●いざ……!
証言1、女子高生
――力士? あー、コンビニの所に居たよねぇ。ひたすら壁叩いていたっけ!
証言2、ちゃんこ屋店主
――風評被害ってやつかね? あれのせいで最近売上が落ちててさぁ……。
証言3、主婦
――うちの子……まだ3歳なんですけど、真似をし始めたんです。早く何とかしてください!!
夜の巡回に備えて町内会に挨拶をした夜爪 朗(
jb0697)。礼儀正しい振る舞いは皆の反応もよろしく、帰り際におやつまで頂いてしまった。
依頼を受けた仲間やお巡りさんとのメール交換も終わり、あとは夜を待つばかり。
(初依頼が相撲関係の敵か。相撲は好きだし、少し楽しんでみるとしようか。)
引き締まった巨躯のハーフ悪魔・和泉 大和(
jb9075)とって相撲は昔から慣れ親しんだ格技である。
撃退士として生きる船出の一戦が、その歴史を汚す存在であることは、まさに運命といったところだろう。
「ふっ……ジョーとやら。フェロモンひとつで女を殺す勇気はあるか?」
びしっと指を突きつけ、メンナクこと命図 泣留男(
jb4611)は揺らぐことのない伊達ワルオーラ――この場合はフェロモンか――を発する。
「ふわあぁっ」
突然の状況に硬直したのは、この場に居るただ一人の生物学的女性であるリノの方だった。ブリキ人形のようにぎこちない動きで、何かを言おうとするも、口から出るのは上ずった音ばかり。
「どうした、大丈夫か?」
隣に立っていたジョーが声を掛けるが、リノにとっては火に油を注がれたようなもの。
「2人とも頼りにしているわ。頑張ってね」
御堂 龍太(
jb0849)が背中を叩き、見えないネジを巻いてやった。
和気藹々とする一向を横目に、ひたすら真面目に情報を分析する者達も存在する。
「世間一般、力士を甘くみているのではないか?」
そう力説するのは、見た目麗しい鴉乃宮 歌音(
ja0427)だ。
力士(一般人)の平均体重は160kg。鍛え上げた筋肉から繰り出される技はまさにダンプ並み。
サーバントを目撃したちゃんこ屋の推測では、彼らの体重は250キロはあるという。彼らは最下級といえ歴とした天魔なのだから、その破壊力は推して知るべきだろう。
「今回の敵は、さらに特殊能力を持つという。警戒は必要だろう」
腹鼓による電撃と空気鉄砲。どちらも意識を奪う技なだけに、一撃食らえば致命的にもなりかねない。
もしもの時には自分が盾にならなければ……。体が小さな者達を前に、鳳 静矢(
ja3856)は覚悟を決めた。
●土俵入り
ミシッ。
ミシミシッ
鈍い音と連動するように、路上に停められているスポーツカーが揺れ動く。
力士2人の張り手に晒され、スリムなはずの車体はボコボコに歪んでいて……明日になって惨状を知るだろう所有者の悲痛な顔を想像し、撃退士達は天を仰いだ。
「退治するにしても、まずはこちらに注意を引き付けないといけないわね」
どうしましょ? 龍太が悩ましげに首を傾げた。
通報を受けて駆け付けたまでは良かったが、今、力士達が居る場所は細めの裏通りだ。全員で戦うには、少々狭い。
できれば広い通りへ誘い出したいところである。
「相手がSUMO WRESTLERなら……こっちも、だ!」
俺に任せろ、と言わんばかりに前へ出たメンナクが、不敵な笑みを浮かべて服を脱ぎ捨てた。
「はわっ」
「きゃ……♪」
思わず回れ右する乙女と、顔を塞いだ指の隙間から覗き見る漢女。
「悪いがオレのモード指数はハルマゲトン級だ」
とにかくすごい自信のメンナクさんの肉体を包んでいるのは、ブラックノワールでエレガントな漆黒のFUNDOSHIただ一丁。
「にーちゃん達、気合入っとるやん!」
同様に褌姿を披露した大和に、服の上からちびっ子相撲用のマワシで済ませてしまった朗が感服した。
――この日の最低気温、2度。
意識すれば耐えられなくなる可能性があるので、寒くないのか? というツッコミは控えておこう。
「俺は黒を愛しているし、黒も俺を愛しているっ」
柏手をひとつ打ち、メンナクが己の褌を魅せつけた。
力士達は一度顔を上げ、メンナクに目をむけた……と思ったら、何事もなかったようにてっぽう稽古を続ける。
「ふっ、やはり造られた奉仕種族には、美学がないようだな」
「殺戮より破壊衝動の方が高いらしいからな。挑発するより、攻撃した方が確実だろう」
弓を引き絞った歌音。そこから放たれた黄土色のスライムは、違うことなく青褌の豊かな腹部に命中し――
『フンッ!』
ぼよよん、と間の抜けた効果音が聞こえたのは気のせいだろうか?
