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マスター:真人
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/02/26


みんなの思い出



オープニング

●任務完了の裏側
 ――ベレクが人間の子供を攫ってくる。
 撃退士がコージを殺せば、八つ当たりで何をするか判らないぞ?――

 空から見通せない森の中を先導しながら、ナハラは私の頭に直接話しかけてきた。
 どうするかと問われ、私は迷う事なく案内を依頼した。
 子供達を救出するためのメンバーはもう集められているはず。
 私が敵の懐に潜り込んでおけば、少しでも有益な情報を流せるかも知れないと思ったから……。
 そうして連れていかれた先で、ベレクは確かに三人の子供を連れていた。
 たぶん、この子達が『撃退士を呼び出すための餌』。
 そこに私が加わって、人質は全部で四人。
 ナハラは私が撃退士だという事をベレクに明かさなかった。
 私は一般人の振りをして、子供達を守る位置に付く。


●忍び寄る『影』
「今まで何をしていた?」
 私を山へ連れて戻ったナハラに投じられたのは、殺意に満ちたベレクの怒声だった。
 足元にはヴァニタス・コージが倒れている。私が呼んだ学園生との戦いで傷付き血を吐いて、もう虫の息。
 それを目の当たりにしても、ナハラは眉一つ動かさず。
「……逃げろと言ったんだけどね」
 見殺しにしたわけじゃない、と肩を竦めた。
「それに、どうせ撃退士と戦うつもりだったんだろ。多少順番が変わっただけじゃないか」
「てめぇ……。ハナっからそのつもりで」
 ざわりと風が吹く。ベレクの殺気を多い隠すように。
 気が付けば、私達は数人のデビルに囲まれていた。
「何者だ?」
「ケッツァー……といえば判るかのぅ」
 老紳士風のデビルが嗄れた声で名乗った瞬間、ベレクが息を飲んだ。眼に動揺が浮かんでいる。
「随分とやんちゃな真似をしてくれたみたいじゃないの。……このクソガキがっ」
 猫目ギャルの甘い声が突然ドスの効いた野太い声に変わった。
「祭り、始まる、もう少し。待つ、できない、悪い子、お仕置き」
 もう一人、老紳士の背に隠れた幼い女の子は、抑揚のない口調でボソボソと呟いた。
「ハンっ、違うぞ、俺は……」
 ひとつ息を吐いて、ベレクが言葉を発する。自分は誘われただけ、首謀者はナハラだと。
 ナハラは否定も何もしない。
 それを良いことに、ベレクは悠然に自身の正当性を説き始めた。
 予め用意していたのか、ベレクの話は事情を知らない人が聞けば信じてしまいそうなほど、筋が通っている。
 ケッツァーを名乗ったデビル達は、興味深げにその主張に耳を傾けていた。

 ――ゲートを捨てて姿を消した奴がいるらしい。
 ――ケッツァーに付いた直後だから、逃亡はあり得ない。
 ――お前らがケンカを売った相手は、決して甘くはない連中だ。

 私はあの時ナハラが言っていた言葉を思い出す。
 推測するに、ベレクは人間社会でいう所の『法』を犯した。ゲートを持つ同族を逃亡と見せかけ殺害し、ケッツァーが所有権を持つ魂を奪った。そんな所。
 たぶんベレクはそれを咎められ、粛清されようとしている。
 その証拠に、デビル達がベレクの演説じみた言い分を信じている様子は、微塵も感じられなかった。

 撃退士と戦え。
 そう、彼らは言った。
 末端とはいえ冥魔に名を連ねる者が、原住民如きに敗れたままなのは許されない。
 今度こそ勝利し汚名を雪げば、この度の無作法は水に流す。
 ケッツァーに下るつもりがあるなら、瀕死のヴァニタスにも生き延びる力を与えてやろう、とも。
 それはきっと最後通牒的なもの。
 受け入れなければ、ベレクはその瞬間、骸となってこの場に転がるだろう。
「お前達はこっちへ来い」
 ナハラが顎をしゃくって指図をした。
 私はベレクの決断を聞くことなく、子供達と共にその場を後にした。


