●まずは元気に自己紹介を
紅葉の鮮やかさが欠け始めた山の中に、チーム飛狼の合宿所はあった。
「ウサギ狩りって言っても……戦闘訓練ですね。どれぐらい僕の力が役に立つか……頑張ります」
そう意気込みを見せたのは、アストラルヴァンガードのレグルス・グラウシード(
ja8064)。今回の参加者の中で最も経験豊富な学生だ。
「うさちゃんを狩るなら狼さんになりたかったとこだけどねー」
獲物を狙う眼でフリー撃退士達を怯えさせながら、鬼道忍軍の鈴屋 灰次(
jb1258)は、事前に渡されたデータと人物を照合する。
「よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げながら、龍仙 樹(
jb0212)は密かに歯がみする。
フリー撃退士に忍軍が居るということで、樹は遁甲の術対策に防犯用カラーボールの準備を考えていた。残念ながら、陳列している店はどこにもなかったけれど。
「こんにちは、ゆずです♪」
元気良く挙手をしたのは、ウサギ仕様のコンバットドレスを身に纏うインフィルトレイター・天月 楪(
ja4449)。本日の最年少である。
その愛らしさに、フリー撃退士達は思わず心を和ませる。
「やぁ、はじめまして……見てのとおり俺は悪魔の蒼桐遼布だ。今回はよろしく頼むよ」
微妙に尖った耳や八重歯にしては鋭すぎる犬歯――自らを悪魔と名乗る通り、蒼桐 遼布(
jb2501)は人間ではない。
「ボクは何処にでもいる普通のインフィルトレイター、水鏡だ」
そう名乗ったのは紅一点の水鏡(
jb2485)。
年齢の近いフリー撃退士・明石は彼女の事が気になるらしい。興味深げに見つめていたがが、全てを見透かすような瞳と視線が合い、慌てて下を向く。
「――最後になったが、俺はチーム飛狼(フェイラン)の隊長を務める蒲葡 源三郎だ。よろしく頼むぞ」
うさぎ役のフリー撃退士が自己紹介を終えた後、源三郎が自身の紹介をする。
「『ひろう』じゃなかったのか。疲れてそうな名前だなと思っていたのに」
ぽつりと呟いた遼布に、一瞬漂う気まずい雰囲気
(ちがうっ!)
(せめて『ひーろー』と言ってやってくれ)
フリー撃退士達は慌てて抗議を入れるが、当の隊長は特に気にする様子も無く、粛々と特別授業を進行させていく。
「ルールは先に提示した通り。しっかり頭に叩き込んでおいたな? 10分後にゲーム開始だ。各自準備をしておけ」
●ゲーム開始
森の中にホイッスルが鳴り響いた。
先の顔合わせからきっかり10分後のこと。前置きの無いスタートだったが、ウサギ達は慌てることなく、一斉に走り出した。
猟犬達は目を凝らして行方を見守る。
まずは一直線に走って距離を稼ぎ、やがて2方向へ分かれたところで、彼らの姿は木々に紛れ、見えなくなった。
そして1分後、再び鳴り響くホイッスル――狩りの開始だ。
◆
腰まで埋まる笹薮が不自然に揺れている。
「明石ちゃん、はっけーん。隠れるのが甘いねぇ」
地上からの目線では、きっと判らなかっただろう。しかし、木の上に登った灰次は、藪の中で身を丸めるように移動する白いウサ耳をはっきりと捉えていた。
灰次はA班のメンバーに明石の居場所を手で差し示す。
「絶対に逃がしませんよ」
ナビを受けて明石の姿を確認した樹は即座にタウントを行使した。捕獲すべきウサギに堂々たる姿を見せつけ、己の存在をアピールする。
計算通り、明石は足を止め、闘争本能に駆り立てられたように突進してきた。
してやったり、と待ち構える樹。しかし明石は直前で向きを変えると、より深い藪の中へ姿を消した。
樹はとっさに後を追ったが、密集した笹薮がかすみ網のように立ち塞がり、行く手を阻む。
「どこへ行きました?」
訓練剣で藪を斬り払いながら、樹はフィールドを見下ろす形で待機している仲間にナビを求める。
問われた灰次は申し訳なさそうに肩をすぼめる。
「ごめん、見失っちゃった。でも、薮の中からは出ていないはずだよ?」
「なら……今度はボクの番だ」
任せて、と水鏡は耳に意識を集中させる。
スキルによって研ぎ澄まされた聴覚は、離れた場所で落ちた針の音さえ聞き取ることができる。
飄々と吹く風の音。それに揺れざわめく笹の音。様々なノイズが邪魔をする中、水鏡は他の野生動物にはない、2本足が奏でる足音のリズムを捕えることに成功した。
「見つけた。でも、動きが早い……?」
おそらくは獣道のようなものを利用しているのだろう。足音は障害物に妨げられることなく、次第に遠ざかっていく。
ちらりと垣間見えた背に訓練銃を狙い撃つが、すでに射程の範囲外。
