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マスター:真人
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/03/28


みんなの思い出



オープニング

 神流町解放から約3ヵ月。
 ゲートの名残も完全に消え、周辺から迷い込むディアボロも日に日に数が減ってきたころ……

●久遠ヶ原学園にて
 ――無事に進級が決まりました。今は保育士を目指し、猛勉強の日々を送っています。
 ――会社の命令とはいえ、で多くの人を不幸にしてしまった分、これからの人生を人助けに捧げたいと思います。
 ――先日、祖母が亡くなりました。とても穏やかな最期でした。祖母の遺言により、遺産の一部を寄付します。あの町の復興に役立ててください。


 久遠ヶ原学園に寄せられた数十通の手紙。
 それらは嘆きの黒鳥・ベネトナシュに囚われ、撃退士の手で解放された人々からの感謝の言葉だ。
 神代 深紅 (jz0123)は、半年ほど前に2日間だけ時間を共有した人々を思い出す。
 浮かんでくるのは哀しみ、怯え、恐れに満ちた顔。しかし、手紙に記された文字から読み取れるのは、どれも希望に満ちた言葉ばかりで。
「……これも、皆のおかげだよね」
 元気に暮らしていると知り、深紅はにんまりと笑みを浮かべた。
 単に冥魔の結界から連れ出しただけでは、ここまでの成果は得られなかっただろう。
 皆が真摯に向き合い、彼らが心に秘めた闇を認め、受け入れた。だからこそ、彼らは自分の足で未来へ進む力を取り戻すことができたのだ、と思う。
「未来……か」
 深紅の表情は一転して憂いに包まれた。
 まだまだ不安定ではあるけれど、群馬県は着実に復興への道を歩み始めている。
 でも。
 神流町は冥魔の侵攻以前の状態を取り戻すことは不可能だと思う。
 もともと人口の少ない地域だった。
 かつての住民は全て死に絶え、町に縁のある者達の殆どは群馬県外に根を下ろし、生活の基盤を築いている。
 彼らが神流町に戻るには、現在の職やコミュニティを全て捨てなければいけないのだ。
 このままでは、せっかく人類の手に取り戻した町が、人の住まない空白として地図に刻み込まれてしまう。
 群馬県全体が存在しないモノとして扱われていた時のように……
「ううん、諦めちゃダメだよね」

 ――父の故郷を取り戻してくれてありがとうございます。
 ――かんなまちはじいちやがうまれたところです。ぼくもいつかいってみたいです。

 今すぐは無理でも。例え何も残っていなくても。いつかは故郷に帰りたい。そう願う人々の言葉が、深紅の背中を後押しする。
「いつかのくる“その日”のために。……“誰か”が帰る場所を、今、無くすわけにいかないよね」
 元通りがダメなら、せめて新しい形で。

 ――私は一度死に、あの町で生まれ変わりました。言わば第二の故郷です。できるならあの町に移住したいと思います。
 ――保育士になれたら、天魔事件で親を亡くした子供達のための施設を作ります。その時は、きっとあの町に。

 最初の一歩は、すでに踏み出されているのだから。


●某不動産会社事務所にて
 蒲葡 源三郎 (jz0158)は届けられた手紙に目を通し、息を吐いた。
 その表情にはどことなく笑みが浮かんでいて、来客用の茶を片付けにきた女子所員も思わず目を細めた。
 昨年まで、源三郎はずっと眉間に皺を寄せていた。時には接客業としてはあるまじき、鬼気迫る形相をするほどに。
「何か良いことでもありましたか?」
 覗き込んだピンク色の便箋には、いかにも女子高生といった感じの可愛らしい文字が踊っていた。
「あぁ……、何でもない。それより、数日間抜けさせてもらうことになる」
「また裏のお仕事ですか? 構いませんよ」
「クソ忙しい時期に、悪ぃな」
「そう思うのでしたら早く終わらせてくださいね。私達は所長と違って普通の人間なんですから」
 今年に入ってから、群馬県がらみの調査や手続きのため、数人の所員が全国を走り回らされていた。そのため通常の業務は残った所員へ均等に圧し掛かり、まるでB企業のような忙しさが続いていたのだ。
「おい、まるで人を化け物のように」
「……飛狼の皆さんにも、そう言われていませんか?」
 反論しようとした源三郎は、女子所員のやんわりとした笑顔を前に、ただ苦笑いをするしかなかった。


●再び、久遠ヶ原学園にて
 そうと心を決めた深紅の行動は素早かった。
 手紙をくれた人々と連絡を取った。
 学園の先生にも協力を仰ぎ、自分にはできない様々な手続きをしてもらった。
 弁護士や建築業者、園芸農家……神流町の新たな未来を創るための計画は、関係者やその周囲を少しずつ巻き込んで、次第に明確な形を持ち始めていた。

