●三途の川を越え
その日、地獄巡りに参加した学園生は25名。
「よし、ガンバるぞ!」
どんな関門が待ち受けていようと絶対クリアして見せる。並木坂・マオ(
ja0317)はそう意気込んだ。
「これが日本の由緒正しきシュギョーだね!」
どこか勘違いした感動を見せているのは犬乃 さんぽ(
ja1272)。
「わあ、ジゴク…めぐり? ジゴクってなんですか(・∀・)?」
聞きなれない言葉にトキメキを感じたレグルス・グラウシード(
ja8064)は、直後に意味を知って回れ右。もちろん、すぐに捕獲されてしまったけど。
ごほん、と咳払いを1つして、鬼隊長・蒲葡 源三郎(jz0158)は学園生を見渡した。その口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
「よくぞ集まった。久遠ヶ原の精鋭達よ!」
多分に趣味が混じった掛け声に、乗りの良い一部の学園生が応と答える。緊張感が一気に解れ、学園生達の顔にも笑顔が戻った。
そしてついに開かれた地獄の釜の蓋。
撃退士達は獄卒(審判員)に導かれながら、過酷な修行の場へ足を踏み入れた。
●第1関門〜畜生地獄
森に差し込む木漏れ日を受け、舞い散る羽がキラキラと黄金色に輝いている。それはどこか異世界に紛れ込んだような錯覚に陥ってしまうほどに幻想的だった。
「おおーっ! すっげぇ楽しそう!」
蜘蛛霧 兆晴(
jb5298)は、純真無垢に野山を駆け廻っていた幼少時代を思い出し、歓声を上げた。
彼にとって山は庭のようなもの。そこに住まう獣達は皆友達だ。
「うおっ!? ……ははは! よしよしお疲れさん、沢山食え!」
どれほど突かれても、髪を毟られても、兆晴の顔から笑みを絶やさず受け入れる。
多少甘噛みが過ぎているけれど。愛があれば、きっと何も問題はない。
「みんな、ごはんですよー♪」
追いかけてくるニワトリ達に、沙 月子(
ja1773)は笑顔でトウモロコシを与える。
目にハートの模様を浮かべたニワトリが愛してやまぬのは、残念ながら彼女自身ではない。
「お金(エサ)が目当てでもかまいません」
この瞬間、私だけを見てくれるなら!
それはそれで微笑ましい、慈愛あふれる光景……ではあるのだが。
――コケーッ、ココココココッ んめぇ〜〜〜!
至る所で響き渡る畜生共の雄叫びと学園生の悲鳴。そこに満ちる“音”は阿鼻叫喚の地獄絵図。
「そんな激しくしちゃだめ、なの……」
手荒い洗礼を受けているのは、参加者の中で最も小柄な若菜 白兎(
ja2109)だ。
無数のニワトリに集られてしまえば、もう大人しく身を委ねるしかない。
悶えに悶えて幾星霜。ニワトリ達はトウモロコシを奪い突くし、白兎を置いて去っていく。
「し……心頭滅却すれば……」
杉 桜一郎(
jb0811)の頭には、雄々しいトサカを逆立てたニワトリがマウントしていた。
剥き出しの頭皮に爪が食い込み、血が滲んでいる。
(まさかボクも餌と思われていたりは……)
思わず零れ落ちそうになった涙を堪え、桜一郎は走り続けた。
その背中を狙うトサカの軍団が近づいていることを、彼はまだ気付いていない……。
「すみません、あれはニワトリなのでしょうか?」
この関門に挑んでから、ユウ(
jb5639)は数多のニワトリと対峙してきた。
誰も脱落することなく試練を突破するため、その身を囮として、学園生や隊員達を援けてきたのだ。
しかし、目の前に現れたそれは、これまで闘ってきたニワトリとは何か違う。
問われたレグルスは彼女の示す方に目を向け、そして凍りついた。
引き締まった筋肉質の太腿と屈強な脚。ふんぞり返った体の高さは、通常のニワトリの倍以上もある。
「……ぼ、僕の目には、立派な天魔に見えるよっ!」
それはただの引退軍鶏なのだが、血走った眼で襲いかかってくる様は、まさに悪鬼のようで……。
クケーッ!