とにかく撃退士に与えられた不意打ちのチャンスは、スライムと共に弾けて消えた。
そして直後に青褌が繰り出したのは、強烈な張り手の一撃だった。
『ソイヤッ』
渦を巻く空気の弾は、とっさに屈みこんだ朗の髪を掠め、盾を構えた静矢を押し倒し、後方の歌音を吹き飛ばす。
歌音は気持ちが良いぐらい軽快に宙を舞った。
「どすこーい!」
どこからか響いた声に、青褌が反応する。
おもむろに頷く金褌。青褌も頷き返し、歩き出した。
近づいてくる力士達を警戒し、身構える撃退士。しかし力士は撃退士を力づくで押しのけ……その先にあるコンビニの駐車場へ侵入した。
そこに居たのは大和。ラインパウダーで描かれた土俵の中に蹲踞し柏手を打つ。
『『ドスコーイ』』
鳴き声を綺麗にハモらせて、まずは金褌が土俵の中へと足を踏み入れた。どうやら“取組”に乗ってくれたようだ。
『キューッキュキュ!』
大和お手製の烏帽子を被った召喚獣・ヒリュウが、神妙な面持ちで軍配を振り上げた。
●はっけよーい!
所定の仕草で仕切りを終えた大和。激しい体当たりの後、がっしりと四つに組んだ。
大和もかなり鍛えているほうではあるが、敵の体格は倍以上。
果たして勝てるだろうか? 固唾を呑んで撃退士が見守る中、両者は緊迫した睨みあいを続ける。
『フンヌッ』
先に動きを見せたのは、力士の方だった。組み合った形のまま、無理やり大和を持ち上げたのだ。
細い褌が容赦なく食い込み、何とも表現しがたい痛みが大和の股間を襲う。
「まずいぞ。このままでは……」
柳眉を顰めた歌音。歴戦のスナイパーである彼の目は、限界を超える荷重に晒され続ける褌を捉えていた。
このままでは禁断のキングドラゴンを目覚めさせてしまうかもしれない。
結局のところ。この取組は引き分けということになった。
あと一歩の所で吊り出されようとした大和の足が力士の膝裏に狙い、重心を崩したのだ。
勢い余ってゴロゴロと転がったため、どちらが先に落ちたのか判断は微妙なところ。
ヒリュウはしっかりと大和へ軍配を上げたが、力士は事を理解できているのか、満足げな様子で柏手を打った。
そして、入れ替わるように青褌が土俵の中へ……。
「今度は僕や! 応援してや♪」
対する撃退士側は、最年少の朗が名乗りを上げた。
(……うわー、めっさデカいやん)
文字通り山のような敵を前に、朗の身体は蛇に睨まれたカエルのように竦んでしまった。
それでも依頼人であるねーちゃんやにーちゃんのためにも頑張らなければ、と勇気を奮い立たせる。
「せいやーっ」
爪を研ぐストレイシオンを背に、朗は掛け声も凛々しく正面からぶちかました。身長差から、朗の顔面は丁度ふくよかなお腹に埋まり……。
ボヨヨン、と弾んだところを片手で頭を鷲掴みにされる朗。ジタバタと暴れ振りほどこうとするが、そのまま軽々と持ち上げられてしまった。
「ううぅ……離せー。髪掴むんは反則やでーっ
そして、投げられる。
召喚獣との絆の証が街灯の灯りを反射しキラリと光り――朗の姿は夜空の星になって消えた。
手首を捻るより簡単に朗を下した青褌は、まだやり足りないとでもいうように周囲を見渡した。
「次は私が相手をしよう」
力士を引き付けるため、静矢が挑発を行使するより前に、力士は新たな獲物を見定め、歩み寄った。
