●現実と夢の狭間
輝く真夏の太陽の下、そこだけが一面の銀世界。
穢れのない白き大地は光に照らされて、キラキラと宝石のように輝いていた。
「ここは天国ですか?」
周囲に立ち込める冷気を全身で感じ、雪夏(
jb6442)は思わずそんな言葉を呟いていた。
「おや、これは涼しいし……、可愛い☆」
保育園の園庭を占拠する侵略者を前に、ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が素直な感想を漏らした。
彼の視線の先にあるものは、屋根より高い雪だるまと、小動物のように周囲を駆け回る無数の雪だるま。
「なんとも、季節外れな風景が出来上がってるな」
梶夜 零紀(
ja0728)は足元の雪をすくい上げる。綺麗な六角形をした結晶が、肉眼でもハッキリと見えた。
「こんなこと、以前にもあったわね……」
1年前、久遠の園に降り立った雪だるまん・ダディが被っていた青いバケツを思い出し、懐かしそうに目を細めるエルム(
ja6475)
「その時のサーバントは、撃退士でもしもやけになった奴がいるって聞いたぞ……」
礼野 智美(
ja3600)はその事件に遭遇していないが、雪だるま達に魅了された親衛隊の末路は噂として聞いていた。
撃退士ですらその有り様なのだから、一般人の、それも幼児では、しもやけ程度では済まないだろう。
「何にせよ、それがサーバントならば放置しておくには行かないわよ」
冷静に状況を分析するグレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)に同意を示したのは、日下部 司(
jb5638)だ。
司は遊び回る雪だるまん・キッズ達を刺激しないよう、園庭の端っこを歩き回り、戦場を確認をする。
一歩踏み出しただけで膝下ぐらいまで脚が沈んだ。ちょっぴり水分を含んだ雪質は、移動に影響があるかもしれない。
雪だるままんを見上げた鳴海 鏡花(
jb2683)は、視線を自身の胸に下した。
もう一度、ママンを見上げる。改めて自分の……
「…………」
そこに“武”があれば、鏡花は事実を謙虚に受け止めていたことだろう。
しかし鏡花の前で仁王立つママンは、彼女――否、一部の女性に対し、これでもかと言わんばかりに“侮”を突きつけているのだ。
「けしからんな」
鏡花は怒りを無き胸に秘め、改めてサーバントの成敗を誓った。
戦いを前に、エルムは滑り止めが施された靴に履き替える。残りの荷物をどうするか、暫し考えて……。
「あの、お願いしていいですか?」
「この身体で成せることがあるなら、喜んで」
委ねられた智美は、嫌な顔ひとつせずに即答した。
幼い子供達の危機のため、ケガを押して駆け付けた智美は、園庭の隅で後方支援を担当することになっていた。
だから戦闘時の邪魔になりそうな荷物を預かるには適任と言えた。
「拙者の荷物も引き受けて頂けるでござろうか」
鏡花が魔法瓶を2つ、慇懃に手渡す。
「智美ちゃん、ボクのもお願いできるかな?」
一体どこから取り出したのか。
ジェラルドが置いていったのは、思わずツッコミを入れたくなるほど大荷物。
……緊急出動だったわりに、皆さん色々とお荷物盛りだくさんである。
●いざ、成敗開始
園庭の中央に佇むママン。
彼女(?)を囲むように、無数のキッズが踊り狂っている。
ママンが貧乏ゆすりをするように体を震わせた。振動で零れ落ちた雪の欠片がムクムクと起き上り、新たなキッズとなって動き出す。
「やっぱりここは、ママンから狙うべきだな」
数の多いキッズも捨てておけないけれど、今日の依頼はタイムアタックだ。片端から叩き壊しても、発生源を断たない限り、いくらでもキッズは増殖するだろう。
零紀の呟きに頷き合った撃退士達は、それぞれの魔具を手に、雪原へと足を踏み入れる。
ザザザッ!
