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「ここでもゲートですか……。どれだけ作れば気がすむんでしょう」
イアン・J・アルビス(
ja0084)は、ゲートがあるという建設中の雑居ビルを目指し、市街中心部を全力で駆けぬけながらうんざりとした口調でつぶいた。
「サーバントを押さえてくれているみんなの為にも、急がなくちゃね……」
犬乃 さんぽ(
ja1272)の言葉には、少なからぬ焦りの色が混じっている。彼が密かに想いを寄せている女生徒が遠野率いる本隊で戦っているのだ。
そこかしこに抜け殻となった住民たちが転がっているが、今は誰もそんな事にかまっている余裕はなかった。
「今の私に出来ること……それが例えほんの僅かなものだとしても……」
神城 朔耶(
ja5843)は、街の光景を目の当たりにしてつぶやく。
「では、手筈どおりに」
情報にあった雑居ビルが見えたところで鳳 静矢(
ja3856)が合図を送と、一行は正面から突入する本隊と奇襲をかけるために回り込んで突入する別働隊へと分かれた。
「自分のするべきことをする。確実に、それ以上はのぞまねぇ」
相川 二騎(
ja6486)は、ぐっと拳に力を込めてつぶやく。
ビルはほとんどが床と柱だけの状態で、部屋の仕切りなどは一部しか出来ていない。建物全体は青い採光防音シートに覆われ、内部は薄明かりが保たれていた。
そして、フロアの中央に一人の男が立つ。
「来たな、撃退士」
男が静かに言った。
ここへ来る途中で見たように、普通の人間なら生気を吸われて抜け殻になっているはずである。つまり、目の前の人物が人ならざる者であるということを意味していた。
圧倒的なまでの威圧感が撃退士たちを襲う。
(まだ未熟な僕に、使徒を倒せるのだろうか……いや、やるしかないね)
酒々井 時人(
ja0501)が怯みかけた心を奮い立たせた。
「うふふ、強敵と戦えるなんて楽しそうじゃないの♪」
紅鬼 蓮華(
ja6298)は楽しそうに呟くと、髪から火の粉のようなオーラを舞わせる。
「相手は格上だから心して挑まねぇとな」
得物を握り締めるマキナ(
ja7016)の額からは、一筋の汗が流れ落ちた。
「さすがシュトラッサー、尋常ならざる気がビンビン伝わってくるで御座るよ」
奇襲を仕掛けるべく、別働隊として男の背後に回っていた虎綱・ガーフィールド(
ja3547)がつぶやく。
「ゲートを破壊すれば形勢はこちらに傾く、しくじる訳にはいかないな」
そう言いながら天風 静流(
ja0373)は、指輪の1つを弓へと展開させ、気を練りはじめた。
「一番槍行くぜぇ」
真っ先に飛び出したマキナは、手にしたハンドアックスを横なぎに払う。
男はそれを大剣で受け止めると、続く相川の攻撃をひらりとかわした。
「まずは小手調べ…」
鳳が放った紫色の衝撃派は、大きな鳥の形へと変貌しながら男に襲いかかる。
「ぐっ」
避けそこね、まともに食らって小さく呻いた。
「ボーっとしてる暇は無いわよ」
紅鬼が男の頭部を狙って衝撃派を放つが、男は顔を微かに引いて紙一重で受け流す。
それにタイミングを合わせて酒々井が下段攻撃を放つが、それもあっさりとかわされた。
「我が双剣、受けきってみるか!」
物陰から不意を付いて飛び出した虎綱は、双剣を手に襲いかかる。
その切っ先は、男の左腕をとらえ腕の肉を切り裂いた。
「ちっ」
たまらず距離をとる。
「そこです!」
それを狙って神城が矢を放った。
放たれた矢は、男を掠めて新たな傷を刻む。
「貴様ら雑魚の攻撃など、蚊ほどにも効かぬわ」
言葉のわりに余裕がないように見えるのは気のせいか。動きも鈍いような気がする。