●駆け引きという名の化かし合い
 その晩、私達はロケ用に建てられた小屋で夜を明かす事になった。
 毛布を羽織り、暖炉の火で温まる。
 恐怖で泣く事もできないぐらい怯えていた子供達は、ナハラが用意した人間用の食事を食べて緊張の糸が解れたのか、今は静かな寝息を立てている。
 私は、全然眠れそうになかった。
 夜になって小屋に戻ってきたナハラは、泥だらけの寸胴鍋を抱えていた。
「ナハラ。あんた一体何をしてんの?」
「明日の仕込み」
 一連の目的を尋ねたつもりが、返ってきたのは『今現在』の事。閉ざされた蓋の中、ゲコゲコ言っている中身は、考えない事にする。
「……ベレクは?」
「あいつらに連れていかれたよ。今頃は明日の事を話し合っているんじゃないか」
「撃退士を呼ぶつもり?」
「そ。連中、こっちに出てきたばかりでね。君達の事にも興味があるんだろう」
「……ケッツァーって何者?」
「ベリアル様ファンクラブ御一行様」
「あんたも?」
「成り行きでね」
「もしかして黒鳥に付き合わされたとか」
「…………」
 今、一瞬殺気が沸いた。どうやら図星だったらしい。

 黒鳥の事は地雷だったらしく、それからしばらく気まずい沈黙が続いた。
 ナハラはじっと目を閉じたまま、暖炉の傍に座っている。
 腰に巻いたウェストバックのポケットに、取り上げられたスマホが見えた。
 あれを取り戻す事ができれば、学園に連絡を入れる事ができるのに……。
「……ナハラ」
「ん?」
 囁くように呟いたら即振り向いた。寝こけていなかった事に、私は心の中で舌を打った。
「私のスマホ返して」
「……『ボク』じゃなくて?」
 くすりと厭味ったらしく笑って、ナハラはスマホを取り出した。


●久遠ヶ原
 先の任務の際、学園は撃退士の派遣と同時に小鹿野町周辺の自治体にも通達を入れていた。
 公務員撃退士は見回りを強化し、その結果、被害は最小限に留められた。
 攫われたのは幼児三名――
 ベレクの目的から即座に殺害される危険性は薄く、学園生・神代深紅が潜入している事を考慮し、捜索と救出は学園に委ねられる事となった。

「先生、緊急連絡です。登録ナンバーは……神代さんです!!」
 待ちに待った報告。何よりも生徒が無事でいてくれた事に、職員は歓喜した。
 デビル達はまだ小鹿野町――あの戦闘が繰り広げられた山にいる、と。
 作動し始めたGPSも、確かにその場所を示していた。
『攫われた子供達はみんな無事です。』
 先にそれを伝えた後、続くメールには事件の経緯が綴られていた。
 ベレクは以前の事件で撃退士に敗れた事を根に持っている事。その件で冥魔族の面目を潰したとみなされ、粛清されようとしている事。汚名挽回し足場を固めるため、撃退士を殺そうとしている事……。
『気を付けて。ベレクは前よりずっと強くなってる』
「他の敵は?」
 職員がそう問いかけたところ、返事はすぐに返ってきた。
『コージは再起不能。ナハラは戦う気がないみたいだけど、楽しそうに戦場を整えてる。ディアボロも何匹かいるみたいだけど、詳しい能力は判りません。』
『見つかりそう。ボクは直接手助けできないけど、隙を見てまた連絡します。』
「判りました。でも決して無理はしないでくださいね」
 メッセージを送信し終え、職員は息を吐く。
 そしてパン、と自分の両頬を叩いて気合を入れた後、子供達を救出するための書類を整え始めた。


