●いざ、戦場へ!
船と電車を乗り継ぎ、峠の酷道から分岐した、未舗装の私道を車で1時間。
最後に民家を見かけたのはいつだろう?
もしかしたら、この道はどこかの市場へ続いていて、自分達は売られてしまうのではないだろうか?
そんな不安が過り始めた頃、学園生達はようやく訓練実習の現場へ到着した。
「よう、ご苦労さん」
送迎役の隊員が鬼と呼んだチーム飛狼の隊長・蒲葡 源三郎は、気さくな笑顔で出迎えてくれた。
他のメンバー達も、特に対抗意識を露わにすることなく、親しげに挨拶をしてくる。
「どうも、今日は宜しくお願いします!」
手を差し伸べたとたん、全身に痛みが走り、思わず歯を食いしばる。佐藤 としお(
ja2489)は先日受けた傷がまだ癒えていないのだ。
バレれば真っ先に狙われる。だからとしおは周囲に気取られないよう、明るく努めた。
チーム飛狼と学園生が自己紹介を終えた後で、源三郎は学園生達に貸与品を渡していった。
申請のあった訓練用魔具は全部で4つ。
翔扇は蒸姫 ギア(
jb4049)へ。魔法書、ワイヤー、杖は全て只野黒子(
ja0049)へと。
それ自体が作戦なのか、他の4名からは魔具の貸し出し申請は無かった。
「ギア知ってる。人界の貴族のスポーツだって、こっちに来たばかりの頃に見た……別に、ウサ耳に釣られてきたわけじゃ、無いんだからなっ!」
通信機の調子を確認しながら、ギアは遠い日の事を思い出していた。ネコ耳達の視線に気づき、慌てて姿勢を正す。
「犬耳似合うー?」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)は、楽しげに自分の姿を見せびらかす。
鏡を貸してくれた花葉はナイスバディなお姉さんで、ウサ耳がとても良く似合っていた。
ちょっと目を逸らせばゴツいお兄さんもウサ耳姿で――砂原はこみ上げてくる笑いを堪えるのに必死だ。
黒子やとしおも耳を装着し、通信機の動作を確認していく。
もちろん全ての学園生が犬耳に満足しているわけではない。
ナイトノワールに魂を捧げるメンナクこと命図 泣留男(
jb4611)は、柴犬風の耳がお気に召さない様子。
「……これで少しは隠れるか」
「それ、僕達の通信、ちゃんと届きます?」
耳の上から黒いニットキャップを被ったメンナクを、地図にマス目を記入していたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が心配そうに見上げた。
「魂(ハート)の叫びがあれば問題ない」
言葉の意味は分からないけれど、メンナクさんの自信はとにかく凄かった。
●ウサギを追って
学園生達は、黒子とエイルズレトラ、ギアととしお、メンナクと砂原の3班に分かれ、行動を開始する。
この周辺は木々が密集し、背丈を越えるほどの笹も生えているため、見通しは悪い。
幸い自身の位置を見失う事は無く、通信機で互いの場所を把握しながら捜索にあたった。
草をかき分け足跡を追う。エイルズレトラは索敵、メンナクは生命探知で見えない場所まで入念に調べ尽くした。
時々野生動物に翻弄されたが、追跡は概ね順調に進んでいた。
黒子達は森の西よりのポイントに辿りついた。地図上でも不自然に開けていたその場所には、人ひとりが隠れられそうな大きさの祠があった。
エイルズレトラが召喚獣のハートに偵察を命じた時、彼の頭上から、音も無く何かが降ってきた。灰色の忍装束を纏った木賊だ。
有無を言わさず犬耳を狙われたエイルズレトラは、持ち前の機敏さを活かして避けた。
「意外な大物が釣れましたね」
木賊はチーム飛狼の副隊長だ。おそらくは司令塔。
遭遇の報告を受けたとしおとギアも合流し、2班で行動を開始する。
「ギアに任せろ!」
ゴシックニンジャスーツに仕込まれた蒸気機関が唸りを上げる。
ギアの陰陽術によって現れた韋駄天の力は、彼の仲間達にも万遍なくに恩恵を与えた。
機動力を飛躍的に高めたギアと黒子、エイルズレトラが一気に間合いを詰める。
「まずはこちらから行かせてもらいます」
エイルズレトラが放った奇術・クラブのAが、木賊の身体に次々と張り付いていく。
しかし、カードは一瞬にして振り払われ、背後に回り込んだギアの攻撃も、木賊は軽快なステップで避けた。
「おっとっと、そっちじゃありませんよ!」
パシッという音と共に、木賊の足元にあった小石が弾け飛んだ。茂みの中に身を潜めていたとしおの威嚇射撃だ。
居場所を特定されないよう素早く藪の中を移動し、もう一度。今度は手前の小枝を狙う。
木賊はとしおの予想どおり後方へ身を引いた。背後は樹。周辺を学園生に囲まれ、逃げ道はない。
『今がチャンスだ。一気に畳みかけて』
囁くような声は、通信機を通して学園生の耳にだけ届いた。
黒子は異界の呼び手を行使した。背後から羽交い絞めにしようとするが、木賊は樹の幹を駆け上がり、これを避けた。
「良い案だが、少々詰めが甘かったな」
「壁走り……やはり忍軍、ですか」
楽々と包囲網を抜けた木賊は、自身のジョブを言い当てた黒子に頷いて、不敵な笑みを見せた。
●ウサギの穴を……
黒子達が木賊と遭遇する少し前――
メンナクと砂原は、地面に残る足跡を追い、フィールドの中央付近を探索していた。
西側と比べ、この付近の樹は疎らだが、その分枝に生い茂る葉は、身を隠せるほどに豊かだった。
近接攻撃の者が足止めをし、身を潜めた遠距離攻撃者が狙撃をするという、ウサギ達の行動を読んだメンナクの条件にも都合が良さそうだ。
「青藍ちゃんが釣れると良いなぁ」
砂原は1人だけ年が若く、チームでも一番の新人の青藍が阿修羅だと踏んでいた。魔法防御も抵抗力も低いので、彼にとっては都合の良い相手だと言えるだろう。
「今、ガイアが俺に翔べと囁いた!」
不意に光の翼を広げたメンナク。スクールシールドを掲げると、空へと舞い上がった。
敵の狙撃が考えられる中、木々の間を飛び回るのは、誰の目から見ても無謀な行為に見えた。
案の定――生い茂った枝葉の中から、メンナクの無防備な背中を目がけ、蛍のような光球が飛来する。
しかし、メンナクは不敵な笑みを浮かべてシールドを構えると、光球を受け止めた。
そう。これは罠。
囮として自身に攻撃を引き付ける事で、狙撃手の位置を割り出そうとしたのだ。
『やっと気づいたか、オレという名の正解に!』
意思疎通で伝えられた言葉の意味は相変わらず解らなかったが、攻撃が傍の樹上から発せられた事は、砂原もしっかりと認識していた。
すかさず投げつけた小麦粉袋が枝に当たって破れた。
仮初の煙幕は風の中ですぐに拡散し、めくらましにはならなかった。それでも相手の意表を突く事だけは出来たらしい。足を踏み外して枝から落下した青藍の前に、メンナクが降り立った。
「そのウサ耳は頂いた!」
「やなこった!」
力づくでウサ耳を奪おうとするメンナク。当然、青藍は激しい抵抗を見せ、逆に犬耳に手を伸ばそうとする。
砂原は手っ取り早くスタンさせたかったが、こう密着していては誤爆する可能性もあり、無性に保護欲を駆り立てるフェロモンを発する青藍を見守るしかできなかった。
「下手に動くなよ……。新世界の扉があいちまうぜ!」
組んず解れつの格闘の末、優位に立ったのはメンナクの方だった。
繰り出された容赦のない必殺技KANCHOが、青藍のホットスポットを直撃した。
アッーーーーーーーー!!!
その瞬間、森の中に絶叫が響いた。
(今、変わった鳥の鳴き声が……? いや、今は目の前に集中しないと。)
ふと顔を上げたとしおは、仲間達を援護するため、雑念を振り払ってスナイパーライフルを構えた。
「はい、お疲れ様だね」
背後から艶のある声が聞こえたのはその直後だった。
いつの間に? 振り返ったとしおは、目の前に迫る豊かな胸に、一瞬どきりとした。
「足音を消すのは、忍軍の専売特許じゃないんだから。ねぇ?」
普段より自由にならない身体では逃れる事もままならず――首振り人形のように頷いたとしおは、頬を優しく包んでいた花葉の両手が頭部へ移動し事に気付き、我に返った。
としおの危機は、通信機を通して仲間達にも伝わっていた。
今、敵の動きを封じる事ができるのは、魔法書の射程が活かせる胡蝶ただひとつ。
黒子が放った援護は、あと一歩の所で間に合わなかったが、幻想的な光を纏った妖蝶が乱舞し、色仕掛けと言う大人気ない方法でとしおの犬耳を奪った花葉に襲いかかる。
今度は効いてくれたらしい。花葉は前後不覚に陥り、逃走の機会を失った。
「仇討という訳ではありませんが……」
仲間達が木賊を抑えている隙に、黒子は花葉へと駆け寄り彼女のウサ耳を狩った。
●ウサギと犬の化かし合い
「これで振り出しに戻りましたね」
エイルズレトラが言葉巧みにプレッシャーをかける。
「そのウサ耳、ギアが貰った! ……って、決して耳自体に興味が有るわけじゃ無いんだぞっ」
ギアが扇を翻す。
エイルズレトラも見えない爪を振るい、じわじわと追い詰めていく。
回避力に優れた忍軍と言えど、周囲を塞がれた状態では居心地が悪いのだろう。
学園生が直接攻撃に切り替えせいもあり、木賊は今や空蝉を使うほどに追い詰められていた。
それでも連撃が途切れた僅かな隙を見逃さず、反撃を仕掛けてくる。狙いは後方の黒子。
四肢を貫いた苦無から煙が生じ、絡み付く。忍軍の術のひとつ、影縛の術だ。黒子は心を鎮めてこれを振り払った。
(……妙ですね)
劣勢なら逃走すれば良い。反撃をする暇があるなら尚更だ。黒子の目には、彼が敢えてこの場所に留まり続けているように見えた。
周囲に他のウサギがいるのかも知れない。そう警戒を深めた時。
「気を付けろ、敵は他にもいるぞ!」
ギアの警告を受けて黒子が振り向けば、藪の波を漕ぐようにウサ耳が揺れていた
尻隠して頭隠さずの状態に気付いたのか、白群は小天使の翼で舞い上がると、一気に頭上を越えてきた。
空中から仕掛けられた犬耳奪取は寸での所で逃れたが、黒子は仲間達と分断された形になる。
「その子はお前達に任せる。子供だからって手加減するんじゃないぞ?」
木賊の指示が複数形であることを訝しんだ黒子。その理由はすぐに判った。
ウサギはもう1人いた。明鏡止水で気配を薄め、仲間達の激しい闘気を隠れ蓑にしていた真朱が。
黒子がカラクリに気付いたのは、笹藪ごと刈り取るような白群の攻撃を避けた瞬間だった。
移動した先がまさに彼女の目の前で、今度は……さすがに避けられなかった。
「皆さん、申し訳ありません」
素早い動きで犬耳を奪われた黒子は、潔く負けを認めた。
黒子がリタイアしたことで、形勢は逆転した。
これで2対3――劣勢を打破するため、エイルズテトラは近くにいるはずの別班に救援を求める。
「よくやった。一度退くぞ」
ほぼ同時に木賊が出した指示は、意外な内容だった。
別班の足止めを命じていた青藍がホ……落とされた事は、木賊も知っていた。
じきに彼らも合流するだろう。そうなれば、また人数的に不利になると考えたのだ。
「「了解っ!」」
真朱の周囲に赤い微風が舞った。先ほどギアも使っていた、韋駄天だ。
恩恵を受けた白群が先んじて走り出した。
逃がしてはいけない。そう直感したギアは、素早く駆け抜け、前方へと回り込み、呪縛陣を描いた。
敵味方を問わず影響を与えるため、行使を躊躇っていたが、今ならできる。蒸気の力の見せ所だ!
「ここは通さない……って、えーっ?!」
結界など何も無かったように突進してくる白群。
巨漢のディバインナイトは、その強面も相まって、ギアの目にはまるでウサギの皮を被った猪のように見えた。
勢いに飲まれたギアは避ける事も出来ず、正面からアーマーチャージを食らってしまった。
華奢な身体が災いし、勢いよく撥ねられたギア。反射的に手に触れた物を握りしめたが、そのまま飛ばされてしまう。
高く舞い上がり、樹の枝に絡まる形でようやく止まった時、ギアの頭から犬耳が消えていた。
「……ギア、負けた訳じゃないんだからな!」
代わりに手の中に残ったウサ耳を掲げ、ギアは虚空に向け勝利宣言を放った。
●訓練終了
学園生と社会人撃退士の勝負は、共に3名がリタイアするという互角の状態に終わった。
1人だけ再起不能(精神的に)の者もいるが、判定人の意見は、ルール的に問題無しという事で全員一致。
「さすが学園生だな。マジでヤバかった」
「まさか狩られるとは思っていなかったよ。侮っていたワケじゃないけど、もう少し抵抗力を上げておくべきだったね」
木賊は学園生の底力を称え、花葉は自身の準備不足を実感する。
周囲に指摘されるまで、自分が耳を奪われた事に気付いていなかった白群は、巨体を丸めて反省していた。
「もっと的確に動きを抑える方法があったかもしれませんね」
エイルズレトラは攻防時の状況を思い出し、どうすれば良かったのかを考え直す。
黒子も、ウサギ達がどんなスキルを行使してくるか、予測が後手に回った事を省みていた。
もっとも実戦形式とはいえ、これは授業の一環だ。単純な勝敗は問題ではない。
大切なのは、経験を活かすこと。
最後まで生き残ってもリタイアしても、そこから何を学ぶかが大切な目的なのだから。
皆、自分の持つ力を活かして戦った。それは紛れもない事実だと源三郎は考えていた。
「これは姉上から託された賞品だ。受け取ってくれ」
源三郎が一通の封筒を差し出した。受け取った黒子が丁寧に封を切ると、中には宝の地図が入っていた。
「そう言えば、アタリってのは何だったの?」
思い出したように問う砂原。
狩り取った耳の中に、それらしき物は無かった。
青藍を捕えた時、メンナクが情報を聞き出そうとしたのだが、結局彼も詳しいことは知らなかったらしい。
「見つけていれば、ちょっとオイシイ思いをしていたかもな」
木賊は自身のウサ耳を切り裂き、中から『アタリ』と一言だけ書かれた紙を取り出した。
実物でないのは、戦いの衝撃で消し飛んでしまわないようにとの配慮らしいが……賞品は永遠に謎のままだ。
「さて、走り回って腹が減ったろ? 飯を用意するから、食っていくと良い」
「もしかしてラーメンですか?」
間髪を入れずに問い返したとしお。
建物の中で待機していた時、何処からともなく漂ってくるコクのある香りが、無性に気になっていたのだ。
「他にもあるけどな」」
源三郎が頷いたのを見て、としおは嬉しそうな表情で両手をグッと握り締めた。
「別にお腹は空いてないけど、せっかく用意したんなら、食べてやるぞっ」
「その前に着替えをしたいのですが……」
黒子の言葉に、花葉がシャワールームの場所を指し示した。
訓練を終え、野山を駆け回って泥だらけになった学園生達は、揃ってシャワールームへと歩き出す。
汗を流し、服を着替えて綺麗になって……食堂という新たな戦場へと向かった。