●もてなされる者達の野望
食べ物いっぱい、仲間もいっぱい、幸せもいっぱい。
パーティー会場の入り口に立ち、生粋のデビルっ娘・アルティミシア(
jc1611)は深呼吸で心を落ち着かせる。
ニンゲン仲良くなるには第一印象が大切! ……という事で気合をいれてオメカシもした。
準備は万端。あとは練習通り笑顔で話しかけるだけ。
一歩踏み出そうとして、突然響いたケタケタという奇声に驚いて硬直する。
(諦めはダメ、です)
ここで諦めては、友達もごちそうも、欲しいものは永遠に手に入らない。
アルティミシアは深呼吸をして――魑魅魍魎が蔓延る荒海の中へと身を投じていく。
「新歓パーティーかぁ……もうこの学園に来て長いけど、懐かしいなぁ」
橘 優希(
jb0497)は自分が学園に来た頃を思い出していた。
同時に、その後の濃い生活の事も……。
「ふふ、色々と将来有望なコ達が集まっているじゃないか……♪」
帝神 緋色(
ja0640)はさっそく新入生を物色し始める。
まず目を付けたのは、会場の隅で実行委の少女と会話している少年だ。
中肉中背でお世辞にも目立たない外見をしているが、身に纏う雰囲気はまるで研ぎ澄まされた刀のよう。
「さすが緋色ですわね」
婚約者である桜井・L・瑞穂(
ja0027)が頼もしげに頷く。
実家を継ぐ事が決まっている瑞穂にとって、今回のようなイベントは有望な人材を発掘する絶好の機会だった。
「優希はどう思いますの?」
すでに雇用が決まっている優希から見れば同僚となる相手。意見を乞われ、じっくりと見定める。
「鋭い視線――まるで凶器のよう。でも、悪くはないと思う」
少年に対する意見は見事に一致した。
「おひとつどうぞ」
人材探しばかりで食事に意識が向かない3人は、給仕役の逢見仙也(
jc1616)に声をかけられた。
差し出されたのは舞茸を炊き込んだ焼きおにぎり。香ばしい出汁の匂いが食欲をそそる。
「美味しかったね。……そうだ。僕、いろいろ持ってくるよ」
おにぎりをペロリと平らげた優希が料理探しの旅に出た。
その背中を見送って、緋色は瑞穂の耳元に唇を寄せる。
「そういえば、例のアレは準備してきた?」
「このわたくしに抜かりはありませんわ。一番目立てるタイミングを見計らいますわよ♪」
「ふふ、どんな感じになるか楽しみだね♪」
自信に満ちた婚約者の言葉に、緋色は頼もしげに微笑んだ。
◆
周囲が次第に高揚していく姿を眺めながら、黒百合(
ja0422)はマイペースにパーティーを楽しんでいた。
この手のイベントにはハプニングが不可欠である。
いったいどんな事態に陥るのか? 黒百合の興味が尽きる事はない。
自らネタを引き寄せようと、周囲を見渡して……
「あなたァ、さっきから全然食べていないみたいだけどォ、どうしたのォ?」
真新しい制服に身を包んだ女子大学生に狙いを定め、気軽(ごういん)に声をかけた。
汚れひとつない取り皿を見て事情を察した黒百合は、小さな身体で人混みを掻き分け易々とマツタケをゲット。
「あ、ありがとうございます。先輩」
見た目の年齢は彼女の方が上。しかし撃退士としては黒百合のほうがずっと先輩だ。
思わず畏まった女性の背を、黒百合はバシバシと叩いて……
「きゃはァ、困った事柄があれば私に言いなさいィ。不可能を可能にする事は出来ないけど、私に出来る程度の事なら手伝ってあげるわァ♪
……あ、ちなみに力任せの暴力沙汰は大好物だから、その場合は必ず声をかけなさいねェ♪」
無邪気な笑顔で何とも物騒なセリフを口にした。
●もてなす者達の思惑
ステージ上で蛍光ピンクの髪をした鬼道忍軍が演芸を披露している。
最初はビニールボールだったジャグリングの道具は、見物客のリクエストを受けるうちにエスカレート。今では5本の包丁になっている。
