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マスター:真人
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/01/09


みんなの思い出



オープニング

●吐露
 ――何もかもが嫌だった。父も母も解ってくれない。解ろうとしない。このままでは。
 父母が自慢するためだけの人形になってしまう。
 これは最初で最後のワガママ……。違う。自分自身の意思だ。

 ――とびたい。でも、もうとべない。どんなにもがき、苦しんでも。それなのに。
 皆は言う。お前ならできる、と。自分にとっては、羽ばたく事自体が恐怖だとういうのに。
 
 ――小さい頃は良かった。好きな事を純粋に追う事ができたから。でも今は。
 義務、嫉妬、期待……重い。その全てが。
 あんなに大好きだったはずの事さえ、拷問に感じてしまうほどに……


●約束
 寒さが肌に染みる空気の中、『彼ら』は1ヶ月前と変わらずそこに居た。
 複眼の男と黒衣の女……彼らは自分達をデビルだと名乗った。
「約束を守ってくれたようだね」
 複眼の男が目を細めた。
「正直、戻ってくるとは思わなかったよ」
 男が破れたコウモリのような翼を広げ、僕の前に降り立った。
 差し出された手に、僕は彼らから借りたブレスレットを載せた。アメ色の石のひとつに、小さなテントウムシが封じられた物だ。

 ――1ヶ月前。僕は裏サイトで同年代のナカマと知り合った。
 生きる事から逃れるため、皆で当てもなく彷徨い、この場所へ辿り着いて『彼ら』と出会った。
 死を望むくせに魂を奪われる事を恐れる僕達に興味を持った彼らは、『身に着けていれば願いが叶う』と言って、僕達に装飾品を渡した。
 1ヵ月後までに、必ず返すようにと『約束』をして――

「願いは叶った?」
「うん。それを身につけてから、痛みも恐怖も無くなったよ。手放したらまた元に戻るんじゃないかって思ったけど、ずっと頼っている訳にもいかないし……」
 男は目視でブレスレットを確認した後、すぐにそれを僕に差し出した。
「あの?」
「くれてやる。必要がないなら、捨てろ」
 僕は心臓が止まりそうになった。
 石の中にいたはずの虫が消えていたから。その虫が、男の指先を這っていたから。
「仕込んでいたディアボロを抜いたから、それはもう単なる松脂の塊だ。願いが叶ったと言うなら、それは君自身の実力だろう」
 男は淡々と種を明かした。
 ブレスレットには元々何の力もない事。もし返しに来なければ、ディアボロが解き放たれていた事を。
(そう言えば)
 他の2人はどうしたのだろう?
 本名も居住地域も知らない。あの掲示板は既に閉鎖されてしまったから、その後を追跡する事もできなかった。
「メガネの娘なら、翌日には親と共に戻って来たわ」
 僕の心を見透かしたように、黒衣の女が口を開いた。とても満足げな様子で。
「石に頼る必要はなかった。そう言っておった」
「背の高い彼は?」
「さぁ? 『今日』はまだ12時間も残っているしね」
「返しに来なかったら、彼はどうなるんですか?」
「さぁね。約束を守ろうとしない人の身を案じるほど、俺はデキていないんで」
 無責任な――そう言おうとして、僕は言葉を飲み込んだ。『1ヵ月後に返す』という責任を果たしていないのは、彼の方なのだ。
「助ける方法は無いんですか?」
 女が笑った。とても楽しそうに。
「なぜ助けたいと思う? 己の事しか考えない輩だ。どこで命を落とそうと、お前には関係のない事ではないか」
「僕は……人間だから。見殺しになんかできない」
 複眼の男と黒衣の女は互いに視線を合わせた。
 女が意味ありげに僕を見つめながら、男に何かを囁いた。男は僅かに眉を顰め、深くため息を吐いた。
 男が僕に向き直った。
「もし君が彼の所在を知り、命に代えてでも助けたいと思ったなら……今から言う番号に電話をしろ。
 ただしチャンスは一度きりだ。番号について調べようともするな。決まりを破った場合、彼の命も、君自身の命も、即座になくなると思え」
 そう言って、男は十ケタの数字を告げた。