 そして今日。
 神流町再生の足掛かりとなる、ひとつの依頼が貼り出された。

 ――悪魔に支配され、荒廃した町を再生させるためのボランティアを募集します。
 主な作業は遺品整理と環境美化活動。詳細は大学部1年、神代 深紅まで――


リプレイ本文

●時を動かす為に
「あ、また。あそこにも……」
 国道を北上する途中、城前 陸(jb8739)は何軒かの家を見た。
 快晴の空の下にありがなら、それらはどれも暗く、年老いているように感じられた。
「ここにも、人の生活があったんですよね……」
 中心部に近づくにつれて増えていく破損度に、陸は次第に言葉を失っていった。

 待ち合わせ場所の中学校、続々と人が集まってくる。
 兄弟、久しぶりに合った同級生、ひと目見てそうと判る、幼なじみの孫――故郷の想い出は、長い時を隔てても色褪せることなく、世代を超えて心を通じ合わせるらしい。
 その様子を、カティーナ・白房(jb8786) は静かに見つめていた。
 カティーナは故郷を持たない。自ら捨てたのだ。それでも、帰りたいという気持ちは、判るような気がした。
(あれは……)
 集団の中にはロドルフォ・リウッツィ(jb5648)が見知った顔もあった。半年前、彼が結界から救い出した人々だ。
 元気そうな様子から、前向きに生きて居ることを知り、ほっと胸を撫で下ろした。

「皆、こっちに来てくれる?」
 深紅に呼ばれて集合した撃退士達は、手短に作業工程の説明を受ける。
「バツ印……何か意味が、ある……のですか?」
 配られた地図に伏されたマークに気付いた寿 誉(jb2184)は、答えが返る前にもう1枚のプリントに目を通し、その意味を悟った。
 三角印は以前から空き家で、家財も何もない家屋。バツ印は倒壊の恐れがある家屋。撃退士が遺族に変わり遺品を回収するのは、主に後者のほう。
 プリントにはその家に住んでいたと思われる人々の年齢や性別も記されていた。
「外部から攫われた被害者の痕跡というのは、具体的には?」
「あぁ……それは」
 鐘田将太郎(ja0114)の問いに、源三郎は小さな冊子を差し出した。泥に塗れたそれは、都内にある公立中学校の学生証だと判った。
「彼女は一昨年の夏、家出人として捜索願が出されていた。もしこれが見つからなければ、ここで亡くなったことすら認識してもらえなかっただろう」
 草の根を分けてまで探す必要はない。
 ただ、道端や家の中に、彼らのメッセージが残されているかもしれないことを、心に留めていて欲しい。
 そう説明を受けた遺品回収反はもちろん、環境整備班も真摯な表情で頷いた。


●想い出の足跡を辿り
 白き狐火を全身に纏い、カティーナが空を舞う。
 地上で見上げる幼い姉妹に手を振り返し、大きく上空を旋回した。
「A地区、特に異常なし。あぁ……B1に向かう橋が落ちているね。でも、少し下れば、川原から対岸に渡れるよ」
 作業すべき地域を鳥の視点で眺め、地上を回っただけでは気づけなかった状況を、逐一報告していく。
 もちろん彼女が作業を見守るのは撃退士だけではない。
 倒壊の危険がない家屋は、一般の人々が協力しあって遺品を整理しているのだ。
 その作業の中で、どうしても撃退士の助けが必要と見た時、彼女は率先して手を貸していった。

 外壁に描かれたバツ印を確認した九条 静真(jb7992)は、慎重に中へ足を踏み入れた。
(撃退士は天魔と戦う者やから……。やけど……かといって、正義の味方ではないんや……。)
 囚われている間に幼い子供が描いたのだろう。撃退士がバケモノと戦う絵が何枚も見つかった。
『ままをたすけにきてください。』
 拙い平仮名を指でなぞった静真は、首元を飾るストールで口元を覆い、血が出るほどに噛みしめた唇を隠した。
 静真が戦う理由。それは誰かを救うためではない。
 誰かの命を奪うため、自分の命を失うために戦って……その果てに。大切な人に、自分はいったい何を遺せるのだろう?
 得られるはずのない答えを求めながら、静真は散らばったクレヨンを拾い集めた。

