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マスター:真人
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/06/08


みんなの思い出



オープニング

●黄昏の地で
 空は雑に塗り潰したような厚い曇天。時折地面が小刻みに揺れ、遠くからは歪な咆哮が聞こえてくる。
 悪魔は腕を組み直し、眼下に並ぶ面々に強い視線を送った。傍らには、仏頂面でぷかぷかと浮かぶ小柄な金髪の悪魔の姿がある。
「既に耳に入っていると思うが、先だって、東側に配置されていたディアボロが破壊された。呼称はなんだったか?」
 ドクサは頬に空気を溜めたまま、明後日を向いて小さく答える。
「……ドクサスペシャル」
「あの半球型のディアボロの能力は――」
「なんで名前言わせたんだよ!? 言わせたんだから使えよ!!」
 ぎゃんぎゃんと飛んでくる抗議を一瞥し、悪魔は言葉を続ける。
「――改めて言うまでもないことだが、この地を原住民共の意識から逸らす、という代物だ。
 破壊されたのは1つだけ。数ある中の1つだけだが、原住民共には確実に影響が出ている。
 だが所詮は脆弱な原住民、ほんの僅かだ。破壊された直後に襲撃を受けなかったことが裏付けとなる。そして、あの半球を新たに用意するには百年単位の時間が必要となってしまう」
 悪魔が再びドクサを見遣る。すっかり背を向けてしまった彼女の横、二の腕では落ち着きなく指が暴れていた。
「以上を踏まえ、命を下す。
 方々の、残りの半球を守れ。
 これは何よりも優先される事項だ」
「繊細な子たちばっかりなんだから、しっかり護れよな!!」
「……と、いうことだ。手段は問わん、なんとしても守れ。寄る原住民や撃退士共は皆殺しで構わん」
 死力を尽くせ。
 釘を刺してから悪魔は翼を広げ、くすんだ曇と荒れた地の間を飛び去った。


●都内 某家
 その日。久々に南原家へ帰宅した居候が連れてきたのは、幼さの残る1人の少女だった。
 上総――惑いの蜂・ナハラ (jz0177)のヴァニタスだ。

「そういえば“どくさすぺさる”は守らなくて良いんですか?」
 近況報告を済ませた後で尋ねた上総に、ナハラは怪訝な表情をする。
「あれならベネトナシュが引き継いだだろ。失敗したみたいだけど」
「姉様のじゃなく、ナハラ様のです。きゃんぷ場の」
 適当に聞き流した主に、上総は小首を傾げ、再度確認をした。
「どういう事だ?」
「ナハラ様は、ご自分で『近々仕事をする』と言っていました。こないだ上総が確認した時も、姉様から聞いたって言いました」
 噛み合わない話を一から擦り合わせてみると、真実はすぐに明らかになった。

 関東で活動するデビルが“かの地”に収集されたのは、ナハラが通達を受けた数日後。
 折しもナハラは遠方に出張していたため連絡が取れず、上総が名代として出席した。 
 ――帰宅直後にベネトナシュが厄介事を持ち込んで、ナハラはそれをデビルとしての『仕事』と思い込んだのだ。