遁甲の術を使って物陰から一部始終を観察していた犬乃は、ふとあることに気が付いた。
「……そうか」
薄暗くて気付かなかったが、男の体には既に複数の真新しい傷があった。
「空刃烈風シュリケーン! あいつ、怪我してるんだよ!」
烈風の魔弾を放ち、声を張り上げる。
「既に別の撃退士が?」
いや、それはない。この界隈の撃退士は、すべて京都の作戦へ召集されているはずだ。酒々井は自らの呟きを頭の中で否定する。
「弱っているみたいですな。しかし同情はせぬぞ」
「ふん、貴様らごとき、これくらいのハンデがあってもどうという事はない」
男は虎綱の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「次はこちらから行くぞ」
男が一気に詰めよる。
「そんな傷だらけの状態で、仕掛けてくんなんてアンタやるじゃねぇかっ」
「その余裕、いつまで続くかな」
男が言い終わると同時に彼の前にいた相川、イアン、酒々井に衝撃が襲ってきた。
「ぐあぁ!」
イアンと酒々井は何とか盾で防いだが、相川はまともに食らってしまい、胸元から血をしぶかせることになった。
酒々井はすぐさま相川の回復へとうつる。
天風は気を練りこんだ強烈な一撃を男の頭部目掛けて放つが、それはあっさりと回避された。
「これはどうかな?」
鳳は魔力を乗せた衝撃派をはなつ。
男はそれを大剣で受け止めた。
「蚊ほども効かぬと言っている」
(物理も魔力も同等の防御力といったところか、ならば各々が得意の攻撃をするが吉だな)
鳳はそう分析する。
続けて紅鬼、虎綱、神城、マキナらの攻撃が続くが、全て回避された。
「さて、僕に注目です。目の前の敵すら見落とすやつではないでしょう?」
「小癪な」
男はイアンが放つ気に嫌悪感を抱く。
「今のうちだ。ゲートへ突入するぞ」
天風は別働隊へ声をかけ、それを合図に犬乃、虎綱、神城がうごいた。
「む!?」
「行かせませんよ、絶対。それが仕事です!」
別働隊の動きに反応した男に盾を構えたイアンが立ちふさがる。
「ならば、共に失せろ」
「なっ!?」
男が大剣を振り払うと黒い光の衝撃派が放たれ、イアンを巻き込みながらゲートへ向かう別働隊へと迫った。
それが最後尾の犬乃へと迫ったとき、
「かかったね……九十一式エクソダス☆シャドー!」
犬乃が居た場所には、ロングコートを纏った大きなマメ柴犬のぬいぐるみが残され、それはつぶらな瞳で男を見つめ返しながら衝撃派に飲まれた。
「緊張感のない奴らめ」
男が吐き捨てる。
「ちゃんとこっちに集中しろよ」
側面に回りこんだマキナが手にした得物をなぎ払う。
「良いだろう。まず貴様らから血祭りにあげてやる」
「あらぁ、自信満々ね。中にお仲間でも居るのかしら?」
マキナの攻撃を大剣で受けながら余裕のセリフを吐いた男に、紅鬼が問うた。
「ゲート内は我等が領域。貴様らが本来の力を発揮できると思っているのか? それにコアが無防備だと本気で思っているのか?」
「そういう事なら、こちらも急がせてもらおう」
大太刀を手にした鳳は、アウルの力で高めた脚力を使って男へと一気に肉薄し、超高速の一閃を繰り出す。
その切っ先は、回避しきれなかった男の胴を袈裟で掠め、鮮血を散らせた。
「雑魚が舐めるなよ!」
男の目にも止まらぬ早業が鳳、マキナ、イアンを襲う。
鳳とイアンは何とか魔具で受けられたが、マキナは攻撃をまともに食らってしまい、胸部を薙がれてしまった。
「大技なのに隙が無ぇじゃねぇか……」
胸から滴る血を手で押さえながら、マキナは絞り出すようにつぶやく。
「俺たちの力はこんなもんじゃねぇ。そうだろうっ!」
治療を終えた相川が声を上げた。
「ピンチとチャンスは紙一重ってな」
