.


マスター:京乃ゆらさ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/02/07


みんなの思い出



オープニング

 カツカツと規則正しい音を立てて黒板に文字が書かれていく。生徒達はそれを頭の中で自分なりに解釈しながら、あるいは機械のように、ノートに書き写す。
 静寂。遠く、どこかのグラウンドで体育をしている生徒の楽しげな声が聞こえてきた。
「あー、まーこの辺はパズル感覚でいけるな。じゃあ次、この複素平面のー」
「すいません詳しくお願いします」
 はぁー、とため息をつきながら老齢の教師が振り返り、腕を歌手のようにふらふらさせながら言う。
「あぁ? 分かんだろバカ、こんなもん公式そのまんまでこう、くいっ、くいっとやっときゃいいんだよ。こんなとこより俺ぁはよ3年の内容に入りてえんだよ。な、俺の苦労も分かってくれよバカ。ばーっと2年のうちに3Cまで終わらせてよ、後はずーっと問題集やった方がいいだろ、お前らも」
「は、はぁ……すいません」
「分からんとこあったら後で教えてやるから、な、まずはさっさと終わらそう」
「はい」
「よーし、お前は見込みのあるバカだ。で、えーこのω……」
 教師が黒板に向き直り、再びずらずらと書き始め――た、その時。
 きーんこーんかーんこーん。きーんこーんかーんこーん。無情にも、4限の終わりのチャイムが鳴った。
 教師はやはりため息をついてチョークを置き、頭を掻き毟る。そしてやや苛立った声で「玉利、号令」と言った。
「起立」
 お決まりの礼。おざなりに挨拶して教師が出て行くと、彼――玉利玲は自分の席に座りながら秘かに目を細めた。
 教室内に雑然とした雰囲気が戻り、学食や屋上などを目指して半分ほどの生徒が飛び出していく。残る半分はゆっくりとバッグから弁当を取り出し、近くの友人と向かい合って包みを解く。室内に様々な美味しそうな匂いが充満した。
 玉利はひとつ息をつくと、バッグを持って席を立った。
「あっ、たまちゃーん! 後でさ、さっきの数学んとこ教えて? 今日の放課後ちょっとでいいから、お願いっ」
「……。えぇいいですよ。この辺は苦手な人も多いらしいし、センターとかでもよく出ますし。やっぱりいざって時の為にも久遠ヶ原以外の大学にも行ける程度はやっておきたいですよね」
「ありがとー! てかマジ佐藤ありえなくね?」「なんかー別のクラスの授業で答えられなくて泣いた子とかいたってー」「えーかわいそー」
 雑談に花を咲かせる女子達を一瞥し、玉利は教室を後にした。

 肌を刺すような1月の寒さに少し身を震わせ、玉利は中庭まで足を運んだ。が、そこはこんな寒さにも負けず外で昼食を取る生徒達で溢れており、すぐさま踵を返して別の所を探した。
 人のいない方へいない方へ。そうして行き着いたのが、花壇からやや離れた木陰だった。
 腰を下ろし、バッグから菓子パンとペットボトルの水を出す。作業のように袋を開け、口に入れ、水で流し込む。それを暫く繰り返して1個平らげると、もう1個に手を付けた。
 菓子パン2個と水。そんないつもの昼食を適当に済ませ、さて何をしようかと思案しかけた時、傍を小さな影が通り過ぎた。何やら大声で喚きながら、どこに向かうともなく足元や茂みを探し回っている。しかしそれでもお目当ての物が見つからないのか、さらに声を大きくして走り回る。
 少女のようだった。胸に小さなくまのぬいぐるみを抱いており、くまの頭には一輪の花が乗せられている。
 玉利は目を細め、舌打ちしてポケットの中を探る。耳栓は……今日に限って忘れてきたようだ。仕方ない。面倒に巻き込まれないうちに退散しようとすると、その少女に男子学生が駆け寄るのが見えた。
 立ち上がり、校舎へ戻り――と、振り返って男子学生をもう一度見た。大学生。ガタイがよく、朴訥な印象を受ける。所作の1つ1つに内包された、何か力強さのようなものがあって、どことなく鋭そうな感じがした。
「……。その子、お知り合いですか、先輩。何かを探してたようで、僕も手伝おうと思ってたんですけど」
 玉利が足を止め、微笑を湛えて2人に近付く。
「いや、今日初めて会った。だがこの少女が困っていてな、さっきから手伝っていたんだが……」
「何か?」
「いや……探し物なんだが、予想以上に手間取ってしまった。それで、だ……」
 言いよどむ先輩の意を汲み取り、玉利が笑みを深くした。
「分かりました。僕がこの子の手伝いをしておきますよ。いや、何なら依頼を出して皆で探し物をするのもいい。まぁとにかく、見つけておきましょう」
「お、おぉすまんな。全く自分が不甲斐ない。名前を訊いてもいいか?」
「高等部2年の玉利玲です」
「タマリか。よし、この礼は必ず」
「いやいや、困っている人、それも小さな子を助けるのは当然の事ですから」
 深々と頭を下げる先輩。玉利もお辞儀を返し、先輩の姿が見えなくなるまでじっと地面を眺め続ける。そして顔を上げ、成り行きを見守っていた少女に向き直った。
「じゃあ一緒に探しますか。まず何を……」