●凶報
 あれから5日後。
 私用で外出した僕は、突然振り出した雨を避けるように喫茶店のドアを開けた。
 薄暗い店内に流れるBGMは柔らかなヴァイオリンの音色。店の奥にあるテレビで、何処かのコンサートの様子が放送されていた。
 音楽には全く興味が無かったけど、僕は何となくテレビの傍に腰を降ろした。
 運ばれていた紅茶を飲みながら耳を傾ける。
(今のって……)
 題名も知らない曲が終わり、これから演奏をする予定の出演者達が経歴付きで紹介された。
 その中に見覚えのある顔があった。
 1ヶ月前、数日間を共に過ごした『背の高い彼』だ。ただし身に纏っているのは、黒のスーツじゃなく色鮮やかなドレスだったけど。
「女の子、だったんだ」
 中性的だと感じていたけど、互いの事は敢えて詮索し合わなかったから。
(……!)
 無事でいた事に安堵しつたのも束の間。僕の目に、異様な存在感を放つアメ色の石が飛び込んできた。
 胸元を飾るネックレス。彼――否、彼女が渡されたループタイではないけど、石自体は間違いなく同じ物だ。
(『虫』は? あの後に返しに行ったなら、虫はもうないはず……)
 テレビに顔を近づけて女性ピアニストの胸元を凝視する僕の姿は、周囲の目にどんな風に写っていただろう?
 でも、そんな事を考えている余裕はない
「あっ」
 首飾りの中には、間違いなく小さな蜂の姿があった。
 僕は反射的にケータイを取り出し、『D』とだけ記した番号を呼び出した。
 ――命に代えてでも助けたいと思うなら……
 あの時デビルが言った言葉が頭を過ったけれど、僕は自分でも驚くほど迷いなく通話ボタンを押していた。
 流れてくるコール音。『通じた』事自体に僕の心臓が大きく脈を打つ。
 2度目が鳴る前にコール音は途切れた。
「あの……っ」
 上ずった僕の声と重なるように、電話の向こうから柔らかな声が聞こえてきた。


『はい、久遠ヶ原学園です……』


リプレイ本文

●導きの手
 ――どうして悪魔の方が学園へ連絡するように言ったのでしょうか?
 鑑夜 翠月(jb0681) の呟きが集まった撃退士の間で波紋となって広がる。
 単に飽きただけなのか、それとも挑戦か。思案すればするほど、答えは闇の中に紛れていく。
「……出来るのなら、助けたいです」
 出自が似ている事もあり、北條 茉祐子(jb9584)は『白石友紀』という少女にある種の共感を覚えていた。おそらく家族という環境の中にあっても、彼女はずっと孤独だったのだろう、と思う。
「此方の説得に応じてくれれば良いのですが……」
 茉佑子の言葉に同意しつつも、雫(ja1894) がひとつの懸念を告げた。
 どれだけ手を尽くしても、生きる事を放棄した者を救う事はできないから。
「余計な事は要らねぇ。迷えるメリーは全て助ける! それだけだ」
 魂のままに命図 泣留男(jb4611)が叫ぶ。
 迷いのないストレートな答えが、不安を抱える少女達の気持ちを奮い立たせた。
「死のうが生きようが、意志の問題だな。だがま……手助けをするのは義理ってもんだろう」
 だからといって素知らぬ振りを通せるほど、黒田 京也(jb2030) は外道ではない。
 迷いの末に道に誤ったのなら、導いてやらなければ。
「ふふふ……」
 江見 兎和子(jb0123)は楽しげな笑みを漏らした。
 一見戦いにはそぐわない、深くスリットの入ったドレスを身に纏い、恍惚とした表情で身をよじる。
「素敵ね。彼女は自由を得るために、命を懸けている。えぇ、叶えて差し上げたいわ」
 たとえその先にあるのが破滅であっても、自ら望んだのであれば、本人にとっては救いに違いないのだから。
 ディメンションサークルの準備が整い、やる気に満ちたアンリエッタ・アルタイル(jb8090)が真先に立ち上がる。
「何を呆っとしているんだい? もう皆行ってしまったよ」
 思考に耽っていた翠月は、仲間達がサークルに向かった事に気付かなかった。アサニエル(jb5431) の声で我に返り、慌てて立ち上がる。
「通報してくれた方の話では、『宿主』を殺して解き放たれる……とありましたけど、そうなると魂を奪うという目的が達成できないのではないでしょうか」
「……殺さずに連れ去る可能性もあるって事かい?」
 掲げられた疑惑を訝しむアサニエルに、翠月は力強く頷いた。