リプレイ本文

●出陣
 山の斜面に広がる林の中に、白に包まれた一画がある。
 雪ではない。細い糸が細かなレースのように編み込まれた、それはクモの巣だった。
(『まゆのな』……やはり深紅さんは『繭の中』と伝えたかったのでしょうか)
 ドーム状になったクモの巣は、考えようによっては繭にも見えた。
 先んじて偵察を行ったユウ(jb5639)の推測では、『巣』の一辺は二十メートル弱。高さは六メートルといった所。
 内部がどうなっているかは、残念ながら外側から確認する事はできなかったが。
「ふぅ、やれやれさぁねぃ」
 報告を受けた九十九(ja1149)は、まるで他人事のように呟いた。
 いかにも腰が重そうな様子ではあるが、その声音には微かな苛立ちが含まれている。
「子供達は無事ですの?」
 木に背を預けているデビル――惑いの蜂・ナハラ(jz0177)に、華澄・エルシャン・ジョーカー(jb6365)が問う。
 自身に向けられた視線。虫を思わせる両眼に湧き上がる嫌悪感を押し殺し、毅然とした姿勢を崩さない。
「……今は無事だよ。でも、これからは君達の戦い方次第かな?」
「助けられる命があるなら……必ず守りますわ」
「それは頼もしいね」
 斉凛(ja6571)の宣言に、ナハラは楽しげに目を細めた。
(この中に、子供達がいる……)
 神代 深紅(jz0123)からの報告を聞く限り、ベレクには『後』がない。それだけに、激しい戦いが予想される。
 対撃退士用に造られたというディアボロも、人型のカメレオンという外見以外、一切情報はない。
 はたして勝てるだろうか?
 否、絶対に生きて帰ってみせる。自分達も、そして子供達も。
 川澄文歌(jb7507)は誓いの指輪が輝く手をぎゅっと胸元で握り絞めた。


 ――戦いの全てはクモの巣……『リング』の中で。
 フィールドが発する効果は魔・人共に等しく、どんな恩恵や障害を被るかは各々の腕次第――
 ナハラの言葉を背に、撃退士達はリングの外壁を破り内部へと突入していく。


●臨戦
「こちらJ1、龍崎。聞こえますか?」
「C9、桜木です」
 端末から流れた龍崎海(ja0565)の声は、とてもクリアだった。
 問題なく聞こえていると返し、桜木 真里(ja5827)は前を見据えた。
「クモの巣、意外と厄介だね……」
 触れた糸が腕に絡みつく。デビルの産物だけあって、通常のクモの巣より遥かに粘性が高い。
 直接触れないよう魔法攻撃を試みるも、巣幕に小さな穴が開いただけ。試行錯誤を繰り返した後、自分の手で引き裂くのが一番手っ取り早いという結論に達する。
 そうして入手した情報は、たとえ些細な事でも即座に仲間達へと伝播されていく。
「これは……」
 敵影を探して進む真里の前に、クモの糸で作られた塊が現れた。他とは異なる様子に、真里はこれこそが『繭』だと確信を持つ。
(早く助け出さないと……いや、それは危険だよね)
 子供達を戦いに巻き込む事だけは、絶対に避けなければならないのだから。

「ひゃうっ」
 索敵を続ける文歌の首筋を襲った奇妙な感覚。
 とっさに振り向けば、奇妙な生物がそこにいた。
 一言で例えるなら白いリザードマン。しかしその顔面はカメレオンそのもので。
「……ディアボロさん?」
 恐る恐る問いかけた文歌の頬を、ディアボロは長い舌が返事代わりにペロリと舐めた。
 突然の出来事に思わず硬直する文歌。その隙にディアボロは周囲に溶け込んでいく。
「あっ、待ってください!!」
 精神的ショックから即座に回復した文歌は、愛用のバッグからトマトジュースを取り出した。
 そして。えいやっ、という掛け声と共に投げつけた。