 ◆◆◆

 近くを通りかかった、あるいは依頼を受けた者達が少しずつ集まり、捜索が始まっていく。
 まず錯乱していた少女を宥め、改めて情報を収集したところ、探し物は画用紙に描いた兄の似顔絵だと分かった。
 少女と兄は撃退士の素質があり、2人でこの島に移り住んだのらしい。そして今日の授業で似顔絵を描いたのだが、それを兄に渡そうと高等部の校舎へ向かっていて、気付いたらなくなっていたそうだ。
「落とし物センターには行きましたか?」
「うん……でもね、なかったの……」
「歩いてきた所は覚えてますか?」
 舌足らずな口調で答える少女。
 小等部校舎から大きな通りを歩き、中庭を抜け、ここを通って高等部校舎へ入り、そこで似顔絵がない事に気付いたようだ。途中で花を眺めた事は覚えているが、もしかしたら他にも何かふらっと立ち寄ったかもしれない、と。ぬいぐるみと一緒に胸に抱いていたようで、何かの拍子に落としてもおかしくはなかった。
「地道に探すか……拾った誰かがクラスに届けてくれていればありがたいですが……」
 玉利が眉をしかめて嘆息した。と、その時、近くのスピーカーから緊急を告げる警告音が鳴り響いた。
『――本日12時21分「慎ましやかな家庭菜園部」の花壇より小型ディアボロを発見。花に擬態しており、不意に襲いかかってくる模様。生徒は至急付近の花壇等を探索、これを発見次第殲滅せよ。繰り返す。本日12時――』
 瞬間、玉利は刀を顕現させるや、有無を言わせる間もなくそれを振り下ろしていた。
 切先は少女の眼前を過り、ぬいぐるみの頭に差した花を両断した。ぬいぐるみも、諸共に。
 花弁と綿が舞い、落ちていく。少女が呆然とそれを見つめる。玉利は鍔を鳴らして刀を握り直し、微笑して言った。
「仕方がありません。探し物は少々中断して化物探しですね」


リプレイ本文

 ディアボロ発見を告げる警報が鳴り響く中、綿と花弁は静かに舞う。両断されたぬいぐるみが芝生に落ちた。
 葵の傍にいた金咲みかげ(ja7940)が僅かに目を見開く。渡り廊下を通りすがった久遠 仁刀(ja2464)が足を止めた。猫野・宮子(ja0024)と共に似顔絵を捜索していた桜井・L・瑞穂(ja0027)が横目にぬいぐるみの惨状を認め、目を細めて立ち上がった。
「探し物は少々中断して化物探しですね」
 玉利が近くの花壇へ歩き出す。瑞穂がそれを遮り完璧な微笑を浮かべると、
 ぱぁん!
 無言のまま、平手で打った。