(●_●)(●_●)(●_●)(●_●)……
撃退士達の侵入に気付いたキッズ達が、一斉に振り返った。“頭”だけを、くるりと動かして。
ハッキリ言って可愛さ余って不気味さ百倍。
思わず身を引いた撃退士達に向かい、キッズが襲いかかる!
「はうっ」
初端に集中攻撃を食らったのは、撃退士の中で一番小柄な雪夏だった。
弾丸アタックに晒され倒れた雪夏の周囲に、椿のような赤い花が散った。
「お願い、間に合って!」
あの流血量では重体は必至――とっさにヒールを行使したグレイシアの目の前で、雪夏は何事も無かったように起き上がる。
「……もったいない、です」
顔も手も真っ赤に染めて、口に出た言葉はその一言。
血のように見えた物の正体は、雪夏が密かに隠し持っていたカキ氷用のイチゴシロップだったらしい。体当たりの衝撃で容器が壊れてしまったのだ。
貴重な回復術を無駄にしてしまったグレイシアはガックリと膝を付いた。
「「皆、下がって!」」
零紀と司は声を揃え、黒き衝撃波を撃ち放った。
無数のキッズ達が木の葉のように宙を舞い、粉々になって散っていく。
「あとは任せた」
自ら雪原に切り拓いた一筋の道を、零紀が走る。ジェラルドとエルム、鏡花も後に続いた。
打ち合わせは視線だけで充分。撃退士達は素早く四方に散り、ママンを取り囲む。
「これだけ接近してしまえば、雪玉攻撃は使えるかしら?」
挑発されたママンは怒りに震え、全てを凍てつかせる吹雪を吐き出した。
それはエルムの推測通り、足元の撃退士達を巻き込むことはない。そう、足元直下の撃退士達だけは。
吹雪はママンの正面に広く吹きすさび、再び世界を白く染めていく。
離れていたが故、吹雪の直撃を受けた司、グレイシア、雪夏の3人がそろって雪玉へと変化した。
ギリギリ射程圏外だったために難を逃れた智美は、園の外からじっくり狙いを定め、1体ずつ確実にキッズを粉砕していく。
「う〜、怪我して無かったらワイヤーや槍持って特攻するのに……」
戦巫女の二つ名が示す通り、智美の性分は前衛だ。まるで神楽を舞うかのような動きで、敵を翻弄する。
なのに今はコソコソと隠れることしかできないなんて。
己の不甲斐なさを悔やむ彼女の前に、1体だけ仲間とはぐれ、迷子になったキッズが現れた。
じぃ〜〜っ。
( ● _ ● )
ゼロ距離での遭遇に、自身が置かれた状況に気付くまで要した時間はたっぷりと5秒。
脱兎の勢いでお向かいの庭に逃げ込んだ智美は、チワワに吠えられながらも様子を探る。
キッズは柵の上を歩いていた。トントンと弾むように歩き……バランスを崩して“こっち側”に転がった。
そこは灼熱の太陽に温められたアスファルト。
ママンの加護を受け、雪原の上では無敵を誇ったキッズは、瞬く間に水となって消えていった……
●果てしなき戦い
関東某所。午後3時10分の気温、37度。この日の最高温度を記録。
某保育園・園庭の気温、推定18度。
サーバントの存在は怖いけれど、涼しさのおこぼれを貰っているご近所さんは、少しでも長く戦闘が続いて欲しいと切に願う。
早く雪遊びをしたいお子様達の、おやつを頬張るスピードもアップし、撃退士達は色々な意味で背水の陣へと追い込まれていった。
「ちょっ……冷たい!」
不意打ちの突撃を受けたエルム。衝撃に顔を顰めたが、直後にひんやりとした感覚が背中に広がった。
「ダメよ、ダメダメっ」
このまま癒されていたい誘惑を必至に振り払い、ママンへと向き直った。
「これは、思ったよりマズイな」
フリー状態のキッズが、ママンの盾となって立ち塞がる。
冷静に、容赦なく、あっさりと。封砲でまとめて吹き飛ばした零紀は、改めて状況を確認した。