●断たれた糸
 サークルを抜け、用意された車で音楽ホールに駆け付けた撃退士達を、スタッフは動揺する事無く迎え入れた。
「白石さんは今どこに?」
「それが……」
 スタッフが視線を送ったのは舞台の下手袖。今まさに友紀がステージへ姿を現すところだった。
 学園から事情は聞いていたとは言え、友紀に目立った異常はない。演奏を後へ回す事もできたが、撃退士の到着前に下手な刺激を与えては拙いと判断したのだ。
 最善を尽くしてこのタイミング。せめて出演前に『石』を手放させる事ができれば……と考えていた雫は、悔しそうに拳を握りしめた。
「仕方ないのであります。今は、白石さんが無事に演奏を終える事を祈るだけなのです」
 万一に備え、撃退士達はそれぞれの持ち場へ回る。
 兎和子と京也は誘導のため客席へ。その他のメンバーは友紀を抑えるため、左右の舞台袖で待機する。
 石に封じたディアボロの封印が解けるという、デビルの言葉が偽りである事を願って。

 しかし、その願いは最悪のタイミングで破られる事となる。
 スポットライトを浴びた友紀がピアノの鍵盤に指を添えた時――狡猾なデビルの仕掛けた罠が彼女を捕らえた。

 友紀の変化に気付いた観客が息を呑んだ。顔面を蒼白にし、震える指で指し示した。
 観客の周囲からざわめきが生まれ、波紋のように混乱が広がっていく。
 ボコリ。
 友紀の身体が不気味に歪み、腕が通常ではあり得ない方向に曲がり、くびれ、膨らんでいく。
 喉から絞り出されたのは断末魔のような悍ましい叫び。
 ゆらりと立ち上がったその身に友紀の面影は微塵もない。一言で表すなら人型の蜂――『ムシビト』が、狂気に満ちた眼で客席を振り向いた。


 ●魂に輝きを
 ホールスタッフの援けもあり、迅速に観客の避難が始められた。
 それでもいきなり惨劇の出演者になってしまった人々の精神はギリギリの状態だ。複数ある出入口の内、より化け物から離れた後方へと押し寄せた。
 兎和子は必要以上に一ヶ所へ集まらないよう、素早く扉を解放しては固定していく。
「さぁ、こちらへいらっしゃい」
 人の波に流され親と逸れたのだろうか? 幼い兄が弟の手を握り、必死に涙を耐えていた。彼らの恐怖心を少しでも和らぐように、兎和子は眼差しを緩めて手招きをした。
「落ち着いて外へ出てらして。そう、偉いわ。立ち止まらずにお家へ帰りましょうね」
「おう、男なら女子供を助けてやれ。ビビってんじゃねぇぞ!」
 京也は敢えて乱暴な口調を使い、今にも途切れそうな男達の心を奮い立たせる。
 一方、ごきげんよう、と兄弟を見送った兎和子は会場に残ろうとする野次馬に目を向け
「ふふ……そんなにコンサートが気になるのでしたら、私のお歌をお聞きなさいな」
 と、狂気的なアリアに乗せた咆哮で追い払う。
 腰を抜かして動けない観客は京也が庇い、盾で人々の背を守り続けた。
「ほう、観客狙いか? それなら俺も観客だ。相手してもらおうか! ……早く行け、振り向いてんじゃねぇぞ」
 こうしてホールを脱出した観客達は京也が予め手配していた警察により、安全な屋外へと更に誘導されていく。
 ムシビトが人も物も見境なく破壊しようとする中、避難誘導と護衛に徹した2人の動きは、目立たないながらも賞賛されるべき手際だった。

