びょうびょうと吹き荒ぶ山風。境内を取り囲む林が騒ぎ、Robin redbreast(
jb2203)が四方に吊るしたペンライトが狂ったように振り乱れた。
からからから。
笑い声が響き渡る。張り詰めた空気が境内を覆い尽した。ぞわと不気味な気配を感じた玖珂 九十九(
ja0810)がいち早く指差す。
「っ、そこです!」
声に反応して素早く銃口を向けるや、躊躇わず引鉄を引く香月 沙紅良(
jb3092)。大鷲の如く枝上の天狗へ襲い掛かる銃弾。天狗が納刀したまま弾く。
各自が天狗と正対して陣形を整える。沙紅良が銃に力を込めた。
「きちんと姿を現しては如何で御座いますか?」
木漏れ日のような橙の光を背に、天狗はじっと枝上に佇んだまま。
アニエス・ブランネージュ(
ja8264)がふと林の奥に気配を感じ、目線を下げた。次いで綿貫 由太郎(
ja3564)が億劫そうにガルムを顕現させる。天狗はその警戒行動を悦ぶように、笑いを繰り返した。
天狗が首を振る。2人の睨んだ暗闇からぞろぞろと異形が現れた。フローラ・シュトリエ(
jb1440)が緩く脇に杖を構えあっけらかんと、
「あれ。もしかして正々堂々?」
「……、そんなに綺麗なものじゃないよ。あの使徒」
「そんな可哀想! 人を偏見で決め付けちゃいけないんだよ?」「人じゃない……」
何やら放課後のノリで喋る彩咲・陽花(
jb1871)とロビン。天狗はそんな2人を不快に感じたように2人を指差した。
屍霊鬼が棍棒を構える。浮遊する炎が主人の感情を示すように燃え盛った。鬼が一気に境内へ侵入する。正面、最前線に立ち塞がる九十九。Elsa・Dixfeuille(
jb1765)が思いを吐き出すように閃光弾を天狗へ放った。
「2人とも敵よ、敵なのよ……早く戦闘態勢に……!」
天狗。異国とはいえ天の者を前に自然体でいる事など絶対にできない。少なくとも、今のエルザには。
●境内の戦い
「まずはこれの相手をしてみろ、と。相変らず癇に障る輩ですね」
境内を細かく動いて天狗を睨めつける杏。屍霊鬼3体が炎を守る形で圧してくる。その足を止めんと由太郎が撃ちまくり、フローラが前へ躍り出た。
「まずはサーバントを叩く……こっちとしてもありがたいのよねっ」
「おっさんもボスは雑魚を倒してから叩く派だからなあ」
耳を劈く銃声と、膨れ上がる冷気の塊。フローラが杖を突き出した瞬間、それが鬼と炎の間で爆発した。
鬼がつんのめりながら肉薄してくる。それを受け止めるのは
「スレイプニル、行くよ!」
陽花の召喚した異界の獣。獣は雄々しく屹立するや鬼1体を前脚で踏み抜いた。盾で受ける鬼。残る鬼がスレイプニルに斬り掛かる。浅く削られた。吠えながら獣が身を捩り、土煙を上げ中空へ飛び出した。一瞬見上げる敵。その一瞬を、ロビンが衝く。
影からの一撃。地に引き摺りながら振り上げた大剣。伸び上がる剣閃が鬼を粉砕し、黒い衝撃波は天狗火にまで至る。
「……1つ」
「いかにも厄介そうなあれを優先しておきたい、けれど……」
鬼1体が倒れて生まれた間隙にアニエス、エルザ、沙紅良が撃ちまくる。弾幕と一矢。それらは過たず炎を直撃、苦痛を表すように炎が揺らぎ、消滅していった。
――妙な行動パターンだね。サーバントも、使徒も……。
アニエスが怪訝に思いつつ腰溜めにSA6を構え直した――その時。
左右の林の奥から、浮遊する何かが突進してきた……!
