●情報収集
依頼を受けた生徒達は、早速目的の町に向かった。
まずは準備と情報。意見が一致した六人は、手分けして捜索の準備と情報収集を進める。
「依頼を受けた者ですが――ええ、そうです。ディアボロの詳しい話を――」
紅葉 公(
ja2931)は教師から聞いた番号に電話をかけ、先行して偵察をした生徒に連絡を取った。ディアボロの情報を全て聞き終え、公は礼を言って電話を切る。
「だいたい分かりましたよ。地図はありますか?」
「はい。これを使ってください」
天河 真奈美(
ja0907)が用意していた地図を渡すと、公は教えられた範囲をペンで囲んだ。それを見て、真奈美は意外そうに眼を瞬かせる。
「思ったよりも狭いんですね?」
「そうですね。情報通り余り動きはないようです。捜索範囲がそこまで広くないのは助かりますね」
「迷った時も、この川を目印にできそうですね。それから、この場所なら休憩もできそうですし――」
真奈美は目立つ場所を見つけると、サラサラと地図に書き込んでいく。公と相談しながらその作業を進めていると、二人に或瀬院 由真(
ja1687)が話しかけた。
「役所から山の植生を確認しました。画像を皆の携帯に送っておきますね」
「あっ、ありがとうございます。お願いしますね」
「ですが、それを当てにしすぎても拙いかもしれませんね。偵察の人の話では、普通の木と見分けが付かなかったらしいんですよ」
「あくまで参考程度に、ということですね。分かりました」
公の注意に頷き、由真は画像を皆に送る。
そこに、ゲルダ グリューニング(
jb7318)が何かを抱えてやってきた。
「人数分の発煙筒を用意しました。ディアボロを見つけたら、これで合図を出しましょう」
「これで連絡手段は確保できましたね。あとは――」
ディアボロの情報、連絡方法、他に必要な物は……。
「子供達が虫かごを落とした場所、でしょうか?」
「それなら、饗さんが親御さんに事情を聴いている筈です」
由真は饗(
jb2588)の方へ眼をやる。見ると、饗は電話で受け答えをしながら、その美貌を難しそうに歪めている。その側にいるジェンティアン・砂原(
jb7192)も同じような表情だ。
饗が電話を終えると、二人は四人の元に近づく。気のせいか瞳に冷たい物を混じらせて、饗が口を開いた。
「虫かごとその落とした場所については、母親達が教えてくれました。たまたま子供達に聞いていたようです。ですが、肝心の子供達から話を伺う事はできませんでした」
饗の言葉に、公は違和感を覚える。
「子供達から話を聞けなかったのは何故ですか?」
「なんでも、子供達の姿が見えないようですよ。気付いたのはついさっきのようですが」
それは一体どういう……? 四人がその意味を完全に理解する前に、砂原が心配そうな表情で言った。
「あのさ、もしかしたら自分達だけで虫かごを取りに行ったんじゃない?」
四人は目を大きく開いて体を強張らせる。十分に有りえそうな予想に、背筋に嫌な寒気を感じた。
「やれやれ、困った子達だ」
砂原は苦みと呆れを含んだ笑みを浮かべ、独り言のように呟いた。
●捜索
事態を重く見た六人は調査を打ち切り、手分けして山の捜索に入った。
饗は山の麓から始め、虫かごへと範囲を狭めていくように捜索する事にした。饗を孤立させないようにと、公がそれについて行く。
違和感のある木はないか? 蔦を引きずるような音や、他の足音はしないか? 二人は神経を尖らせながら、注意深く捜索を進める。
麓を全て終えた辺りで、公は疲れたような溜息を吐いた。
「中々見つかりませんね。もう虫かごを見つけて山を下りたんでしょうか?」
