●現れた8人の戦鬼
新たに派遣された人達は、とても楽しそうな人達だった。
ペンギン帽子のお姉さんや、猫の尻尾を付けたお兄ちゃん、雷がなったら困りそうなお姉ちゃんと、何となく主と似ている服装のお兄さんも。
ナハラ(jz0177)の背に隠れながら、上総はワクワクした瞳で撃退士を見つめる。
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ、リドルを解けとボクを呼ぶ! そう、ボク参上!」
青空と同じぐらい高いテンションで叫んで名乗りを上げるイリス・レイバルド(
jb0442)。
「やはり間違いないな」
「えぇ」
霧の中で陣を組む五色のディアボロを見て、天風 静流(
ja0373)とナナシ(
jb3008)は、自分達の推測が正しいと確信を持った。
「赤、青……あっ、ボクも判ったんだよ。五行だね!」
嬉しそうに指を弾いた桐原 雅(
ja1822)の横で、犬乃 さんぽ(
ja1272)が小首を傾げる。
「ゴボー?」
「Japanese elements」
中々飲み込めないさんぽに、エリアス・ロプコヴィッツ(
ja8792)が助け船を出した。
「おいおい、ゴボーだかギョギョーだか言うのは、一体なんだ?」
天界出身である命図 泣留男(
jb4611)――メンナクにとっても、それは初めて聞く言葉だった。
微妙な沈黙に包まれる撃退士達。
もし“五行”が鍵となるなら、先に認識を合わせておかなければマズイ。
「ちょっと、相談する時間が欲しいんだけど。……制限時間から除外してくれる?」
「別に良いけど?」
咄嗟に持ちかけたナナシの要求に、くすりと笑みを浮かべるナハラ。
「もちろんただでとは言わないわ。このカツサンドをあげる。学園の購買品だから本当なら撃退士しか食べられないレア物よ!!」
それはナナシが昼食として用意していた物だ。早速興味を示した上総の手に握らせる。
上総は“かつさんど”とナハラの顔を交互に見つめ……
「いただきます」
ナハラが頷いたのを確認してから、おずおずと頭を下げた。交渉成立の瞬間だ。
「その分だと傷は大丈夫のようだね。安心したよ」
一月ほど前、別の半球型を巡ってナハラと対峙したファレン(
jb2005)は、彼の方から声を掛けられ、静かに視線を向けた。
「ナハラ。この難題、あんただけで考えたの?」
彼女が気にしているのは、これまでナハラの影に見え隠れしていた女悪魔・ベネトナシュの存在だ。
今回も彼女が関係しているのではと思い、探りを入れる。
「……そうだけど、何か?」
「そう、ならいいわ」
怪訝な表情で逆に問われ、杞憂だったと納得した。
「みゃーっ! わけわからーん!?」
地面に描かれた図面を見て、イリスは頭を抱えて悶絶する。
木は燃えて火になるとか、土は水を堰き止めるとか、それがディアボロとどう関係するのだろう?
そんな事より何より解せないのは……
「そこっ! これ見よがしに! お弁当広げてるんじゃにゃーッ!?」
しかも三段お重の手作り弁当である。
気が付けばファレン(
jb2005)やエリアスもちゃっかり昼食を取っていているし!