「済まない、手を貸してくれ」
 不意に聞こえた声に駆け付けた深紅が見たものは、民家の窓に張り付いているロドルフォの姿だった。
「天井裏で見つけた。お、おそらく……わ、和服か何かだと思う」
 ぷるぷると震える彼の腕の中には、5段重ねの薄い木箱が今にも崩れそうな形で、絶妙なバランスを保っていた。
 普通の箪笥と思い込んでいたのだが、外に運び出す段階になり、それが単に積み重ねられていただけだと判明したのだ。
 大切な遺品をばら撒かないよう必死に支え続けていたロドルフォは、深紅の手を借り、ようやく全ての箱を地上に降ろすことができた。
「深紅ちゃん」
 一息ついたロドルフォは、すっかり埃だらけになった深紅と向かい合った。髪に掛かった蜘蛛の巣を掃ってやりながら。
「俺頑張ったし。何かご褒美があってもいいと思うんだ。どう? この任務が終わったら」
 茶目っ気のあるウインクと共に耳打ちした内容は、もちろんデートのお約束。
 ……どうって何を?
 一瞬小首を傾げた深紅だったが、すぐに言葉の意味を理解し、満面の笑みで頷いた。

 遺品回収のために訪れた家で、剣崎・仁(jb9224)は真っ先に仏間へと足を運んだ。
 畳の上に散らばった線香や灰を片付けた後、襟を正して端座する。共に作業をする緋勇 理人(jb9062)も隣へ座し、今は亡き家の主に挨拶をした。
「……失礼」
 仁は仏壇に手を伸ばして位牌を取り出すと、丁寧に真新しい布で包んだ。
『他が無理でも、せめてそれだは……』
 遠方で暮らす娘の願いは、無事に叶えることができた。あとは……
(この家の主は絵を描くことが趣味と言っていたな。)
 ならばスケッチブック等が遺されていないか? 仁は周囲を見渡し、住人が生きた証を探し求める。
「そういう物は押入れの中じゃないっすか?」
 理人も勘を頼りに周囲を物色する。枠が歪んで開かなくなった襖を外すと、カビの臭いが鼻を突き、思わず顔を顰めた。
「あー……布団の類は全滅っすね」
 裏が川だから、もともと湿気が多かったのかもしれない。数年間閉め切られていた押入れの中は酷い有り様で、ようやく探し出した品々も、とても遺族に渡せる状態ではなかった。
「天袋はどうだ?」
「暗くてよく見えない……。でも、無事みたいっすよ」
 ペンライトの灯りを頼り確認した理人が、そこに収められていた物を一つひとつ取り出していく。
 季節のイベントを彩ったクリスマスの電飾や鯉のぼり等は、きっと遺族達に懐かしんで貰えることだろう。

 時間は決して無限ではない。
 だからこそエイルズレトラ マステリオ(ja2224)は、平屋の集合住宅を駆け抜ける。
 日記や手紙、写真などに狙いを絞り、次々と掻き集めた。
 何軒目かに入った家の子供部屋で見つけた青いランドセル――埃に塗れてはいるが、交通安全のカバーに守られ、本体の損傷は微細だった。
 ふと、既視感を感じたエイルズレトラは、一度整理した遺品をひっくり返した。
(あぁ……やっぱり。)
 満開の桜を背に立つ母子。照れ笑いをする男の子が背負っているのは、先ほど見つけたランドセルに間違いない。
 他の回収品と共に運び出そうとして、不意に足を止める。
「……いやいや、あまりかさばるものを持って帰るわけにも行きませんね。受け取った人も捨てるわけにもいかないでしょうし、迷惑でしょう」
 その呟きの裏に秘める想いはいかなるものか。
 自分に言い聞かせるように呟き、エイルズレトラはランドセルを回収品の箱から抜き取った。

 高校の卒業証書。校内マラソンの優勝楯、家族の写真……遺族が希望する回収品のリストは、膨大な量だった。
 県外で暮らす四兄妹が思いつく限りの物を列記したのだから、無理もない。
「ローラースケートがある“物置”は、裏手にある倉のことでしょうか?」
「大切な……想い……それの、こもった……品……必ず……皆様の、お手元、に……」
 可能ならすべて自分で回収したかったのだろう。リストを託された美森 仁也(jb2552)と誉は、作業をただ見守るしかできない遺族のため、出来る限り多くの品を回収しようと奮闘する。
 しかし、家はディアボロの巣になっていたこともあり、破損しているものも多数あった。
 翼を広げて離れの2階に上がった仁也は、ロフト部分から落ちて壊れたディオラマの破片を拾い集め、ビニール袋に入れていった。
「ありがとう。……これ、町の全景なんです。直してみせます。必ず」
 ディオラマを手渡された三男は、決意を秘めた瞳で前を見据え、そう言い切った。
 妹から直々に部屋の捜索を任された誉も、一心にリストを見つめ、想い出の品を探していった。
 無事に最後の品を見つけだして玄関に向かった時、誉は柱に刻まれた幾つかの傷に気付き、胸を締め付けられた。
 書き込まれた兄妹の名前と数字は、間違いなく彼らの成長の証。
 改めて周囲を観察すると、食器棚の陰に、子供の頃の落書きや古いアニメのシールが隠れているのが見えた。
 リストには入っていないけれど、こうして消されずに残されていたのだから、きっと大切な思い出だったはず。
「やっぱり……これは無理です、よね……。でも……」
 少しでも力になりたい。できる限り届けたい。たとえそれが、持ち帰ることのできない物であっても。
 だから誉は、持参したデジタルカメラでそれらを写し、記録として残すことにした。

