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温泉にはいろんなモノが出る。
それはおサルさんだったり幽霊だったり……。
「我龍転生リュウセイガー!」
「温泉に水着魔法少女参上にゃ♪」
まれに変身ヒーローや魔法少女だったりする場合もある。
猫耳尻尾にスク水を纏った猫野・宮子(
ja0024)が手にするのは、銀色に光り輝く一本のマグロ……に見える太刀。
その隣には一般男性陣が湯桶を装着して退散しそうな程にマイクロな水着姿の桜井・L・瑞穂(
ja0027)が立つ。
「もふもふウサギでなく、ぬるぬるウナギなのか」
「温泉で兎狩りって変だと思ったらウナギだったにゃね。嫌な予感するにゃ」
記憶と共にありありと感覚が蘇り、遠石 一千風(
jb3845)はコート越しに己が身体を抱きしめる。
……あの時は温泉ではなくプールだったか。
ナメクジの時はいろんな意味で凄かった――宮子はごくりと唾を飲み込んだ。
「鰻ごとき、わたくしが駆逐して差し上げますわ。おーっほっほっほ♪」
「瑞穂さん、それ、フラグだと思うにゃ(汗)」
カラダニキヲツケテ……。
宮子の手向けの言葉は、ヤル気という炎を背負った瑞穂の高笑いに紛れ、虚空へと消えた。
「むむっ。状況は予想以上に悪いですね」
蝶のような羽を広げ、先陣を切って偵察を開始したマリー・ゴールド(
jc1045)は思わず頭を抱えた。
黒い物体は温泉群の至る所に散らばっている。
大きさは平均3m。雪ノ下・正太郎(
ja0343)が危惧していた普通のウナギサイズは殆どいないように思う。
「この辺と、その辺と、あの辺とその辺と向こうの方と……」
見つけた所を手当たり次第指し示すマリー。その姿は、誰がどう見ても手旗信号にしか見えなかった。
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「この棒は良い棒だ」
長さ3m。太さ5cmで木製の。滑らずささくれず、ほどよい握り心地で。ご丁寧に目盛りまで掘られている。
ソナエアレバウレシイナ――宿の主人謹製の『10フィート棒』を手に馴染ませながら、正太郎は満足げに頷いた。
「……走り高跳び?」
思わずツッコミを入れる浪風 悠人(
ja3452)に、正太郎は不敵な笑みを見せる。
「例えばあの岩の凹み。怪しいだろ? ここからは1m程、確認するためには湯に入らなきゃならない。だが、それは危険すぎる」
目の前に広がる露天風呂はそう広い訳ではない。だが湯は茶色く濁っていて、何か潜んでいるかは勿論、どれ位深いのかすらも判らない。
正太郎はまずは手近な湯を探った。
深さは60cm。軽くかき混ぜただけで棒が黄色く染まる程度に濃度が高く、底は石畳風になっている事が判る。
正太郎は問題の岩に棒を伸ばした。
ばしゃんっ!
用心深く棒を突き入れた瞬間、突如目の前で湯が跳ねた。
体長3mの丸々と太ったウナギが頭部を突かれ、反射的に尾を振り上げたのだ。
「あばばばばっ」
1、2、3……9combo! 強烈な往復ビンタが正太郎を襲う。
「正太郎!」
すかさず悠人がアイビーウィップを行使。尾の動きが鈍った所ですかさず正太郎を引き離した。
――気を付けよう 罠のスイッチと作動点 同じ場所とは限らない……。
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一千風とマリーが向かったのは、足元に玉砂利が敷き詰められた最深120cmの立ち湯だった。
薙刀を10フィート棒のように扱い、温泉の外からウナギを牽制する一千風。
入湯すれば間違いなく顔まで沈むので、マリーは呼び出した鳳凰と共に鳥の立ち位置をキープする。
「えい、えい、えいっ!」
生者の書を開き、そこから生み出した次々と金ダの円盤を次々と投げつけていく。
湯面が激しく波立ち、砂利に潜んでいたウナギが浮き上がる。
「このまま向こうまで追い込みます」
湯船は瓢箪型になっていて、奥の方は比較的浅いが、ハイキングコースからも丸見えという事もあり、普段からあまり使用されていないらしい。
そこなら多少派手に攻撃しても被害は最小限に留められる。はず。
逃げ惑うウナギを懸命に誘導するマリー。
その背から不意に翼が消えた。
「……へ?」
どぼん。
盛大な水しぶきを上げ、マリーは湯の中へ真っ逆さま。
ここぞとばかりに群がるウナギ達。
パニックに陥ったマリーは、この辺なら普通に足が届く事も忘れ、湯の中でもがき続ける。
「大変!」
仲間の危機に、一千風はコートを脱ぎ捨て黒ビキニ姿を露わにすると、迷う事なくダイブした。
(ひゃうん!)
