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マスター:真人
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/01/31


みんなの思い出



オープニング

●招かざる客
 ――フラワーショップ・春夏秋冬――
 戸口の鐘が軽やかな音を響かせ、客の来店を告げる。
「いらっしゃいませ。ごゆっくりご覧ください」
 薔薇を手入れする手を止めて挨拶をした店員――南原 拓海は、客の姿を見て言葉を失った。
 彼のよく知っている人物がそこにいたからだ。
 喪に服するドレスを纏った妙齢の女悪魔、嘆きの黒鳥・ベネトナシュが。
 その隣には、やはりよく見知った7歳程の少女が立っていた。
 拓海は反射的に湧き上がった殺意を抑え込んだ。深呼吸をして心を落ち着かせ、剥がれかけた化けの皮を被り直す。
 今は人間の姿をしているが、拓海自身もまた悪魔なのだ
「宮田さん、銀行に用事があるって言っていましたよね。ここは俺が応対しますから……」
 背後で仕事をする同僚に声をかけたのも、気を鎮めるための手段。
「そうさせてもらうわ。あの銀行、混むから大変なのよ」
 拓海の人払いを気遣いと受け取った女性店員は、何も疑うことなく店の奥へ引っ込んだ。
(何の用だ、ベネトナシュ。それに上総まで連れ出すなんて)
 他人のヴァニタスでさえ我が物のように扱う同胞に、拓海は思念で話しかける。
(仕事だ、ナハラ。至急用意して貰いたい下僕がある)
「何をお求めでしょう」
 (俺は今、仕事中だ。後にしろ)
 刺々しい思念の会話とは裏腹に、拓海は微笑みを浮かべて接客を続ける。
「私に合う花を貰おうか」
 (興味深い物を手に入れた。ユウカイハンという輩だ)
 投げ返された嫌味を気にも止めず、ベネトナシュは己の用件を突きつけた。一方で声に出したセリフは、つい先日テレビで覚えたもの。
 そのドラマでは、甘い愛の言葉と共に、真っ赤な薔薇の花束がヒロインに手渡されたのだが……拓海が差し出したのは。剪定された薔薇の枝。もちろん、小さな蕾一つ付いていない。
「ナハラよ。これが客に対する態度か?」
「お前は客じゃない」
 きっぱりと言い切る拓海。
 たとえ金銭取引が無くても、花を愛でる心があるなら、その人は客だ。しかし、ベネトナシュは違う。
「花を包め。撃退士共に贈る花だ。見立ては貴公に任せる。即急にな」
「金はあるんだろうな」
 不遜な客を一瞥しつつ、拓海は店内を回り、白百合をメインに据えた花束を作り上げた。
「15750円になります。領収書を御用意致しましょうか?」
「……ナハラよ」
 事務的に会計を進める拓海に、ベネトナシュは不満を露わにする。
「シャインワリビキというものがあるのではないか?」
「貴様は社員じゃないだろう」
 いつどこでそんな言葉を覚えたのか。
 ペンを1本圧し折りながらも、拓海はもう一度、正規金額を告げた。

●お嬢様無双
 白銀の山を見渡せる別荘の一室、娘は蜘蛛の糸で編まれた鳥籠の中に捕えられていた。
 品の無い、けたたましい女。
 それが拓海――ナハラが抱いた第一印象だった。
 暗い地下室から解放され、新しい衣服と人間らしい食事を与えられたというのに、吐き出す言葉は文句ばかり。
 今まで自分を閉じ込めていた男達がどうなったのか気にする素振りも見せず、異形の悪魔にさえ臆すること無く捲し立てる不作法は、あのベネトナシュでさえ閉口したほどだ。
 自分を絶えず監視していた黒鳥の騎士も早々に逃げ出し、結局ナハラは独りで娘の見張りをすることになる。
「食べないと体に悪いよ?」
「こんな物、あたし食べくないもの。早く作り直して。……そうね、ビーフシチューが良いわ」
 癇癪を起し、娘はトレイを床へ払い落とす。温かい味噌汁や焼き魚が、フローリングの床に散らばった。
「それが君の夕食だ。他は用意しない。空腹に耐えられなければ、それを食べるんだ」
 直後に上がった抗議の声を無視し、ナハラはイスに腰掛け読書を始める。
「ねぇ、あたしをここから出してよ」
 喚いても無駄と悟ったのか、娘は突然甘えた口調で話しかけてきた。
「何でも欲しい物をあげる。パパに頼めば、お金って好きなだけ貰えるもの」
「君の父親が何者だろうと俺には関係ない。それに……」
 ナハラはその先に続く言葉を飲み込んだ。
 おそらくこの娘は理解していないのだろう。悪魔が真に欲しがるモノが何であるかを。
「……明日までの我慢だ。明日、撃退士達が来るまでの」
 代わりに発せられた自嘲の言葉を、娘は自分に告げられたものだと思い、嬉しさで顔を綻ばせた。


