●目覚めたら悪夢
「が〜〜〜〜ん」
鏡に映った姿を見て、犬乃 さんぽ(
ja1272)は驚きを隠せない。
自分を動物に例えるなら絶対に犬。それは自分が生まれた時から決められた運命と信じていた。
なのに、自慢の金髪から垣間見える耳は三毛猫のそれ。
由緒正しき戦闘服はいつのまにか学ランへ。元気の証である青色のリボンは、ツノの生えた日の丸鉢巻きへと変わっていた。
猫になってしまったのは、他にもいる。
「おお……鬼灯丸か。よく似合っているではないか」
「へへ。あんたと、お揃いだね! 黒猫同士仲良くしようよ!」
凛々しく立てた耳を誇示する鬼灯丸(
jb6304)を、ベネトナシュは嬉しそうに受け入れた。再会を心から喜び、ペアの鈴付チョーカーで首元を飾り合う。
「ネコミミはともかくまさか尻尾まで生えてくるとは思わなかったよ!?」
しみじみと息を吐く滅炎 雷(
ja4615)。
「うわー。本当に生えちゃってるし」
並木坂・マオ(
ja0317)は自分のぶち猫尻尾を握りしめ、それが本物であることを確かめた。
「装置の話が本当だとすると、笑い話にはならないにゃ」
…………にゃ?!
自分が発した語尾に愕然とするマオ。
天使の置き土産は、こうしている間にも刻々と進行しているらしい。
「こにょていどでせいしんゆるがにゃいの」
東城 夜刀彦(
ja6047)は、次第に猫化していくことに恐怖しつつ、解呪の試練に挑む決意を固めた。
「あれ? 私、寝ぼけて……光纏してた……?」
起き抜けで事情が分からい燐(
ja4685)は、いつの間にか生えていた猫耳を見てそう勘違いをした。
周囲の騒ぎで、すぐに事情を察したけど。
「燐ちゃん、かわいー♪」
もふもふに天国つられて放浪を始めた燐は、弾丸のように突進してきた雀原 麦子(
ja1553)と熱い抱擁を交わす。
「……麦子、もふもふ、じゃない?」
燐の指摘した通り、麦子には三角の耳も、ふさふさの尻尾も生えていなかった。
その代わり、小さな羽毛がちらほらと。腕全体を覆う羽は、まさに雀模様。
じっくりと燐を堪能した麦子。次に狙いを定めた獲物は、狐耳の五十鈴 響(
ja6602)。先っぽだけが白い尻尾を、これでもかという具合に撫でまわす。
(俺を狙ったりはしない……よな)
女子校の更衣室で繰り広げられるようなじゃれ合いを、同じ狐耳の神凪 宗(
ja0435)は、戦々恐々とした様子で見守っていた。
「あうぅ……何だか格好悪い。(´;ω;`)」
同じ狐耳の人は他にもいるのに、何故自分だけ格好悪いのだろう?
