しようたいじよう。
なんとか読める、という字で書かれた一枚のカード。それをワクワクとした表情で見つめているのは大狗 のとう(
ja3056)である。傍らには何やら丸いものを持っている。
「今日をずっと楽しみにしてたのだっ! すっげぇワクワクするなぁ……」
「ボクと同じくらいの子がほとんどなの。でもがんばるの」
のとうの隣で、小さくこぶしを握るのは遠莉 癒華(
ja4007)だ。小柄な彼女は下手すると3歳か4歳に見えてしまうが、今回は久遠ヶ原学園の代表として孤児院へと向かう。
「お、悪い。遅れたか?」
「大丈夫でござるよ。これから買い物をしても十分間に合うでござる」
そこへ駆け足気味にやってきた餐場 海斗(
ja5782)に、エルリック・リバーフィルド(
ja0112)が笑顔で答える。そんなエルリックは、手作りケーキ箱を三つほど持っているが、重そうな様子はない。
「それで、どうでしたか。あちらの様子は」
壬生 天音(
ja0359)が、海斗にそう声をかける。海斗は1人、孤児院に行き施設の確認をしてきたのだ。
なぜ海斗1人だけだったか、というと孤児院へ電話で問い合わせた際、
『まあ、来ていただけるではなくいろいろ考えていただいてありがとうございます。
ですが、子供たちはみなさんを玄関ホールで出迎えようと意気込んでまして、発声練習までしているみたいなんです。あの、ですので』
と、言われたため、子供たちの好意をありがたくうけとることにしたのだ。
それでも海斗が確認をしにいったのは、実際の目で見ておきたかったからである。海斗は十分な広さがあり大丈夫そうだ、と答えた。
「ではこれから買い物をして、孤児院に向かいましょう」
買い物は天音が用意していた買い物リストのおかげで手早く終わり、8人は冷たい空気に身を縮ませつつ、しかしどこか温かい気持ちで孤児院へと向かっていった。
●れっつ、ぱーてぃ
孤児院の扉を開けた瞬間の大歓迎には、少し聞いていたとはいえ全員が驚いた。
ぱんぱんっと鳴るクラッカー。続いて火薬のにおいがし、クラッカーの一部が頭に乗っかる。そして大声の、どこか緊張した「ようこそ」という言葉に、玄関ホールの正面に飾られた横断幕に書かれた「ようこそ!」という文字。
字はいびつだが、見ているだけでどこか照れくさくなる。ようこそ、の文字が、声が向けられた相手は、他でもない自分たちなのだ。
「私たちのためにわざわざこんな素敵なパーティーを催してくださって、ありがとうございます」
早苗=ジゼル・ラ・フォンテーヌ(
ja5413)が、微笑んで礼を言うと他のメンバーも続けて子供たちに声をかけていく。
「こんちゃー! 招待、ありがとうなのなっ!」
「招待ありがとうでござるよ」
「お招きありがとな。今日はいっぱい遊ぼうか」
「今日はありがとうなの!」
わいわいと賑わうなか、子供たちの後ろで微笑んでいる職員の元へと天音は近寄っていき頭を下げる。
「久遠が原から来ました、壬生 天音と申します。今日はよろしくお願いします」
「いえいえ。こちらこそ来ていただいてありがとうございます」
天音は買ってきた絵本を手渡そうとした、のだが
「お姉ちゃん、あのねあのね。あっちでぱーてぃするの。いこう?」
1人の女の子が天音の制服をつかんで引っ張る。天音と職員は顔を見あわせて苦笑を浮かべた。天音は軽く頭を下げた後、女の子へ向き直り笑顔でうなづく。
「うん、行こうか」
「みなちゃん、それなあに?」
みなちゃん、こと海斗の荷物へ興味を示した1人の子に、彼はにっと笑った。どのタイミングで言おうかと思っていたのでちょうどいい。
「チョコ作ってみない?」
まだ食事には早い。パーティ会場の広間には料理が運ばれていないことはリサーチ済みだ。
海斗は大きなテーブルを借りて、チョコ作りのために用意したものを置いていく。
チョコ作り、とはいっても火や刃物は一切使わない。用意した材料を好きなように組み合わせていく、料理というより工作のノリだ。
