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もう何十日もここにいるかのような錯覚を覚える。
(おなか減った。喉乾いた……眠りたい)
身体が求める欲求に対し、頭で必死に抵抗する。悟っていた。この化け物は、獲物(おれたち)が弱るのを待っている。
「いいか。大丈夫だからな。絶対、誰かが助けを読んでくれているから、もう少しの辛抱だ」
がらがら声をあげて子供たちを励ます。
いや違う。自分を励ます。
化け物に食われている動物を眺めながら、ひたすらに声を上げる。喉が痛い。苦しい。眠りたい。
――死にたくない!
●
「それで、その子が言うには……いつももっと上流で釣りをするみたいで」
ネコノミロクン(
ja0229)が言いながら、地図を指差す。山について村人たちから話を聞いていた彼の元に子供たちがやってきて、泣きながら教えてくれたのだ。普段、大人たちから禁止されている場所で釣りをしていた、と。
「行方不明になっている子たちも、ここで釣りをした可能性が高いと思う」
指差された地点は、大人たちが捜索したという場所から随分と離れている。そこへ犬乃 さんぽ(
ja1272)が情報を付け足す。
「上流の方なら化け物の巣になりそうな場所もあるかもしれないね。……下流付近にはないみたいだし」
とはいえ、下流で行方不明者が出たのも事実。山登りの準備をしていた他のメンバーと合流し、十分に話し合った後、二手に分かれて捜索へ向かうことにした。
●A班
上流担当となったメンバー(A班)が場所にたどりついたのは、昼過ぎだった。見える範囲には何もない。
ネコノミロクンが、頭上を見上げて声をかける。さんぽが木に登って調べているのだ。
「何か見えるー?」
人の手が入っていない山は、うっそうと生い茂っていて、何も見えない。さんぽはぽつぽつと木が倒れている場所を記憶し、地面へと降り立つ。
「木が倒れているのをいくつか……他には何も」
地図に書き込む。化け物の目撃情報が正しいならば、どれかが通り道になっている可能性もある。4人はその場所を中心に探してみることにした。
「子供かぁ……心細いだろうなぁ」
長袖にスパッツ、という動きやすい恰好をした八東儀ほのか(
ja0415)がぽつりと呟く。他にもロープや携帯食料なども用意している。
目線は足元から外さずに痕跡を探す。その眼には、絶対に助けるのだという意気込みが見えた。
「そうだね。早く見つけてあげないと」
隣を歩いているミリアム・ビアス(
ja7593)が同意した。それに時間が経てば経つほど、生存率も低くなる。なるべく早く見つけたいところだが、迷うわけにもいかない。
通った後に蛍光塗料で印をつけつつ、進んでいく。
「これは! なぜこんなところに」
声に2人がそちらを見ると、ネコノミロクンが手に何かを持っていた。先が細くなったその棒だ。真ん中で真っ2つに粉砕されているものの、釣竿に間違いない。
川から離れた場所に落ちている釣竿。悪い予感が全員の心をよぎる。
「ん? ちょっと見て」
今度はミリアムが何かを見つけた。湿り気を帯びた地面の一部に何かを引きずったような跡が、かすかに見える。たしか目撃情報で、巨大な蛇のような化け物の話が出ていた。
「えっとたしか……この先には洞窟があるみたいだね。もしかして」
さんぽが地図を見直し、全員の目が奥へと向けられる。この先に、何かがいる。
●B班
そしてこちらは、下流を調べているB班。
「あたいの捜索力であっという間に見つけてやるんだから!」
気合いが満ち溢れているのが雪室 チルル(
ja0220)。足場の悪い中を元気よく探索している。
「うーん、水神のせいなのかしら……? 神は祟るというけれどねぇ」
一方で珠真 緑(