自分の姿に只ならぬ違和感を感じたレグルス・グラウシード(
ja8064)は、膝を抱えて地面に“め”の字を書く。
せめて名前が示すとおり獅子であったなら、どんなに誇れたことだろう。
「誓ちゃんの柴犬、超可愛い……!」
彼氏の姿に黄色い声を上げた風早花音(
jb5890)。ミルク色の耳としっぽが可愛らしい。
「だぁっ! 可愛いとか言うなー! なんだよこれは!」
御空 誓(
jb6197)は慌てて犬耳を引き抜こうとするが、もちろん簡単に抜けるはずも無く……感じた痛みが、それが現実であることを突きつけていた。
「誓ちゃん、お手」
ぱしっ。
条件反射で手を重ねてしまった誓は、自身の行動に愕然とした。
「あら? 動物になれば一日中ゴロゴロ出来るかしら?」
しなやかに背伸びをした文珠四郎 幻朔(
jb7425)の耳は、野性味溢れる黒豹だ。
とはいえ、大きく欠伸をして陽だまりに転がる姿は、殆ど黒猫と大差なく。
彼女を見ていると、終日のんびりと日向ぼっこも悪くない、と思ってしまいそうだった。しかし……。
確実に、着々と進行していくケモノ化。
このままでは拙いと実感した撃退士達は、魔法役の材料を集めるため、旅立ちの準備を急ぐ。
「不思議な生き物と触れ合えるチャンス! 頑張りますね♪」
半猫化を解除するため、ゲルダ グリューニング(
jb7318)はバジリスクの住む砂漠へと向かう決意を固める。
「歌う人魚……!!」
材料の持ち主に只ならぬ興味を示したのは亀山 淳紅(
ja2261)だった。
彼の耳はケモノではなく、美しい歌声の水精霊を彷彿とさせる虹色のヒレ。まるで人魚を相手にするために生まれたようなもの。
「人魚の涙……なんだか素敵な響きです。でも、きちんと入手しなくては!」
ゆるふわの髪と同じ毛色のロップイヤーを生やした雪成 藤花(
ja0292)は、決意を秘めた瞳で許婚の顔を見上げた。
「風邪を引いたかな? なぜか寒気がする」」
ニンギョという言葉に妙な既視感を覚え、銀色狼の星杜 焔(
ja5378)は全身に鳥肌を立たせる。
――行ってはならない。
本能的に危険を感じるも、守るべき人を守るため、勇気を奮い起こした。
●氷の女王と黄金のアヒル
一面が雪と氷に閉ざされたその国の住民達の心はとても優しかった。
萌えな耳や尻尾に一言も触れることなく、訪れた撃退士達をもてなしてくれた。
「女王様は今旅行さ行ってるべ」
「昨日返って来たっけさ。今は城にいるっしょ」
「旨いかい? ほれ、カニも食べれ」
もしやコレは女王の元へ行かせまいとする陰謀か?
次々と差し出される特産品という誘惑に、撃退士達は次第に散り散りになっていった。そして……。
「ここに女王様がいらっしゃるのですね」
ついに氷の城へたどり着いた撃退士達。子守歌代わりに聞かされたお伽話のような光景に、響は胸を高鳴らせた。
「あとは卵を手に入れるだけね」
麦子は門を守っていたイケメンズに献上品を託し、謁見を乞う。
「聞く耳を持っていれば良いんだがな」
平和的を目指す女性陣と並びつつ、宗は警戒を怠らない。
氷の女王は、言うなればゲームのラスボス。一筋縄では行かないだろう。もしもの時は、と覚悟を決める、が。
門の外で待つこと、3分。
「「入って良し」」
意外にもあっさりと。氷の門は開かれた。
◆
――同時刻。
「危うく天国を見るところやった」
ミセスダイナマイトボディー(
jb1529)は、ぶぅ、息を吐いた。
体型と調和がとれた黒豚姿のため目立たないが、よく見ると鼻までケモノ化している。
見事な喰いっぷりで国民達を魅了していたが、肉のないシャブシャブを前に、己が使命を思い出したのだ。
アヒルは池いる。そうヤマをかけたミセスは、堂々と裏口から潜行を開始……
『ウー、ワンワン!』
……した直後、あっさりと番犬に見つかってしまった。
ミセスの服に染み付いた美味しそうなサンマの匂いにつられ、尻尾を振って吠えるケルベロス(チワワ大)。身の危険を感じたミセスは、おだてられてもいないのに木の上へ駆け登った。
「随分と躾のなっていないワンチャンだねぇ」
まさに黒豚危機一髪! という時。強力なスマッシュでミセスを救ったのは、やはり池を目指して探索していた幻朔。傍らには、優雅な微笑みを浮かべるベネトナシュの姿もあった。
