黒板に張り出された紙を見て、参加者たちはグループに分かれて集まった。
★1班
クリエムヒルト(
ja0294)
如月 敦志(
ja0941)
妃宮 千早(
ja1526)
月子(
ja2648)
「私はクリエムヒルトだよ。よろしくね」
まず最初に挨拶したのはメガネをかけた少女、クリエムヒルトだ。まだ何も始まっていないのだが、楽しみにしているのだろう。わくわくとした顔で言った。
「俺は如月 敦志だ。一応料理番として雇ってもらってるから、料理はできる方だと思う」
「それは心強いですね。私は妃宮 千早といいます。今日はよろしくお願いします」
敦志の言葉に千早が穏やかに続け、
「月子、料理したことないけどがんばるよ」
一通り自己紹介がすんだところで、持ってきたエプロンをつける。だが月子は妙なものを取り出した。
「やっぱり料理と言えば裸エプロン! これで前から見たら裸エプロン! どうだ! まいったか!」
それは水着だった。周囲はあまりのことに唖然としているが月子は気にしていない。いそいそと着替えに行こうとして、
「飲酒盃(月子の苗字)さん? 何をなさっているのでしょう?」
般若の仮面を着けた教諭……般若の顔をした教諭に肩をつかまれた。
「普通にエプロンをつけましょうね」
「こっこれはじょじょ、冗談なのよ!」
月子はレースのついた可愛らしいエプロンを普通につけた。こうして料理教室の秩序は保たれたのである。
ベテラン家庭科教諭(年齢は秘密)を舐めてはいけない。
★2班
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)
函南 唯仁(
ja0629)
五辻 虎々(
ja2214)
十八 九十七(
ja4233)
「五辻 虎々っす。料理できるようになりたいんで、ヨロシクお願いします」
「うんこっちこそよろしく。僕はグラルス・ガリアクルーズだ」
気合のこもった虎々の挨拶に、グラルスが微笑んで答えた。
「僕は函南 唯仁。なかなか大勢で料理を作るという機会はないですからね。今日はお願いします」
「料理ができればもう誰も九十七ちゃんを男呼ばわりすることは……くくくっ。完璧な計画です」
「えっと?」
「あ、十八 九十七ちゃんです。ええ、はい」
途中、何か変な笑い声が聞こえた気がするが、自己紹介はとりあえずすんだ。各自料理をするために準備をする。
シャツの上に黒いエプロンをつけたグラルスの横で、九十七は迷彩のエプロンと三角巾を装着した。あれ、この班全員おとk……。
いや。何でもないです。
●料理開始
料理の作業自体は料理の種類ごとに分かれて行う。料理の説明や互いへの質問をしやすくするためだ。
「サラダなど簡単だ、と思われているかもしれませんが、栄養をしっかり取るためにはとても大事です」
サラダを担当することになった月夜と九十七は、家庭科教諭の説明を受けていた。
「生でとった方がいい場合と、火を通した方がいい場合がありますが、今回は深く考えず。楽しんで野菜を選んでください。私のところに持ってきたら、アドバイスします。
あと盛り付け方も工夫すると面白いですよ」
野菜を選べ、といわれた2人はしげしげとどの野菜が良いかと考え始める。