悠々と笹薮を抜けた明石は、猟犬達を一瞥すると、さらに逃走の足を速めた。
灰次は離れて行動するB班に協力を要請するため、自身のスマホを取り出した。
『現在位置A2、明石ちゃんはB3に移動』
素早い指裁きで状況を報告する文章を打つと、仲間のメアドに一斉送信する。貸与された無線機を使わないのは、声を出すことで位置のヒントを渡さないための作戦だ。
――送信できませんでした――
しかし、直後に表示されたのは無情な一文。
「あららぁ。圏外だったのねー」
スタート地点ではちゃんと使えたはずなのに……。
猟犬達はここにきてようやく、問答無用で無線機を押し付けられた理由を悟った。
◆
レグルス、楪、遼布が属するB班は、黒い垂れ耳のウサギ――加賀を追う。
位置補足のために打ち込んだマーキングは既に消え、猟犬達は自力での捜索を余儀なくされていた。
「確か、この近くに崖があったよね。加賀さんは忍軍だよ。『壁走り』で逃げられるかも」
ウサギ達の能力から逃走経路を予想したレグルスは、便利なスキルを多く保有する忍軍をどう追い詰めるべきか、様々な対策を考える。
「たれ耳のおにぃさん、たぶんあっちに向かってるのー」
ラムネ菓子を一粒口に放り込んで聴覚を強化した楪は、鳴き騒ぐ鳥が集中している方向に加賀が逃げていると判断した。
「やっぱり崖の方向だよ! 急ごう」
地図を確認したレグルスが走り出す。
「じゃあ、俺は罠を仕掛けておくぞ。こうゆう時は異種族の力の使い時ってね……それじゃぁ、行くとしますか」
そう言って遼布は背に悪魔の翼を顕現。歩きづらい斜面の悪条件をものともせず、加賀の前方に回りこんだ。
ヒヒイロカネから取り出したチタンワイヤーで、加賀を捕らえるための罠を張ろうとした時――
ぱこん! と愉快な音を立て、遼布の額にゴムボールがヒットした。投げたのは、特別講師である源三郎。
遼布の額に転写された黄色い丸印は、『一時中断』の証だ。
審議が入ったということで、その場に追い込まれてきた加賀は源三郎の背に隠れて待機。訓練銃を連射していた楪も、オロオロしながら様子を見守った。
「ちゃんと訓練用の武器を渡していただろ? 致傷能力のある自前武器は使うんじゃねぇ」
「あああっ。……ということは」
源三郎の言葉を聴き、思わず声を上げたレグルス。
「もしかして僕の『シールゾーン』も……」
他者に悪影響を与えるスキルは使用禁止。たとえそれが自分自身に対して行使するものであっても。
「……頑張って、習得したのに」
相当ショックを受けたのだろう。レグルスは両手を地に付き、がっくりと項垂れる。
「まぁ、使う前に気付いて良かったじゃねぇか。気にすんな。……では、審議ここまで!」
ゲームの再開を宣告し、源三郎は姿を消した。
唐突に身を守る壁を失ったにも拘らず、加賀は抗議の声を上げることなく、脱兎の如く駆け出した。
その動きを封じるため、楪は加賀の右脚にコアラのようにしがみ付いた。バランスを崩して転倒したところに、遼布が間髪入れずに訓練用の大剣を振り降ろした。
下腹部に重い一撃を受け、加賀の意識が暗転する。
「なんか悪いことをしちゃったけど……すみません、いただきます」
何度も謝罪をしながら、レグルスは丁寧な手付きでうさ耳を狩り取った。
◆
地図だけでは読み切れない細かな地形を利用し、明石はしぶとく逃げ続ける。
彼を追うA班は、この数十分の間で明石のクセを見抜き、少しずつ確実に追い詰めていた。
「がおーっ」
仲間達と距離を置き、壁走りで木の枝を伝い移動していた灰次。全力で猟犬を引き離す明石の前方に降り、両手を広げて立ちはだかった。
三方に壁を作って逃走経路を断っていく。それを何度も繰り返し、猟犬達はついに明石を猟場の隅にある沼地へと追い詰めることに成功した。
「やっぱりそう来るよねぇ。明石ちゃんってば単純」
沼の中央で突破口を探る明石を眺め、灰次はくすくすと微笑んだ。
同じ忍軍だから、自分の手の内は知られているだろう。だから灰次は自ら追うことはない。
「……いつから水上が安全だと思っていました?」
代わりに追跡の役目を継いだのは樹。小天使の翼を展開して空中に浮き上がると、沼の中央に陣取る明石に肉薄した。
もちろん明石は素直に狩られよとしない。訓練刀を振るって応戦する。
「いい加減、観念したらいかがです?」
樹と鍔迫り合いを続ける明石の頭上から強襲する影があった。人としての姿を脱ぎ去った水鏡だ。
「やっぱり、人外……」
隠されていた悪魔としての姿を目の当たりにしても、明石は動じることなく殺陣を続けた。
「なぜ判った?」