「助かったわぁ。おーきに」
天敵が去り、地上へ降りたミセス。頼もしい仲間と合流を果たし、共に池を目指す。
「ついに見つけたでー」
「いかにも卵がありそうね」
「ふふふ、この程度の試練、嘆きを司る黒鳥にとっては造作もないこと」
池の畔に佇むアヒル小屋を発見した3人。息を潜めて中を覗きこむと、やはり金色の殻をした卵が3つ、小屋の隅に鎮座していた。
『キャン、キャン!!』
もちろん、女王の番犬たるケルベロスが、黙って宝を渡すはずがない。
キャンキャン、ガルルル、クエックエックエッ……。興奮した番犬に触発され、アヒル鳥達も闘争本能を芽生えさせる。
「本当にヤンチャな子だね。お姐さんが仕置きしてあげるわ」
柳眉を顰めた幻朔が拳を振り上げる。
「ぶぅ、見てくれで判断すると痛い眼あうでっ」
ミセスの周囲に色とりどりの火花が飛び散り、ケルベロス達を飲み込んだ。
「これだからアヒルという生き物は好かぬのだ」
首も足も短いくせに……とベネトナシュは扇を翻し、襲いくる黄金のアヒルを叩き落とす。
ケモノ対ケモノのプライドを賭けた戦いが、ここに始まった。
「……で。何がどうなったのさ」
卵を求めアヒル小屋を訪れた鬼灯丸は、そこに広がる光景に頭を抱えた。
半壊した小屋。
庭石は粉々に砕け、ケルベロスは茂みの陰でプルプルと震えている。妙齢の女性達は息も絶え絶えに座り込み、アヒル達に蹂躙されていた。
「おぉ、鬼灯丸」
ボロボロになったベネトナシュが差し出した手を、鬼灯丸は素直に取った。
「へ?」
引き起こそうとしてバランスを崩して倒れ込んだ2人。
ふくよかな胸の柔らかさとか、白百合の香水の匂いとか。ベネトナシュのあれそれを一頻り堪能した鬼灯丸。
己が身に降りかかった災いに気が付いたのは、どこからかクエッと苦しそうな息が漏れた時だった。
身体の間に挟まれた、黄金のアヒルが1羽。これはもしや……。
くっついた?!
◆
献上した年代物の新酒ワインを、女王はとても気に入ったようだ。
正式な客人として招かれた麦子、響、宗は、テラスで香草茶を飲みながら、美容談義に花を咲かせていた。
盛り上がる乙女たちの横で、宗はひとり、夢うつつ。
(……眠い)
しかし、そんな状態でも彼は歴戦の戦士だった。
どこかで響いた爆発音。狐耳をピント逆立てた宗は、自分のターンが来たことを予感し、大鎌を抱え持つ。
銀色の丘を転がり近づいてくる異形の影――それはアヒルに巻き込まれ、団子状になった仲間達の姿だった。
「何をやっているんだか」
宗は呆れて息を吐き、響はオロオロとして女王の反応を探る。
この微妙な雰囲気をどう和ませるか、麦子は必至に考えを巡らせ……そして閃いた。
「女王様のくびれ、素敵よね♪」
背後から忍び寄った麦子は、女王の脇腹に手を添え細く引き締まった腰を抱きしめた擽った。
「……!」
どうやらウィークポイントだったらしい。声を殺し、悶えに悶え、ついには腹筋を痙攣させて笑い出す。
伝説(?)通り、解放されたアヒルが誰かにくっつく前に、響は軽快なステップと餌で彼らの気を引き、テラスの外へと誘導した。
窒息寸前の状態から解放された鬼灯丸は、息も絶え絶えに囁いた。
「黄金のアヒル卵を30個程……頂けませんかね?」
●踊る尻尾と真の敵
日本の秘境・G――
高く聳える岩山を、撃退士達は見上げに見上げた。
「これ、落ちたら……死ねる?」
ぽつりと呟く燐に、凛々しい獅子の耳をした織宮 歌乃(
jb5789)が神妙な面持ちで間違いなく、と返す。
岩肌のあちこちに出っ張りは見えるが、間違って足を踏み外したら最後、真っ逆さまに落下してしまうだろう。
「もんだいにゃい。かべはしる! ぬこんじゃだから!!」
えへん、と胸を張るのは、青みがかった毛並みの猫――夜刀彦だ。果敢にも崖に爪を立て、勢いよく登っていく。
龍崎海(
ja0565)は背に生えたフクロウの羽を広げてみた。
力強く羽ばたいてみると、ふわりと体が浮き上がった。飛べる。そう思った途端、錐もみ状態で急降下。
地上で見守っていた者達は肝を冷やしたが、以降は何事も無く、順調に高度を上げていく。
「ナハラさん、頼みます」
彼は虎のくせになぜ飛べるのか?
