●現れたヒーロー達
撃退士達が駆け付けた時、公園の周囲にはちょっとした人集りができていた。
公園から逃げ出した人々だけではない。我が子が巻き込まれていないかと心配になった親御さんや、噂を聞きつけて集まった単なる野次馬さんも。
ここに居る事情は各々別ではあるが、撃退士に期待することは、皆同じだろう。
「頑張れよー」
「早く公園を取り戻してください」
パトカーを降りた撃退士達は、彼らの声援を一身に受けて公園へと足を踏み入れた。
公園のほぼ中央、涼しげな音を奏でる噴水の傍に、奴らはいた。
全部で4体。撃退士の存在に気付いているだろうに、警戒している様子は全くない。だらしなく仰向けになっていたり、無駄に色っぽく足を組んでいたりして、思いのままの恰好で寛ぎまくっている。
どことなく愛嬌のある格好に、それまで人形のように澄ましていた蒸姫 ギア(
jb4049)が思わず頬を緩ませた。
「……!! ギア、別に可愛いとかそんなこと、思ってなんかいないんだからなっ!」
直後に自分のデレに気付いたギアは、誰にも聞かれても居ないことを全力で否定する。
「それにしても、人様の子供を誘拐して、子供たちの遊び場を壊すなんて酷いカンガルーもいるんだね! ……お仕置きしなくちゃなぁ」
髪と瞳をその名の通り赤く染め、すでに戦う気満々の鬼灯丸(
jb6304)が楽しげに呟いた。
「でもカンガルーってそんなに危険な動物でしたっけ?」
先日動物園で見た時は、と首を傾げるミーノ・T・ロース(
jb6191)だが……
目の前に居るのはカンガルーではなく、カンガルー型のディアボロだ。そしてディアボロは、ニンゲンにとって基本的に危険な存在なのだ。
どんなに可愛らしい姿をしていても、そこだけは忘れてはいけない。
「んー……。雌雄の見分け方はあるらしいですけど、ディアボロがそこまで精密なものですかねぇ」
神酒坂ねずみ(
jb4993)は冷静に情報の信憑性を探った。
もちろん、ディアボロに生物学上の性別があるわけではない。
ライオンに鬣があればオスと見なされるように、お腹に袋を持つカンガルーが居れば、それはメス。
そして目の前にいる4体のうち、袋を持っている個体は確かに2体だけだった。
「そういえばさ、隣町でチビカンガルーがいたって報道! あれフラグだよね? ぜったいフラグだよね!?
マシンガンのように捲し立てる秋葉原 イナリ(
jb6602)。初陣でさぞ緊張しているだろうと思いきや、そのテンションは今日の青空のように果てしなく高い。
「……とすれば、他にも敵がいるのかも知れないな」
和装に身を包んだ風雅 哲心(
jb6008)が事件の確認を問い合わせる横で、鬼灯丸が闇の翼を広げた。
「あたしが偵察してくるよ」
そしてふわりと空へ舞い上がる。
惰眠を貪るカンガルー達を刺激しないよう、公園上空をゆっくりと旋回する鬼灯丸。
植木や遊具の陰なども漏らすことなく探ってみたものの、危惧された伏兵の存在は確認されなかった。
報告を受け、撃退士達は改めて作戦を確認しあう。
「兎にも角にも、サトシ君の救出が第一ですね」
サトシ君はまだ3歳だ。体力的にも精神的にも、自分達が思っている以上に弱い。長く捕えられていれば、それだけで体力を消耗してしまう。
ミーノは万一の時に備え、規制線を張る警察に救急車の手配を要請した。
「サトシ君がどっちに捕まっているかは、“生命探知”を使えば判ると思う」
ただし問題はその後だと龍崎海(
ja0565)は考える。
袋の有無以外、カンガルー達はほぼ同じ体型をしている。
仮に“誘拐犯ガルー”を特定できたとしでも、乱戦状態になってしまえば、おそらく識別は難しい。
救出後にサトシ君が戦闘に巻き込まれる危険性も、できるだけ減らしておくべきだ。
「マーキングしておけば識別は可能ですよ」