●届けられた挑戦状
「依頼の内容は、悪魔と名乗る者達に囚われた女性の救出です」
 斡旋所の職員の説明を受けながら、撃退士達は配布された書類をめくっていく。
 1枚目に載っていたのは、まだ若い女性の写真だった
「被害者はY県在住、不動産会社経営者の次女・神戸 百合愛さん。20歳。友人と買い物をした後、消息不明に。
 その後金銭を要求する脅迫電話で誘拐事件と発覚。密かに交渉が進められていました」
 しかし、今朝になり、突然『金は要らない。久遠ヶ原の撃退士を寄越せ』と要求を変えてきたという。
 同時に犯人も代わった。神戸家に恨みを持つ者と名乗る男性から、我々は悪魔だと名乗る女性へと。
 職員は依頼の資料にと提出された物品を撃退士達に提示する。
 赤黒い染みに塗れたコートに包まれた花束と、レースのような糸で編まれた鳥籠に閉じ込められた百合愛嬢。
 これらは電話の直後、何者かの手により神戸家に届けられた物だという。
 百合愛の写真に書き記されている通り、染みの正体はただの塗料であることが判明した。また、写真には『撃退士が来なければ、次は本当に血で染まる』とも書かれていた。
「電話の女性が本当に悪魔かどうかは判りません。ですが、撃退士に只ならぬ関心を持っていることは確実です」
 最後に、職員は書類で口元を隠し、長く息を吐く。
 娘を救え。他はどうなっても構わん、と吐き捨てた依頼人の言葉は胸の中で握り潰し。
「百合愛さんだけではありません。最初に彼女を誘拐したという男性の行方も気になります。たとえ罪を犯した者であっても、天魔の贄となることを見逃すわけにはいきません」
 あなた達も含め、『全員』が無事に帰還することを祈っている。
 そう言って、職員は撃退士達を送り出した。


リプレイ本文

●蜘蛛の館と雪だるま
 撃退士達を待ち受けていたものは、光を反射しない白に包まれた洋館と、謎の雪だるま。
「この雪だるま、誰が作ったのだ……?」
「やっぱり気になるよね」
 大きな雪だるまを見上げて息を呑むフラッペ・ブルーハワイ(ja0022)。神喰 茜(ja0200)も、悪魔が棲まう館には不釣り合いな物体が気になるようだ。
「犯人は3人、ね」
 煙草を燻らせながら、鈴屋 灰次(jb1258)は防犯カメラに映っていた男達の姿を思い出す。
 百合愛の監禁場所がこの別荘という事で、誘拐犯の素性は絞り込まれた。
 悪魔と名乗った者が最初から共犯だったのかは判らないが、敵が複数であることは確実だろう。
「やはり、これは蜘蛛の糸のようですね。……蜘蛛型ディアボロがいるのでしょうか」
 エリーゼ・エインフェリア(jb3364)が木枝で探ると、館を覆う白糸には強い粘着性があると判明した。
「間違って触れたら、絡み取られるってわけね」
 大きな得物では少々不利かもしれない。七曜 除夜(jb1448)は、この罠を如何に避けるか考えを巡らせた。
「どこも似たような感じね。内部も蜘蛛の糸だらけ。習性を考えると振動で敵を感知するでしょうね」
 建物周辺を偵察してきたファレン(jb2005)が端的に報告する。
 動きやすいよう除雪がされているのは正面のみ。林へ続く裏側は足跡1つなく、膝ほどの深さの雪が積もっていた。
 どこの窓も蜘蛛の糸で塞がれており、唯一そこだけ蜘蛛の糸で覆われていない入口以外、侵入できそうな場所はどこにも無かった。
「おっさん、写真は2階の遊戯室だって言ってただろ?」
「人質と犯人と蜘蛛……一緒に居るなら、広い部屋にいるでしょうね」
「出入り口から一番遠い、と言う点でも適していると思うわ」
 館の見取り図を開いて作戦を練る撃退士達。仲間の賛同を得て、灰次は『1』と数字を振った遊技場を丸く囲む。
「じゃ、まずは俺が偵察してくるわ」
 何か見つければ合図するよ、と灰次は片目を瞑ってホイッスルを口に当てる。
「私もご一緒します」
 さすがに単独では危険と判断し、エリーゼが同行を申し出た。