相棒のヒロッタ・カーストン(
jb6175)に先立たれた佐藤 としお(
ja2489)は、遅れを取り戻そうと必死だ。
鷹揚に頷いたナハラが触れると、飛べない龍・としおの背にコウモリのような翼が生えた。
次々と翼を受け取り、飛び立っていく撃退士達。
その間、大人しく順番を待っていたレグルスは気付いてしまった。ナハラの被膜のボロさ加減が、先刻よりも明らかに進行していることに。
どうやら自分の羽を引きちぎって分けているらしい。
(大丈夫……なのかな?)
一頻り悩んだ後、レグルスは彼のプライドが傷つかないよう、こっそりライトヒールをかけてあげた。
崖を登りきった先に待っていたものは、荒涼とした世界だった。
見渡す限り続く岩と砂の大地。照りつける太陽の下で動くモノは、撃退士だけだ。
「バシリスクは、この何処かにいるんですね?」
ホワイトタイガー・高虎 寧(
ja0416)は注意深く周囲の様子を観察するが、トカゲらしき姿はどこにも見当たらない。
「あちらの方に反応があります」
精神を集中し、付近に潜む生命体の位置を探っていた海が顔を上げた。
風に逆らい靡く凛々しい眉が指し示すのは、腰を掛けるのに丁度良さそうな大きさの岩だった。
「判った。あの後ろに隠れているんだね!」
「いや、そうじゃない」
海が制止する暇もなく、真っ先に駆け出したさんぽ。古びた刀を手に、月面宙返りで岩の上へ飛び乗った瞬間……
「はわわっ」
突然足元が揺れ動いた。
振り落とされて尻餅をついたさんぽは、大きな2つの目玉と視線が合い、思わず尻尾の毛を逆立てた。
驚いたのはいきなり踏まれた相手も同じである。むくりと後ろ足で立ち上がると、自身の力を誇示するように四股を踏んだ。
「気を付けて。敵は他にもいます!」
上空を旋回するとしおの警告を受け、寧は咄嗟に槍を翻した。
薙いだ岩は本物だったが、激しく響いた打撃音に驚き、周辺に隠れていたバシリスク達が一斉に動きだした。
バジリスクの硬い皮膚は、鎧であると同時に強力な武器でもある。
勢いに任せた突進を受けた白狼・影野 恭弥(
ja0018)は、身を持って威力の凄まじさを証明した。
「だが、恐れる程ではない」
口元に滲んだ血を雑に拭う恭弥。
その手には、いつの間にか一振りの刀が握られていた。彼の生命を存在の源とする妖刀『紅月』が――
瞬時に繰り出された斬撃は、無防備なバジリスクの尻尾を一刀のもとに斬り落とした。
ピチ。
ピチピチ……。
ビチビチビチビチ……!