「それならいいですけどね。まだ山の中に居るとしたら、ディアボロに襲われ……おや」
饗は言葉を止め、空を見上げる。
「どうやらディアボロは見つけたようですね」
その視線の先には、赤い煙が上がっていた。
「っと、ここだね」
真奈美と砂原は、偵察した生徒が遭遇したという場所に向かった。
教えられた場所に辿りつき、二人は周りを観察する。不自然な茂みの荒れ方や、何かを引きずったような跡。確かにここにはディアボロが居た痕跡があった。
「じゃあ天河ちゃん、やってみようか」
「ええ、それでは私はこっちの方を」
二人は距離を取ると、目を閉じて心を落ち着かせ、周囲の生命力を感じ取る。
辺り一面で感じる、数カ所で無数に重なる力。木に群がる虫の命が、二人に伝わってくる。しばらくしてから、二人は場所を変えてもう一度同じことを繰り返した。
「どうでした?」
「な〜んにも。虫の命しか感じ取れなかったよ」
「私もです」
「まっ、ここに居ないならしかたないね。それじゃ、虫かごを探しに行こうか。子供達も心配だしね」
「そうですね。早く行った方が――――砂原さん!」
真奈美が指す方を砂原は見上げる。そして、小さく目を瞠った。
そう遠く離れてない場所で、赤い煙が上がっている。
「少しずれていますけど、虫かごがある辺りですね」
「饗君と公ちゃんは麓の方から探しているはずだから、由真ちゃんとゲルダちゃんかな? 急ごうか」
二人は目で頷き合うと、煙の方へ向かって走り出した。
「翔太くーん! 居ませんかー? 聞こえたら返事してくださーい!」
ゲルダの可愛らしい声が山の中に響く。
由真とゲルダの二人は、子供達を探しながら虫かごを目指していた。
ゲルダが子供達の名前を呼ぶ中、由真は植生の情報を脳内で反芻し、木々を観察しながら進む。しかし、見るのは情報通りのもので、特に違和感を感じる物はない。
「徹くーん! 和也くーん! 居たら返事を――」
――ガサッ!
脇から聞こえた茂みの音に、二人は臨戦態勢に入る。だが、それは杞憂だった。
茂みから出てきたのは、探していた子供達だった。気まずそうな顔をする三人を見て、由真がほっと息を吐く。
「良かった、無事だったんですね。心配したんですよ?」
「う、うん。……姉ちゃん達、もしかして撃退士の人?」
「はい! 依頼を受けてやってきました!」
明るく返事をするゲルダに、子供達はなんとも言えない表情を作る。
「……姉ちゃん達、本当にあの化け物を倒せるの?」
「し、失礼な! 由真さんはこう見えて結構できる女ですよ!」
「私もです!」
見た目はまだ少女と言って差し支えない由真と、自分達よりも少し年上にしか見えないゲルダだ。子供達が不安に思うのも仕方がない。
頼りなさそうに二人を見る子供達だったが、由真の厳しい眼差しに表情が変わる。
「いいですか。こういう危ない事は、私達の様な人に頼むのですよ。何かあったら、怪我だけでは済まないんですから」
「ご、ごめんなさい。虫かごを取りにいくだけなら大丈夫だって思って……どうしても取り返したかったんだ……」
さすがに悪い事をしている自覚はあるらしい。反省している様子の子供達に、由真は小さく苦笑を浮かべた。とはいえ、ここで簡単に許す訳にもいかない。
そんな由真に、ゲルダは助け船を出す。
「由真さん。『意地を通すのが男の子だ』と、母も言っていました。反省もしているようですし」
「そうですね……。ところで、虫かごはもう見つけたんですか?」
「ううん、まだ。この辺にあるはずなんだけど」
「それなら、帰りながら探しましょう。途中で見つからなかったら、私達に任せてくださいね?」
「いいの……? うん、分かったよ!」
