●いざ、夢の世界へ! 〜結成・ぼっち組
バレンタインシーズンのテーマパークを楽しむ者は、カップルだけではない。
家族連れも居れば、女の子の仲良しグループだっている。もちろんお一人様も、それなりに存在するのだ。
「なんだかカップルがいっぱいね! 今日って何かあったっけ?」
入場待ちの列に並ぶ雪室 チルル(
ja0220)の呟きに、鳥海 月花 (
ja1538)がピクリと反応した。
「ふふ……皆さん、楽しそうですねぇ」
月花が握り締めるバッグには、彼女が朝早く起きて作ったお弁当が入っている。でも、それを食べてもらいたい人は今、傍らにいない。
「あれ、もしかして、きみ達も1人?」
てっきり友達同士だと思っていた、と袋井 雅人(
jb1469)が声をかけてくる。君たち“も”と言った通り、雅人もお一人様だ。
「良かったら、ご一緒しませんか? 回る場所、何でも付き合いますから」
「『何でも』付き合う?」
応えた声は、雅人の後ろにいた少女のもの。オッドアイとピンク色の髪が印象的な平野 渚(
jb1264)だ。
「あたいはオッケーよ。人数多い方が、きっと楽しいよね!」
「……私も構いません」
「じゃあ、決まり。皆いっしょ」
アトラクションの情報や周回ルートを書き記したパンフレット手に、渚は幽かな笑みを浮かべた。
●愛より大事なもの〜バイトの鬼
この世で一番大切なものはお金だ。
リア充どもは『愛があれば』なんて言うけど、お金がなければ何もできない。
皆様が心置きなくデートを楽しめるのも、わたくしが身を粉にしてバイトしているおかげなのですよ!
そう心の中で力説しながら、七瀬 桜子(
ja0400)は笑顔の接客を続けていく。
「空いている席ってあります?」
仲睦まじいカップルに問われたので、桜子は希望通り、ヤギが描かれた壁際の席へと案内してやった。
「う……」
彼女さんのナゲットを食べさせてもらった彼氏さんが、突然口を押えて小さく呻いた。
してやったり、と桜子はほくそ笑む。
彼氏さんの反応は当然だ。皿に添えた赤い彩りは甘いケチャップではなく、世界一辛いと噂される唐辛子のソースなのだから。
しかも彼女さんは、それをたっぷりとナゲットに絡ませていた。
(むむ……強敵ですね)
吐き出すことなくナゲットを食べきった彼氏さんを前に、桜子は次の作戦を決行する。
「お砂糖はいくつになさいますか?」
「俺はブラックで。彼女は1つでお願いします」
「かしこまりました」
客が望むなら、コーヒーに砂糖を入れるのもサービスの1つ。一礼をして、桜子は丁寧な手つきで砂糖をカップへ注ぎ込んだ。
彼氏さんの命令通り、“壺1つ”の砂糖を……
◆
着ぐるみ大原則、着ぐるみたるもの、人前で言葉を発するべからず。
着ぐるみ大原則、着ぐるみたるもの、人前で生首を晒すべからず。
着ぐるみ大原則……
数々の注意事項を唱和した後、着ぐるみ達は一斉にテーマパーク内へと散っていく。
その最後尾を行くのは、巨大なイワトビペンギン――鐘田将太郎(
ja0114)だ。
「おれんじのふーせん、くだしゃい」
上目使いでお願いする女の子の頭を撫で、将太郎はミトン状になったペンギンの手で器用に風船を選んで渡した。
満面の笑みに元気をもらい、やる気を出したその時。
「きゃーっ♪」
直後に聞こえたのは、せっかくの気分を台無しにする桃色の声。振り向くと、デカ目メイクの彼女さんが彼氏さんとイチャついていた。
リアバクペンギンの吹雪を自ら浴び、嬉しそうに彼氏さんのコートに潜り込んで温もっている。
(おのれ……)
溢れだす嫉妬オーラがトレードマークの黄色い眉を靡かせる。その姿はまさに怒髪天。
通りすがりのアルパカに風船を託すと、将太郎はどこからともなくトンファーを取り出した。
(邪魔者は容赦なく潰す!)
悪いのはバカップルではない。奴らを増長させるリアバク達だ!