 民家以外にも人の集まる場所は存在する。
 苑邑花月(ja0830)とロジー・ビィ(jb6232)は、町の東部にある保育所と高齢者施設へと足を運んだ。
 こちらは結界に飲み込まれていなかったが、人々を追い立てただろうディアボロの傷跡は数多く見受けられた。
「怖かった……です、ね。でも、大丈夫。みんな……おうち、に……帰りましょう」
 保育所で子供達の名前が入った物をひとつずつ集めていく花月。
 わずか十数名。きっとみんな仲が良かっただろう。
 春の遠足、夏の川遊び……。遊戯室の壁に飾られた子供達の写真を剥していくうち、花月の胸に、この地を地獄へと変貌させたデビルに対し、激しい哀しみが込み上げてきた。
 その保育所を見下ろす高台にある高齢者施設。
 老人達が生活していたはずの部屋に遺されていたのは、雑多な日用品ばかり。個人を特定できるような品は殆どなかった。
 その代わり、どの部屋にも必ず残されていた物があった。
「やっぱり、この部屋にもありましたわね」
 引き出しの中にあったエンディングノートには、故人の経歴や海外で暮らす息子へ宛てた遺書が記されていた。
 悪魔に奪われるだろう体の代わりに、虎目の数珠を墓に納めて欲しいということも。
「……吉田和夫さん。貴方の最期の願い、確かにお預かりしましたわ」
 ノートと数珠を胸に抱きながら、ロジーはそう語り掛けた。

「F2、林の奥に地図未記載の建造物を発見」
 一般人から託された遺品を空輸するカティーナの報告を受け、最も現場に近かった将太郎が確認に向かった。
 半壊したプレハブ。元は陶芸小屋だったらしいが、今は焼き物の破片や薪が散乱しているだけだ。
 何も得る物はない。そう思い踵を返した時、小屋の隅で何かが光を反射した。
「指輪? 男物のようだが……」
 内側に男女の名前と日付が刻印されていることから、リア充の証・結婚指輪だと推測できる。
 改めて周囲を探ると、遺書が記された陶器の破片が見つかった。
『諦めるものか。必ず助けが来るはずだ。』
『今日は君の誕生日だ。祝ってやれなくてすまない。』
『俺が俺でなくなっていく。君を忘れたくない。』
『どうか幸せになってくれ。』
 結界の外から攫われてきた人間なのだろう。死の瞬間まで、相手のことを想っていたことが伝わってくる。
「持ち主の身元を突き止められるかは判らんが……」
 指輪と陶器の破片を回収し、将太郎は黙祷を捧げた。


 祈る、誰もが。空に、天に。
 魂が奪われても、せめて心だけは、自由でいられるよう。無事に家族の元へ還ることができるよう。
 そして、遺された者達が、未来へと歩んでいけるようにと……。


●春の使者達
 花や木を植える前に、まずは場を整えなければならない。
 目下の仕事は雑草の始末と土の改良だ。
「力仕事は俺に任せとけよ」
 そう豪語するだけあって、大山 大斗(jb5458)の手際は見事なものだった。
 背丈ほどある枯れた庭木を身ひとつで掘り起し、次々と運び出す。荒れ放題だった民家の庭が瞬く間に更地へと変貌を遂げていった。
 そしてと柔らかくなった土に肥料や培養土を混ぜ込むのは、犬川幸丸(jb7097)の役目だった。
「ゲートが無くなっても、僕らが出来ることはあるはずですよね」
 群馬開放の力にはなれなかったけど、撃退士の仕事が終わったわけではない。むしろ目立たぬ場所で縁の下を持ち上げる存在こそ幸丸の憧れであり、目指すべき姿である。
 頼もしい大斗の姿はその理想を体現していて、幸丸は少しでも彼に近づきたいと思う。
「アジュガには“強い結びつき”という意味があるんです。福寿草は“永久の幸福”で……」
 それぞれの花に込められた思いを語りながら、丁寧に植え付けていった。
「さて、犬川君、そろそろ休憩しようじゃないか」
 幸丸が作業を一段落したころを見計らい、大斗はバーナーで湯を沸かし始める。
 自分自身はコーヒーを。甘党である幸丸にはココアを……。
「大山さん、いつもありがとうございます」
 何も言わずとも好みを把握し気を使ってくれる大斗の心遣いが、幸丸はとても頼もしく感じていた。

