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マスター:京乃ゆらさ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/05/21


みんなの思い出



オープニング

 轟音と共にアスファルトの道が破砕されてゆく。
 破砕するのは剛脚、大蜘蛛の脚、だがそれが支えるのは蜘蛛の胴ではなく、無数の触手を生やした円筒状の肉塊だった。
 そのおぞましさに、街には悲鳴が渦を巻いて広がってゆく。
 息を切らし必死の形相で駆け逃げる人々の背へと、八本の蜘蛛脚がうごめいて高速で肉塊が迫り、触手を伸ばして逃げる人々へと襲いかかり、絡みつき、巻き、捕獲してゆく。
 人間の街へと進撃したデビルキャリアーの群れが猛威を振るっていた。
「悪魔めぇっ!!」
「市民が体内に囚われているッ! 脚だ! 脚を狙ぇぇええ!!」
 町の撃退署の撃退士達が、リボルバーを手に猛射する。弾丸が嵐の如くにデビルキャリアーの脚へと命中し、その皮膚を突き破って体液を噴出させてゆく。四本の脚が折れたデビルキャリアーはバランスを崩して前のめりになり、その前進が止まった。
「やったか?!」
「攻撃は十分通る。いけるぞ!」
 撃退署の撃退士達が歓声をあげる。
「キャハハハハ! だーめだめっ!!」
 不意に、空から甲高い笑い声が響いた。
 ビルの屋上より漆黒の翼を広げて少年が跳び、二本の曲刀を抜き放って地上の撃退士達を見下ろす。
「だって君等、ここで死ぬから!!」
 ハリドゥーン・ナーガは全身から赤紫色の光を立ち昇らせると、クロスさせた二刀に収束、踊るように無数の剣閃を繰り出した。
 刃の軌跡から三日月状の光刃が飛び出し、雨の如くに地上へと降り注いでゆく。
 地上から断末魔の悲鳴が次々にあがり、真っ赤な血の華が咲き、光刃波の直撃を受けて両断された撃退士達の死体がアスファルト上に転がってゆく。
「ヒャハハハハハ! 反抗なぞ無駄無駄無駄無駄ァッ!! 我等こそがザハーク蛇魔軍! 征けよデビルキャリアー! この地の人間どもを狩り尽くせッ!!」
 少年の声に応えるようにデビルキャリアー達が津波の如く進撃してゆく。
 その日、街が一つ悪魔の群れに呑まれた。
 悪魔子爵ザハーク・オルスは、ヴァニタスのハリドゥーン・ナーガの他にも八体の有力な悪魔を各地へと放ち進撃させていた。
 東北地方はさながら地獄の蓋を開いたかの如く、破壊と死が荒れ狂い始めていたのだった。

「ははぁん、デビルキャリアーねぇ……」
 男は床几に片膝を立てて座ったまま、顎に手を当て独りごちる。
 頭に浮かぶのは広く命令を発してきたザハーク・オルスの気難しそうな、それでいて何かに取り憑かれたような顔。会話した事などある筈もないが、まことしやかに聞くザハーク・オルスなる男の噂だけで、嬉々としてその命令を下したであろう事は容易に想像がついた。
「……――――様、それで我々は如何致しま」「フジワラ、だ」
 男――フジワラは、自らの思考を中断して副官の言葉を遮った。
「いつも言ってるじゃねえか。ここにいる間、俺はフジワラだ、ってよ。なぁ、ツジ」
「はい」
「はい、ってなぁ……。ったくよぉ、お前ももっと気の利いた事言えないのかねぇ。ほれ、見てみ。この本の中の副官はこぉんなに良い事言ってるぜ? 『思った事を全て御館様にお伝えするのが、私の役割です』」
 集めさせたニンゲンの本の1冊を手に取り、軽く宙で振る。ツジは無気力にその本を目で追い、申し訳ありませんとやはり面白みのない返事をした。
 フジワラはこれ見よがしにため息をつき、本を床に放る。
「やっぱりヴァニタスにする素材はもうちょい選べばよかったかねぇ。……で、何だって?」
「我々は参加するのでしょうか」
 何の意思も見せず淡々と訊いてくるツジを一瞥すると、フジワラは口角を上げて言い放った。
「ハ、こぉんな楽しそうな祭り、行かねえ奴は悪魔じゃあねえ! ま、デビル何ちゃらとかいうのの介護は面倒くせえけどな」

