.


マスター:真人
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/11/07


みんなの思い出



オープニング

 豪華な蒔絵が施された漆塗の箱に、都築 希(つづき のぞみ)は緊張の眼差しを向けた。
「これが『秘伝の巻物』……なのですね」
 数百年前から続く忍一族に伝わるのだから、きっとすごい忍術が記されているに違いない。末席といえど鬼道忍軍に名を連ねる希は、中を見たいと思う心をぐっと抑え込む。
「希にお任せください。責任を持って頭領さんにお届けするのです」
 頑丈な外函に入れ、幾重にも風呂敷に包んで懐に抱くと、希は決意も新たに立ち上がった。

 それが数時間前のこと。
 船と電車を乗り継ぎ、ようやく辿り着いたT山。
 任務は、そこに荷物を届けるだけの簡単なお仕事――のはずだった。
 突然吹き荒れた褐色の嵐に、腕の中の風呂敷包みを奪われるまでは……


「今回は間が悪かったようだ。そなたに責任はない」
 任務失敗の報告を受けた依頼人・蒲葡 御影(えびぞめ みかげ)は、受話器の向こうで落ち込んでいる希に慰めの言葉をかけた。
 至極プライベートな用事で教え子を危険にさらしてしまった。詫びなければならないのは自分の方だとも。
「希に今一度チャンスをください。必ず取り戻すのです」
「いや、待て。先に源三郎と合流するべきだ。小物とはいえ相手は天界に属する物。そなたには荷が重すぎる」
 しかし希は、託された品を取り戻すまでは顔を合わせられない、と譲らない。
「では直ぐに援軍を送ろう。そなたは暫し待機せよ。決して独りで事を成そうとするな」
 どうにか希を説得した御影は、その足で斡旋所へと向かった。
 書類の提出は後回しでも良い。希が走り出してしまう前に、何とか人手をかき集めなければ……
「誰か、手の空いている者はおらぬか?」
 緊迫した様子の美影に、手頃な依頼を物色していた生徒達は何事かと視線を向けた。


リプレイ本文

●あの山を登れ
 路線バスの待合室にいたのは、大きなリュックを背負った少女だった。
「都築 希さん、ですね?」
 龍仙 樹(jb0212)の問いかけに、少女はぺこりと頭を下げた。
 よほどしつこく追い回されたのだろう。希の髪や服は泥だらけだ。頬や腕に刻まれたミミズ腫れが痛々しい。
 大崎優希(ja3762)は慰めるように希の肩に手を差し伸べた。しかしその腕は虚しく空を切る。
「……れ?」
 それもそのはず。希はすでに立ち上がり、山へ向かって歩き出していた。
「待ってください」
 慌てて呼び止めたのは鷹司 律(jb0791)。
「まずはどんな状況で荷を奪われたのか、状況を聞かせてください」
 先を急ぎたい気持ちは理解できるが、ここは作戦――全体的な方針を確認することが定石のはず。
「それに、傷の手当てもしないと。破傷風にでもなったら大変だ」
 ミリタリールックが愛らしい鴉乃宮 歌音(ja0427)が救急箱を開いて丁寧に応急処置を施す。
 虎落 九朗(jb0008)も背後から覗き込み、傷を確かめた。程度によってはアウルによる癒しも必要と考えたが、今のところ必要はなさそうだ。
「サルの群れ……ふふ、僕に知恵比べを挑むなんて百年早いね」
 特殊兵器を用意してきた、とクイン・リヒテンシュタイン(ja8087)が不敵に笑う。
「では、軽く戦場の空気を吸わせてもらいますか」
 これが初陣である佐東 颯輝(jb1238)は感情の読み取れない瞳で山を見上げる。
「それじゃ、一緒に頑張ろうかー」
 来崎 麻夜(jb0905)も、これから起こるだろう戦いに胸を高鳴らせていた。

