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マスター:真人
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/10/04


みんなの思い出



オープニング


 もうすぐ地獄の季節がやってくる。
 お彼岸である。
 毎年恒例とはいえ、考えるだけで魂が抜けそうになる。
 それでなくても最近は礼儀知らずの厄介者に絡まれ、気を休める暇もないのに。
 南原拓海 (jz0177) は湧き上がるイライラを心の中から追い出すため、ひたすら目の前の仕事に没頭していた。
「……みくん、拓海くん!」
「えっ、あ、何? 睦月」
「店長さんが、もうお昼ごはんだって」
 気付けば周囲に誰も居なかった。いつの間にか周囲の空間さえシャットダウンしていたらしい。
「判った。あと少しで一区切り付くから」
 呼びにきた恋人を先に戻らせ、拓海は作業を続ける。
 あと八個。ポット苗を出荷用のケースに詰めて、午前のノルマ達成。
「よし、と」
 達成感に満ちた息を吐いて、道具を整理し始めた時だった。
 どさりと鈍い音がして、綺麗に詰んでいたケースが無残に崩される。
 人が倒れていた。
 久遠ヶ原学園のジャージを着た少女だった。髪が焦げ、全身を血で染めて。
「……誰か、救急車を!」
 少女の意識はすでにない。気力だけでここまで辿り着いたのだろう。でも、外傷がひどすぎる。たぶん……このままでは助からない。
(せめて少しでも体力が戻れば……。)
 拓海が翳した掌から蛍のような光が舞い、少女の傷にしみこんでいく。


 十数分後――静かな町にけたたましいサイレンの音が響き渡った。




 夕闇迫る頃。
 森の中に音もなく降り立ったナハラ (jz0177) は、あられもない恰好の少女――カッツェを見てため息を吐いた。
 彼女の後方にある樹の根元では、見目良い顔立ちの少年が、魔装を引きちぎられた状態で倒れている。
「お前、あの撃退士喰ったのか?」
「ヤケ喰い? だって誰かさんが味見させてくれないんだもーん。
 それに構わないでしょ。あの子だってイイ思いしたんだし。……ま、最後に『コノ声』を聞かせてあげたけど」
 途中に野太い声色を織り交ぜて。
 ニンゲンの男は、この外見で簡単に釣られてくれる。
 そして服やアクセサリを貢がせた後、わざと低い声で囁くのだ。
 艶事を演じた相手を男と思い込む――その時の絶望的な表情を堪能する事が、カッツェの娯楽のひとつだった。
「相変わらず悪趣味な奴」
 可哀想に、あの少年は己の初陣が男かも知れないという黒歴史を抱えて、生きていくのだろう。
「それよりさぁ……。あんた、何してんの」
 軽く口笛でも吹くように、カッツェが言った。
「なんで撃退士がウロチョロしてんの放置してるワケ?」
「脊髄反射で何でも殺せば良いってもんじゃないだろ」
 彼らの任務はイノシシを追い払う事だった。それも若葉マークの取れない新米ばかり。わざわざ相手にする必要はなかったはずだ。
「ふぅん……。まぁ良いわ。それより手伝って欲しい事があるんだけど」
「モノによる」
「撃退士ぶち殺す……ってのは冗談だけど」
 露骨に呆れた顔をしたナハラに、カッツェはぺろりと舌舐めずりをして、猫のような瞳を光らせた。
「あたしさ、この間、撃退士にヴァニタス殺されたんだよね。で、新しい子探してたんだ」
 今度はサラサラした髪をしたお淑やかな子。地味だった薫はあっと言う間に変わっちゃったけど、今度はいろいろ調教し甲斐がありそう。
「その子の名前はね……」
 相手の反応を探るような勿体ぶった言い回し。ナハラはいつもの仏頂面でそれを聞き流していた。
「ミヤケムツキ」
 その瞬間、ナハラが僅かに唇を噛んだのを、カッツェは見逃さなかった。にやりと笑みを浮かべ、一気に駆け引きの間合いへ踏み込んでくる。
「あんたさ。あの時あそこに居たでしょ。知ってんのよ。あたしに貸したディアボロ操って邪魔したでしょ。薫が死んだのはあんたのせいよ!」
 激しく罵った後で、カッツェは無言を貫くナハラの耳元に唇を寄せ、甘い声で囁いた。
「この町にゲートを開きたいの。そのために護衛が必要なんだ。……あんたが『代わり』をしてくれるなら、新しいヴァニタス作るの、諦めても良いんだけどなぁ?」