「力仕事は任せてと言ったけど……雑草手ごわい」
 王子様系男の娘(中味は普通の男の子)である清純 ひかる(jb8844)が悪戦苦闘しているのは、半年前この地に囚われていた人々の飢えを救ったイタドリだ。
 今はまだ芽すら顔を覗かせていないが、枯れた茎の下に隠れる根はどこまでも延び、必死の抵抗を見せる。
(……もしかして天魔より手ごわいんじゃ? でも、放置してたら、生えるよな。)
 ひかるは思い出す。花苗を提供してくれた園芸業者の青年が、かつて3人の勇者がこれに挑み、2日掛かりでようやく倒すことができたと説明していたことを……。
 果たして倒しきれるだろうか? そんな不安が胸を過る。
「地道に続けていれば……きっと、できます。私もお手伝いしますので……頑張りましょう」
 そこに現れたのは志々乃 千瀬(jb9168)。仕事を求めて流離っていた彼女は、ひかるが立ち向かう敵の強大さを知り、率先して作業を手伝い始めた。
 非力――と千瀬は自分を卑下するが、やはり撃退士である。日頃の修行で修得した勘の良さをフルに活用し、隠れた根を見つけては次々と抜いていく。
 頼もしい助っ人を得て、ひかるの戦意も一気にあがり……そしてついに。
「終わったーっ」
 見違えるほど綺麗に整えられた空き地を前に、達成感に包まれたひかるが勝利の宣言をした。
首筋を伝う汗に陽の光が反射し、キラキラと輝き、どことなく幻想的な雰囲気が漂う。
「お疲れ様……です」
 千瀬は労いの言葉と共に、すっかり泥だらけになったひかるへ、タオルとスポーツドリンクを手渡した。

 雑草が切り払われ、綺麗に整えられた地に、次々と苗が運ばれてくる。
「わお。希望、叶えてくれたんだね」
 桜や梅の苗木に混じるミツバツツジを見つけ、下妻ユーカリ(ja0593)が楽しげな声を上げた。
 それは神流町のシンボルとして制定されている紫色の花である。
「ここで暮らしていた人々がよく眺めていたと思うから!」
 くるりと爪先で回り、キラッポーズを決めるユーカリ。茶色の髪が風に揺れ、柔らかさを印象付ける。
 もっとも彼女がこの花を選んだ理由は、そんな単純な理由だけではない。
 ミツバツツジの花言葉は、節制。
 もう二度と、冥魔の手が伸びないように。皆が力を合わせて生きていけるように――そんな思いが込められていた。

 他の連中に後れを取ってなるものか。そう意気込んで、風羽 千尋(ja8222)は手近なチューリップに手を伸ばした。
 ……までは良かったのだが。
「なんだ? チューリップって1種類だけじゃねーの? これをどうすりゃいいんだ?」
 環境整備班に回ったまでは良かったが、ガーデニングの知識は殆ど持っていないのだ。
「よかったらお教えてあげようか? 大勢の方が楽しいと思うし」
 千尋の疑問に答えたのは、子供達と一緒にチューリップを植えていた木嶋 藍(jb8679)。実家が花卉農家をしていることもあり、彼女自身もそれなりに詳しいらしい。
「ん、頼むよ。花って隣同士で植えたらマズい物とかもあるんだろ?」
 知識がないという割に、細かな気遣いができるのは、しっかり予習をしてきたためだろうか。ぶっきらぼうの中に混じる照れた様子に、藍は思わず笑みを浮かべた。

 がちがちだった土は他の撃退士が耕してくれたので、白野 小梅(jb4012)は苗を植えるだけで良い。
「当たり前の生活を戻すんだもんねぇ、当たり前の花がいいよねぇ」
 ただ純真に、それだけを考えて。小梅が選んだのは、誰もが知っている花・チューリップだ。
 赤の隣に白、その隣にバイカラー、そしてまた白、黄色……配色など全く考えることなく、本能の赴くまま、手当たり次第に植え付けていく。そして仕上げにタンポポの種を周辺に撒き散らした。
 雑然と並んだ苗。今はまだ緑の葉っぱしか見えないけれど、数週間後には、まさに色とりどりの花が咲き乱れるはず。
「たっくさん、たっくさんのお花でぇお出迎えするぅ!」
 ここを訪れる人々が嬉しさでいっぱいになる様子を想像し、小梅は満面の笑みを浮かべる。
「いっぱい働いたから、眠くなっちゃったぁ」
 ぽかぽかの陽射しに誘われて、ほんの一休みのつもりで横になった小梅は……微睡の中へと落ちて行った。