完膚無きまでにペンギンを叩き伏せた将太郎は、茫然と座り込むカップルの間を引き裂くように歩き、再び持ち場に戻った。
●海より深いアイ〜水族館
「賑やかですねぇ」
「賑やかやねぇ」
テーマパークのあちこちから聞こえてくる悲鳴に、全く同じ感想を全く同時に口にした2人は、やはり同じタイミングで微笑んだ。
「なんやすごいオーラ……あっち近寄らん方がえぇな……」
巨大なヤギオブジェの周辺を見て、宇田川 千鶴(
ja1613)が小さく呟いた。
「確かに。危険な雰囲気しかしません」
石田 神楽(
ja4485)はパンフレットを確認して、なるほど、と頷く。
あのヤギは、『リアジュウ狩猟場』の刻印だ。
リア充を羨み、爆破を試みる非モテ達と、リア獣達が己の幸せぶりを見せつけ非モテを挑発を繰り返す戦いの場。
君子危うきに近寄らず。清く正しい恋人達は迅速丁寧にその場を通り過ぎた。
向かった先は、数少ない屋内アトラクションである水族館。
千鶴のリクエストに応えた形だが、寒さが増えての神楽にとって、彼女のさりげない気遣いのほうがずっと暖かく感じられる。
「……恰好えぇなぁ」
トンネル状になった通路を歩く2人の頭上を、大きなエイが優雅に通り過ぎる。まるで自分も海の中にいるような錯覚を受けながら、千鶴は迫力ある光景に見入っていた。
「おや、私も好きですよ、シャチとかサメとか。迫力が違います」
特に狙った獲物は逃がさない、天性のハンターとも言える性質が良いですね、と神楽。
「私は小さい魚も好きやわぁ。疾いから」
千鶴の指の先で、群れを成していた小魚達がサメの襲撃を受けて一気に広がった。
「狙ってくる敵の魚から回避出来そうやん?」
2人は青い回廊を進んでいく。どこまでも曖昧に、意味ありげな言葉を掛け合いながら……。
◆
海の回廊で優雅に泳ぐイルカ達を見て、華成 希沙良(
ja7204)はサガ=リーヴァレスト(
jb0805)と繋いだ手をぎゅっと握りしめた。
「……イルカ…は…頭…が…良い…です…ね……?」
希沙良の声はとても小さく、周囲のざわめきに消えてしまいそうだったが、サガは決して聞き逃さない。
「彼らは知能が高いというな」
時々下まで降りてきて、ガラスごしに鼻をくっ付ける姿が愛らしい。自分達に興味を持ってくれているんだと思うと、何だか嬉しい気分になってくる。
「やっぱり…ショー…見たい…です」
遠慮がちに告げた希沙良。
これからイルカショーを見物するとなると、確実にランチが激コミタイムと重なるだろう。でも、せっかくのリクエスト。サガは優しく微笑んで頷いた。
「そうと決まれば、走るぞ」
開始時間には余裕があるが、ショーは入場制限ができるほど人気コーナーだ。悠長に構えていれば、席がなくなってしまう。
手を繋いだまま走り出した2人の後を追うように、銀色の小魚達が尾を引いて棚引いた。
◆
ザブン!