ねずみが解決策の1つを打ち出す。
「あたしが気配を消してコッソリ近づいて、袋から引っ張り出そうか」
「だったら先に審判の鎖で動きを封じるよ。うまく加減をすれば、中のサトシ君に影響はないはずだ」
「気配はギアも消せる。後ろに回り込んで支援してやるぞっ」
鬼灯丸の提案を、海は喜んで受け入れた。ギアの申し出もあり、サトシ君を救出するための作戦は一気に形が見えてくる。
「お待ちなさい」
そこに難色を示したのは饗(
jb2588)だった。
「いきなり本気を出されても困るでしょう? せめて狙撃の後にした方が良いですよ」
「確かに。近距離特化なら、近付かれる前に倒すのが定石ってもんだ。わざわざ相手の土俵に入る必要はねぇよ」
饗の忠告に同意を示した哲心は、腰に佩いていた太刀をヒヒイロカネに戻すと、遠距離用の雷帝霊符へと持ち替えた。
交戦前に先に少しでも削っておくべき、という2人の意見は、至極当然のように思われた。
生命探知行使後、長射程武器を持つ者が一斉に攻撃を放つ。
カンガルーが色めきたったところに行動を封じるスキルを打ち込み、捕われたサトシ君を救出する。
その後は2人ずつペアを組んでカンガルーの殲滅に移行する。
一通り意見を出し合い、撃退士達がまとめた作戦は、そんな流れだった。
狙撃ラインはおよそ10mに定め、撃退士達はカンガルーを扇状に囲む形で陣を敷いた。
「準備はできましたね?
視線で尋ねた海は、狙撃手達が力強く頷いたことを確認し、生命探知を行使する。
周囲に存在する生命の位置が手に取るように視えた。周囲の仲間、公園に取り残された野良猫やハトまでも。
「え……?」
直後、生命反応が重なっている個体を指し示すべき指が、不自然に止まった。
なぜなら噴水の回りに生命反応が6つ”あったからだ。
●誤算と勝算と
目に見えるは4体のカンガルー。生命反応は6つ。
それが意味することを悟った狙撃手達は、慌てることなくオス型に狙いを定めた。
「石縛の粒子を孕みし蒸気の式よ、かの者を石と為せ!」
ギアの宣言と共に、つむじ風が砂を巻き上げ、大きな欠伸をするオス型を包み込んだ。
ほぼ同時、アウルの弾丸が、雷の刃が、次々とカンガルー達に襲いかかる。
『アゥーン!』
おっさん風の割には甲高い悲鳴が上がった。
4人の集中攻撃を受けたオス型が文字通り粉砕された。
突然の襲撃にパニックを起こしたカンガルー達は、バネが弾けるように跳ね起きた。そして……。
散開した。
初撃を生き延びたオス型はファイティングポーズで饗の元へ一直線。
残るメス型はそれぞれ別の方向へ、逃げる、逃げる、逃げる。
予想外の反応に撃退士達は一瞬呆気にとられ……
「……まずいでござる!」
メス型の1体が向かったのは、反対側にある公園の出入口。
思わず地の言葉で警告を発したねずみ。自身も追走を試みるが、脚力はあちらの方が一段上だった。初期位置も災いし、瞬く間に距離を離されていく。
そんな中、他の誰よりも早く、全速力で走り抜けた影があった。イナリである。
もっとも彼女を駆り立てるのは、逃がしてはいけないという使命感ではなく、カンガルー型ディアボロへの飽くなき好奇心だったりするのだが……。
「スライディングゲーット♪」
渾身の力で仕掛けたタックルは、見事にカンガルーの股座をすり抜けた。そして、当然のように踏まれた。
顔面に足跡の刻印を受けて悶絶するイナリ。流れ出る赤い鼻水が痛々しい。
「秋葉原さん、無理せず下がって」
イナリの後を追ってきた海が審判の鎖を行使した。
出口まであと数メートル。捉えられるかどうかは半ば賭けだった。それでも手を尽くさずにはいられない。どうか届いてくれと強く祈る。
はたして……勝利の女神は、海の側に微笑んだ。
聖なる鎖に絡め取られたカンガルーは、己を戒める謎のチカラを振り解こうと必死にもがく。