●虫の居所
 館の内部は一面の白で覆われていた。
 天蓋から吊り下げられたカーテンのように幾重にも広がり、幻想的とも言える光景。息を飲む美しさとは裏腹に、それは迷い込んだ獲物を捕える罠だ。
 灰次とエリーゼは、粘着質の糸に足を取られないよう、1歩ずつ慎重に足を進めていく。
 見る限りでは室内に敵の姿はないが、気になるのは意味ありげに点在する繭。この中に保護対象者が捕らわれている可能性はあるのだろうか?
 灰次は薙刀の柄を長く持ち、慎重に繭を切り開く。
「うわ、……えげつないねぇ」
 何か黒い物が蠢いたかと思うと、無数の小蜘蛛がわらわらと這い出してきた。
 すかさずエリーゼが稲妻の矢で焼き払う。
「繭には手を付けない方が良いかもしれませんね」
 2人は頷きあって先を目指す。
 撃退士が侵入したことはすでに知っているだろうに、迎撃すらしてこない。不気味なほどの静けさの中、2人はついに遊技場の前まで辿りついた。
 片方が開け放たれた扉の隙間からそっと様子を探った時。
「遅いぞ、撃退士!」
 ……いきなり怒鳴られた。
「それに数が足りない。6人と指定したはずだ」
「外で待ってるよ。いきなり大勢で押しかけたら悪いでしょ?」
 灰次とエリーゼは潔く室内へ入った。危惧していた奇襲は、結局受けることはなかった。
 廊下と同様、あちこちに蜘蛛糸のカーテンが垂れ下がり、3つの繭が部屋の隅に投げ置かれている。
 天井から吊り下げられた鳥籠には百合愛嬢が閉じ込められていた。手足を縛られ、口も蜘蛛糸で猿ぐつわのように塞がれている。
 対する『敵』は、複眼のような眼を持つ男とヴァニタアスらしき黒衣の剣士。そして天井を這う大きな蜘蛛が1匹。
「……君ら、悪魔、だよね?」
 一通り状況を確認した灰次は、左手にホイッスルを忍ばせつつ、静かに問いかけた。
「見れば判るだろう。貴様のその目は節穴なのか?」
 複眼の男は鋭い眼光を向け、撃退士達を睨む。
「……雪だるま作ったの誰?」
「スカラベだ! さっきから関係ない事ばかりベラベラと……。貴様ら目的はあの娘じゃないのか? 早く仲間を呼べ。さっさと蜘蛛を倒してこの茶番を終わらせろ!」
 苛立ちを含んだ口調で叫ぶと、複眼の悪魔は撃退士達を無視するかのように壁に背を預けた。


●大蜘蛛退治
 悪魔達は、実に律儀だった。
 撃退士全員が場に揃い、状況を把握するまで待っていた。
 やがてそれぞれが光纏し得物を掲げた事を確認してから、複眼の悪魔は大蜘蛛に命令を下す。
 戦え――と。