「良かったら君も食べる?」
悪魔から施しは受けない。そう宣言するも、イリスの我慢は5秒と持たず。差し出された俵結びはほんのりと出汁が利いていて、悔しいけれど、美味しかった。
●ミッションスタート
「準備はできたね」
念を押したナハラの合図で、ディアボロ達が動き出す。
撃退士はまずトンボに狙いを定めた。
しかしトンボは悠々と空に舞い上がり、代わりに立ち塞がったのはクモ。多脚故の素早さで、一気に間合いを詰めてくる。
「ボクに任せるんだよっ!」
すかさず足止めに入った雅。純白の羽根を舞い散らせ、蜘蛛の鼻先に一撃を叩き込んだ。
クモの毛並みは意外にもふもふしていて、雅は傾きかけた心を必死に立て直す。
「う〜、届かないじゃないっ」
反則だ、降りてこい、そう喚く言葉に応え、トンボはイリスに照準を合わせて急降下。
モロに体当たりを食らったイリスは、勢い余って後ろに転がった。
「時よ止まれ、汝は美しい」
再び舞い上がるより先に、エリアスの時空魔術がトンボを捕える。空中で必死に羽ばたくも、トンボはその一点から動けない。
「喰らえ天地墜落ニンジャ☆ドライバー!」
両翅を鷲掴みにしたさんぽ。勢いよくジャンプし、トンボを目玉から地面に叩きつけた。
トンボは絶妙なバランスで逆立ちしたまま、ぴくぴくと痙攣している。
標的が動かない間に、ファレンは拳にアウルの籠手を纏わせた。“水気”の攻撃は、まるで砂を殴るような手応えで、攻撃が効いている様子はない。
「予想通りね」
赤(火)は水を侮る――やはりこれは、相侮の陣。
「蜃以外は反射をしないようだな」
闘気を解放すると共に、静流の身体が禍々しいオーラを纏った。振りかざした薙刀でトンボの身体を一刀両断。
まずは一匹。
「ふ……戦闘時でも、俺の完璧なブラッカー(黒愛好者)スタイルが崩れるのは許せねぇ」
メンナクは乱れてもいない髪を整えながら、鏡越しに悪魔達の反応を窺った。
余裕のつもりなのだろうか? 眷属を倒されたというのに、ナハラは全く表情を変えない。隣のお子様に至っては、派手な演舞に拍手して喜んでいる。
(油断は禁物ってことか?)
まだ何か隠し玉を持っているのかもしれない――メンナクは声なき言葉で仲間達に注意を促した。
五色のディアボロを1体ずつ倒し、順番に鍵を開けていく。
今度は金気のクモを落とす……はずだったが、他のディアボロ達が邪魔をする。
胡蝶が見せるのは心の奥底に潜む欲望の夢。
それは無限に広がる図書館だったり、ヨモギや三毛のもふもふ天国だったり。
「ムシは滅ぶべきだね」
エリアスの視線は、ディアボロではなく巨大な紙魚――否、メンナクへ向けられていた。
「この子達を苛めたら承知しないんだよ」
雅は両手を振って蜘蛛を追い払う。
直ぐに醒めるとはいえ、限られた時間の中で夢に落ちた者と引き戻す者、2人分の攻撃が減るのは致命的。
また1人――ファレンが地に膝をつき、何かを求めるように両手を差し伸べた。
そこに満ちる思慕の表情は、正気に戻そうと駆け付けたナナシの手を躊躇わせるものだった。
それでも心を鬼にして頬を張る。
「……感謝するわ」
じんわりと広がる痛みで現実に引き戻されたファレンは、痛む心を抑え、教科書を握りしめた。
「もう、一気にいくんだよっ!」
仲間達がクモを囲んだ隙に、雅は腹の下へと潜り込み、出糸突起を蹴り潰した。
「ちょっと、逆効果!」
衝撃で盛大に噴出された粘着糸を浴びたナナシ。全身を束縛されながらも、光球でクモに止めを刺した。
これで2体。
次の標的である蝶を探すエリアスは、背後から聞こえた激しい羽ばたきの音に驚き、振り向いた。
「おや?」
そこにあったのは、クモが乱射した糸に絡まり暴れる蝶の姿。
「これってありなのかな?」
ミミズも同じように糸に塗れていて、さんぽはどうしたものかと悪魔達に視線を向けた。
盗み見た唇の動きは、確かに“あり”と告げていた。
「遠慮はいらねぇ、ディアボロの命は速攻スティールだ!」
ここぞとばかりに攻撃を放つメンナク。鋭い魔弾で、瞬く間に蝶をズタボロにする。
「さぁニンジャの時間だ。影時シャドウ★クロック!」
ミミズも、撃退士達の一斉攻撃で無事に落とす事ができた。
残るは大物――水気の蜃、1体だけだ。
蜃は最初の位置から動かず、無心に霧を吐き続けていた。
警戒しつつ近づいた雅は、取りあえず様子を見るため、軽く蹴りつけた。
「うん。反射はしないんだよ」
では魔法攻撃は?