まるでそれ自体が生き物であるかのように跳ね回る切断尻尾。
驚きのあまり、撃退士達は息を吸うことすら忘れ、跳ね回る尻尾に見入っていた。予備知識は持っていたはずなのに、どうしても目を離せない。
しかし。同時にそれは、一部の種族に対してのみ、更なる影響を与えていた。
狂化――即ち、バーサークである。
「ミ(ΦωΦ) それはアタシの獲物ニャー!」
瞳を爛々と輝かせて尻尾に飛びついたマオ。
「負けない、負けないもん。ボクは犬だ。犬になるんだ。……犬まっしぐら!」
さんぽは自分に暗示をかけ、耐えがたい誘惑を振り切ろうとする。
「いえ、決して猫科の獣耳だからといって、動くものに興味が出る訳ではない筈……!」
マオや夜刀彦はもちろん、誇り高き獅子族である歌乃までが、活きの良い尻尾を我が物にしようと競い合う。
ナハラはいつもの仏頂面でそっぽを向いているが、ピクピクと反応する尻尾は、彼が本能を必死に抑え込んでいることを物語っていた。
「ふ。やりきったにゃ」
熾烈な爪迫り合いの末、みごと争奪戦を勝ち抜いたのは夜刀彦だった。得意満面の笑顔で戦利品を天に掲げた。見るも無残な姿なに成り果てた尻尾を。
――まずい。非常にマズイ。
思わぬところに潜んでいた敵。血気盛んな猫族の手により、苦労して刈り取った尻尾は次々と切り刻まれていく。
「皆、早く正気に戻って」
このままでは埒が明かない、と祈りを捧げる海。
「にゃにゃ?」
「はっ……。私は今、一体何を……?」
聖なる刻印を刻まれ正気に戻った猫族は、己の痴態を思い出し、がっくりと膝を付いた。
気を取り直して、撃退士達の戦いは続く。
「前方10m、そこの岩場の陰に逃げ込みました!」
空と地上、龍虎息のあった連携攻撃でバジリスクを狙うのは、としおとヒロッタだ。
としおがライフルで砂を巻き上げ、視界を奪われたバシリスクがパニックを起こした隙に、ヒロッタが止めを刺す。
サンダーブレードで麻痺した尻尾は、彼らの予想通り、暴れ回ることはなかった。
「まずは一つ頂きっ! ……次はどなたの尻尾をいきますか〜?」
だらしなく弛緩する尻尾を回収したヒロッタは、次なる活躍のため、虎視眈々と獲物の品定めをする。
◆
尻尾を直接見えなければきっと大丈夫。そう信じた燐はサングラスを装着し、戦いに臨む。
可愛らしい外見とは裏腹に、彼女が操る得物は背丈を遥かに超える大型の槍。
小さい=弱いと思い込んで近づいたバジリスクは、身の危険を感じて回れ右をした。
「……ノルマ、1人1本」
掛け声と同時に槍を振り回す燐。目の前で揺れる尻尾を、問答無用で薙ぎ払った。
◆
今度はあの誘惑に打ち勝つことができるだろうか?
「……もう、惑わされることはありません」
雑念を振り払った歌乃の心は、月を映す湖のように静まり返っていた。
音も無く一葉の紅葉が舞い落ちる。僅かに揺らめいた水面に幾重もの波紋が広がり……。
放たれた緋色の風は、バジリスクが危機を自覚する間もなく、その尻尾を刈り取った。
◆
恭弥が二挺拳銃を撃ち放つ。放たれた弾丸は、2匹のバジリスクを貫通し、向こうの岩場に当たって止まった。
ユラユラと揺れ動く尻尾を視線で追い続け、催眠術に掛かった寧が夢の世界へと誘われた。
さんぽが斬り落とした尻尾に夜刀彦が飛びつき、動きを封じこめる。
餌を獲るようにバジリスクの舌で顔面を舐められ、ナハラが落ち込む。
マオは怒涛のような振動猫パンチで鉄壁の防御を打ち砕き、止めを刺した。
◆
「尻尾があればいいんで、倒す必要はないんだよね」
仁王立つバジリスクの膝裏を槍で打ち払った海。コケて無防備になった尻尾に素早く鋼糸を巻きつける。
放り込まれたズタ袋の中で、此処から出せと言わんばかりに暴れ回る切断尻尾。
邪魔な荷物をナハラに押し付け、海は危機に瀕した仲間をサポートするため、再び戦場へと戻っていく。
◆
「こんにちは、トカゲさん」
修羅が踊る戦場からわずかに東。
のんびりと日向ぼっこをしていたバジリスク達に、ゲルダは礼儀正しく頭をさげた。
徐に取り出したエサ団子を地面の上に置くと、そっと離れて様子を探る。
見慣れない、しかし美味しそうな匂いを放つ不思議な物体に、バジリスク達は当初警戒心を露わにしていた。
(……やっぱり虫さんの方が良かったのでしょうか?)
