●脅威! ゴリオ先生!
「さて……続けていくぞぉ!」
「先生、ちょっと待った♪」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)の軽すぎる声に意表を突かれ、ボールを振りかぶった剛田はピタリと動きを止めた。
「なんだ?」
「V兵器は使用不可とは聞いてないけど、ボールに向かって使うのは有りだよね☆」
「それは構わんが……むっ?」
散らばり始めた生徒達を見て、剛田はジェラルドの行動の真の意味を理解する。
「なるほど、時間稼ぎか」
「あははは☆ ゴメンね♪」
慌ててジェラルドは逃げ出すが、剛田は怒るどころか感心すらしていた。さりげないファインプレーだ。あのまま硬直したままだったら、数人は剛田の餌食となっていただろう。
「立体避難〜」
白野 小梅(
jb4012)は背中から天使の翼を生やし、剛田に見せつけるように体育館の天井を飛び回る。
小梅に剛田の意識が裂かれた隙に、御堂 龍太(
jb0849)は近くに居た者達を集め、剛田に聞こえぬように囁いた。
「あなた達、分かってるわよね。協力しないと勝てっこないわよ?」
「ああ、もちろんだよ。皆で協力しよう」
「ドッジボールなんて久々ですね」
日下部 司(
jb5638)とカッツ・バルゲル(
jb5166)は、御堂の言葉に進んで賛成した。流石に、剛田を相手に一人で勝てると自惚れている者は、この場に居なかったらしい。
多くの者が協力的な姿勢を見せ、味方に心強さを感じていた。だが、そんな時、ネイ・アルファーネ(
jb8796)の呟きが耳に入る。
「ドッジボール……?」
小さい声だった筈なのに、その言葉はやけにはっきりと聞こえた。
――いや、まさか、でも……。
無邪気な、しかし不吉な、その言葉。その疑問を孕んだ声の意味を、皆が薄々分かってはいたが、怖くて誰も確認できなかった。
「ふむ、放って問題なしか」
脅威なしと剛田は判断し、小梅から視線を外す。その瞬間、事態を察した日下部は声を張り上げた。
「すぐに次が来る! 耐久に自身が有る人は前衛に、そうでない人は後方に下がって前衛の支援を!」
剛田を恐れ多くが後方に下がる中、勇敢に二人の生徒が前に出る。
藤堂 猛流(
jb7225)と、獅子宮 レイ(
jb7212)だ。
「さあ、獅子宮。壁を目指し、そうであろうとする俺達がやれることを精いっぱいやってみようか」
「ああ、不屈の騎士の心で、受け止めて見せる!」
藤堂は深く腰を落とし、獅子宮は盾を構え、剛田を睨み付ける。
藤堂は不敵に笑うと、挑戦的な言葉を剛田に放った。
「ゴリオ先生。俺が今どの程度の存在なのか、アンタの攻撃を受けることで試させてもらうぞ」
「良い覚悟だ! その言葉、どれだけ本気か確かめてやる!」
剛田からボールが放たれる。残像が残るような速度。藤堂はそれを視認した瞬間、咄嗟に腕を持ち上げた。
「ぐっ……はぁ!」
腕と胸に当たり、藤堂の巨体は後ろに吹き飛ばされた。ボールは高々と上がり、ゆっくりと落ちようとしている。
「ぐっ、ごほっ! 誰か……」
「良い根性だ。だが、アウト――なにっ?」
自分の方へ落ちてくるボールを眺めていた剛田だが、パンッ、と乾いた音がしたと思うと、ボールは方向を変え、カッツの腕の中へ落ちた。
「なるほど、お前か」
「ふふっ、まぁね☆」
弾丸でボールの軌道を変え、悪戯っぽい笑みを浮かべるジェラルド。
感心する剛田に、カッツは全力でボールを投げた。
「はぁ!」
力強い踏み込み、流れるような体重移動。運動エネルギーのロスがまったくない完璧な投球に、カッツは勝利を確信する。
――パシッ。
だが、それはあっさりと崩れ去った。
「まさか! そんな簡単に――」
「うっ、ほおおおお!」
「ぶふぇあ!?」
まともに反撃を受け気絶するカッツ。
転がったボールを再び手にした剛田を目にし、ジェラルドは小さく冷や汗を流した。
「いやぁ、流石にお強い☆」
「ふん、正面からでは俺を倒すことは出来んぞ!」
そして、剛田の攻撃は続く。
次にそれを受けたのは、獅子宮だった。
「くっ、あああっ!」
盾でボールを受けるが、余りの衝撃に体ごと後方へ吹き飛ばされる。生身の藤堂と比べダメージは少ないが、防ぐ事が精一杯で、上手くボールを上げることができない。