マキナが答える。
「さぁ…始めようか…!」
体勢を立て直した鳳は、武器を構えなおした。
●
遠野率いる本隊では、一進一退の攻防が繰り広げられていた。
遠野の奮闘によってサーバントの数は減ってきているが、撃退士たちの消耗も無視できないものになってきていた。
「良いか、絶対に孤立するなよ。必ず2人以上のチームで戦え! 怪我したやつは無理するな! 相互でフォローしあいながらアスヴァン隊が控えている後方へ後退しろ!」
遠野は百足女を殴り潰しながら叫ぶ。
幸い、死者こそ出ていないが、重傷者の数が増えつつあった。
アストラルヴァンガードの回復能力も無制限ではない。これが切れたらジリ貧になるのは目に見えていた。
「急いでくれよ……」
ゲートがある方向の空を見上げながら、遠野は小さくつぶやいた。
「なんだか体が重たいね」
気だるさに似た感覚に襲われながら犬乃が言った。
アウルで守られた撃退士は、ゲートの中に入っても魂や感情を抜き取られることはない。
だが、その強力な吸収力のせいで通常の空間と同じように動けるというわけでもなく、行動には負荷がかかってしまうのだ。
ゲートの中は学校の教室くらいの広さがあり、壁は植物の蔦が何本も絡みついたような感じになっている。そして、その中央にコアがあった。
「これが……ゲートのコアですか。実物を見たのは初めてなのですよ……」
神城と犬乃はその美しさに思わず見入ってしまった。
青く輝きながら宙に浮かんだそれは、まるで巨大な青い宝石のようにも見える。
「これを叩き壊せば、我らの勝利で御座るな」
双剣を構えて言った。
「もう終わりにしよう」
天風も得物を双剣に持ちかえる。
「ボーっとしている暇はなかったですね。早く壊して終わらせましょう!」
神城も弓を構え、一斉に攻撃をしかけようとしたとき、コアが不気味な光を放ち、次の瞬間、まるでレーザーのような光線が撃退士に襲い掛かった。
完全に油断していたのと、体が思うように動かないとで、全員がまともに被弾してしまう。
「ここまで来て全滅などしたら洒落にならんな」
天風が顔を歪める。
「ここで倒れるわけにはいかぬ」
虎綱が奮い立つ。
「敵を押さえてくれているみんなの為にも急がなくちゃね」
犬乃の頭にシュトラッサーを押さえてくれている仲間の顔が、本隊としてサーバントを押さえている遠野の顔が、本隊付けのアストラルヴァンガード隊にいるであろう一人の女生徒の顔がよぎる。
「回復は私に任せてください」
神城は一番ダメージが大きかった犬乃の治療をしながら言った。
「何処を見ている……!」
鳳が放った斬撃が男を掠める。
「しぶといわね、いい加減倒されなさいよ」
紅鬼が放つ衝撃派は、男の紙一重でかわされた。
「調子が悪ければ帰ってもいいだぜ」
マキナは常に側面へと回り込んで攻撃を仕掛けている。
「貴方は僕だけ見てれば良いのですよ」
「目障りな、ならばお前から死ね!」
目の前に立ちふさがったイアンに大剣を振るった。
「しまった!」
盾で防ごうとしたとき、地面に散った砂に足をとられて体勢が崩れ、男の大剣がイアンの肩へと食い込む。
「ま、まだまだです」
イアンはアウルを体内に集中し、肉体を活性化させた。
「倒れるのはまだ早いよ」
酒々井も駆けつけ、イアンの治療を行う。
「これが、俺のできる最大で最強の力だ」
体内でアウルを燃焼させた相川は、その力をトンファーに乗せて一気に放った。
それは男の腕を確かに捕らえるが、男は眉一つ動かさない。
「効かねぇのか!?」
「先ほどから効かぬと言っている」
「そのわりには、最初より息が上がってきてるんじゃないかしら?」
紅鬼が指摘したとおり、男の動きはかなり鈍くなってきていた。