「どうやるの?」
部屋に漂う甘い香りに惹かれたのか。子供たちがテーブルへと集まってくる。興味津津な目線を受けて、海斗は手本を見せる。
手際良く動く海斗が作り上げたのは
「わぁっすごい! チョコのお家だー」
そう、チョコレートの家だ。食べるのがもったいないほどの出来に、あちこちで声が上がる。
「僕もやっていい?」
「あたしもやるーやるー」
反応は上々。他のメンバーたちも子供から誘われ、テーブルのあちこちでチョコのデコレーションが始まった。
「何か難しーなーってとこあったら言うんだぞー」
「はーい」
「はーいなんだぞ」
「はいなの」
「了解でござる」
素直な返事の中に、子供とは違う声がまじっていた気はするが、たぶん気のせいだ。
ということにした海斗は、子供たちの様子を見て回り時折声をかける。子供たちがおびえないよう、笑顔を絶やさず……しかし決して、作り笑顔ではない本当の笑顔で。
「お、すげー、上手いじゃん! 天才天才」
褒められた男の子は、照れくさそうに笑った。
盛り上がっている中で、早苗の周りだけ少々様子が違った。早苗本人が悪いわけではないのだが、彼女の顔立ちは、どことなく近寄りがたい空気を子供たちに感じさせてしまっていたのだ。
さらには早苗の周囲にいる子供たちが比較的引っ込み思案な子が多かったのも要因だろう。
(さて、どないしましょ)
下手に声をかけると余計怯えさせてしまいそうだ。
早苗は少し考えた後で、チョコのデコレーションを始めた。周囲にいる子供たちはおとなしい子ばかりでなかなか海斗の方に行けず、見本がよく見えない。
ならば、自分が見本を作ろう。
何より言葉より態度で示し、作業することで緊張もほぐれるかもしれない。
早苗はそう思って、板チョコを台座に粉砂糖やチョコペンで飾りつけていく。周囲の子供たちもその様子を見て、恐る恐ると手を動かし始めた。
ほとんど無言で作業していた彼女たちだが、チョコが出来上がるころには、目が合うと笑いあえるほど打ち解けていた。
夕食までまだ時間があるので、一行は予定通り劇をすることにした。子供たちには作ったチョコを持ったまま好きな席に座ってもらう。
一端部屋の電気を消した後、天音(音響担当)が流したBGMから物語はスタートしていく。
平和な街に突如現れた『アクダーイカン』率いる悪の軍団。街に悲鳴が上がる。
「この街はうちら、秘密結社【アクダーイカンズ】がのっとった」
名乗っている時点で秘密ではないとか、名前が安直過ぎるとかはつっこんではいけない。
アクダーイカンに扮するのは早苗である。仮面とコートをつけた姿は、なんとも威厳がある。そんな彼女の後ろでは2つの黒い影が「だーいー」と言っている。彼女のしもべたちだ。
「あーれー、誰か助けて下され〜」
エルリックは、アクダーイカン(早苗)に襲われる役で登場。動きや口調はかなり大げさで、笑ってはいけない場面のはずだが、くすくすと笑いがこぼれてしまう。
今回は子供たちへの影響を考えて内容をわざとコメディにしているのだが、うまくいったらしい。子供たちは怖がる様子なくチョコを片手に笑ってショーを見ている。
「待てぃ、だぞ!」
「待ったなの」
そして登場する、ヒーローたち。
「天を切り裂き魔を滅する混沌の救世主、アウルレッド!」
「闇に紛れ光に咲くセント・オルバン、アウルイエロー!」
戦隊ものでお馴染のあの格好をしたのとうと癒華だ。2人はそれぞれポーズを決めて
『撃退戦隊アウレンジャー!!』
息をそろえて名乗りを上げる。
早苗が、目線をアウレンジャーたちに向ける。
「きおったな、アウレンジャーめ。今日こそ貴様らをたおし……って、ブルーがおらんやないかい!」
敵役のアクダーイカンが律義に突っ込みを入れる。そう。本来のアウレンジャーは、ブルーを含めた3人だ。なぜ2人しかいないのか、についてはお察しください。
「ごほん。まあいい。今日こそ貴様らを倒しこの街を我が物にしてくれる! いけ、わがしもべたち!」