「…………」
 ナハラは壁に手を付いて己が愚かさを反省した。
 今にして思えば、アルカイドが撃退士の来訪を主に報告をしなかったのは、彼なりの贖いだったのかもしれない。
「申し訳ありません。上総がちゃんとお伝えしていれば」
「いや、上総のせいじゃない。バカの話を真に受けた俺がバカだったんだ」
 今は落ち込んでいる時ではない。不可抗力をサボりと言われないためにも、至急対策を取らなければ。
 とは言え、いつ来るか判らないものを延々と気にし続けるのは、嫌。
 撃退士を呼んで、手っ取り早く終わらせよう。ちょっと難題を仕込んでおけば、多少の面目は立つはずだ。
「ナハラ様」
 綿密な計画を立てるナハラの前に、上総はちょこんと行儀よくお座りをする。
「上総も撃退士というものを見てみたいです」
 好奇心あふれる瞳で見つめるヴァニタスに、ナハラは40年前の出来事を思い出し、ため息を吐いた。
「上総……。撃退士はパンダとは違うよ?」
 例え猛獣でも、檻の中で愛嬌を振りまいてるだけなら、何も苦労はしない。
 彼らは簡単に牙を剥く。
 時には人界に下った亡命者ですら、容赦なく叩き斬る者もいるほどに。
 戦闘能力の低い上総など、経験値の足しにしか思われないだろう。
「いつまでも知らないままではいられません。ナハラ様のヴァニタスは上総だけです。でも……」
 弱いから。何も知らないから。いつもゲートのお留守番しかさせてもらえない。
 上総の目にじわりと滲んだ涙に、ナハラはぎぐりと顔を強張らせた。次に来るだろうアレを避けるため、必死に取り繕う。
「判った。連れていく。だから、鳴くんじゃない」
 その一言で機嫌を直した上総に、ナハラは懇々と注意すべき事項を言い聞かせる。
 餌を与えられても“待て”をするとか、猫なで声で手招きされても、安易に近づくなとか。
「遊びに行くわけじゃないんだぞ?」
「はい!」
 どこまで理解しているのか、喜色満面で返事をする上総。
 その様子を見たナハラは再び息を吐いた。今度は呆れではなく、慈しみの感情をこめて。
 考えてみれば、もうかなりの間放りっぱなしなのだ。上総が寂しがるのも無理はない。
 これは遊びではないけれど……。
(弁当の1つぐらい、用意してやってもいいかもな)


●埼玉県北部
 タレコミの真偽を確かめるため、キャンプ場へ赴いた撃退士達。
 彼らの前に現れたのは、5体の大型ディアボロだった。
 トンボ、蝶、蜘蛛、ミミズ、そして……
「シジミか?」
「それは蜃。君達の探し物を護っているものだ」
 阿修羅の呟きに、何処からともなく答えが返る。
「ディアボロはそれぞれに特性が違う。生む事も殺す事もないが、侮れば攻撃は届かない。
 堅実な者には時間が味方をするが、力に溺れれば、それは全て愚者の身に返る」
 複眼の眼を持つ悪魔は、敵意無き視線で撃退士達を見つめた。
「俺は手を出さない。30分以内にこの謎掛けを解いて“アレ”を破壊できる自信があるなら、好きにすると良い」
 撃退士達は互いに視線を送り合う。
 予定では現場の確認をするだけだったが、自分達で破壊してしまっても良いのではないか?
 歴戦を自負するが故、彼らは状況を冷静に分析しようする事は無かった。
「蜘蛛って火に弱かったはずよね!」
 ルインズブレイドが炎を纏う扇を翻す。しかしそれは大蜘蛛の糸すら焼き切れず。
「こっちも効かねぇっ」
 阿修羅の大剣は蝶の羽を擦り抜け、忍軍の忍術書から放たれた雷は、ミミズの体表を舐めただけ。
 ディバインナイトが放ったフォースは大蜘蛛に傷を与えたが、周囲に立ち込める霧の恩恵で、見る間に癒えていく。
「蒸し焼きになっちまいな!」
 ダァトが放った必殺のブラストレイが蜃を飲み込んだ、その直後。
「きゃあっ」
「うわっ」
 蜃が噴出した炎はそのままダァトを襲う。完全に不意を突かれた状態で、巻き込まれたナイトウォーカーが一撃で落ちた。
「ざけんじゃねぇっ」
 倒れた仲間の姿を見た阿修羅は激昂した。蜃を叩き潰すため、渾身の力を込め――


 数分後。
「忠告はしたはず……なんだけどね」
 ほぼ全滅状態で放り出した撃退士達を一瞥し、ナハラは後ろを振り返った。
「あれが撃退士ですか」
「そうだよ。期待していたのと違った?」
 ナハラの問いに、上総は少し考え、こくんと頷いた。
「あんまり楽しくありませんでした」
 姉様から聞くお話は、もっとドキドキワクワクできたのに。
「次に来る連中は、きっと楽しませてくれるよ。だから、そう落ち込むんじゃない」
 しょんぼりと肩を落とす上総の頭を、ナハラは優しく撫でてやった。