 ◆◆

『アルファとブラヴォーは大通りを突き進め。チャーリーは右、デルタは左だ。相互支援できる距離を保ったまま敵陣に楔を打ち込め!』
「了解」
『いいか、諸君がどれだけ前進できるかでどれだけの人を助けられるかが決まる。後方の事は我々に任せ、諸君はひたすら敵を打ち倒し前を目指せ!』
 青森県、某市内。
 勇ましい通信を送ってくる本営のありがたいお言葉を聞き流しながら、アルファ及びブラヴォーに属する撃退士達は目の前の敵に向かう。
 比較的形を保ったオフィス街。大通りの向こうから次々やって来る敵の群。不意にビルとビルの間から巨大な蠍がのっそりと姿を現し、長大な尾を振り下ろしてくる。あるいは躱し、あるいは各々の得物で受ける撃退士達。体勢低く肉薄した1人が気持ち悪い脚の1本を斬り上げる。
 勢いままに跳ぶ男。蠍の鋏が唸りを上げて男に向かう。その鋏を下から撃ち上げる撃退士。跳んだ男が大上段から刀を振り下ろす。両断される鋏。蠍が怒りに任せるように突っ込んできた。着地せんとしていた男が吹っ飛ばされる。が、男が時間を稼いだ隙に敵を取り囲んでいた撃退士達の集中砲火が、蠍を襲った。
 耳を聾する銃砲火。地響きを立てて崩れ落ちる蠍。舞い上がった砂塵が視界を覆う。
「チッ……これだからデカブツは嫌いなんだ」
 先陣を切った男が目を細めて吐き捨てた、その時。
「同感だねぇ。戦いってなぁ単純明快にやりてえもんだ」
 囁くような声が、真後ろから聞こえた。
「っ!?」
「おいおい、そんな嫌な顔するなよなぁ。流石の俺も泣いちゃうぜ?」
 男が前へ跳ぶより早く、凶刃が煌く。
 血潮。男は声の主を一目見てやらんと懸命に身を捩り、肩越しに敵を確かめる。
 身の丈は6尺と少しか。薄笑いを浮かべた偉丈夫が、デビルキャリアーを従えて無造作に立っていた。手には己を斬り裂いたであろう、野太刀が握られている。その太刀が、徐に持ち上げられる。偉丈夫の目を覗き見た刹那、射竦められたような悪寒が全身を駆け巡った。
「いいねぇ。じっくり楽しもうぜ、全身全霊の遊びってやつをさぁ!」
 力強く振り下ろされた刀を防ぐ術は、男にはなかった。
 重い斬撃が男の肩口から脇腹へ抜ける。パッと紅の花が道路を染めた。撃退士を斬り捨てた偉丈夫は野太刀を肩に担ぐや、砂塵舞う戦場に響き渡る大音声で言い放った。
「姓はフジワラ、名は……あー、考えてねえや。ま、とにかく使いっ走りで下っ端悪魔の首が欲しい奴ぁ寄ってきな!」


リプレイ本文

 不敵な大音声。砂塵に目を細めたアデル・シルフィード(jb1802)はその敵影を探し、見つけた。
「君が何を喚こうが知った事ではないが」
 薄い視界。遠く響く銃声。割れた道路を踏み締め、アウルを身に纏う。隔絶された世界の中、影が実体を持って現れた。
「死闘を所望ならば、遠慮なく首を頂こうか」
「っははぁ、そうこなくっちゃなぁ! ツジぃ、邪魔すんじゃねえぞ!」
 偉丈夫が、無邪気に口角を吊り上げた。