「いいぞー」
「marvelous!」
「俺もあんなことをできるようになるかぁ」
囃し立てる在校生。新入生は素直に感心し、ナナメ方向へズレた目標を立て始めた。
もちろん中には一般常識的な反応を示す者もいた。
「ちょ……あ、あれって大丈夫なの?」
縋りつかれた鳳 静矢(
ja3856)はステージに目を向けて……
「ああ、久遠ヶ原ならよくある事だよ」
と、とても淡泊な反応を返す。
「平常運転だよなぁ」
通りかかった仙也も静矢に同意した事で、新入生が持つ常識は、いよいよ音を立てて崩れ出した。
「まぁ、自分からはっちゃけるでなければ巻き込まれる事もそう無いだろう。隅で料理を食べて、ゆっくりして行くと良い」
人生の選択を間違えた、と平伏す新入生の腹を慰めるため、静矢は自らの力作である天津飯を取りに向かった。
「……おや?」
行って帰ってくるまで、ほんの数十秒。その僅かな間に、新入生は何処かへ消えていた。
「彼女なら、ほら」
どこへったのか? 新入生を案じる静矢に、仙也は親指を立てて自分の後方を指し示した。
「あれは……」
天魔(女性限定)の様々なデータを収集している、女王様研究会とかいう集団ではないか。
新入生は彼らが担ぐ『御輿』に乗っていた。それも物理的に。
先程までの落ち込み振りはどこへやら。跪いて足をお舐め的にふんぞり返って高笑いをして、とても嬉しそうに。
その変貌ぶりに違和感を覚えた静矢だったが。
「まぁ、元気な事は良い事だろう」
それも久遠ヶ原ではよくある事。あっさりと納得し、仕事に従事するため調理スペースへ戻っていった。
(しかし……本当に面白いな。コレ)
きのこを食べた撃退士が暴走する――新入生の変貌を目の当たりにした仙也は、実行委の会話が真実だと確信した。
どうやらこの効果は、普段から自分を厳しく律している者の反動が、より大きいらしい。
それなら入学したての新入生はどうだろう? 普通の常識がまだ残っているから、きっと面白い反応を示してくれるはず……とスープを飲ませた結果が、さっきのアレだ。
仙也はその後も被害者達の観察を続ける。
「椎茸のオーブン焼きはいかがかな?」
うちわで匂いを広げて周囲の食欲を駆り立てて……。
群がる腹ペコ達に料理を配る姿は、給仕というより給餌にしか見えなかった。
◆
「山の幸かぁ、うんうん、懐かしいなぁ」
調理スタッフとして参加した礼野 智美(
ja3600)は、ずらりと並べられた食材を前に、懐かしい故郷に思いを馳せていた。
たわわに実った山ぶどう、庭のイチョウやクリの木が落した実を、毎年のように近所さんや幼馴染のお宅へお裾分けしていたのを思い出す。
どの年齢、どの地域でも、美味しい物を前にした時の幸せそうな想いに変わりはない。
ただ……久遠ヶ原が余所と違っているのは、食に対する欲の量がハンパない事。
人気メニューの取り合いが戦場なら、それを提供するための調理スペースは修羅の道。
味を調える過程できのこ効果を受けた格闘料理研究会のメンバーは、いつもより派手な演武を繰り広げ、周囲の喝采を浴びていた。
そんな事情を露にも思わず、智美は黙々と腕を奮う。
ムカゴは炊き込みご飯にするのがメジャーだが、食材本来の味を楽しんでもらうため、軽く茹でて塩をまぶす。
決して派手な作業ではないけれど、格料研とはまた違う意味で、見物客の興味を引いていた。
「アレはなんだ?」
「ムラサキイモじゃね?」
次に智美が手を伸ばした物体に周囲がざわついた。
巨大なソラマメのような形。色は鮮やかな紫で、一部がパックリと割れている。
そして、彼らは見てしまった。割れ目の中に、透明なイモムシのような物体が鎮座しているのを。
どうやって食べるのか。そもそも食べられるのか?
