●それぞれの動機(せいぎ)
「タダで……きのこがもらえる……だと……?」
その依頼書を目にした時、橘 樹(
jb3833)は己の目を疑った。
きのこ、キノコ、茸!
人も、動物も、天魔も――三千世界に在る全ての者は、漏れる事無く全てきのこに還るという。
最も尊く、愛すべき還元者なのだ。
「いつ参加するんだの! 今だの!!」
ナニかに覚醒したようなオーラを背負いつつ、樹は依頼に参加するべく走り出していた。
「へぇ、きのこか。美味そうだな」
ここにも秋の味覚に思い馳せる少年がいた。地堂 光(
jb4992)である。
依頼を片付けるついでに家族への土産もゲット。お吸い物や炊き込みご飯等の献立を組み立てていく。
「きのこにも興味はあるけど、そんなに臭いんじゃ、麓の人達が大変だよね」
そんな中、藍那湊(
jc0170)は正体不明の天魔に危機感を募らせていた。
「この任務を受けるのか? よし、俺が付き添ってやる! 大船に乗ったつもりでいろ」
馴れ馴れしく肩に手を回してきた赭々 燈戴(
jc0703)に視線を向け……。
「……お願いします」
湊は諦めにも似た溜息を吐いた。
そうして集まったのは4人の撃退士達。
一晩の準備期間で魔具や魔装をしっかり整えて。
鼻栓、マスク、お箸にお醤油、七輪……かなりの重装備を抱えた撃退士達は、次々とサークルに飛び込んでいった。
●歓迎と期待を背に
撃退士達を待っていたのは、熱く、切実な住民達の歓迎だった。
「きのこに釣られて来てみれば……スゲェ臭いだな」
微妙に漂う異臭に光は思わず鼻をつまむ。
今日は風がないから比較的マシ――と人々は言うが、多分それは慣れて嗅覚が麻痺しているせい。
「くっさ! 何だコレすげぇな、なんというかくさ、クサッ!」
周囲に漂うびみょ〜〜〜な匂い。
もしかして……これがウワサの加齢臭なのか!?
湊が眉間に皺を寄せて視線を逸らした事に気付き、燈戴は巨大なハンマーで頭を殴られる感覚に陥った。
違う。絶対に違う。オレジャナイ。
全力で頭を振るう度、しっぽのように結わえた燈戴の髪が弧を描いた。
「あの山のどこかに、このにおいの原因のサーバントが……くさっ……いるんだね……」
そんな祖父(!)をスッパリ無視して、湊は冷静に悪臭対策を取る。
コンビニで買ったお洒落なクリップ鼻栓は、天魔と戦う場面を考えると、ちょっぴり間が抜けているけれど。
「備えあれば憂いなし、だの」
樹がお手製のマスクを着用すると、匂いはだいぶ治まった。
「さっさと片付けて、きのこ取ろうぜ! きのこ!」
「人々の平和な日常と美味しいきのこを守らなければ……っ 」
ヤる気満々で準備運動をする光。
湊は純粋な瞳を向ける子供達を前に、改めて任務の重要性を心に刻み込む。
そして退士達は足を踏み鳴らし、匂いの元凶が潜むと思われる山へと向かった。
●それは白と黒の
山を登るにつれ、目に見えて空気が重くなる。
マスク越しでもハッキリと判る悪臭。口元を晒している湊は、喉の奥に荒い粒子が纏わりつく感覚を覚えた。
やはり、この山にナニかが潜んでいるのだろう。
「んー。囮をするにしても、まずは敵を確認しない事にはなぁ」
光は慎重に周囲を見渡した。敵の気配を探ろうとするが、周囲に漂う悪臭のせいで上手く集中できない。
「……何か隠れているか、探し出せますか?」
「良し、任せな!」
燈戴は胸を張って答えると、索敵を試みた。
それは経験を積んだインフィルトレイターだけが使える技。いかに上手く身を潜めていようと、着衣の一片でも視界に入れば、『そこにいる』と認識する事ができるのだ。
「リス、タヌキ、キジバト……」
――もっとも敵意の有無は自分自身で判断しなければならなかったりするのだが。
取りあえず燈戴が見る限りでは、動物は自分達を警戒しているが、何か異質なモノに殺気立っている様子はない。
「お、あれはスカンクか。この山、いろんな動物が棲んでいるな。自然豊かで結構結構!」
「……スカンクって、日本に棲息していました?」
「外来種だな」
「きっとどこかで飼われていたペットが逃げ出したの」
そういえば先日も、どこかの公園で恐竜(イグアナ)が日向ぼっこをしていたという、ほっこりしたニュースが流れていたっけ。
誰もがそう納得しかけて。
「「「スカンク……だと?」」」」
見合わせた撃退士の目の前に、幼稚園児ぐらいの白黒まだらな獣が姿を現した。
もちろん、普通のスカンクは猫と同じぐらいの大きさだ。アレは見るからに異常。という事は……。
「てめぇの仕業かっ」
スナイパーライフルを構える燈戴。
怒りに燃える心を落ち着かせ、有無を言わさず放たれた一発のアウル弾。
撃退士の出方を探るように身構えていたスカンクは、たった一撃でキャウンと負け犬のような鳴き声を上げ、呆気なく堕ちた。
「かはは。俺に掛かればこんなものだ」
銃の先っぽでスカンクを突き、何の反応も示さない事を確認した後、燈戴は自信満々でガッツポーズをとった。
……ズサササッ!