 先制は大蜘蛛のほうだった。撃退士達の頭上から鋭い前足を突き下ろす。
「これは……ちょっと不公平なんじゃないの?」
 攻撃を避けたとたん、長柄に糸が絡まり、灰次は不満の声を漏らした。
 蜘蛛網のカーテンに紛れる粘着質の糸は、触れただけで動きを封じられる。その一方で蜘蛛は糸を伝い自在に動き回り、攻撃を仕掛けることができるのだ。
 おまけに左右同時に攻撃を繰り出せるため、挟み撃ちで注意を引き付けるなどの常套手段も活かせない。
「糸が邪魔なら、無くせば良いだけだよ!」
 紅蓮の炎を身に纏った茜は蛍丸を振るい、手当たり次第に糸を斬り払った。糸が魔具に絡まればヒヒイロガネに戻しては具現化を繰り返す。
 他の撃退士達もそれに倣い、瞬く間に周囲が開けていった。
 動き易くなったところで除夜は緋の太刀を一閃させる。大蜘蛛の前脚で軽々と受けられてしまったが、そのまま力ずくで脚を押し斬った。
「まずは1本!」
 多脚の大蜘蛛にとってはたかが1本。しかし同時攻撃の脅威が減った事は、撃退士にとって会心の一撃となる。
 ファレンが苦無を放つ。頭部を狙った攻撃は1列に並んだ眼を貫き、腐臭のする体液を撒き散らせた。
「任せてください!」
 異界の呼び手で蜘蛛の動きを封じるエリーゼ。しかし蜘蛛の身体は大きく、完全に捕えることはできない。
「それでもボクには十分なのだ!」
 動きが鈍った僅かな隙を突き、フラッペはアウルで模られたスケードボードを蹴った。ビリヤード台を足場に、百合愛が囚われている鳥籠に飛びついた。
 戦斧で力任せに籠を破壊したフラッペは、蜘蛛糸の縛めを全て引きちぎると、百合愛を抱き上げて籠を脱出する。
「もう大丈夫なのだ!」
 百合愛を後方に押しやると、灰次と2人で盾になるよう、身構えた。
 獲物を奪われたことに気付き、大蜘蛛は手当たり次第に暴れ、鋭い脚で周囲を引き裂こうとする。
 保護すべき対象に大蜘蛛を近づけまいと間に割って入った除夜。
 下腹部から発射された糸を太刀で絡め取るが、今度は力技で負けた。除夜の手を離れ、アウルの供給を断たれた太刀は、ヒヒイロガネとなって大蜘蛛の足元に沈む。
「まぁ、仕方ないね」
 蜘蛛が相手と知った時から得物を奪われる可能性は考慮していた。除夜はすぐに気持ちを切り替えると、素手に空刀の力を込め大蜘蛛に挑み、さらに1本の足をもぎ取った。
「……そこ、もう少し静かにならない?」
 早く蜘蛛を倒せ、自分を逃がせ。殺す気なのか……のべつ幕なしに口を開く百合愛に、茜は眉を顰めた。
 心踊らせる斬り合いも、こう雑音が入っては興ざめだ。
 百合愛の耳元で淑やかにするよう囁いた灰次は、直後に超音波攻撃を受けて肩を竦めた。
(あの悪魔、お気の毒様だったみたいだねぇ。俺、同情しちゃうわ)
 ずっと無関心を装っている悪魔達だが、ヒステリックに喚き散らす令嬢に苛立っているのが見て取れる。
「今はただ目の前の敵を倒す。それだけよ」
 身中の虫にも表情を変える事なく、ファレンは天井を蹴って跳び、シュガールを蜘蛛の頭部へ振り下ろした。攻勢に出たエリーゼがバルディエルの紋章を掲げ、稲妻の矢で胸部を貫く。
「……見切った!」
 蜘蛛の下腹部が一度膨らんだ事を確認し、茜は体を沈める。直後に放たれた糸は、後ろにあったキューラックを真二つに切断した。
 あれを身体で受けていればどうなっていたか――内心ひやりとしながらも、茜は一気に敵の懐へ潜り込む。
 蛍丸の一撃で壁へ叩きつけられた大蜘蛛は大きく痙攣し、そして動かなくなった。