 それは農作物を荒らす害獣を追い払うだけの、初心者用の依頼だった。
 参加者は六名。学園外での任務が初めてという者が殆どだった。
 その依頼が、死者四名、重体者一名、行方不明者一名という悲劇に繋がるとは、誰が予想できただろう?
 詳細を識るべくシンパシーを行使したオペレーターが見た記憶は、森の中で任務に当たる学生の姿。
 シカやイノシシに追われながらも、共に協力して立ち向かう。そんな微笑ましい光景が、一瞬で地獄に変わった。
 小鳥が炎を纏い、サルが風を巻き起こす。学生達の体が瞬く間に焼かれ、切り刻まれていく。
 そしてついに現れた悪魔・カッツェ。
 ディバインナイトの少年が命懸けでカッツェの注意を引き付け、瀕死の重傷を負った少女を逃がした……。

 学園は学園生の遺体を回収すると共に、間接的に事件へ関わった農園の人々に避難を勧告。農園経営一家は市街地近くの民宿へ身を寄せる事になった。
 その『民宿』と連絡が取れなくなったのは、その日の夜の事。
 固定電話も携帯も繋がらない。
 不審に思った神代 深紅 (jz0123) は、深夜にも関わらず駆け付けた。
「何でこんな事に……」
 そこに広がっていた光景は、建物全体を覆いつくす、巨大な蜘蛛の巣だった。
 深紅は半年前、これとよく似た光景を見た事があった。同じ小鹿野町の山中で、悪魔の人質になった時に。
 あれを造り出した悪魔は。
「……それ以上近づくと、死ぬよ?」
「ナハラ!? やっぱりあんたが。でもどうして……」
「『悪魔』だから。それ以外に理由は必要か?」
 白い天幕に腰をかけ、複眼の悪魔は魂も凍るような視線で深紅を見下ろした。



 何度同じ過ちを繰り返せば気が済むのだろうか?
 ナハラは改めて己の愚かさを実感していた。
 一度目は四年前の冬。ベネトナシュに。その時はちょっとした取引で口を塞ぐ事ができたけど。
 今度はそう単純に片付けられる相手ではない。
 あいつの目的は俺自身。俺を心身共に隷属させる事だから。
 選ぶべき答えは、最初から決まっていた。

 カッツェが選んだ戦場で、ナハラは砦を築き上げる。
 繭の強度は上げた。二、三発程度なら直撃を受けても耐えられるはず。
 あとは……撃退士の頭次第か。
 カッツェには親密な同志がいる。
 どれだけ情報を共有しているか判らないが、少しでも裏切り行為があると判断されれば、報復を受けるだろう。
 俺一人が消されるだけなら構わない。
 でも、睦月や都さん、それに繋がる人達が未来永劫狙われ続ける事だけは、絶対に避けなければ。
 そのためには……まず信用を勝ち得なければ。
 人間ごっこはもうお終い。
 大切な者を守るため、自らの手で敢えてそれを傷つけ、全てをの縁を断ち切るのだ。
 ナハラはいつもより幅の広いチョーカーを指でなぞり、そこに刻まれた『契約の証』の感触を探った。


