昔、あなたが子供のころ。こんな夢を抱いたことはないだろうか。
大事にしているぬいぐるみ。もしくは人形。おもちゃが、自ら動く。おもちゃ自身が動き、一緒に遊ぶ……そんな夢。
大人になると忘れてしまう子供じみた、しかしどこか微笑ましい夢の光景が、そこには広がっていた。
「ぬいぐるみかぁ。昔はよう遊んだな」
建物の陰に身を隠してそんなことを呟いてるのは、亀山 淳紅(
ja2261)だ。
淳紅は今回の依頼を聞いた時、ファンクラブの心情を少し理解していた。だから倒さなければならない敵と分かってはいたものの、せめて写メだけでも撮りたい、と携帯を握り締めている。
そして淳紅の隣では梅ヶ枝 寿(
ja2303)がサーバントたちがやってくるのを静かに待っていた――女装をして。
今回の依頼で一番問題と思われるのはファンクラブだ。サーバントをかばう行為などされてしまえば、手が出せない。
そこで考えた作戦が、淳紅と寿の2人が撃退士としてやってくるが仲間割れをし、寿がサーバントを倒そうとする敵だから止めるのを手伝ってくれ、と淳紅がファンクラブに声をかけて意識をそらす。つまり寿は「憎まれ役」だ。
誰から憎まれるのか。当然ファンクラブからだ。そしてファンクラブは、やはり女性が多い。それは困る。男として困る。さてどうしよう?
(いっそ女子になっちまえば、男子としての俺はノーダメージじゃね? やだ俺頭イイ)
ということで女装に至った。頭がイイかはなんともいえないが、いろいろダメージは受ける気がする。
でもきっといいのだ。本人が納得しているのだから!
「キャーーー可愛い!」
そして聞こえた黄色い悲鳴。淳紅が建物の影から覗き、
「む、むっちゃ可愛えやん、何やあれぇ……」
思わず何枚も撮影。
ウサギとネコとカッパは、話に聞いていた通りの可愛らしさ。いや、そこによてよてとした動きが加わり、さらに可愛らしさがプラスされている。可愛いもの好きにはたまらないだろう。
「行きますわよ、淳紅さん」
「ふえぇっ? は、はい!」
撮影に夢中になっていた淳紅は、寿のしゃべり方に一瞬驚いたあと、顔を引き締めてうなづいた。作戦開始である。
「出ましたわねサーバント! 今日でこのわたくしが成敗してさしあげます」
大声を上げた寿にファンクラブの目が鋭く突き刺さる。その後ろで淳紅が声を上げた。
「なぁ、やっぱりやめへん? だってあんな可愛い子らを倒すなんて、そんなの」
「突然何を言い出すのですか。あれはサーバント。そしてわたくしたちは撃退士! 何をすべきか、よくお考えなさい!」
ファンクラブたちはサーバントを愛でるのも忘れ、2人を戸惑いの目で見ている。口での言い合いはどんどんとヒートアップしていく。その時に、ぐずっという鼻をすする音がファンクラブの中からした。
「ひっく。喧嘩、怖いよぅ……誰か、早く止めて……!」
小学生に扮してファンクラブに潜入していた荘崎六助(
ja0195)だ。大き目のパーカーに半パンといういでたちの六助を疑う目はない。むしろ何人かが大丈夫だと声をかけて六助を慰める。
「この人止めんの手伝って!」
そんな時にかけられた淳紅の声に、ファンクラブの鋭い目は寿ただ1人に向けられる。しかし寿は堂々としている。なぜならば今の寿は寿ではない。『ことぶ子』である!
だから寿自身にはノーダメージだ。誰がなんと言おうとノーダメージだ!
「あらあら。このわたくしに勝てるとでも思って?」
ファンクラブのほとんどの目がサーバントから離れた、とはいえ。やはり中には他の店へと行こうとするサーバントを追いかける者もいる。そこにやってきたのが――白い犬だ。
もちろんただの犬ではない。中に或瀬院 由真(
ja1687)が入っている着ぐるみだ。しかし敢て言おう。
中の人など居ない!