「きゃっ」
乱暴に腕を掴まれ、悲鳴をあげるリノ。
「待て、彼女は女性だ。俺が代わりに……」
助けに入ろうとしたジョーだったが、有無を言わさぬ突っ張りを顔面に受け、吹き飛ばされてしまった。
「ルールが通用する相手ではなかったか」
破壊力のあるアサルトライフルへ持ち替えた歌音。追撃しようとする力士の足元を狙い前進を阻む。
「……これは」
歌音が築いた隙を利用し2人へ駆け寄った静矢は、ジョーの異変に気が付いた。
肩を震わせて低い声で笑い出す。それは、紛れもなくバーサークの前兆!
「ふふふ……張り手、突っ張り……同じだ。あの時と。俺は、俺は……」
「落着け、と言っても無理か。仕方がない……打ってこい!」
こうなってしまえば手遅れである。味方がとばっちりを受けないよう、盾を手にしてジョーの前へと立ち塞がる。
「踏みこみが甘いぞ。脇を締めろ。うむ、右! ……次は左! ……そこでワンツーだ!」
静矢の冷静なアドバイスの賜物か。ジョーの心に満ちる歪んだ闘志は次第に落ち着きを取り戻していく。
もはや相撲とは呼べぬ乱戦状態に陥ったコンビニ前。汗とアウルが飛び交う激しい攻防を繰り返す。
『雌雄完全同心』で金褌の背後に回り込んだ龍太が印を組む。描かれた呪縛陣は見事に2体の力士を捉えた。
『フヌッ』
腹鼓を打つ金褌。
直後、龍太の全身を電流のようなナニかが迸った。そして、まるで一目惚れした時のように、激しく胸が高鳴った。
「どうやら敵は、遠距離攻撃を仕掛けた相手に“反撃”をするようだ」
電撃の巻き添えをくらい、一瞬だが確実に意識をすっ飛ばした歌音が勝利への糸口を探り当てる。
ならば、とメンナクが空中に舞い上がり、仲間から隔絶去れた場所に位置を取った。
パラパラと捲ったページには、彼が購入したのと同じ褌を締めた青年の切り抜きが貼られていた。
「翔け続けた俺にオム'S YEAR受賞!」
惑う書と化した魔法書から伊達ワル力を解放するメンナク。光の羽が掌の幻影を纏い、青褌に襲い掛かる。
『ハァッ!』
気合い一発。青褌は軽々と身を躱し、予想通り反撃の空気鉄砲を撃ち放つ。
「うおっ!」
来ると判っていても、避けることは無理。
それを正面から受け止めたメンナクさん。踏ん張り弾かれ、錐もみ状態で地上に落下する。
乱れた褌からキングドラゴンが目覚めかけたが、今は命を賭けた戦いの最中。誰にも気付かれることなく葬られる。
「次は私が囮を担当しよう。……反撃の直後が狙い目だ」
決意の表情を向ける静矢、それに同調する仲間達に視線で頷いて、ジョーは唾を飲み込んで剣を構えた。
静矢持つ魔法書から出現した紫色の鳥が羽ばたき、力士へと突進する。返された反撃は、敵を油断させるため、敢えてその身で受けた。
遠い星から帰還した朗は、力士の腹に突撃し、今度は見事なにゃんこ宙返りで切り返す。
挑発行為で敵意を引き付けた静矢が肉の壁に揉まれ、激しい立ちまわりで大和の褌がついに力尽きる。
(いけないわ、このままじゃあ……)
次々と返り討ちになる仲間達。
膠着した状況に、ジョーの目に再び暗い光が宿り始めていく。
龍太は覚悟を決めた。
ドレスと共に大和撫子の皮を脱ぎ捨て、褌姿を露にする。
「どすこーいっ!」
振り絞られた重低音。ふたつの股間の膨らみは、何でもできる証拠!!
