.


マスター:真人
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/12/27


みんなの思い出



オープニング

●保守か革新か
「ナシね。戦いが終わらないのに協定なんてありえないわ!」
「私は……受け入れた方が良いと思うの」
「一般人はそんな事望んでなんかいないわ!」
「じゃあ、いつになったら『戦いが終わった』事になるの? 相手が滅亡したら? それまでどれだけ犠牲が出ると思うの? こっちが先に滅ぶかも知れないのに……」
 放課後の教室で、女子学園生二人の問答が繰り広げられている。
 片方の語気は荒く、片方はやや控えめだ。
「犠牲? 今だって出続けているでしょ! 殺された人達や遺族の気持ちを考えなさいよ!」
 天魔は招かれざる客。この世界にあってはいけない物。歴史に目を向ければこそ、屈服する訳にはいかない。
「でも、天魔災害は減る。十ある事件が九になる……それだけでも助かる命は増えるの」
 一ヶ月前なら、自分だって絶対に反対派だった。でも。
「それに……天魔の全てが悪とは限らない。彼らにも大切な人がいて、その人を守るために戦っている。私達と何も変わらないのよ」
 過去の恨みより未来の希望を。明日の滅びを避けられるなら、今日のプライドなんかいくらだって捨ててやる。
「雪哉を見殺しにしたくせに……よくそんな事言えるわね」
「……!」
 たった一人残された家族を、弟を殺した『ケッツァー』。それを受け入れるなんてできるはずがない。
「奇跡的に助かったとか言うけど、あんたを助けたのも悪魔だっていうじゃない。案外さぁ、あんたが手引きをして皆を殺させたんじゃないの!?」
「違っ……」
「触らないで、人殺しの裏切り者!!」
 どんっと音が響き、突き飛ばされた女子学園生が数台の机を巻き込んで倒れる。
「三鬼さん、大丈夫?」
「倉っち、やりすぎや……」
 これまで無関係を装い様子を窺っていたクラスメイト達も、さすがに見兼ねて仲裁に入る。
「何よ、私が間違っているって言うの!」
「そうやない。考えも立場も人それぞれある。だから『絶対に正しい』なんてものはあらへんのや」
「そんな偽善、聞きたくもないわ!」
 同じ反対派であるクラスメイトに諫められた女子学園生――戸倉は、一度唇を噛みしめて、そう吐き捨てて教室を後にした。

 学園が大きな選択を迫られていたある日の風景。
 『決断』が下されたのは、この数日後の事だった……。


●証言
「おはよう。どうしたの、こんな早くに。……あれ? もしかして風邪?」
 青年に問われ、マスクを装着した女子学園生は小さく頷いた。
「スパッツじゃなく毛糸のパンツでも穿いたほうが良いんじゃない?」
「……う、うん。心配ありがとう」
 それらの反応に、青年は僅かな違和感を覚える。
 いつもであれば……どうせバカは風邪を引かない云々とか、余計なお世話とか、色々ムキになって反応するのに。
「今日撃退庁の人と面談だって? どう、うまくやれそう?」
「……たぶん、ね。まだ片付けなきゃならない事がいろいろ残っているから、×××さんにも君にも迷惑かけっぱなしで。ほんと感謝しているよ」
「別にいいよ。ところで。『ケッツァー』との共闘の話、聞いているよね。○○はどう思う?」
 その瞬間、青年の柔和な視線が鋭くなった。
「貴様、誰だ?」
「誰って」
「あいつは俺を△△△と呼ぶんだ。一体何のためにその姿をしている」
 カチャンと音がして、青年の腕を振りほどこうとした女子学園生の手からナイフが落ちた。数秒後、それは虚空に溶けるように消えていく。
「ちょっと、離してよ、……誰か、誰か助けてっ!」
「何の騒ぎだ!?」
 女子学園生の悲鳴を聞き、数人の撃退庁職員が駆けつけてくる。
 青年の力が緩んだ隙に、女子学園生は腕を振りほどいてその場を逃げ出した。


●依頼
 学園生の一人が他者に成りすまし、学園で預かる『天魔青年』の暗殺を試みた。
 それが騒ぎの全容だ。
 シンパシーの行使に難色を示した事で、青年の立場は一時危うくなった。しかしもう一人の当事者である『学園生』に全く身に覚えがなく、青年の潔白は証明されたのだが。
 調査で浮かび上がった真犯人は、事件直後に久遠ヶ原島を出た『戸倉霧子』という学園生。
 ベリアルとの協定に対し、声高らかに反対していた一人だ。
「今回の任務は、戸倉さんを連れ戻す事だよ」
 オペレーター・神代深紅が配った書類には、戸倉霧子の情報が顔写真と共に記されていた。
「あの! この事件の原因は冥魔軍との協定であることは間違いありません。その事情を考慮せず、一方的に犯罪者扱いをするのはどうかと思います」
 挙手と同時に上がった異議に、深紅は首を横に振った。