リプレイ本文

●現れた8人の戦鬼
 新たに派遣された人達は、とても楽しそうな人達だった。
 ペンギン帽子のお姉さんや、猫の尻尾を付けたお兄ちゃん、雷がなったら困りそうなお姉ちゃんと、何となく主と似ている服装のお兄さんも。
 ナハラ(jz0177)の背に隠れながら、上総はワクワクした瞳で撃退士を見つめる。

「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ、リドルを解けとボクを呼ぶ! そう、ボク参上!」
 青空と同じぐらい高いテンションで叫んで名乗りを上げるイリス・レイバルド(jb0442)。
「やはり間違いないな」
「えぇ」
 霧の中で陣を組む五色のディアボロを見て、天風 静流(ja0373)とナナシ(jb3008)は、自分達の推測が正しいと確信を持った。
「赤、青……あっ、ボクも判ったんだよ。五行だね!」
 嬉しそうに指を弾いた桐原 雅(ja1822)の横で、犬乃 さんぽ(ja1272)が小首を傾げる。
「ゴボー?」
「Japanese elements」
 中々飲み込めないさんぽに、エリアス・ロプコヴィッツ(ja8792)が助け船を出した。
「おいおい、ゴボーだかギョギョーだか言うのは、一体なんだ?」
 天界出身である命図 泣留男(jb4611)――メンナクにとっても、それは初めて聞く言葉だった。
 微妙な沈黙に包まれる撃退士達。
 もし“五行”が鍵となるなら、先に認識を合わせておかなければマズイ。
「ちょっと、相談する時間が欲しいんだけど。……制限時間から除外してくれる?」
「別に良いけど?」
 咄嗟に持ちかけたナナシの要求に、くすりと笑みを浮かべるナハラ。
「もちろんただでとは言わないわ。このカツサンドをあげる。学園の購買品だから本当なら撃退士しか食べられないレア物よ!!」
 それはナナシが昼食として用意していた物だ。早速興味を示した上総の手に握らせる。
 上総は“かつさんど”とナハラの顔を交互に見つめ……
「いただきます」
 ナハラが頷いたのを確認してから、おずおずと頭を下げた。交渉成立の瞬間だ。

「その分だと傷は大丈夫のようだね。安心したよ」
 一月ほど前、別の半球型を巡ってナハラと対峙したファレン(jb2005)は、彼の方から声を掛けられ、静かに視線を向けた。
「ナハラ。この難題、あんただけで考えたの?」
 彼女が気にしているのは、これまでナハラの影に見え隠れしていた女悪魔・ベネトナシュの存在だ。
 今回も彼女が関係しているのではと思い、探りを入れる。
「……そうだけど、何か?」
「そう、ならいいわ」
 怪訝な表情で逆に問われ、杞憂だったと納得した。

「みゃーっ! わけわからーん!?」
 地面に描かれた図面を見て、イリスは頭を抱えて悶絶する。
 木は燃えて火になるとか、土は水を堰き止めるとか、それがディアボロとどう関係するのだろう?
 そんな事より何より解せないのは……
「そこっ! これ見よがしに! お弁当広げてるんじゃにゃーッ!?」
 しかも三段お重の手作り弁当である。
 気が付けばファレン(jb2005)やエリアスもちゃっかり昼食を取っていているし!
「良かったら君も食べる?」
 悪魔から施しは受けない。そう宣言するも、イリスの我慢は5秒と持たず。差し出された俵結びはほんのりと出汁が利いていて、悔しいけれど、美味しかった。