ウナギを引き離そうと伸ばした指が敏感な所に触れ、身をよじるマリー。
(すまない。……あれ? ちょっ!!)
ウナギは標的を一千風へ変更し、巻き付いてきた。
とっさに外殻強化で抵抗を試みるも、露出の多い装備ではウナギの感触までは防ぐ事ができず。
(く、またぬるぬるで気持ち………いい?)
ねっとりと絡みつく粘液が全身に染み渡り、ダイブした際、底に思い切り打ち付けた頭の痛みが和らいでいく。
一千風は思い出す。
通常者である忍軍の少女・都築希が、『ウナギの粘液には再生の効果があるのです!』と言っていた事を。
もしかしてそれって撃退士にも効果がある!?
……だったらこのままで良いかも。
思わず心を過った誘惑を打ち消すように、湯面を青い稲妻が迸った。
「やっぱり打ち倒そう。温泉のために……」
我に返った乙女達は、改めて打倒・ウナギの意志を固めた。
目の前に広がる緑。
美しい形の岩が散在し、一際大きな岩場から滾々と湧き出る湯が滝のように流れ込んでいる。
まるで日本庭園を思わせる露天風呂。
宮子と瑞穂が辿り着いたのはそんな場所だった。
死角となる場所が多いため、宮子は水上歩行を駆使し、ウナギの姿を探す。
「ふっ。隠れても無駄ですわ」
生命探知を行使した瑞穂は、岩陰に潜むウナギの存在をしっかりと認識していた。
瑞穂の足元に咲き乱れる色とりどりの花。
純白ドレスの幻影を纏い、吹雪のように花びらを舞い散らせ……美しい意匠の槍でウナギを刺し貫く。
その姿はまさに勝利の女神のように、気高く美しく思えた。
……もっとも、『認識している=避けられる』という公式がいつも成立するとは限らない。
一瞬の幻影(ゆめ)が覚めた直後、にょろんと伸びた尾が足に絡みつき、瑞穂はあっという間に湯の中に引きずりこまれてしまう。
ウナギに絡みつかれながら、ぶくぶくと沈んでいく。
「瑞穂さん!」
友のピンチを救うため駆け抜けつけた宮子。
「ウナギ、凄く……大きいにゃ。黒くてビクビクしてるにゃ……」
引き剥がそうとしても、ヌメるウナギの体は容易に掴む事はできない。焦れば焦るほど息が上がり、手は滑りまくる。
「あン、宮子、そこはダメ……」
組んず解れつ格闘する乙女達の背後に更なる影が忍び寄る。
ドゥーンドゥン、ドゥーンドゥン……。
そんな独特のBGMが流れそうな場面だが、これは映画ではなく現実の話。当事者達の耳には聞こえない。
「にゃーっ」
「ら、らめぇっ」
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通常のウナギでさえ湿り気のある場所なら陸上でも移動が可能なのだ。
それが天魔であれば、どんな場所でも余裕で行けるだろう。
「食らえ」
捜索の幅を広げた正太郎は、脱衣所近くの東屋にウナギの姿を認めた。
一気に距離をつめ、鎌首をもたげるウナギに強烈なハイキック……と見せかけ、まさかの絞め技・ドンチャン。
もちろんウナギだって必死に抵抗する。しなやかな身体をくねらせ、返し技とばかりに巻き付いてくる。
興奮状態のウナギは絶え間なく粘液を吹き出し、そのヌメりのせいで互いに技が決まらない。
不毛な攻防に終止符を打ったのは、正太郎のドラゴンスピンだった。
ウナギのヒレに脚を引っかけ、見事に首(?)を捕らえ、そのまま勢いよく回転させ、全身を岩場に叩きつける。
二度三度、小さく放電したウナギは、それきり動かなくなった。
前方に横臥する3匹のウナギを前に、悠人は二つの選択肢の狭間でで揺れ動く。
串刺しにするか、蒲焼きにするか?