 ユウの周囲に冷気が生じる。
 それは自身に仇なすものを凍てつかせる常夜の闇。
(やはり、こちらの思う通りにはならないようですね)
 闇が晴れた後……巣幕は以前と変わる事なく周囲を塞いでいた。
 もっとも全く無駄という訳ではない。糸が帯びていた粘性は失われ、まるで薄紙を裂くように破る事ができた。
「……っ!」
 右手方向からの奇襲。
「潜行……という訳ではないようですね」
 周囲と同じ色を纏い、敵の目を欺く。どちらかと言えば擬態に近い能力か。
 ならば、とユウは銃を構える。
 視認しづらくとも、肌が触れ合う距離であれば、存在を感じる事ができるはず。
 ユウは自ら刀の間合に飛び込むと、ディアボロに銃口を突きつけた。

 海が行使した生命探知で、中央付近に位置する反応が確認されたという。
 戦術的に考えて、おそらくそれが司令官――ベレクである可能性が高いという事も。
 予想通りの布陣。あまりにも素直で単純な。
(ベレク……わたくしの銃弾から逃れられると思うのかしら?)
 ふわりとした微笑みを浮かべ、凛は引き金に指を添える。
 幾重にも重なったクモの巣のヴェールに遮られ、視界は予想していた以上に悪い。
 それでも撃ち抜く自信はあった。
「対悪魔特化狙撃メイド……斉凛ですわ。覚えておきなさい。……すぐに死んでしまうかもしれませんが」
 姿の見えぬベレクを挑発するように大声で呼び掛ける。
「銃弾のフルコースのお味はいかが? ふふふ。逝ってらっしゃいませ……ですわ」
 天界の気を色濃く纏わせた一撃を、ベレクが移動するより前に、もう一発。

 ほぼ同時。リングの反対側で、魔を滅ぼす血を顕現させた華澄は――
「最初からガツンといって悪いけど、学園一の美女コンビからラブコールよ。両手に花でしょ。受けてもらうわ!」
 そう叫んで上層へ舞い上がった直後、前触れもなく襲った激痛。
 縦横無尽に張り巡らせられていた鋭い糸が、刃のように華澄の頬や腕を切り刻んだのだ。
 傷口から、初撃に載せるはずだった生命力が霧散していく。
 しかし、今、手を止まる事はできない。挟撃攻撃の片翼を担う凛のためにも。
 華澄は渾身の力をこめ、扇を翻した。


 ――身の程知らずの小娘如きに、随分と舐められたものだ。
 ベレクは唇を歪める。
 後方から飛来した扇は立木が盾となり、避ける必要もなく軌道が逸れた。
 もう一条の攻撃、アウルの弾道を読み切ったベレクは、間髪を入れず、その軌道を狙い魔法弾を撃ち放つ。
 そして、己が反撃の成果を確認する事なく、その場を後にした。――


 その瞬間、端末から漏れ聞こえたのは激しいノイズ。
 状況を確認する海に、凛からの応答はなかった。
 いったい何が起きたのか? 立ち塞がるディアボロを倒し駆け付けた先で海が見たものは、半壊した繭の傍らで倒れている凛の姿だった。
 大きく見開かれた両眼。抱え起こすと、形の良い唇からごぼりと血が零れ落ちた。
「斉さん!?」
 まだ命の灯は消えていない。
 必ず助けて見せる、とライトヒールを惜しげもなく繰り返す。
 その素早い決断が功を奏し、凛の瞳に再び光が宿った。
「……ふかく……でしたわ」
 掠れた声を出して起き上がろうとする凛。肋骨が折れているらしく、胸が鈍く痛んだ。
「無理をしないで」
「いいえ」
 限られたアウルの能力。天魔との戦いは時間がすべて。徒に長引かせるわけにいかない。
 だからこそ凛は微笑みを浮かべ、ライフルを支えに立ちあがった。