ディアボロの捜索も大事だが、子供達を放ったまま捜索を続けるわけにはいかない。
二人は子供達を連れ、周囲を警戒しながら子供達が逃げたという道を下る。
「あ、あった!」
数分ほど歩いたところだろうか。思いのほかあっさりと見つかった虫かごに、子供達の顔が喜色ばみ、三人揃って虫かごに駆け寄る。由真とゲルダも思わず頬が緩むが、ある事に気づき怪訝な表情を作った。
虫かごの周囲の地面に、何かを引きずったような跡。掻き分けた茂み。折れた枝。
周りの荒れた風景の中で、一本の木がやけに目立つ。周りの木となんら変わらない筈なのに、何故その一本だけが気になったのか……。
直感的に、由真はその木に強く意識を向ける。その目は木の正体を見破り、由真の顔が強張った。
「危ない! 下がってください!」
「え?」
由真の声に、子供達は足を止めて振り返る。その瞬間、木から蔦が伸び子供達に襲いかかった。
「させませんよ!」
子供達とディアボロとの間に由真が体を入れる。由真は盾を顕現させると、蔦による攻撃を受け止めた。
「――よし、これで! ヒリュウ、お願いします!」
ディアボロの姿を確認したゲルダは、発煙筒に火を付け、視界を防がぬようにと遠くに投げる。赤い煙が立ち上るのを確かめ、ヒリュウを召還した。
背後に子供達を庇いながら、由真は叫ぶ。
「今の内に逃げて下さい。早く!」
「う、うん! あ、虫かご!」
虫かごを回収しようとする子供達に、ディアボロが狙いを付ける。再び子供達に攻撃を向ける前に、由真はあえて前に出てディアボロを引き付けた。
幾つもの蔦が唸りを上げて襲いかかるが、由真は冷静に見極め盾で防ぐ。しかし、一人で全てを防ぐ事は叶わず、ディアボロは由真の隙を掻い潜って子供達を狙った。
「ヒリュウ!」
だが、ゲルダがそれを見逃さない。
ゲルダの意志に答え、ヒリュウが弾丸のように蔦の攻撃を払い子供達を守る。その隙に子供達は虫かごを拾ってディアボロから距離を取り、ゲルダが子供達を庇うように前に立つ。
「くっ、しつこいですね!」
「ヒリュウ、頑張ってください!」
子供達を逃がそうにも、執拗なまでの子供達への攻撃に逃がす隙がない。そして、それは二人にとって最も嫌な攻められ方だった。防御に集中するが、それを上回る本数が二人を躱し、子供達を襲う。
「うわっ! ――あ、あれ? 痛くない……」
「このままでは……!」
子供達に庇護の翼を伸ばし、ダメージを由真が肩代わりすることでなんとか防ぐが、由真の顔は苦渋に満ちていた。
傷を肩代わりできる限度。自分の体に蓄積するダメージ。一方的にやられるこの状況。
このままではジリ貧で押し切られる。由真の冷静な判断力は、現実的にその未来を予測した。
「うわぁ!」
「しまっ……!」
「逃げてください!」
庇護が切れた事に由真が己の失策を悟り、由真が悲鳴染みた声を上げる。
子供達が傷つく姿が二人の脳裏を過ぎりかけた瞬間、力ある声がそれを振り払った。
「やらせません!」
「ほらほら、危ないから下がってなよ!」
煙を見て駆け付けた真奈美が薙刀を振るい、ギリギリで蔦を切り裂く。砂原は子供達を下がらせ、弾丸をディアボロに撃ちこんだ。
砂原の強烈な弾丸がディアボロを怯ませる。その僅かな隙を逃さず、由真は攻勢に出た。
隙を見てランスでディアボロを抉る。深く、深く、深く。蔦による攻撃を捌きながら、回数こそ少ないが、確実に同じ箇所を。砂原はそれを援護するように弾丸を撃ち続け、真奈美とゲルダはひたすら子供達への攻撃を防ぎ続けた。
ディアボロが怯む姿が多くなり、蔦の動きが鈍くなる。このまま押し切れると四人が確信したその時、ディアボロの幹の部分がパッカリと上下に開いた。