些細な問題だと多くの人は言うだろう。
悩むぐらいなら両方やればいい、と言う人もいるかもしれない。
しかし……悠人にとってそれは大きな問題だった。
「よし、決めた」
命を賭けた勝負。一瞬の迷いが命取りになる――依頼人である格闘料理研究会部長・都築希の助言を思い出し、悠人は腹を括った。
ロンゴミニアトを構え、ウナギの集団へと身を躍らせる。
全方位から放たれる鞭のような尾をツーステップで避け、全てを術の射程に捉えた直後に閃いた三筋の光。
「失敗した!?」
全てを背割りにするつもりだった。
しかし、1匹は刃が浅く、1匹は開きを通り越して『おろし』になってしまった。
その上自身は攻撃を避けきれず。強かに打たれた背中の痺れが心地よい。
串打ち三年捌き八年焼き一生。
料理も戦いも日々是修行という格闘料理の教訓を、改めて実感する悠人だった。
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『足湯、クリアです!』
『庭園風呂……クリアですわ(ですにゃー)』
悠人の報告に、瑞穂・宮子ペアが上気した声で報告を返す。
『こちらも、完了です』
5分ほど前に。
雪の残る川べりへ向かった一千風は、冷えた身体を温めるため、ちゃっかり湯に浸かっていた。
『個室付きも全て駆除完了だ』
『あと一か所です。頑張りましょう』
見えない場所は正太郎が確認してくれた。
空から索敵を続けるマリーの報告に、撃退士達は勝利を確信し、グッと拳を握りしめた。
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最後のウナギは軽々と串刺しにされた。
「さて風呂に入るか、浪風さんはどうします?」
「俺は食事の用意をしようと思う。キノコが採れるみたいだからな」
任務完了の報告を入れ、達成感に包まれ帰路についた撃退士達を待ち受けていたのは、更なるウナギの大群だった。
発見したのは女性陣。
「お、お湯の色かと思っていました……」
近づいて初めて判明した事実に、マリーは愕然とする。
「「「…………」」」
乙女達は気まずそうに顔を見合わせた。
広い露天風呂。ウナギはその一面に散っている。それらとマトモに戦うためには……。
「入るにゃ?」
近接武器しか持たない宮子が髪の毛を逆立てる。
「このウナギ風呂に……?」
薙刀のリーチなど足しにもならない。一千風はごくりと唾を飲み込んだ。
だが……気付いてしまった限り、片付けない訳にはいかない。
意を決し、一千風は湯の中へ身を躍らせた。宮子もマグロを振り回して水上を突撃していく。
そんな2人を、ウナギ達は湯面を波立たせて迎え撃つ。
瑞穂とマリーが遠距離攻撃で援護をする。
ジェノサイドの始まりだ。
「にゃにゃ!? ぬるぬるして気持ち悪いにゃ!? 離れるにゃー!」
数匹のウナギに群がられた宮子。
もちろんウナギは一千風にも食らいつく。
「んぁ、早く、外し、て……」
大波のように襲い来る羞恥と不快感に見悶えつつ、水着ごと引き剥がしたウナギに渾身の烈風突を繰り出した。
4スクエア弾き飛ばされたウナギは、湯船の外で援護する瑞穂の豊満な胸の谷間にジャスト・イン!