 地図によれば、かつてここに一軒の家があった。
 元々空き家だったのと、神流町開放時にはもう完全に倒壊していたため、早々に撤去されてしまったという。
 住人はもう何年も前に家を引き払い、県外で暮らす息子の元へ身を寄せていた。
 それでも家を残していたのは、いつかは戻りたいと思っていたからだろう。
 帰るべき場所を失って、町のため誰かのため、公園として提供することを決めた所有者は、きっと辛かったに違いない。
 そう思うと、陸は胸が締め付けられる思いがした。
「私の里が、もしもこんな風になってしまったら……とても悲しい、です」
 小さな胸を痛めているのは、九十九折 七夜(jb8703)も同じだった。
 大好きな人達と永遠に会えなくなった時、自分は耐えられるだろうか?
 でも。
 今日ここに集まった人々は、そんな悲しみを経験した人々だ。
 辛くて、悲しくて、涙が出なくなるほど泣き続けて、それでも前を向いて頑張ろうとしている。
「私は、そんな人達を応援したいのです」
 だから後悔のないように、できる限りのことをしようと思う。
 そのために七夜が選んだ花は、地上を広く覆うことのできる芝桜。一面ピンクの中央に白でHOPEの文字を描くという、壮大な計画だった。
 キャンパス替わりの土手と公園を往復し、文字が歪んでいないか、何度も確認をする七夜。
 その間、陸だけはしょんぼり黙々と花を植え続けていた。
「あ……」
 ふと、ため息を吐いて空を見上げた陸は、土手の上に鮮やかな黄色を見つけ、息を飲んだ。
 それは春の訪れを告げる使者、福寿草。
 改めて周囲を見渡せば、他にも名前の知らない花が幾つか咲いていた。
 苗を持って何度も通っていた場所なのに、どうして今まで気付かなかったのだろう?
(ううん。気付かなかったんじゃない。見ようとしていなかったんですね。私は。)
 花は、ずっと前からあったのだ。
 去年も、一昨年も。誰の手も借りず、誰に見守られることもなく。
 そっと手を伸ばし包みこんだ花は、心なしかほんのりと暖かな感じがした。
「負けていられませんよね。)
 この町を訪れて初めて、陸は笑顔という名の花を咲かせた。


●乙女たちの戦場
 屋外で走り回るだけが撃退士の仕事ではない。
 美森 あやか(jb1451)、葛城 縁(jb1826)、彩咲・陽花(jb1871)の3人が戦場に選んだのは、中学校の家庭科室だ。
「やっぱり、皆には美味しいものを食べてもらわないと、だよね!」
 縁の勝負服は、和服と割烹着という由緒正しきお袋さんスタイル。頭を覆う肉球印の三角巾が、程良い味を出している。
「同じ炊出しでも、戦闘警戒中に比べるとまだ明るい感じがしますよね」
 隣で包丁を握るのは、フリル付きのエプロンに身を包んだあやか。この中では唯一の人妻だ。
「同感。此れだけ人が多いと、作るのも一苦労だけど……。頑張らないとだね!
「そうですね! 頑張りましょう」
 撃退士だけで25人。手伝いの一般人を含めると、その数はさらに膨れ上がる。
「ん、料理なら私も頑張るよ」
「助かります。では、こちらをお願いしま……」
 手伝いを申し出た陽花に、あやかは素直に篭いっぱいの芋を託そうとした。その直後。
「駄目だめダメっ!」
 縁が華麗にパスカットを決める。
 篭を渡そうとしたポーズのまま凍りついたあやかは、不思議そうな表情で2人を交互に見つめた。
 あやかは知る由もないが、実はこの陽花、破壊的料理センスの持ち主なのだ。
 付き合いの深い縁は、陽花が包丁を握っただけで死人が出る可能性があることを、充分に理解していた。
「陽花さん。現実は受け入れないと駄目だよ?」
 抗議をする相方に引きつった笑顔を向け、縁は芋の代わりにナマクリームと泡立て器を手渡す。
「ぶー、私だって出来るのに。ん、まあデザートの方はもちろん全力で美味しいものを作っちゃうけども!」
 もう少し言いたいことはあったけれど、今は時間との闘いでもある。
 陽花は深呼吸をして自らが戦うべき相手と向き合った。


