●教室開始!
「では、これより料理教室を始めます」
家庭科教諭の声が調理室に響く。
「……というと堅苦しく聞こえるかもしれませんが、今回は料理は楽しいものだと言うことを知っていただければと思っています。分からないことは先生やお友達に聞いたりして、楽しくやりましょうね。
でももちろん、刃物や火を扱いますので、そこはちゃんと気をつけてください」
教室の目的を告げてから、教諭は簡単にカレーを作る上での手順を教えて、各自班ごとに作業開始となった。
●手順その一、緊張をほぐしましょう!
「うんと、リューグだ。今回は足を引っ張るし、絶対迷惑をかけるけど、……見捨てないでくれると嬉しい」
大きな身体を縮めるようにため息を吐き出したのは、リューグ(
ja0849)。料理が苦手なのだ。
失敗して不味い料理になってしまった時。自分だけが食べるならまだしも、班員達も食べるとなれば申し訳ない。何よりも、食材を無駄にしてしまったら育ててくれた人に顔向けできない。
「ウェマーです。よろしくお願いしますリューグさん……って、どうかしましたか?」
そんな彼へと声をかけたウェマー・ラグネル(
ja6709)は、エプロンを巻いて準備万端だった。
「あ、えと実は料理すると……いつも不味くなるんだよな」
「そうなんですか。でも大丈夫ですよ。先生も言ってるように、気負わず楽しみましょう」
笑顔で言われ、リューグはホッとした。
「辛口の牛スジカレー……具材はどうしますか?」
「人参玉ねぎ、牛スジだけがいいな」
「なるほど、シンプルでいいですね……ふむ。隠し味にトマトを入れたいんですが、いいですか?」
「もちろん。味付けの方はお願いするよ」
挨拶をした後は調理へ。肉を切って圧力鍋でコトコト煮る。圧力をかける前に、ちゃんと灰汁や脂はとっておく。
ウェマーとリューグに対面している調理台から、なんだか不思議な緑色の物体が浮き出ていた。
(うみゅぅ。た、高いのです)
正体は三神 美佳(
ja1395)。フルーツの入った籠を台の上に置いて、一息。どうも彼女にとってこの調理台は高すぎるらしい。
それに彼女と同年代の参加者はほとんどおらず、ただでさえ人見知りの美佳の緊張はピークに達していた。
(でもがんばって、みなさんに喜んでもらうのですぅ)
気合は十分なのだが、あいにく身長が足りない。
「ウェマーさん。玉ねぎこんな感じで……っとと?」
「はい、十分……どうかしましたか?」
食材を切り終わってホッと息を吐きだしたリューグが、そんな美佳の姿を発見した。教諭に声をかけて台のようなものがないかを聞き、教えられた場所から踏み台を持ってきた。
「これを使」
「うみゅぅ! あ、あり」
美佳は見上げた先にいる大きな身体のリューグに驚いたようで、固まってしまう。しかしすぐに、しどろもどろではあったが礼を述べて頭を下げる。
「ありが……とうなのです」
緊張している様子を見て、リューグは美佳から調理台へと目を移す。
「パイナップル、リンゴ、パパイア……フルーツカレー?」
「は、はい」
「えーっと、何かてつだ」
手伝おうか、とリューグは言おうとして口を閉じた。
「疲れたあなたにカレーはいかが?
愛を込めて作ったの
お残しはしないでね」
突如聞こえた歌。美佳とリューグが顔を向けると、ウェマーが楽しげに微笑んだ。
その楽しげな歌と微笑みに、美佳も少し緊張が解けたのか、はにかむ。その笑みを見てリューグも笑う。
「何か手伝えることあったら遠慮なく言ってくれ。……味付けはできないけど」
「……じゃ、じゃあパイナップルの皮と芯をとってもらえますかぁ?」
「おや、もしかしてフルーツカレーですか? 俺、食べたことないので、楽しみですね」
リューグは言われたようにパイナップルを、美佳は材料を正確に計ったり炒めたり、ウェマーがにんにくや玉ねぎを炒めながら、3人は笑顔で料理をしていった。
小さな手に包丁をしっかり握った美佳がニンニク・タマネギをみじん切りにしていく。大きさが均等だ。若干涙目なのは仕方ないにしても、見事な包丁さばきだ。
その手つきを心のうちで感心しつつ、リューグは果物の下処理やトマト缶を開けたり、道具を洗ってかたずけたりと、ウェマーや美佳のアシスタントとして身体を動かす。……床が揺れた気がするのは気のせいだ。
「愛に笑って応えて あなたの笑顔に私も笑顔 食卓に愛があふれ出す カレーの魔法 私が秘密の魔法 あなただけに使う魔法なの
っと、あ、トマト缶は中にいれてください」
「分かった……よく歌いながらできるなぁ」
「そうですか? 結構楽しいですよ。一緒にどうですか?」
「う。遠慮しとく」
リズムよく歌いながらウェマーはそう声をかけ、煮込んでいた鍋の中にトマトが入る。鍋の中を覗き込んだリューグの目が輝いた。これだけでも十分おいしそうだ。
「あともう少し煮て、最後にルーですね」
一方の美佳はというと。
アメ色になった玉ねぎを見て、ニンニク、薄力粉、カレー粉をくわえて軽く炒める。そしてそこにブイヨンを少し入れ、溶き伸ばしフルーツやレーズン、トマト、ブーケガルニを投入。しばし煮込む。
「あとは塩・コショウで味を調えてブーケガルニを取り出せば完成なんですぅ。
疲れたあなたにカレーはいかが……って、今のは違うんです」
思わずつられて歌ってしまい、顔を赤くしていた。
●手順その二、お話ししましょう!