 精神を研ぎ澄まして気配を断つ。
 その上で放った一矢は、狙い通りベレクを貫いてくれただろうか?
 確かめる暇もなく現れたディアボロを相手にしながら、九十九はじりじりと後退していた。
(もう少しさねぃ)
 一歩。あと一歩。劣勢を装いながら、繭や他の仲間達からディアボロを引き離す。
「そこに居たか……撃退士」
 そんな折に現れたもう一人の敵。蒼きデビルが低く嗤う。
 振り下ろされる剣。奇しくも繭を背負う形になった九十九は、避けられない。
 一撃ぐらいであれば耐えられるだろうか? 
 覚悟を決めた九十九を援けたのは、華澄が放った一枚の扇だった。
「頭上がお留守なんじゃない?」
「……ナハラめ」
 対するベレクは、束縛糸に足を取られて反応が遅れた。ざくりと肩を切り裂かれ、この場所を整えた同胞に怨嗟の声を上げる。
「待つさねぃ」
 素早く番えた矢を射るより先に、ベレクは傷を負った腕を抑え、再び巣幕の向こうへ姿を消した。


●膠着
 ――白き世界は方向感覚を狂わせる。
 頼りにしていた生命探知だけでは敵味方の区別までは判らない。
 己の現在位置さえ見失った今、座標表示は意味を無くし、撃退士達はその手で巣幕を掻き分け、敵の姿を追い求める。
 仲間が揺らす糸を、幕越しに垣間見える繭の影を警戒する。同士討ちを避けるため、後手に甘んじる。
 慎重。臆病。深慮。無謀……ナハラがこの戦場に仕掛けていたのは、目に見えぬ心理的な罠。
 それら全てをクモの巣幕で覆い隠し、惑わせる……。


「あと、残っているディアボロは?」
「撃破報告は四体だよ」
 真里の問いに海が即答する。
「ディアボロ撃破です!」
 タイミングよく文歌が歓喜の声を上げた。一度は見失ったディアボロを、トマト臭を頼りに追跡。ついに討ち取ったのだ。
「ベレクは?」
「今、華澄さんが追跡しているねぃ」
 端末の向こう、九十九が押し殺した声で答えた。
 範囲攻撃に巻き込まれぬよう一定距離を保つ撃退士に対し、ベレクは巣幕に紛れ遠近織り交ぜた遊撃を繰り返す。
 そして視界が限られたこの戦場は、狙撃手にとって圧倒的に不利。
「せめて姿さえ捉えられば……」
 状況を打破するため、海は考えを巡らせる。
 希望はあった。
 ユウや真里が早期から巣幕を除去していたため、北側だけは、充分に切り拓かれている。
 こちら側に誘い出す事ができれば、あるいは。
「ジョーカーさん、九十九さん、お願いできますか?」
「もちろんさねぃ」
「任せて!」
 海の指示に、二人の心強い応答が重なった。


●強奪
 真里が呼び出した無数の縛めがベレクを捉えた。
「今だよ!」
 その掛け声と共に。
 漆黒を纏ったユウが。
 凛の銃弾が。
 文歌の破手と海の光槍がベレクへと降り注ぐ。
 動きを封じた上での一斉攻撃。避ける事はほぼ不可能。飛沫いた血が白い世界を朱に染めていく。
「おのれっ」
 ベレクはまだ斃れない。片腕を吹き飛ばされ半顔を潰されてもなお、眼に殺意を漲らせて。
 風を身にまとい、直後に吹き荒れた凍嵐。細かな氷の刃が、撃退士も繭も区別する事なく切り刻んでいく。
 そう。多くの撃退士を補足し術中に捉える瞬間を、ベレクも耽々と待ち続けていたのだ。
「いけない!」
 残された繭の一つを文歌が庇護の翼で包み込んだ。相反するカオスレート。身に掛かる激しい負荷に、一瞬で意識が遠ざかる。
 がくりと膝をつく文歌と凛、九十九を、今度こそ神の兵士が守り抜いた。
(まずいねぃ。)
(次はきっと耐えられない。)
(でも、ベレクさんだってボロボロのはずです。)
 あと一撃。一撃でいい。それだけで……。
 しかし。

