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マスター:真人
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/11/22


みんなの思い出



オープニング

●友達のトモダチが聞いた話
 白須盛公園の一画に、小さな祠がある。
 奉られているのは、傍らにある沼に棲む龍神とだという。
 昔の昔、水害を抑えるため、若い娘を捧げていたという伝説もある。
 かつては禁足地と呼ばれた山は開発の名の下に削られ、だいぶ狭くなってしまった。
 それでも『その場所』は何かしらの理由でそのまま残され、現在に至る。
 昼でも暗い森の中、好んで訪れる者はごく僅か。
 ホラースポットを巡る者や、傍らの沼にいる魚を狙う釣り人など。
 彼らが行方不明になったり気を病んだりするという『噂』は、実しやかに囁かれていた。

 白須盛は不知森――しらずのもり。
 ひとたび足を踏み入れればそこは異界。禁を犯した者は恐ろしい祟りを受ける。
 そんな伝説があった場所だ。


●私の体験
 渇いた夜風が吹き、ざわりと枝葉が揺れる。
 思わず悲鳴を上げた私に、一緒にいた友達がくすくすと笑みを向けた。
「ただの風じゃねぇか」
「ホント怖がりなんだからー」
「だってぇ……」
「ほら、早く行くよ」
 手を引かれ、私は無理やり車から連れ出された。でも、脚が震えてがくりと膝をついてしまう。
 文字通り『腰が抜けた』みたいに。
「ごめん、私、これ以上は無理……お願い、ムリ」
 皆の表情が次第にしらけていく。
「仕方ねぇな。だったらここに残っていろよ」
「怖かったら先に帰っても良いよ」
「あなた『ひとり』でねー」
 次々と掛けられる嘲笑。
 空気を読もうとしない、つまらない人間だと思われたかな。
 もしかすると明日から仲間外れになってしまうかも。
 それでも……どうしようもなく怖かった。

 結局、私はひとりで車に残った。
 灯りも何もない空の下、じっと息を潜めて待ち続ける。
 静寂が怖くて携帯プレーヤーに手を伸ばしたけど、『呻きが聞こえる』という噂を思い出し、慌てて放り出した。
 ―――っ。
 微かな異音が響いたのは、そんな時だった。
 びくりと顔を上げた私の耳に、今度はハッキリと、人間の悲鳴が突き刺さる。
 最初はイタズラかと思った。戻ってきた皆が、どこかに隠れて私をからかっているのだと。
 でも。
 直後に響いたのは、身の毛もよだつ唸り声。
 森の奥が一瞬だけ蒼白く光って、その中にライオンみたいなシルエットが浮かび上がる。
 私は見た。
 ライオンが勢いよく頭を振り上げた瞬間、だらりと手足を垂らした人型のモノが、腹の辺りから真っ二つに引き裂かれるのを……。


リプレイ本文

●不知の森へ
 風が木枝を揺らす。
 ざわり、と。それはまるで森全体が嘲笑っているようにも思えた。
 高台はすでに警察の手で規制線が張られており、通報者が保護された今、公園内に一般人の姿はない。
「龍神の祠に獅子の化け物か……」
 荒ぶる龍に嫁として捧げられる娘。その身代わりとなり、竜を鎮めた白拍子――
 公園入口の地図に添えられた『龍神伝説』を一瞥した戒 龍雲(jb6175)は、誰にも聞きとめられない小さな声で、よく判らん……と呟いた。
「ま、十中八九、被害に遭ったヤツらのよーに、此処を肝試し感覚で使ってるヤツらを狙って…って感じ、か?」
「伝説を隠れ蓑にしたのだろう。……我々に対しては全く無意味だがな」
 サーバントやディアボロは、そういったモノを参考に創られる事も珍しくはない。
 ヤナギ・エリューナク(ja0006)やエカテリーナ・コドロワ(jc0366)は、今回もその類と推測していた。
「酷い……」
 風に混じる血の匂いに雁鉄 静寂(jb3365)が眉を顰める。
 その横で、ラファル A ユーティライネン(jb4620)は対象的に口角を歪めた。
「浜の真砂は尽きるとも、世にバカ野郎の種は尽きまじ」
「祟りだとかは知らんが、力の無いものが面白半分で顔を出すからそうなるのだ……」
 天魔が蔓延るこのご時世、カビの生えたウワサ話に釣られる者がいるなんて理解に苦しむ――わざとらしく肩を竦めて見せたラファルに、ローニア レグルス(jc1480)が同意を示す。
「だからと言って、奪われてよい命などありません」
 禁忌に触れたのは、彼らと天魔、どちらなのか……。そう言って、雫(ja1894)は静かに目を伏せた。
「時間が惜しい。行くぞ」
 獅子姿のジョン・ドゥ(jb9083)が顔を上げる。
 小さめのランタンライトを首に下げて視界を確保し、先陣を切って祠へ続く道へ足を踏み入れた。