殺意に満ちた軍鶏の奇声と同時に、この関門最大の死闘が今、幕を切った。
そう。学園生もただ黙ってやられているだけではない。
弱肉強食の掟に則従って、反撃の狼煙を上げた者も、当然存在する。
「トウモロコシ、ニワトリ、ヤギ。この組み合わせにはきっと意味があるはず……」
この関門に秘められた謎に挑んだみくず(
jb2654)は、閃きと同時にぴょこんとケモノ耳を立ち上がらせた。
ばーべきゅー。
きっとそうだ。間違いない。
ごくりと唾を飲み込んで、みくずは美味しく太れとトウモロコシを撒き与える。
そんな思惑など露にも思わず群がり集るニワトリ達に、みくずの魔手が差し伸べられた。
「そろそろ潮時かな」
他の挑戦者達が出発して数分。森の中に満ちていた悲鳴もある程度治まった頃、満を持して龍崎海(
ja0565)が動き出した。
「まあ、動物らは満腹しているかもしれないけど」
妨害や襲撃を避けて木の枝を移動する海は、すぐに自分の判断が正しかったと実感した。
死屍累々の敗者達の周りで、満腹状態の捕食者は心地よい微睡に浸っている。
しかし、動物の中にもトロくさい奴はいた。スタートダッシュで敗れ、未だ餌にありつけていないニワトリが。
ようやく回ってきた自分のターン。
ようやく見つけた自分だけの獲物を屠るため、彼は渾身の力で羽ばたいた。
●第2関門〜血の池地獄
学園生の前に突如として現れた第2の関門。
その名前から、真っ赤な水面や煮えたぎる温泉を連想していた者もいたが、見た限りは普通の池。
ただ1つ――怪しいBGMが聞こえてきそうな三角形のヒレが浮かんでいる以外は。
「あれって何……? 池に落ちたら酷い目に合うんじゃ?」
「うーん。流石にサメはないと思うけどなー……」
鳥肌を立てて震える菊開 すみれ(
ja6392)の横で、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が冷静な判断を下す。
いかにもソレっぽいけど、ここは海から遠く離れた山の中。この修行場を作るために、わざわざ本物を持ってきたりはしない、と信じたい。
「翼も使えないのか……」
「飛べば楽に終わるのにな」
発条螺旋(
jb4840)とヴィルヘルム・アードラー(
jb4195)の呟きは、おそらく殆どの天魔達が思ったことだろう。
はるか遠くに見える対岸を見つめ、ヴィルヘルムは腹を括る。
もっとも簡単にクリアできるような試練などには意味がない。不利な状況を如何に克服するかが重要なのだ、と自身に暗示をかけながら。
えげつない舞台を前に学園生が対策を考える中、チーム飛狼の隊員達は次々と石を伝って先へ進んでいく。
「そうか。あの人達に付いて行けばいいんだね!」
名案を思い付いたさんぽが隊員の背中を追った直後。
「はわわっ!?」
足元が大きく揺れ動いた。
それもそのはず。池に点在する足場は飛び石ではなく浮石なのだ。当然、非常に安定性が悪い。
5秒で落水したさんぽ。濡れた衣服が身体に張り付いて、ちょっぴり……否、かなりセクシーである。
「頑張ります」
キケンな見本は男の娘が身を犠牲にして教えてくれた。
水泳があまり得意ではないすみれは、前轍を踏まないよう用心深く浮石に足を乗せた。
その足取りはとても危なっかしく、次は我が身と思う学園生達はハラハラした気持ちで見守っていた。
予感的中。次の1歩を踏み出すより前に、すみれの身体は池の中へ真っ逆さま。
「水着にしたのは正解だったかな?」
ソフィア同様、関門のクリアに浮石コースを選んだ学園生は意外に多かった。
そんな状態だから、池の中央付近は人口密度が膨れ上がり、数少ない浮石を奪い合う戦場と化していた。
他者に足場を譲ったソフィア、そして漢同士のガチンコ勝負に破れたヴィルヘルム。揃って落水した2人の後ろに、謎のヒレが忍び寄る。
ソフィアが正体を確かめようと近づくと、何故かヒレは慌てたように逃げて行った。
「泳ぐのは……背びれが気になるわ」
周囲の惨状を目の当たりにした蓮城 真緋呂(
jb6120)はウォーターボールを選択。