じたばたと暴れ、地面に転がって露わになった腹袋が、助けを求めるようにモゾモゾと波打っていた。
「今出してあげるからねっ!」
遁甲の術を解いた鬼灯丸は、サトシ君を救出するため、迷うことなく袋に腕を突っ込んだ。
手探りで捕まえたお子様は意外に毛深く、一抹の不安が頭を過った。直後。
「のあっ……!!」
自ら飛び出してきたモノに強烈なアッパーを食らい、鬼灯丸は身体を大きく仰け反らせた。
「チビカンガルー、キタ〜〜〜〜っ」
ついに姿を現した伏兵に、イナリは歓喜の雄叫びを上げる。
小さい身体でオトナ顔負けのファイティングポーズを見せるが、そんなことをイナリが気にするはずがない。今度こそ獲物を掴まえようと飛びかかる。
そして、壮大な追いかけっこが始まった。
◆
もう1体のメス型は、フェンス際にあるトイレの裏手へ逃げ込んでいた。
本人は完全に隠れたつもりだったろうが、一斉に飛び立ったハト達が、その居場所を知らしめていた。
「サトシ君は返してもらいますよ」
フレイムクレイモアを構えたミーノに前方を塞がれ、カンガルーは耳を動かしながら後ずさりした。
「お前の相手は、こっちにもいるんだからなっ」
その後方をギアが塞ぐ。
左右は壁。逃げ場を失ったカンガルーは牙を剥いて威嚇する。
「うんとこしょー」
何とも間の抜けた気合と共に大剣を振りかざしたミーノ。
カンガルーはそれを軽快なフットワークで躱すと、一気に懐へと潜り込んだ。
お腹の我が子(?)を護るため、本気を出した母はとても強い。
前方のミーノにボディーブローをぶちかまし、背後から近づくギアを鞭のようにしなる尾で薙ぎ払う。まさに八面六臂の活躍だ。
とはいえ、やはり多勢に無勢。十数秒と経たないうちに、形勢は撃退士の方へと傾きだした。
「はりゃー」
「行け、蒸気の護符よ!」
自慢の尾を断ち斬られ、陰陽の蒸気を上半身に浴びたカンガルーは、ついに力尽きて地面に転がった。
カンガルーが完全に事切れたことを確認し、ミーノは袋の中をまさぐった。
中に居たのは人間の子供――サトシ君だった。
目立った外傷は見当たらないが、呼吸が浅く顔色も悪い。膝を抱えて丸くなり、固く目を瞑ったままだ。
「よく頑張りましたね、もう大丈夫ですよーぅ♪」
丁寧な手つきで取り出したサトシ君を励ますように、ミーノは優しく語り掛けた。
◆
「かかりましたね」
引き寄せられたのがオス型1体だけというのは少々寂しいところだが、この際贅沢は言っていられない。
逃走したカンガルーの始末を仲間に託し、饗は目の前の敵に集中する。
反撃のパンチを避けた饗の身体からじわりと暗闇がにじみ出た。敵の視界を奪う術――ナイトアンセムだ。
カンガルーの攻撃が目に見えて雑になり、饗はしてやったりと口角を上げる。
もっとも天魔としては最下級のディアボロといえど、侮ることはできない。カンガルーは匂いを頼りに饗を掴まえると、両足で強烈なキックを炸裂させた。
「……っ!」
今のは結構キいた。
一瞬目の前が真っ白になり、饗は下腹部を押さえて蹲る。
「助太刀します」
仲間の危機に、ねずみはすかさずカバーに入った。アサルトライフルで牽制し、一定の間合いを確保する。
哲心も当初の戦闘スタイルである近接戦に切り替え、退路を塞ぐ位置に立った。
静かな動作。静かな表情。しかしその心に確かな闘志を秘めて。
「――雷光纏いし轟竜の牙、その身に刻め!」
周囲の空気が震える程に激しく、哲心が吼える。
唸る太刀筋はまさに雷の竜。哲心が打ち出した斬撃はカンガルーの身体を薙ぎ、迸った稲妻が彼の全身を弛緩させ、その動きを極端に鈍らせた。
無力化に成功しても、哲心は攻撃の手を緩めることは無い。カンガルーが再び自由を取り戻す前に、何度も斬撃を繰り返す。
「迷わず成仏してください」
口ずさむお経は死にゆく敵への餞か?