その時、周囲の繁みから走り出した影があった。
仲間を囮にして撃退士の様子を窺っていたスカンクが、撃退士に脅威を感じて一斉に逃げ出したのだ。
ざっくり見る限り、20体は居たような気がする。
「待つだのっ」
せっかく見つけた討伐対象を見失うわけにはいかない。
翼をばたつかせた樹は空高く舞い上がり、そこから一気に急降下。地面スレスレを転がるようにして追跡する。
追っ手をまくつもりなのだろう。スカンクは木々の間を縫うように斜面を駆け降りるが、物質透過を駆使する樹にとっては足止めにもならない。
ふと、1体のスカンクが歩みを止めた。前足で踏ん張って、逆立ち状態になる。そして音もなく噴出された薄黄色。
ブレーキを持たない樹は、止まる事もできずに頭からその中に突っ込んだ。
「ふっ……わしにはこのお手製マスクがあるんばぼげほごほ!」
齢二百を超える生粋の悪魔ですら即死する……と思えるほどの強烈な匂いが鼻を突く。
「ぬおおおわしのきのこマスクを打ち破るとはなんという悪臭なんだの!」
幸い本当に即死する事は無かったが、悶えに悶える樹は、そのまま斜面を転がり始めた――
「あっちって何かあったか?」
追跡を止めて救出に行くべきか。迷う光の横で、湊は地図に目を通す。
「川……だね。あのまま落ちてもケガをするような場所じゃないよ」
地図に記された説明によれば、バーベキューができる程度の川原があるらしい。
「よし、俺がそこに奴らを追い込んでやる。坊主達は樹を回収して先回りしておけ」
水場なら少しは匂いが紛れるかも知れない。そう予想した燈戴は、くいっと指を立てて指示を出した。
●消毒開始
十分ほどが過ぎた頃――
「来たぞ」
木々の合間に見えた白黒斑模様。
「5匹か……。多過ぎず少なすぎずって所だな」
後方に控える仲間との距離は10mほど。敵をおびき寄せるポイントを見定め、光はハルバードを構えた。
追っ手をまいた事で気が緩んでいたスカンクは、光の出現で警戒モードに引き戻される。
逃げるか、屠るか……その判断は、タウントの効果で一気に後者へと傾いた。
1体のスカンクが逆立ちをする。
「気を付けるだの!」
それはガスを噴射する前に見せる威嚇のポーズであることを、樹は知っていた。
光はすかさず盾を活性化すると、力いっぱい殴り付ける。
「とりあえずお前は黙っておけ。いや……意味合いが違うか、おとなしくしてろや」
シールドバッシュの勢いで真後ろに転がったスカンクは、それでも逆立ちを繰り返す。
頭の悪いスカンクに諦めるという言葉を叩き込むため、再び盾で殴り付けた光だったが……
「……って、ちょっと待てや」
他のスカンクも一斉に逆立ちをしたのだ。
さすがにコレは無理!
焦る光を見て形勢逆転と察したスカンクは、威嚇状態を保ちつつジリジリと間合いを詰めてくる。
「危ない……!」
絶体絶命の危機を救ったのは湊だった。素早く聖なる刻印を施し、光の抵抗力を飛躍的に高める。
「サンキュー、助かったぜ」
5体のスカンクから一斉攻撃を喰らった光は、黄色い靄の中でも奇跡的に立ち続けていた。
目がショボショボして見えなくなるとか、余りの臭さに卒倒しそうになるとか。ガスによってもたらされる様々な悪
影響は免れたが……。
全身に纏わりつく残り香の事を考えると、風で本体を吹き飛ばしてあげた方が精神的に優しかったかもしれない。
『次、行くぜ』
あっけなくスカンクを倒した撃退士達の元へ、燈戴から連絡が入った。
「この程度ならまだ大丈夫だ」
追い込まれてきたスカンクはだいぶ数が多いが、光は意を決して再びタウントを行使。己の体を犠牲にしてスカンクを引き寄せていく。
「北風に代わって、吹き飛ばすよー!」
キラキラとした輝きが翼を広げた湊を包み込む。
やがてそれは渦を巻いて局地的な暴風雪を巻き起こし、乱戦状態で澱んだ空気をきれいさっぱり吹き飛ばした。
本来であれば純白に染まるはずの足元が、ほんのり黄色く染まっている様子は、ある意味戦慄的だ。
「きのこの怨みは怖いんだの……思い知るといいんだの!」
この場所なら大切な木々を巻き添えにする危険性はない。樹は私怨にまみれた闘志で炎陣球を放ち、容赦なくスカンクを焼き払った。
スカンクは数に物を言わせて攻め続ける。
とはいえ、やはり雑魚は雑魚。またスカンクが1体、氷の刃に切り刻まれて呆気なく絶命した。