「新たな敵、で御座いますか……!」
飛来する何か――天狗礫は一直線に沙紅良へ向かう。包囲を警戒していたからこそ気付けた沙紅良。が、左右2体を銃撃する余裕はない。
左の敵を撃って跳び退る。その礫は進路を変えるも、退いた所に右の礫が突っ込んできた。脇腹を直撃。振り払って銃口を向けた時には敵は既に動き出している。
左の礫の方がやや大きく動きが鈍い。巨礫は由太郎を狙い、由太郎もそれを迎撃せんとする。が、そこに背後から小さな礫が介入し、由太郎は発砲と同時に横っ飛びした。背後から追尾する礫。咄嗟に銃床で受ける由太郎。弾かれた。散弾銃を顕現させ撃――つより早く敵の突進が腹を抉る。
「っ……おっさんそういう趣味は多分ないんだけど」
「これは拙いね……」
後衛の間を傍若無人に飛び回る大小2つの礫。これでは連携もままならないと、アニエスが礫に狙いをつける。
由太郎が慌てて起き上がった。小礫へ発砲。礫が欠けた。後1発。観察しつつ横転するアニエス。その脚を巨礫が掠めた。巨礫に沙紅良とエルザが撃ち込むが、どうも手応えが薄い。杏が眉を顰めて前――鬼の方へ駆け出す。
「もしやすると時間がかかりそうですので前衛の誰か巨礫を。代りに私が鬼を相手しますので」
「了解!」
鬼を弾いて後衛へ回った九十九。巨礫へ体当りするように突っ込むや、身を挺して包み込んだ。
「今のうちに……!」
「助かるよ」
その隙に小礫を十字砲火で撃破する由太郎と沙紅良。九十九、アニエス、由太郎が巨礫へ向き直り、エルザと沙紅良が前衛に目を向ける。
直後、枝上の天狗が、動いた。
それは、スレイプニルが鬼と炎の間に割り込んだ間隙を衝き、陽花が斧槍で鬼を薙ぎ払った時だった。
くずおれる鬼。動き出す天狗。何かが琴線に触れたのか、天狗は悠然と地に降り立つや前傾姿勢で柄に右手をかけた。鬼が退く。陽花が咄嗟に斧槍を前に翳す。
「皆踏み込みに気を――!?」
刹那、天狗が、消えた。もとい地を蹴り瞬く間に陽花の眼前へ肉薄した。
一閃。
今の陽花に捉え切れぬ剣閃が過り、気付けば斧槍の柄が両断されている。斬られた。そう思った頃、忘れていたかの如く胸から血潮が噴き出した。
「彩咲さん!?」「っ、固まって!」
がくと膝を落す陽花。スレイプニルの存在が僅かに揺らぐ。が、消えない。突き出した斧槍の分だけ斬撃が浅くなったのだろう。片膝ついた陽花がお返しとばかり斧槍を払う。
敢えて腕で受ける天狗。首を捻る。興味をなくしたように陽花から目を逸らし、何かを探して境内を見回す。そして向き直る。視線の先は、ロビン。
同時に機械の如き正確さで退くロビン。天狗が追い縋る。速い。見る間に間合いを詰められた。天狗が刀を振り上げ、袈裟に斬り下――!
一矢が、突き立った。
攻撃の瞬間を狙ったエルザの弓。それは過たず天狗の胸を穿っていた。
奇妙な静寂が辺りを包む。天狗が刀を振り上げたまま首を巡らせ、舐めるような視線をエルザに送った。
からからから。不快な、笑い声。
「何……?」
刀を下げ、エルザの方へ歩き出す。が、その足元をロビンの大剣が掠める。
「お眼鏡に適う人間を攫うのかな。でもこの状況じゃ無傷で捕まえられないよ」
思案するように止まり、しかし次の瞬間、天狗はエルザに突進した。刀の柄で思いきりエルザを打ち据える。よろめくエルザ。その体を天狗が掴み、跳躍せんとした時、横合いから九十九が飛び掛った。
「絶対にさせません!」
不恰好にぶら下がる九十九。その執念が、天狗の動きを鈍らせた。
天狗が九十九を蹴落とす。その隙にエルザが至近から光を喰らわせ、地上からアニエスと沙紅良が連射した。エルザが身を捩って地に落ちる。
「大丈夫ですか!?」「えぇ……」