『ギギャアアアアアアアア!』
まるで口のように開いた穴から、甲高い耳障りな声と、今までとは比べ物にならない本数の蔦が飛び出す。最後の悪あがきとばかりの猛攻に、四人の表情が固まった。
「これはヤバいね!」
砂原は咄嗟に大剣を取り出し、真奈美、ゲルダと共に蔦を止める。そのほとんどを切り払うが、その中の一本が子供達の方へ向かった。
四人の背中に冷たい汗が流れる。しかし、幸いにも子供達が怪我をすることはなかった。
「――ぐっ! 間に合いましたっ!」
突然その場に現れた公が、その身を呈して子供達を庇ったからだ。現場に着き状況を判断した公は、咄嗟に瞬間移動を使って盾となることで子供達を守った。
予想もしなかった救出劇に全員が固まっている中、茂みから闇色に染まった影が飛び出した。饗だ。
饗がディアボロに距離を詰めると同時に、無数の蝶が現れディアボロに襲いかかる。すると、ディアボロは無差別に蔦を振るい始めた。
「――ふっ!」
乱暴に振り回す中で自分に飛んでくる蔦を慌てずに捌き、饗はその勢いのままディアボロに大剣を叩きつける。
――バキィッ!
傷の深い場所を冷静に見極めて放った饗の一撃は、破壊的な音を響かせ木のディアボロをへし折った。上下に真っ二つにされたディアボロは、上半分が地面に倒れ込むと、その鼓動を止める。
こうして、戦いは終結を迎えた。
●戦い、終わって
「倒した……?」
動かなくなったディアボロを見ても、子供達の不安は拭えなかった。
また立ち上がるのでは。そう思うだけで、ブルブルと体が震えてくる。
そんな子供達を、饗は冷めた目で見下ろす。
「己の命と虫篭を天秤にかけた結果此処に来たのでしょう? 今更怯えているんじゃありませんよ」
「饗さん、もう少し言い方が……」
「確かに言い過ぎかもしれませんけど、自分達がやった事は理解させないといけませんね」
「公さんまで……」
やんわりと窘める真奈美だったが、公の厳しい態度に困ったような表情を作る。
「命を大切にするのはもちろん大切なことです。でも無謀と勇敢は違います。一度大丈夫だったからと言って、次も必ず大丈夫だという保証なんてどこにもありません。それは天魔に限らず、です」
気まずそうに眼を逸らそうとする子供達だが、公の右手を見て目を見開いた。
腕から手に流れ落ちる赤い血。それは、紛れもなく自分達を庇ってできたものだ。それを思うと、子供たちの目に熱いものが溜まっていく。
今にも泣きそうな子供達に、砂原は拳を持ち上げる。それに、子供達は目を瞑った。
砂原はフッと笑うと、ピンッ、と子供達の額を指で弾く。
意外そうな顔をする子供達に、砂原は軽い口調で言った。
「君達が死んでも僕は哀しくないけど、ご家族の気持ちも考えようね」
「――! …………ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
「皆も、虫も、無事で良かったですね」
ニッコリと笑うゲルダに、子供達は恥ずかしそうに眼を逸らす。
そんな子供達に肩に手を乗せ、由真は明るい声を出した。
「さて。走り回ってお腹が空いたでしょう? お姉さんがハンバーガーを奢っちゃいますよ」
「え? いいの?」
「その前に、心配している親御さん達の所に行ってからですね」
「えぇ……」
続く真奈美の言葉に、子供達は苦い表情を浮かべる。
真奈美は苦笑したあと、安心させるような口調で言った。
「大丈夫だよ。あんまり怒られるようだったら、私も一緒に謝ってあげるから」
「……うん」
真奈美の微笑みに、子供達が照れたような表情を見せる。そして、取り戻した宝に目をやった。
子供達が抱える虫籠の中で、虫たちは力強い躍動を見せていた。