バジリスク達は団子の匂いを嗅ぎ、前足転がして、危険がない事を確認してから頬張った。
厳つい顔が、見るからに至福の表情へと変わる。
「へ、平気なの? (;´Д`)」
爬虫類が苦手なレグルスは、あっという間にバジリスク達と仲良くなったゲルダに驚きの声を上げる。
「可愛いですよ?」
存分にスキンシップを楽しむ彼女の笑顔は、やせ我慢をしているようには見えなかった。
レグルスは恐る恐る手を伸ばしてみた。指先で触れた背中はゴツゴツして、おまけにひんやり冷たかった。
喉元を撫でると、気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らす。
「……(*´・ω・)」
よく見ると、意外に可愛いらしい顔をしていることに気付いたレグルス。尻尾を切るのが可哀想になって、トボトボと放浪の旅に出た。
「う、うーん。今まで自然に落ちたのとか、無いかなぁ……」
……ありました。
バジリスク達が日向ぼっこをしていた岩場の裏側に、1本。
どれだけ放置されていたのだろう? カラカラに干からびているけれど、尻尾は尻尾。
レグルスは自信をもって戦利品を抱え上げると、仲間達の元へと急いだ。
18本。
それは撃退士達が収穫した尻尾の本数である。
……実際はもっと多かったのだが、とある事情で原形を留めていないため、カウントされていなかったりする。
もっともそれは、成し遂げた成果に比べれば些細なことだろう。
互いの健闘を讃えあった撃退士達は、さらなる任務を遂行すべく、秘境・Gを飛び立った。
●南海に響く歌声
「……え〜と、あれが人魚?」
普通、人魚と聞けば、殆どの人は魚の尾びれを持った綺麗なお姉さんを思い浮かべるだろう。
しかし、目の前で戯れるモノ達の姿は、撃退士達の想像の遥か斜め上を飛んでいて……雷の黒猫耳が反り返る。
「何あれ、怖い」
ウサ耳を震わせ、藤花が焔の背に隠れる。焔は身を盾にして許嫁を庇うが、その表情は蒼白だった。
(アレ、俺の知ってる人魚となんか違うんだけど……)
もしかして上陸する島を間違えたのだろうか? 誓はそんな不安を抱くが、真実を知るデビルは今、この場にいない。
「ひゃっほう気持ち悪い! でもええよ。歌に外見関係ないし! ……って。深紅ちゃん、どないしたん?」
歌をこよなく愛する淳紅は、何の偏見もなく人魚達を受け入れる。
一方で理想をズタズタに引き裂かれた深紅は、文字通り魂が抜けていた。
「……と、とにかく早く任務を遂行しなきゃ」
茫然と立ち尽くす撃退士達。
ふと我に返った花音は、頑丈そうな金盥を取り出して、涙を採取するための仕掛けを作り始めた。
突然現れたニンゲンを見て、人魚達は慌てふためく。
どこからともなく取り出した釣竿を手に、警戒態勢を取っていた。
最初に行動を起こしたのは、立派なひげを蓄えたナマズっぽい人魚だった。おそらく族長のような存在なのだろう。漂う威厳は相当なものだ。
『ぼえぇぇぇ〜!!』
族長の歌声に共鳴し、玉ねぎを入れていた金盥が不気味な音を響かせる。
首にかけたマモンの紋章が振動を始め、藤花は真具が破壊されないよう、慌てて握りしめた。
「……実に素晴らしい歌声です!」
鼓膜が破れそうな程に響く耳鳴りに耐え、焔は攻撃ではなく、賞賛を返した。
この一言で、人魚達は2人を“敵ではない”と判断したらしい。族長の命令の元、武器を収める。
「実は私達、伝説のカレーを作らなければならないんです。それで、お手伝いしていただけないでしょうか」
一部の真実を隠し、藤花は正直に自分達の目的を告げる。