リプレイ本文


「皆……来てくれたんだね!」
 深夜、次々と緊急車両から降りてくる学園生達を見て、神代 深紅 (jz0123) は胸を撫で下ろした。
「ナハラさんって、『あの時』のヒトですよね?」
 袋井 雅人(jb1469)は数年前、深紅と共に挑んだ調査依頼を思い出していた。
「マサトさん、戦った事あるんですか?」
「いえ。敵意は向けられませんでした。むしろ見逃してもらった感じです」
 ザジテン・カロナール(jc0759)に問われ、雅人は簡潔に当時の状況を語った。
「やっぱりおかしいですよね。ナハラさんがこんな強硬な作戦でくるなんて……」
 真冬の別荘、小学校の校庭、植物園――これまでナハラが関わった事件の多くには、他の冥魔の影が見えた。
 今回もその流れと切り捨てる者もいる。
 それでも実際に会い、言葉を交わした事のある水無瀬 文歌(jb7507)は、違和感を捨てきれなかった。
「……パペットは全部確認済みか?」
「ううん。昼間のを含めて七体だけ」
 水無瀬 快晴(jb0745)の問いに、深紅が即答する。
「残りはあと一つ? もし埋め込まれているとすれば、人質のうちの誰かでしょうか?」
 もしかすると人質の中に、ナハラにとって大切な人が混じっているのではないか?
 だからガラにもなく、こんな強硬な行動をせざるを得ないのでは?
 有り得ない事ではない。
 かつてザジテンが仕えていた上司――カッツェの性格とよく似た性格のあの男なら、きっとそうするから。
「色々と気掛かりではあるが……まずは救助だな」
「頑張りましょう、全ての問題を解決するために!」
 鳳 静矢(ja3856)が鞘に紫のアウルを纏わせ、その横では佐藤 としお(ja2489)が眼鏡を上へ放り投げる。
 としおの全身を金色の龍が咆哮を上げるように包み――戦いの始まりを告げた。



 建物全体が白いヴェールで覆われている。それは幻想的な光景だった。
 その天幕の一つに、複眼の悪魔・ナハラは腰を掛けていた。撃退士が六人増えても表情一つ変える事なく、静かに見下ろして。
「お久しぶりです、ナハラさん」
 礼儀正しく話しかけると、ナハラは雅人に視線を向け僅かに口元を緩ませた。
「……カメラ小僧、だっけ?」
「袋井 雅人、です」
 認識のされ方は微妙だが、覚えていてくれたらしい。
 だったら少しは話をしやすいかも知れない。
 そう思って雅人が一歩踏み出した時、ナハラは鉤手甲を顕現させ、切っ先を突きつけた。数メートルの距離を隔てていても、喉元を抉られるのではないかと感じる程の殺気を込めて。
「近づけば死ぬ。そう言ったはずだけど?」
 直後に吹いた口笛。それを合図とし、パペット達が弾けるように動きだした。
 愛嬌のある外見とは裏腹に、荒々しく嘶くポニー。
 服を噛まれ、ザジテンは力づくで引き倒された。蹄で頭部を踏み潰されそうになるも、としおが放った回避射撃に紛れ、素早く態勢を整える。
 ドーベルマンの動きを止めるため、静矢はあえて牙を腕で受け止めた。
 噛まれた腕はそのままに額へ手を伸ばすと、ドーベルマンは静矢の思惑を悟ったように腕を離し距離を保つ。
 猫や九官鳥も、それぞれの間合いを取って襲撃のタイミングを狙う。
「無駄に殺しはしたくはないが……場合によっては止むを得んか」
 たかが動物。しかし誰かにとっては掛け替えのない家族の一員に他ならず。それでも人命を前にすれば、同列に並べる事はできるはずもない。
 極めて冷静な判断を下すと、鳳凰が刻まれた鞘から刃を抜いた。