(アケビを知らない人がいるなんて……)
戦慄に包まれる見物客の前で、智美は表情ひとつ崩さず、やはり丁寧な手つきでイモムシ……否、ゼリー状の果肉を取り出した。
●パラダイス or パララサス
「優希は遅いですわね」
瑞穂の呟きに、緋色は時計に目を向けた。
料理を求めて2度目の旅に出てから、結構な時間が過ぎている。
「迷子……とは考えにくいよね」
まさか優秀な実力を見抜かれ、連れ去られてしまったとか?
心配になった2人は手分けをして捜索に向かう。
「……あっ」
捜索を開始して僅か数十秒。意外なほど呆気なく、優希は見つかった。
「あぁ、君は新入生かな? こんなに可愛らしい子が入学してくれて嬉しいな。仲良くしてほしいな、個人的にも」
数人の女性を引き連れ、なおも新たな女性に声をかけて。
(そうか。スカウトをしていたんだね。さすがだよ。)
ほっと胸を撫で下ろした緋色。同時に、どんな時でも使命を忘れない優希に感心する。
そして未来の雇い主として自己紹介をすべく、優希の元へと歩み寄った。
「あぁ、丁度良かった。皆、こちらは緋色さん。僕の……」
花が綻ぶような笑顔で掌を差し伸べ――優希は緋色の腰に手を回し、引き寄せた。
「……え?」
「緋色さん、前々から思っていたのですけど抱きしめたいぐらいに可愛いですよね。どうでしょうか、僕の胸の中に居てくれませんか?」
耳元で囁いた声は、普段の優希とは違う、低めのイケメンボイスで。
まさかこれはニセモノの……?
そう思った時、緋色の中で何かが弾けた。
「……私のこと、可愛がってくれるの?」
「もちろんだよ」
その一言で、緋色は完全にオチた。瞳を潤ませ、熱を帯びた身体を預ける。
可愛らしい少女達――実際はどちらも男――のイチャイチャに、取り巻きの女性はもちろん、周囲にいた男達も目を奪われていた。
「優希ぃっ! わたくしの緋色に、いったい何をしてますのぉぉっ」
そこに駆け付けた瑞穂。 2人の熱愛ぶりを前に、嫉妬が火災旋風のように燃え上がる。
緋色を奪われてなるものか。意を決した瑞穂は公衆の面前で服を脱ぎ捨てた。
「「「ラッキー!」」」
生きていて良かった、とどよめく男性陣。
しかし衣服の下から現れたのはパフォーマンスように着込んでいたフワモコの獣柄ビキニで。
『付けている事』に落胆するも、直後、被覆面積の少なさに改めて歓声が沸いた。
「緋色はわたくしのものですの……!」
最愛の婚約者を奪い返し、豊かな胸で包み込む瑞穂。
優希はそんな瑞穂にも熱い視線を向け、緋色共々己の腕で包み込む。
「くすっ♪ こんな所で肌を晒したら、折角の綺麗な体をただで見せているものじゃないですか。勿体無いですよ。ほら、皆、瑞穂さんの事を見ていますよ」
「え……そんな……って、話を聞きなさいなぁっ♪」
「ふたりとも、可愛いですよ」
腰のやや下辺りに手を延ばす優希。
緋色を庇おうとする瑞穂は、故意かわざとか、次第に優希の身体に密着させていく。
「いいなぁ」
「頼む、変わってくれ……」
周囲の羨望を一身に集めながら、優希は高飛車なお嬢様と深窓の令嬢(性別:男)。ふたりのの美女と共に熱いパフォーマンスを魅せつけた。
◆
「あははァ♪ もっと遊びましょォ」
会場の一画で、新たな嬌声が上がった。
声の主は黒百合だ。
少女然とした容姿に妖艶な微笑を浮かべ、手当たり次第に謎フェロモンを垂れ流している。
きのこ効果でタガが外れているのだが……普段と何ら変わらないようにも見えるのは気のせいだろうか?
