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マスター:舞傘 真紅染
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/11/05


みんなの思い出



オープニング

●ワンワン食堂
 久遠ヶ原学園のある人工島。ワンワン食堂はそこにある小さな飲食店だ。
 良心的な価格と料理の美味しさや
「ごちそーさんした」
「おうっまた来いよ」
「いつでも来てね」
 親しみやすい店主夫婦との会話を目当てにわざわざやってくる学生もいる、中々の人気店だ。
 しかし、学生たちが去った後の夫婦はどこか悲しげな顔をしていた。
 実はワンワン食堂。あまり経営がよろしくない。それは学生への負担を少しでも減らそうと値段を低く設定していたのが主な理由だ。
 それでも数を売ればなんとかなるのだが、学園から離れた位置にあるためか。ここまで食べにきてくれる学生は限られている。
「もう限界か」
「そうですね。あの子たちに会えなくなるのは悲しいですが」
 呟いた2人の言葉を、遅れて昼食を食べにやって来た1人の学生が聞いていた。

●久遠ヶ原学園
「なっ頼むよ。助けてくれ」
 斡旋所で依頼を探していると、顔なじみの斡旋員に突然頭を下げられた。
「俺にとってあそこは大事な場所なんだ。オアシスなんだ。頼む」
「とりあえず落ち着けって」
 周囲の目線がいたい。
 斡旋員をなだめて詳しい話を聞く。
「ワンワン食堂のおっちゃんとおばちゃんは、いつも笑顔で出迎えてくれて、時には慰めてくれたり怒ってくれたり……俺にとって第二の両親なんだ。
 そんなおっちゃんたちに恩返しがしたいんだ。頼む。報酬なら俺が個人的に出すからさ。ワンワン食堂を救ってくれ!」


リプレイ本文


 依頼を受けて、ネピカ(jb0614)は街を歩いていた。
(ワンワン食堂……。正直始めて聞く名前じゃな。
 とにもかくにも行って、見て、食べてからでないと当然具体的な案は出せないのじゃ)
 依頼主から受け取った地図で店を探しているのだが、見つからない。
(ここらへんのはずじゃが……む?)
 一瞬迷いかけたが、大通りから外れた入り組んだ路地の中に突如現れる『ワンワン食堂』の文字を発見した。
 なるほど。たしかに分かりづらい。
(ん。家庭料理の食堂の店構えならば、寧ろこの地味さはかなりのプラス要素ぞよ)
 店構えをそう評し、ネピカは厳めしい(と本人は思っている)顔をして店の中に入っていった。
「いらっしゃい」
「…………」
 出迎えたのは奥さんの笑顔と食欲をそそる香り。席に案内された後、ネピカはメニューの一番上にあったトンカツ定食を指差して注文した。
 運ばれてきたのは
(む、うまそうじゃな)
 トンカツ定食だ。
 スマホで撮影してから、カツを口に放り込めばさくさくと音がして、口中に肉汁が広がる。
(味、量、値段。運動部男子向け的に完璧じゃな。
 私には少し多すぎにも思えたが、味が良いので意外と苦もなく食べられたのう。うむ、店は現状維持で問題無いように感じるぞよ。足りないのは知名度のみじゃろうて)
 そう考えたネピカは、狙いを運動部の男子に定める。
(他の依頼参加者も店を確認してから動いてもらいたいのじゃが、やり方は十人十色じゃ。
 私は現状の店でも受け入れてくれそうな客層の開拓で方針決定じゃ)

 その頃、同じく街を歩いている男がいた。
「えっと、この曲がり角がここだから……」
 地図を片手にワンワン食堂を目指している桐生 直哉(ja3043)だ。依頼開始は明日からだが、まずは位置確認をしなければと思ったのだ。
 しばし迷った後、ようやく見つけた店を前にして
「うぁ、マジか。
 こんな所に家庭料理のうまい食堂があったなんて盲点だった。早速食いに――ッ」
 少し悔しがる――時に、微かに顔をゆがめた。実は直哉、別の依頼で重傷を負ったのである。
(じゃなくて、今は閉店フラグをへし折る為に頑張らないとな)
「ふぅっ」
 息を吐きだした後、道中の目印を確認しながら戻り、明日は怪我がばれないようにしなければと対策を練ったのだった。