……とはいえ、敵は大和でさえ太刀打ちできなかった相手である。か弱い(?)龍太では荷が勝ちすぎたらしく、為す術もなく張り手の嵐にさらされる。
「伊達ワルは滅びる時……それは世界が終わる時だ」
「にーちゃん、きばったれ!」
戦列に復帰したメンナクと朗。
歌音も鉄の意志で遠距離攻撃を繰り返し、肉弾戦を挑む者達に掛かる負担を減らし続ける。
「ミット(盾)打ちの成果を敵にぶつけるんだ!」
「本懐を遂げろ!」
力士達の猛攻に絶え続けた龍太は、ぐらりと身体が揺れダウンする直前、最期の言葉を投げかけた。
「今よ、ジョー! メロンパンの無念を晴らしなさい!」
仲間達の熱い声援を背に、ジョーは剣を翻した。
「うおおおぉ!」
渾身の力を込め振り下ろした剣は、違うことなく力士達の命(である髷)を断ち切った。
●千秋楽のその後に
こうしてご近所を騒がせていた力士型サーバントは、撃退士の手によって退治された。
「ハックション!」
「冬の女王の愛すらも受け入れるホットな俺様……」
すっかり身体が冷えてしまった大和とメンナク。
周囲を探すと、闘いの前に脱ぎ捨てたはずの服は、リノの手で綺麗に畳まれて、コンビニの入り口に置かれていた。早速身に纏って襟を正す。
「ストレイシオン、ごくろーさんや。おーきにな♪」
共に闘った相方を笑顔で見送った朗。その姿が敢然に見えなくなってから、僅かに顔を顰めた。
いつのまに擦りむいたのか、右腕が傷ついていた。
「痛いの痛いの飛んでいけー」
朗の傷に気付いたリノがライトヒールを行使する。お馴染みの呪文と共に可愛らしいヒヨコの幻影が現れ、傷口を塞いでいった。
「男……いえアタシはオカマ……いやオンナ……オトコンナ……」
我に返った龍太は、変貌した己の醜い姿を思い出し、水面下10911mの海底に沈んだかのごとく激しい自己嫌悪に陥っていた。
「……アタシからオカマ取ったら一体何が残るのよ……」
ふと、肩に上着を掛けられて顔をあげれば、そこにはジョーの姿があった。
「ありがとう。1ヵ月も掛かったったけど、皆のおかげで任務をやり遂げることができた」
その表情はとても清々しく、彼がリノの想い人でさえなければ、思わず抱きしめていたかもしれない。
「やったな」
「君の実力があってこそだ。ジョー君」
歌音、静矢もジョーに駆け寄り、口々に健闘を称えた。
「にーちゃん達、ちゃんこ屋のおっちゃんがご馳走してくれるらしいで!」
学園や警察機関に任務完了の報告を入れた朗が、嬉しそうに声をあげた。
寒空の下で戦って、心身共に疲れきった身体に温かい鍋――それは撃退士達にとっても嬉しいボーナスだ。
「鍋、か。暗闇の中で箸と箸が同じ具を摘まむ。愛を育むには丁度良いかもしれんな」
ガイア……否、堕天使に囁かれたリノとジョーは互いに顔を見合わせて……顔を赤く染めた。
力士を倒して地域の平和を守り、ついでに2人もくっ付けよう。
撃退士達のそんな思惑も、無事成功したらしい。