●お嬢様ご乱心
 ついに大蜘蛛を倒し、ほっと息を吐いた撃退士の耳を、甲高い雑音が貫いた。
「貴方達、撃退士なんでしょう? パパに雇われたんでしょ? 早くあの悪魔を殺しなさい。これは命令よ!」
「おう?! お嬢さんっ」
 百合愛の突然の暴言に、撃退士達は息を飲んだ。
 大蜘蛛を相手に力を尽くした今、悪魔と戦うだけの余力は残っていない。だからこそ、敵意を冗長させることは避けていたのに。
(……ずいぶんと傲慢な親子ですね)
 エリーゼは瞑想をするかのようにそっと目を閉じた。
「静かにしていた方が身のためですよ」
 同時に、百合愛の周囲を取り囲むように光の剣が現れる。
「エリーゼちゃん?!」
 保護すべき一般人に向けられた『力』。通常より遥かに薄い具現化とはいえ、それは百合愛にとって充分すぎる威嚇となった。
「きゃあああっ!」
 立ち尽くす撃退士の目の前で、光剣の切っ先が百合愛に届く――ことはなかった。
 複眼の悪魔が手を翳すと同時に、百合愛を囲む空間が蜂の巣状にひび割れ、殆どの光剣を受け止めたのだ。
 代わりに悲鳴をあげたのはエリーゼだ。
 瞬時に百合愛の盾となった剣士が抜いた剣から雷撃が放たれ、エリーゼを直撃する。
「エリーゼさん!」
 倒れた仲間を庇い、追撃に備える茜と除夜。灰次は腰を抜かした百合愛を抱え、壁際へと避難した。
 その横で茫然と立ち尽くすフラッペは、
「こく、ちょう……?」
 衝撃で外れた仮面の下から現れた素顔に、驚愕の声をあげる。
 呟いた名は数か月前に彼女が遭遇した女悪魔の異名だった。
 全体的な雰囲気も体格も違う。けれどその容貌は、無関係と言い張るにはあまりにも似ていた。
 そしてフラッペは、撃退士を呼べと言った『自称悪魔』の正体を悟る。
「嘆きの黒鳥……今回は一体、誰の嘆きを楽しむつもりだったのだ……?」
 詰め寄るフラッペに目を向けることなく、黒衣の剣士は無言のまま剣を収めた。
 これ以上戦うつもりは無いという事だろうか?
 警戒を続けながらも、除夜はエリーゼの容体を確認する。呼吸も脈もある。強い衝撃を受けて気を失っているだけだと判り、安堵の息を吐いた。
「複眼の悪魔、久しぶりね。私はファレンよ。蜂といい、今回の蜘蛛といい。撃退士を呼んで、何が目的?」
 ファレンは静かな声で悪魔に語り掛けた。
「ナハラだ。同胞からは『惑いの蜂』とも呼ばれている」
 自ら名乗ったファレンに対し、悪魔は迷うことなく自身の名を告げた。その口調に、戦いを始める前の刺々しさは感じられなかった。
 少しの沈黙の後、ナハラは傍らの剣士を親指で指し示す。
「こいつは黒鳥の騎士・アルカイド。悪いね。愛想のない奴で」
 ナハラは自嘲めいた口調で、ファレンの質問に応えた。
 言うなれば撃退士は瓶に閉じ込められた蟻。一般人とディアボロ――餌と天敵を前に、どう動き、対処するのかを観察しているのだと。
「どこの自由研究よ、それは。……あたしらに興味があるなら、久遠ヶ原に来なさい。学生としてね」
「残念だけど、そのつもりはないよ」
 足元に落ちていたヒヒイロカネを拾い上げたナハラ。軽く手の中で玩んだ後で、除夜へと投げ渡した。
「俺はそろそろ撤退させてもらうよ。君達は、どうするつもりだい?」
「戦う気はないわ。依頼じゃないし、力量の差が分からない程、馬鹿じゃないわよ」
 撃退士の中に、ファレンの言葉を否定する者はいない。唯一、不満げな表情を見せていた百合愛も、ナハラの鋭い眼光に圧され、口を噤んだ。

 撃退士に無防備な背を見せて、悪魔達は館を後にする。
「待つのだ!」
 ナハラに続き、窓から身を躍らせようとしたアルカイドの腕を、フラッペが捕まえた。
「あの悪魔に伝えて欲しいのだ。今はまだ無理でも、『蒼き疾風』は必ずキミに追いつく、……って」
 アルカイドは暫しの間、紫色の瞳でフラッペを見据える。
 答えはない。しかし、確実に1つ頷いて、静かに手を解かせた。

●残された任務は……
 悪魔が去った館で、撃退士達は残された繭を割き、中を確認して回る。
 全て確認し、出てきたものは小蜘蛛の死骸とゴミの山。
 最初に百合愛を浚った誘拐犯は、遊技場にあった3つの繭から見つかった。目立った外傷はなく、自力歩行できる体力も残されていた。
 救出完了の報を受けて駆け付けた警察に引き渡され、今頃は取り調べを受けている頃だろう。

 最後に、撃退士達は未だ佇み続ける謎の雪だるまを仰ぎ見た。
 どうやら悪魔が作った事は確定らしいが……何か意味があっての事なのだろうか? 例えば、『次』の挑戦状が埋め込まれているとか。
 破壊して確認するべきか、無視を決め込むか。
 それは天魔との戦い以上に、難しい決断を迫られているように感じられた。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 蒼き疾風の銃士・フラッペ・ブルーハワイ(ja0022)
 撃退士・七曜 除夜(jb1448)
重体: −
面白かった!:3人

蒼き疾風の銃士・
フラッペ・ブルーハワイ(ja0022)

大学部4年37組 女 阿修羅
血花繚乱・
神喰 茜(ja0200)

大学部2年45組 女 阿修羅
アングラ情報ツウ・
鈴屋 灰次(jb1258)

大学部6年13組 男 鬼道忍軍
撃退士・
七曜 除夜(jb1448)

大学部6年45組 女 阿修羅
黒鳥の名を知る者・
ファレン(jb2005)

大学部3年320組 女 鬼道忍軍
水華のともだち・
エリーゼ・エインフェリア(jb3364)

大学部3年256組 女 ダアト