 翌日、集まった面々を直哉が先導していた。
「素敵なお店が無くなるのは悲しゅうございます。食堂の素敵な所を具体的に広く伝えましょう」
「私も1人で学園に来てるから、お食事が出来る所が大事なの、よく分かるんです。
 お料理は出来ないけど、精一杯頑張ります!」
 氷雨 静(ja4221)と草薙 胡桃(ja2617)が意気込みを口にする。
「安くて美味しい家庭の味も。お父さんお母さんのようなお二人とお話できる場所も。
 なんとかして守りたいなあ」
「はい。いいお店が潰れてしまうのはとても惜しいです」
 そう呟いた星杜 焔(ja5378)に雪成 藤花(ja0292)が同意する。
「安く食べられる食堂が無くなるのは実家を離れてる学生身分しては痛いなぁ」
 少し離れたところを歩いている相川零(ja7775)は、依頼主である学生たちの気持ちが良く分かると思った。人見知りなため輪の中に入れないのだが、良い料理屋は存続すべき、と自身を奮い立たせていた。
「……え、えと……やることになったからには、全力を尽くしますぅ……。
 でも、本当に私にできるのでしょうかぁ……」
 同じく離れたところにいる月乃宮 恋音(jb1221)は、段々と声が小さくなっていた。色々調べて準備もしてきたのだが、不安の方が大きいようだ。
「あそこだよ」
 そうしているうちに、ワンワン食堂にたどり着いた。


 まずは夫婦に挨拶をし、定休日な店内を借りて簡単に話し合う。とはいえ、昨日の内に簡単に役割は決めていたのでそれぞれに別れる。
 基本方針は
・安くて美味しい家庭の味という売りを広める
・男女問わず利用者を広く開拓
・弁当販売の宣伝
・店主夫妻と客の近さをアピールし、将来的に一種のコミュニティ形成を目指す
 である。
「あ、これ。何かの役に立てばいいんだけど」
「まあ、目印ですか。ありがとうございます。とても助かります」
 ビラ作成を担当する静に直哉が調べておいた目印について書かれたメモを渡した。分かりやすい地図には必須だ。
 全体デザインはポップな万人受けする物を考え、地図だけでなく店主夫婦の一言、常連客の声、新たに始める予定のサービス内容なども盛り込んでいく。
「弁当、かい?」
 そして厨房では食堂夫婦が少し困った顔をしていた。
「……あの、えと……だ、駄目でしょうか?」
「ごめんなさいね。すごく良いと思うんだけど、たくさんは作れないと思うの」
 弁当を作って購買に置かせてもらえれば良い宣伝になると提案したのだが、問題は生産性である。恋音も手伝うつもりではいたが、限界はある。
「じゃあまず10個からどうですか? 後々増やすことも可能でしょうし」
「10個……それなら」
 零がそう提案して、弁当を作ってくれることとなった。なら後問題は弁当の内容と置いてもらえる場所だ。
「……頑張ります……」
 恋音はそうして厨房に向かう。食堂の新メニューやお弁当の内容も考えなくてはいけない。焔も料理が得意なのでその手伝いに行く。とはいっても彼は小料理屋の息子。自分の味にしてはいけないと助言をするだけだが。
「どんなのにするか大体決めてきたのかな?」
「……はい。あの、えと……蓮根入り豆腐ハンバーグとおからコロッケ、鱈のちり鍋……です」
 恐る恐る口にする恋音に、焔はにこっと笑って安心させる。
「いいね。豆腐やおからは女性が好きそうだし、鍋はたくさん食べられるから男性客にも受けそうだし。じゃ、作ってみようか。
 あ、でも俺がレシピ開発をしてしまうとワンワン食堂の味じゃなくなっちゃうから、基本は月乃宮さんにお任せしていいかな?」
 恋音がこくりと頷き、料理開始。