保育園へ到着して数分。突撃による自爆攻撃も含め、結構な数を破壊したと思っていたが、キッズは一向に減る様子はない。
「司ちゃん、大変そうだねぇ」
ジェラルドは軽い口調で言うが、ママン撃破の仲間を援けるため、キッズの注意を一身に引き付けている司は必死そのものだ。
もちろん援護する智美や雪夏もかなり頑張っているし、活躍だってしている。ただ、前衛が彼1人だけという事実が、あまりにも不憫なだけで。
「先は長いわ。油断せず、慎重にいかないとね」
グレイシアのヒールで体力を全快させた司は、直後にキッズの総攻撃を受け、回復した以上に削られた。
文字通り粉骨砕身の状態に、そろそろ休ま(気絶さ)せてあげても良いのでは? と考えてしまいそうだが、キッズ達が余計な親切心を出して、永遠の眠りに旅立たせるだろうことは目に見えていた。
「……という訳で、ちょっと援護してくるね」
ジェラルド、ママン戦線離脱。ブドウ色の闘気を全身に纏い、キッズの群れに身を投じた。
「悪いけど、これ以上は打ち止めにさせてもらうわよ」
ママンが貧乏ゆすりを始めたのを見て、グレイシアはすかさず自身を中心とした魔方陣を展開する。
それは刹那の間ではあるが、敵の特殊能力を封じる術だ。
ぶるるん、と大きく震えるママン。振動で体から幾つもの雪片が零れ落ちる。
しかしそれられはキッズとして生まれ変わることは無く、泡沫のように風に乗って消えていった。
「今のうちよっ」
狙い通りの展開に、グレイシアの声が跳ね上がる。
零紀が封砲でキッズごとママンを撃ち、反対側の足元をエルムが薙ぎ払った。
ママンは元々動きが目立たず無表情のため、攻撃が効いているのかどうか今イチ判断できないが、攻撃直後は吹雪も雪玉も吐き出さないので、一応効果はあるのだろう。
「こういう敵って……どこかに核みたいなモノがあったりしないのかしら」
そこを突けば、一気に瓦解するような何かが。
「拙者に心当たりがあるでござる」
エルムの呟きを聞き留めた鏡花は、黒き片翼を広げると、ふわりと空中に身を躍らせた。
「推して参る!」
その比翼となるのは、志を同じくする仲間達との信頼か、それとも……
「雪だるまの分際で巨乳とは許せんでござるー!!」
……嫉妬の炎か。
魂の叫びと共に放たれた炎陣球がママンの胸を溶かし、抉っていく。
今やあのナイスバディの面影はどこにもない。ママンはAAAも高笑いで勝ち誇る陥没体型へと成り果てていた。
萎え衰えたママンに、零紀のハルバートが、エルムの刀が、雪夏の半身であるヒリュウのブレスが、折り重なるように襲いかかる。
ピシリ。
ママンの身体に小さな亀裂が生じた。
ピシピシピシ……。
撃退士達の攻撃を受ける度、それは次第に広がりをみせ、ママンの体はついに崩壊を始める。
ぴゅうるるるぅ……。
( ◎ Д ◎ )
それは命を賭した最後の抵抗。
ママンが吐き出した凍てつく吹雪の息は、足元の撃退士も、植木も、園庭の隅にあるすべり台も、全てを白く白く覆い尽くしていく――
ママンを喪ったキッズ達は、烏合の衆と成り果てた。
あれだけ激しかった体当たりをすることもなく、ただひたすら逃げ回るだけ。
雪だるま化から解放された撃退士達は、数分の鬼ごっこの末、全てのキッズを退治することに成功した。
タイムリミットまであと8分を遺す大健闘である。
何はともあれ、これにて一件落着……
否。仕事はまだ残っている。
考えようによってはサーバント退治よりも重要で、難しい任務が。
「さて、子供たちにひと夏の想い出を提供してもらおうかな♪」
すっかり静かになった園庭に寝ころびながら、ジェラルドが楽しげに呟いた。