「やっぱりたくさん摂った方がいいよね」
月子は悩みつつ、キャベツ・大根・ツナ・カツオブシ、でいくことにした。家庭科教諭はふむ、と頷いた後アドバイスを送る。
「そうですね。あとはにんじんやトマト、紫たまねぎで彩りを出すと良いと思いますよ」
トマト、の言葉を聞いた時に月子の顔が引きつった。食べられないことは無いのだが、トマトが苦手なのだ。そのことに気づいた教諭は苦笑した。
「にんじんをピーラーで剥くだけでも大丈夫ですよ」
実践して見せる教諭に、これなら簡単そうだと月子は頷いた。そんな月子に
「九十七ちゃんも一緒に作っていいですか?」
九十七が声をかける。選べ、といわれても何を選べば良いのかよく分からなかったのだ。月子はもちろんと2人でサラダを作ることにした。その際、キャベツをレタスへと変更する。
「じゃあ九十七ちゃんはレタス千切ってね」
「えーっと、どれぐらい千切りますか?」
「たくさん千切ろう。野菜はたくさん食べた方が良いよ」
「そうですね。たくさん千切りましょう、ええ、はい」
その後、月子は包丁を持ち、教諭の教えどおり大根を短冊切りにしていく。慣れていないからか少し不恰好だが、問題なく作業は進んでいるようだ。
「葉物は、金属に触れると味が変質します故、手でちぎりましょう、ええ、はい。」
手、以外でどうやってちぎるのか、むしろ聞きたいが、とりあえず少しでも女の子らしさをアピールするため、九十七は楚々としてレタスを千切っていた。
とんとんとん、ぶちぶちぶち。
最初はリズムよくいかなかった作業も、慣れてきたのかリズミカルになっていく。そして、九十七の千切り作業は架橋に来ていた。
「ヒ、ヒャハハハッ! 葉っぱっパァのぱァァッッッ! 九十七ちゃんにビリビリ千切られて抵抗もデキマセンってかァァっ? オラオラオラァ! ちったァ歯応え見せてみろヤぁ! 一方的にヤラれるダケデスゥってかァァァ! ナ、メ、ン、ナ、おるぁぁっぁぁぁあ!」
何があったああああああああっ?
思わずそう聞きたくなるテンションでひたすらにレタスを千切る九十七。そんな彼女を見た月子は、
「すごい。野菜をヤるだなんて、月子も見習わないと。大根×包丁? いや大根×ニンジン? いやむしろ」
なぜか感銘を受け、よく分からない妄想をし始めた。
一番の安全ゾーンと思われたサラダ……危ない、かもしれない。
「なんかあっちはすっげー楽しそうっすね」
「ええ、そうですねぇ」
「……サラダに叫ぶ要素があったとは知りませんでした」
盛り上がっているサラダ組を見ながら、虎々、千早、唯仁が順に声を上げた。ツッコミはいない。
「あ。お2人は何を作られるんですか?」
「僕たちはミネストローネを作ろうかと。妃宮さんは?」
「ん〜。そうですね。違う料理の方が良さそうですし、コーンスープにします」
「後で、よければ味見させてくださいね」
「もちろんですよ」
千早と唯仁が話している後ろでは虎々がスマホを取り出し、レシピのページを食い入るように読んでいた。料理などしたことのない彼は心配がぬぐえない。今回の料理は他の人も食べるのだ。迷惑をかけてはいけない。
唯仁がそんな虎々に気づいて声をかける。
「五辻さん、それはナシにしませんか?