●各々の戦い
 挑発して引き受ける。そんな事をする必要すらなく、敵は戦いを強要してきた。
 アデルが大鎌を構えるや、即座に突っ込んでくる敵。咄嗟に金剛夜叉へ換装。同時に鋭く斬り下された。仰け反って夜叉を斬り上げる。
 金属音。辛うじて刀で受けたアデルだが敵はすぐさま刀ごと押し込み、払ってくる。再度受け――体が、動かなかった。剛剣。先程受けた衝撃が体内を駆け巡っているのが、解る。
 迫る白刃。腹から両断され、屍を曝す自分。1秒先のその姿を想像した、刹那。
「これ以上、やらせない……!」
 地を這う影。伸び上がる剣閃。敵の刃がアデルを捉えるより早く、影の一筋が敵を捉えた。敵が影の方を向く。その僅かな間隙を
「――鎖せ」
 もう1つの影が衝いた。
 ぬるりと背後へ張り付く影。虚空に顕現した無数の鎖が、敵へ殺到する。
 アデルが体に鞭打ち距離を取る。2つの影――陽波 透次(ja0280)とマキナ・ベルヴェルク(ja0067)がやや後退し、フジワラを重心に置く三角形を成した。
 アウルの鎖に縛られ、フジワラは楽しげに破顔する。
「っはは、いいねいいねぇ! こぉんな野郎の首が大人気で困っちまうぜ」
「……別に首が欲しい訳ではありません」
「おーい、ちったぁ欲しがってくれよ嬢ちゃん」
「――が、此処で倒れて頂けると、ありがたいですね」
 マキナの右腕から現出した黒焔が渦を巻く。透次が脇構えで得物を隠した。アデルも何とか構えた時、敵は再びツジなる者に呼びかけた。
「ツジぃ! おいツ……お? あっちもヤってんのか。っははぁ、こいつぁ一杯食わされちまったなぁ」
 大して悔しくもなさげにのたまう敵。3人が目配せするや
「……心配しなくても少しは楽しませてあげます、よ!」
 一気呵成に攻め立てる!

 フジワラがアデルへ突っ込んだ隙にツジと呼ばれた男へ接近したのはアレクシア・V・アイゼンブルク(jb0913)だった。いや隙というより主の命令を忠実すぎる程守っている、か。
「主は随分威勢がいいようだが、家臣は果たして……」
 近付くアレクシアを認識していながら微動だにしないツジ。華奢な体。大仰な構えも見せない。
 ――魔術師、か?
 にじり寄るアレクシア。砂塵が僅かに渦を巻いた。背後、微かな気配。半身に構えて馬上槍を引く。敵が気怠げに腰を落した。
 ――極論、膠着を保つだけで最低限の役割は果せるだろう。……が。
 コツコツと右足で地を叩く。そして次の瞬間、光矢が砂塵を切り裂いた。
「ならば戦闘能力も暴いてやるとしよう!」
「敵の位置は私が把握します。アレクさん、気をつけて……!」
 背後、Elsa・Dixfeuille(jb1765)の光矢が敵へ伸びる。直撃――もとい敵は右拳で受けている。肉薄したアレクシアが勢いままに槍を突き出す。流れるような刺突が過たず敵を貫き――いや。
 それすら、敵は両拳で受けていた。敵が後方へ跳んで勢いを殺す。エルザの二の矢。やはり拳で防ぎ、踏み出してきた。アレクシアがその場で防御を固める。
 エルザの小声が辛うじて届く。
「マーキングは成功してます。無茶は……」
「無茶、か。護るべき戦友が、民がいるこの場で私が敵より先に倒れるなど有り得ん」
 いかにも魔術師然とした風貌のくせに徒手空拳で戦う敵。不意に突き出してきた拳を、アレクシアは正確に受け流した。

「成程ー。あれが悪魔ですか」
 ふわふわ砂塵の上を漂い、エリーゼ・エインフェリア(jb3364)は独りごちた。
「これは気を引き締めないといけませんね!」
 ぐっと気合を入れるエリーゼだが表情も何も変っていない。ともあれエリーゼは標的へ向き直る。
 砂塵を突き破って鎮座しているデビルキャリアー。遠方の2体は他に任せるとして近くの1体は必ず倒さねばならない。ビルの合間を縫って飛翔、敵背後へ回りかけた時、敵が突如姿勢を崩した。
 御影 蓮也(ja0709)と焔・楓(ja7214)か。エリーゼは右手に光を集めるや、極上の笑顔を湛えて裁きを下すが如く振り下す。
「ふふっ。どれだけ耐えられるか見ものですね」