●未来へ向けて
「長く興味を持ってもらうため、サイトを開設したい」
 支援のためサイトを立ち上げたい――江戸川 騎士(jb5439)からそんな提案を受けた深紅は、文字通り頭を抱えた。
「うーん。その辺は、どうなんだろう?」
 騎士が提出した企画書はしっかりできているので、その気になれば今すぐにでも始められるだろう。
 しかし問題はまったく別な所にある。
 神流町の住民は町長や町議員を含め、全員が亡くなっている。自治体として機能していない今、町の統括を行っているのは“県”なのだ。
「騎士君の気持ちは嬉しいんだけど……ゴメン。ボク達に許されているのは、ささやかな手助けだけなんだ」
 募金云々に関しては、それを専門とする団体が既に存在する。いずれ時が来れば、県の責任者が依頼を出すだろう。
 ――天魔の被害を受けたのは、この町だけではない。第三者としての立場を弁えること。
 今回の活動の許可を得るにあたり、深紅は多方面からそう釘を刺されていた。
「一応、この企画書は提出しておくけど……」
「そうか……なら、せめてPRだけでもさせてくれないか?」
「うん。それは是非。あ! でも、名前とか、個人情報には充分気を遣ってあげて。必ず本人の許可を得てね?」
 遠くから名前を呼ばれ、深紅は慌てて持ち場へと戻る。
「もちろんボクは名前も顔も出しちゃってオッケーだから!」
「あぁ、手間を取らせて申し訳ない」
 軽く手を上げて、騎士は深紅の後ろ姿を見送った。


●満ちる幸せ
 食欲を刺激する香りが漂ってくる。
 太陽はとっくに天頂を過ぎ、ランチというにはちょっと遅い時間だけれど、作業に携わっていた人達にとっては程良い頃合いだった。
 校庭のテントに運ばれた差し入れの恩恵に預かろうと、撃退士も一般人も挙って列を作る。
「美味しいご飯は英気を養うのにピッタリだよ。たくさん食べてまた頑張ってねー」
 配膳に従事する陽花はこの上ない達成感に包まれていた。
 おむすびも豚汁も、自分が手を掛けたわけではないが、幸せそうに頬張る笑顔を見るのは、やはり嬉しい。
「わぅわぅっ♪ 沢山あるから、遠慮しないでね!」
 おかわりしてもいいの? お椀を持っておずおずと尋ねたてきたお子様に、縁は満面の笑顔で豚汁を持ってあげた。
 あっという間におむすびは食べ尽くされ、多めにこしらえた豚汁も、どんどん量を減らしていく。
 陽花が唯一手掛けたデザートの評判も上々である。
 ふと、後ろから背中を叩かれ振り向いたあやかの顔がふんわりとした笑顔に綻ぶ。
「お兄ちゃ……ううん、“あなた”、お疲れ様」
 昔のクセが抜けず、つい口に出した呼び名を言い直し、あやかは最愛の夫のために取り置いていたおむすびを差し出す。
「あやかも炊出しお疲れ様」
 光纏を解き、いつもの黒髪黒目に戻った仁也は、優しい言葉で妻を労った。


●巡る季節の先
 作業は滞りなく進み、人々や撃退士が回収した遺品が次々と体育館へ運ばれてくる。
 それらの中にはまだ汚れたままの品もあり、理人や仁也は遺族に寄り添い、丁寧に埃を払う。
「お手伝い……に、きました」
 回収作業が一段落したこともあり、誉、ロジー、花月、仁が環境整備のヘルプに回った。
 花月はさっそくスズランの苗を手に取ると、嬉しそうに顔を綻ばせた。“幸福の再来”という花言葉を持つ可憐なスズランは、彼女がもっとも好きな花でもある。
「どうか……この花言葉、通りになりますように……」
 そう願いながら、花月は一株ずつスズランを植えてく。
 藍は四季折々の花を手に町中を駆け回っていた。
 同じような計画を練っていた仁も、季節を彩る花々を届けていく。
 春は可憐なチューリップ、夏は太陽を思わせるヒマワリ。秋は色づく山に映える、金木犀。
 寒い冬空の下、百花に先駆け馨しく咲き誇る梅の樹は、きっと人々の心を励ましてくれるだろう。
 何度季節が巡っても、この町を訪れる人々を、いつでも迎えられるように。
 この花達が、人々の心を一年を通して癒すように。
 人々の心が幸福で満たされ続けるように、と願を込めながら。