●ミッションスタート
「準備はできたね」
 念を押したナハラの合図で、ディアボロ達が動き出す。
 撃退士はまずトンボに狙いを定めた。
 しかしトンボは悠々と空に舞い上がり、代わりに立ち塞がったのはクモ。多脚故の素早さで、一気に間合いを詰めてくる。
「ボクに任せるんだよっ!」
 すかさず足止めに入った雅。純白の羽根を舞い散らせ、蜘蛛の鼻先に一撃を叩き込んだ。
クモの毛並みは意外にもふもふしていて、雅は傾きかけた心を必死に立て直す。
「う〜、届かないじゃないっ」
 反則だ、降りてこい、そう喚く言葉に応え、トンボはイリスに照準を合わせて急降下。
 モロに体当たりを食らったイリスは、勢い余って後ろに転がった。
「時よ止まれ、汝は美しい」
 再び舞い上がるより先に、エリアスの時空魔術がトンボを捕える。空中で必死に羽ばたくも、トンボはその一点から動けない。
「喰らえ天地墜落ニンジャ☆ドライバー!」
 両翅を鷲掴みにしたさんぽ。勢いよくジャンプし、トンボを目玉から地面に叩きつけた。
 トンボは絶妙なバランスで逆立ちしたまま、ぴくぴくと痙攣している。
 標的が動かない間に、ファレンは拳にアウルの籠手を纏わせた。“水気”の攻撃は、まるで砂を殴るような手応えで、攻撃が効いている様子はない。
「予想通りね」
 赤(火)は水を侮る――やはりこれは、相侮の陣。
「蜃以外は反射をしないようだな」
 闘気を解放すると共に、静流の身体が禍々しいオーラを纏った。振りかざした薙刀でトンボの身体を一刀両断。
 まずは一匹。
「ふ……戦闘時でも、俺の完璧なブラッカー(黒愛好者)スタイルが崩れるのは許せねぇ」
 メンナクは乱れてもいない髪を整えながら、鏡越しに悪魔達の反応を窺った。
 余裕のつもりなのだろうか? 眷属を倒されたというのに、ナハラは全く表情を変えない。隣のお子様に至っては、派手な演舞に拍手して喜んでいる。
(油断は禁物ってことか?)
 まだ何か隠し玉を持っているのかもしれない――メンナクは声なき言葉で仲間達に注意を促した。

 五色のディアボロを1体ずつ倒し、順番に鍵を開けていく。
 今度は金気のクモを落とす……はずだったが、他のディアボロ達が邪魔をする。
 胡蝶が見せるのは心の奥底に潜む欲望の夢。
 それは無限に広がる図書館だったり、ヨモギや三毛のもふもふ天国だったり。
「ムシは滅ぶべきだね」
 エリアスの視線は、ディアボロではなく巨大な紙魚――否、メンナクへ向けられていた。
「この子達を苛めたら承知しないんだよ」
 雅は両手を振って蜘蛛を追い払う。
 直ぐに醒めるとはいえ、限られた時間の中で夢に落ちた者と引き戻す者、2人分の攻撃が減るのは致命的。
 また1人――ファレンが地に膝をつき、何かを求めるように両手を差し伸べた。
 そこに満ちる思慕の表情は、正気に戻そうと駆け付けたナナシの手を躊躇わせるものだった。
 それでも心を鬼にして頬を張る。
「……感謝するわ」
 じんわりと広がる痛みで現実に引き戻されたファレンは、痛む心を抑え、教科書を握りしめた。
「もう、一気にいくんだよっ!」
 仲間達がクモを囲んだ隙に、雅は腹の下へと潜り込み、出糸突起を蹴り潰した。
「ちょっと、逆効果!」
 衝撃で盛大に噴出された粘着糸を浴びたナナシ。全身を束縛されながらも、光球でクモに止めを刺した。
 これで2体。
 次の標的である蝶を探すエリアスは、背後から聞こえた激しい羽ばたきの音に驚き、振り向いた。
「おや?」
 そこにあったのは、クモが乱射した糸に絡まり暴れる蝶の姿。
「これってありなのかな?」
 ミミズも同じように糸に塗れていて、さんぽはどうしたものかと悪魔達に視線を向けた。
 盗み見た唇の動きは、確かに“あり”と告げていた。
「遠慮はいらねぇ、ディアボロの命は速攻スティールだ!」
 ここぞとばかりに攻撃を放つメンナク。鋭い魔弾で、瞬く間に蝶をズタボロにする。
「さぁニンジャの時間だ。影時シャドウ★クロック!」
 ミミズも、撃退士達の一斉攻撃で無事に落とす事ができた。
 残るは大物――水気の蜃、1体だけだ。