●バナナはおやつに含まない
 希を先頭に、撃退士達は道なき道を進む。
「……山登りには相応しくなかった気がするなぁ」
 颯輝は制服に貼り付いた枯葉を払う。防御力に乏しい制服は藪の中で傷つき、擦り切れていた。
 しかし今はそれを気にしている余裕はない。
「皆さん、気付いていますか」
 律が押し殺した声で呟いた。
「木の上に2匹。少し前から、私達を追いかけています」
「右手の藪の中にもいるよー」
 顔を動かさなくても、視界の端に茶色い毛玉が揺れ動いている。それで隠れているつもりなのか。気だるげな表情を見せながら麻夜は微笑んだ。
 この辺りはすでに彼らの縄張りなのだろう。殺気にも似た空気が漂う中、撃退士達は無防備を装いながら足を進める。
 立ち並ぶ樹木が一層濃くなったところで、1匹のサルが立ち塞がった。同時に他のサルも姿を現す。その数、およそ20匹――
 姿形はニホンザルに似ているが、異様に鋭い爪と牙が、彼らが天魔であることを物語っていた。
「都築さん、一度後ろへ」
 樹は希を守るように立ち、ファルシオンを構えた。
『ききーっ』
 先に動いたのはサルの方だった。
 地を蹴って一気に間合いを詰めると、歌音の腕にしがみ付いた。爪が食い込み、痛みが走る。
 しかしサルはそれ以上攻撃を仕掛けることはなく、野菜ジュースを鷲掴みにすると、素早く木の上へ逃げた。
「こいつら、まさか……」
「どうやら餌が目当てのようですね」
 ばら撒かれた携帯品をかき集める律も、頬や腕にひっかき傷を負っていた。
「食べ物だけじゃないみたいですねぃ☆」
 優希が指し示した先には、眼鏡をかけて踊サルの姿が。
「僕の眼鏡を返せ!」
 クインは大事なオプションを取り返そうと護符を放つが、サルは素早く逃げ回る。目標を見失った雪玉は、興味本位でキャッチした別サルの手中で弾けた。
『うきゃ?』
 もちろん自爆。両手にダメージを受けたサルは、地団太を踏んで悔しがった。
「困った子達だねぇ」
 麻夜は胸元から何かを取り出した。
 漂う芳しい香り、黄金色に輝く魅惑の宝石、撃退士達を見つけて以来、サル達が求めていたもの――それは、1kgもあろうかという、一房のバナナだった。
『うっき〜♪』
 サル達は我先にと放り投げられたバナナに群がる。騒ぎを聞きつけた他のサルも集まり、狂宴が始まった。
「風呂敷包みを持っている奴は……いないか」
 撃退士達は奪回すべき品の所在を探るが、これだけ集めても風呂敷包みは見当たらない。
「……って、見つけました!」
 視線を上に向けた樹は、枝に引っ掛かっている物体に気が付いた。薄汚れてはいるが、緑地唐草の風呂敷包みに間違いない。
 サルの意識がバナナに向いている隙に、九朗は枝を撃ち砕いて風呂敷包みを落下させた。
「どこも壊れていないのです」
 無事に戻ってきた風呂敷包みを抱え、希は胸を撫で下ろす。
「よかったねぃ☆」
「俺達のことは心配いらん。前だけ見て走ってくれよ!」
「判ったのです」
 九朗に背中を押された希は、力強く頷いて走り出す。言葉通り、『前だけ』を見て。
 数秒後。風呂敷包みは段差で躓いた希の手を離れ、高く高く天を舞い――サルのど真ん中へと落下した。

『ききっ、きーっ』
 隠していた宝を奪われそうになったことに気付き、体の大きなサルが甲高い声を上げる。
 おそらくはそいつがボスなのだろう。サル達は名残惜しそうにバナナを捨て、後に続いて林の中に消えていった。
「あぁ! 風呂敷包みが……」
「まだ大丈夫。いこう」
 がっくりと項垂れる希の背を叩き、歌音が元気付ける。
 万一に備え施したマーキングが功を奏した。サルがどこに逃げようと、マークが消えない限り、歌音はその位置を手に取るように把握することができるのだ。

●あの風呂敷包みを追え
 どこに逃げても追いかけてくるニンゲンに、サル達は恐怖を感じ始めていた。
 それでもボスに命じられたなら、たとえ消し炭になろうとも立ち向かわなければならない。
『ききーっ』
『……うっきー!』
 ボスの一声で、逃げ腰だったサル達が波のように押し寄せてきた。
「近づく子は嫌いだよー、来たら……本気、出しちゃうよ?」
 骨のような翼を大きく広げた麻夜は、腕に纏った闇のアウルを解き放つ。危機を察しても、サルは急に止まれない。直撃を受けた数匹が悲鳴を上げて吹き飛ばされる。
「……行きます」
 身の丈より大きな剣を掲げ持つ颯輝。その銘が示す通り、彼女は切り拓かれた道を稲妻のように駆け抜けた。
「道を開けてもらいますよ」
 アウルの投影である炎は草木に燃え移ることはない。だから律は遠慮なく火炎放射器を扱い、恐れ慄くサルを追い立てていく。
『きーっ、きーっ』
 怪しげな腕に捕えられたボスが甲高い声を上げた。
「……ほらほら、こっちこーい。こっちこーい」
 優しい声で囁きながら手招きを繰り返す優希。ボスは必死に走り続けるが、まったく前へ進まない。
「その風呂敷を返してもらいます!」
 一気に肉薄した樹が炎を纏ったファルシオンを振り上げる。
 大仰に驚いたボスは。弾みで風呂敷包みを放り投げてしまった。
 樹は素早く落下点に向かう。しかし梯子のように重なり合ったサルに高さで負け、再び追いかけっこが始まった。
『うきき、うききき、うきききき』
 九朗はサルの足元を狙い撃つ。
 もちろん当たれば痛いので、サルも必死に避ける。歯を剥き出しにして踊る姿は滑稽なのだが、バカにされているように感じるのは気のせいだろうか。
 次々と放たれる銃弾に、サルはバケツリレーのように風呂敷包みを投げ渡していく。
「ご苦労様です」
 混乱に乗じ、何食わぬ顔で受け取った律。仲間達に合図を送り、打ち合わせた通りに戦場を離脱した。

