●作戦開始
「では、俺はここで指示を待つ」
トラックの運転席で強羅 龍仁(
ja8161)は、幼稚園へ向かおうとする仲間たちを見送りながら言うと、電子タバコが発生させる煙に似た水蒸気を吸い込んで肺を満たし、それをゆっくりと吐きだした。
「前哨戦はあたしたちに任せて、強羅さんはいつでも走り出せるようにしてて下さいねーっ!」
礼服の上から『まわし』を絞めなおしている丁嵐 桜(
ja6549)は、元気いっぱいだ。
「園児の様な幼子が魂や感情を吸収されて居るなどと、必ず連れ帰らねばいかないな」
インカムタイプの光信機を装着しながら神凪 宗(
ja0435)がつぶやいた。
「ちっちゃい子ら、しんどいやろなー……可哀想に……」
必ず助けたるからなと、小野友真(
ja6901)は決意を固める。
「救いましょう。ボク等の手で、たくさんの未来をっ!」
清清 清(
ja3434)も自信の気持ちを高めた。
「さぁ、この作戦は迅速さが肝心です。行きましょうか」
全長が1mほどあるスナイパーライフルを肩に担ぎ、石田 神楽(
ja4485)は先陣を切って歩きだした。
幼稚園までは、直線距離で300mほど。上空を旋回するファイアレーベンが見える。園庭に見える人影は、報告にあったサブラヒナイトの1体だろう。
「まったく厄介な相手だが、まずは、目の前の敵を蹴散らす!」
神凪は臨戦態勢を取った。
「さーて、ちゃちゃとみんな助け出しますかね」
平山 尚幸(
ja8488)もアサルトライフルを展開させ、ファイアレーベンに備える。
広範囲で魔法攻撃を無効化する能力をもつファイアレーベンを真っ先に墜とすというのは、全員が持つ共通の認識だった。
やがて、石田の照準がファイアレーベンをとらえる。
スナイパーライフルといっても、狙撃が出来るほどの射程はなく、ファイアレーベンを相手にするためには、必然的にサブラヒナイトの相手もしなければならないところが辛いところだ。
「いきますよ」
石田がファイアレーベンに狙いを定める。石田とファイアレーベンとの間には、彼にしか見えない黒い線が結ばれている。
こちらの存在に気付いたサブラヒナイトが、石田を狙って蒼焔の矢を射掛けてきた。
「させない!」
射線上に躍り出た清清は、青く輝く左前腕に展開させた盾でサブラヒナイトの矢を受ける。
石田が構えるスナイパーライフルは、グリップを黒い蔦へと変貌させ、彼の腕に巻きついて同化した。
銃口が火をふくと、黒曜石のような結晶を纏った弾丸が飛び出す。
頭部を狙った攻撃だったが、寸前で感知したファイアレーベンに紙一重で回避されてしまった。 ファイアレーベンは石田目掛けて急降下をかけてくる。
「これで相手の勢いを削げれば…!」
神城 朔耶(
ja5843)は、敵の降下に合わせて強弓を射るが、降下軌道をわずかに変えたファイアレーベンにあっさりと避けられた。
「焦るな……、慌てたらあかん……」
小野派慎重に狙いを定め、降下を続けるファイアレーベンを狙い撃つ。
小野の攻撃はファイアレーベンの翼を撃ち抜くが、降下の勢いは止まらない。
ファイアレーベンが放った炎は石田を中心に炸裂し、彼を含む数名が強烈な火炎に巻き込まれた。
「さぁ、止めたった。覚悟しぃ」
炎の中から飛び出したのは宇田川 千鶴(
ja1613)だ。ファイアレーベンが近づくのを待ち構えていたのだ。
彼女は忍刀・雀蜂で斬りかかり、ファイアレーベンの影を縫いとめる。
宇田川の攻撃で明らかに動きが鈍くなるファイアレーベン。