 撃退士の中でもっとも希望の多かった花は、春の象徴でもある桜の木だった。
「どうせなら一番目立つ所がいいんじゃないか?」
 直後に仲間達の意味ありげな視線を受けた千尋は、分が悪そうにそっぽを向いた。
 笑うな。判っている。放っていてくれ……背中でそう主張するが、皆は決して彼をからかっているわけではない。むしろ逆。みんな彼と同じ考えだったから。
 遺族達とも話し合った結果。桜は町を見下ろす高台にある保養施設が良いだろう、ということになった。
 奇しくもそこは、デビルがゲートを展開し、居城としていた場所である。魔から人の手へ、この地を取り戻した象徴という意味では、確かに相応しい場所と言えるだろう。
「ボク、ずっとおせわをするよ!」
「また遊びにくるね」
 それらの願いを現実とするのは、撃退士ではなく子供達なのかもしれない。
「ところで、大人の人達ってどこに行ったのかな?」
「さぁ……。急にやることができた、と仰っていましたが」
 昼食を摂るまでは、彼らも一緒に植樹する気満々だったはずなのに。
「きゃー!」
 大人達の行方を思案していた撃退士は、突然上がったお子様達の悲鳴に驚き、何事かと駆け付けた。
「すごぉい」
「いっぱいいいるー」
 赤、青、オレンジ……町を貫く川の上を、無数の鯉が泳いでいた。
 それは季節を彩る神流町の風物詩。
 遺品の中に鯉のぼりを見つけた遺族達が中心となって、撃退士にも内緒で飾り付けたのだ。
(まるで虹のようだな。)
 騎士はカメラを回し、その光景を残さず収めていく。
 風に靡き力強く棚引く姿は、逆境に耐え歩もうとする人々の意志のようにも思えた。
「ほらな……」
 ロドルフォが空を見上げ呟いた。
「人間ってのは強いだろ。どんなに打ちのめされて萎れても、ちゃあんと立ちあがるんだぜ」
 かつて運命に抗うことを止め、力に縋った女性の姿を胸に秘めて。
 もし彼女がこの光景を見ていれば、あるいは。あり得たかもしれないもう一つの未来を想い、ロドルフォは静かに黙祷を捧げた。


 春――それは出会いと別れ、旅立ちの季節。
 故郷の復興を願い集った人々はそれぞれの場所へ帰るが、彼らの思いは、確実に新たな住人へと引き継がれていくだろう。
 神流町の“時”は、今、再び動き始めた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

いつか道標に・
鐘田将太郎(ja0114)

大学部6年4組 男 阿修羅
みんなのアイドル・
下妻ユーカリ(ja0593)

卒業 女 鬼道忍軍
鈴蘭の君・
苑邑花月(ja0830)

大学部3年273組 女 ダアト
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
未来へ繋ぐ虹・
風羽 千尋(ja8222)

卒業 男 アストラルヴァンガード
腕利き料理人・
美森 あやか(jb1451)

大学部2年6組 女 アストラルヴァンガード
Green eye's Red dog G・
葛城 縁(jb1826)

卒業 女 インフィルトレイター
迷える青年に導きの手を・
彩咲・陽花(jb1871)

卒業 女 バハムートテイマー
撃退士・
寿 誉(jb2184)

高等部3年4組 女 陰陽師
最愛とともに・
美森 仁也(jb2552)

卒業 男 ルインズブレイド
Standingにゃんこますたー・
白野 小梅(jb4012)

小等部6年1組 女 ダアト
RockなツンデレDevil・
江戸川 騎士(jb5439)

大学部5年2組 男 ナイトウォーカー
未来へ繋ぐ虹・
大山 大斗(jb5458)

大学部6年106組 男 阿修羅
惑う星に導きの翼を・
ロドルフォ・リウッツィ(jb5648)

大学部6年34組 男 ディバインナイト
撃退士・
ロジー・ビィ(jb6232)

大学部8年6組 女 ルインズブレイド
平和主義者・
犬川幸丸(jb7097)

大学部2年191組 男 陰陽師
遥かな高みを目指す者・
九条 静真(jb7992)

大学部3年236組 男 阿修羅
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
『魂刃』百鬼夜行・
九十九折 七夜(jb8703)

小等部5年4組 女 アカシックレコーダー:タイプA
ガクエンジャー イエロー・
城前 陸(jb8739)

大学部2年315組 女 アストラルヴァンガード
アナザー・テラー・
カティーナ・白房(jb8786)

大学部6年150組 女 アカシックレコーダー:タイプA
撃退士・
清純 ひかる(jb8844)

大学部3年156組 男 ディバインナイト
未来へ繋ぐ虹・
緋勇 理人(jb9062)

大学部1年64組 男 阿修羅
友と共に道を探す・
志々乃 千瀬(jb9168)

大学部4年322組 女 陰陽師
闇に潜むもの・
剣崎・仁(jb9224)

高等部3年28組 男 インフィルトレイター