ja2428)がそう顔をしかめる。彼女にとって水とは、ただ生きるためのものではない。生き方そのものとも言える。故に、意図的かどうかは定かでなくとも、水神の名を貶める原因がディアボロであったならば決して許さない。深緑の瞳が鋭くなる。
「僕にどこまでできるかわからないけど……だめだ弱気になっちゃ。絶対助ける!」
呟くように気合いを入れる紫ノ宮莉音(
ja6473)。つい弱気になる己を叱咤しつつ、迷わないように目印をつけていく。
各々が気を引き締めている中、唐沢 完子(
ja8347)が持つ無線機に連絡が入った。全員に緊張が走る。
「こちらB班。何か見つか……え?」
伝えられた情報は行方不明者の発見。それと――ディアボロに囚われていることだった。
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「心配してる家族の為にも、魔物の好きにはさせないもん!」
さんぽが洞窟を睨み、駆け抜ける。その先には巨大な蛇の化け物がいる。さらに奥に見えるのは、白い何かで身体を固定された数人の姿。
「こんな酷い事、ボク絶対に許さないから。幻光雷鳴レッド☆ライトニング!」
そしてその手から一直線に放たれる雷光。蛇は背後からの攻撃と狭い洞窟内で身動きとれずにまともにくらった。身体を痙攣させた後、暴れる。尾がめちゃくちゃに振られ、捕まっている子供たちへと向かう。
「きしゃあああっ」
「させないよ!」
いつの間にか回り込んでいたほのかとミリアムが尾を受け止めた。だが、同じく暴れまわる蛇の足がミリアムの横腹につきささる。
「ミリアムねーさん!」
「ぐっ。大丈夫」
ミリアムの口からうめき声が漏れて足が後ろへ下がったが、彼女は耐えた。ほのかもミリアムへの負担を少しでも和らげようと、踏ん張る。
蛇の動きが止まったところで、ネコノミロクンがすばやく行方不明者たちのところへと駆け寄った。全員意識が朦朧としているようではあるものの、息はある。
「ぁ、う?」
「よく頑張りました。もう少しの辛抱です。必ず、皆で帰りましょう」
「頑張って、もう少しだから……ちょっと揺れるけどごめんね」
糸を焼いて解放していると、すぐさまさんぽも駆け寄る。そしてやや乱暴だが両脇に1人ずつを抱え、瞬時にその場を離れる。
蛇がその後を追いかけようとしたが、身体がしびれているのか上手く動けないようだった。
ミリアムがその隙をついて蛇の身体を押し返し、
「ほのかちゃん!」
「はいっ。はああああっ」
体勢を崩した蛇の足の一本をほのかの一撃がへし折る。蛇の意識が自分たちにひきつけられたのを確認してから、彼女たちは洞窟から外に出る。山が赤く染まり、今まさに日が沈もうとしていた。
ネコノミロクンが救助者たちの最低限の治療をしていたが、心身ともに疲弊した身体は相変わらずぐったりとしている。早く医療機関に見せるべきだろう。
「さぁっここは最強のあたいに任せて行って!」
蛇が洞窟の外へと出てくるのを確認した途端に飛びだしたのは、チルルだ。ミリアムとほのかの背を襲おうとした足を払い、自信にあふれた笑みを向けた。
頷いた2人が、救助者を背負い下山していく。辺りは暗いが、蛍光塗料が道しるべとなり彼女たちを助ける。
「さあ、あんたの相手は私たちよ」
緑の手から薄紫色をした光の矢が放たれ、硬い鱗につきささる。さらにそこへ完子がリボルバーを撃ちながら接近していく。しかし銃弾が鱗ではじかれた。
「ちっ。硬いわね」
その様子を見た莉音が、物理攻撃から魔法攻撃へと切り替えて薙刀を振るう。
「守る命がある以上、負けらんねや!」
おどおどしていた目に強い力が宿った時、彼の刃が敵を切り裂く。
やった。
喜びに目が開かれたのもつかの間。くるりと莉音の方を向いた蛇が、蜘蛛のような口を開いて彼に迫った。
(体勢を整え……だめだ。間にあわな)
「させないわよっ」
間に入ったチルルが攻撃を受け止め……きれず、肩に噛みつかれる。だがチルルは声もあげず、敵の頭をしっかりと押さえつけた。背後から迫る気配を感じ取ったからだ。