軽快な音をと共に、3頭のイルカが宙を舞う。
鼻先でのキャッチボールからキスの真似事まで、器用で愛らしい芸に、カップル達が喜びの声を上げた。
「でも、あの子、なんだか寂しそうじゃない?」
ショーを見ていた橘 優希(
jb0497)は、ふとそんなことを呟いた。
「確かにあのイルカだけペアで芸をしていないな」
里条 楓奈(
jb4066)が気付いた事実は、ある種の衝撃を伴って周辺の見物客に伝播していった。
非モテだ。
ぼっちイルカだ。
ナカーマ。
己に浴びせかけられる憐れみを感じとったのか、ぼっちイルカは哀しげに嘶くと、プールの外周に沿って泳ぎ始める。そして、最もカップルが多い一画で大きくジャンプした。
ザッパーン。
派手に上がった水しぶきは、最前列を陣取るカップル達に降り注ぐ。
「うわ、冷てぇっ」
「やだぁもう」
予想外のリアジュウハンターに会場が騒然とする中、巻き添えを食らった優希は落ち着いてタオルを取り出した。
「備えあれば憂いなし……って、かか楓奈!! 服っ! 服がっ!」
耳まで顔を赤くした優希。何事かと首をかしげた楓奈は、周囲の男達の視線でその理由を悟った。
「これは……」
濡れた衣服が、肌にぴったりと貼りつき、豊かな体型を浮き上がらせていた。インナーが透けている部分もあって、なかなかにセクシーである。
「まぁ……これはこれで、想い出の1つになる、か?」
肌を露出することが苦手な楓奈は居心地が悪そうに身を竦めた。
●色濃き緑と毛玉の森〜植物園
緑に囲まれた植物園は、誰も騒ぐ者もおらず、しっとりとした大人の空間だった。
一足早く咲き乱れる春の花々に囲まれ、澤口 凪(
ja3398)と桐生 直哉(
ja3043)は心を和ませた。
すれ違った熟年夫婦の良さげな雰囲気に魅かれ、どちらともなく伸ばした手を繋ぎ合う。
「わぁ……この花、60年に一度だけ咲くみたいですよ」
プレートに書かれた説明を読んで、凪は驚いてその植物を見上げた。
身長の倍以上もある木の天辺に、膨らんだ蕾が見える。植物園の開花予想は来月半ば。
どんな花が咲くのだろう? 想像を膨らませる凪の耳元に口を寄せ、直哉はある『約束』を囁いた。
「この花が咲く頃、また一緒に見にこよう」
それは、つまり……
「うん。来月も一緒に、です」
凪は笑顔で頷き、右手の小指を差し出した。
続いて2人が向かったのは、園内に設けられた動物ふれあいコーナーだ。
「あっ♪」
丸々と太った毛玉のような垂れ耳ウサギを見つけ、凪は歓声をあげた。
「もふもふ〜。……幸せです」
抱き上げて頬擦りをする凪の顔はゆるゆるで、見ている直哉も顔を綻ばせる。
「ウサギが2匹いるみたいだなー」
直哉はそっと手を伸ばし、右手でウサギの背を撫でた。
もふもふもふ。
空いた左手は、さりげなく凪の頭に触れていた。
ふわふわの毛並みはどちらも和らくて、温かいお日様のような感触がした。
●射止めるもの、射止められるもの〜ゲームセンター
ミッションコンプリートの文字に、集まったギャラリー達から歓声が上がった。
街を襲う天魔を退治するがんシューティング。撃退士レベルのランキングに、また神楽の名前が刻まれた。
本職だから当然といえばそれまでかもしれないが、このゲームは本当に難しいのだ。
「千鶴さんも挑戦してみませんか?」
神楽の誘いに、それまで彼の雄姿に見入っていた千鶴はドキドキしながら頷いた。
コントロール銃の扱い方を教えてもらいながらのゲームスタート。
「あっ、また外れてもうた……。もう少しなんやけどなぁ」
コツを教えて貰っても、やっぱり自分には叶いそうにない。神楽の半分にも満たないポイントでタイムオーバーを迎え、千鶴はちょっと悔しそう。
「それでも敵の攻撃は全て避けていました。制限時間まで生き残るのだって難しいんですよ?」
さりげないフォローを忘れない神楽。
続いて挑戦したタッグモードで、2人は更に息の合った実力をギャラリー達に魅せつけた。
◆
プラスチックケースの中から、まんぼうのぬいぐるみが『ボクを助けて』と語りかけてくる。――そんな錯覚に陥った希沙良は、さっそく救出活動を開始した。
しかしクレーンゲームはちょっと苦手。何度試しても、アームはまんぼうに掠りさえしなかった。
