住宅街の中に位置する寺は住民達の憩いの場だった。
それは移転後も変わらず、寺が取り壊された跡地は緑を多く残す公園として親しまれる予定だったという。
「妖怪を模したディアボロ、か」
寺の境内へ続く階段を見上げ、梶夜 零紀(
ja0728)は忌まわしげに呟いた。
「人の欲につけこむとは、いかにも悪魔の眷属らしいな。だがこれ以上、被害者を増やさせはしない」
鋭い眼光に静かな闘志を秘め、彼は思考を巡らせる。なぜカネダマを漢字で発言してはいけないのか……と。
「カネダマは、座敷わらしと同じ類で……住み着いた家の金運と繁栄をもたらす良い妖怪のはずですぅ」
少しでも周囲の力になれるように、読書等で地道に知識を積み上げてきた三神 美佳(
ja1395)は、伝承と違う性質に疑問を持つ。
「残念ながら訪れた家に不幸しか招きそうにないですね〜」
疑問を持ったのは八尾師 命(
jb1410)も一緒だ。
青銅色の肌を持つディアボロを『カネダマ』と呼んだ神代 深紅は、天魔の存在は伝承そのものである必要性はない、と言っていた。
河童の姿が各地で違うのもそのせい。今ドキの児童書や都市伝説風に変化していても、何の不思議はないのだ、と。
「石化してしまった人を、しっかりと救助していきたいですね〜」
のんびりした命の言葉を聞いて、千堂 騏(
ja8900)がハッとした表情で振り返った。
「……そういや黄金状態で砕けたら、やっぱやばいのか?」
せっかく元に戻ったとしても、身体が粉々になってしまえば、さすがに助からないだろう。
ちょっと怖いことを想像してしまったエナ(
ja3058)が顔をしかめる。
「別な場所に誘導できれば良いんですが〜」
「うみゅぅ……」
考え込む時の癖なのか、美佳が奇妙な鳴き声をあげた。
どこかに誘導しようにも、周囲は民家ばかり。最も近い広い場所と言えば、避難場所にもなっている小学校の校庭だけである。
「ここで戦うしかないでしょう」
妙案はないかと話し合う仲間達を余所に、彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)は先へと歩き出した。
ただ、前だけを見据えて。
●廃寺に潜むモノ
十数段の階段を登りきれば、そこから先は天魔の縄張りだ。
侵入直後に奇襲を受ける可能性を考慮し、撃退士達は魔具を構えて前進する。
入口から見る限り、境内にカネダマや黄金にされた男がいる気配はない。やはり建物の中に隠れているのだろうか?
「大勢で押しかけても迷惑でしょう。まずは私が行きます」
囮役を買って出た彩の背中を護るように、撃退士達は境内に散らばった。大きな柳の樹や鐘楼台など、幸いにも身を隠せる場所はいくらでもあった。
「ギネヴィアさん、こっちは準備OKだ」
もっとも近くに陣取った零紀は、仲間の配置を確認した後、小声で囁きかけた。
彩は振り向かずに頷き、悠然と本堂へ歩み寄った。慇懃無礼に礼をする。お賽銭は……もちろん投げたりしない。
「おかねがほしいおかねがほしい」
わざとらしく大声で、何度も繰り返す。
その間、美佳は目を瞑り、カネダマが現れる時に発する言葉を聞き逃さないよう、聴覚に意識を集中させていた。
「何か見えますか〜?」
命に問われた零紀は背伸びをして中の様子を探る。2人が潜む柳の陰からは、引っ越しを終えて空になった本堂の奥まで覗くことができた。
「仏像――にしてはちょっと悪趣味なのが4つ。奥の方に置かれている」
「4つ、ですか〜?」
小首をかしげる命。通報にあった男性の他にも、欲に取りつかれた者がいたということだろうか。
「……ってぇことは、ヤツを外に引きずり出せば良いだけだな」
被害者達を戦いに巻き込む危険性がないなら、思う存分暴れることが出来る。ジェスチャーで事情を知らされた騏は、鐘楼台の陰で拳に力を込めた。
「うみゅぅ?」
ふと。何か不自然な音を聞いた気がして、美佳は不意に顔を上げた。
ギシギシという、板張りの床を歩く音だ。
(来ましたね)
金が欲しいとひたすらに呟き続けていた彩も、本堂の奥から近づいてくる足音に気付いていた。縁側から下り、地に足を付けて天魔の登場を待つ。
『………シイカ』
背筋を撫でられるような不気味な声と共に姿を現したのは、目撃情報と寸分違わぬ青銅色の一つ目小僧。
『カネガホシイカ』