 反対派云々は関係ない。
 人間至上主義――彼女は元々そういう思想の持ち主だった。

 これまでに大きな噴火は三度。
 一度目は学園が堕天使やはぐれ悪魔を積極的に受け入れ始めた時。
 二度目は身に宿る天魔の遺伝子を覚醒させる『ハーフ』技術が開発された時。
 三度目は天界の一派閥との協定が結ばれた時……。
 ハーフを含む天魔撃退士の治癒タイミングを故意に遅らせる。作戦方針が気に入らないと言って受けた任務を直前で放棄する。
 それが原因で不要な重体者が出たり、達成の評価自体が下がる事も多々あった。
 最近は小規模噴火を繰り返しながらも落ち着いていたのだが……弟を悪魔に殺されて、冥魔との共闘アンケート。そして四度目の大噴火。
 幸い凶行は未遂に終わった。
 刃を向けられた相手は被害を訴えないと言い、犯行時に『姿』を利用された学園生も、事を荒立てるつもりはない。
 ――とは言え、事件として認識された以上、このまま無罪放免という訳には行くはずもなく。
「酌量云々は適切なカウンセリングの後、専門家が判断する事。私達に許されているのは、戸倉さんを連れ戻す、それだけなんだ」

 タイムリミットは今夜、日付が変わるまで。
 それまでに学園に戻らなければ、彼女はアウル能力を悪用した犯罪者として、正式に認定される事になる……。



リプレイ本文

●思い出巡り
 ぽたり。
 浪風 悠人(ja3452)が戸倉雪哉の死亡を報告すると、六年生の担任だった女性教諭は涙を零した。
 活発で努力家だったという。
 卒業文集の中で、十二歳の少年は男の子らしい元気な文字で、『立派な撃退士になって両親の仇を討つ』と将来の夢を語っていた。
 そして本来の目的である戸倉霧子については……当時在籍していた教諭は転勤等ですでに学校を離れ、有益な話を聞く事は叶わなかった。
 なぜ戸倉姉弟の事を調べているのか? 教諭達の疑問をそれとなくはぐらかし、悠人はアルバムに記されたクラスメイトの名前を頭に叩き込んでいく。

 その頃、桜庭愛(jc1977)は校舎周辺を散策していた。
 デビル占領時に破損した校舎は改修されていたが、鉄棒やブランコ等、当時まま残されている物も多い。
 校庭でサッカーをしている児童がいる。教室から漏れ聞こえる楽しそうなお喋りの声。
(懐かしいな……)
 故郷を重ね合わせ、愛は静かに目を閉じた。
 愛の故郷――群馬は、存在そのものを奪われていた時があった。
 激しい戦いの末に取り戻したのは荒れ果てた大地。そこに存在していた家族や友人は二度と還らない。
(戸倉さん、あなたの無念、私にはよく判るよ。でも)
 だからこそ連れ戻さなければ。彼女が本当に全てを失ってしまう前に。そう思って再び歩き出す。

 ぽっかりと二年分だけ抜けた卒業記念樹の前に、ひとりの女性が佇んでいた。
 愛が近づくと、女性は小さく会釈をして、場所を明け渡すようにその場を後にした。
 年の頃は二十代前半。淑やかな外見とは裏腹に、意志の強そうな視線が印象的だった……。

 ◆

 かつて戸倉家があった場所は、復興時の区画整理のためすっかり様変わりしていた。
 水無瀬 文歌(jb7507)と九鬼 龍磨(jb8028)は近隣の家を尋ね歩き、戸倉家について聞き込みを続ける。
 デビルに占領された際に避難先に生活の基盤を移した者も多く、当時を知る者を探すのは苦労したが。
「霧子さんの性格、昔はそれほどキツくなかったみたいですね」
 負けず嫌いで正義感のある子供。
 アウルの素質は早くから認められていたが、せめて小学校だけはと両親が願っていた事。ゲート展開の折、一緒に遊んでいた友達を複数亡くした事。
 現在の霧子を形成する様々なピース。文歌はそれらを一つひとつ集め、組み上げていく。