眉を歪めて頷くエルザ。天狗は枝に乗ってそれを見下し、困った子供だとばかり息を吐く。そして、徐に背を向けて跳躍した。
「ここです皆さん」
「マーキングは?」
「完了」
異口同音にエルザとアニエスが言う。杏が逸るように駆け出した。2人が続き、さらにフローラ、陽花、ロビンが追う。
「ごめんね、サーバントの方お願いっ」
「仕方ない、おっさんは留守番かねえ。ま、適当にやっとくよ」
由太郎が肩を竦め、苦笑する。敵は炎が2体と鬼、礫1体ずつ。こちらは九十九、由太郎、沙紅良。
戦闘再開を告げるように、由太郎が引鉄を引いた。
●天狗の目的
山の夜は吸い込まれそうな闇となる。太陽が傾き、橙から闇へ急速に姿を変えていく空は、林に入り込んだ6人をそのままどこかへ連れ去りそうな雰囲気があった。
「奴はどうでしょーか」
「直進してます」
枝を躱し茂みを跳び越え、樹の間をすり抜ける。秘かに足元のみペンライトで照らした追跡行はひどく緊張を強いられた。夜目を光らせる者もいるが、だからとて高速で林を抜けるのは骨が折れる。ましてや今は敵の塒へ侵入せんとしているのだから。
「……もう少し離れて慎重に行った方がいいかもしれない」
片眼鏡の位置を調節し、アニエス。
敵の行動がおかしすぎた。やはり手駒にする人間を選定しているのだろうか。撃退士の使徒化は容易ではない。つまり言い換えれば最上級クラスならできる、または使徒化せず洗脳でもすればいいのだ。
とすれば撤退して引き込み、そこで捕獲する。その為の罠もあるのではないか。
「罠、伏兵……」
「あいつの不可解な行動の理由が判れば儲けものよね」
足元の根を跳び越え、フローラ。陽花が追従した。
「お宝の場所まで上手く追えるといいんだけ……っごほっ」
「無理しないで……」
吐血する陽花をエルザが労る。胸に拡がる紅い染みが、エルザの脳裏を刺激した。
コマ落ちしたサイレント映画の如く再生される運命の日。天使の形をシた何カが両親や故郷ヤ何モカモヲ■■■テ■■■■■。
神の子羊が我らに平安を与え給うた。平安を享受していた我らに、平安という名の何かを。
「本当に、お願い」
「ん、だいじょぶー」
縋るようなエルザに微笑む陽花。アニエスが陽花の胸に手を当て、せめてもの処置として力を注ぐ。
駆け続ける。陽光がなくなり気温が急激に下がってきた。凸凹の上り坂。頂上までは行かないのか、その途上で茂みに入った。方位を確かめる。北上しているらしい。マーキング効果の残りが2分を切った。敵の気配はない。1分。「山中を虱潰しとなると流石に面倒ですし諦めますか」などと杏が断腸の思いで呟いた。20秒。その時、遥か前方の天狗が発見してくれと言わんばかりに天高く跳んだのがアニエスとエルザに解った。
そして効果切れと前後するように妙な気配が漂ってくる。どうやら塒が近いようだ。
「さて。何があるのか見せてもらいましょうか」
「……罠でも関係ない。あたしはただ、依頼主の指示に従うだけ」
目を輝かせるフローラと、暗示の如く光を失うロビン。対照的な2人が先頭となり、距離を詰めていく。
●天狗伝承
由太郎と沙紅良の銃弾が炎へ向かい――鬼が一方を遮った。
左右に散開する2人。九十九が鬼に真正面から突っ込むや、槍を突き出す挙動から反転して柄を打ち込んだ。盾で防ぐ鬼。その盾ごと蹴りつけて敵を崩し、頭上で回した槍を袈裟に振り下す。
『――■■!』
苦痛から逃れんと暴れる鬼。右から飛来する礫が見え、柄を軸に鬼の後方へ跳躍した。
着地。炎の舌が伸びる。振り払――えない。地面を転がって退避する九十九。それを追った礫と炎を、由太郎の銃撃が縫い止めた。
「その辺でじっとしててくれたら焚火代りに丁度良いんだけどなあ」
一直線に土煙を上げて敵へ向かう弾幕。十字砲火となる位置を取った沙紅良が流れる動作で銃口を向け、左手を銃床に添え照準固定、指先に力を込めた。