ただ、玉ねぎを切る。それだけでいいのだ、と。
人魚達は快く応じてくれた。
何も疑うことなく、焔に渡された鈍な包丁で黙々とみじん切りを生産していく。
瞼を持たない人魚達に玉ねぎの刺激から身を守る術はない。
『うるるる〜』
辛い状況を歌でごまかす人魚達。彼らが座る盥の中は、既に涙が溜まっていた。
◆
海岸で数尾の人魚が戯れていた。頭にヒトデを飾っているから、たぶんメス。
雷はその中から1尾に狙いを定め、リボンで飾り付けた魚を差し出した。
「これを貰ってください」
人魚は贈り物と雷を交互に眺め……顔を赤らめた――ように思えた。モジモジと身体をよじる姿が不気味で堪らない。
仲間達が囃し立てる中、彼女は雷の手を取り、あちらに行こう、と腕を引く
洞窟に連れ込まれた雷は、そこで人魚に異界の呼び手を発動。海草で全身を縛りつけた。
「恨みは無いけど、呪い解くために捕獲させてもらうね!」
ケモノの本性を露わにした恋人(?)に、人魚は恐れ慄き、大粒の涙を流し始めた。
◆
人魚達の歌声は予想以上にスゴかった。いろんな意味で。
聞くところによると、彼らの歌声は破壊力があればあるほど美しい声とされるらしい。
「君たちが! 泣くまで! 歌うのを止めない! (`・ω・´)キリッ」
歌合戦に飛び入り参加を果たした淳紅は、彼らのリズムに合わせ、声を震わせる。
「♪……demolition!」
メタルな掛け声とともに人魚達の足元が弾けた。
続けて披露した演歌では、こぶしに合わせて風が渦巻いた。
淳紅が歌うたび、氷が貫き、炎が迸る。
こんな破壊力は初めてだ!
邪悪な侵略者リョー・シの軍艦を沈めたという伝説の勇者を彷彿とさせる歌声に、人魚達は感涙した。
◆
盥、よし。
ビニールシート、よし。
耳栓、よし。
「これであとはじっと待つだけ……」
準備を万端に整えた花音と誓は、茂みに身を潜めて人魚を待つ。
ようやく現れたのは、3尾の人魚だった。
しゃくれ顎のリーゼントと出っ歯のチンピラ人魚が、気弱な人魚を強請っている。
誰かを傷つけることは躊躇われるけど、悪人魚ならば心は痛まない。これはイジメではなくお仕置きなのだ。
(今よ、誓ちゃん!)
(了解)
花音の合図を受け、誓がロープを切る。
絶妙のタイミングで発動した罠は、チンピラの頭にジャストミート。ぐわぁん、と小気味よい音を響かせる。
あ。マズイ。
花音の存在に気付いたチンピラが、睨みを利かせて立ち上がった。
『何見とるんじゃ我ぇ』
その迫力に圧され、花音は身を竦ませた。
ぐわぁん。
ぐわぁぁん。
ぐわわわぁん……。
何よりも大切な存在を守るため、誓は続けざまにロープを切り、金盥を落としていく。
いかにチンピラといえど、これは効いたらしい。
情けないほどに涙を流し、チンピラ達は捨て台詞を遺して逃げて行った。
海生物満載のカレーは、人魚達に好評だった。
「うわあん。 ゜(゜´Д`゜)゜ 。ぬるっとするー!」
人魚達に別れの抱擁を受けた淳紅。間近で感じる体臭が生臭い。
紆余曲折あったけど、人魚の涙は無事にゲット。
一部で発生した在らぬ誤解も無事に解け、撃退士達は揃って岐路に付く。
夕暮れの迫った島で、人魚達の歌声に見送られながら……。
●死ぬまで解けない呪いと秘薬のカレー
無事に食材を手に入れた撃退士達。休む間もなく、小学校の家庭科室を借りて秘薬入りカレーの調理を始める。
「……しかし、カレーとは、何とも」
ジャガイモの芽を丁寧に取りながら、歌乃がため息を吐いた。
食事に混ぜるなら、和食でも構わないのではないか?