メンナクが放った光羽も、やはり跳ね返されず。
「キーワードは“力に溺れる”……つまりスキルの使用だね! ニンジャの目にはお見通しだもん!」
華麗にくるりと回るさんぽ。ポニーテールを宙に舞わせ、悪魔達に指を突きつけた。
「では遠慮なく行かせてもらおう……くっ!」
薙刀を打ち付けた静流は、腕に異常な負荷を受けて武器を取り落とした。
続くナナシの攻撃も、光球が殻に触れたかと思うと、弾けるように跳ね返される。
「今度はボクも駄目なんだよ」
思い切り蹴りつけた雅の脚は、感覚が無くなるほどに痺れていた。
まさか手順を誤ってしまったのか? ――予想に反した結果に、撃退士達は焦りの色を浮かべ、今一度相談を始める。
その間、考える事を放棄したイリスは、しりとり遊びでお子様の懐柔を試みた。
もっとも上総から引き出せた情報は、何の役に立たない物ばかりで……。
「ナハラっち! ヒントプリーズ」
どさくさに紛れた図々しい要求にも、ナハラは気軽に答える。
「ずっと叩き続ければ良い」
「いつまでさーっ」
「さぁ? 殻が割れるまで、かな」
返される言葉はどれも曖昧で、やっぱり何の足しにもならなかったが。
賑やかな外野を余所に、エリアスは今まで記録していた情報から、真面目に反射の条件を探る。
攻撃方法、位置、タイミング――あらゆる条件を考慮し、行き付いた先は撃退士としての経験の深さだ。
「力に溺れれば、それは全て愚者の身に返る」
改めてナハラの言葉を反復したファレン。
撃退士として戦うための“力”は、スキルだけではない。
多くの場合、魔具は撃退士自身の手で何度も調整を繰り返さる。
鍛え上げられた魔具があれば、それだけで重いダメージを与えることができるからだ。
条件は単純に“強力な一撃”――それなら、手加減をした雅の初撃が反射されなかった事も、十分に説明が付く。
「涓滴、岩を穿つってわけね。まさに水侮土……まったく、どれだけ人間界マニアなのよ」
幾重にも織り込まれた仕掛けとヒントに気付き、ナナシは半ば呆れた口調で息を漏らした。
何はともあれ、これで道は開けた。撃退士達は頷きあい、再び蜃へ立ち向かう。
そこから先は、まさに忍耐の連続。
与えたダメージが回復能力を下回れば撃破は不可能。だからと言って強く叩こうとすれば、反射される。
極力威力を押さえた攻撃を、ひたすら打ち続ける。そんな単調な時間が、どれだけ続いた頃だろうか。
(これは、もしや……)
蜃の殻ある、霧を吐き出すための隙間を目ざとく見つけた静流は、岩ガキやホタテを剥く要領で隙間を穿った。
狙い通り、蜃は口を大きく開けた。貝柱の座布団に鎮座する半球型の姿が一瞬だけ露になった。
直後、蜃の殻は再び閉じられた。静流の腕を、がっしりと銜え込んだまま……。
「静流ちゃん!?」
イリスが腕を解放しようと試みる。エリアスは蝶番の部分を集中的に攻めるが、蜃は頑なに殻を閉ざす。
ミシリという鈍い音と共に腕に激痛が走り、静流の額に脂汗が滲んだ。
「私は良い。攻撃の手を休めるな」
「うん、判った。天風先輩も、頑張って」
静流の檄を受け、さんぽは意識を蜃へと集中させる。
「ケガは燃えるゴミに出しちまえ。この俺の伊達ワルの輝きで、お前を身も心もとろかせてやるぜ!」
少しでも負担を減らすため、メンナクは癒しの術を与え続ける。