●玉利という男
 見事な音が青空に響く。先程と違う沈黙が、麗かな冬の昼下がりを支配した。
「……、理由を窺っても?」
「そんな事すら解りませんの? 如何にも優秀そうに振舞ってそれ。聞いて呆れますわね」
 眉間に皺を寄せて考える玉利。
 ただならぬ様子に、その場を見かけたルーガ・スレイアー(jb2600)が深森 木葉(jb1711)に経緯を問う。御幸浜 霧(ja0751)は内から溢れる何かを抑えるような空気を纏い、車椅子から立ち上がった。
「判断が早いのは良い事ですがね。化物を探し始めるより先に通すべき筋ってぇものがあるんじゃありませんか」
「筋?」
「まず山上殿に心から詫びを入れる。それからでしょう」
「撃退士は人の心を忘れた瞬間に撃退士でなくなる。そうではありませんこと?」
 瑞穂に指差され、玉利は初めて地に目を向けた。丁度みかげがぬいぐるみを拾い上げている最中で、綿が零れた姿は見るに耐えない。玉利が硬直し、暫くして得心がいったように頷いた。
「成程、確かに一言断るべきでした。花型ディアボロと聞いた時、まさに目の前に花を抱えた少女がいた。咄嗟の事で配慮しようがなかったとはいえ確かに短慮でしたね」
「……そう、ですね」
 ひとまず首肯する霧だが、どうも不快感は拭えない。いや違和感と言うべきか。
 葵の前まで行き、腰を折って謝る玉利。その顔は見るからに反省していて、それが逆に薄っぺらく見えなくもない。
 ――そこまで裏を疑うと誰も信用できなくなりかねません、が。
「……そもそも使い魔は花壇から見つかった。ならばぬいぐるみの花は摘んだ時から今までずっと山上殿に抱かれていた事になります。言っては何ですが、隙だらけだった筈の山上殿に。それがおかしいと思えないのですか」
「起った結果には謝罪します。しかし僕は行動が間違っていたとは思いません。僅かでも可能性を排除するのが仕事でしょう、撃退士は」
 腰を上げ、玉利が振り返る。内斜視らしく、微妙に視線が合わない。
 霧が口を開きかけた時、瑞穂の後ろで所在無さげだった宮子が思いきって声を上げた。
「え、ええと! と、とりあえずぬいぐるみはボクが後でちゃんと直してあげるんだよ。それにその、まずは探索じゃないかな?」
「……ですわね」
 不承不承引く瑞穂。霧も一応は納得した形で探索に移った。
 玉利も抜き身の刀を持ったまま花壇へ向かう。――その、背に。
「本当に、お前は『咄嗟の事で配慮できなかった』のか?」
 全身包帯だらけの体を引き摺ってやって来た仁刀が、低く呟いた。
「ま、今回はお前にも一理あるから強くは言わないけどな。配慮する気がなかったように見えたんだよなあ」
 深く息を吸い、吐く。
 数秒ののち、仁刀は「……なんて、な」と含みを持たせて探索班に交じっていく。玉利は眉間を押え、嘆息した。

 そんなやり取りを遠目にじっと見つめ、Robin redbreast(jb2203)は少し首を傾げた。
 ――ぬいぐるみが使い物にならなくなったのが、だめなのかな。
 大切な物だったのだろうか。確かに胸に抱いていたし、それに思い返すと斬撃に対してクマで受けていた。という事はまさかクマはあの子の――暗器だったのか?
「……! つまり今の葵は丸腰……」
 そう考えると謝罪したのも理解できる。というか当然だ。商売道具を突然壊されたら流石にちょっと困る。だったら似顔絵探索と並行して葵の護衛をしておくべきか。
「……葵」徐にロビンが近付くと、魔導書を顕現させ微笑んだ。「絵が見つかったら、クマ、早く修理してもらわないと、ね」