 避難が始まると同時、舞台袖から飛び出した撃退士達がムシビトを取り囲む。
 観客が安全に避難できるよう、できるだけ前方へと追いやって――攻撃は、行わない。『友紀』を救うため、自我を取り戻させるため、説得を続ける。
 しかしムシビトは何の反応を示す事もなく、本能が赴くまま暴れ続けた。
「ゴシップばらまくマスコミは後でお仕置きするとして、ちょっとそこの虫ぶん殴るから歯を食いしばって、そいつを振り払うのです。ソレまで我慢するのです!」
 破壊された客席が宙を舞う。頭上に降り注ぐ大きな破片を叩き砕いて、アンリエッタはありったけの声で叫んだ。
 ヴヴヴ……!
 耳障りな羽音が鳴り響いた。ムシビトが弾丸のように襲いかかる。
 アンリエッタは攻撃を捌こうとするも、整然と並ぶ客席に足を取られてバランスを崩してしまった。
「あぅっ」
 強靭な顎で噛みきられた肩が焼けるように痛み、意識が遠のきかける。
 メンナクは即座にヒールで包み込み、その傷を癒した。

「そんな石っころに御利益なんかあるものかい」
「貴方と同じように石を手に入れた人から、石には願いを叶える力は無いと聞いています」
 アサニエルと雫が言葉を紡ぎ、友紀の自我を呼び戻そうとする。
「だから、石があろうがなかろうが、結果は全てあんた自身の力で成し得た事なんだよ」
「願いが叶ったのなら、それは貴方の努力と心構えに因るものです」
 占い、ジンクス、ラッキーアイテム――それらは全て迷信と呼ばれるもの。
 人はそれらを心の支えとして努力する。その努力の結果が迷信に力を与えるのだ。
 ただ頼りきるだけでは、本来在るはずの物さえも見失ってしまうから。

 石が願いを叶える事はない。
 情報の通りにディアボロは友紀に寄生し暴れたが、宿主を『殺す』という言葉は偽りかも知れない。
 では、自我を取り戻せば振り払えるというのは?
 真と偽が、まるで幸運と不幸のように複雑に絡み合う。
 はたして撃退士達の想いは『友紀』の心に届いているのだろうか?
 数百人の観客がホールから消え去り、ホールの扉が閉ざされても、ムシビトの凶行は止まらない。
 それでも撃退士達は己が信念を貫き、攻撃を封じ続けた。

 ヴォン!
 今まで以上に激しく、ムシビトが羽を震わせる。
 鼓膜が破れるのではと思う程の衝撃音に耳を抑えた撃退士の目の前で、ムシビトは高く舞い上がった。
「人の話は最後まで聞くもんだよ!」
 一直線に窓を破ろうとしたムシビトを、間一髪でアサニエルが星の鎖で繋ぎ止めた。
「私たちは、あなたを心配している人の依頼でここに来ました。あなたとはただ一度会ったきりで、あなたの名前も性別も、何も知らなかった人です」
 ムシビトは動けない訳ではない。恐るべき攻撃力はそのままに、ただ飛ぶ事のみを封じられただけ。
 それを理解した上で、茉佑子は無防備な身を晒し進み出た。
 一撃の恐ろしさを身に叩き込まれたアンリエッタも横に並ぶ。
「白石さん、過去も現在も、あなたの望む形ではなかったかもしれません。でも未来は変えられます。あなたが、魂を手放さなければ」
「アンリには難しいことなんてわからないのであります。でも、アレだけ努力していたのなら才能がないわけ無いのであります。血のつながりがないからといって。ご家族から愛されてないわけがないのです」
 心配してくれる人がいる限り、決して孤独ではないのだから……。