早期撃破を目指すねずみは、持てる力の全てを込めて銃を撃ち続ける。天界の加護を乗せた弾丸は、カンガルーの身体深くまで食い込んでいく。
撃退士達の猛攻に晒され、カンガルーは防戦一方。そこに先刻のダメージから立ち直った饗が加われば、もはや彼に勝ち目はない。
麻痺が残る身体では逃走を試みることもできず、無慈悲な攻撃を全身に浴び、カンガルーは断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、どさりと地に倒れた。
●戦い終えて
さっくりと。本当にさっくりと。最後に残ったチビカンガルーは、ねずみのアサルトライフルで蜂の巣にされ、戦いは終わった。
皆それぞれ傷を負っていたが、海のライトヒールで全快し、撃退士達は最後の任務に乗り出した。
飛行能力のある饗、哲心、鬼灯丸が空から公園内を再偵察。他の撃退士達も、打ち漏らしが居ないか地上を隈なく探し回る。
ただ1人、両膝が笑い続けるイナリだけは、ベンチで大人しくお留守番をしていた。
「チクショウ! 全然効いてないヨこれ! 治ってないよ?」
コケて擦りむいた傷は癒せても、疲労や筋肉痛までは治せない。ちょっと不条理にも思えるが、それは哀しい事実。
「わざわざ買ってきたわけじゃないぞ。公園の外で待っている人に貰ったけど、偵察の邪魔なだけなんだからなっ」
パンパンに腫れ上がった足の痛みを鎮めてくれたのは、ツンデレ悪魔が置いていった氷だけだった。
「そこですか!」
眼下でがさりと動いた植え込みに気付いた饗。流れるような動作で銃に手を触れた時、茂みの中からねずみが頭を出した。
「地上からは何も見えませんけどー?」
敵と間違われかけたとは露知らず、ねずみは真面目に索敵を繰り返す。
「トイレの中に生命反応があります」
「そこはあたしが確認済み。たぶん猫だよ」
「イナリ、動かんで良いから、見える範囲は確認しておくんだぞ」
「ちょ、まだいるの? 今襲われたら、ボクまじで死亡フラグなんだけどっ」
元々小さな公園だったので、捜索にそう時間は掛からなかった。結果は、他に天魔の影はなし。
「そういえば隣町に出たカンガルーって、結局なんだったんでしょう?」
ここに転がっているチビと同一天魔だったのだろうか? 疑問を口にしたミーノに、哲心が事もなげに答える。
「つい先程連絡が回ってきたんだが、あれは通りすがりの撃退士に討たれたらしい」
そういう訳か、と撃退士達は虚空に視線を泳がせた。
父と母と子、3体でワンセット。このカンガルー達は、きっとそんな拘りを持って造られた“作品”だったのだろう。
「おそらく、自分の子の代わりに人間を腹に突っ込んだんでしょうが……なんというか、やれやれですねえ」
人騒がせな顛末に、饗は深くため息をついて煙管を咥えた。
何はともあれ、任務は無事終了。
壊れされた遊具とカンガルーの躯を片付け、安全宣言が出された公園に再び人々の姿が戻ってくる。
無事に守ることが出来た“日常”の光景を見守る撃退士達の元へ、1つの報告が寄せられた。
それは戦いの最中に助け出されたサトシ君が、運ばれた病院で無事に目を覚ましたという、嬉しい知らせだった。