「そう言えば文歌ちゃん、出発前に三鬼さんに何か確認していたよね?」
 喫茶店の窓際に陣を張りながら、龍磨が紅茶に口を付ける。
「うん。三鬼さんを助けたっていう悪魔について。でも三鬼さん、その時意識が無かったみたいで」
 雪哉達が焼かれ切り刻まれていく中、自分だけが仲間に庇われる形で逃げ延びた。
 気力で辿り着いた麓の農園で、自分を保護した青年が悪魔だったと聞かされたのは、後になってからだったという。
「クッキーさんは、神代さんに何を?」
「んー、戸倉さんが犯行時に『変化』した相手と、天魔青年の事をね」
 龍磨は当初、名前を伏せられた女子生徒が三鬼杏子なのでは、と考えていた。
 答えはNO。
 しかし、その時深紅が僅かに言葉を選んでいた事を、龍磨は見逃さなかった。
「もしかしたら姿を借りられたのは神代さんだったんじゃないかな」
 つまり霧子は、神代深紅のオペレーターとしての権限を利用し、三鬼杏子を救った天魔青年を殺害しようとしたのだ。

 ◆

「大局の見えない馬鹿が組織にいるのは本当に厄介だな」
 毅然とした口調で吐き捨てたのはエカテリーナ・コドロワ(jc0366)。
 己が感情を排し、任務を優先させる……それは軍人としての性。大を活かすためなら躊躇いもなく小を切り捨てる。たとえそこに自分自身が含まれていても。
 しかし彼女――戸倉霧子は撃退士ではあるが、軍人ではない。
 エカテリーナとは対照的に、ラファル A ユーティライネン(jb4620)は愉しげに唇を歪めた。
「ま、良いんじゃねーの? 面白いじゃん。あぁいう奴」
 ケッツァーとの同盟に関して、二人は霧子と同じ『反対派』の立場だった。
 もっとも学園の意志が賛成に傾いた今、視線を向けた先は真逆の方向。共感するつもりは毛頭なかった。

 町を見下ろす高台にある霊園で霧子を待ち続け、三時間余りが過ぎた。
 その間霊園を訪れたのは三組。
 老夫婦、新仏を弔う喪服の家族、そして赤ん坊を抱いた若い母親。
「……もしかして俺ら、怪しまれてねぇ?」
 母親が身体を強張らせたのを見て、ラファルが苦笑する。
 目立たない場所で身を潜めている外国人が二人――その光景は、さぞ異質に映った事だろう。
「そう思うなら口を閉じろ。ほら……また誰か来るぞ」
 現れたのは淑やかな印象の女性だった。
 墓を参る事無く佇んでいる二人に不審な視線を向け、霊園の奥へと消えていく。
 十数分ほどして先程の女性が戻ってきた。二人の姿を認めると、今度は軽く会釈をして足早に去っていった。
「幽霊だと思われてたりしてな」
 ラファルの軽口にエカテリーナは無反応を徹した。


●すれ違い
 それぞれの場所で霧子を待ちながら、撃退士達は密に連絡を取り合う。
『実家の方には現れていません。ご近所さんには見かけたら連絡するようお願いしたんですけど……』
 龍磨は怪しまれないよう心掛けたつもりだが、はたしてどこまで信用してもらえたか。
『クラスメイトも当たってみましたが、殆どが進学で家を離れていて……。今朝、数年ぶりに電話を貰った子もいるみたいだけど、直接会ったという話はありませんでした』
 電話の内容も近況を聞くだけの素っ気ないもので、雪哉死亡の報告はなかったという。
 どうか仇を取ってあげてほしい――姉弟と仲が良かったという少女は、そう言って泣きじゃくっていた。

 未だ影を見せない霧子。
 彼女は本当にこの町へ来ていているのだろうか? そんな疑問が胸を過る。
「……はっ」
 ふと。ひとつの可能性に気付き、エカテリーナは霊園の中へ駆け込んでいく。
 戸倉と刻まれた墓標。その拝石に動かされた痕跡があった。
 躊躇いもなく手をかける。
 納骨堂の中には焼け焦げたヒヒイロカネ製のキーチェーンが、白布に包まれた状態で納められていた……。