●探索開始
「ふふふーん、大丈夫だぞー。私は子供の味方なのだー」
 ルーガは葵の右手、木葉が左手と繋ぎ、3人は並んで歩く。ルーガが腕を前後に大振りしたせいで葵がわたわたすると、木葉のジト目がルーガを射抜く。しまったという表情をルーガが滲ませていたら、葵はやや腫らした瞳で笑いかけた。
 きゅーん。そんなSEが鳴り響いた。
「はぁあぁぁ、可愛いなあー! よーし任せろー、私達がすぐ見つけてついでにディアボロまで倒してやるぞー」
「うんっ」
「……、家族に……お兄ちゃんにあげる絵だからね〜。絶対見つけるよぉ〜」
 むんとあからさまに気合を入れる仕草をする木葉。傍から見ればほぼ同い年の木葉がお姉さんぶっているようで妙に微笑ましい。
 木葉は自分の口から出た家族という空虚な響きを頭から追い出し、話を探索に向ける。
「来た道は判ったけど、他に寄り道した所とかないかなぁ?」
「誰かとお話をしたとかだなー」
 こてんと首を傾げる葵。それを見るルーガは目尻を下げ口は半開き。なんかもうパッと見デキる女が残念な事になっているが、子供が可愛いんだから仕方ない。
「そうだなー、山上葵は何が好きなのだー?」
「えっとね、お花とくまさんとー」
 葵の好きなものから寄り道を推測し、3人は道を遡っていく。
 その3人からやや離れた前方。ロビンは前傾姿勢で滑るように進む。目線は数m先の地面。左右を視界端でぼんやり捉え、何にでも即応できる状態で。透き通った髪が一房垂れる。ロビンが後ろの気配を窺った。
 ――お兄さんの似顔絵……敵の手に渡ったら、面が割れちゃう、よね。
 となれば仕事ができなくなる。すると葵達の生活は立ち行かなくなる訳で、気が動転するのも頷けた。
 考えつつ魔導書を開く。2時方向距離7m。認識するや即座に閃光を放つロビン。子房の膨れた白い花が蒸発した。次、11時方向距離11。木から垂れた紫。その木の根元の薄紅色で連なった花。その脇の黄色、桃、赤。
 疑わしきは殺す。依頼遂行の最善手だ。
 ――丸腰の葵に戦闘させると、困る、よね。
 思考が迷子のロビンである。そうして葵一行は中庭へ入る。

 ――葵さんが今まで襲われなかったという事は……。
 みかげは葵と別行動を取ると、近辺で葵の通らなかった所を重点的に探す。
 似顔絵も気になるが、それより敵を放置してもし絵を発見した瞬間に襲われたりすれば難しい事になりかねない。だからこそ敵を優先する。みかげはしょげた葵がルーガ達に励まされる後姿を見つめ、柔らかく目を細めた。
「……さて、と」
 まずは手近な――玉利が座っていたと思しき木陰の花に手を伸ばす。触れた。特に何も感じない。辺りを見回し、今度は花壇へ。
 パンジーだろう。じき咲きそうな予感がする。触れた。特になし。みかげがその場で屈んだまま背を向け、別の花を探す。そして立ち上がり歩――きかけた刹那、背後で悪意が溢れた。
 振り返る間もなく肩口を抉られる。拳銃を顕現させつつ前転、反転して敵を見据えた。パンジーの蕾が肥大化し、30cm程の触手としか思えぬ花弁を数本伸ばしている。狙う。花弁が伸びる。腕で払って息を止め、発砲。銃弾が子房を貫く。もう1発。ぱぢゅ、と敵が弾けた。
「っ……は、ぁ……はぁ」
 敵は擬態能力といい攻撃タイミングといい狡猾なようだ。みかげが無線で敵の傾向を報告する。
 気を取り直して辺りを見回すと――包帯姿の仁刀が、木に登ろうとしていた。
「えと……大丈、夫?」
「当、然……だろ……俺を誰だと、思ってる……」
 見るからにやせ我慢している仁刀である。
 血が滲み始めた包帯が痛々しい。といって手伝う雰囲気でもなく、みかげはただ見守る。仁刀は数分かけて何とか枝に乗ると、深呼吸して息を整えた。
「……まぁ、なんだ。風に飛ばされて高い所に引っ掛かった可能性もあるからな。高所を見るなら登った方が確実だろ」
「えと、屋上じゃ、だめだったんですか?」
「……。そ、そりゃそうだろ! 屋上じゃ遠すぎてしっかり探せない」
「えと、3階の窓から、とか」
「ば、ばっかお前、そんなもん俺の趣味じゃない! 俺は登りたかったんだよ!」
「えと……そ、っか」
「……おう。……、その。探す、か」
 みかげが憐れむように頷いた。