 蜃は最初の位置から動かず、無心に霧を吐き続けていた。
 警戒しつつ近づいた雅は、取りあえず様子を見るため、軽く蹴りつけた。
「うん。反射はしないんだよ」
 では魔法攻撃は?
 メンナクが放った光羽も、やはり跳ね返されず。
「キーワードは“力に溺れる”……つまりスキルの使用だね! ニンジャの目にはお見通しだもん!」
 華麗にくるりと回るさんぽ。ポニーテールを宙に舞わせ、悪魔達に指を突きつけた。
「では遠慮なく行かせてもらおう……くっ!」
 薙刀を打ち付けた静流は、腕に異常な負荷を受けて武器を取り落とした。
 続くナナシの攻撃も、光球が殻に触れたかと思うと、弾けるように跳ね返される。
「今度はボクも駄目なんだよ」
 思い切り蹴りつけた雅の脚は、感覚が無くなるほどに痺れていた。
 まさか手順を誤ってしまったのか? ――予想に反した結果に、撃退士達は焦りの色を浮かべ、今一度相談を始める。

 その間、考える事を放棄したイリスは、しりとり遊びでお子様の懐柔を試みた。
 もっとも上総から引き出せた情報は、何の役に立たない物ばかりで……。
「ナハラっち! ヒントプリーズ」
 どさくさに紛れた図々しい要求にも、ナハラは気軽に答える。
「ずっと叩き続ければ良い」
「いつまでさーっ」
「さぁ? 殻が割れるまで、かな」
 返される言葉はどれも曖昧で、やっぱり何の足しにもならなかったが。

 賑やかな外野を余所に、エリアスは今まで記録していた情報から、真面目に反射の条件を探る。
 攻撃方法、位置、タイミング――あらゆる条件を考慮し、行き付いた先は撃退士としての経験の深さだ。
「力に溺れれば、それは全て愚者の身に返る」
 改めてナハラの言葉を反復したファレン。
 撃退士として戦うための“力”は、スキルだけではない。
 多くの場合、魔具は撃退士自身の手で何度も調整を繰り返さる。
 鍛え上げられた魔具があれば、それだけで重いダメージを与えることができるからだ。
 条件は単純に“強力な一撃”――それなら、手加減をした雅の初撃が反射されなかった事も、十分に説明が付く。
「涓滴、岩を穿つってわけね。まさに水侮土……まったく、どれだけ人間界マニアなのよ」
 幾重にも織り込まれた仕掛けとヒントに気付き、ナナシは半ば呆れた口調で息を漏らした。
 何はともあれ、これで道は開けた。撃退士達は頷きあい、再び蜃へ立ち向かう。

 そこから先は、まさに忍耐の連続。
 与えたダメージが回復能力を下回れば撃破は不可能。だからと言って強く叩こうとすれば、反射される。
 極力威力を押さえた攻撃を、ひたすら打ち続ける。そんな単調な時間が、どれだけ続いた頃だろうか。
(これは、もしや……)
 蜃の殻ある、霧を吐き出すための隙間を目ざとく見つけた静流は、岩ガキやホタテを剥く要領で隙間を穿った。
 狙い通り、蜃は口を大きく開けた。貝柱の座布団に鎮座する半球型の姿が一瞬だけ露になった。
 直後、蜃の殻は再び閉じられた。静流の腕を、がっしりと銜え込んだまま……。
「静流ちゃん!?」
 イリスが腕を解放しようと試みる。エリアスは蝶番の部分を集中的に攻めるが、蜃は頑なに殻を閉ざす。
 ミシリという鈍い音と共に腕に激痛が走り、静流の額に脂汗が滲んだ。
「私は良い。攻撃の手を休めるな」
「うん、判った。天風先輩も、頑張って」
 静流の檄を受け、さんぽは意識を蜃へと集中させる。
「ケガは燃えるゴミに出しちまえ。この俺の伊達ワルの輝きで、お前を身も心もとろかせてやるぜ!」
 少しでも負担を減らすため、メンナクは癒しの術を与え続ける。
 暗黒に飲み込まれそうな意識を気力で繋ぎとめ、静流は内側から蜃の身を抉った。時に己の腕を傷つけながら、アウルの糸を繰る。
 蜃を倒すため、そして静流を解放するためにも。叩いて、叩いて、叩いて。撃退士達は攻撃を繰り返す。
 いつの間にか霧の噴出は止んでいたが、撃退士達がその事実に気付く余裕はない。
「あっ♪」
 今までとは違う足応えに、雅が喜びの声を上げた。
 蜃の殻に小さな傷が付いたのだ。その傷に狙いを定め、ファレンが鋭い爪を突き立てる。
 一撃ごとに傷はヒビとなって広がっていった。
 あと少し。
 ようやく見えてきたゴールに、撃退士の士気は一気に高まる。
「うおぉっ! ハンマーが唸りをあげるぜ、鉄の暴風魅せてやんよっ!」
 気合を込めたイリスの一撃で、ついに蜃の殻に穴が穿たれた。
 そこから先はまるで卵ように――ほんの僅かな力で、蜃の殻はポロポロと剥がれ落ちていった。
 曝け出された貝柱と半球型は、静流の命を懸けた攻撃で、すでに傷だらけ。
 ナハラがちらりと時計を確認する。ゲームオーバーの声はまだ掛からない。
 これで最後。
 撃退士達の声が1つに重なり、半球型は粉々になって砕け散った。