●ケモノの影を探り
 祠は予想以上に新しく、そして整えられていた。
 供えられた榊は青く、手水替わりの湧水には僅かな落ち葉が浮いている程度。
 打ち捨てられているわけではない。むしろ大事にされている。
 もっとも先入観を持って訪れた者達にとっては、そのギャップが余計に不気味さを醸し出すのだろう。

 まずは祠に非礼を詫び、撃退士達は闇に包まれた鎮守森へ足を踏み入れていく。

 遁甲の術を駆使し、ヤナギはひとり樹の上を進む。
 ラファルやローニアもそれぞれに気配を断ち、捜索を開始した。
「へっ」
 一際太い樹――恐らくはご神木を見つけたラファルは、口元に笑みを浮かべた。
 目撃情報によれば、ライオンはそれなりにデカい。ならば身を隠す場所は限られているはず。そう、たとえば大きな樹の背後など。
 ラファルは気付かない振りをしつつ、大樹の裏の気配を探った。
「……大丈夫かしら?」
 ふと、雫は手にした魔具に目を向けた。
 改めて実感した森の密度。移動に影響はなく、見通しも悪くはない。でも、2m近い大剣を振りかざすのは、少々難しいかもしれない。
「天魔の気配はありません」
 ふっと息を吐いて、状況を報告する。
「こちらも……目に見える範囲には居ないようだ」
 エカテリーナが捜索の手段とした『索敵』は、衣服の一部でも視界に入れば、その存在を認識する事ができる。
 それで見つからないなら、敵は別の場所に潜んでいるという事になる。
 報告を受け、撃退士達はより自身の周囲に意識を張り巡らせる。
「この傷は……」
 森のやや南側――不自然に抉られた木の根を見て、静寂の胸が大きく鼓動した。
 静寂は祠を囲む柵や傍らのご神木にも、無数の傷を確認していた。心無い参拝者が記念として残した刻印。それらは鎮守森の所々にも見受けられた。
 しかし、この傷はナイフで刻んだ物とは違うように思えた。
 注意深く周囲を探ると、地面が不自然に窪んでいるのが目に入った。間違いなく大型の獣の足跡。そっと手で触れてみると、白い指先が赤黒い血で汚れた。
「……ケモノ」
 ふと心に過った不安。
 天魔は伝承を基に眷属を創造する事が多い。
 ではなぜライオン型なのか? 真に伝承を利用するなら、祠に奉られる『龍』を模るべきではないか。
 おそらく天魔は野良。創造主に捨てられ、偶然ここに流れ着いたのだろう。
 だとすれば、ライオン型の天魔が『祠』に拘る理由は、ない。
『天魔の痕跡を発見しました。足跡が公園の方へ向かっ……』
 言葉は最後まで続かなかった。
 その変わりに通信機から響いた咆哮が、撃退士達に天魔の出現を報せた。


●獅子退治
 ライオンというより獅子と呼ぶべきか? 四足ではあるが、それは幾分かヒトに近い骨格をしていた。
 互いに存在を認め合った直後、声を上げる間もなく飛びかかってきた。
 静寂は軌道を予測するも反応が間に合わず、組み敷かれてしまった。
 絶体絶命に危機。
 真っ先に駆け付けたのは、比較的近い位置にいたジョンだった。
 アウルの劫火を纏い、静寂に馬乗りになっている獅子を力づくで引き離す。
 ローニアがジャナフ―翼―を展開し、負傷した静寂を素早く回収した。
「今、手当てをします」
 雫のヒールが身体を包み、半ばまで削られた体力を癒した。
 肩がまだ鈍く痛むが、耐えられない程ではない。静寂は毅然とした表情で立ち上がる。
「これで形勢逆転だぜ」
「調教の時間だ、たっぷり可愛がってやる!」
 四肢に闘気を纏わせたラファルが後方を塞げば、その後方でエカテリーナが銃を構える。
 撃退士達に囲まれた獅子は、煩わしそうに鬣を振り威嚇した。
 そして跳ぶ。狙いはメンバーの中で最も小柄な雫。
「おっと、大人しくしてもうらうぜ」
 すかさずジョンが立ち塞がり突破を防ぐ。
 獅子は怒りに任せ、ジョンの喉に牙を立てた。
 喉笛を食いちぎられる事は免れたが、衝撃でジョンの目となっていたランタンが壊れた。
 ならば、とローニアが小刀を楔にフラッシュライトを獅子の身体に取りつけるが、アウルの供給を断たれた魔具は数秒とたたずに形を失ってしまう。
「やはり無理があったか」
 あっさりとライトを踏み壊され、舌を打つローニア。しかしジョンは特に気にする様子はない。
「問題ない、攻撃してきた所をとっ捕まえればわかるだろう?」
 たとえ見えていなくとも、敵は目の前に居る。それさえ判れば、いくらでも対応はできるのだ。
 がっしりと捕らえた拳からタールのような毒液が滲み出て、獅子の身体を蝕んだ。