 カンカンカンと大工仕事をしているのは胡桃である。
「女の人って、知らない人と食事するの、少し抵抗があると思うから。衝立で目隠し出来ますよ? っていうのがあれば、安心してくれるはず」
 どうやら簡易式の衝立を作っているようだ。ちょっとした配慮だが、効果はありそうだ。
 デザインはワンワン食堂の内装に合わせてシンプルに。完全な眼隠しではないが、少し見えづらくなるだけで違うものだ。
「そしたらきっと、このお店のご夫婦の人柄に惹かれて、リピーターになってくれるよね。……私も常連さん目指してみようかな」
 将来来てくれるかもしれないお客さんの顔を思い浮かべながら、胡桃は衝立を作っていく。
「こんな感じでしょうか」
「ほおっ。上手いもんだなぁ」
 店主が感心した声で覗き込んでいるのは藤花が書いた色紙だ。実は藤花、書道が得意なのである。
 柔らかな字の書かれた色紙で壁の汚れを隠せば、それだけでも随分と雰囲気が変わる。そしてそのスキルを駆使して、メニューも一新する。
「みんなお疲れ様。ちょっと試食してもらって良いかな?」
「……お疲れ様、ですぅ」
 厨房から聞こえた声に、全員作業を止めた。外壁の手入れをしていた直哉も、弁当の器について交渉に言っていた零もちょうど帰ってきたところだったので、全員でいただく。
 豆腐、おからを使った女性向けメニューから、鍋料理、元々の食堂メニューがテーブルに並ぶ。それらを食べながら新メニューとお弁当の中身を決めていく。
「やっぱり定番のトンカツは入れた方が」
「美味しいです! これは、ここで作れますか?」
「この豆腐ハンバーグもとても美味しいです」
「うん。美味しい……けど俺としては少し量が物足りないかな」
「でも女性の方にはこれでも多いかもしれませんね」
「じゃあおかずを量り売りとか」
「いいですね。お弁当箱持参ならポイントとか」
「あ、そだ。衝立作り。あとで俺も手伝うよ」
 あれやこれやと意見を出していく面々を、夫婦は優しい目で見つめていた。


「ワンワン食堂?」
「このトンカツ定食うまそ〜……って安」
「この量でこの値段かよ」
 こちらはネピカ。運動部たち(顧問を中心)にワンワン食堂のビラ(自作)を配っていた。
(反応は上々じゃな。他のものはどうし……ん?)
 そんなネピカの横を通っていったのは零だ。零は学園にある購買の1つへと入っていき
「はい、それで置いてもらいたいんですけど」
「たしかに味は良かったけど」
 弁当を置いてもらえないかと頼みこむ。しかし食堂の知名度が低いためか、渋い顔。
 零はひるみそうになる自身を叱咤し、必死に食い下がる。
「そんなにスペースはいりません。まずは10個だけでも」
「10個ねぇ……なら一応置いてみるけど、売れなかったらすぐ止めるよ」
「はい! ありがとうございます」
 多少の委託料がとられてしまったが、宣伝効果からしたらむしろプラスだろう。これで弁当はOKだ。


「ビラできました。では配布、お願いします」
「分かった」
「はい。行ってきます」
 完成したビラや広告を手に、直哉と零が配りに行く。あとで手が空けば全員で配る予定だ。
「で、最後にここを彫れば……スタンプの完成です」
「簡単にできるもんだねぇ」
 藤花の指示でスタンプを彫り終えた主人が感心する。
「試しに押してみましょう」
 ポイントカードの台紙を持ってきた胡桃に、奥さんが「胡桃ちゃん、押してみてくれる?」と頼んだ。胡桃は笑顔でスタンプを受け取り
「にっくきゅう♪すたーんぷー♪ぽんっ♪」
 と、押す。可愛らしい肉きゅうの形が台紙に浮かぶ。名前にちなんで犬の肉きゅうにしたらしい。
 これは『おかずを量り売りするタイプのお弁当を売る』ことが決まったので、お弁当箱持参なら2個。お箸持参なら1個(重複は2個)押して、全部たまれば割引しようという試みから作成したものだ。台紙はすごろくのようにくねくねとしているが、まるで犬の散歩をしているようでそこもまた愛らしい。
「ありがとうよ、藤花ちゃん、胡桃ちゃん」
 奥さんはとてもスタンプと台紙を気に入ったらしい。可愛すぎないかという主人に何言ってんだい、と反論していた。
「雪成様、ブログデザインのことなのですが少しよろしいでしょうか」
「あ、はい」
 静が藤花を呼ぶ。ブログも作ってネットからも宣伝しようという話になったのだ。ブログ名は『ワンワン食堂の家庭の味教えます』。話し合った結果、デザインは見やすいようにシンプルに。
 そんな2人の作業を、夫婦は不安そうに見つめている。どうも機械が苦手らしいのだ。静が安心させるように微笑む。
「大丈夫ですよ。更新作業はそんなに難しくありませんから」
「ごめんなさいねぇ」
「いえ、お気になさらず」
 基本さえ覚えてしまえば後は簡単だろう。御主人は新メニューも覚えなくてはいけないので、静は奥さんに丁寧に方法を教えていく。