せっかくこうしてみんなで集まって料理しているのですから、分からないことは聞いてください。もちろん、そうやって自分で調べる姿勢はすばらしいことですが」
「ええ、そうですよ。私も班は違いますが、いつでも聞いてくださって構いませんから」
優しく微笑む2人とスマホを何度か見た虎々は、それをポケットにしまった。ちょっと照れくさそうな顔をしてから、気合を入れなおす。
「はいっす。よろしくお願いします! なんでもやりますんで言ってくださいっす」
「その意気です。ではまずは野菜を洗ってから切っていきましょう」
こうして各々作業に入っていった。
千早は手際よくとうもろこしを処理していた。どこか楽しそうだ。
普段から料理をする彼女だが、やはり自分のためだけに作るのとみんなで作って食べるのではやりがいが違う。喜んでくれるだろうかと考えながら作っていると、自然と頬が緩む。
(できれば他の班のみなさんとも一緒に食べたいのですが、いいんでしょうか? あとで先生に聞きましょう)
「いいですか、包丁の持ち方は……はい、そうです。指には気をつけてくださいね」
「がんばるっすよ」
緊張した面持ちで、しかし真剣に包丁を持ち材料を切っていく虎々を見た唯仁は別の作業に取り掛かる。もちろん様子を見ながらだが、問題はなさそうだ。慣れてきた頃が怪我しやすいので注意が必要だが。
ナスのアク取りにお湯の用意、虎々の様子を見つつ鳥をひき肉にしていく。
「すいません、函南さん。そちらにザルありますか?」
その時千早に声をかけられた。唯仁は手を止めて、目を動かす。どこかで見かけたと思ったのだが。代わりに虎々が声を上げた。彼の手はザルを持っている。千早に手渡す。
「ここにあるっすよ。どうぞ」
「ありがとうざいます……わあ、上手に切れてますね」
お礼を言った千早は虎々の手元を見て、手を叩いた。やや大きさはばらばらだが、初心者にしては上出来だろう。虎々が照れくさそうに笑う。
「そうっすか? ありがとうっす」
「そうですよ。トマトみたいな柔らかいものは中々切りにくいですし、たまねぎは目が痛くなりますし」
唯仁までが褒めると、虎々はますますやる気が湧いてきたようだ。目が輝いている。
「次は何したらいいですか、先輩。あ、妃宮さんも、俺にできることあったら言ってください」
「そうですか? では、あの、良かったら3人で2つのスープを作りませんか?」
「あ、それいいっすね。俺もいろんな料理に挑戦したいです」
千早が提案すると虎々が笑顔で承諾した。唯仁にしても異論はない。
「ありがとうございます! ミネストローネの方はどこまで進みました? コーンスープは……」
「味付けこれぐらいでいいんすか?」
「ふむ。もう少し濃くてもいいかもしれませんね」
そんな和やかムードの中、サラダを作り終えた月子がやってきて千早に話しかけた。
「月子も何か手伝うよ」
「ありがとうございます。ではこの野菜を切っていただけますか……こんな感じで」
千早は実践して見せて月子に野菜を任せる。包丁にはサラダ作りで少しは慣れたのか。良い音を立てながら切っている。慣れてきた頃が一番危ないと知っている唯仁は彼女の様子を見守りつつ、虎々に指示を出し自分の作業もこなしていく。
スープの方は大丈夫そうだ。
「あ、そっちもハンバーグになったのか」
「……ということはそちらも?」
メインの調理台に集まった3人は顔を見合わせた。クリエムヒルトが楽しげに拳を天井へ突き上げる。
「じゃあ一緒に作ろうよ。大勢の方が楽しいもん。あ! 私はクリエムヒルトだよ」
クリエムヒルトの提案に、敦志とグラルスは笑って賛同した。
「そうするか。俺は如月 敦志、よろしく」
「僕はグラルス・ガリアクルーズ。グラルスと呼んで下さい」
「グラルスは料理……できそうだな。結構こだわりのハンバーグが作れそうだな」
「美味しいの作ってみんなを驚かせよう」
軽く挨拶をした後、ハンバーグの種を敦志が、ソースや付け合せの野菜をグラルスが担当することにした。クリエムヒルトは初心者なため、ソースと種の両方を行き来することに。