「ちょこまかと動いてくれる……」
 戦場から十数メートルほど後方。樹に身を隠す形で、エカテリーナはじっと息を潜め続けていた。
 スコープの向こう、立ち並ぶ森の木々の狭間で獅子が忙しなく動く。前衛を担う仲間達と入り混じり、幾度も射線を塞がれた。
「だが、この程度なら障害にもならん」
 一瞬だけ視界が開け、獅子の姿が垣間見えた。その好機を逃さず、エカテリーナは引き鉄を引き絞る。
 放たれたアウルの弾丸は違う事無く獅子の肩を穿ち、炸裂した。
「獅子が2匹か。どっちだ? ……まぁ良い。巻き込んだ時はその時だ」
 ローニアの呟きと同時。虚空に生み出された無数の黒球が降り注ぐ。
 それは獅子と、肉薄している仲間達も同時に捉えるが、ローニアは表情一つ変える事なく、爆ぜろ、と念じた。
 パン!
 黒点―ノクタ―が火花を散らした。それを皮切りに。
 パン、パン、パン……!
 獅子に触れた黒点だけが誘爆するように弾け、散っていく。
 目に見える傷はない。それでもダメージは確実に刻まれている。苦しそうに呻く獅子の表情が、それを物語っていた。

 ヒュンと音を響かせ、獅子の尾が撓る。それは後方からの接近を阻む、攻防一体の鞭。
「まずは五月蠅そうなアレをどうにかするかねぇ」
 樹枝に隠れ、じっくり獅子を観察していたヤナギは、クスリと不敵な笑みを浮かべた。
 気配を断って獅子の背後へ回り、時を待つ。
(よし、今だ)
 獅子が真下に来た瞬間を見逃さず、ヤナギは空中へと身を躍らせた。
 尾が自身を打ち払うより前に鎌を翻し、尾を半ばから切り落とすと、再び樹の上へと姿を消した。
 そして自身の位置を悟らせぬよう素早く動き回る。
「もらった!」
 獅子の意識が頭上へ逸れた隙を見逃さず、機械化を果たしたラファルが右サイドから躍り出る。
 流れるような動作で魔刃を繰り出し、鉄壁の防御すら打ち破る一撃を叩き込んだ。
(やはり動きは俊敏だな……)
 獅子の能力を見極めるため、龍雲は前衛から少し距離を置いていた。
 ヤナギの目隠を受けても怯む様子もなく、絡め取った鎖分銅を力任せに振り解く所を見ると、腕力も相当の物だ。
 多くのケモノ型がそうであるように、この獅子も牙や爪による攻撃が主体のようだ。
 通報者が見たという『蒼白い光』も気になる。閃光か、雷か? もしそれが敵の能力なら、迂闊に突っ込むわけにいかない。
 しかし幾度交錯を繰り返してもそれらしき現象は確認できず。龍雲は一撃離脱の攻撃へと切り替えた。
「龍の戒めだ……」
 距離を一気に詰め、アウルを纏わせた拳を獅子の鳩尾へと叩き込む。
 ガフッ。
 食いしばった牙の狭間から唾液を垂らし、獅子は半歩引いた所で踏み留まった。
(動きを封じるのは、無理だったか)
 冷静に状況を見定め、再び距離を取った時。

 ……オオオオォン!