『ネイビーのワンピース女を見かけなかったか!?』
 怒気のこもったエカテリーナの問いに、悠人は己が記憶を探る。
『白いカーディガンを羽織った人なら見たよ』
 代わりに即答したのは愛だった。
「その服装の人なら私達も見かけました。実家近くの公園で……」
 文歌に同意を求められ相槌を打った龍磨だったが、直後、あっと声を上げて立ち上がった。勢いでテーブルが揺れ、紅茶が零れる。
「それが戸倉さんか!」
 逃亡者としての自覚があれば、一般人でも変装ぐらいはするだろう。まして今の霧子は鬼道忍軍――『変化の術』を使えるのだ。
 もっと広く視野を持ち、積極的に人々の動きを観察していれば、あるいは気付けたかも知れない。
 なのに戸倉霧子という『かたち』だけに意識が向いてしまい、可能性を見逃してしまったのだ。


●捕捉
 霧子がすでに目的を達したのであれば、もうこの町に留まる理由はない。ならば、次に向かうのは……。
 一縷の望みを賭け、撃退士達はそれぞれの場所から駅を目指す。
 最も早く到着したのは、小学校から駆け付けた悠人と愛だ。
「あそこ!」
 駐車場傍の休憩所に見覚えのあるワンピースの女性がいた。愛が小学校ですれ違った女性に間違いない。
 ただし一人ではなかった。三人の男女と一緒だった。
「彼は確か、あの時の」
 悠人は内の一人に見覚えがあった。
 集まった参加希望者の中で、霧子の処遇に対し異議を唱えた者達だ。酌量を求める意見を却下され、不満を露わにして会議室を後にした……。
 二人は彼らを刺激しないよう遠巻きに監視しつつ、仲間達の到着を待った。
 そして。

「戸倉霧子さん?」
 慎重に声を掛けてきた悠人に、インフィルトレイターの青年が警戒の色を見せた。霧子を背に庇うよう、立ち位置を変える。
「キリちゃんは頼んだ。ここはあたしが抑える!」
 阿修羅の少女に促され、バハムートテイマーの少年が龍馬スレイプニルを呼び出した。
 突然現れた異形の生物に周囲が騒めく中、少年は素早く騎乗。霧子を馬上に引き上げると、そのまま駆け始めた。
「戸倉さん、これが貴女の本当にしたい事なんですか?」
 問答無用の逃走。対話の意志なしと判断した悠人は全力跳躍で一気に間合いを詰める。足止めの髪芝居は、敢え無く振り払われてしまったが。
 文歌も磁場形成で移動力を上げて追いすがるが、やはりスレイプニルの方が数段速い。
「ここで争うのは無益だ。まずは学園の決定を優先させて貰えないか?」
 人通りの多い国道への逃走を阻止した龍磨は、青年に紳士然とした口調で説得を試みる。
「ふざけるな。『学園』はいつもそうやって俺達を言いくるめ、騙している!」
 しかし懐疑心に満ちた相手が簡単に心を開いてくれるはずもなく。そうしている間にも、我彼の距離は次第に広がっていく。
 スレイプニルはエカテリーナとラファルを軽々と飛び越え、空を駆け上がる。
 目の前に横たわる鉄路。その先に抜けられれば、追うのは難しい。
「止むを得んな」
 エカテリーナは迷わずアサルトライフルの引き金を引いた。
 少年の肩が弾け、支えを失った霧子が数メートルの高さから落下した。
「行かせるもんか!」
 確保に向かった愛を、阿修羅の少女が後ろから羽交い締めにする。
 プロレスなら負けるつもりはない。愛はそれを軽々と振りほどくと、反射的に関節技を繰り出した。
 激しい痛みに悲鳴を上げる少女。少女を助けるために駆け寄った青年ごと、文歌はスリープミストで包み、深淵の眠りへと導いた。
「まだ悪あがきを続けるつもりか」
 協力者が次々と拘束され、後ろ盾を失った霧子をエカテリーナが見下ろした。
「戸倉さん……。いま、あなたは『逃げている』よね? 私達からじゃなく、責任から」
 愛は悲しそうな視線をしてみせる。同じように故郷を奪われた経験のある者として、共感を交え、切に言葉を綴る。
「悪魔が嫌いならそれでもいい。でも、自分のした事に責任をもって学園で釈明して」
 差し出した手は、すげなく払われてしまったけれど。
「共闘賛成派だからって、皆がみんな戦う事をやめた訳じゃないよ。他の反対派の人達だって、少しでも被害を減らすために条件を飲んだんだ。……戸倉さんのような境遇の人を、これ以上出さないためにね」
 悠人は愛の言葉を補完する。
「天魔が嫌いでも、僕としては構わない。その主張は尊重されるべきだ。でも君の行為は、ちょっとね」
「奴らとの協定を『友好』や『信頼』としか考えていないからこうなる。貴様も気付いているだろう? 正攻法では奴らには勝てん。奴らを駒として利用することも戦略上重要なんだ」
 共闘を拒むデメリット、学園へ戻るメリットを論理的に諭す龍磨。エカテリーナの叱咤。それらの言葉を霧子は恨めしそうに聞いていた。
「大切な人を奪った相手へ復讐したい気持ちを私は否定しません。でも、関係ない天魔の人を傷つけるのはお門違いでしょう。恨むなら家族を殺した天魔個人を恨むべきです」
 最後に文歌が口にしたのは、霧子が犯しかけた凶行に対する諫め。
 しばしの静寂の後、文歌はひとつ息を吐き、でも、と逆接の言葉を紡ぐ。
「……過去の思い出を巡ってみて、ご家族は仇討ちを望んでると思いましたか……?」
 その一言は、思想を尽く否定され追い詰められた霧子の心を逆撫でた。
「あんたに何が判るのよ。パパやママに会った事もないくせに! 家族を殺されて、家族を殺した連中の前で笑っていろとでも? あんたはそれを、万人に言えるの?」
 死人は何も語らない。語れない。
 普通に育って欲しいと願っていた親なら、己が子に仇討ちを望むはずがない。
 それでも。
 虚ろな眼で空を仰いだ母。父は目の前でディアボロの顎の中に消えた。そして弟は……。
 霧子が思い出す家族の姿は永遠に苦悶の表情を浮かべたままなのだ。
 他の誰かは立ち直れたかも知れない。でも、霧子は立ち直れなかった。絶望から這い上がるために、復讐に糧を見出して生きてきた。
「私は暴力に屈しません!」
 逆上し影手裏剣を放った霧子を、文歌はキッと睨み返す。
「貴方は自分が一般の人代表のような事を言っていますが、本当に『普通の人』と言い切れます? 普通の人にとってアウルの力を持つ貴方も、天魔と同じ脅威なんですよ。周りの人の事をよく見て下さい。今……」
 そこまで言って、文歌は言葉を飲み込んだ。
 騒ぎを聞きつけ集まった人々。彼らの視線には、確かに畏怖の色が浮かんでいる。
 はたしてそれは誰に対して向けられた物か。
「……場所を変えないか? ここじゃ何かと話しづらい」
 できればもっと早くにそうするべきだった――苦虫を噛み潰したように、龍磨はそう提案した。