「やっと料理依頼に入れた〜! 料理研部長としてはこういう依頼に入らないとね〜頑張るぞ〜」
そんな意気込みを胸に料理教室へ参加した大曽根香流(
ja0082)は、集まった参加者と相談の上で、スープカレー担当となった。
用意された材料からてきぱきと食材を選び、頭の中では手順がすでに出来上がっている。
具材を切っていく手つきは、さすがと思わせるものがあった。リズムよく包丁が動いて音を立てる。
「わぁ、すごいですね。料理はいつもされてるんですかー?」
隣で作業を開始した櫟 諏訪(
ja1215)が、香流の手際を見て感心の声を上げた。香流はやや照れたように笑いつつ、
「これでも一応料理研の部長しているの」
「ああ、なるほどー」
にこやかに話しつつ、2人の手は止まらない。香流もまた、諏訪の動きに感心する。
今回の諏訪のように、白ご飯、サフランライス、バターライス、ナン、など複数作る場合には、特にこの作業する順番が大事だ。慣れたものだと手順がすぐ思い浮かんで効率よく動けるが、初心者だとこうはいかない。料理慣れた証拠だ。
とはいえ、さすがに今回は量も多い。
「バターライスやナン、1人で大丈夫そう?」
「はい。お気づかいありがとうございますー。でも大曽根さんの方が大変じゃないですかー?」
「ううん、大丈夫よ。ありがとう! って、あら? もしかして他にも何か作るの?」
「はい。カレー作りがメインとはいえ、バランス良く野菜も取らないと思ってですねー」
諏訪の手元にある野菜を見た香流が尋ねた。返答になるほどと頷いてから、ちょっと考え込む。今の時期美味しくて、すぐできるものをピックアップする。
「じゃあ、あたしは、ゴーヤやオクラを素揚げでもしてみようかな。ヨーグルトサラダとかも」
「ゴーヤいいですねー。あ、でも自分もサラダ作ろうかと思ってたんですが、どうしましょうかー」
「んー、野菜はたくさんあっていいんじゃないかな。ちなみにあたしは、きゅうりとシシトウを使うつもりだけど」
「ならトマト、レタス、玉ねぎとかならバランスよさそうですよー」
会話だけを聞いていると、料理の手も止まっていそうだが、香流の鍋にはもうほとんどの材料が入れられてぐつぐつと煮られ、諏訪もサフランライス、バターライスを作り終えて炊飯器のスイッチを押し、ナン作りを開始していた。
香流が素揚げの準備をしながら、カレーの鍋へウスターソース・カレー粉・唐辛子・ガムサマサラ・クミンを入れる。
「あとは最後に味をととのえて、焼いたカボチャととうもろこしを添えて出来上がり! うん。良い香り」
「本当にいい匂いですー。ご飯ももうすぐ炊けそうですし、楽しみですねー」
●手順その三、料理談義に花を咲かせましょう!
「他に何か入れたい物ってありますか?」
「そうねぇ。あたしはトマトとオクラを入れたいかな」
「トマト入れる予定でしたが、オクラ、ですか。なるほど、よさそうですね」
2人の向かいではグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)と、日比野 亜絽波(
ja4259)が夏野菜カレーを作っている。
どうやら班全員で3種類のカレーを作る予定らしい。量多いが、大丈夫だろうか。
「オクラは、粘り気が胃の粘膜を保護する効果があるそうですし、今の季節にちょうどいいですね」
話をしつつ、亜絽波はグラルスから頼まれた野菜を切り終え、使わない道具を洗って行く。
あちこちで具材が炒められ始めたらしく、教室中に香ばしい匂いが漂い始めている。
「グラルスさん、上手な上に詳しいと思ってたら、料理研なんだね」
「はい。あちらでスープカレーを作っている香流さんは部長なんですよ」
「そうなんだ。
あたしは大雑把に料理してるから、勉強になる……っと。玉ねぎのみじん切り終わったよ」
「ありがとうございます。じゃあいれてもらっていいですか?」
ニンニクをすでに炒めていたそこへ玉ねぎが入り、食欲のそそる香りがする。
アシスタントとして動きながら他の組みをうかがう。人手が足りないようなら手伝うつもりだったが、今回は料理に慣れているメンバーが多いらしい。問題なさそうだ。
「あ、オクラと赤ピーマンは粗みじん切りで。他のは一口大でお願いします」
「了解……醤油は何に使うの?」
「隠し味です。香りが引き立つんですよ。食べるときにかけてもいいんですけど、量間違えると大変なことになりますしね」
「へぇ。入れる量はどのぐらい?」
「今回だと2〜3人前ですから、大さじ1ぐらいですかね」
亜絽波も料理はするので、覚えておく。