●突破口
 エリーゼが宙を悠々と飛んでいる頃。蓮也と楓は、身を削るような緊張を自らに課し歩を進めていた。
 砂塵を利用して悪魔をやり過ごし、キャリアーを少なくとも移動不能にする。できる限り進攻して救助する為の、最善の方法の筈だ。
『アレの動きを封じた後、他撃退士の援護に回るぞ』
『口の中じゃりじゃりだけど頑張るのだっ』
 腕を振って意思疎通を図る蓮也。地を撫でるように楓が足を下す。から。小石が音を立てた。左後方では戦闘音がひたすら続く。10秒かけて息を吸い、20秒で吐く。
 そんな、長く短い己との戦いを繰り広げた先に、目標はいた。
 砂塵に現れた異物。不気味なオブジェが聳え立っているような光景に、楓は露骨に顔を顰める。敵はまだ気付いていない。無言のカウント。蓮也のアウルが迸るように立ち上る。楓が踏み込む!
「ううぃいいぃいいいっぱあああああああつなのだぁっ!!」
 隠密行動の鬱憤を晴らすが如き咆哮。遠心力たっぷりにぶん回したトンファーを渾身の力で敵脚部へぶち込んだ。蓮也の拳が重ねて打ち抜く。たたらを踏む敵。蓮也の鋼糸が放たれる。
「皆、まずはロードを! その間に俺達がキャリアーの脚を潰す、そうすれば後は木偶だけだ!」
 大声で呼びかける蓮也。頭上、圧迫されそうな気配。咄嗟に横に跳ぶが間に合わない。真上から右肩を打ち据えられた。楓が敵懐から打ち上げる。同時に上空から裁きの雷が降り注いだ。敵が触手を振り回して後退せんとするが、肝心の脚が既に数本ない。転倒した敵に空のエリーゼが追い討ちをかける。蓮也が楓に合図し、2人は前方へ駆け出した。
 砂塵。道に転がる瓦礫。そして敵影。背後から肉薄、そのまま引き裂く。敵と相対していた男が斬りかかった。続く楓の一撃が敵を屠る。1人。さらに走る。影。襲い掛かる。2人。走る。影。3人。
 繰り返される索敵と撃破。2人だった探索行はいつの間にか7人となっている。前方、敵影複数。
「むー、早くキャリアーに行きたいのにっ。あたし達の邪魔をしないでほしいのだ!」
 急停止する楓。腕を引き、腰を捻る。そして、一気に力を解き放った。
 砂塵すら巻き込み低伸する力の奔流。敵影が散る。すかさず蓮也が右腕を掲げた。
「4人は周辺掃討、残りはデカブツに向かうぞ!」

「……ハ。どうしたどうした、遠慮すんなよお前ら」
 集中攻撃を受けて尚、その男は軽薄そうに笑ってみせた。
 渾身の一撃。それは確かに敵を傷つけてはいる。が、それだけだ。圧倒的な肉体能力。下手に防いだりする敵よりある種厄介だった。
 弾けて霧散する鎖。男が己の首筋に触れ、血を確かめると、指を舐って口角を上げた。透次が袈裟に斬り下す。敵の腕が動いた。無理矢理右へ。剛剣が腕を掠める。倒れざまに斬り上げ。敵が柄で受け、返す刀で薙ぎ払う。盾の如く胴の前に刀を立てた。
 甲高い金属音。透次が敵を見据え――いや。睨めつけられた刹那、嫌な予感に視線を逸らした。が。
 ――これ、は……!?
 体、もとい脚が動かない。圧力に体が屈している。そうとしか言えない、何かだ。
「気をつけて下さい、奴の目……!」
「そうそう、気ぃつけろよぉ。じゃないとこいつみたいになっちまうぜぇ!」
「させん」
 透次に斬りかかる敵。そこにアデルが割り込むや、下段から大鎌をぶん回す。敵が防ぐや前蹴り。辛うじて耐えた。大上段に構える敵。アデルが踏み込む。緑光が宙に軌跡を描き、敵肩口に食い込んだ。敵が、嗤った。
「ご立派な助け合い精神だねぇ」
「……有用な戦力を失うのは、私としても避けたいのでね」
 白刃が振り下される。マキナが懐に飛び込まんとするが間に合わない。血潮が舞った。薄く冷笑を浮かべ倒れ伏すアデル。直後、マキナの掌底が敵を打つ!
「……是非もありませんか」
「っははぁ、そうだ、それだよ嬢ちゃん」
 確かな手応え。後退する敵。透次が束縛から解放され、血の海に沈むアデルに目礼した。
「これ以上、絶対に……」
「――」
 マキナが何事か呟くや、溢れるアウルが一瞬にして体を覆い尽す。
 ニヤニヤと待つフジワラ。その眼前へ、2人が飛び込んだ。