●結末
「少しは頭が冷えたんじゃねーか?」
 人気のない高台で、ラファルがぶっきらぼうに尋ねる。
 霧子は未だ反感に満ちた視線を向けた。
「一時の激情にまかせて逃亡するのは損だぜ。制限付きとはいえ学園は実質合法的に悪魔殺し放題だからな」
「でも、もうケッツァーは殺せない。雪哉達を死に導いたあの男も」
 霧子は龍磨に薄い笑みを投げかける。
「あんたは、あの男が雪哉を殺した悪魔を知っている、と言った。――当然よ、つるんでいたんだから」
「それは誤解だ。彼も……被害者だ」
「被害者なら、許されるの?」
 だからあの男を狙った。ケッツァーを辞め、学園生でもない今日のうちに。
「あはっ、やっぱり面白れーな。気に入ったぜ」
 頑なに自身の正当性を主張し続ける霧子に誰もが眉を顰める中、ラファルだけが心底愉快そうに笑った。
「あんたがウケタ痛みは悪魔何人分だ? 俺は悪魔全体に不幸になってもらいたい。死ぬまで後悔にさいなまれるような目に遭わす。そのためには仲間が必要だ。つまり戸倉の手が必要なのさ」
 霧子は値踏みするようにラファルを、その真意探る。
 似たような言葉は今までに何度も聞いてきた。
 殆どがその場限り。未必の故意で誰かを傷つけた一般市民を罵倒した同じ口で、意図的に殺戮を行った能力者や天魔を庇う連中が多かったけれど。
「ねぇ」
 霧子は拘束されたままの青年に視線を向けた。
「あの時の話は本当なのよね?」
「勿論。あの方の人脈は絶大なんだ。世界中どこに行っても、君を支援する人はいる」
 それは皆が霧子を発見するまでの空白の時間に、彼女達の間で交わされた密約。
 青年の答えを聞いた霧子は満足そうに頷いた。
「じゃあ学園にいても同じって事よね? だったら戻るわ。私はあの場所で、学園の選択が間違っている事を証明してみせる」

 霧子は撃退士達へと歩み寄る。
 そして、手錠を掛けて下さいとでも言うように、誇らしげな表情で両手を差し出した。


依頼結果