 玉利が芝生の合間に咲く花を調べるのを横目に捉えつつ、瑞穂は力を解放する。
「何はともあれわたくしの光にひれ伏しなさいな! いえむしろわたくし! わたくしという名の光に射抜かれなさいませ!」
「意味は解んにゃいけど頑張れにゃー!」
 ノリ以外の何物でもない台詞と共に広がる瑞穂の領域。それが周囲20mの草木を包んだ。普通の草花は星々の輝きをただ優しく受け入れる。だが敵は……。
 ごくと唾を呑む宮子、瑞穂。直後、2ヶ所の花が、勝手に動いた。
「宮子は右、わたくしは左ですわ!」「了解にゃ!」
 即座に右へ駆け出す宮子。瑞穂が2つの中間地点から左へ影槍を放つ。
「美しい花に化けるとは無粋にも程がありますわよ!」
『――■■!』
 超音波の如き咆哮を上げ花弁を伸ばす敵。瑞穂が横に移動――しかけて肩越しに宮子を見た。避ける訳にいかない。瑞穂が花弁を往なさんとするが、腕を絡め取られた。引き摺り込まれる。感じた瞬間、逆に突っ込んで懐に左手を入れた。そして敵にぶつかるその時、左手を前に突き出す!
『……■……■』
 力なく花弁を垂らし、萎れていく敵。左腕を上に跳ね上げると、敵が盛大に散った。瑞穂は左の――白き剣を振り、刀身についた粘液を拭った。
 一方宮子は右の敵に肉薄すると、逆手に持った苦無で花弁を往なして跳躍。上から敵を急襲する。
「魔法少女マジカル♪ みゃーこ、必殺技にゃ!」
 敵が上を向いた。3本が宮子に打ちかかる。隙間を宮子が身を縮めて突破した。
「うーっ、マジカルっ♪」逆手の刃を振り下す!「脳天割りにゃー!」
 ざくー。そんな、ポップでキッチュな文字が現れそうな魔法が炸裂した。
 着地する宮子。花弁をふわと地に横たえる敵。宮子は軽く息を吐くと「ガンガンいくにゃー!」と瑞穂を急かした。

「似顔絵……」
 霧は目を皿のようにして風下の方へ向かう。
 ――吹き溜まりのような所があれば……。
 じっと探し続ける霧だが、1つの懸念があった。敵が、その絵を捕食していないか。もしそうなっていたらきっと少女は悲しむ。
 ――絵具は用意しておきますか。
 中庭。人のピークは過ぎたのか、割と動きやすい。茂みを掻き分け1つ1つ見ていく。根元に絡まっていないか。慎重に掻き分け顔を近付けた。すると眼前に、椿のような花があった。いや――花のような、何かが花弁を広げる姿が。
「っ……!」
 咄嗟に仰け反る霧。鼻先を掠めて花弁が伸びる。後ろに倒れ込みつつ右腕を払った。手には顕現させた太刀。切先が煌く。1本を切断した。次々花弁が伸びてくる。横に転がり躱す。勢い込んで立ち上がり様にさらに1本斬る。背を向けた。敵が牙を剥く。直後、霧が反転するや斬り下し、正確に茂みの中の椿に刺突を繰り出した。
『……■■』
 敵が色を失い果てる。霧がそれを一瞥した時、遠く少女――葵が戻ってくるのが見えた。

「美術室に届けられているのではないかー?」
 ルーガが言ったのは、中庭を抜け小等部校舎へ向かっている時だった。
「かも〜?」
 木葉が少し考えて首肯する。
 最も落しやすそうだった中庭が空振りで、これだけ探してまだ見つからない。校外まで飛ぶ程の強風でもない。もしかしたら離れた木の上にある可能性もあるが、それより美術室の方が確率は高そうだった。
 葵を連れた一行はロビンを先頭に一路美術室を目指す。そしてその扉をがらりと開くと、そこには――
「あら山上さん? どうしたの……っとそうだ、先生も山上さんの教室に行こうと思ってたのよ」
 まだ中にいた先生が鞄から何かを取り出す。
 それはA3サイズの画用紙で、丸められた裏の部分に丁度文字が書かれていた。やまがみあおい。そう、読めた。
「あっ、わたしの!」
 宝物を見つけた少女の声が、室内に響き渡った……。