「カレーなら、子供達も喜んで食べてくれるからでしょうか?」
藤花が仕込んでいるのは、リンゴと蜂蜜がたっぷりと入った甘口のカレーだ。背中越しにお玉を奪い取った焔が味見をする。直後に綻んだ笑顔が、何よりの答えだ。
「美味しいの作るね!」
夜刀彦は、玉ねぎを剥くお手伝いをしてくれたオバチャンに笑顔で応えた。
そうして切られた野菜は久世 玄十郎(
ja8241)の手で等しくチームに分配され、撃退士達は甘口、中辛……超激辛、其々の好みに合わせ、カレーを仕上げていく。
「配膳は校庭で良いんだな?」
一足先に炊き上がったご飯を、宗と響が運んでいく。
校庭にはすでにご馳走を待ちきれない村人達が集まっていた。子供達はレジャーシートに座り、瞳を輝かせながら、お祭りの始まりを待っている。
さっきから姿が見えないと思っていた麦子は、ビールを片手に村人達と酒盛りの真最中。皆さんすでに出来上がっています。
「薬嫌いだから、カレーなのは助かったにゃ」
「ぎょーさん食いまくるでぇ」
「(´∀` )僕の彼女も料理がうまいんですけど、カレーもとっても上手なんですよ!」
ここぞとばかりにノロけるレグルス。非モテ一般人の鋭い視線を気にすることなく、思うがままカレーを盛り付けていく。
「……人参はちょこっとで、いいと思う」
村の子供達と一緒に並び、小さな声で口ごもる燐。別に食べれないわけじゃい……ごまかすが、複眼の悪魔は何も言わずにオレンジ色だけを避けてくれた。
やがて全員に膳が行き渡ったところで、皆は手を合わせる。
野菜を作った農家さんや、食材となった全ての生物に感謝を込めて。
「「「いただき…………まずっ!!」」」
一口食べた瞬間、撃退士達は凍りついた。
さんぽの口から煙のようなものが立ち昇り、恭弥は無言で口に水を含む。
どこかでスプーンが落ちる音がした。
――どうしてこうなった?
秘薬入前の絶品カレーを知る者は、その激変振りに吃驚する。
「せっかくトカゲさんが分けてくれたのですから……」
遠のく意識を繋ぎ止め、ゲルダは完食を目指す。
もちろん、撃退士の中には、この阿鼻叫喚ともいえる味を全く意に介さない猛者も存在した。
「はい、あーん♪」
鬼灯丸はベネトナシュの隣にちゃっかりと座り、周囲にラブラブっぷりを見せつける。
「……誓ちゃん」
仲睦まじい姿が羨ましくなった花音は、ドキドキしながらも真似をした。
「もうお腹いっぱいです……」
終にとしおがスプーンを置いた。
競い合うようにカレーを貪っていたヒロッタは、勝利を確信したとたん、安心したように倒れ込んだ。
意地、礼儀、哀……様々な思いが錯綜するカレーパーティーは、無事に終わりの時を迎える。
空にはニンマリと微笑むような月が浮かび、満天の星が校庭を照らす。
静まり返った校庭に残されたのは、空になった鍋と食器。そして死屍累々と転がる人々。
傍迷惑な天使の呪いが無事に解けたことに皆が気付くのは、翌朝のことだった。