●走れ、脱兎の如く
 風呂敷包みを奪回したことを確認し、クインはついに秘密兵器――青地唐草の風呂敷包みを取り出した。
 走り出した護衛班の後姿とクインを見比べたサル達は、迷うことなく目の前の得物を追いかける。
 サル達を十分引き付けてからダミーを奪わせたると、フレイムシュートで仕込んでおいたトリモチをまき散らせた。
『うき?』
 絡みついたネバネバが気持ち悪いのか、サルは仲間の体にそれを擦り、共にくっつき合う。
『うき、うきー』
 助けに入った仲間も次々と巻き込んだ猿塊は、ガッツポーズを決めるクインを飲み込んで、坂道をどこまでも転がり落ちていく。

「目的地はあそこなのー☆」
 木々の間から僅かに見える屋根を指し示す優希。撃退士達の足なら、そう時間をかけずに到着するはずだ。
 希の意識を風呂敷包みに集中させるため、守りは護衛班がすべて引き受ける。
「このままではまずいかもしれませね」
 律の火炎放射で半減したとはいえ、追っ手のサルはまだ10匹程残っていた。
 走り続けながらの戦闘は難しく、特に樹は身を挺して希を庇っているため、負傷の度合いも大きい。このままでは到着前に力尽きてしまうかもしれない。
「歌音ちゃん?」
 不意に足を止めた歌音に気づき、希は後ろを振り返った。
「ここは私が食い止める。先にいってくれ」
 魔法少女のようにくるりと回転した彼の腕には、いつの間にか無骨な重火器が抱かれていた。
『うきき!』
 火炎放射器の特性を学習したサルは、一列に並ばないよう散開する。
「考えが甘いっ。焼き尽くせ乙女の炎! マジ狩る☆なぱーむ!」
 的に定めたサルは軽々と炎を避けた。逆立ちで尻を叩き、ノーコンを馬鹿にする。が……直後、波紋状に広がった爆炎に巻き込まれ、仲間共々吹き飛ばされた。
「さすがに一掃は無理だったか」
 土煙の中から4匹のサルが飛び出してきた。歌音を危険人物(きょうてき)と判断したのか、忌避するように横を走り抜けていく。
「今度は希が行きますかねぃ〜☆」
 殿を務めていた優希がサル達へ手を差し伸べる。
 警戒してじりじり後ずさりするサル達。狙い通りの動きに、優希は満面の笑みを浮かべ、眠りの霧で包み込む。
「ねむーい、ねむーい、おサルさん、アナタたちは、ねむーい、ねむーい」
 サル達はすでに夢の中。バナナに囲まれている夢を見ているのか、その表情は幸福に満ちている。
「突っ切りますよ」
 前方に、枝を伝って先回りした子ザル1匹。
 樹の言葉に頷いた希は、勇ましく立ち塞がる毛玉を無意識のうちに蹴飛ばして、一気に走り抜けた。
 もう撃退士達を阻むものは何もない。
 小屋はもう目の前に迫っていた。