こういう時は店員にお願いすれば、もっと獲りやすい位置に変えてくれるのだが、人見知りする希沙良にそんな勇気があるはずもない。
「あれ…が…欲しい…です」
「あれか。確かに難しそうだな」
助けを求められたサガは、瞬時に難易度を見極め、腕を組んだ。
強敵は位置や角度ではなく、アームが踏ん張るための凹凸がない、標的の形そのものだからだ。
「いや待てよ。確かヒモに引っ掛けると良いと聞いた事が……」
どこかで聞いた『極意』を思い出したサガは、おもむろに数枚のコインを投入する。
無意識に纏った紫色のオーラは彼が真剣であることの証。
数度の失敗を経てコツを掴んだサガは、ついに小さなヒモにアームを引っ掛けることに成功した。
「ありがとう…です」
無事に救出されたまんぼうを抱きしめる希沙良。
「希沙良殿、他に欲しいものがあれば、狙ってみるが?」
サガの好意に、希沙良は恥ずかしそうに頷いて、隣のケースに鎮座する蝶ネクタイを付けたリアルなペンギンを指差した。
●バイトだって愛が大切〜がんばる人達
ここまで人が多ければ、当然出てくるのが迷子という生き物。
大人がほんの一瞬目を離した隙に、お子様はとんでもない所に瞬間移動してしまうのだ。
泣きわめいて迷子だとアピールする子は、まだ扱いやすい。
自分の置かれた状況を理解できずに遊び続ける子や、逆に親が迷子になったと言い張る子は、御機嫌の取り方もいろいろ難しかったりする。
牧野 穂鳥(
ja2029)がイワトビペンギンから託されたのは、迷子センターから捜索を依頼されていた、3才の男の子だった。
「ヒロ君、良かったですね。もうすぐお母さんに会えますよ?」
穂鳥は嗚咽を繰り返す男の子に優しく語り掛け、菓子を与えて不安を取り除いていく。
「ママっ」
迷子センターまでたどり着いた時、そこに立っていた女性を見たヒロ君の表情が一気に明るくなった。それまで痛いほどに握っていた穂鳥の手を放し、駆けていく。
子供の笑顔が見られるのは嬉しいけれど、ちょぴり寂しい瞬間でもある。
お別れをする時、穂鳥はヒロ君とペンギンが並んで撮った写真をプレゼントした。
初めての遊園地で、初めての迷子体験。今日の冒険譚を、この写真を見るたび思い出してくれるだろう。
「おねいちゃん。ありがと!」
満面の笑みで手を振るヒロ君を、穂鳥は彼らの姿が雑踏に紛れるまで見送った。
そしてまた一人、今度はパンダに保護された迷子がセンターを訪れる。
「こんにちは。お名前、言えますか?」
着ぐるみに気を取られて兄と逸れた女の子から話を聞くため、穂鳥は身を屈めて目線を合わせた。
◆
甘いものが好き。可愛いものが好き。
そんな理由で選んだバイト先は、紅鬼 姫乃(
jb3683)にとってまさに天国のような場所だった。
着用する制服をスタッフ自身に選ばせた結果、スタッフにはメイド服のお兄様も何人か混じっていた。……たまに眩暈がするほど似合わない人もいるけど、比率的には美形のほうが圧倒的に多い。
「ようこそいらっしゃいました♪ 席にご案内するわ」
そう言って、姫乃はお嬢様然としたドレスのすそをついと摘まんだ。前の客が食事を終えて立ち去った事を確認し、付近のスタッフに向かい手を叩く。
「そこのメイドさん。4番テーブル片付けられるんじゃなくって?」
「かしこまりました、お嬢様」
用を言いつけられた神代 深紅もノリノリな反応を示す。
そんな平和な庭園にも、当然のように彼らはやってきた。リアバクペンギン達が。
フロアスタッフに紛れてテーブルの間を闊歩しながら、お似合いのカップルに氷のアートをプレゼントしていく。
「あのお方は……」
そんな折、姫乃はシフト交代で新しく入った美形執事に、一瞬で心を奪われた。磁石が引き寄せられるようにフラフラと近づき、気を失ったフリで倒れこむ。
しっかりと抱きとめられた胸は意外に柔らかかったけれど、美人さんなら何も問題はない。
「お嬢様……?」
執事は姫乃を庇い、抱きしめる。執事と共に吹雪に晒された姫乃は、次第に胸が高まってくることを自覚した。
間違いなく、これは恋。
姫乃は執事の腕から逃れると、萌える想いを視線に湛え、黒く艶やかな毛並みの執事(ペンギン)へと歩み寄った。
●遊園地に咲き誇る薔薇と百合