「あぁ、妹にしたい」
「……あの、ボク……背中……ぎゅって、しても、いいですか?」
幼女系にお姉さま系――集まった獲物はどれも自分好みで。誰かひとりに絞れない黒百合は、思わずパンデミックを引き起こす。
「さてェ。誰にしようかしらァ……」
ウィルスに冒され恍惚とした表情で座り込む女性達の中から、神様頼りのロシアンルーレットが選び出したのは、ビビリ系デビルっ娘のアルティミシアだった。
「あらァ、アルティミシアちゃん、お久しぶりィ?」
何度か依頼で一緒になった覚えがある顔だ。
黒百合は一頻りアルティミシアの潤んだ表情を堪能した後、彼女の首筋に唇を寄せる。そして、八重歯と呼ぶには鋭すぎる牙を、思い切り突き立てた。
「……え? あ、あ……!?」
吸い出される生命の源。入れ替わるように流れ込んでくる快楽物質。何よりも正面からぎゅーっとされているという事実に、アルティミシアのビビリ本能が目を覚ました。
あまりの恥ずかしさに、アルティミシアは消えてなくなりたいという衝動に駆られ……。
次の瞬間。パーティー会場に地味な花火が揚がった。
●
午後2時――宴の幕は下りた。
「く……ようやく登り始めたばかりだってのに」
「決めた。俺は世界一の撃退士になるぞ!」
イベントを通じて在学生からアレコレ色々な事を学んだ新入生達は、未だ醒めぬ興奮(カオス)を胸に抱き、会場を後にする。
「あははァ。楽しかったわァ。また遊びましょうねェ」
心もお腹もパンパンに満たした黒百合も、満足そうに微笑んで。
人目を憚らないイチャイチャで周囲の羨望と嫉妬を独占していた瑞穂、緋色、優希の3人は、いつの間にか何処かへ消えていた。
「うぅ……死にたい」
なぜあんな事になったのか?
どんなに考えても信じられないが、自分が何をしたのかは頭の中にしっかり残っている。
低能な馬鹿共と同レベルになってしまった、と塞ぎ込むアルティミシア。
我に返って頭を抱えているのは彼女だけではない。会場内には、ひたすら隠し続けていた趣味嗜好を曝け出してしまった学生達が、魂の抜けた状態で累々と転がっていた。
ハッキリ言って邪魔以外のナニモノでもないのだが、格料研メンバーはそれらを全く気にする事もなく、慣れた様子で片付け作業を始めていた。
「いったい何があったんだ?」
きのこ以外の調理に専念していた智美は、ここに来てようやく事の顛末を知らされた。
「おや、そうだったのか……。それは悪い事をしてしまったな」
周囲の異変に気付いていたが、いつもの事と深く考えていなかった。多くの来場者にきのこ料理を配り、被害を拡大してしまったと反省する静矢。
「別に良いんじゃないか? どうせ誰もがいつかは通る道だ」
当人は消去したいだろう黒歴史のアレコレは、仙也がしっかりとカメラに記録している。
いつか時が来れば――それが踏み台となるかトドメとなるかは別として――餞に渡しても良いだろう。
「長テーブルは何処へ運べば良い?」
「おい、ソースがこびり付いて取れないぞ」
「礼野さん、さっきお話した天狗汁、明後日実習できるのです」
「そうか。じゃあ、お邪魔させてもらうよ」
ゴミと学生を片付け、床に残る汚れも全て綺麗にふき取って。
片付けの傍ら、智美は興味のあったムカゴ料理の調理法を知る機会をちゃっかりゲット。
「皆さん、お疲れ様でした」
無事に体育館を原状復帰させた後、パーティーの企画者である職員は笑顔でスタッフの学生達を労った。
多少のハプニングは闇の中に葬って、イベントは滞りなく、大成功のうちに終わった。
お礼として差し出されたきのこ類は……誰もが快く辞退したけれど。