ。
「くらえっ、今まで溜め込んできた私の誕生日の恨みっっ!!」
(やっぱり……)
一同の心の声が見事にハモる。
高峰が力の限り振り下ろしたロッドは、お化けカボチャの頭部を見事に粉砕した。
「さあ、次はキミの番だよ」
足を軸に、まるで駒のような回転を見せる紅葉。
噴き出すオーラが白い竜巻のように巻き上がり、遠心力をもった大剣の切っ先がスケルトンの胴体を水平に分断した。
「ふぅ、終わったね!」
額から流れる汗をぬぐい、溌剌とした声で紅葉が言った。
高峰が姫路に慌てて駆け寄る姿が目にはいる。
そんな高峰を相手に姫路はカオスレートの恐ろしさを説いていた。
「ところで先輩? さっき、俺のことを妹って……」
聞き間違いであってほしいと心で願いながら、姫路は恐る恐るたずねる。
「だって、ほむほむ何でも言う事聞くって。だから、ほむほむは今日から私の妹に決まり!」
鼻血を垂らしながらきっぱりと言い切った高峰。
彼女から漂うやり切った感が半端ない。
「先輩、ちょっと冷せ――」
「ほむほむ、私に嘘付いたことないもんねっ!」
「はい……」
もはや観念するしかないようだ。
「心中、お察しするわ」
東雲は、心底気の毒そうな表情を浮かべ、そんな彼の肩をぽんと優しく叩いた。
●Happy Birthday!
「先輩、早くこっち来てください」
翌日、高峰は姫路に手をひかれ、言われるがまま学園の武道場へ連れてこられた。
「こんなところに連れてきて、何があるの?」
「良いから、戸をあけてください」
困惑顔のまま、言われたとおりに戸をあける。
その瞬間、複数のクラッカーが弾け、紙テープや紙ふぶきが高峰へと降りそそいだ。
『お誕生日おめでとう!』
それと同時に、祝福の声が一斉に飛び出してくる。
武道場の中は誕生会の飾りつけがされてあり、遠野と昨日の仲間たちがケーキや料理、お菓子を用意して高峰が来るのを待っていた。
「ちょうど今日が誕生日みたいだし、皆でお祝いしようと思って」
猫野が笑顔で言った。
高峰にとっては、まさにサプライズである。
「365分の1での確率での奇跡ということに祝福を」
紅葉は目を輝かせる。ハロウィン生まれの高峰が純粋に羨ましいのだ。
高峰もまた、そういう風に言われたのは初めてで、なんだか心がくすぐったい。
「ぜひつけて欲しいの、絶対似合うはずなの……!」
「ありがとう」
神埼はメイドヘッドドレスをプレゼントした。
彼女のサブカル趣味の逸品だが、誕生日を祝ってもらった経験がほとんど無い高峰は、プレゼントを渡されるという行為そのものを素直に喜んだ。
「俺からもプレゼントです」
姫路は綺麗に包装された袋をわたす。
「真奈お姉ちゃんサプライズパーティです。ハッピーバースディ!」
三善も高峰に抱きつきながらプレゼントをわたした。
それは色違いのマフラーだった。
高峰が妹認定した2人が同じものを用意していたというのも、なかなか面白い偶然である。
「ケーキは遠野先生からの差し入れですよ」
心から礼を言う高峰に、三善は照れながら話題を逸らした。
遠野は何か言いたそうだが、我慢しているようだ。
「せっかくですし、高峰さんは何かリクエストありますか?」
「ううん、こうして集まってくれただけで凄く嬉しい」
鍋島の言葉に涙を浮かべながら答える高峰。
用意したお菓子類は、久遠寺がなるべくハロウィンを連想しないようにと気を配りながら選んだものだった。
「17年前の今日、あなたが生まれ、私と出会えた奇跡に感謝するわ。これを機会に、これからも仲良くやっていきましょう。真奈」
つとめて淡々と語る東雲だが、その言葉には彼女が本来持ち合わせている優しい性格がにじみ出ている。
「みんな、ありがとう……。本当にありがとう……」
感極まった高峰は、思わずその場で泣き出してしまった。
それから誕生会は、お祝いの歌や談笑などで盛り上がり、楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていった。
誕生会も終わりに近づいたころ、猫野はおもむろに使い捨てカメラを取りだす。
「最後に記念撮影だよー。写真は高峰さんにプレゼントだよ」
カメラを遠野にわたし、高峰を中心に皆が整列をはじめた。
「良いか、撮るぞ? いちたす……」
「先生、古い!」
「うるせー、誰がおっさんだ!」
「誰も言ってないし」
遠野と高峰のやり取りに笑いが起こる。
高峰の17歳の誕生日は、これまでの人生で最高の日であり、とても思い出深いものになった。
写真は、いつまでも高峰の机に飾られることになった。
余談だが、ケーキは遠野に頭をさげられたジェームスが仕方なく用意したものだ。
もちろん、代金は遠野のツケである。