恐る恐る前進したとたん、空と水面の位置が逆転した。
あっちへふらふら、こっちへゆらゆら、時にはボール同士でぶつかりながらも進んでいく。
そしてついにゴール! と思いきや。
「お帰り、かな?」
出迎えてくれたのは、出発の準備を手伝ってくれた獄卒さん。
振り向けばゴールはまだ遠く――振り出しに戻った真緋呂は改めて向う岸を目指す。
今度は絶対に迷わない。獄卒さんが渡してくれた方位磁石を握りしめ、そう心に誓った。
「こうなったら最短ルートでいくぞ」
御暁 零斗(
ja0548)の言葉に力強く頷いて、小田切ルビィ(
ja0841)は浮石の配列を頭に叩き込んだ。
苔が生えて滑りやすい石を避け、進むべき道を瞬時に見切る。
しかし、向う岸まであと少しというところで、予想外の障害が2人の前に立ち塞がった。
揺れる水面に流され、あるべき浮石がが消えていたのだ。
「真の最短ルートが見えないなら、創造するまでさ!! いけぇぇルビィィィィ!!」
ここで立ち止まるわけにはいかない。零斗は渾身の力で跳躍。自ら水面に浮かぶ足場と化す。
「零斗!? ――OK。お前の尊い犠牲は無駄にはしないぜ……ッ!!」
無防備に背中を晒す零斗の意図を察したルビィは、迷うことなく相棒を踏みつけた。
次々とあがる水しぶき。
浮石から落ちた学園生の殆どは、諦めずにそのまま泳いで向う岸を目指す。
時々力尽きてしまう者もいるけど、謎のヒレが親切に――たとえゴール直前でも――スタート地点まで運んでくれた。
とりあえず危険なモノではないと判り、学園生達は安堵する。
どうせなら向う岸に運んでくれという願いを、ぐっと堪えながら。
学園生の挑戦は続く。
螺旋が選んだのはたらい舟だ。アームドリルを船外機の代わりにして一気に加速。
「ちょっと不公平だろうか?」
思った以上にスピードが出ている。魔具の使用は禁止されていないが、有利になりすぎるのはマズいだろう。
自重すべきか否か、獄卒の様子を窺った時。
「発条、前、まえーっ!」
全周囲から掛けられた声で前方を見れば、そこにはウォーターボールに収まった神ヶ島 漸斗(
jb5797)の姿。
漸斗は慌てて逃げようとするが、どれだけ必死になってもボールは虚しくその場に浮いたまま。バランスを崩して3回ほどシェイクされた後、二者は盛大に激突。
たらい舟は粉々に砕け、ボールは高く高く空へと舞い上がる。
「何をやっているのだか。急がば回れ、と言うではないか」
冷めた口調でため息を吐き、キャロライン・ベルナール(
jb3415)はたらい舟で地道に櫂を漕ぐ。
「それにしても……」
さっきからまったく進んでいないように思えるのは、気のせいだろうか?
さすがに焦りの色が見え始めたキャロライン。漕ぐスピードを早めるが、彼女のたらいはクルクルとその場を回り続ける。
「ねえねえ、あれってどんな魚だろう?」
Relic(
jb2526)の目の前を、盛大に事故った2名が仲良くスタート地点まで運ばれていく。
未だにヒレの正体が気になるRelicは、正体を確かめようとして身を乗り出した。
「このバカ! 好奇心は猫をも殺すって言うだろ!」
当然のようにバランスを崩し、某ミステリ小説を彷彿とさせる形で浮いたRelic。慌てて駆け付けた千 稀世(
jb6381)が慌てて引き上げる。
「んー……魚? 手足が生えてたような?」
水中は見通しが悪かったけれど、学園生を支えるアレは、確かに人間の腕だった。
「他の人の邪魔になるから先行くぞ」
ヒレを捕獲しよううと泳ぎ始めるRelicに、稀世は怒ったフリをする。
反応を確認しつつ、一歩踏み出した。
「がほっ」
見せつけるように飛び乗った足場は、単なる藻の塊だったけど。
●第3関門〜餓鬼地獄
野を越え池を越え、半ばボロボロになった学園生達は、休む間もなく新たな関門へ案内された。
今度の舞台は屋内だ。
『どうぞご自由にお入りください』
『体の汚れは先に落としてください』
掲げられた看板が気になって裏に回り込めば、小さな窓から野菜を長く煮込んだような匂いが漂っていた。
今度はどんな試練なのだろう?