「簡単にはボールの元にはいかせませんよ!」
「ちっ、取られたか!」
再び剛田の元に転がるボールとの間に、日下部が割って入る。日下部は味方に蹴り飛ばし、ボールを確保した。
高速のボール回しで、生徒達は剛田の攪乱を狙う。隙を見つけ投げつけるが、しかしこれも剛田はあっさりとキャッチした。
「あらやだ、あれでも駄目なのね」
「この程度で俺を惑わす事はできんな。さて、お前等はあと何回俺の攻撃を防ぐ事ができるかな?」
剛田の言う意味を察し、御堂は盾となっている藤堂と獅子宮を窺う。
確かに、たった一撃しか受けていないにも関わらず、二人は既に足に来ている。
「最後まで壁で有り続けて見せるさ。ぶっ倒れるまでな!」
「私は倒れない! この後ろに、守るべきものがある限り!」
「よくぞ言った!」
その後、二人は言葉通り剛田の攻撃を受け止め続けた。時折他の者が狙われ数を減らされたが、二人のその献身的な動きはまさに壁、盾と呼べるものだった。しかし、度重なる剛田の攻撃は確実に二人を蝕んだ。
まず限界を迎えたのは、生身で攻撃を受け続けた藤堂だ。藤堂の腕はボールを打ち上げ続け、青く変色すらしている。
そしてとうとう、藤堂は限界を迎え、前のめりに倒れ込んだ。
「ちっ……まだまだ、だな。想いだけでは護れないものもある。もっと鍛えんとな」
「藤堂! ……くっ!」
悔しげな瞳を藤堂に向け、獅子宮は剛田を強く睨む。
ある意味、剛田が一番驚いているのがこの獅子宮だ。藤堂と違い盾を使っているとはいえ、藤堂よりも多く剛田の攻撃を受け止めている。その体に溜ったダメージは、決して剛田に劣る物ではない。
「もう楽になったらどうだ?」
「これしきの負傷、まだ立てる!」
それは明らかなやせ我慢だ。しかし、その瞳から不屈の闘志を感じ、剛田はその想いに応えた。
「いいだろう! ならば食らえい!」
「ぐああああああっ!」
剛田の渾身の一撃が、盾を遠くに弾き、獅子宮を吹き飛ばす。今度こそ終わりかと思った剛田だが、盾を失いながらも立ち上がった獅子宮に、目を瞠った。
「くっ……皆、すまない……どうやら私は限界のようだ……」
そう呟き、獅子宮は藤堂の横に倒れ込んだ。
意識を朦朧とさせながらも、獅子宮は隣の藤堂の顔を見て、言った。
「見事だったな……騎士道精神を感じたぞ」
「ふっ、馬鹿な事を言うな。本物の騎士はお前のほうだろうに……」
「ふふっ……その言葉ほど、嬉しい言葉は……」
満足そうな表情をしたまま、獅子宮は気絶した。
床に這う獅子宮を、剛田は敬意すら感じる温かい眼差しで見つめている。生徒とはいえ、彼女のやったことは剛田の尊敬に値するものだった。
「さて、盾はなくなったぞ。あと何分耐えられるだろうなぁ!」
剛田が狙ったのは、御堂だ。しかし、御堂は慌てず、手近にあった物を使ってボールを防いだ。
「人間ガード!」
「げぶぅ!?」
倒れた生徒を盾に使う鬼畜的ガード。しかし、それが効果的なのは確かだ。
「ごめんなさいね、後でたっぷりお礼はするから♪」
「ぐっぷ……おえっ!」
しなりを作って謝罪する御堂を見ないように、盾にされた生徒がうめく。彼がえづいたのはボールの衝撃によってなのか、御堂を見たからなのか。確かめる術はない。
「思い切った行動だな……。だが、逃げるだけでは俺には勝てんぞ?」
「そうねぇ……」
確かに剛田の言うとおりだ。逃げてるだけでは勝てない。どこかで攻撃のチャンスを作らなければ。
御堂はさりげない仕草で体育館を見回し、仲間の位置と表情を確かめる。そして、小さく笑った。どうやら準備は整ったようだ。
――なら、まずはボールを取らないとね。
御堂は覚悟を決めた。
ドンッ! 力強く床を踏みしめる。
ズンッ! 深く腰を落とす。
パンッ! と手を叩いて広げ、御堂は腹から叫んだ。
「こいやあああああああ!」
女装では隠しきれない男らしさがそこにあった。見事なまでに逞しいオカマだ。
「いくぞおおおおおお!」
御堂の覚悟に剛田も応えた。
剛田の渾身の一球。まるで砲弾のようなそれに、御堂の顔が引き攣る。
(たかがボールだってのに、冷や汗が止まらないわ……ハハッ)
しかし、それでも、誰かがとめなくてはならない!