「やっぱり操り人形程度じゃ役不足だったみたいだね。少しは躊躇ってくれると思ったんだけど」
 斃れた動物達を前に、ナハラはわざとらしく肩を竦めて見せた。
 そしてボロの被膜を広げると、静かに地上へと舞い降りる。
「人を攫うにしてはやけに派手に事を起こしたものだ。……それともこの場で何かを起こすつもりか?」
 念を押すように問う静矢に、ナハラは曖昧な笑みを浮かべた。
「君達が知る必要はない」
 明確な拒絶。しかし、視線の動きや立ち位置は、常に後方の建物を意識している。
 無意識か、わざとか?
 どちらにせよ、その場所に何かがある事は確かだと思う。
「ならば力づくで確かめさせて頂こう」
 地を蹴った静矢。ナハラは当然のようにそれを阻む。繰り出された鉤手甲の一撃を、静矢は冷静に見切った。
 雅人も大剣を振るって応戦する。
「どうですかナハラさん、私も強くなったでしょう?」
「……強く?」
 背後からの奇襲は軽々と受け止められた。雅人は即座に間合いを取り、反撃に備える。
 その間、としおはナハラの反応を観察していた。
 報告書から読み取った振る舞いと比べ、今は余裕がないように感じられる。
 対峙している撃退士が実力者揃いという理由だけではないだろう。何か別な事に意識を割き、戦いに集中できていないのだ。
(皆の言うように、何か理由があるのか?)
としおはスナイパーライフルを構えた。
 放たれた弾丸は狙い通りナハラの肩を掠め、上着を飾る金具を弾き飛ばす。
「困り事は思い切って言えば良いのにな。お前たち悪魔ってのは嘘つきだな?」
 真意を口にできないなら、嘘で報せてくれ。そんな願いを込めて言葉を投じる。
「……俺達ほど欲望に忠実な存在はないよ。自分に都合の良い事だけを真実とする君達に、嘘つき呼ばわりされる筋合いはないね!」
『ナハラさん、私です。誰かに監視されているかもなので、直接語りかけてます』
『守りたい人がいるんだよね? だったら僕達にその人を守らせて!』
 文歌は霞声で、ザジテンは意思疎通を用い、直接ナハラへと語り掛ける。
 カッツェに戦いを強要されているのか。最後の爪は誰に埋め込まれているのか。
 言葉で表せないのなら、何かしら合図を送ってくれれば……と。
 真摯な言葉をぶつけてくる撃退士達に、ナハラは意味ありげな視線を向けると、徐に自身の首を飾るチョーカーを外した。
 その喉元に見えた、硬質の赤。
「やっぱり……ナハラさん」
 悲痛な声を上げる文歌にナハラは口元を歪めて、
「言っておくけど俺は操られているわけじゃないよ? 抜こうと思えばいつでも抜けるしね。
 俺は自分の目的を果たす為にあいつのゲート作成に協力し、その見返りとして魔力を増幅してもらっている」
 冷徹な『言刃』を返す。
 そして爪を抜くため背後から忍び寄ったヒリュウを、振り向きもせずに鷲掴みにした。
「だから……余計な世話を焼かれても困るんだよね」
「あ、ぐはっ」
 召喚獣の感覚はダイレクトに術者であるザジテンへと伝わる。
 喉を絞められ唇から泡が垂れる。苦痛から逃れようと爪を立てても、振りほどくべき掌はどこにも存在しない。
 拷問にも等しい時間は、としおの狙撃が断ちきった。
「ここは僕に任せて皆は早く先へ!」
(今の言葉は『偽』、そうだろう?)
 確証はない。
 ヒリュウをその手で引き裂かなかった事がヒント――その直感だけを頼りに。
「お願いします!」
 としおの言葉に頷いて、最初に雅人が走り出す。
「ザジ、あなたは後でね?」
 義弟に癒しを与えた文歌と快晴も続く。
「行かせないと言っただろう」
「貴様の相手は私だよ」
 三人の行く手を塞ぐナハラを静矢が押し留める。
「さぁ、しばらく付き合ってもらうぞ」
 刀に纏わせた紫の閃き。
 刹那に繰り出された斬撃がナハラの左腕を捉え――次の瞬間、静矢の左腕から鮮血がしぶいた。