「だーい」
奇妙な声を上げながらアウレンジャーへ襲いかかるしもべ。しかしアウレンジャーに扮するのとうと癒華は、華麗な動きでしもべの攻撃をよけ、反撃をする。
「くらえ!」
のとうの足元から橙色の光纏がキラキラと輝き、子供たちが目を輝かせた。
「くらうの! らぶりぃーあたっく」
癒華は癒華で、魔法を使って視覚効果を生み出し、子供たちからは楽しそうな声が聞こえた。
「だーいー」
やられたー、とでも言いたげにしもべたちが倒れる。のとうと癒華の攻撃を受けて後ろへと吹き飛んだ、ように見せかけている。撃退士の身体能力を生かしたアクションは迫力満点で、子供たちは「うおーっ」と大喜びだ。
しかし怒ったアクダーイカン(早苗)により、アウレンジャーレッド(のとう)とイエロー(癒華)は次第に追い詰められて行く。
膝をついた2人に、子供たちのそばに移動していたエルリックが、子供たちへ声をかける。
「大変でござる! このままではアウレンジャーが……みんな! 2人に元気を送ってほしいでござる」
オーバーに両手を振り回しながらあわてているエルリックは、子供たちにしてほしいことを説明した。
「では、せーのっ……
『アウレンジャー、がんばって!』
「でござる」
エルリックにつられて大きな声を出した子供たち。
子供たちのそんな様子を見守っていた海斗は、ほっと息を吐きだした。どうやら子供たちのトラウマを呼び起こすようなことは起きなかったようだ。
劇の方では、音響役の天音が絶妙のタイミングでBGMをピンチ! なものから逆転を彷彿とさせるものへと変え、クライマックスへと突入する。
「なにっ、まだ立ち上がるだと」
「希望のアウルは、こんなところでついえはしないんだぞ!」
「そうなの!」
のとう、癒華、エルリック、子供たち、を順に見ていった早苗は、悔しげに唇をかみしめ
「くっ、おぼえていろ、アウレンジャーめ」
お決まりの文句を言って姿を消す。劇は、子供たちの拍手で締めくくられた。
ストーリーは幼年向けだったが、迫力あるアクションや、撃退士ならではの光纏や魔法などで年長の子供たちも楽しめたようだ。
劇の感想を言い合いながら楽しく食事をし、少し開いた空白の時間を、自由にすごすことになった。
のとうとエルリックは、リトミックという一種の手遊びで子供たちと遊び、癒華や天音は絵本を読み聞かせ(途中、眠ってしまった子には天音が毛布をかぶせ)、海斗と早苗は馴染めない子がいないか周囲を見つつ、子供たちと話をしたり絵を描いたり、とまったりした時間を過ごした。
●たくさんのありがとう
夜8時になろうかという頃合いに、最年長の少年が突如子供たちを集め始めた。
何が始まるのか、と見守っていると彼らは綺麗に整列し、最年長の少年が緊張した面持ちで頭を下げる。それからくるりと子供たちの方を向いた彼は、右手をゆっくりと動かす。部屋の隅に置かれていたピアノから綺麗な音が聞こえてきた。
彼らが何をしようとしているのかを察知し、みんな黙って席に座った。――どうやら子供たちは歌を歌ってくれるらしい。
子供特有の高い声が歌詞と一体化する。
上手い下手でいうならば、その合唱は普通、という評価が下るかもしれない。だが、言葉の一つ一つに込められた子供たちの気持ちは、聞くものの胸を打つ。
撃退士の仕事は天魔と戦うことだが、なぜ戦うのか。
理由など人それぞれではあるものの、答えの一つが彼らの目の前に広がっていたのは確かだ。
子供たちから伝わってきたたくさんのありがとうを胸にしまい、パーティは笑顔のまま無事に終了した。
●想いを胸に
楽しい時間はあっという間に過ぎる。もう別れの時間となってしまった。
悲しそうな顔をする子供たちにさびしい気持ちを隠して手土産を渡し、笑顔で別れを告げる。
「今日一日ありがと! また遊ぼうなー」
「ほんま、ありがとうございました」
「お世話になりました」
「またねー、なの」
「すっげぇ楽しかった! ありがとうなー!」
「ありがとうでござるよー」