「あとは……そうですね。カボチャとナスを炒める際にカレー粉を馴染ませたりしておくといいかもしれません。あ、醤油はカレールーを入れた後。ほんとに最後で」
言いながら小さじ2杯分のカレー粉が入れられ、野菜がかすかに黄色に染まる。そしてこんどはぐつぐつと煮ていく。
入った野菜はカボチャ、ナス、オクラ、トマト、赤ピーマン、玉ねぎ、ズッキーニ。
「夏野菜、どれも新鮮でおいしそうだね」
「これらはビタミンが豊富なものばかりですから、夏バテなんかにも効果がありますよ……ああ、そうだ。醤油なしとありで味見してみます?」
グラルスがそんな提案をして、そっとルーを小皿によそう。
「ありがと……ん。おいしい。辛さも丁度良いよ」
「それはよかった。では、醤油をいれますね……はい」
今度はしょうゆを入れたものを一口。
「あ、ほんとにこれだけで香りがよくなるんだね。家で作る時、やってみるよ」
「ええ、ぜひ」
「チーズやバターいれたりするのもいいんですよ?」
「バターはパンやナンにつけるのが特に合いますよー」
隠し味について話していると、聞こえたのか。香流や諏訪も会話に混じった。
「ナン……櫟さん、ご飯関係引き受けてくれてありがとう。白ご飯以外で食べるのも美味しいよね。
大曽根さんは料理研の部長さんなんだよね。スープカレー、楽しみだな」
「いえいえー。自分が言いだしたことですし、自分も皆さんのカレー食べるの楽しみなんですよー」
「香流さんのカレー。僕も楽しみですね。
カレーの種類だけでなく、ご飯も色々で迷いそうだ」
「ふふ。そんなに期待されると緊張ますけど、私もみなさんのが楽しみですし、お互いさまでしょうか」
鍋の様子を見つつ、朗らかな時間が流れていった。
●手順その4、仲良く食べましょう!
「いただきます!」
8人揃って手を合わせ、食べ始める。
「……美味しい、です……」
好き嫌いが激しいと言っていた樋渡・沙耶(
ja0770)が小さく感想をこぼすと、リューグも同意の声を上げた。
「うん! 本当においしいな」
「よかったら、おかわりどうぞ」
「お、ありがとう!」
亜絽波がリューグの空になった皿を受け取り、カレーをつぎながら少し笑っていた。リューグは身体が大きいが、カレーを前にしている姿はどこか愛らしいと思ったからだ。
「これだけあると目移りしちゃうな。……うん、これも美味しいや」
「そうですね。フルーツカレー、始めて食べますがとても美味しいですよ」
「あ、ありがとうなのですぅ」
グラルスとウェマーが本当においしそうに笑ったのを見て、美佳が恥ずかしげに、それでいてとても嬉しそうにはにかむ。
そんな姿がさらに周囲の笑顔を誘う。
「んっと次は……ナンで食べようかな……うん。うまい!」
「ほんと、サフランライスも美味しい!」
「よかったですよー。スープカレーも、牛筋カレーもとても美味しいです」
「スープカレーは俺も好きなんで楽しみにしてたんですが、予想以上に美味しいです」
本当においしそうに食べてくれる姿に、作り手の香流も諏訪も、とても嬉しそうにその姿を見ていた。
「あ。カレー以外にも作ってくれたんだ。サラダと、野菜の素揚げか……これもおいしい」
「ヨーグルトサラダ、これも美味しいのですぅ」
「かぼちゃも味がしみ込んでて」
「それはよかったよ。牛筋も柔らかいし、辛さもいいね」
「最近暑くなってきたし、夏はやっぱりカレー……いやぁ、夏じゃなくてもカレーはいいものだけどな。あ、サラダももらっていい?」
「サラダ……しゃきしゃき……です」
「カレーはとってもいいですよー」
「はい、どんどん食べてくださいね。バターライスも愛称バッチシ」
カレー三種にサラダや野菜の素揚げなど、テーブルの上を占領していたはずの大量の料理が、瞬く間に消えていく。
主に誰かのお腹に収まっていたが、名前はあえてあげないでおこう。
鍋を綺麗にし、諏訪の持ってきたヨーグルトを食べている様子を見て家庭科教諭が「今の子は凄く食べるのね」と関心の声をあげていた。
「ごちそうさまでした」
最後もみんな揃って元気よく。
●手順その五、お片付けしましょう!
「三神さん、テーブル拭いてくれるかな?」
「はい。かしこまりましたですぅ」
受け取ったフキンを手に、一生懸命つま先立ちしながらテーブルを拭く美佳。
一応言っておこう。美佳は小等部4年である! 断じて、幼稚園児ではない!
とにもかくにも、全員で片付けをする。
「今日はみんな、ありがとう。すごく美味しかった」
にかっと笑ったリューグに、各々返事を返しつつ、料理教室は無事に終了した。