暗黒に飲み込まれそうな意識を気力で繋ぎとめ、静流は内側から蜃の身を抉った。時に己の腕を傷つけながら、アウルの糸を繰る。
蜃を倒すため、そして静流を解放するためにも。叩いて、叩いて、叩いて。撃退士達は攻撃を繰り返す。
いつの間にか霧の噴出は止んでいたが、撃退士達がその事実に気付く余裕はない。
「あっ♪」
今までとは違う足応えに、雅が喜びの声を上げた。
蜃の殻に小さな傷が付いたのだ。その傷に狙いを定め、ファレンが鋭い爪を突き立てる。
一撃ごとに傷はヒビとなって広がっていった。
あと少し。
ようやく見えてきたゴールに、撃退士の士気は一気に高まる。
「うおぉっ! ハンマーが唸りをあげるぜ、鉄の暴風魅せてやんよっ!」
気合を込めたイリスの一撃で、ついに蜃の殻に穴が穿たれた。
そこから先はまるで卵ように――ほんの僅かな力で、蜃の殻はポロポロと剥がれ落ちていった。
曝け出された貝柱と半球型は、静流の命を懸けた攻撃で、すでに傷だらけ。
ナハラがちらりと時計を確認する。ゲームオーバーの声はまだ掛からない。
これで最後。
撃退士達の声が1つに重なり、半球型は粉々になって砕け散った。
●ミッションコンプリート
「おめでとう、撃退士」
戦場に響いた拍手はナハラから手向けられたもの。
「ゲームは君達の勝利だ。その実力に敬意を表して、君達にシジミバスターの称号を与えるよ」
「いらねーっ! っていうか、あれってシジミなのっ?」
冗談のような称号を押し付けられ、イリスは即行で抗議した。
「謎解き面白かったけど、きみ凝り過ぎ。そういうの、この国じゃオタクって言うんでしょ」
「一応聞いておくけど、どうして『こんな事』をしたの?」
敵にヒントまで与えるのはやりすぎ、とナナシは半ばあきれ気味。
エリアスも、人間界のシュミに毒されているデビルを興味深げに観察する。
「俺にも色々事情があってね」
撃退士達のツッコミに、ナハラは早く終わらせたかった、と本心を言えるはずもなく、苦笑を浮かべて誤魔化した。
「あのっ」
和やかな雰囲気を見て、雅は意を決して己の望みを口にした。
「ボクと手合わせをして欲しいんだよ」
死合いではなく試合を。ちゃんと謎を解いたのだから、少しぐらいご褒美を貰っても良いはずだ。
「楽しそうだけど、今日は遠慮しておくよ。タイムセールに間に合わなくなりそうだから。それに……」
ナハラの視線の先には、気を失いメンナクに支えられている静流の姿があった。蜃に挟まれ続けた腕は不自然に垂れ下がり、力なく揺れている。
「早く彼女を病院へ連れて行った方が良い。ちゃんとした治療が必要だ」
そう言って、ナハラは何処からともなく小グモのディアボロを呼び出し、糸で応急処置を施した。
●遠足の後は……
撃退士が去り、静かになったキャンプ場で、ナハラは上総の頭を優しく撫でてやる。
「楽しかったかい?」
上総は答えの代わりに満面の笑みを向けた。
「今日、上総はたくさん勉強をすることができました」
人間界の常識や撃退士の事。そして何より、前線で敵と戦い、その手で討ち滅ぼすだけが“強さ”ではない事も。
「上総がゲートに居てくれるから、俺は安心して人間の世界で活動できるんだ。頼りにしているよ」
半球型は破壊されてしまったけれど、今日の目的は大成功と言って良い。
識を持った撃退士と会い、一回りも二回りも成長した上総を見て、ナハラはそう感じていた。