 ――in emat on amas laireb ah etebus usorok usorok ihsiatikeg……

 張り巡らせられた巣幕を震わせ、低く高く響き渡る声。
 何かしらの罠はないかと警戒する雅人の横で、快晴は心を研ぎ澄ますように目を閉じた。
「……この先、だな」
 辿り着いた先は食堂だった。
 視線で確認を取り、雅人は開け放たれた戸口を覆う巣幕に手をかけた。
 そっと様子を窺うと、最初に目に入ったのは陰の混じる茶髪。その前方に繭が一つ、意味ありげに置かれていた。
「あの繭の中にいる人を助け出せば……ナハラさんは自由になれるのかな?」
「……俺がカッツェを引き付けてみるよ」
 快晴は気配を殺し、詠唱を続けるカッツェの背後へ忍び寄った。
 零距離からの夜想曲。眠りに誘った上で間髪入れずにDDDを叩き込む……つもりだった。
「またあんた? バカの一つ覚え、見え透いてんのよ」
 何の執着もなく詠唱が途切れ、反撃の拳が快晴の腹を抉る。
 吹き飛ばされた快晴が壁に叩きつけられる前に、闇を渡った雅人が受け止めた。 
「抜けたの二人だけ? あいつ、意外とマジメなのね。薫殺した奴はいみたいだけど、ま、いいか」
 ――で、あんた誰よ。
「カッツェさん、はじめまして、私は袋井 雅人といいます。どうかお見知りおきを」
 慇懃に自己紹介をして、雅人は大剣を構えた。

 守りの力を授けたかったが、それではカッツェに気付かれてしまう。
 愛する人の傷みを心で感じながら、文歌は繭の陰に隠れ、一心に刃を当て続ける。
 しかし繭は鎧のように固く、なかなか傷がつかない。
「フミカ姉様、僕も手伝います」
 窓から回り込んだザジテンも、ヒリュウに爪を立てさせる。
 そうして二人掛かりで続けるうち、次第に綻びてくる。
 僅かな隙間から垣間見えたのは柔らかな髪の女性。
 文歌の霊視によればカオスレートは中立。それでも念のために髪芝居で動きを封じ、ザジテンは確認のためクラウディルを繭の中へ送り込んだ。

 カッツェに肉薄する快晴と雅人。
 雅人は闇を渡り続ける事で位置を特定させず、常に死角から攻撃を繰り翻弄し続けた。
 すでに受防一択。深い傷を幾つも負いながらも、カッツェは未だに狩りを楽しむ残虐な笑みを浮かべている。
「……何が可笑しい?」
「だってあんた、ホント学習能力がないんだもん。……忘れたの?」
 吐息が掛かる程に顔を近づけ、快晴の目を覗き込んだカッツェ。その眼の色は、青。
(……風かっ!)
 その瞬間、衝撃が走った。

 四方を閉ざされた狭い部屋の中、殺戮の旋風は人も物も容赦なく切り刻む。
 激しい衝撃に晒され、切り開いた部分から繭が崩れていく。文歌がアウルで包み込んで守るが、崩壊は止まらない。
 やがて嵐が去った後、変わらず立ち続けていたのは、術者であるカッツェ、そして文歌。
 雅人は剣を支えに立ち、物理防御に飛しい快晴は体力の殆どを削ぎ取られた。
 それは相反するカオスレートのザジテンも同様で。生命を共にするヒリュウが直撃を免れなければ、気を失うだけで済まなかっただろう。
 そして繭は――全壊した。中にいた女性を最後まで守り抜いて。
「たくみ、くん?」
 うっすらと瞼を開けた女性は、何かを求めるように虚空へ手を伸ばす。
(この人、もしかして脱出ゲームの時にいた……?)
 率先して弱者に手を差し伸べ避難を援けた。確かムツキと呼ばれていた。
(じゃあ、あの時私達を守った『盾』は……もしかして)
「……で、そこは何してくれているワケ?」
 点と点が繋がりかけた時、カッツェの嗜虐的な声が心臓を穿った。