「……来るなら来い、です」
 シュガールを構えた颯輝が静かに告げる。
 天魔の殲滅は依頼に含まれていないが、風呂敷包みを追う可能性がある以上、見逃すことはできない。
「まだまだ数は多いね、もうちょっと頑張ろうか」
 舞い散る羽の量が増えているのは、麻夜のテンションが上がっている証拠。
「2人とも気を付けてな。数を頼みにこられたら対応しきれない」
 戦いを前に、九朗は少女達の傷を癒す。
 多大なダメージを与えられる分、被る一撃も重い。魔界に近い者にとって、サーバントは本来危険な相手だ。今回のように頭数に差がある場合は特に顕著……はずなのだが。
 ボスを失ったサルの士気は低く、戦いの最中でさえ、バナナで簡単に動きを封じられる。
 最後の1匹になったサルは、何を思ったのか、食べかけのカツサンドとチョコの外袋を差し出した。
 最初の襲撃で、彼が撃退士から奪ったものだ。
 貼りついた笑みで貢物を受け取った少女達に、サルは尻を向けて蹲った。
 それは絶対的服従を誓う神聖な儀式。
 少女達が彼の背中を踏めば、新たな主従関係が築かれるのだ。
 サルはドキドキしながら運命の瞬間を待つ。
 そんな彼に与えられたのは、魅惑のヒールではなく、大剣の重い一撃……
「やっと終わったー、数は脅威だねぇ」
 麻夜はぐっと背伸びをして深呼吸をする。
 周囲はおサルさんが死屍累々で、お世辞にも清々しいとは言えなかったけれど。

●秘伝の巻物とは?
「お疲れ様だな。奴らの相手は大変だったろう」
 任務を達成させた撃退士達を、忍装束の青年――源三郎は気さくな笑顔で迎え入れてくれた。
 彼の部下達も、女っ気のない修行場に現れた『華』を歓迎する。
「届け物は『秘伝の巻物』と伺ったのですが」
 可能ならぜひ拝見したい、と目使いで尋ねる歌音。
 初見なら少女と見紛う仕草だが、たぶん源三郎は騙されてはいない。
 意味ありげに口元を歪める上司に、歌音を少女と信じて疑わない部下達は、見せてやれ、可哀そうじゃないか、と念を送り続ける。
「ぼ、僕にも読ませてくれないかっ! 興味深い、とても興味深いんだっ」
 知識を欲するクインも必死に縋りつく。
「……まぁ、良いだろう」
 無理なら潔く諦めるつもりだったが、源三郎はあっさりと了承した。
 撃退士達が固唾を呑んで見守る中、漆箱の封が解かれる。
「これが……巻物?」
「確かに巻き物、ですね」
 驚愕する九朗に、律は間違いないと宣言する。
 漆箱の中にあったもの。それはしっとりとした黒い表紙が美味しそうな、極太の海苔巻きだった。
「俺の田舎じゃ、どの家でも代々受け継がれている。まぁ、家庭の味ってやつだな」
 歌音や樹は『秘伝の巻物』をレシピと予想していたのだが、現実はさらに斜め上を飛んでいた。
「作り方が知りたいなら、姉上が教えて貰うといい。俺から頼んでおくよ」
 真実を知った時の反応を満足げに眺めながら、源三郎は部下に茶を入れるよう、指示を出す。
「希は格闘料理部にも興味があるのですがー☆」
 それは依頼を受けた時から気になっていたもう1つの疑問。
「……僕も興味津々です。何をする所なのか想像できない、的な意味で」
 問われた希はパッと顔を綻ばせた。
「では、お魅せしましょう」
 高らかに宣言すると、リュックの中から俎板と包丁を取り出した。
 いつも持ち歩いているのか? ざわめくギャラリーの目の前で、希はMy包丁を閃かせ、
「秘技、穂弐羅々切り!」
 素早い手さばきで、太巻きに描かれた美しい絵柄を崩すことなく、均等に切り分けていく。
 そう。格闘料理とは、料理の見た目や味だけでなく、調理の過程もすべて含め堪能して頂くことを目指す、究極の料理道なのだ。
 器に盛られ完成した芸術品は、その場にいた全員で頂くことになった。
 郷土料理と言っても、やはり忍一族に伝わるものは一味違う。太巻きに織り込まれた様々な薬草が体に染み渡り、戦いの疲れを癒していく。


 山の頂上に西日が沈む。
 早めの夕食を頂いた撃退士達は、山で採れたキノコを土産にもらって岐路についた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: ドクタークロウ・鴉乃宮 歌音(ja0427)
 護楯・龍仙 樹(jb0212)
 夜闇の眷属・来崎 麻夜(jb0905)
重体: −
面白かった!:4人

ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
眼鏡は世界を救う・
クインV・リヒテンシュタイン(ja8087)

大学部3年165組 男 ダアト
撃退士・
虎落 九朗(jb0008)

卒業 男 アストラルヴァンガード
護楯・
龍仙 樹(jb0212)

卒業 男 ディバインナイト
七福神の加護・
鷹司 律(jb0791)

卒業 男 ナイトウォーカー
夜闇の眷属・
来崎 麻夜(jb0905)

大学部2年42組 女 ナイトウォーカー
期待の撃退士・
佐東 颯輝(jb1238)

大学部2年140組 女 ナイトウォーカー