●戦局
 円の動き。掴みどころもなく不意に繰り出される手足がアレクシアを絡め取らんとするが、彼女は時に引き、時に踏み込み確実に受け流す。
 中段回し蹴り。槍で払う。跳躍、宙で捻って脚を捻じ込んでくる。潜り込んで体当りするや素早く後退した。追ったツジの拳が伸びる。交差気味に刺突。ツジの肩口を軽く引っ掛けるが、彼は蜻蛉返りして後退した。
 一進一退。そう見えたエルザだが、それは次の瞬間に間違いだと理解する。
「ふむ。多少防御には秀でているようだが、どうもパッとしないな。何か裏があるのか否か」
 口に出して分析してみせるアレクシア。改めてエルザが観察すると、確かに彼女には余裕がある。彼の方はどうもフジワラを意識しているように感じた。
「主の傍で力を発揮するタイプかもしれません」
「……成程。ならば」
 アレクシアが言い差した時、突如地響きが襲ってきた。砂塵が舞う。目を細めて見ると、巨大な影が倒れているのが判る。
 キャリアーに違いない。それを同じく見て取ったらしいアレクシアが、一気にツジへ肉薄した。
「ディスフィーユ!」「はい!」
 砂塵激しく目標すら定まらない。アレクシアとツジ、2つの影が幾度も交錯する。弓を引いた。深呼吸を1つ2つ。一瞬で位置が入れ替る影。前進。右にアレクシア、左にツジ。手前に彼女、奥に彼。左に味方、右に敵。誤射は許されない。絶対に敵を射る。敵を。てきを――、――脳裏を、何かが掠めた。
 ひどく記憶の中の何かを揺さぶり、なのに一瞬で弾けてしまった何かが。
 それが何であるか確かめる間もなく、気付けば弦を離していた。矢が砂塵を貫いていく。ゆっくり、コマ送りのように。
 ――中る。
 何の感慨もなく手応えを感じた自分を自覚した瞬間、どうしようもない嘔吐感が込み上げてきた。
 エルザが唾を呑んで違和感を押し込める。2つの影がさらに交錯した後、一方がどこかへ駆けていく。男の声が響いた。
『フジワラ様、キャリアーが倒されました』
『あぁん!? こっちゃ今いいトコなんだよ!』
「……暫し追う」
 渦巻く何かを押し殺し、エルザはアレクシアに頷いた。

 天の裁きは執拗にキャリアーへ降り注ぐ。その度に悶える敵の姿は滑稽以外の何物でもなかった。
「そろそろですか」
 エリーゼが最後の一撃を与えんとした時、不意に触手が翻って打ち下してきた。回避、間に合わない。ぱぁんと全身を打ち据えられ砂塵に突っ込むエリーゼ。翼を広げて勢いを殺すや、舞い戻って醜悪な敵を見下した。
「困ったものですねー」
 灰燼の腕輪が紅く輝く。敵が触手の先を鉤爪のようにして繰り出してきた。捕獲する気か。腕を掲げる。鉤爪が迫る。掌の光を握り潰し、振り下す!
 一閃。
 鉤爪が、眼前で止まっていた。数秒してそれはさらさら崩れていき、敵本体が音を立てて倒れた。
 周囲に目をやる。遠くのキャリアー2体と、近くの悪魔。どうすべきか。砂塵はキャリアーのせいで再び濃くなっている。様子見がてら砂塵に入らんとした――刹那。
 ぞわ、と。肌を刃で撫でられたような、冷たい悪寒が駆け巡った。
「……え?」
 咄嗟に羽ばたかんとするエリーゼだが翼が動かない。墜落する。その事に気付き、衝撃に身構えた直後、翼の感覚が戻ってきた。慌てて上昇する。
 ――悪魔の力?
 何なのかは解らない。確かなのは、今、空から悪魔に近付く蛮勇は持ち合せていないという事だけだ。