一抹の不安を抱きつつ、学園生達は意を決して扉を開き――
「こ。これは!」
「まさかここまでやるとはっ」
そこに広がっていた光景に、誰もが自分の目を疑った。
長いテーブルに、ずらりと料理が並べられていたからだ。これはどう見ても、バイキング形式のレストラン。
「地獄どころか天国なの〜」
カラフルなケーキからから夢のチョコレート噴水まで。多国籍なデザート群を見て、白兎は天にも昇る気持ちで吸い寄せられる。
「いただきます、なの……」
小さなチョコを手に取って食べてみる。
うん。甘い。やっぱり夢なんじゃじゃない。
「ここでの制限時間は90分――各自、食事を済ませ次第、次の関門へ進め。
タイムも大切だが、腹ごしらえも重要だ。皆、遠慮しないで好きなだけ食っていけよ?」
源三郎の言葉を合図に、学園生は一斉に走り出した。
(きっとここが一番の難関なんだろうな)
さんざん動き回ったこともあり、学園生達の空腹はMAX状態だった。
当然希望の食事に辿りつけない者も出てくるわけで。自力で勝ち取った料理を気前よく譲り、兆晴は改めて戦場へと身を投じる。
目指すは赤く輝く至高の宝石、明太子だ。
「ごっはんーごっはんー♪」
フルコース(肉抜き)をゲットした月子。
特にサラダは山もりで、各種ドレッシングで食べ比べを行う。
「もうちょっと濃いめが好みかな。でも塩分を考えたら妥当なところかも」
気に入った料理のレシピを探ってしまうのは、やはり料理好きの性だろうか。
一通り食事を終えた月子は再び旅に出る。今度の目的地は料理が並ぶテーブルではなく、その向うの厨房。
スープに秘められた隠し味の正体が知りたくて、軽い気持ちで覗いてみたのだが……。
撃退士数十名の腹を支える厨房は、餓鬼があふれる“こちら側”よりずっとずっと地獄っぽかった。
「まったく、第1、2関門ではひどいめにあったわ……」
身に降りかかった災難への恨みは、目の前に並ぶ料理に流されて消えていった。
美味しい料理に舌鼓をうち、六道 鈴音(
ja4192)は2度目の漂流を開始する。
「でも。これのどこが地獄なのよ」
鈴音が口にした疑問を聞き、キャロラインの手からトングが零れ落ちた。
「もしかしたら、食っても食っても腹が減るなんてオチではなかろうな?」
「……そしてどんどん体重が増えていくのでしょうか」
美味しすぎる試練に隠されたウラを深読みし、少女達は震えあがる。
さすがに違うと思いたいが、料理を貪り続ける仲間を見る限り、絶対に無いとは言い切れない。
「とりあえず、これぐらいで遠慮しておこうかな」
数ある中から3つだけケーキを選び、鈴音はそそくさと席に戻る。
「さっき食べたコレは美味しかったからな」
遺されたキャロラインは暫し悩んだ後、杏仁豆腐に手を伸ばした。
その細い体にブラックホールでも隠しているのか?
相席した隊員達がそう疑ってしまうほど、少女達の喰いっぷりは見事なものだった。
「昔の人は言いました。『食べ過ぎでもいい、まるまるしく育ってほしい』と」
自信満々で宣言するみくず。
「ふむふむ、隊長さんってそんな人だったんですね」
次なる関門の情報を聞き出しながらも、真緋呂は手を休めることなく食べ続ける。
(……そんなに食べて大丈夫か?)