●探索の終りと……
 昼休みも残り10分を切り、木陰で裁縫する宮子も次第に焦ってくる。
 似顔絵は葵が兄に届けた。ディアボロも周辺の掃討は終った。後はこれだけだが……。
「も、もうちょっと、待ってねー」
 会話も途切れ途切れになる程集中する宮子。その間、ルーガやみかげが葵の相手をしていた。
「えと、花……ほら、ぬいぐるみにつけてた、でしょ」
「ふえ?」
 仄かに橙に色付いた小さな花。一輪を葵に手渡し、もう一輪を葵の髪に挿した。
「くまと、お揃い。もう、大丈夫だから、ね」
「わぁ……ありがとう!」
 みかげが優しく葵の頭に触れ、指で梳る。くすぐったそうに目を細める葵。横でルーガが何かを堪えて震えていた。
 ルーガが咳払いして居住まいを正すと、玉利に向き直った。
「そういえば玉利玲」
 ルーガが玉利と目を合せ、口を開く一方で念話を飛ばす。
「お前もご苦労だったなー」『こんな少女のぬいぐるみ――友達を壊すのはやりすぎだろうー』
「……。お疲れ様です。奇襲してくる敵は困りものでしたね」
「うむ。気を付けねばなー」『……まあ、そういう事にしておこうー。だがまたいつか同じような事があれば……』
「奴らは人類の敵ですから。きちんと準備しないといけませんね」
 2人が何やら妙に含みがありそうな会話をするのを、瑞穂は胡乱げに見る。霧は宮子の傍で修繕の行方を見守っていた。
 と、そこでルーガは葵が不思議そうに自分を見上げているのに気付いた。一転して顔を綻ばせ、手を握る。
 ルーガが思わず抱き締め――かけたその時。
「っ、うん、できたよー!」
 修繕完了を告げる宮子の明るい声が響いた。
 待ってましたとばかり、宮子の頭上に掲げられたくまに視線が集中する。果たしてそれは、見事生き返っていた。縫った痕も毛に隠れてほぼ見えない。少女にとってはまさに魔法のようなもので、魔法少女たる宮子の面目躍如といったところだった。自称だが。
「はー、上手いもんだ。こういう事できる奴ァほんと凄いな」
 感心する仁刀。葵がゆっくり宮子に近付き、恐る恐るくまに触れる。
「ただいまにゃー」
「ふに!?」
 腹話術で驚かす宮子である。葵がくまを抱き締め、みかげに貰った花をくまにも挿す。葵の双眸から少しだけ涙が零れた。
 ――ふーむ。今回は失敗しました。もっと用心せねば……。
 玉利がその光景を眺め、内省する。
 影のようにロビンが音もなく葵に忍び寄ると、安堵したように囁きかけた。
「これで一安心、かな。やっぱり使い慣れたモノが手許にないと、ね」
 最後まで頭が迷子のロビンである。
 かくして、とある昼休みの騒動は幕を閉じたのだった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 無念の褌大名・猫野・宮子(ja0024)
 撃退士・金咲みかげ(ja7940)
重体: −
面白かった!:5人

無念の褌大名・
猫野・宮子(ja0024)

大学部2年5組 女 鬼道忍軍
ラッキースケベの現人神・
桜井・L・瑞穂(ja0027)

卒業 女 アストラルヴァンガード
意外と大きい・
御幸浜 霧(ja0751)

大学部4年263組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
金咲みかげ(ja7940)

大学部5年325組 男 インフィルトレイター
ねこのは・
深森 木葉(jb1711)

小等部1年1組 女 陰陽師
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
駆逐されそう。なう・
ルーガ・スレイアー(jb2600)

大学部6年174組 女 ルインズブレイド