耳を聾する銃声。1発。巨礫が沙紅良へ転進した。肉薄する礫。1mmの狂いもなく狙う沙紅良。発砲。先程と同じ箇所へ銃弾が吸い込まれ、敵に亀裂が走った。横っ飛び。追尾してくる礫に脇腹を抉られる。さらに押し潰さんと圧力をかけた――瞬間、九十九の刺突が巨礫を貫いた。
亀裂が広がり、直後、動いていたのが嘘のように弾けた。
「一気に片をつけましょう」
「おっさんそろそろ休みたいなあ」
言いつつも間合いを測って牽制する由太郎。沙紅良が炎を狙う。庇うように立ち塞がる鬼。低姿勢から九十九が鬼へ踏み込み斬り上げ。半身捻る。敵の棍棒が頭を掠めて左肩を叩いた。構わず遠心力たっぷりに槍をぶん回し、思いきり薙ぎ払う。
『■■……』
断末魔らしき呻きを漏らして崩れる骨の山。それを一顧だにせず3人が炎2体へ。
九十九へ這い寄る炎。いっそ巻き付いてしまえとばかり正面から受けるや
「撃ち抜いて下さい! 俺は……大丈夫です!」
「了解。苦しまないようにしてあげるよ」「綿貫様!?」
沙紅良の制止を無視して由太郎が引鉄を引く。夥しい銃弾が敵を削り――九十九の僅か数cm横を過っていく。1体の輪郭がぼやける。1体が灼熱の舌を由太郎に伸ばした。沙紅良が連射!
九十九がゆっくり目を開ける。気付けば纏わりついていた炎が消え、最後の抵抗をした1体も小さくなっていった。
「……体を張るべき時というものが御座いましょうに」
「すみません」
満身創痍の九十九に沙紅良が嘆息し、空を仰いだ。
――あちらは大丈夫で御座いましょうか。棲家ならば敵の手駒もいる筈……。
沙紅良が追跡班の無事を祈った、12分後。6人は、眼下に廃屋を眺めていた。
山に入る誰かが昔利用していたのだろう。朽ちて所々に穴すら開いた小屋が、10m程の急斜面を下りた所にあった。また小屋の脇に横穴があり、どちらかと言えば穴の方が怪しい。
「ここ、でしょーかね」
杏が周囲を探るが敵の気配はない。あるのは、小屋と洞穴から漂うねっとりした不快感だけだ。
「深入りは拙そうね」
「ボクは辺りを回って穴の出口がないか探るよ。山の反対側まで続いているとは考えにくいしね」
アニエスがゆっくりこの場を後にする。
一見して忍び込めそうにない。塒を発見しただけで充分とすべきかと杏が考え、地図に場所を印す。
じっと見つめるロビン。陽花が「今回は仕方ないかも」と呟いた。
「でも小屋の確認くらいはしたいよね」
提案するのはフローラ。杏が頷き、手順を練った。
崖上で派手に騒ぎ、その隙に下で隠れていた者が小屋を覗いて逃げる。単純明快な作戦だ。
「5分後にお願いします」
杏、フローラが一旦退いて回り込むように下へ行き、ロビンが崖上で待機する。エルザと陽花はやや離れて両班のフォローだ。
――配置完了。後30秒。
緊張がいや増す。鼓動が妙に大きく感じた。夜の山風が寒々しく枝葉を揺らす。そして。
銃声、銃声銃声!
乾いた銃声が轟き、閃光弾が撃ち上がる。杏とフローラが茂みから小屋へ走った。敵影なし。罠はないと信じるしかない。2人が小屋に辿り着く。洞穴から何かが飛び出した。天狗だ。フローラが朽ちた壁から中を覗く。
「っ、こ、れ……!?」
杏が苦無を投擲し、一か八か屈んだ。同時に天狗の刀が頭上を過る。エルザの閃光。天狗が退く。フローラが杏の手を引き駆け出す。追わんとした天狗を上からロビンが銃撃し、次いで己も離脱を開始した。
急いで斜面を下りながら杏が訊く。
「お宝はありましたか?」
「……ううん」
「では洞穴にお宝……」
「や、そういう事じゃなくて」
フローラが告げる。淡々と、けれどぞっとする事実を。
「多分子供、かな。1人分だったと思う」
小屋には、白骨死体があった、と……。