 不意に咆哮を響かせ、獅子の鬣が逆立った。
 その様子に危機感を得た撃退士達が身構えた時、閃光が迸る。
 音はない。ただ、蒼白い光だけが周囲を飲み込んで。瞬間、脊髄を劈くような衝撃と共に世界が暗転した。
「くっ」
「……皆さん?」
 変わらずに立ち続けていたのはヤナギと雫、そしてジョン。静寂は辛うじて意識を留めたが、両膝を付いている。
 他の者達は、ひとりだけ距離を置いていたエカテリーナを除き、その場に倒れていた。
 特にカオスレートを魔界の側へ傾けていた者は、より重い傷を負っていた。
「糞ライオンが! これしきの事でこのラファルさんは落とせねぇぜ?」
 早々にスタン状態から回復したラファル。激しい電撃に中てられ操作が儘ならない身体を刀の鞘で支え立ち上がった。
 少し遅れて龍雲、ローニアも意識を取り戻す。
「やはり……稲妻か」
 存在を推測していたとはいえ、やはり未知の能力を完全に防ぐ事は難しいのか?
 しかし、識ったからには、もう二度と受けるつもりはない。龍雲の背に、これまで抑えていた光纏の証――猛き虎の陰影が顕れる。
「さて、反撃と行きましょうか」
 もっとも負傷の激しかったローニアに癒しの力を与え、雫は力強く宣言を下した。
「私が動きを止めてみます。どなたか……援護を」
「それは私が引き受けよう」
 静寂の呼び掛けに即答したのはエカテリーナ。
 撃退士達は視線を交わし、一斉攻撃の布陣を整える。
 放たれた弾突。それを囮として静寂が斬り込んでいく。
 長射程の銃で狙うのはサンダーブレード。至近距離で銃口を突きつけ、魔弾を撃ち放つ。
「効いた……!?」
 覚悟していた反撃はそれまでと比べて明らかに精度を欠いていて、静寂は易々と凶爪を逃れることができた。
「今度はテメェがバラバラになる気分を味わってみるか?」
 ジョンが組み伏した獅子をラファルの魔刃が一閃、低く地を薙いで。その前脚を一刀のもとに断ち落とした。
 無様に這い蹲る獅子を再びローニアの黒点が包みこみ、獅子はおぞましい程の悲鳴を上げる。
 逆立つ鬣。また、電撃を放つつもりか?
「二度目はない。そう言ったはずだ」
 獅子の思惑を見切った龍雲。繰り出した出した薙ぎ払いは、今度こそ確実に獅子の意識を刈り取った。
「負けた方が、害獣だ!」
「どうやら無為に命を奪った貴方が、禁忌に触れた様ですね」
 エカテリーナの弾丸が穿った傷を寸分違わずに狙う雫。横薙ぎはできずとも、突きならば――雫は渾身の力を込め、血のように禍々しい光を纏った大剣で獅子の腹を貫いた。
「最後は貰った!」
 ヤナギの放った風遁は、文字通りダメ押しのトドメとなった。
 喉元を深く抉られた獅子は、断末魔の叫びを上げる事なく崩れ落ち……。
 それきり、動かなくなった。


●生き残った責務
 夜が明けるのを待って、撃退士達は市内の病院を訪れた。
 通報者である少女を見舞うためだ。
 戦闘を終えた後、祠へ参る事なく飛び去ったジョンも、人間の青年の姿になって合流した。
「何がどうなっているんだ!?」
 ロビーで事情を説明する警察に、スーツ姿の男性が掴みかからんばかりの勢いで問い質す。
「どうしてうちの子が……」
 泣き崩れる母親と怒りのままに壁を殴りつける父親。ぎゅっと唇を噛み、俯いている兄弟……。
 それらの光景を背に、撃退士達は一路、少女の元へ。
「安心してください、仇は取りました」
 少女は未だ恐怖の中にいた。
 カーテンで締め切られた個室の中、目や耳を塞ぎ、現実の全てを拒絶するように。
 落ち着きのある声で静寂が告げると、少女は僅かに視線を上げた。
「かたき?」
「えぇ。貴方の友達の。あのライオンは、無事に討たれました」
 事実を報せる事で安心してくれればと思ったのだが、少女の反応は希薄だった。
 無理もない。仲の良かった友達を、目の前で一度に失ったのだから。先程見かけた遺族達の存在も影響しているのかもしれない。
 雫は深呼吸をするように言葉を吐いた。
「……貴方が一人生き残った事を悔いているのなら、それは間違っていると思いますよ?」
「オカルトも現実になるご時勢だからな。臆病な位で良い」
「踏みとどまるのも勇気だ。お前はそのお陰で命が助かった。直ぐに通報したから被害も最小限で済んだ」
 君が責任を感じる事はない、励ますジョン。ローニアは良くやった、と褒め称えた。
 無言のまま小さく頷くいた少女。
 シーツを握りしめる掌が、血の気の失せた唇が、小刻みに震えていた。
「もう心配はいらねぇ。一睡もしてねーんだろ? 何も考えず、ゆっくり休め」
 そう言ってヤナギはクラシックの子守歌を奏でる。
 穏やかな旋律に、一晩中怯えてた少女はやがて瞳を閉じ、静かな寝息を立て始めた。
 それを見届け、撃退士達は病室を後にした。
 ロビーには変わらず嗚咽が響いている。
「彼女……大丈夫でしょうか」
「支えてくれる人は他にもいるだろうからな」
 恐怖の体験から半日足らず。気にするなと言われても、そう簡単に受け入れられる物ではないだろう。
 それでも……。
 次に目が覚めた時、彼女の心が少しでも平穏を取り戻している事を、祈らずにはいられなかった。



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