「雪だるま、いっぱい作らなきゃですね」
エルムが雪玉を転がし始めると、他の撃退士達もそれに倣う。
「雪だるまを作るのは勘弁でござる。もういいでござる……」
仲間の手によって次々と生み出される雪だるまを前に、鏡花だけは戦々恐々としていたけれど。
●夢の名残り
午後3時20分。
おやつを終えた子供達が外へと駆け出してきたのは、撃退士達が20個目の雪だるまを作り終えた時だった。
「ほら、雪だるまさんは溶けずに待っていてくれたよ」
両手を広げ、子供達を歓迎するエルム。
「きゃーっ」
「まだいたー♪」
子供達の歓声を聞いて、撃退士達はこの上ない達成感に包まれた。彼らの純粋な笑顔と喜びは、何にも勝る報酬だと、実感する。
「おっきなゆきだるま、どこ?」
小さい雪だるまには目もくれず、ひたすら周囲を見回していた女の子が寂しそうに呟いた。
「俺達が来たときには、大きいのなんて無かったよな?」
「う、うん、きっと恥ずかしくて、何処に隠れちゃったんだと思うよ」
雪遊びで子供達が風邪を引かないよう、帽子と手袋を配っていた智美と司が慌てて言い繕う。
「……そうだ。皆で一緒に大きな雪だるまを探そうか?」
そう提案をしたのは零紀。握りこぶしぐらいの雪玉を作り、お手本を見せるように転がしてみせた。
次第に大きくなっていく雪玉を前に、スノーバトルに興じていた男の子達が集まってきた。自分が最初に見つけ出すのだと、競うように真似をする。
「雪だるま、園舎の東側に置くと良いみたいよ」
グレイシアが保育士に確認したところ、決して邪魔にならず、隣接するビルのおかげで陽射しが遮られるポイントがあるという。
明日には溶けてしまうだろうが、少なくとも子供達の目の前で溶け死んでいくことは、きっとない。
「はい☆ レモン、メロン、イチゴ、ブルーハワイ☆ どれがいいかな♪」
ジェラルドは色とりどりのシロップで幼女心をくすぐり、飯事遊びに付き合っていた。
即席カキ氷屋さんは大繁盛のようだが……お子様達はおやつを食べたばかりではなかったのか?
「あまり体を冷やすのは良くないでござるよ」
ちゃっかり仲間に加わって、カキ氷頭痛に悶絶する雪夏を労わるように、鏡花がホットココアを差し出した。
「おにーちゃ、ありがと」
「拙者はお兄さんではなくお姉さんでござるよっ?」
子供達に性別を間違われ、お約束のように否定をした鏡花。ほのぼのとした笑いが周囲に広がる。
午後5時。
お母さんがお迎えに来て、夢のような時間はやがて終わりを迎える。
「雪だるまさんが居なくなっても、また皆に会いにきてくれるよ。お姉ちゃん、ちゃあんと約束しておいたから」
名残惜しそうに雪だるまを振り返る子供達に、エルムはそう言い含めた。
園庭の雪もすっかり消えてしまったけれど、来年も、再来年も、冬になれば雪は降る。
約束の証は、一抱えほどある雪だるまのお人形。子供達が外で遊んでいる隙に、ジェラルドが運び込んでおいたのだ。
ついでに新人保育士に耳打ちをして、デートの予約とメアドをゲットしたのは、誰にも内緒だったり。
「おにいちゃん、おねえちゃん、あそんでくれてありがと」
「またあそびにきてくだしゃい」
お母さんに手を引かれ、子供達がお別れの挨拶をしていく。皆とびっきりの笑顔をしていた。
「……サーバントの力とは言え、子供達には良いプレゼントになったみたいだ。
これで、これからの暑さも乗り切れるといいな」 子供達を見送る零紀の表情は達成感に包まれていた。もちろんそれは、他の撃退士達も同じ。
取りあえず今は。
子供達に夢を与えてくれた雪だるままんに、感謝を!