「……これで16匹っ」
一呼吸置いて振り向いた湊の視界に入ったのは、準備万端逆立ち状態のスカンク。
まずい。
そう思った時、緊張でピンと伸びた湊のアホ毛を掠め、アウルの弾丸がスカンクを撃ち抜いた。
対岸の木の上に陣を取った燈戴の援護射撃だ。
「大船に乗せてやる……そう言ったろ?」
親指を立ててウィンクをひとつする。茶化すような表情はすぐにシリアスへと戻り、新たな標的に狙いを定めた。
(……ベストポジションだな)
高くて見晴らしも良く、生い茂る葉に身を隠せるため、もうこれ以上ガスの攻撃に晒される事もない。燈戴が陣取ったのは、スナイパーにとって絶好の狙撃ポイントだった。
4人揃った撃退士達に、もはやスカンクは為す術もなく――悪あがきのガスを噴出した後、最後の1体が狩られるまで、そう時間は掛からなかった。
●戦利品を手に
狩ったスカンクを一ヶ所に集めた撃退士達は、討ち漏らしがない事を確認するため、山中へと繰り出した。
小一時間ほど探ってみたが特に異変は見られず、アレで全部だったという結論に至る。
「んー……。やっぱり山はこうじゃなくっちゃ」
鼻栓を外して深呼吸をした湊。匂いの元凶が消えた山の空気はクリアで、とても美味しく感じられた。
「お♪ きのこ発見!」
光の歓声に皆が振り向けば、そこには艶々しいナメコの雄姿が。
さっそく刈り取ろうとする光。それを皮切りに、撃退士達は目標をきのこに定め、新たな捜索を再開する。
住民が自慢をするだけあって、山にはいろいろなきのこがあった。
シイタケやタマゴタケ、サルノコシカケから……いかにも童話に出てきそうなメルヘンチックなきのこまで。
樹は採取前にいろんな角度から写真を撮り、記録に残していった。
「よし、俺が良い事を教えてやろう。派手なきのこは有毒で、地味なきのこは食用なんだ」
目が醒めるような青いきのこに心奪われていた湊に、燈戴がしたり顔で薀蓄を傾ける。
それは昔から言い伝えられる事だが、実は全くの迷信。
柄が縦に避けても、虫喰いがあっても、塩漬け酒漬けにしても、毒きのこは毒なのだ。
「でも俺、毒は食べ慣れてるしなぁ」
このマイタケも 姉が触れれば 毒きのこ――鋼鉄の胃袋を持つ光が遠くを見つめて句を整えた。
「毒きのこでも食べられる特権を生かさなくてどうするんだの!」
ちなみに湊が見つけたきのこは、敢えて食べようとする猛者がいないため、毒の有無は不明である。
だからこそ自分達が食べてみるべきなのだ、と樹は力説する。
――確かに撃退士は毒に対する耐性が非常に高い。
ナマコも納豆も、最初に食べたチャレンジャーのおかげで今に至る。
でも、だからと言って積極的に猛毒きのこを食べるのは、『ヒト』としてどうかと思うのですよ!
●勝利の宴を
撃退士の活躍により、町は無事に平和を取り戻した。
新歓パーティー用のきのこは、後日改めて送ってくれるという事で。撃退士達は集会所の調理場を借り、一足先にきのこを試食する事にした。
「きのこの判別ならわしに任せるんだの♪」
標本用に幾つかを取り分けた後、樹は腕によりをかけて調理を始めた。
光も自慢の腕を奮い、実に豪勢な晩餐を作り上げていく。
「わう、美味しそう!」
味見専門の湊は早速こんがり焼けたきのこをパクリ。
「んぐっ」
そして突然喉を抑えて苦しみ出す。
「おい、大丈夫か? って、呼吸してないじゃねーか」
心なしか顔色も蒼くなってきている。
これは非常に危険だ。燈戴は迅速に湊の胸元を緩めて気道を確保。救命行為に移った時――湊は自力で喉に詰まったきのこを飲み込んだ。
「ぷは。苦しかったぁ。……って、どさくさに紛れてナニしているんですか!」
「おいおい、藍那。赭々さんは介抱しようとしていたんだぞ」
わなわなと肩を震わせ怒る湊に、光は冗談交じりの口調で指摘した。
「え、本当? す、すみません、ありがとうございます」
「かはは、良いって良いって」
謂れなき(?)疑いを掛けられた燈戴は、豪快に笑いながら手をヒラヒラさせて水に流す。
「丸飲みは危険だの。よく噛んで食べた方が美味しいの」
その騒動を眺めながら、樹はひたすらマイペースにきのこを堪能し続けていた。
美味しいきのこと酒、ジュースにお菓子……地域の特産品もたっぷりと頂いて。
その夜、町の集会所からは夜明けまで楽しげな笑い声が聞こえ続けたという。