「わぁっ可愛い!」
六助がファンクラブの目が行くよう白い犬――おそらくマルチーズと思われる――もとい、由真を指差す。由真はサーバントをファンクラブの視界から隠すように立った。
「やぁみんな。こんなに騒いでどうしたのかな?」
そして、喋った。やや声がこもってしまったが、ハッキリと聞こえた声に、ファンクラブの中にいた六助以外の『本当の』子供たちが目をきらきらと輝かせる。
「お母さん、あのワンちゃん喋ったよ」
「え、ええそうね」
子供を味方にしよう作戦は成功のようだ。親はサーバントの方を気にしながらも由真を見ている。子供たちが由真の周囲へ集まった。由真はびしっと丸い手(?)をサーバントへ突きつけ
「私の名前は"ゆまーん"。悪い天魔さんを懲らしめにきたんだよ」
と、ポーズを決める。
「悪い天魔さん? ウサギさんたちは悪い天魔さんなの?」
六助が由真を援護する。
「そうだよ。あれは悪い天魔さんなんだ。みんなを騙して悪いことするつもりなんだ。でも大丈夫。みんなが応援してくれたら、私に力がわいてくる。
みんな、応援してくれるかな?」
「うん、応援するよ。頑張れゆまーん! 悪い天魔さんをやっつけちゃって!」
ものすごくノリノリだ。
とにもかくにも、ファンクラブの注意をひきつけることは出来たようである。
●討伐
「どうやらうまくいったようですね」
ファンクラブの中に紛れていた古雅 京(
ja0228)は、そっと集団から抜け出てサーバントへと近づく。ファンクラブの一員としてサーバントを別の場所へと誘導するのだ。
京は十八 九十七(
ja4233)とウサギを担当。石田 神楽(
ja4485)がネコで御暁 零斗(
ja0548)がカッパをそれぞれ別の場所へ連れて行き、各個撃破する作戦だ。
その作戦開始を待っていた九十七には、1つ気づいたことがあった。
(もしかしてこれって……シリアス的雰囲気じゃない……?)
はい、バリバリのコメディですね。
どうやら依頼内容をあまり理解していないらしい。だがそれでも作戦は理解していたので待っていた、のだが、作戦には一つ問題があった。
それは……サーバントとファンクラブの間に信頼関係がなかったという点だ。
そう。ぬいぐるみに見えてもサーバント。腐ってもサーバント。ファンクラブだろうとなかろうと。近づけば襲い掛かるのだ。
「あらあら。ファンは大事にしなくてはいけませんよ」
「ま、どっちでもいーんだぜ。俺の邪魔さえしなければな」
しかし討伐班は特に誰もうろたえることは無かった。むしろめんどくさい作業が減ったと零斗は喜んだ。
一番最初に攻撃を加えたのは、神楽だった。離れた位置からネコに狙いを定め、遠慮も戸惑いもなく撃つ。にこにこ笑顔とリボルバーがなんともミスマッチだ。
弾はネコの耳を帽子ごと撃ち抜く。中から出てくるのが綿ではなく血であることが、なんとも生々しい。……コメディなのに!