「ほざいてろ。だが、あまり時間をかけるわけにもいかんからな。一気に叩き潰してくれるわ。まず目障りなお前等からだ!」
男が言い終わった瞬間、イアン、酒々井、マキナに強烈な斬撃が襲いかかる。
イアンと酒々井は盾で受けることが出来たが、マキナは避けきれず、まともに食らってしまい、血をしぶかせながら吹っ飛んでしまった。
マキナは床を転がり、そのまま動かなくなる。
「大丈夫、気絶してるだけよ」
紅鬼が駆け寄り、マキナの脈を計って言った。
強烈な威力ゆえ、先ほどから盾で防いでいるイアンや酒々井にも余裕はなかった。
「意外と硬いで御座るな」
虎綱が呻く。
全体攻撃は最初の1撃のみだったが、それでもコアからは断続的な攻撃が続いていた。
こちらの攻撃はことごとく命中しているが、なかなか破壊にまで至らない。
「流石に一筋縄ではいかんな」
天風の鎧は、コアの攻撃によって所々が焼け焦げていた。
「でも、もう一息ですよ!」
神城が指摘したとおり、コアには無数の亀裂がはしっている。
「今、解放の一撃を……」
犬乃は展開させた蛍丸の鯉口を切った。
「ロングニンジャブレード!」
コアからのレーザーのような攻撃を肩に掠めながら、一気に肉薄し渾身の力を込めて一閃する。
コアは亀裂から光を放ち始め、やがてゆっくりと瓦解しはじめ、最期は無数の光となって散った。
吸収されていた感情が一気に解き放たれる。
それは無数の光の筋となって、四方へと飛び散っていった。
「!?」
何かを察知し、男はゲートへ向かおうとする。
「そちらに行くのは禁止、ってところですね」
「邪魔だ、どけ!」
立ちはだかったイアンへ強烈な残撃をくりだす。
男の鬼気迫る攻撃を盾で受け損ねたイアンは、胴を深々と薙がれてしまい、そのまま前のめりになるように倒れてしまった。
「冥魔の力を持つ一撃……喰らうがいい!」
「背後に回り込めば当てられるとでも思ったか!」
鳳の不意打ちは、しかし男にあっさりと回避される。
「あまりゲートばかり気にしていると、足元を掬われるよ?」
酒々井が放った金糸が男の腕を絡めとる。
「ほらね」
だが、男は自らの肉が裂けるのも厭わず、それを引きちぎった。
「いい加減に観念なさい」
紅鬼が弓を射かけようとしたとき、
「くははは! 目的は果たされた! おぬしの負けぞ!」
ゲートから出てきた虎綱が叫んだ。
「ちっ、ならばここに固執する必要もない」
男が撤退の素振りを見せる。
「一つ聞かせてくれ、私達が来る前に既に痛手を負っていたのは何故だ?」
「我らの敵は人間だけではないということだ」
男はそういい残すと、足早に去っていった。
「くそっ、あと一息だったってぇのに!」
相川が毒づくが、撃退士側に男を追撃するほどの余裕は残されていなかった。
「手負いの獣はなんとやら……と言いますがその通りでしたね……」
「もし無傷だったら、敗北していたのは、僕達の方だったかもしれないね」
神城の言葉に酒々井が続ける。
「皆様、本当に……おつかれさまでした」
神城の言葉が戦いの終焉を実感させた。
「何に感謝すべきかな?」
酒々井はそう言ったあと、『神へ』だとしたら皮肉だねと心の中でつぶやいた。
本隊が引きつけていたサーバントは、ゲートコアの破壊とともに撤退を開始した。
死者こそ出なかったが、コア破壊が予想より手間取ったこともあり、重傷者が多数でる結果となった。
とはいえ、手負いとはいえシュトラッサーを相手にここまで奮闘したのは、称えられてしかるべきだろう。
犬乃が器具していた女生徒は、軽傷こそ負っているが涙目になりながら頑張っていたようだ。
コアが破壊されたことにより、ゲートへと吸収されていた感情が開放された。街の住人たちは次第に目を覚ましていくだろう。