石田は急上昇していくファイアレーベンを冷静に狙いすまし、再び頭部目掛けて弾丸を発射した。
ファイアレーベンの後頭部に命中したそれは、そこに埋め込まれるように再構築され、やがて爆ぜてファイアレーベンの頭部を吹き飛ばした。
「あとはあいつだ! 一気にたたみ込むぜ!」
ターゲットをサブラヒナイトへと切り替えた神代 冴(
ja4889)は、ロングボウで攻撃を開始する。
物理攻撃に耐性があるサブラヒナイトとはいえ、9名の撃退士から集中攻撃を受ければ多勢に無勢、瞬く間に動かぬ骸へと変えられてしまった。
「強羅さん、突入開始しちゃってくださーいっ!」
丁嵐はインカムを通して、元気な声で待機中の強羅に指示を出す。
「さーて、ここからが本番だね」
トラックが動き出すのを確認し、幼稚園の右手に回ろうとする平山。
「さて、今回は少々派手に参りましょう。敵の目を引き付ける為にも、ね」
「そやね、救出班を信じて精々暴れよか」
石田と宇田川もそれに合わせて幼稚園の左側に移動を開始しようとする。
「待ってください!」
神城は、そんな彼らを慌てて呼び止めた。
「そんな状態で行ったら持ちこたえられません」
初戦でファイアレーベンの攻撃を食らった石田と宇田川は、かなりのダメージを蓄積しているのが見た目から分かる状態だった。
「足止めは作戦の要です。しっかり治療していってくださいね」
にっこりと微笑んで二人に治療を施した。
●救出開始
抑えの4人がそれぞれのサブラヒナイトの対応に向かったころ、強羅が運転するトラックが園庭へと到着した。
「必ず、全員助けてやる……」
トラックを降りた強羅は、トラックの荷台へのぼるためのスロープを手際よく設置する。
「そうです。必ず……必ず救出してみせるのですよ……」
ぐっと拳を握り締める神城。
捜索は、1階を神城と小野が、2階を神凪と神代が担当し、強羅と清清は職員室へと向かった。
職員室では保育士や事務員と思われる、5名の職員が虚ろな眼差しのまま机に突っ伏していた。
強羅はそのうちの一人に近づき、自身の周囲に感情の吸収を阻害する結界を張る。
感情の吸収を阻止することによって職員が意識を取り戻すことを期待した行動だったが、職員の目は焦点が合わず虚ろなままだった。
「ちっ、やはりダメだったか」
ある程度は予想していたことだったが、淡い期待を抱いていただけに、そう口にせずにはいられなかった。
「幼稚園なら出席簿や出勤簿があるはずだ。それを探し出し、そこから施設にいる人数を割り出すんだ」
「分かりました」
強羅の指示を受け、清清は棚や鉄庫をあさりだす。
「1人でも多くじゃない……全員、救うんだ」
清清は少し焦りを感じながら、必死に目的の帳簿を探した。
「こんな子供たちを……幼い子まで巻き込んで……何が楽しいんだ!」
神代が目にしたのは、2階のお遊戯室で虚ろな眼差しで床に寝転がっている園児たちの姿だった。
ここで遊んでいるときに事件に巻き込まれたのだろう。保育士と思われる若い女性の姿もある。
その光景に怒りを覚え、拳を握り締めてわなわなと震えた。
『人数の把握が出来ました! 園児30名、職員8名がこの建物にいるようです。こちらでは職員5名を確認しました』
インカムから清清の声が流れてくる。
「了解した。こちらでは、園児13名と職員1名を確認した」
冷静に人数を数えた神凪は、淡々とした口調で通信をかえした。
「時間がない。急ぐぞ」
神凪は、そう言うと園児を両脇に抱え、開いている窓から外に出て、建物の壁を駆け降りていく。
「すげぇ! こっちも負けてられないぜ。今はこっちに専念しないとな」