どうやらこの3体のサーバントには声帯がないらしい。声もなく吹っ飛んだネコに駆け寄ろうとするウサギとカッパも声は出さない。
ネコに駆け寄ろうとするウサギとカッパ。しかしそうはさせじと九十七がウサギにピストルを放つ。
「見ィィィつけたァァァン! ビ・ヂ・グ・ゾ(天魔)がァァァァっ! ■■■で(ピー)×××に」
ぴんぽんぱんぽーん。
一部不適切な映像がありましたことをここでお詫びいたします。良い子はまねしちゃダメだぞ。内容聞いてもダメだぞ。
とにもかくにもウサギはネコへと駆け寄ることが出来ず、ピストルの猛攻に進路が反れる。その先に、笑顔で大太刀を構えた京がいるともしらず。
「ふふっほんとうに愛らしいですわね。……壊しがいがあります」
どこか恍惚とした顔の京と、放送禁止用語の乱舞を口ずさむ九十七に囲まれたウサギ(リーダー)。絶体絶命のピンチだ。
ウサギはそれでも諦めず、九十七の攻撃を受けながらも包囲を抜け出ようと必死に走り回る。
「ああっ? 逃げてんじゃねぇぞ、ビ・ヂ・グ・ゾ! 俺が■■■に」
「ふふふふふ。あらあら可愛らしい走り方。ぞくぞくしますね」
ごめんごめん、なんかごめん。ウサギごめん。超ごめん。
それしか言えない。
こちらはネコを追いかけてきた神楽だ。すでに起き上がり歯をむき出しにして威嚇しているサーバントを、笑顔なのにどこかあきれた顔で見下ろし、痛烈な一言をこぼした。
「このサーバントを生み出した天使、かなりのお馬鹿様ですね……」
どう考えても戦闘用ではないサーバントだ。たしかに馬鹿だ。ほんとうに馬鹿だ。どこの馬鹿だ生み出したのは……すみません。
誰かがどこかで平謝りしている間にも神楽は容赦なくネコの頭部へ攻撃を加えていく。反撃の余地など与えない。逃げようとすれば撃つ。仲間の下に行こうとすれば撃つ。少しでも動こうとすれば撃つ。
もはやどっちが悪役かわからな……すみません。何も言っておりません。
「……さようなら」
ネコーーーーーーっ!
「やめてーっ」
そんな悲鳴が響いているのは、カッパを追いかけた零斗の方角だ。もちろん、零斗の声ではない。
カッパの頭についていた皿のようなものを蹴り飛ばす。皿は勢いよく飛んで電柱に当たり突き刺さった。かなりの強度があったようだ。それをみた零斗は、
「衝撃で皿が割れないカッパなどカッパなどではないわ!」
と叫んだ。が、おそらく割れたとしても関係なかっただろうが。
カッパが怯えた目を零斗に向ける。まん丸な黒目はとても愛らしい。今まで何人もの撃退士を退けてきた目だ。
零斗はそんな目を見て……楽しそうに笑った。カッパだけでなく、ファンクラブもびくりと肩といわず全身を震わせた。零斗は容赦なくトンファーを振りかぶる。何度も何度も何度も。
「この変わり果てた奴でもファンという真のファンはいるか!」
「もうやめてー」
ファンクラブが止めに入るがなんのその。 むしろ楽しそうになっていく零斗。
カッパはすでに原型をとめていなかったが、それでも仲間の元へと手を伸ばすカッパに零斗は――。
●最後がよければきっと大丈夫!
目の前で始まってしまったアレな光景から子供たちを守るため、由真がまったくの別方向に立ち居地を変えて子供たちを誘導し始めた。
「私の友だちが悪い天魔さんたちをひきつけてくれている間に、みんなは安全な場所に!」
そして六助は呆然としている他のファンクラブにとある広告を見せた。
『ぬいぐるみ専門店OPEN! 可愛いお友達がみんなを待っているよ♪』
「分かっていたのよ。サーバントは敵だってことぐらい……でも、でも」
「やっぱり懐いてはくれなかったのね」
ファンクラブたちはどこかガッカリしながら、心を癒すためにその広告に書かれた場所へと足を向けた。
「…………」
ダメージを受けたのは淳紅もであった。四つんばいになって冗談抜きで泣きかけていると、寿あらためことぶ子が、そんな淳紅の肩をたたく。
「あなたは、甘いですわね。でも……だからこそあなたはきっと強くなれます。さあ、立って」
「ことぶ……子さん」
淳紅を立たせることぶ子は、六助の広告を指差し
「さあ、あちらを目指して走りましょう」
「ことぶ子さん……はい!」
とにもかくにも、こうして悪(サーバント)は倒されたのである。
後日、ゆーまんという着ぐるみが商店街で大人気となるが、それはまた別の話である。