●ミッションコンプリート
「おめでとう、撃退士」
 戦場に響いた拍手はナハラから手向けられたもの。
「ゲームは君達の勝利だ。その実力に敬意を表して、君達にシジミバスターの称号を与えるよ」
「いらねーっ! っていうか、あれってシジミなのっ?」
 冗談のような称号を押し付けられ、イリスは即行で抗議した。
「謎解き面白かったけど、きみ凝り過ぎ。そういうの、この国じゃオタクって言うんでしょ」
「一応聞いておくけど、どうして『こんな事』をしたの?」
 敵にヒントまで与えるのはやりすぎ、とナナシは半ばあきれ気味。
 エリアスも、人間界のシュミに毒されているデビルを興味深げに観察する。
「俺にも色々事情があってね」
 撃退士達のツッコミに、ナハラは早く終わらせたかった、と本心を言えるはずもなく、苦笑を浮かべて誤魔化した。
「あのっ」
 和やかな雰囲気を見て、雅は意を決して己の望みを口にした。
「ボクと手合わせをして欲しいんだよ」
 死合いではなく試合を。ちゃんと謎を解いたのだから、少しぐらいご褒美を貰っても良いはずだ。
「楽しそうだけど、今日は遠慮しておくよ。タイムセールに間に合わなくなりそうだから。それに……」
 ナハラの視線の先には、気を失いメンナクに支えられている静流の姿があった。蜃に挟まれ続けた腕は不自然に垂れ下がり、力なく揺れている。
「早く彼女を病院へ連れて行った方が良い。ちゃんとした治療が必要だ」
 そう言って、ナハラは何処からともなく小グモのディアボロを呼び出し、糸で応急処置を施した。












●遠足の後は……
 撃退士が去り、静かになったキャンプ場で、ナハラは上総の頭を優しく撫でてやる。
「楽しかったかい?」
 上総は答えの代わりに満面の笑みを向けた。
「今日、上総はたくさん勉強をすることができました」
 人間界の常識や撃退士の事。そして何より、前線で敵と戦い、その手で討ち滅ぼすだけが“強さ”ではない事も。
「上総がゲートに居てくれるから、俺は安心して人間の世界で活動できるんだ。頼りにしているよ」
 半球型は破壊されてしまったけれど、今日の目的は大成功と言って良い。
 識を持った撃退士と会い、一回りも二回りも成長した上総を見て、ナハラはそう感じていた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: 撃退士・天風 静流(ja0373)
   <シジミに挟まれた>という理由により『重体』となる
面白かった!:10人

撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
戦場を駆けし光翼の戦乙女・
桐原 雅(ja1822)

大学部3年286組 女 阿修羅
新世界への扉・
エリアス・ロプコヴィッツ(ja8792)

大学部1年194組 男 ダアト
ハイテンション小動物・
イリス・レイバルド(jb0442)

大学部2年104組 女 ディバインナイト
黒鳥の名を知る者・
ファレン(jb2005)

大学部3年320組 女 鬼道忍軍
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍
ソウルこそが道標・
命図 泣留男(jb4611)

大学部3年68組 男 アストラルヴァンガード