“妹を見守るお兄ちゃん”の気持ちで眺めていた隊員達の顔色が微妙に変わってきた頃。
「こんだけ動いたんだもん。食べても大丈夫だよね!」
真後ろの席から、絶妙なタイミングで答えが返ってきた。
同意を求めるように独り言を口にしたすみれの前には、堂々たるデザートの城が鎮座。
――たぶん、大丈夫じゃない。
隊員達の心配をよそに、すみれは順調に城を征服していく。
「俺、もう食えん」
「見ているだけで胸やけが……」
少女達の食欲を前に次々と隊員達が脱落する中、もちろん男子学園生だって負けてはいない。
日下部 司(
jb5638)の両脇には、すでに使用済の皿が山積み状態だ。
一口に食べる量は僅かながら、驚くべきはそのスピード。次々と放り込む食物を丸呑みするわけでも無く、光速で噛み、ちゃんと味わって食べている。
「もぐもぐ……もぐもぐもぐーももも」(訳:よし、次はデザートだ)
和食、中華と食べ続け、ついに洋食コーナーの料理をコンプリート。あとはデザートを残すのみ。
そのデザートコーナーでは、ヴィルヘルムが最後の踏ん張りを見せていた。
「やっぱり疲れた時は甘いものだよな」
好き嫌いが激しいヴィルヘルムは、デザートだけで腹を満たす気満々だった。
そう、パンが無ければお菓子を食べれば良い。ケーキやクッキーの主原料は小麦粉。不足しがちなビタミンだって、フルーツさえあれば何も問題はないのだ。
食堂全体が混沌とした戦場と化している頃――
それでも落ち着いたランチタイムを望む学園生も存在する。
湯波や餃子などの名物料理を皿に盛りつけた海は、周囲の騒ぎに巻き込まれないよう、一番壁際の席についた。
ソフィアは故郷であるイタリアの料理を中心にチョイス。
「squisito……!」
じっくり煮込まれたミネストローネは温かく、懐かしい家庭の味がした。
「ギリギリまで食べていると、最後の関門に影響するかもだしね」
料理はどれも美味しいけれど、ソフィアは早々に食事を切り上げることにした。カプチーノとアフォガードを締めに、お腹を落ち着ける。
時間を気にせずのんびりしていた海も、お腹は八分目。そろそろご馳走様の頃合いだ。
「残り5分だ。覚悟は良いな?」
源三郎の声で、底なし胃袋の持ち達はラストスパートに入った。
「何とか間に合ったな」
「100人分完食とかありえねぇ」
学園生の食欲に驚く獄卒料理人達は、しかし意地悪な笑みを浮かべていて……。
「頑張れよ、学園生。“餓鬼地獄”の本当の恐ろしさは、これからだ」
次の関門へ向かう背中に送ったエールは、学園生の心に届いただろうか?
●第4関門〜黄泉平坂
数々の試練を乗り越えて、学園生達はついに最後の関門へ辿りついた。
目の前に広がる荒涼とした坂は、心臓破りの坂と呼ばれるだけあり、予想以上に勾配がきつい。
「いかにも特訓! という感じですね」
遠く三千世界の向こうに目を向ける桜一郎。
「重いコンダラ試練の道だね!」
やる気満々のさんぽは、早速ハーネスを装着して準備運動を始めた。
ロープの先に括られたタイヤは確かに重いけれど、撃退士の基礎体力を考えればまだまだ余裕。
楽勝だ――学園生は心の中で拳を握りしめる。
その自信が打ち砕かれたのは、坂を半ばまで登った頃だった。
昔の人は言った。
食べてすぐ寝ても牛乳にはなれない。
……否。食べた直後の運動は、非常に危険である、と。
「根性! ……根性!」
餓鬼地獄で取りすぎたカロリーを返済する鈴音の脇腹を、お約束のように激しい痛みが襲う。
それは他の学園生も同様で――特に時間いっぱいお腹いっぱい食べた者達は、激痛を抱えたまま最後の関門に挑むことになった。
この坂を登れば、今度こそ本当に地獄から解放されるという希望を持ちながら。
「僕の力よ……仲間の傷を癒す、光になれッ!」
次々と斃れていく仲間を見捨てられず、レグルスは密かに治療を試みる。
行使した『癒しの風』は、痛むお腹を優しく撫でただけで、消化の援けはしてくれなかったけど。
「調子はいかがですか?」
艶のある声でセシル・ジャンティ(
ja3229)が語り掛けたのは、チーム飛狼の若手隊員達だ。
振り向いた彼らの視線は、ちらりと覗く太腿に釘付けになった。