 周囲が掃討されていく。それはキャリアーを相手取る蓮也と楓にも充分感じられた。
「何としてでも脚を潰せ!」「むー、2体がわさわさでめんどくさいのだっ」
 敵2体は相互に少しずつ後退している。早くやらねば。蓮也が拳を打ち込むが、敵は次々触手で地を払ってきて腰を据える事ができない。楓のヨーヨーが敵を捉える。脚が風船の如く弾けた。1体が前に出て巨体で圧してくる。蓮也が後ろの1体に向かい――触手に吹っ飛ばされた。
 逃げられる。どうすれば。この人数では無理だ。人がいれば。背後に回り込んでさえいれば。どうにもならない後悔が脳裏を過る。
 忸怩たる思いで奥歯を噛み締め、瞑目し、ゆっくり息を吐いた。
「……この1体を仕留めるぞ。可及的速やかに!」「応!」
「中の人が酷い目に遭う前に助ければいいのだっ、敵のでっかいゲート? 襲撃してっ!」
「……そう、だな。まだ終ってない」
 ひたすら前向きな楓の言葉に蓮也は苦笑し、眼前の敵へ向かう。
 そして数十秒後、彼らは可及的速やかにという蓮也の言葉を実現した。

●フジワラ
 正面、と見せかけての左右からの挟撃。
 ぶん回すように透次が払う。腕で受ける敵。マキナの鋼糸。敵が強引に引き千切るや、返す刀で斬り下してきた。義手で刀腹を叩く。左肩を掠めた。半身で踏み込むや左拳を叩き込む。後頭部を殴打された。横から透次の刺突。やはり腕で防いだ敵が大上段から野太刀を振り下す。透次が頭上で受け、鍔迫り合いに持っていく。マキナが一旦引かんとし――髪を掴まれた。
「っ……」
 拙い。マキナが敵手首を打った時、声が聞こえた。
『……キャリアーが倒さ……』
 マキナが身を捩って敵の手から逃れると、ふと戦友の顔が浮かんだ。そしてそれは
 ――後は、この悪魔を退けるだけですか。
 絶対に終焉の幕を下さねばならぬという、快い脅迫に繋がった。
 何やら空を仰いでいる敵。その余裕が命取りだ。不退転の踏み込みから掌底。思わず後ずさった敵を、透次が刀で押して撫で斬る。敵の前蹴りが透次を吹っ飛ばした。入れ替るようにマキナの貫手が敵の脇腹を貫く。
「……、ハ」
「……」
「いいねぇ、思った以上に面白ぇ。お前ら、俺んトコに来ねぇか?」
 迸る殺意、もとい闘気。咄嗟に跳び退いたマキナだが、気付けば胸元を横一文字に引き裂かれていた。血飛沫が道を濡らす。透次が悪魔の前に立ち塞がった。
「……させ、ません」
「っはは、お前らみてぇな奴、簡単に殺す訳がねぇ。また今度な、俺ぁこれから怒られに行かないといけねぇんだ。ったく、下っ端は辛ぇぜ」
 立ち話でもしていたかの如く、無防備に背を向け去っていく。マキナはその姿が砂塵に隠れるまで見届けるや、そのまま朱に染まった地に倒れ伏した……。

<了>


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 幻の空に確かな星を・御影 蓮也(ja0709)
重体: 撃退士・マキナ・ベルヴェルク(ja0067)
   <限界を超えて肉体を酷使し続けた>という理由により『重体』となる
 魔を祓う刃たち・アデル・シルフィード(jb1802)
   <他者、そして己自身の為にも悪魔と正対した>という理由により『重体』となる
面白かった!:4人

撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
幻の空に確かな星を・
御影 蓮也(ja0709)

大学部5年321組 男 ルインズブレイド
パンツ売りの少女・
焔・楓(ja7214)

中等部1年2組 女 ルインズブレイド
守護者・
アレクシア・V・アイゼンブルク(jb0913)

大学部7年299組 女 ディバインナイト
踏み外せぬ境界・
Elsa・Dixfeuille(jb1765)

大学部7年203組 女 インフィルトレイター
魔を祓う刃たち・
アデル・シルフィード(jb1802)

大学部7年260組 男 ディバインナイト
水華のともだち・
エリーゼ・エインフェリア(jb3364)

大学部3年256組 女 ダアト