まずはクリエムヒルトがたまねぎを切ろうと包丁を手にする。なんとも危なっかしい手つきに心配を覚え、敦志はまず手本を見せることにした。
「たまねぎをまず半分に切って、こうして切込みを入れて……ほら。みじん切りの完成、だ」
切ったたまねぎの大きさが揃っているのはさすがだ。クリエムヒルトが感嘆の声を上げながら挑戦する。敦志は様子を見つつ、ひき肉の準備にとりかかる。
合挽き肉でもいいのだが、今回は牛100%のものを作るつもりだ。ふわっと仕上げるにはコツがいるが、そこは腕の見せ所。
そんな2人の横ではグラルスがソースを作ろうとしていた。が、首をかしげて敦志たちに問いかける。
「ソースは何にしますか? 僕はデミグラスにしようかと思ったのですが」
「ん? ああ、そうだなぁ。チーズとかも美味しいよな、とか考えてたけど」
「私、どっちも食べたいな!」
ソースは大事な肝だ。思って問いかけたグラルスに、敦志が考え込み、クリエムヒルトは元気よく振り向いた。……包丁を持ったまま。敦志が飛び退る。
「うわっちょ、おいおい。包丁振り回すな」
「大丈夫だって。私、人に包丁向けたりしないもん」
そんな様子にグラルスは苦笑しつつ、
「2種類作るのもいいな。じゃあそうする。がんばろうな、クリエムヒルト」
「うん。よーっしがんばるぞ。敦志さん、次は?」
「はいはい。次はって、とりあえず包丁を置け。危ない」
「はーい」
素直に従ったクリエムヒルトに敦志は言う。
「包丁の使い方は基本さっきやったのでいい。細かい言うと持ち方にもいろいろあるんだが、ま、それはおいおい覚えて言ったらいいだろ」
「じゃあ今度はソース作りに入ろうか。デミグラスソースは市販のものが用意されてるみたいだけど、ちょっと工夫すれば簡単で美味しいのができるから」
グラルスは言いつつ、軽量スプーンをクリエムヒルトに渡す。
「包丁の扱い方は覚えたみたいだし、今度はケチャップを量ってみようか。大さじ1で」
「えーっと大さじは……これだね」
最初に聞いた家庭科教諭の説明を思い出し、クリエムヒルトは真剣な眼差しでケチャップを量る。クリエムヒルトが量っている間にグラルスはチーズソースの材料を揃え、彼女の作業が終われば次の作業を指示していく。料理の流れ、というよりは一つ一つのやり方を丁寧に教えているようだ。
そんな様子を見て頷きながら、敦志はボールの中に繋がったたまねぎを発見して苦笑い。クリエムヒルトに気づかれないよう、身体で隠しながら繋がったままのタマネギをみじん切りにした。
(どうすっかな。焼きの作業は結構難しいし、けど料理教室だしな、これ)
ニンニクを下ろす作業をしながら考える。最近彼は『どうやったらまともな料理を作らせられるか?』に興味があり、クリエムヒルトの様子を見る限り、やはり実際にやらせてみるのが一番よい方法に思える。
(でも火はマジで危ないしな。フランベもいきなりは)
悩みながらも敦志の手は止まらない。
「あ、わりい。コショウ取ってくれ」
「はいどうぞ」
「さんきゅ……待て、クリエムヒルト」
渡されたものを見て敦志は頬を引きつらせた。
「これは砂糖だ」
本当にこんな間違いがあるんだな、と遠い目をして敦志は思った。そんな彼に九十七が声をかける。
「何か手伝えることないですか?」
「あ、そうだな。じゃあハンバーグの種をこねてくれないか?」
その後、ヒャッハーと言う叫び声がしたとかしないとか。
「ちょ、落ち着け!」
出来上がった料理は、千早が家庭科教諭に提案し、結局全員で食することになった。
「野菜はたくさん食べた方がいいよね!」
「九十七ちゃん、がんばってちぎりました」
あまりにも大量のサラダが出てきて場が一瞬凍った瞬間もあったが、料理自体は成功といえた。みんな勢いよくお代わりしたり、料理について語ったりメモしたり、と笑顔で食事をした。
唯仁が持ち込んでいた焼きプリン(教諭の許可済み)を最後にみんなで食べ片付けをしていた中、千早が首をかしげて呟く。
「一皿だけからし入りにした方が面白かったでしょうか」
「しなくていいからな!」
敦志がツッコミを入れた。
ちなみに今回の賞は、ドジっこで賞・苦労人で賞・ハイテンションで賞、でした。