悩殺攻撃で心臓を鷲掴みにされた初心な隊員達に、溢れるオトナの魅力から逃れられる術はない。
強力な守護者を得たセシルは、落とし穴や岩から守られつつ、悠々と坂を登る。
(貴方がたに恨みは御座いませんが……これも良い経験になりましょう)
己が身を賭して自身を庇う隊員達に、セシルは憐憫の視線を向けても、決して手を差し伸べることはない。
注意一秒ケガ一生、女の情念地獄まで――弱肉強食の世界では、いつも女性が上位なのだ。
地獄の傍らで暗躍する女神がいる一方、学園生の前には真の救世主――知楽 琉命(
jb5410)が現れた。
大地を風のように駆け抜ける琉命は、転がる岩を体当たりで砕き、隠された落とし穴の存在を次々と露わにしていく。
「あ、ありがとうございます」
偶然の形で救われ、戸惑いながらも礼を言う学園生に向かい、不敵な笑みで親指を立てる琉命。
渾身のガッツポーズは、流れ続ける鼻血のせいでまったく決まっていないけど。
倒れても倒れても起き上るその姿は、心折れそうな者達に勇気という名の笑いを与えた。
「この坂を登るのってどういう意味があるのかな? 色々効率が悪くないか?」
それに、あの無数の穴は一体何なのか。坂を見上げるRelicの胸に、再び好奇心が湧き上がった。
「おい?!」
稀世が止める暇も無く、自ら穴に飛び込んだRelic。引っ張り出されて叱られて、悪びれもせずに照れ笑いを見せる。
深く深くため息を吐く稀世。
他の学園生達はすでに先へ進んでいて、まだスタート付近に居るのは、自分達だけだ。
「とりあえず上まで行けばいいんだよね? ボクは落とし穴に注意するから、キゼは上から転がってくる石教えてくれるかい?」
真面目に修行しろ。そう告げる稀世に、Relicは一方的に分担を決め、返事も聞かずに走り出した。
黄泉平坂に不気味な地鳴りが響く。
重く低く、直に身体を振るわせる音の正体は。
「「「ちょっ、ストッープ!」」」
あれを転がした奴は誰だ? 抗議の声を上げた隊員達をことごとく吹き飛ばし、超☆巨大な岩が学園生に襲いかかる。
「やめてください! やめてくれないと……ヴァルキリージャベリン撃っちゃいますよ(`・ω・)!」
パニック状態で喚き散らすレグルス。しかし一度転がった岩は、すぐには止まらない。
「ま、またこのパターンっすか〜〜〜?」
弾き飛ばされた漸斗が断末魔を上げ、空高く舞い上がり、星となって消えた。
「そんなもの、ボクには効かないんだから!」
ポニーテールを靡かせて、男の娘はジャンプ一番回避した。
「ニンジャに避けれない岩なんてな……」
太陽を背に華麗な宙返りを決めたさんぽ。
しかし岩はちょっと凸った地面で高く跳ね上がり、直撃を受けたさんぽは、エコーのかかった悲鳴を上げてダウン。
これまで果敢に岩を砕いてきたユウの槍も刃が経たず、巨大岩は我が物顔で学園生を蹂躙する。
狙いすましたように方向を変えた巨大岩は、次なる獲物を螺旋に定め、襲いかかった。
「まずい。……いや、この中に入れば!」
螺旋が目を付けたのは、たった今自分で踏み抜いた落とし穴。ここに隠れればやり過ごせるかもしれない。
咄嗟に身を躍らせた直後、予想通り巨大岩は穴の真上を通り過ぎていった。
落とし穴は障害であると同時に、岩からみを護る避難所でもあったのだ。
勇気ある者達の行動で明らかになった真実。学園生達は積極的に穴にハマり、活路を開いていく。
ごくまれに、墓穴に入ってしまう者もいたが。
「痛、いたいーっ」
うっかりタイヤごと飛び込んでしまった桜一郎。穴は思ったより深く、タイヤが錘となって中々抜け出せない。
自力で何とかしようとしているところに、容赦なく小石が降り注いだのだ。
個々はビー玉程度の大きさなのだが、さすがに半身が埋まる程の量はキツかった。
「もうダメ。私のことは良いから、皆さんは先に」
「あと少しです。ここまできたのですから、一緒に頑張りましょう」
がくりと膝をついた鈴音にユウが手を差し伸べる。
周囲を見渡せば、互いに肩を支える者達の姿がちらほらと。
学園生も隊員も関係ない。4つの関門を巡り友情を育んだ撃退士達は、互いに励まし合って歩を進めた。
地獄を抜け出すための蜘蛛の糸。