「ふんがあああああああ!」
雄叫びをあげながら、御堂はボールを迎えた。ボールは御堂の腹部にあたり、ドゴンッ! とありえない音を立てる。周りが一瞬、死を錯覚するその光景。しかし、御堂は見事にボールを受け止めた。
「ふっ、ふふ……や、やったわ――ごふぅ!?」
しかし、御堂が負ったダメージは深刻だった。
ボールは転がり落ち、もはや立つことも出来ず、その場で膝を着く。地獄のような苦しみを味わうが、しかしそれでも、御堂の心は充足感に溢れていた。
――あとは、任せたわよ。
御堂の想いが込められたボールを受け取ったのは、ネイだった。
「ボール……♪」
転がったボールに飛びつき、ブンブンと尻尾を揺らして遊ぶ様は、まさに犬そのものだ。
あまりに予想外の光景に、誰もが何も言えなかった。ネイは夢中になってボールで遊び、弾いては追いかける。そして、何時の間にか剛田の側に近づいていた。
見下ろす剛田と、無邪気なネイの眼が合った。
「お手」
「ワン♪」
「よしよし、良い子だな」
「ワン♪」
「……ボール」
「ワン♪」
「なにしてくれちゃってんのよぉ!」
嬉しそうにボールを渡すネイに、御堂はガバリと起き上がって叫んだ。血の涙を流さんばかりの勢いだ。無理もないと思う。
楽しげにするネイの頭を撫でながら、剛田はしみじみと呟いた。
「お前みたいな良い子がなんでこの場にいるんだろうなぁ……」
「ロリコン☆」
「ロリコンですか?」
「ロリコンよぉ!」
「やかましいわっ!」
「いやぁぁあん!」
剛田は御堂にトドメを刺し、残った面々を眺める。
「さて、もう数人しか残っていないが、覚悟はできているか? 大人しくすれば痛みは軽くなるぞ」
「くっ……!」
焦りを見せる日下部だが、ハッと何かに気付いたような顔をすると、大きく声を上げる。
「俺達は全力の先生に一矢報いて見せます。手心なんて加えないで下さい!」
「いい度胸だ! ならば食らえい!」
日下部に狙いを定め、剛田がボールを振りかぶった、その時だ。
「ひっさーつ! ぜんりょくぅヒザカックン!」
「ぬおっ!」
剛田の背後から、気配を消していた小梅が膝裏に体当たりをかます。バランスを崩した剛田の隙を見逃さず、小梅はそのまま手のボールを蹴り飛ばした。それは日下部の元へと転がった。
小梅は剛田から離れ、ビシッと剛田に指を突きつける。
「みんなー、反撃開始ぃ!」
「よし!」
日下部がパスを回すと、また高速のパス回しが始まった。一度剛田に破られた手だ。それに、剛田は呆れた様子を見せる。
「通じなかった手を繰り返す事になんの意味が――む!?」
「えい……!」
何時の間にか剛田の死角に入っていたネイが、足払いをしかけた。まるで飼い犬に手をかまれたような寂しい気分になりながら、剛田は咄嗟に躱すが、それを読んだジェラルドが追い打ちをかける。
「今度はお前か!」
「もらったよ♪」
「甘いわぁ!」
しかし、それすらも剛田は躱して見せた。そしてジェラルドに勝ち誇ったような笑みを見せ――足を滑らせる。
「なにっ!?」
剛田の顔が驚愕に染まる。よく見ると、剛田の足元は透明な蝋が塗られていた。明らかに人の手による物だ。
一体誰が……と疑問に思った所で、剛田の眼に、静かに嗤うジェラルドの姿が映った。
「お前かぁ!」
「あは♪ ごめんね☆」
「いっけえええええええええ!」
完全に体勢を崩した剛田に、日下部が渾身の一撃を放った。
大きな隙に、完璧な一撃。流石の剛田でもこれは防げない。
――――誰もが、そう思っていた。
「そんな……」
日下部の愕然とした声が、体育館に木霊した。
剛田は、日下部の攻撃を受け止めたのだ。
「良いボールだ。そして、中々の連携だった。惜しい、実に惜しい。あと一手か二手あれば、流石の俺も防げなかっただろう……」
さて……と、剛田は肩を回し、準備運動をする。
「次は、俺の番だな?」
体育館から、生徒達の悲鳴が外にまで響いた。
●死闘を終えて
「むっ、んん! 意外と時間がかかったな」
体育館の扉を開け、ゴリオは日の光を浴びぐっと体を伸ばす。扉の隙間からは、多数の生徒が転がっているのが見えた。
「しかし、先生方が思っているほど悲観する必要はないかもしれんな……」
確かに調子に乗った生徒も居たが、中には芯のある者も居た。周りから危険と思われるような行動でも、それは自分の信念に従った、意味のある行為なのだろう。
それは心配ではあるが、そういうやつは必ず強くなる。生徒達の将来を想像し、剛田は楽しみに思う。
「なに、度が過ぎるようならまた……いや、次はわからんかもしれんな」
「先生、はい」
「おお、ありがとう。……ん?」
何気なく差し出されたスポーツドリンクを受け取ってから、剛田は不思議そうな声を上げた。隣を見れば、小梅が自分と同じスポーツドリンクをチビチビと飲んでいる。
そういえば、と剛田は思う。最後の最後に生徒を焚き付けてから、姿が見えなくなっていたな、と。
「ボク、イイ子でしょぉー」
「……ああ、そうだな」
してやったりという笑みを浮かべる小梅に、剛田も同じく笑って返した。
「だが、仲間を置いて自分だけ逃げるのは頂けんな」
「ん? ――ぎゃっ!」
ゴンッ! と、小梅の頭に拳骨を落とす。
きゅ〜っと目を回す小梅を置いて、剛田は快活に笑ってその場を去っていった。