 ムシビトの動きが、止まった。



 ――イ、ヤ……。
 光さえ飲み込む深い意識の底で、友紀は己の耳を塞ぐ。
 出自が明るみになった事は問題じゃない。ご近所など、付き合いのあった人達なら普通に知っていた事だから。
 薄幸の少女に与えられた天賦の才――実の親に棄てられた経歴すら美談として語られて。
 今まで音楽に興味を持たなかった人からも、注目と期待を浴びるようになった。
 ……120パーセント頑張る。
 これぐらい軽いのだろうと皆が言う。
 ……140パーセント頑張る。
 皆は言う。まだまだできる。こんなレベルで終わるはずがない、と。
 160、170……私は頑張り続けた。皆の期待に応えるため、失望を与えないために。
 だめ、こんな音では。もっと上を目指さなければ。
 いつしか満足な音を出せなくなった私に、無理は禁物だと家族が休養を勧めた。
 それから1年が過ぎて。
 デビルから石を貰い、私は再びピアノに触れる事ができた。
 私は、私は――



「今のうちにっ」
 頭を抑え立ち尽くすムシビトを見て、雫は融合が弱まったと確信した。
「違う、ソレはただの石だよ……っ」
 アサニエルが制止する暇もあらばこそ、雫はムシビトの胸元で鈍い光を放つ琥珀を打ち砕こうと、持てる限りの技を使い、その懐へと潜り込む。
 烈風の如き一撃は、石に届かなかった。
 鉤爪のようなムシビトの掌が雫の頭を鷲掴みにする。
「はうっ」
「きゃあっ」
 力任せに振り回された雫は、陰影の翼を広げて援護に入った茉佑子を巻き添えに、ステージへ投げ飛ばされた。
 ピアノに叩きつけられる寸前、メンナクが2人を抱きとめて激突を防ぐ。
 どちらも守り切れた事に安堵の息を漏らすメンナク。次の瞬間には険しい表情に戻り、ムシビトの内にいる『友紀』を見据えた。
「1ヶ月前、お前は……同じような闇を背負った仲間と出会った。その時の思いは、願った思いは、まだ果たされないかい?」

 答えは返らない。

「白石さん……」
 語り掛ける翠月の口調は、実に穏やかだった。
「僕には白石さんがどれ程の重みを感じていたのか分かりませんから、頑張れや負けるなとは言えません。
 もし今を苦痛に感じているのなら、小さい頃を思い出してみてはどうでしょうか?
 目を瞑って、周りの人からの重みも気にせず、どうして自分がピアノを弾いていたのか、ただそれだけを考えてみて下さい。そこにはきっと、原点になった大切な想いが有るはずですから」

「『手』を見ろ……お前の願いは、その手で響かせられるのか?!」
 ムシビトの腕が動いた。油が切れたブリキ人形のように、ぎこちなく、己が眼前に掌を見る。
「お前はその石に何を願ったんだ、言え!」
 その魂の叫びとも言える声に。
『バダ……シ……ハ』
 ムシビトの口から漏れる不明瞭な音が、次第に澄んでいく。そして、ついに。



「ピアノを嫌いになりたくなかった……」



 『友紀』が自身の言葉を紡いだその瞬間、ムシビトの身体が急激に震えだした。
 サナギが羽化するように背中が割れ、何かが頭をもたげる。
 長い尾のような管を持つ、完全な蜂型のディアボロが。
 その足元には、ボロボロになったドレスを纏った人間の少女・友紀の姿が横たわっていた。