チャリチャリンという音と共に、彩の足元に数枚の小判が放られた。
それを一瞥した彩は、ふぅ……と息を漏らして眼鏡を外す。
漂うコレジャナイ感を全く読まず、カネダマは笑みを浮かべながら再び小判をまき散らす。
レンズの汚れを拭くふりをしつつ、彩は密かにヒヒイロカネを取り出した。
「残念ですが、私―たち―が欲しいのはそんな骨董品ではありません」
その言葉が合図となった。
『カネガ………』
笑みを浮かべたまま凍りつくカネダマの前に、身を隠していた撃退士達が一斉に姿を現した。
●カネダマ退治
「とりあえず、ぶっ飛ばさせてもらうぜ」
先陣を切ったのは騏だった。縮地で斜め後ろに回り込み、至近距離からパイルバンカーを打ち込んだ。
避けられる位置ではない。直撃を受けたカネダマは、衝撃で数段の階段をごろんごろんと勢いよく転げ落ち、境内に残された石灯籠の1つに当たって止まった。
カネダマはすぐに体勢を整えると、目の前にいた零紀に小判を投げ付けた。恵んでやるとばかりにバラ撒いていた時とは明らかに違う、殺気のこもった『攻撃』である。
避けきれないと察した零紀はハルバードを風車のように振り回して受け流す。しかし完全には防ぎきれず、数枚を身体に受けてしまった。
撃退士達は一瞬ひやりとしたが、聖なる刻印の加護を受けた零紀の身体が黄金に変わることはない。
即座に反撃を繰り出す零紀。
カネダマはそれをとんぼ返りで回避する。……が、直後に放たれたマジックスクリューによって、絶叫マシーンのように空高く舞い上げられてしまった。
地面に叩きつけられたカネダマは顔面も蒼白。両手で口を抑えて蹲る。
「この方、もしかすると本体はすごく弱いのでは〜」
思わず同情してしまう命。
しかし、どんな相手であろうと、ディアボロは滅ぼさなければならない。命は丁寧に頭を下げて詫びると、忍術書の封を解いた。
「このまま一気に決めましょう」
頷きあって周囲を取り囲んだ撃退士達の目の前で、カネダマがむくりと起き上る。
『カネガホシイカーッ』
地鳴りのような雄叫びを一つして、カネダマはふんぬ! と気合を入れた。
「うみゅぅ?!」
召炎霊符を構えたまま、驚きの声をあげる美佳。
彼女より少し高いぐらいだったカネダマの背丈が、騏のそれを遥かに超えていく。同時に手足の筋肉も隆々に盛り上がり、縦にも横にも膨らみだした。
あの可愛らしかった小僧姿の面影は何処へいったのだろう。 僅か数秒で、カネダマはぱっつんぱっつんの袈裟が腰部を覆う、青銅色の肌をした一つ目大入道へと変貌を遂げていた。
「おやおや」
岩のようにごつい顔を見上げながら、わざとらしく驚いてみせる彩。
「随分と大きく変身したな。この姿が本性という訳か? カネなどいらない……欲しいのは貴様の命だ」」
予期せぬ出来事とはいえ、パニックを起こす程ではない。撃退士達はすぐに間合いを取り直し、様子を探る。
『カネガホシイカッ!』
豪快に四股を踏んで、カネダマが張り手を繰り出した。
折しも風の加護が途切れた直後のタイミング。指先が僅かに当たった脇腹に痛みが走り、彩は片膝を付く。
「ギネヴィアお姉ちゃん!」
即座にウィンドウォールを掛け直す美佳。
「ありがとう」
優しい風に包み込まれた彩は、手短に礼を言って立ち上がった。
多少の負傷を気にすることなく丸太のような足の間を右に左に駆け回り、一撃を与えては離脱を繰り返した。
「手当たり次第といったところしょうか〜」
自身の元まで届くことなく地面にばら撒かれる小判を眺めながら、命は忍術書に込められた魔力を解き放った。境内の土が盛り上がり、生み出された土塊がカネダマ目がけて弾け飛んだ。
足の動きを制限されたカネダマは少しずつ後退し、本堂から引き離されていく。
「単純だな。攻撃も軌道も容易に推測できる」
鐘楼台の一部を崩すほどの蹴りを軽々と避け、零紀は挑発するように言い放つと、ハルバードを振りかざした。
効いていないのか、それとも単に鈍いだけなのか。どんなに攻撃を打ち込んでも、カネダマは痛みを表情に表すことなく、大振りで腕力に任せた直線的な攻撃を繰り返す。
それでも撃退士達は焦ることなく、根気よく確実にダメージを重ねていった。
「……っ、やべぇ」
矢継ぎ早に攻撃を受けて蹴り飛ばされた騏の上に、無数の小判が降り注いだ。