「ゲームオーバー、だよ」

 不意に響いたナハラの声。
 ベレクが忌まわしげに舌を打ち、血で染まった口元が声を絞り出した。
 これまでか、と。
 戦いの終わりを告げるように、外界と隔てるクモの巣が風に溶けて消えていく。十数秒の後には、最初から何もなかったように跡形もなく。
 ただ木々に刻まれた無数の傷だけが、そこで死闘が行われた事実を物語っていた。
「情けないのぅ。一人も殺せんとは」
 背後から聞こえた嗄れた声に、他者の介入を警戒していた華澄が身構えた。
 蝙蝠のような羽を広げた老悪魔がそこにいた。
「試す価値すらなかったみたいね」
 ファッション雑誌から抜け出したようなギャル女も。視線を降ろせば、足元には人形のように可愛らしい少女の姿。
「べれく。ばいばい」
 少女が小さく手を振ったその直後。空間を引き裂いた一条の光。

 撃退士達の目の前で――粛清の雷が、ベレクの胸を貫いた。


●結末
 ベレクは倒れ、撃退士は生き延びた。それは紛れもない現実。結果だけを見れば。
 最後の最後でトドメと首級を掻っ攫い、ケッツァーと名乗ったデビル達は風のように消えた。
 煮え切らない思いを胸に、撃退士達はその場に残ったナハラを見据える。
 子供達の姿はまだ確認されていない。
 そう。文歌が命懸けで守り、唯一原型を留めた繭に隠されていた『生命』は、子供ではなかった。
 それはカエルだった。
 破壊された繭の中にも。全部で四匹、人質の数とぴったり同じ数。わざわざ生命探知に掛かる物を集めたのだろうか。どれも結構な大きさだった。
「子供達を返してくれませんか」
「……残った繭と同じ数で良いかい? トマト娘」
「なっ、何て事を言うんですか!」
 悪意としか思えない冗談に、さすがの文歌も柳眉を逆立てる。
「やれやれ。……全部壊してくれていれば、心置きなく持ち帰ることができたんだけどな」
 新鮮な魂三つが今回の報酬。これではタダ働きじゃないか、とナハラはわざとらしく肩を竦めた。
「子供達は向こうのロケ小屋にいる。今頃はお昼寝の最中さ。それと、これをスパッツ娘に返しておいてくれ」
 ぽい、と無造作に放られた携帯端末を九十九がキャッチした。
 ピンク色のカバーに記された文字はMiku Kamishiro――神代 深紅。
 何故ナハラがこれを所持していたのか?
 撃退士が顔を見合わせた僅かな隙に、ナハラはボロの翼を広げ、空へ身を躍らせた。


●報告
 ――暗き氷魔・ベレク、死亡確認。
 攫われた子供3名と神代深紅を保護。外傷はなし。
 なお、ケッツァーを名乗るデビルと遭遇。詳細は帰還後に報告する。
 
 任務完了の報を学園に入れた後、華澄は息を吐いた。
 ケッツァーについて、何か手掛かりがあればと周囲を捜索したが、遺留品らしき物は見つからなかった。
 深紅も深く接触しておらず、詳細は未だ闇の中だ。
「キナ臭いわね……。一体目的は何?」
 

 霜が降りるように忍び寄る冥魔の謀略。
 ケッツァー。異端者達――その動向に、撃退士達は危機感を覚えずにいられなかった。




依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 外交官ママドル・水無瀬 文歌(jb7507)
重体: −
面白かった!:5人

歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
真ごころを君に・
桜木 真里(ja5827)

卒業 男 ダアト
紅茶神・
斉凛(ja6571)

卒業 女 インフィルトレイター
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
愛する者・
華澄・エルシャン・御影(jb6365)

卒業 女 ルインズブレイド
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師