「あのティーカップがスタート」
数々の絶叫系アトラクションが立ち並ぶゾーンで、渚が最初に指示したのは大人しめなアトラクション。
「あれで決まりね! きっと楽しいわ!」
「そうですね」
3人の美少女に手を引かれてアトラクションに向かう雅人は、ふと自分を見つめる男達の視線が、絶望と羨望に満ちている事に気が付いた。
(もしかして、この展開はあの伝説のCMの……)
一度気付いてしまえば意識せずにはいられない。雅人の心臓は早鐘のように高まっていく。
「どのレベルになさいますか?」
「「「最高速度で!」」」
「……はい?」
カップに乗り込んだ雅人は、少女達の言葉を理解するより先に、頑丈なシートベルトで固定された。
もしかしてこの展開は……。
動き始めた台座はメリーゴーラウンドのようにゆったりとした回転だった。杞憂だったと胸を撫で下ろしたその瞬間。
「あああぁ、やっぱり〜」
今度はカップ自体が回転を始めた。それも、超絶スピードで。
右に左に激しく揺すられて、内臓そのものがリバースされそうなほどの勢いだ。
「『何でも』って言った。後悔先に立てず」
こんな状況でも涼しい顔で、渚は絶叫と歓声をたっぷりと堪能する。
まさに天国に飛び立てそうだった数分間を耐えきり、雅人はふらつく足で地面に降り立った。
「ねぇ、次はあれにしない?」
あれだけ振り回された直後だというのに、チルルは果敢にもジェットコースターをリクエスト。もちろん、少女達が拒否することはない。
「……こうなったら、とことん付き合います」
何でも、と言い出したのは自分なのだから――男らしく覚悟を決め、雅人は少女達を追った。
クレープ屋の前で起きた騒ぎに気付いた月花が目を向けると、そこにはペンギンに見守られていちゃ付くカップルの姿があった。
その時。ぶちっ……と彼女の中でナニかが途切れた。
ふらふらとアトラクション待ちの列から1人離れ、人混みをかき分けて近づいていく。
「リア充製造機爆発しろぉ!!!」
大事に大事に持っていた、手作りの弁当を投げつけた。
◆
青木 凛子(
ja5657)は御機嫌だった。
周囲にカップルは数多くあれど、両手にあふれるイケメンを従えているのは自分だけ。
下僕で良いから混ざりたい。非モテ男子はそんな願いを込めた視線を送るが……騙されてはいけない。彼女はすでにオーバーフォー(略)、二児の母だ。
「ねー凛子さん、クレープ食べましょー♪」
「デートと言ったらクレープよねー♪」
メルヘンチックな装丁の屋台を見つけた紫ノ宮莉音(
ja6473)。凜子をエスコートするように手を繋いで走り出した。
「凜子の分、俺が出そうか?」
2人の後ろに付いたアラン・カートライト(
ja8773)が財布を取り出した。
「いいの? じゃあ、今度ご飯とか作るわね、ありがとう!」
「遠慮するなレディ、こういう場では男が出すんだよ」
そして自分の横で物欲しそうにクレープを眺める百々 清世(
ja3082)に気付き、深くため息を吐く。
(そういやこいつの入場料も俺が払ったんだよな)
「……で、百々は要らねえの?」
こうなった全額出してやる。アランの太っ腹な宣言に、清世はもちろん、莉音も大喜びだ。
「食べるー♪ 苺のやつがいい。凛子はどれにするー?」
「あたしはバナナショコラ」
「じゃあ俺はブルーベリーチーズで」
4人それぞれ違うトッピングを選び、ベンチで仲良く分け合って食べる。
そんなラブラブっぷりをリアバクペンギンが見逃すはずがない。人間には聞こえない鳴き声で仲間を呼び集めると、一致団結して凍てつく息を吐き出した。
「凛子さん、下がって!」
テーマパークを闊歩するペンギンにずっと違和感を感じた莉音は、間一髪で凜子を庇い、難を逃れる。
しかし反応の遅れた他2名は一緒くたになって吹き飛ばされて……
「痛……」
背中を強く追った清世。全身が痺れて動けないのは、折り重なるようにアランが倒れているからだ。見つめあう目と目は、互いの息が頬に掛かるほどに近く――
「アランちゃん」
清世は胸がきゅんと鳴くのを自覚した。アランも熱を含んだ視線で清世を見つめる。
「百々……俺、こんな気持ちは初めてだ。お前の事、飼い犬として愛していたはずなのに」
バラが咲きましたよバラが!