それは細く頼りないけれど、1つに束ねれば決して断たれることのない鋼鉄の糸となるのだ。
そしてついに。
「ゴールです!」
最後の1歩を踏みしめ、撃退士達は共に歓びの声を上げた。
これまで同様、息の合ったプレイで最短コースを目指していた零斗とルビィ。
あと少しでゴールというところで、2人を飲み込むほどの穴が突然口を開いた。
「ルビィ……じゃぁ、さっきの借りを返してもらうぜ」
「なっ」
とっさに相方の肩に手を添えた零斗。そのまま背中を足場に跳躍する。
その一瞬の判断が2人の運命を分けた。零斗は地上、ルビィは穴の中へ――
お前の犠牲は無駄にしない。
どこかで聞いたセリフを残し、ゴールへ走り出した零斗は、何故かその場から動く事が出来なかった。
「――計りやがったな! 零斗ォォォ」
地獄の底から響いてくるような声を上げて穴から這い出したルビィが、零斗が曳くタイヤを捕まえていたからだ。
人を呪わば穴二つ。
互いに足を引っ張り合う2人は、転がりくる岩に流され、遥か麓まで流されていった……。
●第4関門? 〜輪廻転生
地獄巡りに参加した若手隊員 15名。うち、無事転生を果たしたもの、5名。
騒ぎの引き金となったハムスターは源三郎預かりとなり、事件はひとまずの終息を迎えた。
「「「「はぁ〜」」」
肩まで湯に浸かり、海とマスクド・タオルが揃って息を吐いた。
心地よい湯加減に身体と意識を漂わせれば、ついウトウト溺れてしまいそう。
柵で隔てられた向こう側では、女性陣の楽しげな声が響いていた。
汗を流して身体を清めてから、乙女達は新たな癒しを求めて旅立っていく。残った月子は1人、貸切状態の露天風呂で長湯を決め組んだ。
「いで、いででで」
「あまり痛くしちゃ……嫌」
足つぼマッサージに悶えているのは、鈴音と真緋呂。すみれは枕に顔を押し付け、必死に声を堪えている。
「んっ」
漏れる息は熱がこもっていて、余計に色っぽさを醸し出していた。
マッサージには興味があるけど男の人はチョット怖い。ドキドキして扉を開いた白兎を担当してくれたのは、優しそうなお姉さんだった。
緊張も不安も一気に吹き飛んだ白兎は、心行くまで癒しを堪能する。
「今度はもっとたくさん食べらるツボをお願いします♪」
固まった筋肉が解れてくれば、後に残るのは心地よさだけ。気分を良くしたみくずは、遠慮のないリクエストを口にした。
「紫外線対策も大切ですよ?」
多数の隊員を翻弄したセシルの悪戯は、程良く日焼けした副隊長に向けられた。
しかし天魔相手以外にも百戦錬磨の副隊長(25歳)は、他の若手隊員のように動じることはない。嫌味のない巧みな話術で切り替えし、美容談義に花が咲く。
修行により満身創痍になった琉命は、果敢にもフルコースを選択した。
癒しとはいえ、それはとても過酷な挑戦で……確かに疲れは取れたけど、魂は真っ白に燃え尽きていた。
「わわ、大丈夫……ボク、男だよ」
顔を真っ赤に染めたさんぽが飛び出してきたのは、女性のために用意された更衣室。
案内をした隊員が茫然として両膝をつく。
コノミダッタノニ。言葉を無くした彼の唇は、確かにそう動いていた。
さんぽ以外にも、施術を受けようとする男性は存在した。
その中の1人、零斗の傍に傅いたのは相方のルビィ。
指をわきわきと動かし、マッサージ師から即席で伝授されたツボを容赦なく突きまくる。
直後、合宿所に零斗の甲高い悲鳴が響いたのは、言うまでもない。
黄泉平坂でルール違反をやらかした1名も、特別サービスでお灸を据えらていたりするけど……概ね平和。
携帯電話が使えないため、ヴィルヘルムは友人から掻き集めた小銭を手に、電話をかける。
「もしもし……? 俺、今終わったからそっちに帰るから」
できればもう少し話していたけど、後ろに並んだ隊員達の視線がイタく、用件だけを伝えて受話器を置いた。
数々の試練を耐え抜いた学園生は、達成感溢れる気持ちで帰還を果たした。
六道が一つ、苦悩と欲望が溢れる“人間道”へ。
後日、参加者は語った。
もし日々の生活に疲れたら、君も一度“あそこ”へ行ってみるといい。
この殺伐とした世界が幸せなんだと実感するだろうから。
うん。きっと。
二度目は……たぶん要らない。