神代は必死に怒りをおさえ、もう大丈夫だからなと声を優しく声をかけながら、園児の救出作業を開始した。
「今のとこ、園児13人と職員6人か。残りは園児が17人と職員2人やね。こっちの教室には先生1人と園児9人いてるけど、そっちの教室はどうや?」
1階の捜索にあたっていた小野は、インカムから流れてきた会話から状況を把握し、隣の教室にいる神城に声をかけた。
「ここには先生1人と園児7人がいますね」
「一人足らんね」
「そうですね……、ちょっと待ってください」
神城は意識を集中し、周囲に存在する生き物の気配を探る。
教室内からは、確認している以上の気配はないようだ。
少し移動し、場所を変えてから、再び気配を探ってみた。
「あっ」
一人だけぽつんと存在する気配を見つける。
「見つけました!」
その園児は、どうやらトイレに行ったときにタイミング悪く事件に巻き込まれたようだった。
「しかし、ちょっと人数が多いな……」
何か良い方法はないかと思考をめぐらせ、ふと玄関先に置いてあったものを思い出す。
「そうや! これ使おう!」
急いで玄関へ戻ると、そこに折りたたんで置いてあった『お散歩カー』を広げた。
「2台あるから、神城さんも使ったらええよ」
そう言い残してから再び教室に戻り、園児の救出作業にうつる。
「辛かったよな、もう大丈夫やからな……」
園児をぎゅっと抱きしめた小野は、腕の中で感情を失ったまま、力なくうなだれる園児の姿に強い悲しみと憤りを覚え、唇を噛みしめた。
●足止め
「どーすこーいっ!」
サブラヒナイトに向かってウォーハンマーを大振りする丁嵐。
サブラヒナイトの四肢を狙ったそれは、大きく空をきる結果となり、かわりにがら空きとなった胴を狙われてしまった。
「やっばーっ!」
だが、丁嵐に刀が炸裂する直前に、平山が放った風の刃がサブラヒナイトの動きを阻害する。
「ありがとーっ!」
平山の援護で、丁嵐は左脇を少し斬られたが致命傷を免れることができた。
「救出作業は順調なようだね。気を引き締めていこう」
インカムから聞こえてくる救出作業の状況は、特に何の問題もなくスムーズに進められているようだ。
初戦に9人がかりで倒したときと違い、サブラヒナイトは思った以上に手ごわい相手だった。
それなりに打撃を与えているはずなのだが、一向に倒れる気配はない。
「この取り組み、最後まで立っていられれば、あたしたちの勝ちですからっ!」
「取り組み違うから……」
丁嵐の台詞を聞いた平山は、小さく、本当に小さい声でツッコミを入れた。
「行かせんよ……私らが相手や」
忍刀・雀蜂を構えてサブラヒナイトを牽制する宇田川。
初戦で感じることがなかったサブラヒナイトの強さを実感していた。
宇田川はかがみ込むような踏み込みで一気に間合いをつめ、鋭い突きを平突きをはなつ。
サブラヒナイトはその攻撃を刀でいなし、返す刀で宇田川に反撃を試みようとする。
「私がいることもお忘れなく」
刀を振り下ろそうとするサブラヒナイトを石田の双銃が襲った。
胴を撃たれ、はずみで数歩後退するが、サブラヒナイトは何事もなかったように刀を上段に構えなおす。
「ふむ、流石に堅い……。ですが、ダメージは通ってますね」
「だとええんやけどね」
素材となった人間は高名な剣術家だったのではないかと思わせるほど、サブラヒナイトの構えには隙が無かった。
「厄介な相手ですね」
「ほんまやな。でも、隙が無いなら作るまでや」
再びサブラヒナイトとの間合いをつめた宇田川は、胴を狙うようにみせかけ相手の攻撃をさそう。