「わざわざ普通って言っていたからね。ウラがあると思った」
尋ねる水鏡に、明石は得意げに種明かしをする。
「しまった……!」
不意に樹の背から翼が消えた。スキルの持続時間が過ぎたのだ。
岸辺に戻る暇もなく、樹は沼の中に落下する。比較的浅い沼なので溺れること無いが、真冬の水は一気に体力を奪われそうなほどに冷たい。
「時間を気にしてなかったのか? 残念だったね」
敵が1人減ったことで大口を叩く明石。目の前に開けた道を一気に走りぬける。
しかし樹はまだ戦意を喪失していなかった。隙を突いて明石に飛びつき、彼の両足を抱え込んだ。
己の慢心から動きを封じられた明石に、水鏡が容赦なく襲い掛かる。
「ボク達の勝ちだ!」
うさ耳を鷲掴みにした水鏡。取られまいと必死に頭を抑える明石から、力ずくで耳をもぎ取った。
◆
B班が次に狙う獲物は、フリー撃退士の中で最も経験を積んでいる堺だ。
アストラルヴァンガードは他のウサギ達と比べて移動手段が限られる。走り続けるより隠れてやり過ごすだろうと予測したレグルスは、合宿所に狙いを定める。
「建物の中に反応が2つ……」
「じゃあ2人隠れてるってことか?」
尋ねる遼布に、レグルスは即答することができなかった。
彼が行使した生命探知は、人間も小動物も等しく反応するため、それが何者であるかまでは判らないのだ。
「スキルを使いこなせないなんて……」
素直な性分だからこその自己嫌悪を抱えつつ、レグルスは合宿所の扉を開いた。美味しそうな匂いが漂う食堂を通り抜け、生命反応のあった部屋へと直行する。
「居たか?」
逃走防止のため外を見張っていた遼布が窓から顔を出した。
いかにも男所帯といった感じに散らかった部屋の中に、人間の姿は無い。
「わかった! こんどはかくれんぼだねっ」
ゲットしたうさ耳を頭に装着し、楪は部屋の中を物色し始める。
「みーっけ♪」
ベッド下を覗き込んだ楪が歓声を上げて潜り込んだ。
もちろん大人が隠れられるスペースではない。一体何を見つけたのか、と慌ててレグルスが引きずり出した。
「ほら、もふもふだよー」
楪の腕に抱かれていたのは、丸々太った1匹のネコ。昼寝を邪魔されて機嫌が悪いのか、不貞腐れた顔でぶみゃあ、と鳴いた。
もう一度、レグルスは生命感知を試みる。
自分以外の生命反応は4つ。楪とネコと、窓の外の遼布。あとの1つは……
「うん、やっぱり居るよ!」
自信を持って断言するレグルス。やはりウサギはここに隠れているのだ。
指で指すまでもなく、猟犬達の視線は、自然にある場所に向けられた。
地震でもないのにカタカタと音を立てて揺れている、3つ並んだロッカーへと――
●戦い終えて……
それぞれが持つ時計のアラームが鳴り響き、ウサギと猟犬は対等な人間の立場に戻る。
ゲーム開始直後、こっそりスタート地点に戻って隠れ続けた但馬も合流を果たし、源三郎は改めてゲームの終了を宣言した。
制限時間内で猟犬が狩ったウサギは3人。結果としては久遠ヶ原学園生徒の勝利である。敗れたフリー撃退士達は素直に学生達の健闘を讃えた。
水分補給のスポーツドリンクを配りながら、源三郎は最後の課題として、ゲームの感想をレポートとして提出するよう、この場に居る全員に言い渡した。
敢えて明言することは無いが、今回のゲームは自身の行動を客観的に見つめ、より腕を磨き上げるべき所、反省し改善すべき所を再認識することが最大の目的だったのだ。
昼食として振舞われた温かい豚汁を食べながら、撃退士達はゲームの感想を語り合う。
「次があるなら、今度はもっと効率的にいきたいですね」
タイミングを逃し試せなかった手段がある樹は、前向きに改善点を模索する。
「それにしても、どうして男性ばっかりなのにうさぎ耳なんでしょうね」
狩り取ったウサ耳を装着している楪を眺め、レグルスは素直な疑問を口にした。
どうせならかわいい女の子がやればいいのに……という言葉には、灰次も力強く頷いた。
「でも、こういう冗談は好きだな」
人間達の語らいを眺めながら、はぐれ悪魔の水鏡は初任務を終えた充実感に浸っていた。
殺伐とした戦いが多い中、こうやってのんびりできる時間も、悪くは無い。
「……だな」
任務を受けるにあたり、遼布は様々な緊張や不安を抱いていた。仲間達とウサギ達を追い続ける中で、そんなものはどこかに行ってしまったが。
人間が基本的に自分達をどんな感情を持っているかは理解している。その上で、遼布は何とかやっていける、と確信を持つことができた。
人と天魔の新たな歴史はまだ始まったばかり。
異種族との付き合い方も、戦い方と同様、これから日々学んでいくのだから。