「……はァ?」
 睦月を庇う文歌の前で、カッツェが疑問の声を上げた。
「撤退しろってどういう事よ!」
「ゲート? そんなのどうでも良いじゃない。まさか、あんたあの話マジで信じてたの?」
「ふん、その前にこいつらブチ殺す。まだ炎が残ってるんだから」
 カッツェの瞳が紅く染まる。
 とすれば、巻き起こるのは魔力の業火。今度はもう……きっと誰も耐えきれない。
 せめてこの人だけはと睦月を抱きしめたその瞬間。
 不意に足元が揺れた。
 阻霊符の影響下、物理的に床を破り現れたのは、巨大なミミズ型ディアボロ・ノヅチ。
「……ナハラ、あんた最初からこのつもりで? ……覚えておきなさいよ!」
 完全なる伏兵はカッツェを一瞬で飲み込むと、撃退士に目をくれる事なく、再び地中へと消えた。



「……何かの技でしょうか?」
 これで二度目だ。ナハラへ攻撃を叩き込んだ直後、鏡のように傷が返るのは。
 としおの回避射撃が間に合わないという事は、静矢を傷付けているのは間違いなく彼自身の力。
「これが『視線』の影響か? それとも別の……」
 初めて戦う相手である。情報の不足は仕方ない。だからこそ静矢は次に剣を交える時のため、余す事なく能力を見極めようとした。

「ナハラさん!」
 その時、戦場に響いた声。
 振り向けば、そこに見えたのは文歌ともう一人、三宅睦月の姿。
「睦月さんは無事です。農園の皆さんも、今、カイ達が解放しています。そのためにカッツェさんを引き離してくれたんですよね?」
 だからもう戦う理由はない、と訴える。
「拓海くん? ……拓海くん、だよね?」
 睦月にそう呼びかけられ、ナハラはチッと舌を打った。
「余計な事を……。トマト娘。君達は何か勘違いをしていないか? 人間は単なる獲物。利用価値があれば戯れに飼いもするが、邪魔になるなら始末するだけだ!」
 魂も凍るような視線で睨まれ、文歌は身を竦ませた。
 ナハラが鉤手甲を構える。
 狙った先は睦月。
「ナハラさん、ダメだ!」
 凶刃は、ヒリュウ決死の顔面タックルで防がれたけれど。
「……呼んでいるな。まぁ、当然か」
 喉元の爪に指を添え、ナハラは自嘲するように呟いた。
「茶番は終わりだ、撃退士。あいつは執念深いからな。狙った獲物はいつまでも追い続けるぞ。精々頑張って守り抜くといい」
 そして、僅かに目を細めると、ボロの被膜を広げ、空高く舞い上がり……消えた。



 悪魔の脅威が去った民宿から、繭の中に捕らわれていた人々が搬送されていく。
 民宿経営一家、農園関係者、そして……行方不明となっていた、ディバインナイトの少年も。
 しかし、『南原拓海』の姿だけは、ついに見つける事はできなかった。
「南原君が夜遅く、その男の子を運んできたんだ」
 民宿の主人が重い口を開いた。
「すぐに連絡しようとしたんだけどねぇ……拓ちゃん、必要はないって」
 そして目の前で『南原拓海』から『ナハラ』の姿へ変わり、笑みを浮かべながら人々を傷付け、抵抗を封じていったのだと。
 人々が受けた傷は比較的軽く、撃退士の術で全て回復した。
 しかしズタズタに引き裂かれた心を癒す事はできず。殊に三宅睦月に対する凶行は、恋人だと聞いていただけに、文歌はショックを隠せない。
「……そこまでして果たしたい『目的』って何だろうな」
 ナハラが人々を守ろうとしていると感じたのは、彼が指摘した通り、都合の良い思い込みだったのだろうか?
 ため息を吐いたとしおに、ザジテンがぽつりと呟く。
 守り、殺し合う。欲望のために誰かを騙し、利用する。そんなの天使だって同じだ。
 でも、どれだけ嘘を纏おうと自分の本心を騙せる者はいない。だから。
「僕は……違うと信じたい」
 彼の眼に漂う悲壮感は確かに本物だった。
 ……そう思うから。


 天を覆っていた雲はいつの間にか消え、見上げた空は瑠璃色に染まっている。
 夜が明けるまでは、もう少し……。



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
海に惹かれて人界へ・
ザジテン・カロナール(jc0759)

高等部1年1組 男 バハムートテイマー