「……っと、これでよし」
 直哉は学園の掲示板に食堂の広告を貼りつけていた。その際は犬の足跡のシールも貼りつける。
 もちろん許可はもらっている。
「あとは近所の店に貼らせてもらえるといいんだけどな」
 広告を抱えて奔走する。途中痛み止めを飲みながら、交渉して回る。ほとんど断られてしまったが、
「うちの広告をそっちで貼ってくれるなら構わないよ」
 と、OKをもらえた。すぐに食堂へ連絡をして張り紙の許可をもらい、互いの店に広告を貼ることになった。
(そっか。互いに協力し合える店なら……)
 コツを掴んだ直哉はその後も店を回り、ビラを置いてもらったり、広告を貼らせてもらうことに成功した。

「協力してほしいんだ」
 こちらは同じくビラを持って行った零だ。彼は店の常連客に声をかけていた。
「協力って言っても、部室にビラ貼ってもらうだけで良いし、後輩に奢るのなら安くてうまい店があった方がいいでしょう?」
「まあ、そりゃなぁ」
「構わないぜ。おじさんたちにはお世話になっているし」
「ありがとうございます!」
 快く引き受けてくれた彼らに礼を言って、また次の場所へと向かう。


「……こんな感じでどうだい?」
「……わ。すごく、美味しいですぅ……」
「はっはっは。そりゃよかった」
 こちらは厨房。恋音の作ってくれたメニューを主人が覚えるために練習していたのだが、さすがにすぐ覚えて自分のものにしてしまった。
 恋音は、そこで用意していたアフターケアの内容をまとめたレポートを主人に差し出した。メニュー入れ替え用のレシピ。メルマガの導入。経営コンサルタントの情報。経営が軌道に乗るまでのお手伝いなどが分かりやすく書かれている。あらかじめ恋音が準備していたのだ
 主人の目が丸くなり、それから優しく細まった。
「おや、こりゃ有難い。恋音ちゃんが手伝いに来てくれるのかい? 厨房が華やかになるなぁ」
「なんだいあんた。あたしじゃ花がないって言いたいのかい?」
「さらに華やかになるってこった」
「調子がいいんだから、困ったもんだよ。ねぇ、恋音ちゃん」
「……えと、……あの」
「しかし俺があと10年若けりゃ、恋音ちゃんを逃しはしないんだがなぁ」
「何言ってんだい。どんだけ若くてもあんたに恋音ちゃんは勿体ないよ」
 軽やかに行われる会話に、恋音はただ顔を赤くして俯いていた。

「ふふ、素敵なご夫婦ですね」
「うん、そうだね」
 藤花と焔はそんな厨房をのぞいて、微笑む。2人の密かな夢は小料理屋を営むこと。いつになるかは分からない。けれど、きっと。今回の経験は役に立つはず。
――いつか、自分たちもこの夫婦のように。
「おーい、兄ちゃん。イスが一個壊れてんだ。悪いが直してくんねえか?」
「あ、どの椅子ですか?」
 しかしかけられた声に自分の役目を果たすべく、焔は大工道具片手に店をかけずり回った。


「いらっしゃい」
 ワンワン食堂はとても賑わいを見せていた。
「おじさん、この前のおからのやつ。すごく美味しかった!」
「なぁ、おばちゃん聞いてくれよ。この前さ」
「えーっとひじきの煮つけ100gと豆腐ハンバーグ2個」
「じゃあ2つ押しとくね」
 以前にはほとんどなかった女性客の姿も見える。普通の飲食店にはない活気を感じながら、衝立で視界を保護されたおかげか、気兼ねなく食事ができているようだ。
 たくさん配布されたビラやあちこちに貼られた広告のおかげで知名度が上がり、分かりやすい地図のおかげで迷うこともなく、店内に飾られた書は落ち着いた空気を生み出し、手製のランチョンマットやテーブルクロスは女の子たちの間でひそかに人気だ。
 店は忙しく大変ではあるが、夫婦は楽しそうだった。
 また店の戸が開く。
「いらっしゃ……あら、良く来てくれたね」
「あん時はありがとうな。さ、ゆっくりしていってくれよ」
 あなたの姿を見た夫婦が、とても幸せそうに笑った。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
未来へ願う・
桐生 直哉(ja3043)

卒業 男 阿修羅
世界でただ1人の貴方へ・
氷雨 静(ja4221)

大学部4年62組 女 ダアト
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
オールナイトドライバー・
相川零(ja7775)

大学部5年297組 男 ダアト
残念系天才・
ネピカ(jb0614)

大学部4年75組 女 阿修羅
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト