●ある日、町の中。でんでんに、出会った
爽やかな青空の下、燦々と降り注ぐ太陽にめげず、もぞもぞと蠢く異形のモノ達。
デビル達の予想よりだいぶ早く到着を果たした撃退士達は、小学校のグラウンドを占拠する無数のカタツムリを前に、ある種の戦慄を覚えた。
「うわぁ、でんでんがうじゃうじゃおるーー!!」
卯左見 栢(
jb2408)は思わず歓声を上げた。
「……何コレ」
対照的な反応を見せたのは神喰 茜(
ja0200)だ。あまりにも場違いな光景に、二の句が継げない。
撃退士の存在に気が付いたのか、内の1体がゆっくりと顔を向けた。揺れる触覚の先、円らな無表情の瞳がキモチワルイ。
「今、まだ5月の初めですよね……」
「これじゃ紫陽花もたまったもんじゃないなぁ」
梅雨時にはまだ早いというのに、この光景である。
思わず日付を確認した楯清十郎(
ja2990)に、鈴代 征治(
ja1305)が苦笑混じりに答えた。
「一体、何を考えている……?」
「人を襲う訳でもなくグランドを制圧しただけ。……意図が見えてこないな」
撃退士――それも久遠ヶ原の学生を指名したからには、何か理由があるはずだ。天風 静流(
ja0373)とアレクシア・V・アイゼンブルク(
jb0913)は、デビルの思惑を探る。
「どんな理由があろうと、私は私の信念に基づいて挑むのみ」
静かな心に気高き闘志を秘めた織宮 歌乃(
jb5789)が剣を抜けば。
「冥魔の奴等、許せん!!」
罪無き子供の園を狙うデビルに怒り心頭の雪ノ下・正太郎(
ja0343)は、堂々たる名乗りと共に蒼き覇者・リュウセイガーへと光纏を果たした。
他の撃退士達も次々と魔具を顕現し、戦闘準備を整えていく。
◆
緊張した面持ちのヴァニタス・上総の背を、主であるナハラが押してやる。
大丈夫。お前ならできる。そう勇気づけられ、上総は力強く頷いた。
「ナハラ様。上総は頑張ります!」
深呼吸をひとつして、上総は念を飛ばし、ディアボロ達に指令を与えた。
Q.戦闘開始。さて撃退士はどんな行動に走ると思う?
●悪魔のでんでんカタツムリ
それまでボーっと佇んでいたカタツムリ達が動き出した。
撃退士達は身構えて襲撃に備える。しかし……。
@
…@
……@
「なぁ……進んでいるように見えねぇのは、俺の目が悪いからか?」
思わずメガネを磨き直した麻生 遊夜(
ja1838)。曇りのなくなったレンズを通しても、カタツムリは未だ遠い。
「のろのろだねぇ、ボクにもそう見えるよ?」
「うん、カタツムリ。遅い……」
来崎 麻夜(
jb0905)はぴったりと身体を寄せ、遊夜の頬を摘まんでこれが夢ではない事を証明する。逆側に陣取ったヒビキ・ユーヤ(
jb9420)も、楽しげに周囲を見渡した。
それぞれが抱いた第一印象は様々だが、選んだ答えはひとつ。即ち、“滅殺”。
先陣を切ったのは歌乃。緋色のアウルを身に纏い、単身で敵の只中に飛び込んでいく。
「まずは焔にて道を焼き開くが定石と」
謡うような宣言と共に、彼女の身体を取り巻くアウルが炎となって燃え盛り、獅子の姿へと変化した。
響き渡る咆哮。
駆け抜けた灼熱の獅子が、歌乃の前に立ち塞がるカタツムリを飲み込んだ。
歌乃によって切り拓かれた道を、ドロシー・ブルー・ジャスティス(
jb7892)が駆け抜けた。
「醜いディアボロめ! 成敗ですわ!」
身の丈を越える大剣を、大上段の構えで振り下ろした。
カタツムリはその殻でがっしりと受け止めた。反動でドロシーの腕が痺れる。
「むむ……固いですわね。ですが、正義が引く事は決してありませんわ!」
剣の切っ先をカタツムリの鼻先に付き付け、ドロシーは正々堂々と一騎打ちを挑み続ける。
「殻は固いみたいだが、中身が出てりゃ意味はねぇな」
ディザイア・シーカー(
jb5989)はカタツムリの生身を殴りつけた。
ムニョッという何とも言えない感触と共に、拳がカタツムリにめり込んだ。
カタツムリは相変わらず無表情で、悲鳴ひとつ上げる事もない。
果たして攻撃は効いているのだろうか? そんな心配が芽生えた頃、突然カタツムリはプルプルと痙攣し、それきり動かなくなった。
静流が薙刀を振るたび、刀身が纏うアウルが青き燐光なって周囲に降り注ぐ。
アレクシアも騎士の槍を振るい、近づくカタツムリを手当たり次第に串刺しにしていった。
「煩わしいな」
何体かを屠った後、静流は柳眉を顰めた。
形は小さいとはいえこれだけの量だ。1体ずつ相手にしていては、日が暮れてしまう。
「……まとめて潰すか」
薙刀を包む蒼い燐光が炎のように燃え上がった。
繰り出した技は蒼焔。
刀身を包むアウルを蒼き炎となって解き放ち、――吸った息を吐くまでの僅かな間に、殻だけを残してカタツムリを蒸発させた。
仲間の奮闘を目の当たりにした雪室 チルル(
ja0220)も、遅れてなるかとばかりに参戦する。
掲げた大型エストックの先端に集約するのは、凍てつく白きアウル。
渾身の力を込め突き出すと、アウルはブリザードとなって輝き、目の前に道を穿った。
高く高く、勢いよく、数体のカタツムリが飛んでいく。
「手応えありね!」
機敏さ、無し。耐久力、無し(殻を除く)。攻撃力……不明。
最初に感じたガッカリ感はまだ消えないけれど、敵を倒すごとにワクワク感が膨れ上がってきた。
子供達の声援も相まって、チルルの殺ル気は急上昇!
「あたいが一番多くやっつけてやる!」
どうせならいろんな魔具を試してみよう。
チルルはアサルトライフルへ持ち変えると、更なる敵を求め、グラウンドの中央へと駆け出した。
◆
撃退士はカタツムリを警戒して様子見をする。そう予想したベレクが忌まわしげに舌を打った。
「言うたであろう? 奴らは短期殲滅を目指す、と」
撃退士を闘犬に見立てた賭けは、ベネトナシュが一歩リード。
(さすが期待を裏切らないな)
ナハラは心の中で撃退士に感謝を述べた。彼らが脅迫に乗ってくれなければ、作戦は成立しなかったからだ。
もっとも、単純な殺戮だけでは、阿呆共はすぐに飽きてしまう。それを避けるため、ナハラは戦場を見下ろし、次のターゲットを探した。
Q.カタツムリに生じる微妙な変化。気付く撃退士は存在すると思う?
●戦いは続くよ、いつまでも
常時であれば剣技が本領の茜だが、今手にしているのは、黒蛇を象った禍々しき洋弓だった。
「私だって斬るだけが能じゃないんだよ」
直接斬りたくないという本心は表に出さず、茜は凜とした表情で弓を引き絞った。
風を切って放たれた矢は、カタツムリの右目を吹き飛ばした――ように思えた。数秒の後、消えた目が再び生えてくるまでは。
「まさか、再生能力があるのでしょうか」
「違うと思うよ?」
厄介な能力を警戒する只野黒子(
ja0049)に、茜はげんなりとした様子で肩を竦めた。
たぶんあれは、矢が掠った事による条件反射だ。
事実ドロシーはアキラメナイココロ(力づく)で延々と叩き続け、殻をかち割っていたし。
「今度は外さないよ」
改めて番えた矢は、今度こそ間違いなく、カタツムリの頭を貫いた。
「頑張れー、りゅーせーがー!」
ヒーローの活躍に、1年生達が声を揃えて声援を送った。
「君達の学校は俺達が取り戻すから、待っていてくれっ!!」
スタンプハンマーでカタツムリを叩き潰した正太郎は、後方に迫っていた個体に気付き、倒立回転で間合いを取り直す。
その軽快な動きに、子供達はもちろんの事、安全圏で戦いを見守る大人達からも、盛大な拍手が巻き起こった。
「うぅ……こういうのは、苦手」
桐原 雅(
ja1822)は、そんな状況に居心地の悪さを感じていた。
誰かに見られながら戦う事に慣れていないため、何だかくすぐったいのだ。
(皆頑張ってるし、ボクひとりぐらい戦わなくても良い……)
「ネコのお姉ちゃんも負けないで!」
(……訳ないよね)
滝涙する雅。せめて目立たないようにと魔具をワイヤーに持ち替えた。そしてゆらゆらと近づいてくるカタツムリの首に引っ掛ける。
さっくりと。
まるでお馬さんに手綱を掛けるような作業で、カタツムリの首はさっくり両断された。
長期戦を見据えた長幡 陽悠(
jb1350)は、半身である召喚獣を呼び出す事なく、己の身ひとつで戦い続けていた。
1体のカタツムリに炎の刃を放ち、視線を軽く横に向ける陽悠。
彼が気にしているのは、じわじわと迫りくる数体のカタツムリだ。すぐに襲われる事は無いだろうが、視界の隅をちらつくので、気になってしょうがない。
目の前のカタツムリに攻撃を叩き込み、もう一度横を見る。そんな事を何度繰り返しただろう?
@
……@
…………@
「あ……ちょっと速……くなった?」
思わず目をこすって二度見する陽悠。
元が元なだけに、実感も危機感も湧いてこないが。
戦闘開始3分――カタツムリの動きは、確かに早くなっていた。
「爆ぜるは火球、夜陰を彩る無数の焔!」
桐生 水面(
jb1590)の詠唱に応え、古今東西様々な形の剣が、空中に浮かびあがる。
それは敵味方を問わず巻き込むちょっぴり危険な技。だから詠唱を始めると、直近にいた仲間達は急いで距離を取った。
しかしカタツムリ達は……。
たとえ当者比5倍になっても、カタツムリの動きは未だに遅く反応も鈍い。今さら異変を察したところで、攻撃の範囲外へ抜け出す事は不可能だった。
「いきやっ」
水面が手を振り下ろすと同時、それらは雨のように地上へ降り注ぎ、逃げ遅れたカタツムリを串刺しにした。
◆
水面の術は、純粋な破壊か状態異常か?
デビル達の予想は当然のよう割れた。
お題の答えは火を見るより明らかで……今度は裏を読んだベネトナシュが苦汁を嘗める結果になった。
もっとも彼女が不満を露わにする事はなく、すぐに別の撃退士に興味を移した。
「見よ上総。あれが本に乗っていた“砂かけ婆”という輩だ」
「……姉様、違います。あれはきっと、お花を咲かせようとしているんです」
間違った知識をひけらかしたベネトナシュに、上総が何かが違う突っ込みを入れた。
◆
倒しても倒してもカタツムリは中々減らず、逆に増えているのでは? と思ってしまう。
もっと効率の良い方法は無いか考えを巡らせていた征治は、カタツムリの中に混じる殻のない変異種を見つけ、閃いた。
(ナメクジには塩! カタツムリと言えばナメクジの親戚みたいなものだし、塩かけたら溶けたりしないか?)
これはもう試すしかない。
そう考えた征治は隣のコンビニへひとっ走り。ありったけの塩をゲットした。
「普通の人間の知恵を思い知ってください!」
不敵な笑みを浮かべてグラウンドの中央で仁王立ちすると、まずは変異種の上に1袋分の塩をかけ流した。
見て判る程の効果は見られないが、こいつらは身体が大きいから、その分時間が掛かると考える事にして。
征治は何の疑いもなく近づいてくるカタツムリ達の身体に、豪快に塩を撒き散らしていく。
「どうも変ですねえ」
明らかに通常とは違うディアボロの動きに、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は首を傾げる。
「あなたもそう思うの?」
「何かこう、バラエティ番組っぽいと思いません?」
エイルズレトラはヒリュウを召喚すると周辺の捜索を命じた。
ナナシ(
jb3008)も自身の翼を広げて舞い上がった。
「かつさんどのお姉ちゃん!」
突然声を掛けられたのは、観察者であるデビルを刺激しないよう、警戒しながら周囲を旋回し始めた時だった。
道路を挟んで建つマンションの屋上に屯する人影。その中に幾つかに、ナナシは見覚えがあった。
ヴァニタス・上総と仏頂面のナハラ。感情に乏しい黒鳥の騎士……
撃退士の出現に、デビル・ベレクが殺気を露わにした。手に灯した闇色の光球は、オトナゲナイという周囲の批判を受けて、放つ事なく霧散させたが。
「……何やってるのよ。あなた達」
箱菓子を広げ寛ぐ場面はまるで某ゲーム会社のオフイベのようで、ナナシは呆れを隠せない。
「呼び出された理由、僕達には知る権利があると思うんですよね」
馴れ馴れしいエイルズレトラの質問に、ナハラは目を細めた。敵意はない、しかし決して好意的でもない雰囲気を漂わせて。
「……もちろんタダで教えろとは言わないわ。これでどう?」
交渉決裂か? 緊迫した空気の中、ナハラは入念に菓子をチェックした後、その内の1粒を口に放り込んだ。
「少し焦げてるぞ。ちゃんと平らにしないからこうなるんだ」
毒見のつもりだったのか? 些細な欠点をピンポイントで指摘した後、ナハラは改めて上総の手に渡してやった。
とりあえず戦う事。それが終わったらまたここへおいで。理由はその時に教えてやる。
ナハラの伝言は、すぐに仲間達へと伝えられた。
「……何がしたいのよ、あの悪魔。……本当に暇だねぇ」
茜は昨年の冬、一度だけ会ったナハラの顔を思い浮かべた。
あの時も自由研究のような事をしていたが、未だに同じような事をしているとは。
「本件の目的が撃退士の観察なら、まだ能力を隠しているかもしれませんね」
黒子の推測を裏付けるように、これまで無心に歩み寄るだけだったカタツムリの動きが、目に見えて変化した。
●闇雲に踊ろう
撃退士の周りをグルグルと回り始めたカタツムリ達。
カタツムリの状態を具に観察し続けていた黒子は、それまで微量だった這い跡の分泌液が、これでもかと言うぐらいに増量している事に着目した。
「奇妙な動き自体にも効果があるのかもしれませんが、特にあの粘液……出来る限り触れないようにしてください」
黒子に警戒を促された撃退士達は、慎重に間合いを取り、カタツムリの出方を探った。
「……うわ、なんかちょっと面倒だなぁ」
ストレイシオンを召喚し上空に逃れた陽悠は。彼の目には、グラウンドに残る無数の這い跡がしっかりと見えていた。
おそらくカタツムリは撃退士をあの中に追い込もうとしているのだ。
もっとも相変わらず歩みは遅いため、囲まれた者の脱出援護は容易いだろう、と陽悠は考えていた。
「きゃあっ!?」
今まで通りカタツムリを蹴り飛ばそうとした藍 星露(
ja5127)が、地面に残る這い跡に脚を取られて仰け反るまでは。
体勢を整えるまでに4回コケた。
「やだ、もう、油断したわ。……!?」
星露は心を落ち着かせると、乾いた地面に手を付いて身体を起こす。
――パチンッ。
何処かで響いた小さな音。立ち上がった時にスカートの裾を踏んでいたため、留め金が壊れてしまったのだ。
◆
「……白だな」
「赤だ。あぁ言う小娘に限って、派手な色を好むんだよ」
スカートが落ちるまでの僅かな間に、デビル達は彼女の下着の色を推測していた。
◆
「きゃああ……!?」
顔を耳まで真っ赤に染め、スカートを抑え込む星露。動揺のあまり再びコケて、今度は微妙に違う感触の這い跡に絡め取られてしまった。
「み、見ないでぇー!」
粘液の束縛から逃れようとすればするほど、星露の服は無残にくっ付き、剥がされていく。
ついに露わになった下着。その色は――まさかのシースルー!
螺旋には螺旋を。
貫通力に特化したアウルの弾丸で対抗してきた遊夜も、カタツムリ達の変化に気付いていた。
「お前達、気を付けろよ?」
ついに牙を剥いたカタツムリを前に、遊夜は後輩である麻夜とヒビキを引き寄せた。
そんな先輩の心遣いとは裏腹に、少女達はとても楽しげに突貫を開始した。
「あっはっは、吹き飛べー!」
無数の翼が舞い、耳を劈くような奇声をあげ、踊るように鞭を打ち鳴らす。
怒涛のような麻夜の連撃に、カタツムリ達は粉々に砕け、粘液を撒き散らせながら周囲へ降り注いだ。
ツルツルベタベタの肉片を全身に浴びた麻夜は、当然のように足を取られ、転がってしまった。
「やーん……」
鳴き声は可愛らしいが、助け起こそうとして巻き添えを食らう遊夜はたまったものではない。
これ幸いと抱き付かれ、諸共にくっ付き合う。
「ユーヤ、ベタベタするぅ……」
そこにやはりベタベタになったヒビキも加わって、両手に花状態の遊夜は、為す術もなく、粘液に塗れていく。
カタツムリは好きじゃない。
踏み潰されて簡単に死んでしまうし、殻に閉じこもる姿が自分にそっくりで。
(でも、母さんは可愛いって笑ってたな……)
任務が終わったら、お墓参りに行こうか。
山木 初尾(
ja8337)が江見兎和子(
jb0123)の存在に気付いたのは、そんな死亡フラグを立てながら、カタツムリの発生源を探っていた時だった。
(戦闘狂……)
第一印象は、そんな感じ。
顔を紅潮させ、息も荒く、時折おかしな声を上げて。どことなく危なっかしくて、目が離せない。
(あ、滑った。早く逃げないと……ほら、轢かれた。)
見兼ねてつい手を差し伸べる。その行為が、初尾の運命を変えた。
「あら、可愛い子♪」
ひと目で気に入った兎和子は、引き起こされるフリをして逆に初尾を引き倒す。
ベタベタになった衣服は兎和子の期待を裏切らず、初尾との距離を一気に縮めてくれた。
「あん、ブラが外れちゃった……。だから、動かないで、ね」
◆
「よし、そのまま剥いてしまえ」
撃退士が繰り広げる一風変わった余興に、ベレクは下品なヤジを飛ばした。
「……男の方、どう見ても迷惑そうに見えるんだけど?」
「据え膳喰わぬは男の恥じと言うではないか」
珍しく意見の合ったベレクとベネトナシュだったが……?
◆
初尾と言う獲物を手に入れた兎和子は、どさくさに紛れたセクハラ行為を繰り返す。
自ら服をはだけて露出度をアップ。自分達の熱愛ぶりを観察者であるデビルに見せつけるよう、初尾を抱き寄せた。
「あ、や……やめ、助け……」
一度は魔手を振り切った初尾王子だったが、運悪くツルツル地帯に足を踏み入れて、最終的に兎和子女王に救出(お持ち帰り)されてしまった。
「ふふ、丁寧に殻から出してあげるわね……」
小動物のように震えていた初尾の恐怖は限界を突破。がくりと真後ろに頭を倒し、それきり動かなくなってしまった。
不甲斐なさにデビル達が舌を打ったのは言うまでもない。
●這わぬなら、壊してしまえ、カタツムリ
「兄様、これでは何も見えません!」
ずっと影のように控えていた黒鳥の騎士・アルカイドがお子様の目を塞いだ。
普段は従順なヴァニタスに冷ややかな視線を向けられ、ディアボロの創造主であるナハラは頭を抱え込んだ。
――どうしてこうなった?
カタツムリの粘液には、状態異常を引き起こすような能力はない。草を結ぶとか、落とし穴を掘るとか、その程度の障害物だったはずだ。
それなのに。撃退士と掛け合わせただけで、ここまでカオスになるなんて。
「兄様、兄様……ナハラ様!」
アルカイドの手を振り払おうとしていた上総の様子が、微妙に変わった。モジモジと身をよじらせ、涙目でしきりに足踏みを繰り返している。
それは通常、天魔には縁のないものだった。しかし人間と同様に飲食をした場合、当然のように訪れる生理現象である。
我慢しろと言うのは少々酷だろう。
「仕方がない。ディアボロは一旦俺が預かる。アルカイド、お前は上総を頼む」
上総、痛恨のトイレタイム。
ナハラにとっては幸いにも――カタツムリは予定より早く次の段階へ進む事になった。
◆
カタツムリ達は突然殻に引っ込み、動かなくなった。
これまでは生身を狙えば良かったのだが、殻にこもり受防に徹したカタツムリは非常に硬い。
歯が立たない相手を前に、撃退士はどんな反応を示すか? 戦場を見下ろしていたデビル達は目を疑った。
蒼白いアウルを纏った女剣士――静流が、鋼の強さを持つ殻を一刀の下にかち割ったからだ。
アレクシアも負けじとディバインランスを振るう。
もっとも、今の彼女は癒しを司るアストラルヴァンガード。アウルをうまく一撃に乗せる事はできず、カタツムリは微動だにしない。
「では、こうしてはどうだ?」
アレクシアは器用にカタツムリをひっくり返すと、露わになった殻の入り口に、ディバインランスを突き刺した。
ざくざく、ぐりぐり……にょろん。
手応えを頼りに“身”を引っ掛けると、そのまま殻の外へと引きずり出した。
◆
「……奴らは何をしていると思う?」
麗しき乙女達が繰り広げた惨劇を見なかった事にして、ナハラは別の一画を指し示す。
そこには儚げな表情でクスクスと微笑みを浮かべるヒビキの姿があった。
「転がしてんだろ。見りゃ判るじゃねぇか」
「だから、何故?」
再び問われたベレクは、それが質問ではなくお題だという事にようやく気付いた。
◆
デビル達の注目を一身に浴びつつ、ヒビキは数体のカタツムリを菱形の形に集めると、満足げに頷いた。
「殻は丈夫、殻は」
直後、繰り出した掌底に弾かれたカタツムリは、反動で吹き飛ばされて……。
カコーン!
カコカコーン!!
互いにぶつかり弾け、ビリヤードのように散らばっていく。
たーまやー。
殴る蹴るの戦いを繰り返していたディザイアは、派手に活躍する仲間を見て、心の中で叫んでいた。
同時に、殴る蹴るの攻撃だけを繰り返していた自分が、いかに地味であったかを思い知る。
「Hey、パス! パス!」
そんな時に掛けられた声。
超スレンダーなウサ耳美女・栢の掛け声に応え、ディザイアはカタツムリを蹴りつけた。
重心が悪いため、カタツムリはかなり不自然な軌道を描きつつ空を舞い、それでもしっかりと栢の元へと届けられた。
「ナイスパス! ディザイアちゃん」
平らな胸でワントラップ。勢いを削いだ所で、目の前のサッカーゴールに蹴り込んだ。
「ボール捌きなら僕だって負けませんよ」
対抗心を燃やした清十郎が華麗なリフティングを魅せつける。
サッカー少年達の声援を浴び、次第に調子を上げていった清十郎はカタツムリを膝で蹴り上げ……。
この時清十郎がキめた流血のヘディングシュートは、学校の怪談として末永く語り継がれる事になった。
敵が手も足も出さないからと言って、いつまでもふざけている訳にはいかない。
血晶再生で自己回復を果たした清十郎は、火炎放射器を顕現させると、ゴール内に山と積まれたカタツムリに、アウルの炎を浴びせかける。
しかし、一撃で燃やし尽くすには微妙に火力が足りない様子。
更なる力を得るため、禁呪(ヒャッハー)を解放しようとした時、清十郎の後方から別の炎が放たれた。
それはディザイアが無から生み出した、実体を伴う炎の魔法。
「エスカルゴってのはこんな感じだったか?」
――それを喰う気か? 会話を盗み聞いたデビル達の間に、稲妻のような衝撃が走る。
もっとも、自然現象を再現した炎は天魔にとって充分な効果を発揮しない。表面はこんがり美味しそうに見ても、中身は生焼けだったりする。
這わぬなら、這うまで待とうカタツムリ……。
カタツムリが動かなくなったのを良い事に、佐藤 としお(
ja2489)は、コンビニで小休止を決め込んでいた。
腹ごしらえにカップラーメンを一気に飲み干し、のんびりとタウン情報誌を立ち読みする。
髪の長い怪しげな青年と目が合ったのは、その時だった。
「……良いのですか? ここにいても」
青年は無言で指を指し示す。撃退士がカタツムリの殻と戯れている、小学校のグラウンドを。
「今は危険性がありませんから」
軽く言い流し、としおは再び本に目を落とした。
青年と妹らしき女児を背中で見送って3分程過ぎた頃、様々な情報を頭に叩き込んだとしおは、意気揚々とグラウンドに舞い戻り――
「…………」
回れ右。
戦いは終わった。皆はすでに解散し、小学校は平和そのもの。うん。
そう心に言い聞かせ、今来た道を戻っていった。
◆
少々手違いはあったが、上総は無事に着替えを済ませて帰還した。
「ただいま戻りました!」
そして、己の役割を果たすためにディアボロの指揮権を返してもらう。
「もう時間がない。最終形態に移すんだ」
「判りました!」
待ちに待ったこの瞬間。
カッコイイでんでんの雄姿を想像し、上総は胸を高鳴らせた。
Q.山積みされたカタツムリ。直後の運命は……?
●逆襲のカタツムリ
ヴヴヴ……。
グラウンドのあちこちから、携帯電話が震えるような音が響き始めた。
今度は何事か? とっさに身構えた撃退士達は、カタツムリの殻が震動している事に気付く。
ヴヴ、ヴヴヴ、ギュルルルルン……。
それらは固められているが故、低く重く、互いに共鳴し合う。
震えは次第に激しくなり、しまいには猛スピードで回転し始めた。そして。
パァーン!!
殻山の奥にあったカタツムリが負荷に耐えきれず、乾いた音を立てて砕け散った。
何体かは負荷に耐えきれず自滅したが、多くは未だ健在で――飛行形態という、カタツムリにあるまじき超進化を遂げた。
しかも殻からの刃らしきものを生やすというイカレっぷりである。
「おおぉ、ノコギリでんでんっ!」
「降りて来い卑怯者!」
両の拳を握りしめて歓声を上げる栢。その横ではドロシーが大剣を振り回し抗議の声を上げていた。
その無防備な背に、カタツムリが襲いかかる。
「危ないんだよっ!」
雅はとっさに体を割り込ませ、2人を直撃から守った。
(耐えられないほどじゃないんだよ。でも)
自分達は大丈夫でも、子供達なら……?
容易に想像できる惨劇に、雅は表情を強張らせた。
そんな事は絶対に許せない。雅はいつでも庇護の翼を広げられるよう、校舎を守る位置で魔具を構えた。
雅が感じた通り、カタツムリの刃や体当たりは撃退士にとって脅威にはならなかった。
体当たりは単調で軌道も読みやすく、仮に直撃を受けても、防御の薄い者が一撃で落ちる事はなかった。
それでもやはり数は脅威である。申し訳程度に生命力が削られ、回復スキルが活躍の場を見せた。
「増殖が止まっています。さすがに底が付いたようですね。一気に決めましょう」
ただし、過度の攻撃集中は不要――敵の耐久力を導き出した黒子が、其々の目標を指揮する。
「御するは圧、その身地に伏す見えざる力!」
水面が空中に描いた魔方陣でカタツムリに重圧を加え、地上に堕ちた殻の口に、征治が多量の塩を注ぎ込んでいく。
もちろん冥魔の眷属が塩如きに影響されるはずもないのだが、祖霊符の影響下で呼吸器官を塞がれたなら話は別。
苦しそうに悶え、頭を出したところをサックリ突き刺した。
清十郎はワイヤーで殻を捕え、ハンマー投げの要領で他の個体にぶつけ合う。
「矛と盾ならぬノコギリと殻ですが、これならどうです!」
ぶつかり合ったカタツムリは、それぞれの回転力も加わって、けっこう派手に弾け飛んだ。
「うん、間違いない。コイツら柔くなってる!」
チルルが走る。完全に引き籠っていた先刻までとは違い、カタツムリの殻は2度叩いただけで、用意に破壊する事ができた。
撃退士の猛攻でカタツムリは見る間に減っていき、いよいよ終わりが見え始めた頃……不意にカタツムリの1体が地上に堕ちた。
それを皮きりに、宙を飛びまわっていたカタツムリが次々と降ってくる。
「……死んだ?」
ハリセンで突いて無反応を確かめたヒビキ。殻を縦に起こして中を覗き込むと、あれほど滑り光っていたカタツムリは見る影もなく――そこにはカラカラに干乾びた謎の物体が残されたていただけだった。
◆
カタツムリは最終形態で全ての生命力を削りきり、短いディアボロ生に幕を降ろした。
最期を見届ける撃退士の反応をもって賭けは終了。ナハラはそれぞれに対し、公平に宝を配分していく。
「おい、数が足りねぇぞ」
手渡れた宝を確認したベレクが声を荒げた。
「お前の的中率は2割だろ? そしてベネトナシュは3割だ」
今にも殴りかからんばかりの勢いだが、ナハラが表情を変える事はない。
賭けを始める時、確かにナハラは言った。宝の配分は、撃退士の行動を的中した割合によって配分する、と。比率で分けるとは一度も言っていない。
ベレクは未だ不満を漏らすが、ベネトナシュが納得した事もあり、渋々引き下がる。それに、ここでゴネ続けて撃退士の介入を受けるのも面倒だ。
「覚えていろよっ」
お約束の捨て台詞を残して立ち去るベレクは飛び去り、屋上には2組のデビルとヴァニタスが残された。
「……お前の取り分は3割だからな」
「それぐらい判っておるわ」
最初の等分案を受け入れなかった時から、こうなる事は決まっていたのだ。利が減ったのは、欲を張った自分のせい。
「だがナハラよ。貴公はそれをどうするつもりなのだ。ショクバに持ち帰るつもりではないのだろう?」
「あぁ、これは……」
興味深げに問うベネトナシュに、ナハラはにやりと不敵な笑みを見せた。
●殻よさらば
戦いは終わった。これまでの激しさが嘘のように、呆気なく。
「括目しなさい、デビル達! 正義は必ず勝つのですわ!」
高らかに勝利を宣言するドロシーの横で、チルルが蛇矛……否、学園旗を掲げる。
激戦を制した撃退士達に、戦いを見守っていた子供達から惜しみない声援が贈られた。
「いや……。俺達の戦いはこれからだ」
疲れ果て、膝を付いていた正太郎が立ち上がった。気力を振り絞りつつも歩を進めると、手近な殻に手を伸ばす。そして、グラウンドを真に取り戻すため、隅の方へ寄せ始めた。
ナナシとエイルズレトラが約束通り屋上へ向かった時、デビル達は既に消えていた。
残されていたのはダンボール箱に詰め込まれた菓子と一通の手紙。
手紙には今回の事件の顛末が事細かに記されていた。菓子は撃退士に対するお詫びだという事も。
甘味は疲れた心身を癒す最高のご褒美……と言いたいが、デビルの所有物を許可なしに処理はできない。
もっとも好きにして良いと言われたところで、食べたいと思う者は誰もいないだろう。
なぜならそれらは全て、数か月も前に賞味期限が切れていたのだから……。