とっさに振り払ったとたん、騏は急激な倦怠感に見舞われた。小判が触れた部分からじわじわと感覚が無くなり、動きも鈍くなっていく。
暗転する意識の中、騏はカネダマが新たな獲物に目を付けたことに気が付いた。
視線の先にいるのは命だ。
「させるかよっ」
アストラルヴァンガードの命がディアボロの攻撃を食らえば、ただでは済まないだろう。
彼女が逃れるための隙を作るため、騏は最後の力を振り絞ってパイルバンカーを構え撃つ。
起死回生の攻撃を膝裏に受け、カネダマは豪快にひっくり返った。
(こうなったら、金になるのもいい経験だ……)
その振動を全身で感じつつ、騏の意識は完全に途切れた。
「千堂様?!」
助けられる形になった命は、黄金と化した騏の代わりに前衛を務めるべく、意を決して機械剣を顕現する。
「騏お兄ちゃんの仇ですぅ」
可愛らしく勇ましく、美佳は天に掲げた両手に炎の塊を作り出すと、カネダマ目がけて放り投げた。
カネダマの上半身を包み込んだ炎は青銅色の肌を焼き、筋肉の鎧を破壊する。
怒りに任せ拳を附き下ろすカネダマ。その腕にひょい、と飛び乗って、彩はさらなる高みへと身を躍らせた。
『カネガホシイカ』
「どうせならQUONください」
目の前に広がる青銅色の禿げ頭を叩き割るように、渾身の力を込め、魔具を叩きつける。
衝撃で前後不覚に陥ったカネダマは、頭の天辺に足をかけた彩を振り払うこともできなかった。
「今です!」
「人心を弄ぶ者に鉄槌を下す!」
彩の掛け声と同時に、零紀は焼けただれた部分に狙いを定めて必殺の一撃を叩き込んだ。肉を裂く手応えがハルバードを通して伝わってくる。
「逃げて〜」
命の警告で、撃退士達は咄嗟に身を退いた。
ぐらりと大きく揺らぐカネダマの眼に、生気はまったく感じられない。
『カネガホシイカ……』
断末魔の叫びに一声鳴いて、カネダマはとうとう地面に倒れた。
●強欲の夢は消え……
カネダマの死を確認し、本堂へ駆け付けた撃退士達が見たものは、黄金化から無事に解放された被害者達の姿だった。
年齢も身なりも様々な4人の男達は、自分の身に何が起こったのかも理解できず、ただ茫然と座り込んでいた。
彼らがいつから捕えられていたのかは判らないが、時間の経過による後遺症は特に無いらしい。
「黄金にされていた間の記憶は無ぇみてぇだからな」
撃退士の中で唯一黄金化を体験した騏は、意識が無くなると思った瞬間、皆の心配そうな視線を浴びていた……と、証言する。
もしずっと意識が続いていたなら、被害者達は耐えられなかったかもしれない。
「皆さん、もう大丈夫ですよ〜。お怪我はありませんか〜」
ほんのりと間延びした口調で問われ、男達は自身の身体を確認する。
カネダマは黄金の像を丁寧に扱っていたのか、男達に大きな怪我はないようだ。
それでも命は目ざとく打撲やすり傷を見つけ出し、丁重に応急手当てを施していく。
「おい! お前達……儂の小判をどこへ隠した? 返せ、返してくれぇ」
もともと人見知りの激しかった美佳は、恰幅の良い中年に詰め寄られ、心底怯えきっていた。
「おいおい、いい年したおっさんが何やってんだ」
見兼ねた騏が助けに入る。
身なりから見るかぎり、かなり裕福な生活を送っているだろうに、この男は懲りるという言葉を知らないのか。
「黄金が人を魅了してやまないことを、天魔も熟知しているようだ。ともあれ無事でよかった」
誘惑に負けた理由は様々だろうが、死者がでなかったことを素直に喜ぶ零紀。
「これを機に、真面目に働いた方がいいかもな。また、同じような目に遭うのは嫌だろう?」
見ず知らずの女性が心配していたことを伝えると、通報時に被害を受けた男性は心から反省していた。
「じきに救急車が来ます。皆さん、念のため病院で検査を受けてください」
任務終了の報告を済ませたエナに誘導され、皆は寺を後にする。
階段を降りる前に、彩は一度だけ振り向いた。
寺の境内では、撃退庁職員が小僧姿に戻ったカネダマの回収作業を進めているところだった。
そっと目を閉じ、彩は己が滅した天魔に別れを告げる。
「Take a break Golden b……
この瞬間、零紀はずっと胸に引っ掛かっていた疑問の答えを悟り、目を見開いた。
……oy」
欲望に汚された廃寺は再び清らかな時を取り戻し、何も無くなった境内を、冷たい風が通り抜けていった。