宇田川を迎撃するため、サブラヒナイトは上段からの強烈な一閃を彼女に見舞おうとした。
「読みどおりや」
宇田川は刀の軌道を変え、サブラヒナイトの一撃を上段受けでいなし、刀をそのまま振り下ろす。
サブラヒナイトはそれを上段で受けるが、相手の刀の威力が強かったため左手を峰に添えて大きな隙をつくる結果となった。
「神楽さん、今や!」
石田は武器をツヴァイハンダーFEに持ち替えて一気に間合いをつめると、回避もまともにとれなくなっているサブラヒナイトの胴を力のかぎりになぎ払う。
「やりましたか!?」
鎧を砕き、肉をえぐる攻撃だったが、それでも致命傷には至っていないようだった。
サブラヒナイトは宇田川を蹴り飛ばし、石田へ猛然と突進をかける。
「しまっ……」
石田はサブラヒナイトのスピードに対応がおくれ、上体を袈裟斬りされてしまった。
肩から脇腹にかけて剣閃がきざまれ、血をしぶかせる。
もともと魔具の過剰装備によって著しく生命力が削がれていた石田にとって、とても重たいダメージとなった。
「神楽さん!」
「だ、大丈夫……とは、少し言いがたいですね……」
激痛に顔をゆがめ、苦しそうに声を絞りだす。
「救出作業は、まだ終わらへんのか……っ!」
石田を庇うようにサブラヒナイトと対峙し、宇田川は焦りの声をだした。
『こちら神凪だ。全員の救出が完了した』
まさに天の声だった。しかし、容易に撤退できる状況でもない。
「千鶴さん、私にかまわず逃げてください」
「出来るわけないやろ!」
二人の運命は、絶体絶命かと思われた。
●華麗なる離脱
「む、あれは」
神凪が目にしたのは、撤退指示が出てもなおサブラヒナイトと対峙したままの石田と宇田川だった。
良く見ると、石田が大きな傷を負っている。
神凪の動きに迷いはなかった。
トラックへ向かわず、石田らのもとへと駆け急ぐ。
神凪は、石田らと対峙し、こちらに一切気付いていないサブラヒナイトをエネルギーブレードで斬りつけると、そのままの勢いで蹴りつけた。
「殿は自分にまかせ、先に行け」
二人とサブラヒナイトの間に割ってはいるように立つ。
「助かりました、お願いします」
「神凪さんも無理したらあかんよ!」
二人はそれぞれ言い残し、なるべく神凪に負担がかからないよう迅速に撤退した。
「少しだけ自分と遊んでもらおう」
サブラヒナイトは新たな敵に刃を振るう。
神凪は仲間が撤退する時間を稼ぐため、積極的な攻勢には出ず、回避行動に専念した。
それでもサブラヒナイトの攻撃は正確で、神凪の体に刀傷を増やしていく。
「潮時だな」
仲間が安全な距離まで退いたのを確認した神凪は、今までの守勢とうって変わり、脚部にアウルを集中させ、雷撃の如き突貫を見せた。
サブラヒナイトがその一撃を刀で受けた次の瞬間、神凪の姿が目の前にはなく、急速に離脱していく後姿があった。
「エラかったんだぜ、これからも元気で沢山遊ぶんだぞ……」
人の気配がない京都市内を走るトラックの荷台で、神代は虚ろな眼差しのまま、意識も混濁している園児に優しく囁きかけた。
小野も園児を抱き寄せ、頭を優しくなでる。
「良く頑張ったな。もう少しの辛抱だぞ」
救出した園児たちを見る強羅の瞳は、父親のそれになっていた。
騒ぐ子供がいたときのために用意していたアレを活用する場面がなく、ホッとしたような、少し残念だったような。
(天魔も内面は私達人間と同じ……。それなら私は……!)
今まで、様々な天魔と出会った神城は、淡く光る勾玉を握り締め、金色の瞳に硬い決意を込めて流れる天を仰ぎ見た。
流れる風が純白の髪をそよぐ。