「い、いけませんわぁぁぁ〜っ♪」
瑞穂の桃色な絶叫が青空に響き渡った。
「た、大変、このままじゃ……」
別行動中の男性陣に応援要請を送ったマリーは、温泉の中心でえろい事になっている二人を救出するため、羽ばたいた。
乙女の柔肌を傷つけないよう蒼鷹の爪でウナギを捌き、まずは一千風を抱え上げた時……
「え……う、うそーっ」
翼の魔力が途切れ、本日二度目の落水。
ヒロインの危機に、ヒーローはいつも遅れて……否、ここぞというタイミングで駆け付ける。
悠人は己が身を顧みずウナギの群れに飛び込み、魂という名のアートを爆発させる。
正太郎がチェムソバッでウナギを弾き飛ばす。
頭数が増えた分、その身に掛かる負担が各段に減った乙女達も反撃を開始した。
そして……。
「必殺、マジカル♪ マグロアタックにゃー!」
大ボスらしい巨大ウナギを宮子がギッタンギッタンのネギトロ風に仕上げて。
数分後。
「……駆逐完了なのです!」
希の宣言と共に、撃退士達の戦いは幕を下ろした。
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「浪風先輩のおかげなのです!」
笊いっぱいになったキノコを前に、格闘料理研究会部長・都築希はご満悦だった。
「いえいえ。俺の方も穴場を教えて貰って。お互い様ですよ」
狙っていたヒラタケやシメジは勿論、トリュフまで見つかるとは。
山には食べると2倍の大きさになれそうなキノコもあった。
昔から塩漬けにする地域もあるぐらいだし、撃退士なんだからちょっとぐらい大丈夫……という好奇心が胸を過ったが、さすがにそれは料理家として自制した。
希の目的は調理実習の食材探しなので、悠人は余った分を譲ってもらう事にした。
悠人は湯治宿の厨房を借り、腕によりをかけ、共に血と涙を流し戦った仲間のための食事を作る。
「ふはぁ。極楽極楽♪」
ウナギの血もヌメりも洗い流し、戦闘で負った傷もマリーの治癒膏で跡形もなく治された。
すっかり綺麗になった体を湯に鎮め、一千風は息を吐いた。
一度入れば10年若返ると称される湯は白く滑らかで、しっとりと肌に馴染んでいく。
ただ、あまりにも滑らかすぎて、どれだけ気を付けていても……
「きゃあっ! あ、あふっ 」
スベって頭から湯に沈んだマリーは、その後も立ち上がろうとするたび、何度もコケて溺れていた。
素晴らしい景色を眺めながら、宮子と瑞穂は大自然の恵みをマッ……全身で享受していた
隅のほうに駆逐したウナギが山と積まれているが……それは敢て見ない事にする。
「んー、温泉はやっぱり普通に入るのが一番だよ♪」
同意を求めるように視線を向けた宮子は、視界いっぱいに映った豊かな胸と自身の平坦なそれを見比べ、愕然とする。
……どこかに成長を促進させる温泉はないだろうか?
流浪の旅に出ようとした宮子もまた、滑らかな湯に足を取られてしまう。
「宮子、大丈夫ですか?」
支えようとした瑞穂をも巻き込んで、盛大な水しぶきを上げる。
「なんか居るにゃ!?」
今、ぬるっとした長いモノが足の間を通り抜けた。
ウナギ!? ウナギナンデ!?
思わぬ奇襲にパニックに陥る乙女達。
「防具を外した時を狙うなんて、卑劣ですわ!」
瑞穂は怒りを露わにするが……。
みんな戦闘中も魔装の薄さは大して変わらなかったと思うのは、気のせいだろうか?
「あっちは賑やかだなぁ……って、事件か!?」
柵で隔てられた反対側で、やはりマッパで温泉を堪能していた正太郎。
キャッハウフフと騒ぐ乙女達の声が一瞬で悲鳴に代わり、ヒーローとしての使命感がメラメラと燃え上がる。
「変身っ、リュウセイガー!」
そう叫んで一気に柵を飛び越えて……。
大自然の中に、五色の悲鳴がこだました。