●悪夢を断つ
 無事、友紀からディアボロを分離させることができた。
 ついに訪れた瞬間。アサニエルが素早く友紀の身体を確保し、安全な場所へと移動する。
「よく頑張ってくれたね。もう安心だよ」
 意識はない。衣装も髪型もボロボロだが、ケガをしている様子はどこにもない。アサニエルは目を細め、友紀の頬に手を添えた。
「ふふ……。さぁ、そろそろ還りましょうね? おやすみなさい、永遠に」
 先んじて攻撃に転じたのは兎和子だった。
 これまで抑えていた分、恍惚とした悦びを隠しきれない。軽やかにステップを踏み、踊るような仕草で扇を翻す。
 血を思わせる赤黒いアウルを棚引かせ、放たれた扇がディアボロを穿つ。衝撃を受けたディアボロの体が大きく揺らいだ。
 京也も応戦する。
 今、彼の手にあるのは攻防一体の盾ではなく、掌に収まる程度の小さな拳銃。
 頼りない見た目とは裏腹に、奏でられた銃声は射手の心と共鳴し、ホールの中に力強く響く。
「スパッツを履いているから恥ずかしくないのです!」
 アンリエッタが足を振り上げた。渾身のハイキックがディアボロの頭に炸裂した。
 これまでの脅威が嘘のように、宿主を失ったディアボロは非常に脆い。
 反撃の牙は掠りもせず――撃退士の手順が一回りするより前に、ディアボロはその動きを完全に止めた。


●これからの始まり
 戦いを終えた後、メンナクの癒しを受けた撃退士達は、アサニエルに守られた友紀の元へ集まった。
 意識が戻った友紀は、改めて全ての事情を聞かされる事になる。
「そう……。校庭ペンギンさんは無事に『とべた』のね」
 友紀は自分の危機を報せた少年に感謝すると同時に、1ヶ月前、死を求めて共に彷徨った仲間達が希望を見出した事を、心から喜んだ。
 そして最後まで未来を見る事のできなかった自分を恥じ、瞼を伏せる。
「取り返しが付かなくなる前に気付く事ができたんです。これからは躓く事はあっても、再び立ち上がって前に進んで行けますよ」
 淡々と慰める雫。しばしの間をおいて、京也がコホンと咳払いをした。
「俺も、孤児院育ちでな。引き取られるっつーのは、なんつーか、子供じゃなくてもしんどいよな」
 次々と掛けられる言葉の一つひとつを噛みしめ、友紀は何度も頷いた。

 もうデビルの呪縛はない。
 そう判断された友紀は、ディアボロに襲われた被害者として救急隊の手に委ねられる事になる。
「あの……。琥珀はどうします? もし手放したいのであれば、責任をもって処分しますが」
「持ち続けます」
 翠月の問いに、担架上の友紀は躊躇なく答えた。
「お守りではなく、戒めとして。これは私が犯した過ちの証だから」
「そうか。……また、聴かせてくれよ。お前の『オト』をよ」
 不器用に笑んでみせた京也にしっかりと頷く友紀。
 未来を見据え決意を表した彼女を、撃退士達はそれ以上何も言う事なく見送った。
「ふふ……、混沌の中に咲く姿、とても美しいわ……」
 兎和子は足元にあった花束から一輪の花を拾い上げた。とても愉しげにハミングをしながら、口元に寄せる。


 ――踏み荒らされてもなお馨しくあろうとするその姿は、己と向き合う事を決意した友紀とよく似ていた。



依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 夜を紡ぎし翠闇の魔人・鑑夜 翠月(jb0681)
 ソウルこそが道標・命図 泣留男(jb4611)
重体: −
面白かった!:7人

歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
猟奇的な色気・
江見 兎和子(jb0123)

大学部8年313組 女 阿修羅
夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー
月の雫を護りし六枚桜・
黒田 京也(jb2030)

卒業 男 ディバインナイト
ソウルこそが道標・
命図 泣留男(jb4611)

大学部3年68組 男 アストラルヴァンガード
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
アンリエッタ・アルタイル(jb8090)

中等部1年2組 女 ナイトウォーカー
守り刀・
北條 茉祐子(jb9584)

高等部3年22組 女 アカシックレコーダー:タイプB