公衆の面前で抱き合う男達を、凜子と莉音はもちろん、ペンギン達も固唾を呑んで見守った。
「アランちゃん……俺……」
「もう、遊ばない。お前だけを見つめると誓う」
そう囁いて、アランは地面に倒れたままの清世を抱き起こす。引き締まった腰を支えていた手が背に回され、少しずつ、下の方へと伸ばされていく。
「うーん。どうしようか?」
戸惑いつつも意見を求める莉音。しかし凜子は嬉々として写メを取り巻くっていて……
「ま、いっかな?」
本人達がその気なら邪魔する野は野暮というもの。この場で一線を超えさえしなければ、何も問題はない、と思うことにして、梨音は様子を見ることにする。が。
――リア充製造機爆発しろぉ!!!――
叫びと共にペンギンに弁当箱が投擲され、同時にアランと清世も我に返った。あれほど咲き乱れていたバラの花が、急激に萎んでいく。
「もー、まじ……凛子ー!」
唇がドッキングするまであと2cm。危うく貞操を失うところだった清世は、凜子の胸に飛び込んで傷ついたハートを癒す。
「ふざけんな、あのクソペンギン野郎……潰ス!」
諸悪の根源はすでに逃げ去ってしまったので、アランは無関係の第三ペンギンに八つ当たりを繰り返す。こちらは莉音が代わりにハグをして、荒ぶる気持ちを落ち着かせてやった。
こうしてリアバクペンギンの企みは、阻止された。
しかし、あの時あの瞬間、2人の間に生まれた愛は幻ではなかったはず。
その証拠に、凜子のスマホには、熱い視線を交しあうアランと清世の姿がしっかりと残されていた。
気付かれて取り上げられない内に、凜子はスマホを大切に仕舞い込む。
「気を取り直して遊びましょ♪」
皆がどこもケガをしていないことを確認し、凜子は嫌な事もすべて忘れてしまいそうな微笑みを見せた。
◆
「「『久遠ヶ原の毒林檎姉妹』華麗に参上! ですわ」」
息もぴったりに声を揃え、アンジェラ・アップルトン(
ja9940)とクリスティーナ アップルトン(
ja9941)はテーマパークへ足を踏み入れた。
「バレンタイン一色ですわね」
「この遊園地にはどの様な名物デザートがあるのでしょう」
デートスポットなら、カップルの激甘ぶりを盛り上げるためのスィーツがウリのはず。謎の連想ゲームでアンジェラが到達した結論は『デザート食べ放題』。
その足でフードコーナーを訪れた時、姉妹の非モテアンテナが反応を示した。
「クリス姉様、あのお方では?」
アンジェラが指を差した先に居たのは、1人の喪(に服するドレスを身に纏った)女。
「えぇ、間違いありませんわ。ここは、私がお相手をして楽しませてさしあげる必要がありますわね」
非モテの方々を愉しませるのが自分達の使命と信じる姉妹は、慈愛の手を差し伸べるため、喪女へと歩み寄った。
「はじめまして。おヒマそうですわね」
「……この私が暇に見えるか?」
「えぇ。とても」
明確な拒否をしないのを良い事に、姉妹は喪女と同じ卓に付いた。
最初は一方的なアプローチだったが、喪女はすぐに姉妹に興味を示したらしい。次第に会話も弾み、ついには互いの名を明かすまでに仲良くなっていた。
喪女は自称悪魔。名は、ベネトナシュと言うらしい。
「では、ベネトナシュ様は、私達『人間』を観察するためにいらしたのですね?」
「見ているだけではいけませんわ。ぜひ『経験』をするべきですわ」
「経験か」
ベネトナシュは密かに考えを巡らせた。
確かに知識を詰め込むだけでは『奴』は納得しないだろう。奴の知らない事を先に経験し、ぎゃふんと言わせてやろうではないか。
「良かろう。供を許す。案内するが良い」
大仰な仕草で命じたベネトナシュに、クリスティーネはにっこりと微笑みかけ、
「そうと決まれば、善は急げですわ。ほら、さっそくジェットコースターに乗りに行くのですわ!」
ベネトナシュの腕を取ると、強引にアトラクションへと誘った。
数分後――
「ほら、遊園地ではハッスルした方が楽しいでしょう?」