「くらいなさい、始曲:Jabberwocky」
高く跳び上がった完子が頭へと強烈な一撃を加える。チルルを噛んでいた力が弱まった。すぐにチルルが敵から距離を置き、そのまま再び突撃していく。蛇が頭をふらつかせている。今がチャンスだった。
「水神の名を借りたその悪事、偽物でよければ私が罰してあげるわ」
ふふと楽しげに笑った緑が意識を集中させて、たくさんの矢を降らせる。そのたびに、美しい銀髪が揺れ、光り輝く矢と相まって幻想的な光景を描いた。
「誰も死なせたりはしない! 僕はっ」
莉音が唱えるライトヒールがチルルの傷をふさぐ。どれが正しい行動なのか莉音には分からない。それでも、仲間が大事ということだけは確かだから。
(物理攻撃に強いと言っても、衝撃はどうかしらね)
いつの間にか武器をウォーハンマーへと切り替えていた完子が、その巨大な戦槌を振り上げた。当たった個所は身体の中央付近。ぼきりと、骨が折れる感触が得物越しに伝わって来る。
「ぎしゃああああああああああっ」
蛇が文字通りのた打ちまわる。だいぶくらっているようだが、まだまだ体力があるようだ。尾をなぎ払い、近くにいた全員の身体を弾き飛ばす。
「くっ。もう回復したのっ?」
「やるじゃない!」
ぎらぎらと輝く蛇の目には、ただ欲のみが浮かんでいる。目の前の獲物を食いたいと、ただそれだけを浮かべている。知性などは感じられない。
「……意図的ではなさそうね。でも、水神の名を貶めた罪は重い」
緑は目を細め、手に集めた力を矢に変える。そんな彼女の横を駆け抜けるのは、莉音。わざと目を引くように大きく動きまわり、意識をそらせる。そこへ緑の矢が突き刺さる。
「しゃあああぁぁっ」
ぎろりと、莉音へ向けられた目。蜘蛛の足が細い体を投げ飛ばし、生まれた隙にチルルが2本の足を切り落とす。
「大丈夫っ?」
「いつつ……うん、大丈夫」
動き自体は愚鈍で攻撃を当てることは簡単。しかし表皮は硬く、頭、足、尾とそれぞれがバラバラに動いて攻撃してくる。
「体力もバカみたいにあるみたいね」
完子が2人の傍に着地しつつ呟く。身体のあちこちから血を流しつつも、敵は暴れまわっている。その時口から白い何かが吐き出された。それらを飛んで避けるが、飛び散った白い何かが緑の足にへばりつく。それは粘り気のある糸。
「これはっ」
動けない彼女に尾が迫るのを、チルルが防ぐ。数秒尾の動きが止まる。そこへ完子と莉音が攻撃を仕掛け、尾を切り落とすことに成功した。緑が糸を切って脱出する。
尾で身体を支えきれなくなった蛇の頭が地面へと近づく。吐き出される糸を、全員跳んで避ける。
もう互いに体力は限界に近付いている。
緑が全力を込めた矢を放ち、完子が緑を狙った足を切り落とす。莉音がチルルへ放たれた糸を凪ぎ、チルルが
「これでおしまいよ」
天高く掲げた剣を振り降ろす。
剣は蛇の頭を切り裂いた。敵は悲鳴を上げることなく、地面に横たわった。
●
「いやああああああっ」
悲鳴を上げたのは、子供たちだ。怖い怖いと泣き叫ぶ。水を飲ませなくては、と差し出されたそれを手で払い、親にしがみついて泣いている。
2日と少し。
たったそれだけの期間ではあったが、ろくに眠れず、水も食事も取れず、ひたすらに耐え続けた子供たちの心に深い傷を植え付けた。共にいた大人ですら、いまだに震えが止まっていないのだ。無理もない。
「ああっ本当にありがとうございました」
泣き声が響く中、そう頭を下げたのは依頼人である村長だ。行方不明者4人に怪我という怪我はなく、無事。棲みついていたディアボロは倒された。
全員帰ってこないのを覚悟していた村長は、本当に感謝している様子だった。彼の背後からは相変わらず泣き声が聞こえるが、それもまた。生きているからこそ聞こえるものだ。
死んでしまっては、泣くことすらできないのだから。
子供たちの泣き声を背に、撃退士たちは帰路についた。