堕天使の名が付くコースターは予想以上にハードだった。
自ら誘った手前怖かったとは言えず、クリスティーナは顔面蒼白になりながらも、引きつった笑みを見せた。
「……確かに」
短く応えたベネトナシュも表情は硬い。それでも平静を装っているのは、悪魔を自称する者の意地なのだろうか。
「次は私がご案内しますわ。乙女の夢、スィーツ試食会へ参りましょう」
ダウンしかけたクリスティーナに代わり、今度はアンジェラがベネトナシュの手を取った。
その後ろに瞳を怪しく輝かせるペンギンが忍び寄っている事を、彼女達はまだ気付いていない……
●夢も終わりに近づき……
夕方になり、土産売り場には今日という日の想い出を残そうと、多くの人々が訪れていた。
最初からお目当てが決まっていた凪は、お店中央のぬいぐるみコーナーへ一直線。山と積まれた中から、一抱えもある灰色のオオカミを引っ張り出した。
直後にぬいぐるみの目の色が青と気が付いた。ちょっぴり目付きが悪そうな部分も誰かさんにそっくりで、凪は何だか幸せな気分になる。
うん。抱き心地もばっちり♪
「それが欲しいの?」
一通り店内を見て回った直哉が声をかける。ひょい、と凪の手からぬいぐるみを奪い取った。
「レジ、人がたくさん並んでいたから。俺が一緒に会計しておくよ」
ついでに、ぬいぐるみを座らせるためのクッションを2つ見繕い、直哉はレジへと向かう。
「これ、枕元に置くの。……いつも一緒にいられる気がするから」
恥ずかしそうに告げた凪の言葉に相槌を打った直哉は、直後、そこに含まれる『意味』に気付き、顔を赤く染めた。
◆
奇縁の記念にと買った揃いのストラップを分け合って、ぼっち組は即席デートを締めくくる。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
絶叫マシーンづくしは大変だったけど、雅人は女の子と一緒に遊園地で遊べただけで満足だった。
「大変! あたいったら重要な事を忘れてたわ」
楽しい思い出はたくさん撮ったけれど、必ず誰かがカメラマンになっていた。つまり4人全員が一緒に写った写真が1枚もないのだ。
チルルは慌ててカメラを取り出すと、通りすがりの兄妹らしき2人連れに声を掛ける。
「すみません、記念撮影したいから、シャッター押してもらっていいかな?」
少し陰のあるお兄さんは、しばしチルルを見つめた後、無言でカメラを受け取った。
付近にいた着ぐるみ達も掻き集めて、皆で一緒にパチリ。
「……あれ?」
シャッターを押すときの掛け声は何もなかったけれど、写真は綺麗に取れていたので良しとする。
「もしかして喋れない人だったのでしょうか」
「たぶん、無口なだけ。ぼっちで当然。自業自得」
悪い事をしたかもしれない、と呟いた月花に、渚は容赦のない判断を下した。
◆
長くなった影を追いかけて遊ぶ子供達を見て、楓奈は幼い日々のことを思い出していた。
あの頃は男女の区別など全く気にも留めず、日が暮れるまで優希と一緒に遊び回っていたものだ。
「こうして優希と出かけるのも久々だな」
静かに目を瞑り、隣にいる優希に語り掛ける。しかし、返事はない。おや? と思って見渡すと、優希は3歩ほど後ろにいた。
「楓奈、歩くのちょっと早すぎるよ」
歩幅の違いから遅れがちだった優希は、ぷぅ、と頬を膨らませる。
「あぁ、すまない」
微かに笑みを浮かべた楓奈は、隣に並んだ優希の上着ポケットに何かを押し込んだ。
「……?」
「昔から世話になっているからな。受け取ってくれ」
それは可愛らしいラッピングがされた小さな包みだった。
今日、この日である。わざわざ確認しなくても、中身が何であるのか、優希はすぐに理解できた。
「うん、いつもありがとう。ホワイトデーは甘い物で三倍返しだね」
そっと手を伸ばし、影を重ねて手を握らせる。
幼馴染と言う微妙な関係の2人は、歩幅を合わせ、岐路に付いた。